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第八章 文化祭
第87話 悠介の文化祭二日目(幕間)
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文化祭二日目。
休憩時間をもらった悠介は友人と一緒に文化祭を楽しんだ。
もちろん、というか男だけで、だ。
休憩時間が終わりクラスに戻ると、よく見知った人物が客として来ており悠介は驚きに一瞬固まる。
そして、接客の時間ではないが、挨拶をしにそのテーブルへと向かった。
「麻理さん、いらっしゃい。来てたんですね」
「あら、悠介。そうなの。みんなで遊びに行こうって話になってね」
麻理の言う皆とは当然、美優と沙織のことだ。
悠介は麻理と一緒に座っている二人を見て、どういう組み合わせなのかと混乱する。
一人は初めて見る人だし、もう一人はオープンキャンパスで再会したと自分が麻理に伝えた春陽の姉だ。
どうしてこのメンバーが仲良さげに一緒に文化祭に遊びに来ているのか。
悠介はわからないことだらけで嫌な汗が浮かぶ。
春陽はこのことを知っているのだろうかと心配になる。
そんな疑問や混乱が表情に出ていたのか、麻理が安心させるように言う。
「ふふっ、大丈夫よ、悠介」
「麻理さん?」
麻理の余裕の表情に悠介の視線が固定される。
それから互いのことを紹介する麻理。
沙織が雪愛の母親だということに悠介は驚き、美優が春陽の姉だと麻理から紹介されたことにも驚いた。
春陽の過去を知っている悠介は正直麻理が美優のことを嫌っていると思っていたから。
一方、美優は悠介が春陽の友人だとわかり、表情を明るくしていた。
麻理から聴いて会ってみたいと思っていた春陽の親友に会えたことが嬉しかったのだ。
皆の様子や麻理の口調から、どうやら心配する必要がない状況なのだとわかった悠介はそっと安堵の息を吐いた。詳しいことは知りたければ後日にでも聞けばいい。
そうして少し話していた悠介だったが、クラスTシャツを着た人間がテーブルに長居するのも悪目立ちしてしまうため、断りを入れて裏に下がっていった。
その途中、春陽が見ていたのか悠介に声をかけた。
「今度、姉さんとのことちゃんと話させてくれ。……色々心配かけて悪かったな」
ぶっきらぼうな態度だが、照れくささが滲み出ている春陽。
先ほどの麻理達との会話と春陽自身のその言葉で察することができる部分は多い。
「んなことどうでもいいんだよ。よかったな、春陽」
春陽に姉と呼べる人ができた、そのことが嬉しかった。
悠介はにかっと笑い、春陽の肩をパシッと叩くのだった。
春陽と雪愛が休憩になり麻理達と教室を出て行った後、しばらくしてこのコスプレ喫茶ではちょっとした騒動が起こった。
一般公開では多くの人が来るため、あり得ないことではない。まさか自分達のクラスで起こるとは誰も思ってもみなかったが。
「俺らは客なんだぜ?もっと奉仕してもらわないとさぁ」
「あの子なんか可愛いじゃん。あの子とチェンジで」
「チェンジとかマジひでぇ。じゃあ俺はあの子で頼むわ」
大学生くらいの男性客三人が値踏みするようなねっとりとした視線を女子に向け、げらげら笑いながらそんなことを言っている。
派手な恰好をしており、日頃から遊んでいるだろうことが見た目や言動からわかる。
たまたま対応することになってしまったクラスの中でも大人しい女子生徒が涙目になっている。
そのことに気づいている数人の生徒達は自分が関わるのが嫌なため、遠目に見ているだけだ。近くに座る他の客もざわざわとし始める。
そんな中、執事服を着た一人の男子生徒が近づいていった。
クラスメイトを助けるのかと一瞬期待されたが、それはすぐに無理だろうという感想に変わってしまう。
彼は身長も低く、線も細い。
性格も気弱なのか向かっている間もおどおどとしているのが見て取れたのだ。
なぜそんな蛮勇を発揮してしまったのかはわからないが、彼はついに男性客三人の座るテーブルにたどり着いてしまった。
「ああ?何だお前?」
「男はいらねえっての。どっか行けよ」
「この地味子何も喋んねえんだよ。お前さ、代わりにさっさと俺らの希望通りの女連れてこいよ」
突然やってきた男子生徒に対し周囲が予想した通りに彼らは絡む。
「あ、あなたたちの、ところに、連れてくるような女子は、いません!」
だが、彼はそこで一歩も引かなかった。
本人としても思いのほか大きな声が出てしまい周囲の注目を集める。
「ああっ?何言ってんだお前」
「調子乗ってんじゃねえぞ、おい」
「ふざけてんのか?」
彼らの雰囲気が一気に剣呑なものになる。
そこでようやく裏方をしていた悠介、他のテーブルの接客を終えたばかりの和樹がおかしな雰囲気にそれぞれ気づいた。
和樹がすぐに件のテーブルへと向かう。
「おい、梶原大丈夫か!?」
「っ、新条君……」
和樹の声に肩をビクッとさせて目を向ける。
「何があった!?」
「それが……」
「おいおい、なんで男ばっか来るんだよ。来るならメイドだろうが」
梶原が何かを言う前に、目の前のテーブルに座る客が声をあげる。
そこで和樹が男性三人の客に目を向けた。
態度の悪い彼らが原因であることは明白だった。
「……申し訳ありませんが、お引き取りいただけますでしょうか」
真剣な表情で和樹が言う。
「ああ?俺らは客だぞ?それを帰れっていうのかよ?」
「……申し訳ありませんが」
男達がイライラし始め、椅子から立ち上がる。
今にも和樹に殴りかかってきそうな雰囲気だ。
すると、そこに瑞穂の声が廊下から響いた。
「先生、ここです。早く!」
見れば、教室のドアから瑞穂と少し遅れて生活指導担当の体格のいい教員が入ってくる。
その教員は室内を見回し、険しい表情になると、男性客三人に言う。
「君たち、何をしていたのか説明してもらえるかな?」
教員の姿を見て男達が舌打ちする。
瑞穂が教員を連れてきてからはあっという間だった。
教員と揉めてまで居座るつもりはないようで、その後は、教員に男達が連れていかれ、大きな被害が出ることなくこの騒動は終息した。
「和樹大丈夫!?ケガとかしてない!?」
男達が去ってすぐに瑞穂が和樹に駆け寄る。
瑞穂は和樹があの男性客達と対峙しているのを目にしてしまい余程心配だったようだ。
「ああ、俺は大丈夫だから。それより先生を連れてきてくれてありがとう瑞穂」
和樹の言葉に瑞穂が安堵の息を吐く。
瑞穂が説明するところでは、接客している女子生徒とあの男性客達のやりとりが聞こえて、これはまずいとすぐに行動に移したそうだ。
他に気づいた数人の生徒達が怖さから遠巻きに見ているだけだった中、教室を飛び出し、教員を探して連れてきたのだ。
担任の東城ではなく生徒指導主任を連れてきたのはいい判断だったと言えるだろう。下手をすれば東城まで絡まれかねなかった。
「梶原も大丈夫だったか?」
和樹が梶原に目を向ける。
「あ、うん。僕は大丈夫。ありがとう、新条君」
「いや、俺は結局何もしてないしな。梶原が対応してくれてたんだろう?勇気あるな」
「……そんなのじゃないよ。こんな大事になるなんて思ってもいなかったしね」
梶原は引き攣った笑みを浮かべる。
余程怖かったのだろうか。
梶原は教員と男性客達が去ったドアの方を見て顔色を悪くしていた。
一方、悠介は男性客達を見て、目を大きくして固まってしまっていた。
和樹のように動くことができなかったのだ。
頭の中では色々な記憶が蘇り、嫌な予感に心臓が鼓動を速くする。
昨日詩那と話したことも関係しているかもしれない。
髪色が違う。雰囲気も違う。だが、あの顔は忘れようがない。
(なんで、あいつがここにいるんだ!?)
ただの偶然、で片づけるにはあまりにも出来過ぎている、とつい思ってしまう。
一つ言えるのは、ここに春陽も麻理もいなくて本当によかったということだ。
もしこの場にいたらどうなっていたか想像もしたくない。
嫌な予感を頭を振って追い出す。
今更何かがある訳がない。今のことも偶然に決まっている。
(麻理さんには絶対に言えないな……)
悠介は決めた。
言霊というものがある。
悠介は、何か実際に危険があった訳ではないのに、不安を言葉にしてそれが現実になってしまっても嫌だし、言ってしまってそのことに皆が振り回されるのも嫌だった。
その後は特にトラブルもなく、文化祭は無事に終わった。
そして、今。
後夜祭が始まった。
悠介は一人座ってグラウンドを眺めている。
悠介のいるところからは、瑞穂と和樹、香奈と蒼真、未来と隆弥がそれぞれ踊っているのが見える。
それぞれいつの間に?という気持ちもあるが皆楽しそうで思わず笑みがこぼれる。
自分の大切な友人たちだ。
これまで一緒にいて悠介自身、彼らはいい奴だと思う。そんな彼らが楽しそうにしているのは悠介も嬉しかった。
それだけじゃなく、自分もそんな風にしたい、という想いは悠介の中にだってもちろんある。
けど、自分がそうしたい相手は一人だけだ。
そしてその人はこの場にいないのだから仕方がない。
だから嫉妬とかそういうのとは違う。
強いて言うなら、羨ましいという感じだろうか。
自分の気持ちに素直になって、こうして行動できていることに対して。
それは自分が不幸だと言いたい訳ではない。
自分は自分で、これほどの想いを一人の女性に抱けることを幸せに感じている。よく、恋愛は片思い中が一番楽しいと言われるが、わからなくもない。
好きな人を想えば、勇気が湧くし、元気が出て、もっと頑張ろうと思えるからだ。
踊っているからといってその両者に恋愛感情があるかまではわからないが、これからも彼らが楽しく過ごしていけたらいいなと悠介は思った。
すると、春陽と雪愛が踊るためにグラウンドに歩いていく姿が見えた。春陽が自然に笑っていることに何とも言えない温かい気持ちになる。
あの二人がここまでの仲になるなんて二年になった当初は思いもしなかった。
それが今では二人が一緒にいない方がおかしく感じるくらいなのだから不思議だ。
バーベキューの日、名前で呼ぶ呼ばないと言っていた頃が懐かしい。
あの頃は春陽のことばかり心配していた。
思い出したことが、たった数か月前だというのに随分昔のことのように感じて苦笑してしまう。
雪愛も頑張ったのだろうが、悠介から見ると春陽の頑張りがやはり思い浮かぶ。本当に春陽は頑張っていた。いったいどれだけの恐怖を乗り越えてきたのだろうか。春陽の傷を知っているからこそ、それは奇跡のように思える。
春陽と雪愛、二人が好き同士になれたことが。
本当にお似合いの二人だ。
先のことは誰にもわからないが、二人がずっと仲良くいられることを悠介は願う。それが悠介の素直な気持ちだ。
(みんながこれからも笑顔でいてくれたらいいな……)
奇しくも今、二年になって仲良くなれた全員がグラウンドで楽しそうに踊っている。
悠介は一人、皆がいるグラウンドを眺めながら口元に柔らかな笑みを浮かべそんなことを思ったのだった。
休憩時間をもらった悠介は友人と一緒に文化祭を楽しんだ。
もちろん、というか男だけで、だ。
休憩時間が終わりクラスに戻ると、よく見知った人物が客として来ており悠介は驚きに一瞬固まる。
そして、接客の時間ではないが、挨拶をしにそのテーブルへと向かった。
「麻理さん、いらっしゃい。来てたんですね」
「あら、悠介。そうなの。みんなで遊びに行こうって話になってね」
麻理の言う皆とは当然、美優と沙織のことだ。
悠介は麻理と一緒に座っている二人を見て、どういう組み合わせなのかと混乱する。
一人は初めて見る人だし、もう一人はオープンキャンパスで再会したと自分が麻理に伝えた春陽の姉だ。
どうしてこのメンバーが仲良さげに一緒に文化祭に遊びに来ているのか。
悠介はわからないことだらけで嫌な汗が浮かぶ。
春陽はこのことを知っているのだろうかと心配になる。
そんな疑問や混乱が表情に出ていたのか、麻理が安心させるように言う。
「ふふっ、大丈夫よ、悠介」
「麻理さん?」
麻理の余裕の表情に悠介の視線が固定される。
それから互いのことを紹介する麻理。
沙織が雪愛の母親だということに悠介は驚き、美優が春陽の姉だと麻理から紹介されたことにも驚いた。
春陽の過去を知っている悠介は正直麻理が美優のことを嫌っていると思っていたから。
一方、美優は悠介が春陽の友人だとわかり、表情を明るくしていた。
麻理から聴いて会ってみたいと思っていた春陽の親友に会えたことが嬉しかったのだ。
皆の様子や麻理の口調から、どうやら心配する必要がない状況なのだとわかった悠介はそっと安堵の息を吐いた。詳しいことは知りたければ後日にでも聞けばいい。
そうして少し話していた悠介だったが、クラスTシャツを着た人間がテーブルに長居するのも悪目立ちしてしまうため、断りを入れて裏に下がっていった。
その途中、春陽が見ていたのか悠介に声をかけた。
「今度、姉さんとのことちゃんと話させてくれ。……色々心配かけて悪かったな」
ぶっきらぼうな態度だが、照れくささが滲み出ている春陽。
先ほどの麻理達との会話と春陽自身のその言葉で察することができる部分は多い。
「んなことどうでもいいんだよ。よかったな、春陽」
春陽に姉と呼べる人ができた、そのことが嬉しかった。
悠介はにかっと笑い、春陽の肩をパシッと叩くのだった。
春陽と雪愛が休憩になり麻理達と教室を出て行った後、しばらくしてこのコスプレ喫茶ではちょっとした騒動が起こった。
一般公開では多くの人が来るため、あり得ないことではない。まさか自分達のクラスで起こるとは誰も思ってもみなかったが。
「俺らは客なんだぜ?もっと奉仕してもらわないとさぁ」
「あの子なんか可愛いじゃん。あの子とチェンジで」
「チェンジとかマジひでぇ。じゃあ俺はあの子で頼むわ」
大学生くらいの男性客三人が値踏みするようなねっとりとした視線を女子に向け、げらげら笑いながらそんなことを言っている。
派手な恰好をしており、日頃から遊んでいるだろうことが見た目や言動からわかる。
たまたま対応することになってしまったクラスの中でも大人しい女子生徒が涙目になっている。
そのことに気づいている数人の生徒達は自分が関わるのが嫌なため、遠目に見ているだけだ。近くに座る他の客もざわざわとし始める。
そんな中、執事服を着た一人の男子生徒が近づいていった。
クラスメイトを助けるのかと一瞬期待されたが、それはすぐに無理だろうという感想に変わってしまう。
彼は身長も低く、線も細い。
性格も気弱なのか向かっている間もおどおどとしているのが見て取れたのだ。
なぜそんな蛮勇を発揮してしまったのかはわからないが、彼はついに男性客三人の座るテーブルにたどり着いてしまった。
「ああ?何だお前?」
「男はいらねえっての。どっか行けよ」
「この地味子何も喋んねえんだよ。お前さ、代わりにさっさと俺らの希望通りの女連れてこいよ」
突然やってきた男子生徒に対し周囲が予想した通りに彼らは絡む。
「あ、あなたたちの、ところに、連れてくるような女子は、いません!」
だが、彼はそこで一歩も引かなかった。
本人としても思いのほか大きな声が出てしまい周囲の注目を集める。
「ああっ?何言ってんだお前」
「調子乗ってんじゃねえぞ、おい」
「ふざけてんのか?」
彼らの雰囲気が一気に剣呑なものになる。
そこでようやく裏方をしていた悠介、他のテーブルの接客を終えたばかりの和樹がおかしな雰囲気にそれぞれ気づいた。
和樹がすぐに件のテーブルへと向かう。
「おい、梶原大丈夫か!?」
「っ、新条君……」
和樹の声に肩をビクッとさせて目を向ける。
「何があった!?」
「それが……」
「おいおい、なんで男ばっか来るんだよ。来るならメイドだろうが」
梶原が何かを言う前に、目の前のテーブルに座る客が声をあげる。
そこで和樹が男性三人の客に目を向けた。
態度の悪い彼らが原因であることは明白だった。
「……申し訳ありませんが、お引き取りいただけますでしょうか」
真剣な表情で和樹が言う。
「ああ?俺らは客だぞ?それを帰れっていうのかよ?」
「……申し訳ありませんが」
男達がイライラし始め、椅子から立ち上がる。
今にも和樹に殴りかかってきそうな雰囲気だ。
すると、そこに瑞穂の声が廊下から響いた。
「先生、ここです。早く!」
見れば、教室のドアから瑞穂と少し遅れて生活指導担当の体格のいい教員が入ってくる。
その教員は室内を見回し、険しい表情になると、男性客三人に言う。
「君たち、何をしていたのか説明してもらえるかな?」
教員の姿を見て男達が舌打ちする。
瑞穂が教員を連れてきてからはあっという間だった。
教員と揉めてまで居座るつもりはないようで、その後は、教員に男達が連れていかれ、大きな被害が出ることなくこの騒動は終息した。
「和樹大丈夫!?ケガとかしてない!?」
男達が去ってすぐに瑞穂が和樹に駆け寄る。
瑞穂は和樹があの男性客達と対峙しているのを目にしてしまい余程心配だったようだ。
「ああ、俺は大丈夫だから。それより先生を連れてきてくれてありがとう瑞穂」
和樹の言葉に瑞穂が安堵の息を吐く。
瑞穂が説明するところでは、接客している女子生徒とあの男性客達のやりとりが聞こえて、これはまずいとすぐに行動に移したそうだ。
他に気づいた数人の生徒達が怖さから遠巻きに見ているだけだった中、教室を飛び出し、教員を探して連れてきたのだ。
担任の東城ではなく生徒指導主任を連れてきたのはいい判断だったと言えるだろう。下手をすれば東城まで絡まれかねなかった。
「梶原も大丈夫だったか?」
和樹が梶原に目を向ける。
「あ、うん。僕は大丈夫。ありがとう、新条君」
「いや、俺は結局何もしてないしな。梶原が対応してくれてたんだろう?勇気あるな」
「……そんなのじゃないよ。こんな大事になるなんて思ってもいなかったしね」
梶原は引き攣った笑みを浮かべる。
余程怖かったのだろうか。
梶原は教員と男性客達が去ったドアの方を見て顔色を悪くしていた。
一方、悠介は男性客達を見て、目を大きくして固まってしまっていた。
和樹のように動くことができなかったのだ。
頭の中では色々な記憶が蘇り、嫌な予感に心臓が鼓動を速くする。
昨日詩那と話したことも関係しているかもしれない。
髪色が違う。雰囲気も違う。だが、あの顔は忘れようがない。
(なんで、あいつがここにいるんだ!?)
ただの偶然、で片づけるにはあまりにも出来過ぎている、とつい思ってしまう。
一つ言えるのは、ここに春陽も麻理もいなくて本当によかったということだ。
もしこの場にいたらどうなっていたか想像もしたくない。
嫌な予感を頭を振って追い出す。
今更何かがある訳がない。今のことも偶然に決まっている。
(麻理さんには絶対に言えないな……)
悠介は決めた。
言霊というものがある。
悠介は、何か実際に危険があった訳ではないのに、不安を言葉にしてそれが現実になってしまっても嫌だし、言ってしまってそのことに皆が振り回されるのも嫌だった。
その後は特にトラブルもなく、文化祭は無事に終わった。
そして、今。
後夜祭が始まった。
悠介は一人座ってグラウンドを眺めている。
悠介のいるところからは、瑞穂と和樹、香奈と蒼真、未来と隆弥がそれぞれ踊っているのが見える。
それぞれいつの間に?という気持ちもあるが皆楽しそうで思わず笑みがこぼれる。
自分の大切な友人たちだ。
これまで一緒にいて悠介自身、彼らはいい奴だと思う。そんな彼らが楽しそうにしているのは悠介も嬉しかった。
それだけじゃなく、自分もそんな風にしたい、という想いは悠介の中にだってもちろんある。
けど、自分がそうしたい相手は一人だけだ。
そしてその人はこの場にいないのだから仕方がない。
だから嫉妬とかそういうのとは違う。
強いて言うなら、羨ましいという感じだろうか。
自分の気持ちに素直になって、こうして行動できていることに対して。
それは自分が不幸だと言いたい訳ではない。
自分は自分で、これほどの想いを一人の女性に抱けることを幸せに感じている。よく、恋愛は片思い中が一番楽しいと言われるが、わからなくもない。
好きな人を想えば、勇気が湧くし、元気が出て、もっと頑張ろうと思えるからだ。
踊っているからといってその両者に恋愛感情があるかまではわからないが、これからも彼らが楽しく過ごしていけたらいいなと悠介は思った。
すると、春陽と雪愛が踊るためにグラウンドに歩いていく姿が見えた。春陽が自然に笑っていることに何とも言えない温かい気持ちになる。
あの二人がここまでの仲になるなんて二年になった当初は思いもしなかった。
それが今では二人が一緒にいない方がおかしく感じるくらいなのだから不思議だ。
バーベキューの日、名前で呼ぶ呼ばないと言っていた頃が懐かしい。
あの頃は春陽のことばかり心配していた。
思い出したことが、たった数か月前だというのに随分昔のことのように感じて苦笑してしまう。
雪愛も頑張ったのだろうが、悠介から見ると春陽の頑張りがやはり思い浮かぶ。本当に春陽は頑張っていた。いったいどれだけの恐怖を乗り越えてきたのだろうか。春陽の傷を知っているからこそ、それは奇跡のように思える。
春陽と雪愛、二人が好き同士になれたことが。
本当にお似合いの二人だ。
先のことは誰にもわからないが、二人がずっと仲良くいられることを悠介は願う。それが悠介の素直な気持ちだ。
(みんながこれからも笑顔でいてくれたらいいな……)
奇しくも今、二年になって仲良くなれた全員がグラウンドで楽しそうに踊っている。
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