ゲイの俺が、同性愛という概念がない世界に勇者として召還されました

うましか

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*** 火種を起こす


 誰もが寝静まっているであろう時刻。
 魔導師たちが集うその建物も、研究で数人は起きているだろうが同様である。
 だがその屋根の上には黒き衣をまとう者たちが集っていた。その内の1人が屋根から飛び降りる。だが地面へと落下することはなく、ひとつの窓枠に指をかけぶら下がってみせた。当然のことながら錠がかかっている窓だが、取り出したナイフで隙間を通して難なく壊してしまう。
 ナイフは魔力封じの石で作られている。とある村では当たり前のように使われているその石だが、本来は貴重なものだ。だが僅かではあるが流通されている。鍵だけでなく魔法で防御されていたであろうが、この石の力には無力だ。

 開いた窓の中に1人入ると、続々と他の者も中へと侵入した。
 そして全員がベッドに眠っている少年の様子を伺った。起きる様子もないその少年の口をおもむろに1人が手で塞いだ。少年の目が開かれたが、騒がれる前にそのみぞおちに拳を叩きつける。少年が気を失ったのを確認し、その口と目を手持ちの布で塞ぐ。


 少年はクウガと呼ばれる勇者として召還された人間だ。
 その能力を把握しているからこそ、その口と目を塞ぐ必要があった。

 黒き衣は少年を抱えて外へと飛び出した。普通の人間ではありえないことに音も立てずに地に降りた。そして闇の中を駆け抜けていく。



 一切人のいなくなった部屋。その部屋に足を踏み入れる者がいた。

「おそらく今夜だと言われていましたが、正解でしたね」

 アトランは開ききった窓に手をかけ閉め直す。その顔に焦りもなければ、悲しみも怒りもない。いつもの笑みがそこにあった。

「さて、命が繋がっているであろうあの少女も片さなければ」

 その言葉も意味さえ聞かなければ優しげな声色だった。



+++

 少年が連れられたのは1軒の屋敷。ノンケルシィ王国とヘテロイヤル帝国との外交を行うポイズル侯爵当主が住んでいる。
 その一室。当主の部屋には魔法による明かりがついていた。

「ーーバレてはいないのか?」
「人目についていないことは確かだ」

 ポイズル侯爵の問いに黒き衣の者ーーヘテロイヤル帝国の暗部が返事をする。
 暗部の1人の肩には未だ目を覚まさないクウガが担がれている。

「ご苦労だった。明日は帝国へと出発する日。陽が昇ったと同時に国を発つ。奥の部屋に帝国へと持って行く私物がまとまっている。勇者もその部屋に置いておけ。ああ、勇者は絶対に動けぬよう拘束するのを忘れるな」

 侯爵の指示にクウガを担ぐ暗部の者はうなずき姿を消した。
 そして侯爵は懐から布の袋を取り出し、暗部の1人がそれを受け取り中を確認する。
 中に入っていたのは高価であろう金属や宝石がぎっしりと詰められていた。

「多いな」
「持ち出すことのできない不要な物を売り飛ばせばこんなものさ」
「売り飛ばすなど目立ったことをして良かったのか」
「そのときはそのときだ。ーーお前たちだって本当はわかっているのではないのか?」

 そう尋ねられれば袋を受け取った男は納得した様子で退いた。
 用が済んだとばかりに暗部たちは侯爵の前から姿を消した。侯爵は明かりを消し窓から外を眺める。窓の外は本当ならば明かりがない暗闇のはずだった。
 だというのにそう遠くない距離から、燃える火たちが目に映る。

 侯爵は確信した。
 奸計というのは、必ずバレるということを。

 いや、世間に踊らされ、侯爵自身もまたその舞台に自ら登ったのだ。
 帝国が勇者の身柄を欲したときから、すでに脚本はできあがっていた。

「平穏を願うのは事なかれ主義の日和見共のみ。歴史が、本能が、血が戦を求めているのに、それから逃れることなど不可能。別の圧力があるならともかく、そうでなければ戦の火を人は求め続けるのだから」

 侯爵は外交という自分の職務を馬鹿馬鹿しいと考えていた。互いが互いを潰そうとしているのに何が外交だ。戦の機会を伺っているのに交際など無意味。もちろん仕事としてやるべきことはやってきた。だがその行き着く先は結局こうなるのだ。

 自分は死ぬ。そしてこの館も、捕らえている勇者共々。
 あの火は騎士団が灯したものだ。おそらく王都にいる第1、2どちらかの騎士隊だろう。貴族嫌いの団長もいるはずだ。ならば証拠そのものをでっちあげるためにもお得意の炎で燃やし尽くすだろう。

 侯爵はそれがわかっていて慌てることも逃げ出すこともしなかった。
 彼の妻はとうの昔に亡くなっている。1人娘は外交の手段のひとつとしてヘテロイヤル帝国へ嫁に出している。男児が2人以上生まれれば侯爵が跡継ぎとして引き取る手筈だったが、それはもう必要のないことだった。
 死ぬのは侯爵と、勇者。そして何も知らない使用人たちだけだ。使用人たちは完全なる巻き添えであったが、侯爵はそのことに何も感じることはない。それに騎士たちだって誰1人この屋敷から逃がすつもりはないだろう。余計な証言者を、求め続けた火種に水をかける可能性がある者を生かすつもりなどないのだから。

