19 / 119
第一章
救出
しおりを挟む
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」
倒れて動かなくなったクラントスを見つめながらレオナルドは荒い息を吐いていた。戦闘が終わった静かな屋内ではその呼吸音がやけに響く。
止めを刺したナイフはどういう訳か、柄から刃まですべてが粉々になってレオナルドの手から無くなってしまった。
だがそんなことはどうでもいい。もう敵はいないのだから。
息を整えたレオナルドはセレナリーゼの元へと歩いていく。
セレナリーゼはまだ意識がないようだ。ただその表情はとても穏やかで、安心しきったもののようにも見える。レオナルドはすぐに拘束を外していった。
次に、開け放たれた扉の方を見る。外は静かでまだ騎士達が来る気配はない。というか、あれだけ激しい戦闘をしていたというのに、覗きに来たりする者もいないというのはどうしてだろうか。
この辺りではケンカなどの騒ぎが日常なのか、トラブルに巻き込まれたくないという考えなのか、何にしても貧民街の人々が巻き込まれなくてよかったと思う。
レオナルドは凍って粉々になったもの、続けて倒れているクラントスをチラリと見る。
「こんなこと二度とご免だ……」
今日一日にあった怒涛の展開が脳裏を過ったレオナルドはそう呟いた。
気を取り直してレオナルドはこの後のことを考えた。
もうすぐ来るであろう騎士達が到着するのを待ってもいいが、具体的にいつ来るかはわからないし、できることなら早くここから出たい。自分は傷だらけだし、セレナリーゼは意識がない状態で治安の悪い貧民街に長くいるのはよろしくない。
セレナリーゼを早くちゃんとしたベッドで休ませてあげたいという思いもある。
レオナルドは一度自分の怪我の具合を確かめた。
するとどういうことだろうか。一番酷かった腰の刺し傷が塞がっているのだ。背中の傷はまだ少し痛むし、男達のナイフによってつけられた浅い切り傷はそのままだというのに。
先ほどまでの明らかに強化された肉体の件も含めて自分の身体のことなのに訳がわからない。ゲームになかったことばかりだ。
ただ動けるというのは好都合だった。
レオナルドは破けた布袋をマントのようにしてセレナリーゼの肩にかけた。ドレスを少しでも目立たなくするためだ。
そしてレオナルドはセレナリーゼを背負い、家屋を後にした。
「レオナルド様ーーー!」
セレナリーゼを背負っているため、体勢的に視線を足元にやりながらレオナルドが貧民街を歩いていると、前方から大声でレオナルドを呼ぶ声がした。
その声にレオナルドが顔を上げると、五人の騎士とミレーネが駆け寄ってきていた。
騎士の中には騎士団長とアレンもいた。顔ぶれを見るに精鋭で来てくれたようだ。正直な感想としてはもう少しだけ早く来てほしかったというのもあるが、皆が最速で来てくれたというのはわかっているつもりだ。
レオナルドの中にようやく本当の意味で安堵が広がる。
「レオナルド様!?そのお怪我は!?」
先頭に立つ騎士団長がレオナルドの状態を見て目を見開いた。大丈夫ですか?という言葉はもちろん、どうやってセレナリーゼを奪還したのか、賊共はどうしたのか、などなど聞きたいことはたくさんあったがどれも出てこなかった。当然だ。レオナルドは全身傷だらけなのだから。
アレンを含めた一緒にやって来た騎士達とミレーネも驚愕の表情を浮かべている。
「ああ、俺は大丈夫。大したことはない。セレナも怪我はないはずだから安心してほしい」
レオナルドは皆を安心させるように笑ってみせた。
確かに傷は浅いように見えるが、騎士ならともかく、大貴族の令息が大したことないと言っていいようなものではない。
ちなみにこちらこそ本当に大したことではないが、レオナルドは騎士やミレーネの前で初めて自分のことを俺と言っている。ただ、本人は気づいていないし、誰もそんな些細なことを気にしていられなかった。
「レオナルド様……。すぐにレオナルド様に回復魔法を!それとセレナリーゼ様を」
「「はっ!」」
五人の騎士のうち、回復魔法の使い手がレオナルドの前に進み出る。そしてアレンがレオナルドからセレナリーゼをそっと受け取った。その際、レオナルドの背中側が血だらけになっていることに一同はさらに驚く。見えていた小さな傷とは明らかに違う出血量だ。服は大きく裂けているし腰の辺りには穴も開いている。こんなもの大丈夫な訳がない。どうしてレオナルドはこれほど平然としていられるのか。騎士が慌てて回復魔法をかけようとした。
「ありがとう。けどその前に。ミレーネ」
セレナリーゼのことはアレンに預けたレオナルドだが、回復魔法はやんわりと止めた。
「はい」
「皆を連れてきてくれてありがとう」
