こどくなシード 異世界転移者の帰還道

藤原 司

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決着の始まり

理想郷

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 扉の先を進む。

 長い廊下を進んだ先に、言われていた階段があった。

(この先か……)

 階段を駆け抜けていく。

 急がなくてはならい。この戦いを終わらせる為に。

「ここは……?」

 たどり着いた場所は、幾つもの本棚が並ぶ書庫。

 戦いには向かないであろうこの場所に、一人の男が本を読みながら、リンを待っていた。

「ここに来たという事はツヴァイは……負けたのですね」

 読んでいた本を閉じ、顔を上げる。

「ですが予感はしていましたよ アナタならここに来るであろうと」

「ドライ……」

 自らの創造した世界へと招き入れ、思うがままに操れる能力である『物語の語り手ストーリーテラー』の使い手。

 今まで出会った中で最も戦いたく無い相手、魔王三銃士の最後の一人『軍士 ドライ』であった。

「魔王様がお待ちです 決着の時を」

「だったら何も言わず通してくれ 人を待たせるのは好きじゃあない」

「ですが……私は通したくない」

 睨みつけ、リンへと敵意を向ける。

 ドライの背後にある階段。その先に魔王がいる。

「アンタの相手は苦手なんだがな」

「私も嫌なんですよ 戦いなど野蛮な事は」

「それ以上にエグい事するけどな?」

 肉体的ダメージではなく、精神面に負担をかけてくるドライの能力。

 攻略法がわからない難敵。力任せに捻じ伏せる事も出来ない、最悪の相手。

「戦う前に……聞きたいことがある」

「私にですか? どういったご用件で?」

「魔界と人界を繋いだ『魔界門』の事だ アレを開いているのはアンタか?」

 この世界へとリンを吸い込んだ穴に酷似した穴。

 もしも同じ原理で出来た穴なのであれば、元の世界にも繋ぐ事が出来るかも知れないと、リンは考えていた。

「残念ですがアレは私ではない 元々穴を開けるのは……憎らしい事にアインにしか出来なかった」

「アインだと……?」

 魔王三銃士の一人『アイン』は、すでにリンが倒した。

 この世界で最初に出会った、リンの前に何度も現れては敵に回った謎の存在。

(やっぱりあの野郎何か知ってやがったな……)