「平民がどうなろうが知ったことではない。それこそ正に、悪役の鑑ではないか」



+++

 騎士団長が侯爵の屋敷に近づく。その後ろにはひとつの騎士隊が揃っている。
 門番たちは訝しげに何があったのか尋ねるが、団長がそれに答えることはなかった。その代わりに数人の騎士が隊長の前に進み、門番たちを斬り捨てる。
 崩れ落ちる門番たちを横目に団長は部下に指示を送る。そして集まっていた隊の3分の1がそれぞれ左右に分かれて足を進めていく。屋敷の中にいる人を逃がさないよう先に配置された騎士たちと合流するためだ。
 門番を斬り捨てた騎士が門を開く。団長は真剣な面もちでその門を通った。本来ならば団長が先頭を歩くのはおかしいのだが、魔力を含めた戦闘力は未だ騎士団の頂点。むしろ前を行かれたり横に立たれる方が団長にとっては邪魔なのだ。

 屋敷を前にして団長は右手を上げる。背後に無数の炎の槍が出現した。
 団長が手を前に振り下ろすと同時に赤き槍が屋敷に向かって放たれる。すべての窓を溶かし中で燃える。屋敷が次第に炎に包まれ始めた。
 この魔法はシャンケのように槍そのものの形を保ててはいない。パッと見て槍を模しているのがわかる程度だ。だが団長にとってはそれで十分。彼の思うがままに炎の槍をピンポイントで放つが出来ればいい。

 屋敷の中で悲鳴があがる。団長の横を騎士が通り過ぎる。

「誰1人として屋敷の中から逃がすな。女も子供も老人もだ。逃げ出した者は斬って炎の中へと放り込め」

 隊長の言葉に騎士たちが揃って返事をする。
 団長は屋敷に背を向けて門へと戻っていく。


 そこに1人の隊員が団長に近づき膝をついて頭を下げる。
 報告されたのはヘテロイヤル帝国の暗部と思われた者たちと一戦交えたということ。

「状況は?」
「敵のほとんどはこちらの攻撃により死亡。捕らえた者も全員がその場で自害いたしました。2名が逃亡を続けています。またこちらの死傷者は5名。重傷者7名。そのうち4名は腕や足の健を切られ、治ったとしても今までのようには不可能かと思われます」

 団長は内心で舌打ちをした。
 逃がしたことではない。こちらの被害が多かったことにだ。

 今回のことに関してだが、暗部全員を捕らえる必要はない。逃げた暗部が帝国側にこのことを伝える役目を担っているからだ。だからといってこの国で悪事を働いた者を見逃すわけにもいかない。形として刃を交えなくてはならなかった。
 こんな茶番劇に大切な部下をなくすことが団長にとっては辛かった。



 団長は屋敷を振り返る。
 すでに屋敷は火に包まれており、闇の夜を赤く照らしている。

 これは戦争の再開のきっかけだ。もう後戻りは出来ない。



 団長の脳裏に優秀な1人の部下が浮かぶ。本来ならもっと上の階級につかせたかったが、公爵という高すぎる身分から隊長までしか任ずることができなかった男を。
 あの男が大切にしていた少年は、団長が燃やした屋敷の中にいるのだろう。彼が死ぬことが、この戦争の最大の理由になるのだから。
 侯爵側が抵抗し、仕方なく騎士たちは戦わなくてはならなかった。そしてその結果、屋敷に火が回り中で捕らえられていた勇者も焼死してしまう。そういう筋書きを通さなくてはならなかった。


「少年には、何の罪もなかったというのに」

 異世界から魔王を倒すだけに召還された少年。実戦経験などなかったであろうに強さを求められ、憎まれていたのにそれを救わなくてはならなかった。彼のおかげでこの国の窮地を逃れたというのに、それに恩を返すどころかこの結果である。

 今の魔王は前の勇者だという話もあるのを団長は思いだした。
 死んだ者が生き返るというのは団長にとっては信じ難いことだったが、それが本当だとしてもしも少年が生き返ったとしたら。彼は今度こそこの国を恨むのだろう。



「ああ、腐っているな。国も自分も、世界がすべて」


 団長のつぶやきを聞く者は誰もいなかった。






 数刻が経過する。
 団長のもとに騎士が報告のためやって来た。

「魔導師から報告です。勇者を召還した少女が亡くなったとのことです」

 それはつまり、勇者も亡くなったということ。
 本当ならば少女の身柄は魔導師ではなく、神官が引き取るはずだった。だが魔導師が独断で少女を捕らえたという。理由として賢者に娘が死んだことを知られてはならない、知られても出来るだけ時間を稼ぎたいというものだった。その理由に団長を含む誰もが納得した。
 勇者が死んだことを公にはしない。表向きは侯爵が帝国に寝返ったからというだけにする。賢者に知られるわけにはいかないからだ。



 団長は目を閉じる。
 そして信頼するあの男には真実を伝えることを決めた。それでも団長は男が団長を恨まないことを知っている。自分の役割をわかっている。だからこそ伝えなくてはならない。


 目を開いたその顔は憂いも悲しみもない。
 これから起こる出来事に対応することのみを考えた。




 侯爵の館は何もかもを燃え尽くした。





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