自分に回復魔法が効かないと騒ぎになる前に、ミレーネにお礼を言っておきたかったのだ。
「っ、……レオナルド様はやはり……」
ミレーネが驚きと納得が混在したような表情で呟く。それにレオナルドは小さく笑うだけで応えた。
「悪いんだけど、騎士の何人かはセレナが捕まっていた家屋に行ってほしいんだ」
続けてレオナルドは騎士団長に向けてそんな依頼をした。家屋までの道順も合わせて説明する。
「もしやそこにまだ賊共が?」
早く回復魔法を受けてほしいが、レオナルドの言葉は無視できないものだった。賊がいるのなら捕まえて尋問しなければならない。騎士団長の目が剣呑になるが、続くレオナルドの言葉に再び目を見開くことになった。
「いや、そこに魔物が倒れてるから後の処理を頼む」
「魔物ですと!?」
「ああ…そ…な……だ……」
(あ、ヤバい……)
そこでレオナルドは突然力が抜けたように前のめりに倒れ込んだ。
「レオナルド様!?」
咄嗟に騎士団長が支えるが、皆が騒然となった。無理もない。彼らはレオナルドの背中の血を見ているのだ。
「…………」
レオナルドの意識はすでに途切れていた。皆と合流できて気が緩んだからだろうか。もしかしたら身体の方がもういい加減に休めと言っているのかもしれない。
意識を失ったレオナルドの口元にはやりきったとでもいうような笑みが浮かんでいた。
「レオナルド様にすぐに回復魔法を!我々はレオナルド様とセレナリーゼ様をお運びして至急屋敷へと戻るぞ!お前達二人はレオナルド様の言われた家屋に向かえ!」
レオナルドを抱きかかえながら、騎士団長はテキパキと指示を出した。事情を聞くのは後でいくらでもできる。
こうしてセレナリーゼが攫われた今回の事件は一応の終わりを迎えたのだった。
倒れて動かなくなったクラントスを見つめながらレオナルドは荒い息を吐いていた。戦闘が終わった静かな屋内ではその呼吸音がやけに響く。
止めを刺したナイフはどういう訳か、柄から刃まですべてが粉々になってレオナルドの手から無くなってしまった。
だがそんなことはどうでもいい。もう敵はいないのだから。
息を整えたレオナルドはセレナリーゼの元へと歩いていく。
セレナリーゼはまだ意識がないようだ。ただその表情はとても穏やかで、安心しきったもののようにも見える。レオナルドはすぐに拘束を外していった。
次に、開け放たれた扉の方を見る。外は静かでまだ騎士達が来る気配はない。というか、あれだけ激しい戦闘をしていたというのに、覗きに来たりする者もいないというのはどうしてだろうか。
この辺りではケンカなどの騒ぎが日常なのか、トラブルに巻き込まれたくないという考えなのか、何にしても貧民街の人々が巻き込まれなくてよかったと思う。
レオナルドは凍って粉々になったもの、続けて倒れているクラントスをチラリと見る。
「こんなこと二度とご免だ……」
今日一日にあった怒涛の展開が脳裏を過ったレオナルドはそう呟いた。
気を取り直してレオナルドはこの後のことを考えた。
もうすぐ来るであろう騎士達が到着するのを待ってもいいが、具体的にいつ来るかはわからないし、できることなら早くここから出たい。自分は傷だらけだし、セレナリーゼは意識がない状態で治安の悪い貧民街に長くいるのはよろしくない。
セレナリーゼを早くちゃんとしたベッドで休ませてあげたいという思いもある。
レオナルドは一度自分の怪我の具合を確かめた。
するとどういうことだろうか。一番酷かった腰の刺し傷が塞がっているのだ。背中の傷はまだ少し痛むし、男達のナイフによってつけられた浅い切り傷はそのままだというのに。
先ほどまでの明らかに強化された肉体の件も含めて自分の身体のことなのに訳がわからない。ゲームになかったことばかりだ。
ただ動けるというのは好都合だった。
レオナルドは破けた布袋をマントのようにしてセレナリーゼの肩にかけた。ドレスを少しでも目立たなくするためだ。
そしてレオナルドはセレナリーゼを背負い、家屋を後にした。
「レオナルド様ーーー!」
セレナリーゼを背負っているため、体勢的に視線を足元にやりながらレオナルドが貧民街を歩いていると、前方から大声でレオナルドを呼ぶ声がした。
その声にレオナルドが顔を上げると、五人の騎士とミレーネが駆け寄ってきていた。
騎士の中には騎士団長とアレンもいた。顔ぶれを見るに精鋭で来てくれたようだ。正直な感想としてはもう少しだけ早く来てほしかったというのもあるが、皆が最速で来てくれたというのはわかっているつもりだ。
レオナルドの中にようやく本当の意味で安堵が広がる。
「レオナルド様!?そのお怪我は!?」
先頭に立つ騎士団長がレオナルドの状態を見て目を見開いた。大丈夫ですか?という言葉はもちろん、どうやってセレナリーゼを奪還したのか、賊共はどうしたのか、などなど聞きたいことはたくさんあったがどれも出てこなかった。当然だ。レオナルドは全身傷だらけなのだから。
アレンを含めた一緒にやって来た騎士達とミレーネも驚愕の表情を浮かべている。
「ああ、俺は大丈夫。大したことはない。セレナも怪我はないはずだから安心してほしい」
レオナルドは皆を安心させるように笑ってみせた。
確かに傷は浅いように見えるが、騎士ならともかく、大貴族の令息が大したことないと言っていいようなものではない。
ちなみにこちらこそ本当に大したことではないが、レオナルドは騎士やミレーネの前で初めて自分のことを俺と言っている。ただ、本人は気づいていないし、誰もそんな些細なことを気にしていられなかった。
「レオナルド様……。すぐにレオナルド様に回復魔法を!それとセレナリーゼ様を」
「「はっ!」」
五人の騎士のうち、回復魔法の使い手がレオナルドの前に進み出る。そしてアレンがレオナルドからセレナリーゼをそっと受け取った。その際、レオナルドの背中側が血だらけになっていることに一同はさらに驚く。見えていた小さな傷とは明らかに違う出血量だ。服は大きく裂けているし腰の辺りには穴も開いている。こんなもの大丈夫な訳がない。どうしてレオナルドはこれほど平然としていられるのか。騎士が慌てて回復魔法をかけようとした。
「ありがとう。けどその前に。ミレーネ」
セレナリーゼのことはアレンに預けたレオナルドだが、回復魔法はやんわりと止めた。
「はい」
「皆を連れてきてくれてありがとう」
自分に回復魔法が効かないと騒ぎになる前に、ミレーネにお礼を言っておきたかったのだ。
「っ、……レオナルド様はやはり……」
ミレーネが驚きと納得が混在したような表情で呟く。それにレオナルドは小さく笑うだけで応えた。
「悪いんだけど、騎士の何人かはセレナが捕まっていた家屋に行ってほしいんだ」
続けてレオナルドは騎士団長に向けてそんな依頼をした。家屋までの道順も合わせて説明する。
「もしやそこにまだ賊共が?」
早く回復魔法を受けてほしいが、レオナルドの言葉は無視できないものだった。賊がいるのなら捕まえて尋問しなければならない。騎士団長の目が剣呑になるが、続くレオナルドの言葉に再び目を見開くことになった。
「いや、そこに魔物が倒れてるから後の処理を頼む」
「魔物ですと!?」
「ああ…そ…な……だ……」
(あ、ヤバい……)
そこでレオナルドは突然力が抜けたように前のめりに倒れ込んだ。
「レオナルド様!?」
咄嗟に騎士団長が支えるが、皆が騒然となった。無理もない。彼らはレオナルドの背中の血を見ているのだ。
「…………」
レオナルドの意識はすでに途切れていた。皆と合流できて気が緩んだからだろうか。もしかしたら身体の方がもういい加減に休めと言っているのかもしれない。
意識を失ったレオナルドの口元にはやりきったとでもいうような笑みが浮かんでいた。
「レオナルド様にすぐに回復魔法を!我々はレオナルド様とセレナリーゼ様をお運びして至急屋敷へと戻るぞ!お前達二人はレオナルド様の言われた家屋に向かえ!」
レオナルドを抱きかかえながら、騎士団長はテキパキと指示を出した。事情を聞くのは後でいくらでもできる。
こうしてセレナリーゼが攫われた今回の事件は一応の終わりを迎えたのだった。
391
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした
高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!?
これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。
日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。
伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい
えながゆうき
ファンタジー
停戦中の隣国の暗殺者に殺されそうになったフェルナンド・ガジェゴス伯爵令息は、目を覚ますと同時に、前世の記憶の一部を取り戻した。
どうやらこの世界は前世で妹がやっていた恋愛ゲームの世界であり、自分がその中の攻略対象であることを思い出したフェルナンド。
だがしかし、同時にフェルナンドがヒロインとハッピーエンドを迎えると、クーデターエンドを迎えることも思い出した。
もしクーデターが起これば、停戦中の隣国が再び侵攻してくることは間違いない。そうなれば、祖国は簡単に蹂躙されてしまうだろう。
後味の悪いハッピーエンドを回避するため、フェルナンドの戦いが今始まる!
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる