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第七章 それぞれの想い
第64話 雪愛は自分の考えを話し、そして麻理は語る
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雪愛は麻理に促されるまま、自分の考えを話し始めた。
「……意識を失った春陽くんを発見したお母さんが麻理さんに連絡して、麻理さんが、春陽くんを病院に運んだ。そして、麻理さんは春陽くんのお母さんからすべてを聞いた。でもその場合、お母さんが春陽くんのことで連絡するのも、春陽くんのことを話すのも余程近しい相手でないとしないと思うんです」
「つまり?」
麻理の言葉は、最初に言った、聞きたいことは何か?と雪愛に問うたことに繋がっている。
雪愛はまだ自分の考えを言っているだけで、麻理に聞いては、質問してはいない。
雪愛は意を決して麻理の目を見つめ、そして言葉を続けた。
「……つまり、……麻理さんは春陽くんの……春陽くんの叔母、春陽くんのお母さんの妹、ではないですか?」
小六のときに春陽の傍から皆いなくなってしまったと思っていた春陽の血縁者がずっと近くにいたのではないか、血縁者である麻理だからこそ、春陽を引き取り育てたのではないか、それが雪愛が麻理に聞きたいことだった。
麻理は雪愛の言葉が終わると目を瞑り黙った。
しばらく無言の時間が過ぎ、麻理はゆっくりと一度息を吐くとその目を開けた。
「……よくわかったわね、雪愛ちゃん」
その顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「っ、じゃあ、やっぱり……」
「ええ、そのとおりよ。私の旧姓は風見麻理。ハルの母親、静香は私の姉よ。ハルは私の甥っ子、ってことになるわね」
(やっぱり!やっぱり麻理さんは春陽くんと血の繋がりがあった!)
「どうして、どうして春陽くんにそのことを――――」
「雪愛ちゃん」
雪愛は春陽の血縁者にこんなに優しい人がいたということが嬉しかった。
春陽に早くこのことを伝えてあげたいという思いから麻理に勢い込んで言おうとした言葉を、しかし麻理に名前を呼ばれることで遮られてしまった。
「―――っ、はい」
麻理は声を荒げた訳でもないのに、その声には続きを言わせない力があって雪愛は続きを言えなかった。
「少し、席を外してもいいかしら?」
「え?あ、はい」
「ありがとう」
予想外の麻理の言葉に意表を突かれた雪愛だったがすぐに返事をした。
雪愛の返事を受けて、立ち上がると、麻理はお酒と氷の入ったグラスを持って戻ってきた。
「ごめんなさい。ちょっとお供にするのはコーヒーじゃないかなって。酔ったりしないから安心して。一緒に飲めたらもっとよかったんだけど。雪愛ちゃんが飲めない年なのが残念だわ」
「いえ……すみません」
それはつまり、お酒でも飲まなければ話せない、ということだと雪愛は理解した。
麻理はお酒をグラスの半分程度まで注ぐと香りが辺りに広がる。強いお酒なのかもしれない。
それを一口飲むと麻理は深く息を吐いた。
「雪愛ちゃんは最初に会ったとき、私にハルの母か姉かって聞いてきてたものね。状況をハルから聞けばわかって当然か。訊かれるなら最初はハルか悠介辺りかなって思ってたんだけど」
「……佐伯君はわからないですけど、春陽くんは薄々気づいてるんじゃないかって思います。でも聞いちゃいけないって思ってるような、そんな感じがするんです」
「……そうかもしれないわね。自分に関係する真実を知るってとても怖いことだもの。悠介ももしかしたらその辺りを気にしてるのかもしれないわね。あいつは本当にいいやつだから。…それで、雪愛ちゃんが言いたいのは私がなんで叔母であることをハルに言わないのか、ってことでいいかしら?」
「はい」
「簡単な話よ。私が静香の、ハルの母親の妹だから」
麻理は、少し古い話をしていいかしらと言ってゆっくりと話し始める。
