黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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拾 天保七年

姥捨

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「ゆい、落ち着いて聞け」

 私は、一番上の兄の前に座らされました。他の兄は、私を囲むかのような形で腰を下ろしています。

「今年も、米は不作だった。いよいよ、我々の食うものが無くなってきたのは、分かるな」

「はい」

 一番上の兄は真面目な男でしたが、いつも物言いが冷たく、私は苦手でした。そんな彼の前に座らされて良い気分ではなかったので、この時は手早く話を終わらせてほしいとしか思っていませんでした。

 しかし、この男が放った言葉は、私にとって許せるものではなかったのです。

「一体どうすれば良いのか、我々は相談した」

「はい」

「そこで、ひとつの結論を得た」

「何でしょう」

「おっ母を、黄泉径に連れて行く」

 私はそれを聞いて、兄たちが何をしようとしているか、瞬時に理解しました。

 当時、黄泉径は姥捨て山のような場所だったのです。食うに困った者たちが、よくそこに老いた親や幼い子供を置き去りにしていました。

 黄泉径は決して、村から遠いところにあるわけではありません。が、そこに連れて行かれるという事は、戻ってきてもお前に食わせるものは何も無いぞ、と言っているに等しかったのです。

「おっ母を、棄てるのか」

「仕方あるまい。このままでは誰も生き残れない」

 そういう兄の言葉に、心はこもっていませんでした。俯いて無念そうにしているのは、一番歳の近い兄だけです。

「おっ母には、すでに話を通してある。お前たちに迷惑をかけるわけにもいかないし、おっ父にも早く会えるのだから、それが一番良いだろうと、おっ母は言っていた」

 とても辛い話のはずでした。なのに、上の兄たちは鼻を掻いたり欠伸をしたりで、まるでそういう素振りを見せません。私は、だんだん腹が立ってきました。

 私は、一番上の兄の冷たい目を真正面から見つめ返しました。

「太郎兄さん、悲しくないの。おっ母を黄泉径に棄てに行くのに、後ろめたさみたいなものは感じないの」

 兄は、面倒くさそうに顔をしかめて答えます。

「感じてどうする」

 それを聞いた私は怒りに我を忘れ、兄に向かって殴りかかろうとしました。

 残念ながら、それは一番下の兄によって遮られました。彼は飛び掛かる私を後ろから羽交い絞めにして、動きを封じたのです。

「やめろ、ゆい。兄貴だって辛いんだ。分かってやれ」

「嘘だ。そんなふうに見えない」

 確かに、彼の性分は私も理解しているつもりでした。が、それでもその態度は許せるものではなかったのです。

 すると今度は、聞き分ける様子を見せない私へ逆に腹を立てたのか、三番目の兄が立ち上がり、私の頬を思い切り打ちました。

「つまらねえ感情でものを言うんじゃねえ。俺たちゃ、明日も明後日もおまんまを食っていかなきゃならねえんだ。あんな木屑しか持ってこれねえお前が、俺たちを責める資格なんかねえんだよ」

 下の兄に動きを封じられていたこともあり、私はかなりしたたかにその張り手を受けました。

 頭がくらくらしましたが、それでも怒りは収まりませんでした。

 立ったまま威圧的に見下ろす兄を、私は精いっぱいに睨み返します。

「何だ、その目は」

 彼からしたら、私の態度はさぞ反抗的に映った事でしょう。顔が紅潮していくのが分かりました。

 私が、そんな彼へさらに言葉を投げかけようとした、その時です。

「やめなさい。子三郎、ゆい」

 不意に声がしました。

 振り返ると、いつの間にか床を出た母が、私たちを諌めるような目で見ていました。
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