ゲイの俺が、同性愛という概念がない世界に勇者として召還されました

うましか

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3人 そして絶望は希望の上にある

(ダグマルside)

 何もせず国に戻らざるをえなくなった俺たちに向けられたのは罵倒と懇願だった。
 むざむざと王を殺されたことによる今後の責任の押しつけが始まった。跡継ぎは育っているが王が急に変わるため内政大幅な世代交代が起こる。貴族たちは王が亡くなられたからと、こぞってその籍を息子に譲っている。確かに次世代に政権が変わるのは道理であるが、その何割かは責任逃れの思いもあるだろう。

 魔王が前の勇者であること。そしてその魔王が1年後に人間を滅ぼしに来るというのだから穏やかでいられるはずがない。外側から攻めていくという発言も、市民が王都に住む中心人物である王族や貴族に反発していくのは当然の流れだ。
 だが現在それは抗議の声だけで治まっている。暴動や謀反にならずに済んでいるのは、今の勇者という存在があり、魔王に対抗できる存在だと信じ切っているからだ。かつて自分たちが嫌悪の視線を向け続けたクウガをだ。
 本当は既に死んでいると知ったならば、彼らは今度こそその不満を中心部にぶつけるのだろう。現在のヘテロイヤル帝国のように。だが良くも悪くも帝国は独裁国家であるのでなんとか体裁を保っている。しかしこの国ではそうもいかないだろう

「私ももう潮時だろうな」

 そう口にした団長の顔は珍しく、疲労に滲んでいた。
 俺はそれに対して何の感情を抱くこともできなかった。いや、もう感情を持つことを放棄していた。何もかもが馬鹿馬鹿しく思えた。怒りも理不尽を戦争でぶつけるつもりでいたというのに、それすら出来なかった。考えたら、何かを思ったら、すべてが崩れてしまいそうだった。

 そんな俺を見たエマが人気のない場所まで俺を連れていき、拳で思いっきりぶん殴ってきた。だがそれに対しても痛みはあれど、それ以外は何も感じられなかった。その様子にエマが顔を青ざめ、胸ぐらを掴まれる。

「ダグマル、しっかりしろ。お前がそんなんでどうするんだ」

 エマが普段の口調すら捨てて俺に詰め寄った。

「何がだよ。いつも通りだろうが」
「その状態のどこがいつも通りだ。鏡で自分の顔を見ても同じことが言えるのか」

 悲痛に聞こえるエマの声。だがその内容はどこかぼやけているように感じる。
 熱くなるな。冷静になれ。落ち着け。脳に呼びかけられる声が、エマの表情も声も遮断する。

 混乱している今の状況から、すぐ騎士団内の役職に変化はないだろう。だがおそらく団長が騎士を辞職する形でその任から外されるはずだ。誰が新しいトップになるのか。副団長が繰り上げでなるのか。それとも団長が目をかけている誰かがなるのか。それとエマもその流れから騎士を辞めさせられるだろう。隊長副隊長の移動もあるはずだ。
 市民たちを落ち着かせなくてはいけない。魔王が来るのならばそれに対処する必要もあるはずだ。

 ああ、大丈夫だ。冷静だ。俺は、冷静だろう。

「今のお前のどこが冷静だ」

 エマがにらみつける。俺は気づかないまま声に出していたようだ。
 ふざけているような口調が一切ない。本気でキレている。

「そんなものは冷静じゃない。逃げと同じだ。何故私にすら打ち明けない。そうやって塞ぎ込み続けるつもりか?」
「打ち明けることなんかねぇだろ」

 俺の言葉にエマがギリッと歯を食いしばった。
 胸ぐらを掴む手を無理矢理外して距離をとる。

「こんなやりとりしてる暇なんてねぇだろ。エマ、お前だって後任のことを考えなくちゃいけないってわかってるよな」

 そう言って俺はエマに背を向け、この場から去るために足を進める。
 このままエマと話していても何も変わらない。やることは多いのだから。
 だがエマは俺の腕を掴んで、それを阻止する。

「ダグマル。このままではお前はダメになる。なぁ、・・・・・・オメーに死んでほしくねぇんだよぅ」

 そのエマの言葉を聞いて俺はエマを見つめる。
 そういえばお前は俺に死に急ぐなって言ってたな。

 でもな、エマ。

「俺はとっくに俺を殺してんだよ」

 俺の言葉を聞いたエマは、瞠目して手を降ろした。
 今度こそ俺はエマから離れて足を進めた。





 そんなやりとりがあった翌日。俺の隊は街の見回りに出るよう上から指示される。
 おそらくエマが団長に何か言ったのだろう。そうじゃなきゃ、この多忙期に隊長である俺が外でぶらぶらしてられるわけがない。

 外に出れば街の人々に声をかけられる。クウガの、いや勇者のことについて聞かれる。今どうしているのか。魔王に勝てるのか。あれだけ嫌悪していたのにも関わらず、今になってクウガに期待する。
 俺は適当にそれに答えながら進んでいった。

 もうクウガはいない。この世界の人間が殺した。
 無理矢理呼び出した世界の人間にクウガは殺されたんだ。
 だというのに今更になってクウガが必要ときた。

 勝手すぎるだろ。あまりにもクウガの存在を蔑ろにしすぎている。
 そもそも魔物が襲うようになったのも、この世界の人間が原因だ。魔王と名乗った前の勇者が呼び出される必要はなかったし、クウガだって呼び出されることはなかったんだ。

 騎士である俺がいうのも問題だが、おそらくこの世界はもう終わりなんだろう。
 魔王が人間を滅ぼすとしても、それはもうそういう定めなのかもしれない。
 いや、魔王が手を下さなくても勇者が死んだと気づいた平民による暴動によって国そのものが滅びるかもしれない。
 どう転んだとしても、終末を迎える未来しか見えない。


 どうせ終わるのならいっそーーーー。



 ドス暗い感情がジワジワと広がりかけた。




 そのとき、俺の横を1人の少年が通った。
 クウガよりも少し小さめの少年だった。顔は見ていないが、髪の毛の短さと着ている服から少年だと判断した。服は街の少年が着るにしては質の良いものだったから、もしかしたら王都に住む商人か、貴族の従者やその縁者かもしれない。
 魔法か何かを使っているんだろう。そのスピードは速く、誰かと接触するんじゃないかと心配してしまう。

 そしてやはり少年の前を、さらに小さな子供が飛び出した。だが少年が慌てながらも避けたことで接触は免れる。

「きゃっ」

 だが驚いたであろう少年の声とその高さに目を見開く。
 少年はそのまま走り去ってしまった。

 呆然とその姿を見送った。心臓が強く動く。
 少年の声に聞き覚えがあった。少年というにはがあるが。
 だが確信は持てない。そしてまだ期待してはいけない。


 俺は必死に冷静になろうと努めた。だがそれはさっきまでとは違う。
 口元が緩んでしまうのを必死に堪えた。泣きそうになるのを必死に堪えた。



+++

(サッヴァside)

 あれから何日経ったのだろうか。もう日付の感覚も曖昧だ。
 私はすることもなくリビングのイスに座ったままだ。
 生きなければいけない。簡単に死んではいけない。クウガやサヴェルナにしてしまったことを考えれば、今死にたくなるほどに辛い状況もすべて私の罪の結果だ。

 だというのに私の体は食べることを拒否している。
 娘が家を飛び出してから家での食事は保存食しか口にしていなかった。作る気などなくそれで済ましていた。だが今となってはそれすら食べられない。食べなくては生きられないわかっているのに。

 死にたい。死んでしまいたい。体も心もそう叫んでいる。
 もしかすれば私は既に死んでいるのかもしれない。もう生と死の境目がわからずにいる。今の私は生きているのか死んでいるのか。それとも生きたまま死んでいるのか。そんな判別すらできずにいた。

 もう殺してくれとさえ思う。
 魔王と名乗った前勇者が人間を滅ぼすようなことを言っていたが、私としてはもう今すぐにでも来てほしかった。それほど生きていることが苦痛だった。
 魔王でなくとも構わない。自分で死ぬことが許されないのならば、誰か私を殺してくれ。



 口からこぼれるのは自分への悪態と、死への懇願。
 こんな最期を迎えるくらいならば、私は生まれるべきではなかった。生きるべきではなかった。顔も覚えていない親に捨てられた時点で死ぬべきだった。
 そうすれば何も始まることはなかった。娘は生まれなかっただろうが、クウガがこの世界に巻き込まれて死ぬことはなかった。私自身もこんな気持ちを持つこともなかった。生が憎く、死を欲す。神官としてあるまじき感情を持つことはなかった。


「もう、・・・・・・辛い」

 出した声に力はない。どんなに強大な魔力を持っていても、所詮私など惨めな存在でしかない。魔術師長に拾われる前の子供のように、孤独に死ぬ運命でしかなかった。
 死にたい。死ねない。死にたい。死ねない。死のうか。死んではならぬ。頭の中で死という言葉が浮かび上がってくる。この家に戻ってきてからずっと、ずっと、ずっと。





 ーーガチャ

 扉が開く、音がした。気のせいかと思ったが、足音も近づいてくる。
 誰だ。この家は簡単に入れるようには出来ていない。私が許可した人間しか入ることは出来ないはずだ。もしかすると体力が落ちたことにより、家の周囲に張った魔法の効果が切れたのかもしれない。
 あるいは既に自分は死ぬ間際で、お迎えというものが来たのだろうか。
 もう何でもいい。私はもう生きることを放棄したかった。


 侵入者が近づいてくる。


 死んだ先で死んだ者と会うことが叶うのならば。
 妻に会ったならば申し訳なかったと謝罪しよう。愛することは出来なかったが、大切であったと伝えよう。
 娘に会ったならば思いっきり抱きしめてやろう。馬鹿者と叱るだろうが、その後に思いっきり謝ろう。お前の考えが正しかったと認めよう。

 クウガに会ったならば、どうするか。
 私は意地っ張りであるから、やはり素直に口にすることは出来ないだろう。だが抱いてしまった感情にもう嘘や誤魔化しは出来ない。愛しているのだ。あいつを心底愛してしまったのだ。そう認めてしまうと思わず笑みがこぼれる。


 もうこの世に未練などはなかった。





 リビングの扉が開かれ現れたのは少年だった。正しくは少年と思われる人物だった。
 息を切らしうつむいていて顔は見れない。短く切られた髪と、着ている服に見覚えはなかった。
 彼が私を死へと連れて行くのだろうか。彼が私を殺してくれるのだろうか。

 少年は息を整えてから、口を開く。

「・・・・・・家の中、ほこりだらけじゃない。魔法で綺麗にできるんだから、私がいなくてもやってよ」

 その少年の声に、私は呆然とする。
 だが少年は続けて言った。

「換気もしてないでしょ。空気が重い。料理はできなくてもいいけど、ちゃんとご飯ぐらい食べてよ。携帯食料ばっかり食べてたら、味覚鈍っちゃうわよ」

 少年はーー、いやは顔を上げた。

「私がいないと、お父さんってばダメなんだから」
「な・・・・・・んで」
「そんなんで娘を追い出さないでよ。お父さんがダメダメだから、帰って来ちゃったじゃない」

 男のように短く切られた髪。だが見えたその顔つきは、自分のよく知るものだった。

「あ、あ・・・・・・あ」

 声が出ない。何を言えばいいのかわからない。何の言葉も出てこない。
 力が入らない。イスから立ち上がることも出来ない。ただ両腕をあげるだけ。

「そんなに、ダメなのに・・・・・・。何で追い出す、のよ。グスッ。こんなお父、さん、初めて見た」

 そう涙ぐみながら、サヴェルナが私に近寄って抱きついた。
 私もまた、抱き潰さない程度に力一杯娘を抱きしめた。
 娘が涙ぐむ声がすぐそばで聞こえる。

「ごめ、んなさい。お父さん、ごめんなさい。ごめん、ごめんなさい」

 娘が謝る声が聞こえる。謝るべきは娘ではないのに、本当は私が謝らなければならないというのに。だというのに声が出てこない。
 何故やどうしてなどという疑問があるというのに、それよりも言いたいことがたくさんあるというのに。私は壊れたように「あ」という音しかこぼれるばかりだ。

 温もりがある。感触がある。声が聞こえる。抱きしめられる。
 もう二度と会うことなど叶わぬと思っていたのに。

「サ、ヴェル・・・・・・ナ。サ、ヴェルナ。サヴェルナ」

 やっと娘の名を呼ぶことが出来た。その度にサヴェルナが涙混じりの声で返事をする。
 ただひたすら娘の名を叫び続けた。すべて夢かもしれないという恐怖を払拭するために、娘を抱きしめ名を呼び続けた。娘に言いたいことはたくさんあったはずだったが、娘の名を呼ぶ以外の言葉が浮かばなかった。




 少し経って互いに落ち着いた頃。サヴェルナから説明された。
 魔導師の家で匿ってもらっていたということ。情報漏洩を防ぐため、自分が生きているということは魔導師内でも数人しか知らないということ。本当ならば私に知らせるのはもう少し後だったということ。

「魔導師のアトランさんが、少し早いけど街が混乱状態の今ならなんとか誤魔化せるって。そのままじゃ私ってバレちゃうから、髪を切って男の子に変装したのよ。そろそろ行かないと、お父さんが餓死する可能性があるからって言われたから」

 すべてアトランの手のひら上の出来事だったというわけか。
 私を追いつめるような発言をしたのも自害を防ぐためだったのだろう。

「それならば正直に話すなり、魔法を使って伝えるなりすれば良いものを」
「お父さんが絶望するのが何より信憑性が高いって言ってたわ。それとお父さんに会ったらこう言えって言われたの」

 サヴェルナは視線を上げて思い出しながら言う。

「『絶望の底に突き落とされた先輩の表情が見ることができ満足です。自分の発言でより惨めになった姿は、とても滑稽で抱腹致しました』って」

 ・・・・・・あの男、次に会ったときは潰す。
 そう新たな決意を胸にしまいこんだ。


 そしてこれも確認しなくてはならない。

「サヴェルナ。お前が生きているということは」
「ええ、そうよ」

 私の疑問にサヴェルナは力強くうなずいた。




「クウガさんは、生きているわ」



+++

(ステンside)

 戦争が始まるということだったが、どうやらそれは止めになったみたいだ。王様が殺されて魔王が現れたとなったらそうなるのも仕方ない。
 これからオレたちはどうなるのか。まったく想像がつかない。
 戦争が始まるという噂が出始めた頃から、村の守りを強化するために街に行くのは必要最低限の男のみとなっている。戦争が中止になった今は魔王が前の勇者だという事実でパニックになった人たちを宥めるため、街に向かう人数は少ないままとなっている。

 さすがにこういう状況であるため、オレも単独行動の狩りは中止している。もう少し落ち着いたら再開したいが、それはまだ先の話だろう。

 街に行った男の証言では、村だけではなく街でも混乱状態だという。
 それでも勇者の存在があるからこそ、そこまで大きな問題にはなっていないとも言っていた。
 それを聞いたとき、思わず苛ついてしまった。お前らクウガのこと嫌ってただろうがと。今更そうやって期待するのは都合良くないかと。

 そして心中で王都にいるやつらをあざ笑ってやった。
 この状況でとか知ったらどう思うかと。
 散々クウガを振り回したんだから、少しは痛い目見ろ。

 ナイフや弓の整備をしている手を止めて、村から街の方角を向き鼻で笑ってやった。




「ステンさん、ちょっといいですか?」

 そんなオレに声がかけられる。思わずビクッと体が跳ねた。

「スイムさん家の掃除が終わったところなんですが、スイムさんからステンさんの家の掃除も頼まれまして。どこを掃除していいか教えてほしいんですが」
「え、あ、オレの家はオレがやるから大丈夫だ」

 思わずしどろもどろになって、こいつの顔が真っ直ぐ見れない。

「そうですか。なら他に手伝えることありますか?」
「あ、えっと、今のところはない、な」
「わかりました。じゃあスイムさんに何かあるか聞いてきます」

 そう言って去っていく後ろ姿を見て、オレはため息をついた。


 街で期待されている勇者。だが本当は火事で焼け死んだとされている勇者。
 しかしその勇者であるクウガは、今現在オレの村にいたりする。

 クウガが突然やってきた日のことは今も鮮明に記憶に残っている。
 いつも通り狩りをしている夜中の森の中。そこに突然拘束されたクウガが現れた。そばには魔物の子供までいた。狩り中のオレですら驚いてしまったのだから、そばにいたティムもギョッとして声をあげてしまった。それで魔物の子がこっちの存在を気づき、クウガを置いて姿を消した。すぐさま気絶していたクウガを確保して家に連れ帰り、目が覚めたときにクウガから事情を説明された。そして同時にあることを頼まれた。
 自分は国で死んだことにされているので、生きているとわかったら今度こそ殺される。だからこの村で匿ってほしいと。
 オレはそれを了承し、姉さんにもちゃんと説明してクウガはこの村に居座っている。


 クウガがいてくれるのはオレ個人としては凄い嬉しい。
 でも心臓が保たない。前回の酔ったクウガとセックス(と言っていいのか?)を思い出してムラムラするのを必死に押し殺している。クウガは酔っている間の記憶飛んでるから、普通に接してくる。嬉しいけど辛い。どんな顔でクウガを見ればいいのかわからないし、何を話せばいいのかわからなくなる。




 なんとか気持ちを落ち着けて、空を見上げた。
 初めて見た兄を殺した男。思い出して憎悪がこみあげる。

「あんな男に、家族を、クウガを殺されてたまるか」

 そう口にした声は、自分が思っていた以上に殺意に満ちていた。
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