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第八章 文化祭
第86話 詩那と悠介の文化祭一日目(幕間)
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文化祭一日目。
悠介は休憩時間になると待ち合わせ場所へと向かった。
「悪い、待たせちまったか?」
「いえ、私もさっき来たばかりですから」
そこで待っていたのは詩那だった。
悠介が約束通り来てくれたことに詩那は、ぱっと笑顔になる。
文化祭準備期間のときのこと、悠介は詩那から文化祭を一緒に回りたいと申し出を受けた。
それだけであれば、悠介は申し訳なく思いつつも断っていただろう。
集団でならともかく、女子と二人きりというのはこれまで避けてきたことだから。
相手がどうこうではない。
これは悠介の気持ちの問題だ。
だが、そこで詩那から話したいこと、そして訊きたいことがあると言われてしまえば、知っている相手ということもあり、断ることはできなかった。
その結果、悠介の休憩時間に合わせて約束をした、という訳だ。
「そっか。それじゃあとりあえず色々見て回ろうか?」
「はい!」
こうして、詩那と二人文化祭を回る悠介。
いくつか出し物を見たり、参加したりして二人は文化祭を楽しんだ。詩那は終始にっこにこだった。
その後、いい時間が過ぎたため、屋台の並ぶグラウンドで飲み物と時間的にもおやつにと食べやすいチュロスとチョコとイチゴのクレープバーを一つずつ買って、あまり生徒の来ないところにあるベンチに二人並んで座った。
ここでなら落ち着いて話ができると思ったから。
詩那と文化祭を回るのは楽しかったが、悠介にとってはここからが今日の本題だ。
詩那も屋台を回っているときからこの後だ、と気持ちを強くしていた。
そうでなければ逃げ出してしまいそうだったから。
悠介が話を聴く姿勢でいてくれていることはわかっている。
詩那としては残念だが悠介にとってはこっちが主であろうことも。
だが、中々言葉が出てこず、クレープバーをそれぞれ一本ずつ手に取り、少しずつ口に運んでは感想を言うという上辺だけ平穏な時間がしばらく続き、とうとう食べ終えてしまったところで悠介が口を開いた。
「……それで、話したいことっていうのは?訊きたいことっていうのも……」
詩那の肩が一瞬ビクッとなる。
(逃げちゃダメ!今日は言うって決めたんだから!)
一度ぎゅっと目を瞑る詩那。
そして、目を開けると座る角度を少し変え、悠介の方に身体を向けた。
「……その前に、今日は付き合ってくれてありがとうございました。すごく楽しかったです」
「いや、こっちこそ楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」
「……先に、佐伯先輩にお訊きしてもいいですか?」
「ああ。何でも」
「佐伯先輩は、もうバスケはしないんですか?あんなに上手だったのに……」
予想外の言葉に悠介の目が大きくなる。
まさかバスケのことを訊かれるとは思っていなかった。
それに『もう』って……。
球技大会のことを言っているのではないことはわかった。
もしそうならこんな言い方にはならない。
「……部活としてって意味ならその通りだ。けど、なんで俺がバスケをしてたって知ってるんだ?」
「……私が……、佐伯先輩と同じ中学だからです。先輩が二年生になってすぐの頃までバスケ部に入ってたこと、知ってます。……部活見学で先輩がプレーしているところを見ましたから」
それは詩那の一目惚れだった。
当時弟の世話をしなければいけなかったけれど、何とかマネージャーになれないかとそんなことを考えていた。
すぐに悠介が辞めてしまったからそれが実現することはなかったけれど。
「っ!?……そう、だったのか」
「あのとき、バスケ部の中の誰よりも上手ですごくカッコよかったです。それなのにどうして辞めちゃったんですか?」
「それは……」
思わず言葉に詰まってしまう。
当時のことは思い出すだけで気分が悪くなる。
折角詩那にカッコよかったなんて言ってもらえた悠介だが、お礼を言うどころか、その言葉が素通りしてしまうほどに当時のことが次々と思い出されてしまう。
「……やっぱり、風見先輩のせい、なんですか?当時バスケ部のクラスメイトが言ってました。風見っていう先輩が上級生と揉めて、一年の終わりに辞めたせいで、その風見先輩を庇おうとした佐伯先輩も居づらくなって辞めたって」
この風見先輩が風見春陽だ。
だから春陽が嫌いだった。
悠介がバスケを辞めた原因である春陽が。
逆恨みに等しいことはわかっている。
けど、好きな人から大切なものを奪った相手を嫌うのは普通のことではないだろうか。ただ、春陽を知っていくにつれ詩那の中に疑問が生じた。本当にそうなのだろうか、と。自分のせいで他人を、友人を巻き込んでおいて平然としていられるような人とは思えなかった。だから確認せずにはいられなかった。このモヤモヤを解決しないと自分の中で先に進めない。悠介を想っていた時間とほとんど同じ時間、対極の感情を抱き続けてきた相手のことだから。
「なんだ、それ。そんな話になってたのか!?」
悠介の劇的な反応。これだけで答えのようなものだった。やっぱり、という安堵が詩那の中で広がる。そう安堵だ。それは詩那自身、春陽のことをいい人なのだろうと思っていたことを意味していた。
一方、自分が辞めた理由が部活内でそんな風に改ざんされていたなんて悠介は今初めて知った。
春陽をすべての元凶にしたというのか。
そんなことをしそうなやつ、そして広めることができるやつと考えれば一人しか思い当たらなかった。
あの事件を実際に見た当時の三年にそこまでやる気概はなかった。
同級生もそれは同じ。
だとすれば、あの顧問だ。
あいつなら何も知らない一年部員に話を広めるのも簡単だっただろう。
バスケ部を進路指導の実績作りの道具に使っていたあいつならやりかねない。
悠介が辞めた本当の理由、つまりはあの事件に箝口令を敷いて、春陽が上級生と揉めただけという形にしたというのか。
昔のことだからどうでもいいと言えばどうでもいい。
春陽だってもう気にしないだろう。
だが、こうして今もそれを信じている人が、それも身近にいるとなるとどうでもいいとは言っていられない。
「そうです……。だから私は佐伯先輩からバスケを奪った風見先輩をずっと嫌っていました。だって私は、……初めて見たときから佐伯先輩のことが――――」
モヤモヤが晴れた勢いのままに詩那は言おうとする。今日一番伝えたかったことを。
だが、それは悠介によって止められてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。全部詩那の勘違いだ。むしろ俺がもっと早く気づいていればあそこまで春陽がバスケを嫌いになることはなかった。俺は今でもバスケが好きだし、俺が辞めたのは、あのバスケ部を心底嫌いになったからだ」
悠介は慌てて否定する。
そして今の詩那の言い方。
春陽に対する態度を思い返せば、当たりが強いと感じてはいたが、まさかその原因が自分だったとは。
詩那が続けようとした言葉を少し遮ってしまったが、今はこの誤解を解く方が先決だ。
「え……!?」
予想外に真剣な表情で、想像もしていなかった内容により遮られてしまった詩那からは呟くような声が漏れる。
それから悠介はバスケ部で何が行われていたか概要だけを詩那に伝えた。
それは詳しく聞かなくてもわかるほど陰湿な事件。
悠介の話を聞いた詩那は言葉が出てこない。とても続きを言える雰囲気ではなくなってしまったが、だからといって、中学時代のこと、春陽のこと、同級生から聞いたことを真に受けてこれまでずっとそう思い込んでいた自分に何も言えることなんてない。
けど、何か言わないと。
何か。
「……それじゃあ……どうして高校でバスケをしないんですか?」
何とか出てきたのはそんな言葉だった。
悠介が今話したことが中学でバスケ部を辞めた理由なら高校でもバスケ部に入っていない理由にはなっていない。
やはりブランクが原因なのだろうか。けど球技大会を見た限りそうとも思えなかった。そう、球技大会だ。
あのとき詩那は悠介の試合を見ていた。
また悠介がバスケをしているところを見れて嬉しかったのだ。一緒に春陽が出場していたことには当時複雑な思いをしたが。
「バスケは今でも好きだけど、もう部活はいいんだ。それよりも今はしたいことができたから」
「したいこと、ですか?」
「ああ。言うのはちょっと恥ずかしいんだけどな。色んな経験をして精神的に大人になりたい。……ある人に少しでも近づけるように」
詩那はここにきてようやく理解した。そして聞かなければよかったと後悔した。
今の悠介の表情を見てわかってしまったから。誰かまではわからない。けれど、悠介には好きな人がいるんだということを。だって悠介はそういう顔をしていた。
詩那は自分の気持ちを伝える機会を完全に逸してしまった。
もしも先に訊きたいことではなく、話したいことを話していれば、結果は変わらなくても違った展開になったかもしれないが、現実は違う。
詩那は想いを伝えてもいないのにその答えを知ってしまった。ならば、もう伝えることはできない……。
「……そう、ですか……」
胸がズキズキと痛む。
「そういう訳だから部活をしないことに春陽は関係ないんだ」
「はい……。教えてくれてありがとうございました」
「わかってもらえたならいいんだ。今のが訊きたかったことだとすると話したいことっていうのは?」
「いえ、話したかったことも全部できました」
「そうなのか?」
「はい……。今日は本当にありがとうございました」
最後は心の中のすべてを覆い隠し、詩那は笑みを浮かべた。
ちゃんと笑えているだろうか、そんな心配があったが、悠介の様子から杞憂だったようで安心した。
詩那はそうして話を終わらせると、自分はしばらくここにいるからとこの場で悠介と別れ、一人ベンチに座っていた。
「あれ?やだ、どうして……」
悠介が完全に見えなくなり、緊張の糸が切れてしまったからだろうか、詩那の目から涙が出てきてしまった。
一度流れ始めた涙は中々止まってくれない。
(佐伯先輩……。ずっとずっと好きでした。先輩は知らなかったでしょうけど――――)
詩那にとって悠介は初恋の人だった。
中学のとき、接点は全くなかったけれど、廊下などで悠介を見かければついつい目で追ってしまっていた。一方的な片思い。だけど確かに詩那は幸せだった。悠介が卒業するまでそんな二年間を過ごしていた。
中三で全く見かけることもできなくなっても、想いが途切れることはなかった。初恋で片思い。その熱量は自分でも驚くほどのものだった。高校受験のとき、光ヶ峰を選んだ理由の一つに悠介がいるからというのがあったことは否定できない。
アズキのことがあるまで話したこともなかったが、それでも想いだけはずっとあった。
だからアズキの件とは別に、あのときは本当に嬉しかった。
変な言い方だが、アズキと大翔のおかげで、悠介と接点ができ、たくさん話す機会もできたから。
海の家で会えたのも嬉しかった。
家族全員で、しかも自分の水着姿を見せるということは少し恥ずかしかったけれど、段々仲良くなっていけているみたいで。
こちらからお願いする形ではあったけれど、詩那、と初めて名前で呼んでもらえた。
名前を呼ばれたとき、嬉しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
体育祭では雪愛がお題をクリアするのを見て、もし自分もあのお題になったら、悠介を連れて行けるだろうか、なんてことを考えて一人顔を赤くしていた。実際は全然関係ないお題だったけれど。
今日の文化祭に誘ったのは、自分では悠介に釣り合わないと思いながらも、告白する決心をしたから。悠介に恋人がいないと知って、ちょっぴり可能性があるんじゃないか、って淡い期待をしたのもあるけれど、自分の初恋にちゃんと結末がほしいと思ったのが大きい。
(最後まで気持ちを伝えることができなくて、片思いで終わってしまったけど、私にとっては素敵な初恋でした。自分勝手なことはわかってます。でも、これまで好きでいさせてくれて……ありがとうございました、佐伯先輩)
どこかすっきりした部分もあり、詩那の心は澄んでいた。それは表情にも表れている。涙はまだ止まってくれないが、詩那の口元は笑みの形になっていた。
こうして中学一年のときに芽生えた詩那の初恋は、告白する前に相手に好きな人がいることがわかり、誰にも知られることなく、静かに終わりを迎えた。
悠介は休憩時間になると待ち合わせ場所へと向かった。
「悪い、待たせちまったか?」
「いえ、私もさっき来たばかりですから」
そこで待っていたのは詩那だった。
悠介が約束通り来てくれたことに詩那は、ぱっと笑顔になる。
文化祭準備期間のときのこと、悠介は詩那から文化祭を一緒に回りたいと申し出を受けた。
それだけであれば、悠介は申し訳なく思いつつも断っていただろう。
集団でならともかく、女子と二人きりというのはこれまで避けてきたことだから。
相手がどうこうではない。
これは悠介の気持ちの問題だ。
だが、そこで詩那から話したいこと、そして訊きたいことがあると言われてしまえば、知っている相手ということもあり、断ることはできなかった。
その結果、悠介の休憩時間に合わせて約束をした、という訳だ。
「そっか。それじゃあとりあえず色々見て回ろうか?」
「はい!」
こうして、詩那と二人文化祭を回る悠介。
いくつか出し物を見たり、参加したりして二人は文化祭を楽しんだ。詩那は終始にっこにこだった。
その後、いい時間が過ぎたため、屋台の並ぶグラウンドで飲み物と時間的にもおやつにと食べやすいチュロスとチョコとイチゴのクレープバーを一つずつ買って、あまり生徒の来ないところにあるベンチに二人並んで座った。
ここでなら落ち着いて話ができると思ったから。
詩那と文化祭を回るのは楽しかったが、悠介にとってはここからが今日の本題だ。
詩那も屋台を回っているときからこの後だ、と気持ちを強くしていた。
そうでなければ逃げ出してしまいそうだったから。
悠介が話を聴く姿勢でいてくれていることはわかっている。
詩那としては残念だが悠介にとってはこっちが主であろうことも。
だが、中々言葉が出てこず、クレープバーをそれぞれ一本ずつ手に取り、少しずつ口に運んでは感想を言うという上辺だけ平穏な時間がしばらく続き、とうとう食べ終えてしまったところで悠介が口を開いた。
「……それで、話したいことっていうのは?訊きたいことっていうのも……」
詩那の肩が一瞬ビクッとなる。
(逃げちゃダメ!今日は言うって決めたんだから!)
一度ぎゅっと目を瞑る詩那。
そして、目を開けると座る角度を少し変え、悠介の方に身体を向けた。
「……その前に、今日は付き合ってくれてありがとうございました。すごく楽しかったです」
「いや、こっちこそ楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」
「……先に、佐伯先輩にお訊きしてもいいですか?」
「ああ。何でも」
「佐伯先輩は、もうバスケはしないんですか?あんなに上手だったのに……」
予想外の言葉に悠介の目が大きくなる。
まさかバスケのことを訊かれるとは思っていなかった。
それに『もう』って……。
球技大会のことを言っているのではないことはわかった。
もしそうならこんな言い方にはならない。
「……部活としてって意味ならその通りだ。けど、なんで俺がバスケをしてたって知ってるんだ?」
「……私が……、佐伯先輩と同じ中学だからです。先輩が二年生になってすぐの頃までバスケ部に入ってたこと、知ってます。……部活見学で先輩がプレーしているところを見ましたから」
それは詩那の一目惚れだった。
当時弟の世話をしなければいけなかったけれど、何とかマネージャーになれないかとそんなことを考えていた。
すぐに悠介が辞めてしまったからそれが実現することはなかったけれど。
「っ!?……そう、だったのか」
「あのとき、バスケ部の中の誰よりも上手ですごくカッコよかったです。それなのにどうして辞めちゃったんですか?」
「それは……」
思わず言葉に詰まってしまう。
当時のことは思い出すだけで気分が悪くなる。
折角詩那にカッコよかったなんて言ってもらえた悠介だが、お礼を言うどころか、その言葉が素通りしてしまうほどに当時のことが次々と思い出されてしまう。
「……やっぱり、風見先輩のせい、なんですか?当時バスケ部のクラスメイトが言ってました。風見っていう先輩が上級生と揉めて、一年の終わりに辞めたせいで、その風見先輩を庇おうとした佐伯先輩も居づらくなって辞めたって」
この風見先輩が風見春陽だ。
だから春陽が嫌いだった。
悠介がバスケを辞めた原因である春陽が。
逆恨みに等しいことはわかっている。
けど、好きな人から大切なものを奪った相手を嫌うのは普通のことではないだろうか。ただ、春陽を知っていくにつれ詩那の中に疑問が生じた。本当にそうなのだろうか、と。自分のせいで他人を、友人を巻き込んでおいて平然としていられるような人とは思えなかった。だから確認せずにはいられなかった。このモヤモヤを解決しないと自分の中で先に進めない。悠介を想っていた時間とほとんど同じ時間、対極の感情を抱き続けてきた相手のことだから。
「なんだ、それ。そんな話になってたのか!?」
悠介の劇的な反応。これだけで答えのようなものだった。やっぱり、という安堵が詩那の中で広がる。そう安堵だ。それは詩那自身、春陽のことをいい人なのだろうと思っていたことを意味していた。
一方、自分が辞めた理由が部活内でそんな風に改ざんされていたなんて悠介は今初めて知った。
春陽をすべての元凶にしたというのか。
そんなことをしそうなやつ、そして広めることができるやつと考えれば一人しか思い当たらなかった。
あの事件を実際に見た当時の三年にそこまでやる気概はなかった。
同級生もそれは同じ。
だとすれば、あの顧問だ。
あいつなら何も知らない一年部員に話を広めるのも簡単だっただろう。
バスケ部を進路指導の実績作りの道具に使っていたあいつならやりかねない。
悠介が辞めた本当の理由、つまりはあの事件に箝口令を敷いて、春陽が上級生と揉めただけという形にしたというのか。
昔のことだからどうでもいいと言えばどうでもいい。
春陽だってもう気にしないだろう。
だが、こうして今もそれを信じている人が、それも身近にいるとなるとどうでもいいとは言っていられない。
「そうです……。だから私は佐伯先輩からバスケを奪った風見先輩をずっと嫌っていました。だって私は、……初めて見たときから佐伯先輩のことが――――」
モヤモヤが晴れた勢いのままに詩那は言おうとする。今日一番伝えたかったことを。
だが、それは悠介によって止められてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。全部詩那の勘違いだ。むしろ俺がもっと早く気づいていればあそこまで春陽がバスケを嫌いになることはなかった。俺は今でもバスケが好きだし、俺が辞めたのは、あのバスケ部を心底嫌いになったからだ」
悠介は慌てて否定する。
そして今の詩那の言い方。
春陽に対する態度を思い返せば、当たりが強いと感じてはいたが、まさかその原因が自分だったとは。
詩那が続けようとした言葉を少し遮ってしまったが、今はこの誤解を解く方が先決だ。
「え……!?」
予想外に真剣な表情で、想像もしていなかった内容により遮られてしまった詩那からは呟くような声が漏れる。
それから悠介はバスケ部で何が行われていたか概要だけを詩那に伝えた。
それは詳しく聞かなくてもわかるほど陰湿な事件。
悠介の話を聞いた詩那は言葉が出てこない。とても続きを言える雰囲気ではなくなってしまったが、だからといって、中学時代のこと、春陽のこと、同級生から聞いたことを真に受けてこれまでずっとそう思い込んでいた自分に何も言えることなんてない。
けど、何か言わないと。
何か。
「……それじゃあ……どうして高校でバスケをしないんですか?」
何とか出てきたのはそんな言葉だった。
悠介が今話したことが中学でバスケ部を辞めた理由なら高校でもバスケ部に入っていない理由にはなっていない。
やはりブランクが原因なのだろうか。けど球技大会を見た限りそうとも思えなかった。そう、球技大会だ。
あのとき詩那は悠介の試合を見ていた。
また悠介がバスケをしているところを見れて嬉しかったのだ。一緒に春陽が出場していたことには当時複雑な思いをしたが。
「バスケは今でも好きだけど、もう部活はいいんだ。それよりも今はしたいことができたから」
「したいこと、ですか?」
「ああ。言うのはちょっと恥ずかしいんだけどな。色んな経験をして精神的に大人になりたい。……ある人に少しでも近づけるように」
詩那はここにきてようやく理解した。そして聞かなければよかったと後悔した。
今の悠介の表情を見てわかってしまったから。誰かまではわからない。けれど、悠介には好きな人がいるんだということを。だって悠介はそういう顔をしていた。
詩那は自分の気持ちを伝える機会を完全に逸してしまった。
もしも先に訊きたいことではなく、話したいことを話していれば、結果は変わらなくても違った展開になったかもしれないが、現実は違う。
詩那は想いを伝えてもいないのにその答えを知ってしまった。ならば、もう伝えることはできない……。
「……そう、ですか……」
胸がズキズキと痛む。
「そういう訳だから部活をしないことに春陽は関係ないんだ」
「はい……。教えてくれてありがとうございました」
「わかってもらえたならいいんだ。今のが訊きたかったことだとすると話したいことっていうのは?」
「いえ、話したかったことも全部できました」
「そうなのか?」
「はい……。今日は本当にありがとうございました」
最後は心の中のすべてを覆い隠し、詩那は笑みを浮かべた。
ちゃんと笑えているだろうか、そんな心配があったが、悠介の様子から杞憂だったようで安心した。
詩那はそうして話を終わらせると、自分はしばらくここにいるからとこの場で悠介と別れ、一人ベンチに座っていた。
「あれ?やだ、どうして……」
悠介が完全に見えなくなり、緊張の糸が切れてしまったからだろうか、詩那の目から涙が出てきてしまった。
一度流れ始めた涙は中々止まってくれない。
(佐伯先輩……。ずっとずっと好きでした。先輩は知らなかったでしょうけど――――)
詩那にとって悠介は初恋の人だった。
中学のとき、接点は全くなかったけれど、廊下などで悠介を見かければついつい目で追ってしまっていた。一方的な片思い。だけど確かに詩那は幸せだった。悠介が卒業するまでそんな二年間を過ごしていた。
中三で全く見かけることもできなくなっても、想いが途切れることはなかった。初恋で片思い。その熱量は自分でも驚くほどのものだった。高校受験のとき、光ヶ峰を選んだ理由の一つに悠介がいるからというのがあったことは否定できない。
アズキのことがあるまで話したこともなかったが、それでも想いだけはずっとあった。
だからアズキの件とは別に、あのときは本当に嬉しかった。
変な言い方だが、アズキと大翔のおかげで、悠介と接点ができ、たくさん話す機会もできたから。
海の家で会えたのも嬉しかった。
家族全員で、しかも自分の水着姿を見せるということは少し恥ずかしかったけれど、段々仲良くなっていけているみたいで。
こちらからお願いする形ではあったけれど、詩那、と初めて名前で呼んでもらえた。
名前を呼ばれたとき、嬉しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
体育祭では雪愛がお題をクリアするのを見て、もし自分もあのお題になったら、悠介を連れて行けるだろうか、なんてことを考えて一人顔を赤くしていた。実際は全然関係ないお題だったけれど。
今日の文化祭に誘ったのは、自分では悠介に釣り合わないと思いながらも、告白する決心をしたから。悠介に恋人がいないと知って、ちょっぴり可能性があるんじゃないか、って淡い期待をしたのもあるけれど、自分の初恋にちゃんと結末がほしいと思ったのが大きい。
(最後まで気持ちを伝えることができなくて、片思いで終わってしまったけど、私にとっては素敵な初恋でした。自分勝手なことはわかってます。でも、これまで好きでいさせてくれて……ありがとうございました、佐伯先輩)
どこかすっきりした部分もあり、詩那の心は澄んでいた。それは表情にも表れている。涙はまだ止まってくれないが、詩那の口元は笑みの形になっていた。
こうして中学一年のときに芽生えた詩那の初恋は、告白する前に相手に好きな人がいることがわかり、誰にも知られることなく、静かに終わりを迎えた。
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