黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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玖 嘉永六年

はやし唄

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 よもつこみちの おゆいさま
 げにおそろしき そのかたの
 あとにつづいて あのよいき
 いきてもどった ものはなし

「重右衛門」

 安太郎が、はやし唄を口ずさみながら帰ってきた重右衛門を呼び止めた。縁側でひとり将棋に興じていた源蔵は、教本を持ったままその様子を遠巻きに見る。

「なんだい、おっ父」

「その唄は何だ」

 率直に聞かれて一瞬きょとんとした顔を見せたが、重右衛門はすぐに答えた。

「これは、久助が教えてくれただよ。みんな唄ってるよ」

「皆とは、誰だ」

「みんなは、みんなだよ。みんな唄ってるよ」

 父が何を言いたいのかが掴めずに、重右衛門は困惑顔だった。源蔵は弟が気がかりになり、教本を伏せて二人のいる方へ歩み寄った。

「重右衛門」

 安太郎が、再び息子の名を呼ぶ。

「その唄は縁起が悪い。出来るだけ口に出すのはやめなさい」

「ええ、なんで」

「そんなものを唄って、そのおゆいさまがお前を迎えに来たらどうするんだ」

「むかえにくるって、どういう事」

「お前を殺しに来るという事だ」

 齢六つの重右衛門を、安太郎は容赦なく脅した。重右衛門は面食らった顔で父を凝視する。

「分かったら、気をつけろ。まだ死にたくはないだろう」

 神妙な顔で大きく頷くと、重右衛門は駆け足で家にあがっていった。

「おっ父。そんな言い方したら、重右衛門が怖がるだろう」

 源蔵が、安太郎に諫言する。

「俺の身にもなれ。家の中であんな唄を聞かされたら、こっちはたまったものではない」

「そりゃ分かるけどさ」

 源蔵は安太郎と『おゆいさま』の関係を父から聞かされていた。故に、彼の言い分もある程度は理解出来たのだが。

「何だ、その顔は」

「別に、なんでもないよ」

 源蔵は盾突くのをやめ、縁側に戻った。年の離れた弟はそこから見える場所で、怯えた顔をしてうずくまっていた。

       *

 結局、重右衛門はその後体調を崩して寝込んでしまった。源蔵は弟を心配したが、田畑の手入れはしなければならない。今日は、親戚一同で田の周りに生えている草を刈る日だった。

 安太郎と源蔵は先んじて田に着き、鎌を使って草刈りに勤しんでいた。まだ朝も早いというのに、蝉の鳴き声がけたたましい。

「おお。早いな兄貴」

 少しして、叔父の泰四郎がやって来た。

「源蔵、また大きくなったな。今、いくつだったか」

「十四です」

「そうかそうか。いい男になってきたじゃないか、太郎兄貴」

「まだ子供だ」

「相変わらず厳しいな」

 泰四郎は口を休めぬまま屈み込み、ソツのない動きで草を狩り始める。

 さらにしばらくすると、小三郎が娘のすずを連れてやって来た。

「遅いぞ、小三郎」

「へへ。すまねえ兄貴」

 小三郎も、源蔵からは叔父にあたる。

「三郎兄貴、すずにも草刈りさせる気か」

「そろそろこいつも役に立ってもらわんといかんしな。この前は重右衛門もやってただろう」

 重右衛門とすずは同い年である。

「ほら、これ持て。やり方はみんながやってるのを真似すりゃいい」

「はい」

「そりゃ駄目だぜ、三郎兄貴。最初はしっかり教えてやらないと」

「うるせえな、泰四郎。それならお前が教えりゃ良いだろうが」

 億劫がる小三郎を見て、安太郎が小さくため息をつく。源蔵は、父がこの男を快く思っていない事を知っていたので、つい手を止めて二人を見比べてしまう。

「じゃあ、そうさせてもらおうか。すず、おいで」

「はい」

 泰四郎に呼ばれ、すずがいそいそと駆け寄っていく。傍目には微笑ましい家族の姿だった。
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