66 / 83
拾 天保七年
姥捨
しおりを挟む
「ゆい、落ち着いて聞け」
私は、一番上の兄の前に座らされました。他の兄は、私を囲むかのような形で腰を下ろしています。
「今年も、米は不作だった。いよいよ、我々の食うものが無くなってきたのは、分かるな」
「はい」
一番上の兄は真面目な男でしたが、いつも物言いが冷たく、私は苦手でした。そんな彼の前に座らされて良い気分ではなかったので、この時は手早く話を終わらせてほしいとしか思っていませんでした。
しかし、この男が放った言葉は、私にとって許せるものではなかったのです。
「一体どうすれば良いのか、我々は相談した」
「はい」
「そこで、ひとつの結論を得た」
「何でしょう」
「おっ母を、黄泉径に連れて行く」
私はそれを聞いて、兄たちが何をしようとしているか、瞬時に理解しました。
当時、黄泉径は姥捨て山のような場所だったのです。食うに困った者たちが、よくそこに老いた親や幼い子供を置き去りにしていました。
黄泉径は決して、村から遠いところにあるわけではありません。が、そこに連れて行かれるという事は、戻ってきてもお前に食わせるものは何も無いぞ、と言っているに等しかったのです。
「おっ母を、棄てるのか」
「仕方あるまい。このままでは誰も生き残れない」
そういう兄の言葉に、心はこもっていませんでした。俯いて無念そうにしているのは、一番歳の近い兄だけです。
「おっ母には、すでに話を通してある。お前たちに迷惑をかけるわけにもいかないし、おっ父にも早く会えるのだから、それが一番良いだろうと、おっ母は言っていた」
とても辛い話のはずでした。なのに、上の兄たちは鼻を掻いたり欠伸をしたりで、まるでそういう素振りを見せません。私は、だんだん腹が立ってきました。
私は、一番上の兄の冷たい目を真正面から見つめ返しました。
「太郎兄さん、悲しくないの。おっ母を黄泉径に棄てに行くのに、後ろめたさみたいなものは感じないの」
兄は、面倒くさそうに顔をしかめて答えます。
「感じてどうする」
それを聞いた私は怒りに我を忘れ、兄に向かって殴りかかろうとしました。
残念ながら、それは一番下の兄によって遮られました。彼は飛び掛かる私を後ろから羽交い絞めにして、動きを封じたのです。
「やめろ、ゆい。兄貴だって辛いんだ。分かってやれ」
「嘘だ。そんなふうに見えない」
確かに、彼の性分は私も理解しているつもりでした。が、それでもその態度は許せるものではなかったのです。
すると今度は、聞き分ける様子を見せない私へ逆に腹を立てたのか、三番目の兄が立ち上がり、私の頬を思い切り打ちました。
「つまらねえ感情でものを言うんじゃねえ。俺たちゃ、明日も明後日もおまんまを食っていかなきゃならねえんだ。あんな木屑しか持ってこれねえお前が、俺たちを責める資格なんかねえんだよ」
下の兄に動きを封じられていたこともあり、私はかなりしたたかにその張り手を受けました。
頭がくらくらしましたが、それでも怒りは収まりませんでした。
立ったまま威圧的に見下ろす兄を、私は精いっぱいに睨み返します。
「何だ、その目は」
彼からしたら、私の態度はさぞ反抗的に映った事でしょう。顔が紅潮していくのが分かりました。
私が、そんな彼へさらに言葉を投げかけようとした、その時です。
「やめなさい。子三郎、ゆい」
不意に声がしました。
振り返ると、いつの間にか床を出た母が、私たちを諌めるような目で見ていました。
私は、一番上の兄の前に座らされました。他の兄は、私を囲むかのような形で腰を下ろしています。
「今年も、米は不作だった。いよいよ、我々の食うものが無くなってきたのは、分かるな」
「はい」
一番上の兄は真面目な男でしたが、いつも物言いが冷たく、私は苦手でした。そんな彼の前に座らされて良い気分ではなかったので、この時は手早く話を終わらせてほしいとしか思っていませんでした。
しかし、この男が放った言葉は、私にとって許せるものではなかったのです。
「一体どうすれば良いのか、我々は相談した」
「はい」
「そこで、ひとつの結論を得た」
「何でしょう」
「おっ母を、黄泉径に連れて行く」
私はそれを聞いて、兄たちが何をしようとしているか、瞬時に理解しました。
当時、黄泉径は姥捨て山のような場所だったのです。食うに困った者たちが、よくそこに老いた親や幼い子供を置き去りにしていました。
