黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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拾 天保七年

飢饉

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 不作も四年目ともなれば、それはそれは悲惨なものです。

 何人の百姓が餓死したか、私なぞには数える術もありません。

 その日私は、一番上の兄に言われて野草を取りに行っておりましたが、もはや食べられそうなものなど何一つ見つけられない有り様でした。

 道すがら、何人も死んでいるのを見ました。いっそ、この死肉を貪った方が早いようにさえ思えました。飢えとは、それほど人の心を蝕むものなのです。

 私は仕方なく、その辺に生えている木の幹を削って帰る事にしました。

 とは言うものの、同じ考えの者は絶えぬようで、どこを歩いて回ってもすでに村中の木々の幹が剥されているような状態でした。私は、草を刈る用に持ってきた鎌で無理矢理木の側面を削り取ると、それを籠に入れました。食べられるかどうかなんて分かりませんが、もはやこれくらいしか口に運ぶものが無いのです。

 冬は、これから来るというのに。

 厳密に言えば、家に帰れば多少の貯えはありました。しかし今の時期、それへ手を出す事は出来ないのです。いまからそれを食べてしまっては、間違いなく年が変わる頃に尽きてしまいます。

 私は、木の削りカスを持って家路に着く事にしました。もしかしたら、母が食べ方を知っているかもしれない。そんな、情けないほど微かな望みを胸に抱きながら。

 私が家に戻ると、母は体調が優れぬという事で床に伏していました。

「おっ母、ただいま」

 私が声をかけても返事は来ません。ぐっすりと眠っていたのです。

 木屑の調理法を相談し損ねた私は、仕方なく収穫したものを兄たちに見せました。彼らは皆、困惑してお互いの顔を見合わせます。

「お前、これを俺たちに食えってか」

 三番目の兄が私を怒鳴りつけました。

「仕方ないでしょ、これしかなかったんだから」

 もちろん、私も反論しました。実際に、探しても探しても食べられそうな物が無かったのですから。

「で、どうするんだ。まさか、このまま食えとか言わねえよな」

 二番目の兄も、機嫌は良くありませんでした。この時、甲斐のない畑仕事で兄たちは一様に気が立っていたのです。

 私は、大きさもばらばらな木屑を見つめながら言いました。

「とりあえず煮てみる。柔らかくなるかもしれないから」

「なるかねえ、本当に」

 二番目の兄は私の案に否定的でしたが、兎にも角にもやってみないと分からないので、私は籠を持ってくりやに行きました。

 鍋に木屑を移し、火を起こします。その間に、四人の兄はなにやら話を始めたようでした。

 料理というよりは、染料を作っているような気分でした。私はしばらくの間、かき混ぜながら木のカスを煮続けました。

 これもまた、甲斐のない仕事でした。やってもやっても、木屑は噛みきれるようにならなかったのです。

「どうだ、ゆい」

 一番歳の近い兄が、様子を見に来ました。

「駄目だった」

 残念ながら、食べられるものではありませんでした。薄々分かっていた事ではありますが。

 兄は苦笑いしながら頷くと、私を手招きしました。

 何事かと思った私は促されるまま、兄たちの方へ戻っていきました。
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