「気に入らない輩でしたがそういった術には長けていましたからね……気に入らない輩でしたが」

 まるで苦虫を噛み潰したかのように、嫌そうな口ぶりで話すドライ。

「だったら今はどうやって?」

「これまた嫌な輩でしたがマッドの技術ですよ マッドの作った機械兵製造装置……通称システム『M』の中に色々入っていましたよ」

「今度はアイツか……」

 魔王軍が所持する機械兵の生みの親。

 自らの研究の為であれば、人体実験でさえ厭わない科学者『マッド』による技術なのだと話す。

「どうも波長があったようで 二人でコソコソ作っていましたよ」

「マイナスとマイナス同士でプラスになったのか……」

「まあ技術だけなら本物でしたからね 遠慮なく使わせて頂きますよ」

 マッドの技術で人界と魔界を繋いた。

 もしもこの技術を『別の世界』にも繋げられるようになったとしたら、元の世界にも繋がるかも知れない。

「……もう一つ聞きたい事がある」

 最後に聞いておきたかった事。それはずっと気になっていた事だった。

「俺がライトゲートで暴走してた時……俺の意識を戻した・・・・・・・・のはアンタか?」

 光国家『ライトゲート』で、闇の聖剣『ダークイクリプス』の力に侵蝕された時の事。

 理性を失い、目に映るもの全てを獣の如く襲い、暴れた時の事だ。

「ツヴァイとの戦いのことは覚えていないが……アンタの攻撃を受けてからの記憶はある」

 その後魔王ルシファーに不意を打つきっかけとなったのだが、何故あの時意識が戻ったのかずっと疑問だった。

「アンタなら出来るよな? 精神を離す事ぐらい なんたって自分の擬似世界に『精神体』に送れるくらいなんだからな」

「……別に隠してはいなかったのですがね」

 自分がやったのだと、あっさりと白状する。

 だがより疑問は深まる。何故敵であるドライが、敵に塩を送る様な真似をしたのかと。

「何が目的だ? アンタからしたら俺は邪魔な筈だろ?」

 世界征服を目論む魔王軍からすれば、それを阻もうとするリンは目的達成の障害となる。

 リンをもっとも警戒していたのはドライであった。そのドライが何故リンを助けるような真似をしたのか、ずっと気がかりだったのだ。

「私の目的は唯一つ……魔王様の為・・・・・ですよ」

「なに……?」

 予想外の一言が帰ってくる。

 計画の邪魔となるリンを助ける事が、魔王の為になるのだとドライは言う。

「魔王様はアナタとの戦いを望んでいる……私はアナタを早急に倒すべきだと進言しましたが聞き入られる事はなかった」

 納得はしていなかった。だから単身でリンの前に現れた。

「たとえ僅かな可能性だったとしても……イレギュラーの存在は一片も残す訳にはいかない だからあの時アナタを殺すつもりで戦った……邪魔が入りましたがね」

 暗殺は失敗し、結局この日が来るまで生き残った。

 最後の障害である聖剣使い、目の前の『優月ユウヅキ 輪《リン》』は、ドライの不安通り、ここまで来てしまった。

「そんなアナタが魔王様にとって必要であるというのなら私は……不都合になろうと叶えてみせる!たとえそれが魔王様に逆らう愚か者を生かす事だったとしてもだ!」

 魔王が望むのであれば、自らの意思などどうでも良い。

 どんな事があっても、魔王の意思を尊重する。

「そして私はここにいる! 魔王様の赦しを得て!」

 再び本を開く。

 あの動作は『物語の語り手ストーリーテラー』を発動する時の動作だと知っていた。だからリンも武器を構える。

「だが私とて唯一譲れないものはある……それは魔王様を『傷つける』輩だ! これだけは譲れない! あの方に歯向かう不届き者を! みすみす魔王様の下へ通すわけにはいかない!」

 魔王に『リンと戦う』赦しを得た。

 たとえ望まれた戦いでなくとも、ドライにとってそれだけは譲れない望み。

「魔王様の未来の為の礎となれ聖剣使い アナタは邪魔だ……私に与えらたこの最後機会……魔王様の元へは行かせない」

(来る……!)

 ドライの持つ本が輝きを放つ。

 光が広がり、リンを包み込む。

「人は誰しも絶望に抗う たとえそれが無駄であろうとも……ですがアナタは抗えるだけの力を持っている 危険な存在だ」

 以前のリンとは違う。あの時のように『物語通り』にリンを動かす事は難しい。

 初代聖剣使いのように、魔力が桁違いである。その為リンを精神体だけ取り込んだとしても、今のリンならば術を破る事も可能であった。

「これはアナタの『理想郷』……アナタが望んだ世界がそこにある」

 光がリンを包み込む。

 「さあ……アナタは望んだ『幸せ』を掴みなさい」


























 眠りを妨げる音がする。

 その音に不快感を覚え、音の元凶に触れると音が止む。

 不快な音は消え失せ、このまま眠りにつく。すると今度は自分を揺する存在が現れた。

「もう! 起きなよお兄ちゃん!」

 聞き覚えのある・・・・・・・声だった・・・・

 急いで起き上がり、辺りを見渡す。

「──ここは?」

「ちょっとお兄ちゃんまだ寝ぼけてるの~? どうせ夜遅くまで本でも読んでたんでしょ?」

 見慣れた部屋、差し込む朝日。窓を開け外を見ても、広がるっているのは普段よくみる光景が広がっている。

 ここは『リンの部屋』だった。

「ノゾミ……?」

 リンを起こしに来たのはリンの妹。

「他に妹いないでしょう?」

 リンの妹『優月ユウヅキ ノゾミ』である。

 ここは『元の世界』であった。

「どうして俺はここに……?」

「変なこと言ってないで早く起きる! ご飯できてるんだからね!」

 そう言って部屋を出るノゾミ。

(まさか……夢?)

 あの世界は夢だったのかと、今のこの状況を見て考え始めるリン。

 掛かっていた制服を手に取り着替え、下にある居間へと向かった。

「おはようリン 待てなくてみんな食べ始めちゃった」

「悪く思うな弟よ! 私は全員で食べようと言ったのだが聞き入れてもらえなかったのだよ!」

「ミチルが一番に食べ始めたの父さん見逃さなかったぞ」

(母さん……父さんに姉さんも)

 ここに居る。

 いつもの平穏な日常の風景。この光景こそ本来あるべき姿だった。

「おっと! 残念ながらそろそろ私は失礼させてもらおうかな!」

 仕事の時間の迫る姉である『優月ユウヅキ ミチル』は席を離れる。

「では諸君! 行ってくるよ!」

「お姉ちゃん行ってら~」

「弟からは無いのかな?」

「……行ってらっしゃい」

 立ち尽くすリンの肩を軽く叩いて仕事へ向かう姉。

「じゃあ私も行って来ま~す 誰かさん起こしたら時間無くなっちゃったし?」

「悪かったな」

「じゃあ今度なんか奢ってよね~よろしく~」

 妹は学校へ向かう。

 いつもリンを軽く扱う妹。だが決して仲が悪い訳ではなく、偶に買い物などに付き合わされていた。

「ほらさっさと食べないと時間無くなっちゃうぞ? それに……そろそろ『お迎え』の時間だろ?」

「お迎え……?」

 その迎えが来た事を知らせるチャイムが鳴る。

「噂をすればね ホラ迎えてあげなさい!」

「ちょっ……母さん」

 背中を押され、仕方なく玄関へ向かうリン。

 誰が来たのかわからない。気を引き締めてドアを開ける。

「おはようリン! 今日は私のお迎えが先だったね!」

 信じられない光景であった。

 これをどれだけ望んだ事だったか。この世界は、それが叶った世界。

「……ユキ?」

 ここは、リンの望んだ『理想郷』であった。

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