黄泉径は決して、村から遠いところにあるわけではありません。が、そこに連れて行かれるという事は、戻ってきてもお前に食わせるものは何も無いぞ、と言っているに等しかったのです。
「おっ母を、棄てるのか」
「仕方あるまい。このままでは誰も生き残れない」
そういう兄の言葉に、心はこもっていませんでした。俯いて無念そうにしているのは、一番歳の近い兄だけです。
「おっ母には、すでに話を通してある。お前たちに迷惑をかけるわけにもいかないし、おっ父にも早く会えるのだから、それが一番良いだろうと、おっ母は言っていた」
とても辛い話のはずでした。なのに、上の兄たちは鼻を掻いたり欠伸をしたりで、まるでそういう素振りを見せません。私は、だんだん腹が立ってきました。
私は、一番上の兄の冷たい目を真正面から見つめ返しました。
「太郎兄さん、悲しくないの。おっ母を黄泉径に棄てに行くのに、後ろめたさみたいなものは感じないの」
兄は、面倒くさそうに顔をしかめて答えます。
「感じてどうする」
それを聞いた私は怒りに我を忘れ、兄に向かって殴りかかろうとしました。
残念ながら、それは一番下の兄によって遮られました。彼は飛び掛かる私を後ろから羽交い絞めにして、動きを封じたのです。
「やめろ、ゆい。兄貴だって辛いんだ。分かってやれ」
「嘘だ。そんなふうに見えない」
確かに、彼の性分は私も理解しているつもりでした。が、それでもその態度は許せるものではなかったのです。
すると今度は、聞き分ける様子を見せない私へ逆に腹を立てたのか、三番目の兄が立ち上がり、私の頬を思い切り打ちました。
「つまらねえ感情でものを言うんじゃねえ。俺たちゃ、明日も明後日もおまんまを食っていかなきゃならねえんだ。あんな木屑しか持ってこれねえお前が、俺たちを責める資格なんかねえんだよ」
下の兄に動きを封じられていたこともあり、私はかなりしたたかにその張り手を受けました。
頭がくらくらしましたが、それでも怒りは収まりませんでした。
立ったまま威圧的に見下ろす兄を、私は精いっぱいに睨み返します。
「何だ、その目は」
彼からしたら、私の態度はさぞ反抗的に映った事でしょう。顔が紅潮していくのが分かりました。
私が、そんな彼へさらに言葉を投げかけようとした、その時です。
「やめなさい。子三郎、ゆい」
不意に声がしました。
振り返ると、いつの間にか床を出た母が、私たちを諌めるような目で見ていました。
0
あなたにおすすめの小説
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣人意識調査の結果について
三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」
隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。
一部、確認の必要な点がございます。
今後も引き続き、調査をお願いいたします。
伊佐鷺裏市役所 防犯推進課
※
・モキュメンタリー調を意識しています。
書体や口調が話によって異なる場合があります。
・この話は、別サイトでも公開しています。
※
【更新について】
既に完結済みのお話を、
・投稿初日は5話
・翌日から一週間毎日1話
・その後は二日に一回1話
の更新予定で進めていきます。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
【完結】ホラー短編集「隣の怪異」
シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。
日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。
襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。
身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。
じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。
今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる