死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

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第一章

救出

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「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」
 倒れて動かなくなったクラントスを見つめながらレオナルドはあらい息をいていた。戦闘せんとうが終わった静かな屋内ではその呼吸こきゅう音がやけにひびく。
 とどめをしたナイフはどういう訳か、から刃まですべてが粉々になってレオナルドの手から無くなってしまった。
 だがそんなことはどうでもいい。もう敵はいないのだから。

 息をととのえたレオナルドはセレナリーゼの元へと歩いていく。
 セレナリーゼはまだ意識がないようだ。ただその表情はとてもおだやかで、安心しきったもののようにも見える。レオナルドはすぐに拘束こうそくはずしていった。
 次に、開け放たれた扉の方を見る。外は静かでまだ騎士達が来る気配けはいはない。というか、あれだけ激しい戦闘をしていたというのに、のぞきに来たりする者もいないというのはどうしてだろうか。
 この辺りではケンカなどのさわぎが日常なのか、トラブルに巻き込まれたくないという考えなのか、何にしても貧民街ひんみんがいの人々が巻き込まれなくてよかったと思う。

 レオナルドはこおって粉々になったもの、続けて倒れているクラントスをチラリと見る。
「こんなこと二度とごめんだ……」
 今日一日にあった怒涛どとうの展開が脳裏のうりよぎったレオナルドはそうつぶやいた。

 気を取り直してレオナルドはこの後のことを考えた。
 もうすぐ来るであろう騎士達が到着するのを待ってもいいが、具体的にいつ来るかはわからないし、できることなら早くここから出たい。自分は傷だらけだし、セレナリーゼは意識がない状態で治安ちあんの悪い貧民街に長くいるのはよろしくない。
 セレナリーゼを早くちゃんとしたベッドで休ませてあげたいという思いもある。

 レオナルドは一度自分の怪我けがの具合を確かめた。
 するとどういうことだろうか。のだ。背中の傷はまだ少し痛むし、男達のナイフによってつけられた浅い切り傷はそのままだというのに。
 先ほどまでの明らかに強化された肉体の件も含めて自分の身体のことなのに訳がわからない。ゲームになかったことばかりだ。

 ただ動けるというのは好都合だった。
 レオナルドはやぶけた布袋をマントのようにしてセレナリーゼの肩にかけた。ドレスを少しでも目立たなくするためだ。
 そしてレオナルドはセレナリーゼを背負い、家屋を後にした。

「レオナルド様ーーー!」
 セレナリーゼを背負っているため、体勢的に視線を足元にやりながらレオナルドが貧民街を歩いていると、前方から大声でレオナルドを呼ぶ声がした。
 その声にレオナルドが顔を上げると、五人の騎士とミレーネがけ寄ってきていた。
 騎士の中には騎士団長とアレンもいた。顔ぶれを見るに精鋭せいえいで来てくれたようだ。正直しょうじきな感想としてはもう少しだけ早く来てほしかったというのもあるが、皆が最速で来てくれたというのはわかっているつもりだ。
 レオナルドの中にようやく本当の意味で安堵あんどが広がる。
「レオナルド様!?そのお怪我は!?」
 先頭に立つ騎士団長がレオナルドの状態を見て目を見開いた。大丈夫ですか?という言葉はもちろん、どうやってセレナリーゼを奪還だっかんしたのか、ぞく共はどうしたのか、などなど聞きたいことはたくさんあったがどれも出てこなかった。当然だ。レオナルドは全身傷だらけなのだから。
 アレンを含めた一緒にやって来た騎士達とミレーネも驚愕きょうがくの表情を浮かべている。
「ああ、は大丈夫。たいしたことはない。セレナも怪我はないはずだから安心してほしい」
 レオナルドは皆を安心させるように笑ってみせた。
 確かに傷は浅いように見えるが、騎士ならともかく、大貴族の令息れいそくが大したことないと言っていいようなものではない。
 ちなみにこちらこそ本当に大したことではないが、レオナルドは騎士やミレーネの前で初めて自分のことを俺と言っている。ただ、本人は気づいていないし、誰もそんな些細ささいなことを気にしていられなかった。
「レオナルド様……。すぐにレオナルド様に回復魔法を!それとセレナリーゼ様を」
「「はっ!」」
 五人の騎士のうち、回復魔法の使い手がレオナルドの前に進み出る。そしてアレンがレオナルドからセレナリーゼをそっと受け取った。その際、レオナルドの背中側が血だらけになっていることに一同はさらに驚く。見えていた小さな傷とは明らかに違う出血量だ。服は大きく裂けているし腰の辺りには穴も開いている。こんなもの大丈夫な訳がない。どうしてレオナルドはこれほど平然へいぜんとしていられるのか。騎士が慌てて回復魔法をかけようとした。
「ありがとう。けどその前に。ミレーネ」
 セレナリーゼのことはアレンにあずけたレオナルドだが、回復魔法はやんわりと止めた。
「はい」
ありがとう」
 自分に回復魔法がかないと騒ぎになる前に、ミレーネにお礼を言っておきたかったのだ。
「っ、……レオナルド様はやはり……」
 ミレーネが驚きと納得が混在こんざいしたような表情で呟く。それにレオナルドは小さく笑うだけでこたえた。
「悪いんだけど、騎士の何人かはセレナがつかまっていた家屋に行ってほしいんだ」
 続けてレオナルドは騎士団長に向けてそんな依頼をした。家屋までの道順も合わせて説明する。
「もしやそこにまだ賊共が?」
 早く回復魔法を受けてほしいが、レオナルドの言葉は無視できないものだった。賊がいるのなら捕まえて尋問じんもんしなければならない。騎士団長の目が剣呑けんのんになるが、続くレオナルドの言葉に再び目を見開くことになった。
「いや、そこに魔物が倒れてるから後の処理を頼む」
「魔物ですと!?」
「ああ…そ…な……だ……」
(あ、ヤバい……)
 そこでレオナルドは突然力が抜けたように前のめりに倒れ込んだ。
「レオナルド様!?」
 咄嗟とっさに騎士団長が支えるが、皆が騒然そうぜんとなった。無理もない。彼らはレオナルドの背中の血を見ているのだ。
「…………」
 レオナルドの意識はすでに途切れていた。皆と合流できて気がゆるんだからだろうか。もしかしたら身体の方がもういい加減に休めと言っているのかもしれない。
 意識を失ったレオナルドの口元にはやりきったとでもいうような笑みが浮かんでいた。

「レオナルド様にすぐに回復魔法を!我々はレオナルド様とセレナリーゼ様をお運びして至急しきゅう屋敷へと戻るぞ!お前達二人はレオナルド様の言われた家屋に向かえ!」
 レオナルドを抱きかかえながら、騎士団長はテキパキと指示を出した。事情を聞くのは後でいくらでもできる。

 こうしてセレナリーゼがさらわれた今回の事件は一応の終わりをむかえたのだった。
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