記憶喪失の僕が最強の轉魂使いだった件

ソコニ

文字の大きさ
3 / 36

第3話「記憶を失う街」

しおりを挟む

朝霧が漂う中、蒼と綾音は郊外へと向かうバスに揺られていた。窓の外に広がる風景は都会から次第に田園地帯へと変わり、やがて森の中を抜けるようになった。

「霧原町...名前の通り霧が多いところなのか」

霧に包まれた山々を見ながら、蒼はつぶやいた。隣に座る綾音は黒髪を靡かせるだけで、静かに前を見つめている。昨夜から一貫して、彼女はどこか現実離れした存在感を放っていた。

蒼は胸ポケットの中の木箱に触れた。葛老人から託された遺品。彼の孫娘・七海に届けるという使命が、今の蒼の唯一の道標だった。

「葛老人の記憶に、この町のことは出てくる?」綾音が静かに尋ねた。

蒼は目を閉じ、先日流れ込んできた記憶の断片を辿った。

「神社...赤い鳥居がある。その背後に古い社が見える。そこに七海が住んでいるはずだ」

バスが最終停留所に到着し、二人は降り立った。「霧原町」と刻まれた古びた看板が、訪問者を迎えている。町は名前の通り、薄い霧に包まれていた。

「なんだか...不思議な空気だな」

蒼は言葉にできない違和感を覚えた。町の入り口に立つと、まるで別の世界に足を踏み入れたような感覚に襲われる。綾音も警戒するように周囲を見回していた。

「この町...何か変よ」

「何が?」

「魂の流れが...乱れている」綾音は言葉を選びながら答えた。「人々の中に空洞があるような...」

二人は町の中心部へと歩み始めた。霧原町は小さいながらも活気のある町のはずだった。しかし商店街を抜けても、人々の表情はどこか虚ろだった。挨拶をしても、反応が薄い。まるで感情が希薄になったかのようだった。

「すみません」蒼は通りがかりの年配の女性に声をかけた。「東の端にある神社への道を教えていただけますか?」

女性は一瞬、蒼を見つめたが、すぐに視線をそらした。

「神社...?ああ、確かそんな場所があったような...」

彼女の返答はあいまいで、記憶が曖昧なようだった。

「七海さんという方をご存知ありませんか?葛さんのお孫さんで...」

「葛?知らないわ...私はこの町に長く住んでいるけど、そんな名前は...」

女性は頭を振ると、そそくさと立ち去ってしまった。

「奇妙だな...」蒼は眉をひそめた。

「次々と人に聞いてみましょう」

しかし結果は同じだった。町の人々は誰も神社のことを明確に覚えておらず、葛という名前にも反応を示さなかった。それどころか、自分たちがどれくらいこの町に住んでいるのかさえ、曖昧な返答しか返ってこなかった。

「何かがおかしい...」

蒼が呟いた時、町の通りに突然の騒ぎが起きた。一人の若い男性が道の真ん中で立ち尽くし、周囲を混乱した様子で見回していた。

「俺はどこにいるんだ?ここはどこだ?」

彼は叫び、通行人に助けを求めた。しかし町の人々は彼を見て見ぬふりをするか、小さな声で「また始まった」と呟くだけだった。

突然、黒いスーツの男たちが現れ、混乱する男性を取り囲んだ。蒼は息を呑んだ。彼らは葛老人を追っていた男たちと同じ服装だった。

「こちらへ来てください。治療が必要です」

スーツの男たちは男性を静かに連れ去ろうとした。男性は抵抗したが、すぐに力尽きたように大人しくなった。

「どこへ連れて行くんだ...」蒼は思わず前に出ようとしたが、綾音が彼の腕を掴んだ。

「待って。まずは状況を把握しましょう」

二人は距離を置きながら、黒スーツの男たちの後をつけた。彼らは混乱する男性を連れて、町の中央にある大きな洋館へと向かった。

古びた西洋建築の洋館。その正面には「霧原記憶クリニック」と書かれた看板が掲げられていた。

「記憶クリニック...?」

蒼と綾音は洋館を見上げた。その建物からは言い知れぬ不気味さが漂っていた。窓の一部は板で塞がれ、外壁の一部は苔むしていた。それでいて、表の庭園は美しく手入れされており、矛盾した印象を与えていた。

「ここが...町の異変の中心かもしれないわ」綾音の声は低く沈んでいた。

二人は洋館の周りを調査することにした。裏手に回ると、小さな窓から内部の様子が窺えた。中では白衣を着た医師たちが忙しく動き回り、特殊な装置が並べられていた。その中央にあるのは、人が横たわるための大きなベッドと、その上に取り付けられた奇妙な装置だった。

「あれは...」蒼が窓に顔を近づけた時、彼の中の葛老人の記憶が反応した。鮮明なフラッシュバックが脳裏に浮かび上がる。葛老人がこの装置を恐れる記憶。そして黒スーツの男たちと話す白衣の医師の姿。

「桐生...」蒼は無意識に名前を口にした。

「誰?」

「医師の名前だ。葛老人の記憶にある。あの装置で何かをしている...記憶に関することを」

綾音は眉を寄せた。「この町で起きていることと関係あるのね」

二人が話している間に、洋館の入り口から人々が出てきた。先ほどの混乱していた男性も含まれており、今は穏やかな表情で、まるで何事もなかったかのように笑っていた。

「記憶回復治療が無事完了しました」白衣の医師が男性に語りかけていた。「あなたはまた霧原町の一員として、幸せに暮らせますよ」

「ありがとうございます、桐生先生」男性は平坦な声で答えた。

蒼は医師の姿をはっきり見た。40代半ばの男性、知的な雰囲気を漂わせながらも、その目には冷たい光が宿っていた。

「あの男が桐生か...」

桐生が周囲を見回した時、一瞬、蒼の方向に視線が止まった。蒼は咄嗟に身を隠したが、桐生は何かを感じ取ったように、じっと蒼たちがいる方向を見つめていた。

「気づかれたかもしれない」蒼は綾音に囁いた。「別の方法で調査しよう」

二人は一旦、洋館から離れることにした。町はずれに向かい、葛老人の記憶にある神社を探すことにした。東の端を目指して歩いていくと、人気のない場所に出た。そこには確かに、赤い鳥居が見えた。

「ここだ...」

しかし神社は荒れ果てていた。屋根は一部崩れ、境内は雑草に覆われていた。かつて人が住んでいた形跡はあるものの、今は廃墟同然だった。

「七海...いないのか」蒼は落胆した。

「待って、中を調べてみましょう」

二人が荒れた神社の中を探索していると、奥の部屋から物音がした。警戒しながら近づくと、そこには一人の少女が座り込んでいた。

長い黒髪に、神社の巫女を思わせる赤と白の装束。年齢は十九、二十くらいだろうか。彼女は蒼たちに気づくと、驚いて立ち上がった。

「あなたたち...誰?」少女の声は震えていた。

蒼は一瞬言葉を失った。葛老人の記憶にある顔と、目の前の少女の顔が重なった。

「七海...さん?」

少女は困惑した表情を浮かべた。「どうして私の名前を...?あなたたち、誰なの?」

「私は深宮蒼。こちらは夜宮綾音。あなたのおじいさん、葛さんから頼まれて来ました」

七海の顔に一瞬、何かが浮かんだが、すぐに消えた。「おじいさん...?私にはおじいさんはいないわ。私はずっとこの神社で一人で...」

彼女は言葉を詰まらせ、混乱した様子で頭を抱えた。

「思い出せない...私は誰だっけ...?」

蒼は葛老人から預かった木箱を取り出した。「これを、あなたに届けるよう言われました」

木箱を見た七海の目に、一瞬だけ認識の光が宿った。しかしすぐに再び虚ろな表情に戻った。

「知らない...私はそれを知らない...」

「七海さん、あなたも記憶を失っているのですか?」綾音が静かに尋ねた。

「記憶...?」七海は呟いた。「そうかもしれない...でも大丈夫。桐生先生が治してくれるわ」

「桐生先生?」蒼は息を呑んだ。

「ええ。町の記憶クリニックの。みんな先生のところに行けば良くなるの」七海の声は妙に機械的だった。「私も明日、治療を受けに行くところなの」

蒼と綾音は顔を見合わせた。七海もまた、町の奇妙な現象に巻き込まれているようだった。

「七海さん、そのクリニックに行くのはやめた方がいい」蒼は必死に言った。「あなたのおじいさんは...」

言葉の途中で、急に神社の外から物音がした。黒スーツの男たちが境内に入ってくる音だった。

「見つかった...!」

蒼が素早く窓から外を確認すると、数人の黒スーツの男たちが神社を取り囲んでいた。そして彼らを先導するのは、白衣の桐生だった。

「見つけましたよ、桐生先生。怪しい侵入者です」黒スーツの一人が報告していた。

桐生は満足げに頷き、神社の入り口に立った。

「どうやら新しい患者が増えるようですね...」

彼の声は穏やかだったが、その目は鋭く、蒼と綾音を捕らえていた。七海は混乱した様子で、壁に寄りかかっていた。

「逃げるしかない...」蒼は囁いた。「七海さんも連れて...」

綾音は静かに頷いた。「裏口はある?」

七海は弱々しく手を上げ、奥の小さな扉を指し示した。蒼は七海の手を取り、三人で裏口へと急いだ。

外に出た時、桐生の冷たい声が背後から聞こえてきた。

「深宮蒼...君の噂は聞いていましたよ。葛の轉魂契約者だと...」

蒼は足を止め、振り返った。桐生は神社の入り口から、微笑みながら彼を見ていた。

「私たちは必ず会うでしょう。君の持つ力と記憶は...私にとって非常に価値があるのでね」

その言葉を最後に、蒼たちは森の中へと走り去った。桐生の冷たい笑みと、黒スーツの男たちの姿を背に。

霧原町の謎、記憶を失う人々、そして桐生の不気味な計画。蒼が受け継いだ轉魂の力と葛老人の遺品。全ての点が繋がり始めるには、まだ時間が必要だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

異世界複利! 【単行本1巻発売中】 ~日利1%で始める追放生活~

蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。 中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。 役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。

辺境の最強魔導師   ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~

日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。 アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。 その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

処理中です...