それは春陽ですら知らない麻理の過去。
「私と静香は結構年が離れた姉妹でね。仲がいい訳でもなかったの。両親も姉を、姉だけを可愛がっててね。私は家族から疎まれてたのよ。……どこかで聞いた話みたいじゃない?」
そう言って麻理はうっすらと笑みを浮かべた。
「っ……」
雪愛は驚いて言葉が出てこない。
「でも、ハルと私じゃ全然違う。私は高校生になる頃には結構荒れててね。周りにもいっぱい迷惑かけてたと思う。でもハルはあんなに優しい子に育った。あの子が今みたいに成長したのは本当に奇跡だと思うわ」
「……春陽くんは、元々優しかったのもあると思います。けど、麻理さん達のおかげでもあると私は思います」
春陽が優しいことは雪愛も同意するところだ。
けどそれは麻理達が家族の温かさを教えてあげたことも大きいと雪愛は思う。
「ふふっ、ありがとう」
「いえ……」
自分はそうして育まれた春陽の優しさにいつも甘えてばかりだ。
「私が初めてハルに会ったのはあの子が生まれたとき。美優に初めて会ったのもそのときね。静香とはずっと疎遠で、美優が生まれたときにも私は呼ばれず両親だけだったのに、どういう訳か、ハルが生まれたときには私まで呼ばれた。……そうすることで、いえ、自分の家族全員にハルを会わせることも含めて、兎に角ハルを自分達夫婦の子供だって思い込みたかったんでしょうね。ハルへの仕打ちを考えれば、結局すぐにそれは諦めたみたいだけど」
「そんな……」
「私は正直行くのを面倒に思ってたの。静香に会いたくもなかったしね。でも静香が望んでいるんだからって両親に無理やり連れていかれた。けど、そのときハルがね……。私それまで赤ちゃんなんて抱っこしたこともなくて、恐る恐るハルを抱っこしたんだけど、私が差し出した指を小さな手でギュッて握ってくれたの。それがもう本当に可愛くて。胸が温かくなって。荒れてた気持ちがどこかにいっちゃったような感じだった。まあ簡単に言うとこのとき私はハルを大好きになっちゃったのよ」
単純でしょ、と言う麻理の顔が、当時を思い出しているのか、優しげな表情になる。
「そんなことは……」
雪愛もその光景を想像したのか微笑を浮かべていた。
「でもそれ以降ハルに会うことはなかったわ。もともと静香とはそういう仲でもなかったしね。けど私が貴広さんと結婚したとき、貴広さんが何度も家族には伝えた方がいいって言うものだから、一応報告だけでもしておくか、ってずっと疎遠になっていた両親と静香に久しぶりに連絡を取ったのよ。まあ予想通りどっちも私の結婚なんて興味なさそうだったけどね」
「…………」
一転して雪愛の表情が曇る。
(どうしてこんなに、どうしてこんなにも……)
家族に対して悲しい対応をするのだろう。
雪愛にはそれがわからない。沙織とも、すでに亡くなってしまったが洋一とも家族として幸せに暮らしてきた雪愛には静香やその両親の考えを理解できなくても仕方がないことだろう。
麻理はそんな雪愛の様子に苦笑を浮かべる。こんなことで雪愛が心を痛める必要なんてないのだから。でも同時に思う。そういう雪愛だからこそ、今こうして話をすることになったのだろうな、と。それを嬉しく感じる。
「けれどそのとき連絡したことが役に立った。あの日、静香がいきなり私に電話をしてきたの。ハルのことを話せる相手が誰もいなかったんでしょうね。どうでもいいことみたいに平坦な声で、ハルが動かない、死んでるみたいだって。どうしようとかふざけたこと言うから、私はすぐに住所を聞いてそこに向かった。ハルは本当に危ない状況で、そのまま私が病院に連れて行った。この期に及んでまだハルにした仕打ちが世間にバレるのを嫌がった静香が救急車を呼ぶことを邪魔してきたから。そんなの病院に行っちゃえば同じなのにね」
「どうして……そこまで……」
独り言のような呟きが雪愛から漏れる。その声は震えていた。
「ハルがそのまま入院して、私は静香からすべてを聞きだした。言い渋るものだからかなり強引にね。………途中堪えきれなくて何度あいつを殴ったか」
最後の方は声が小さすぎて正面に座る雪愛にも届かなかった。
麻理は自分の手を見て苦い顔をした。あのとき、勝手な言い分で被害者面する静香のことが麻理は本気で許せなかった。怒りでどうにかなってしまいそうだった。思い出すと今でも心が激しく荒れる。
雪愛が何かを言う前に麻理は続けた。
「……全部を知って、私はすごく悩んだ。悩んで悩んで、それでも病室で寝ているハルの顔を見ていたら自分の気持ちを抑えられなかった。だから、申し訳ないと思いながらも私は貴広さんに相談したの。自分達の子供もまだなのに、貴広さんにとっては他人の、しかも小学生の子供をなんとかして助けたいって。ハルの事情も隠さず全部話した。そしたらね、貴広さん笑って言ってくれたの。ここで育てようって。自分達の子供としてって。色々大変なこともあったけど、ハルも拒絶はしなかったから、退院と同時にここに連れ帰った」
「そう、だったんですね……」
「ハルは最初すごく警戒して、緊張してたと思う。当然よね。知らない人といきなり一緒に暮らすなんてすごいストレスだもの。でも本人はそのことに気づいてすらいなくて、ずっと諦めきった顔をしてた。その頃のハルはもう人を信じられなくなっていたし、自分のこともどうでもいいと思ってたから。それが私達に伝わってしまうほどにハルの心はボロボロだったの。……そんなハルに言えないわよ。言える訳ない。あんたを引き取るのはあんたを傷つけ続けた母親の妹だなんて」
「そんなこと……」
雪愛の言葉はそこで途切れてしまう。
ない、と言い切れるだろうか。
だって春陽は―――。
雪愛の考えを麻理が引き継ぐように言葉にした。
「ハルは家族というものに絶望していたのよ。血の繋がりなんてあの子にとっては呪いでしかなかったでしょう。ただそれだけのために、静香のような人間とずっと一緒にいなければならなかったんだから」
「…………」
雪愛の顔が苦しそうに歪む。
そう。相手が親だからこそ、春陽に逃げ場はなかった。味方がいなかった。一人、耐えることしかできなかった。
それなのに、自分を引き取ろうとしている人がその親と近しい人だと知ったら―――?
雪愛は麻理の言いたいことがわかった気がした。
「けどね、今なら、ハルが自分で知りたいって、確信を持ちたいって思って、私に聞いてきたなら、答えてもいいかな、とは思ってるの。さすがに自分から言うのは今更って気がするし、その必要もないと思ってるけど」
「え?」
だから麻理の続けた言葉の意味がわからなかった。
麻理は雪愛を見て、優しく微笑む。
「今はハルの隣に雪愛ちゃん、あなたがいるから。雪愛ちゃんと出会ってハルは変わったわ。本当にすごく変わった。雪愛ちゃんがハルの心を優しく包んで癒してくれた。ううん、今も癒してくれてる。だから今のハルはたとえ私が静香の妹だって知っても大丈夫な気がするの。知りたいと思えたのなら、それもその証のような気がするのよ。そんな雪愛ちゃんだからこそ私はすべてを話そうと思えた。こんな考え、雪愛ちゃんには重い、かしら?」
「そんな!重いだなんてそんな風に思ってなんかいません。今だって私は勝手に春陽くんや麻理さんの事情に踏み込んでて……。でも私なんて何もできてないです。いつも春陽くんの優しさに甘えて、与えてもらってばかりで……」
春陽のおかげで男嫌いの自分が恋を知ることができた。
春陽のおかげでたくさんの幸せを知ることができた。
春陽から自分はもらってばかりだ。
「よかった。雪愛ちゃんはちゃんとハルに与えてるわ。ハルを何年も傍で見てきた私が保証する。自信を持って。ね?」
もし、麻理の言うように、春陽に与えてもらうばかりではなく、自分も春陽に与えることができていたなら、それはどれほど嬉しいことか。
「………ありがとう、ございます」
「ふふっ、ちょっと話が逸れちゃったわね。だから、雪愛ちゃんからハルに伝えるのもできれば止めてもらえると助かるわ。ハル自身が知りたいと思わない限り、ね。……これで雪愛ちゃんの聞きたかったことは全部かしら?」
「あの……、麻理さんは美優さんのことについては何かご存知ですか?」
雪愛にはまだ聞きたいことがあった。
「……意識を失った春陽くんを発見したお母さんが麻理さんに連絡して、麻理さんが、春陽くんを病院に運んだ。そして、麻理さんは春陽くんのお母さんからすべてを聞いた。でもその場合、お母さんが春陽くんのことで連絡するのも、春陽くんのことを話すのも余程近しい相手でないとしないと思うんです」
「つまり?」
麻理の言葉は、最初に言った、聞きたいことは何か?と雪愛に問うたことに繋がっている。
雪愛はまだ自分の考えを言っているだけで、麻理に聞いては、質問してはいない。
雪愛は意を決して麻理の目を見つめ、そして言葉を続けた。
「……つまり、……麻理さんは春陽くんの……春陽くんの叔母、春陽くんのお母さんの妹、ではないですか?」
小六のときに春陽の傍から皆いなくなってしまったと思っていた春陽の血縁者がずっと近くにいたのではないか、血縁者である麻理だからこそ、春陽を引き取り育てたのではないか、それが雪愛が麻理に聞きたいことだった。
麻理は雪愛の言葉が終わると目を瞑り黙った。
しばらく無言の時間が過ぎ、麻理はゆっくりと一度息を吐くとその目を開けた。
「……よくわかったわね、雪愛ちゃん」
その顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「っ、じゃあ、やっぱり……」
「ええ、そのとおりよ。私の旧姓は風見麻理。ハルの母親、静香は私の姉よ。ハルは私の甥っ子、ってことになるわね」
(やっぱり!やっぱり麻理さんは春陽くんと血の繋がりがあった!)
「どうして、どうして春陽くんにそのことを――――」
「雪愛ちゃん」
雪愛は春陽の血縁者にこんなに優しい人がいたということが嬉しかった。
春陽に早くこのことを伝えてあげたいという思いから麻理に勢い込んで言おうとした言葉を、しかし麻理に名前を呼ばれることで遮られてしまった。
「―――っ、はい」
麻理は声を荒げた訳でもないのに、その声には続きを言わせない力があって雪愛は続きを言えなかった。
「少し、席を外してもいいかしら?」
「え?あ、はい」
「ありがとう」
予想外の麻理の言葉に意表を突かれた雪愛だったがすぐに返事をした。
雪愛の返事を受けて、立ち上がると、麻理はお酒と氷の入ったグラスを持って戻ってきた。
「ごめんなさい。ちょっとお供にするのはコーヒーじゃないかなって。酔ったりしないから安心して。一緒に飲めたらもっとよかったんだけど。雪愛ちゃんが飲めない年なのが残念だわ」
「いえ……すみません」
それはつまり、お酒でも飲まなければ話せない、ということだと雪愛は理解した。
麻理はお酒をグラスの半分程度まで注ぐと香りが辺りに広がる。強いお酒なのかもしれない。
それを一口飲むと麻理は深く息を吐いた。
「雪愛ちゃんは最初に会ったとき、私にハルの母か姉かって聞いてきてたものね。状況をハルから聞けばわかって当然か。訊かれるなら最初はハルか悠介辺りかなって思ってたんだけど」
「……佐伯君はわからないですけど、春陽くんは薄々気づいてるんじゃないかって思います。でも聞いちゃいけないって思ってるような、そんな感じがするんです」
「……そうかもしれないわね。自分に関係する真実を知るってとても怖いことだもの。悠介ももしかしたらその辺りを気にしてるのかもしれないわね。あいつは本当にいいやつだから。…それで、雪愛ちゃんが言いたいのは私がなんで叔母であることをハルに言わないのか、ってことでいいかしら?」
「はい」
「簡単な話よ。私が静香の、ハルの母親の妹だから」
麻理は、少し古い話をしていいかしらと言ってゆっくりと話し始める。
それは春陽ですら知らない麻理の過去。
「私と静香は結構年が離れた姉妹でね。仲がいい訳でもなかったの。両親も姉を、姉だけを可愛がっててね。私は家族から疎まれてたのよ。……どこかで聞いた話みたいじゃない?」
そう言って麻理はうっすらと笑みを浮かべた。
「っ……」
雪愛は驚いて言葉が出てこない。
「でも、ハルと私じゃ全然違う。私は高校生になる頃には結構荒れててね。周りにもいっぱい迷惑かけてたと思う。でもハルはあんなに優しい子に育った。あの子が今みたいに成長したのは本当に奇跡だと思うわ」
「……春陽くんは、元々優しかったのもあると思います。けど、麻理さん達のおかげでもあると私は思います」
春陽が優しいことは雪愛も同意するところだ。
けどそれは麻理達が家族の温かさを教えてあげたことも大きいと雪愛は思う。
「ふふっ、ありがとう」
「いえ……」
自分はそうして育まれた春陽の優しさにいつも甘えてばかりだ。
「私が初めてハルに会ったのはあの子が生まれたとき。美優に初めて会ったのもそのときね。静香とはずっと疎遠で、美優が生まれたときにも私は呼ばれず両親だけだったのに、どういう訳か、ハルが生まれたときには私まで呼ばれた。……そうすることで、いえ、自分の家族全員にハルを会わせることも含めて、兎に角ハルを自分達夫婦の子供だって思い込みたかったんでしょうね。ハルへの仕打ちを考えれば、結局すぐにそれは諦めたみたいだけど」
「そんな……」
「私は正直行くのを面倒に思ってたの。静香に会いたくもなかったしね。でも静香が望んでいるんだからって両親に無理やり連れていかれた。けど、そのときハルがね……。私それまで赤ちゃんなんて抱っこしたこともなくて、恐る恐るハルを抱っこしたんだけど、私が差し出した指を小さな手でギュッて握ってくれたの。それがもう本当に可愛くて。胸が温かくなって。荒れてた気持ちがどこかにいっちゃったような感じだった。まあ簡単に言うとこのとき私はハルを大好きになっちゃったのよ」
単純でしょ、と言う麻理の顔が、当時を思い出しているのか、優しげな表情になる。
「そんなことは……」
雪愛もその光景を想像したのか微笑を浮かべていた。
「でもそれ以降ハルに会うことはなかったわ。もともと静香とはそういう仲でもなかったしね。けど私が貴広さんと結婚したとき、貴広さんが何度も家族には伝えた方がいいって言うものだから、一応報告だけでもしておくか、ってずっと疎遠になっていた両親と静香に久しぶりに連絡を取ったのよ。まあ予想通りどっちも私の結婚なんて興味なさそうだったけどね」
「…………」
一転して雪愛の表情が曇る。
(どうしてこんなに、どうしてこんなにも……)
家族に対して悲しい対応をするのだろう。
雪愛にはそれがわからない。沙織とも、すでに亡くなってしまったが洋一とも家族として幸せに暮らしてきた雪愛には静香やその両親の考えを理解できなくても仕方がないことだろう。
麻理はそんな雪愛の様子に苦笑を浮かべる。こんなことで雪愛が心を痛める必要なんてないのだから。でも同時に思う。そういう雪愛だからこそ、今こうして話をすることになったのだろうな、と。それを嬉しく感じる。
「けれどそのとき連絡したことが役に立った。あの日、静香がいきなり私に電話をしてきたの。ハルのことを話せる相手が誰もいなかったんでしょうね。どうでもいいことみたいに平坦な声で、ハルが動かない、死んでるみたいだって。どうしようとかふざけたこと言うから、私はすぐに住所を聞いてそこに向かった。ハルは本当に危ない状況で、そのまま私が病院に連れて行った。この期に及んでまだハルにした仕打ちが世間にバレるのを嫌がった静香が救急車を呼ぶことを邪魔してきたから。そんなの病院に行っちゃえば同じなのにね」
「どうして……そこまで……」
独り言のような呟きが雪愛から漏れる。その声は震えていた。
「ハルがそのまま入院して、私は静香からすべてを聞きだした。言い渋るものだからかなり強引にね。………途中堪えきれなくて何度あいつを殴ったか」
最後の方は声が小さすぎて正面に座る雪愛にも届かなかった。
麻理は自分の手を見て苦い顔をした。あのとき、勝手な言い分で被害者面する静香のことが麻理は本気で許せなかった。怒りでどうにかなってしまいそうだった。思い出すと今でも心が激しく荒れる。
雪愛が何かを言う前に麻理は続けた。
「……全部を知って、私はすごく悩んだ。悩んで悩んで、それでも病室で寝ているハルの顔を見ていたら自分の気持ちを抑えられなかった。だから、申し訳ないと思いながらも私は貴広さんに相談したの。自分達の子供もまだなのに、貴広さんにとっては他人の、しかも小学生の子供をなんとかして助けたいって。ハルの事情も隠さず全部話した。そしたらね、貴広さん笑って言ってくれたの。ここで育てようって。自分達の子供としてって。色々大変なこともあったけど、ハルも拒絶はしなかったから、退院と同時にここに連れ帰った」
「そう、だったんですね……」
「ハルは最初すごく警戒して、緊張してたと思う。当然よね。知らない人といきなり一緒に暮らすなんてすごいストレスだもの。でも本人はそのことに気づいてすらいなくて、ずっと諦めきった顔をしてた。その頃のハルはもう人を信じられなくなっていたし、自分のこともどうでもいいと思ってたから。それが私達に伝わってしまうほどにハルの心はボロボロだったの。……そんなハルに言えないわよ。言える訳ない。あんたを引き取るのはあんたを傷つけ続けた母親の妹だなんて」
「そんなこと……」
雪愛の言葉はそこで途切れてしまう。
ない、と言い切れるだろうか。
だって春陽は―――。
雪愛の考えを麻理が引き継ぐように言葉にした。
「ハルは家族というものに絶望していたのよ。血の繋がりなんてあの子にとっては呪いでしかなかったでしょう。ただそれだけのために、静香のような人間とずっと一緒にいなければならなかったんだから」
「…………」
雪愛の顔が苦しそうに歪む。
そう。相手が親だからこそ、春陽に逃げ場はなかった。味方がいなかった。一人、耐えることしかできなかった。
それなのに、自分を引き取ろうとしている人がその親と近しい人だと知ったら―――?
雪愛は麻理の言いたいことがわかった気がした。
「けどね、今なら、ハルが自分で知りたいって、確信を持ちたいって思って、私に聞いてきたなら、答えてもいいかな、とは思ってるの。さすがに自分から言うのは今更って気がするし、その必要もないと思ってるけど」
「え?」
だから麻理の続けた言葉の意味がわからなかった。
麻理は雪愛を見て、優しく微笑む。
「今はハルの隣に雪愛ちゃん、あなたがいるから。雪愛ちゃんと出会ってハルは変わったわ。本当にすごく変わった。雪愛ちゃんがハルの心を優しく包んで癒してくれた。ううん、今も癒してくれてる。だから今のハルはたとえ私が静香の妹だって知っても大丈夫な気がするの。知りたいと思えたのなら、それもその証のような気がするのよ。そんな雪愛ちゃんだからこそ私はすべてを話そうと思えた。こんな考え、雪愛ちゃんには重い、かしら?」
「そんな!重いだなんてそんな風に思ってなんかいません。今だって私は勝手に春陽くんや麻理さんの事情に踏み込んでて……。でも私なんて何もできてないです。いつも春陽くんの優しさに甘えて、与えてもらってばかりで……」
春陽のおかげで男嫌いの自分が恋を知ることができた。
春陽のおかげでたくさんの幸せを知ることができた。
春陽から自分はもらってばかりだ。
「よかった。雪愛ちゃんはちゃんとハルに与えてるわ。ハルを何年も傍で見てきた私が保証する。自信を持って。ね?」
もし、麻理の言うように、春陽に与えてもらうばかりではなく、自分も春陽に与えることができていたなら、それはどれほど嬉しいことか。
「………ありがとう、ございます」
「ふふっ、ちょっと話が逸れちゃったわね。だから、雪愛ちゃんからハルに伝えるのもできれば止めてもらえると助かるわ。ハル自身が知りたいと思わない限り、ね。……これで雪愛ちゃんの聞きたかったことは全部かしら?」
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