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第12話「四柱目の挑戦」
しおりを挟む朝日が窓から差し込む「緑風亭」の一室。その光を浴びて、レインは昨晩創造した四柱目の神、風神シルフを眺めていた。
「おはようございます、ご主人様!」
シルフは床から数センチ浮かんだ状態で挨拶した。銀色の長い髪が無風なのに絶えずなびき、透き通るようなドレスが彼女の優雅さを際立たせている。
「おはよう、シルフ」
レインが応じると、後ろで寝ていたルナが跳ね起きた。
「私も起きてます! おはようございます、レイン様!」
ルナは急いでシルフの隣に立ち、わざと背を伸ばしながら言った。
「あ、ルナも起きたんだね。おはよう」
レインの視線が移ると、ルナはシルフにヒソヒソと囁いた。
「ね、ね。朝のご挨拶は私の担当なの。覚えておいてね?」
「え? そうなんですか? 申し訳ありません…」
シルフが驚いて身体が少し透明になりかけたのを見て、ルナは満足げに頷いた。
マルスも起き上がり、複雑な表情でシルフを見ていた。
「ボクは女神が増えると…なんだか居場所がなくなる気がして…」
「そんなことないよ、マルス。君は戦の神だろ?」
レインが励ますと、ガイアも目を覚ました。彼女は相変わらず足元が床と一体化していたが、今では慣れたものだった。
「朝から賑やかですね」
ガイアは冷静にシルフを観察し、「あなたは…昨夜の四柱目ですね」と言った。
「はい! 風神シルフです。よろしくお願いします、先輩!」
シルフは嬉しそうに回転しながら挨拶したが、その勢いで窓の近くの花瓶が倒れた。レインが慌てて拾おうとしたが、シルフがひらりと指を動かすと、突然の風が花瓶を支え、元の位置に戻した。
「すごい…」
レインが感心すると、シルフは少し照れた。
「これくらい簡単です。風を操るのは私の得意技ですから」
「へえ、それならちょっと見せてもらおうか」
***
朝食を終え、レインたちは町の外れにある小さな広場に来ていた。ここなら人目を気にせず、シルフの力を試せる。シルビアも一緒だ。
「それじゃ、シルフ。君の力を見せてくれないか?」
レインの言葉にシルフは嬉しそうに頷いた。
「はい! まずは基本的な風操作から」
彼女が手を前に伸ばすと、緩やかな風が起こり、地面の落ち葉が舞い上がった。次に手を回すと、葉っぱは美しい螺旋を描いて踊り始めた。
「おお…」
マルスが感心したように声を上げた。次にシルフは両手を広げ、自分自身を風で包み込んだ。彼女の体が地面から1メートルほど浮かび上がる。
「これが私の基本能力です。風の流れを操作して、物を動かしたり、自分を浮かせたりできます」
レインはうなずいた。確かに有用な能力だ。
「それから…私は風を集中させて、これも作れます」
シルフが手のひらを合わせると、指先から細い風の刃が現れた。それは空気を切り裂くように鋭く、彼女が手を振るとわずかに見える風の軌跡が木の枝を切断した。
「風の刃…!」
ルナが驚いて目を見開いた。
「風を固める能力もあるんですね」
レインが感心すると、シルフは誇らしげに胸を張った。ところが次の瞬間、彼女の体が突然半透明になり、髪だけが風になびいて消えて見えた。
「あ、あれ?」
シルフが慌てた声を上げる。彼女の手足が見えなくなっていく。
「シ、シルフ!?」
レインが驚いて叫ぶと、一瞬だけ完全に消えかけたシルフが再び実体化した。
「す、すみません…」
シルフは少し恥ずかしそうに頭を下げた。
「これが私の主なバグです。感情が高ぶると、体が風になって消えてしまうんです…」
ルナは安心したように笑った。
「私たちも似たようなものよ! 私は治療しすぎると患者が別の生き物になったり、マルスは戦う気が全然ないのに周りを好戦的にしたり、ガイアは地面に溶け込んじゃったり…」
「みんな個性的なバグを持ってるんだよ」
レインも優しく言った。
「ところで、他にバグはある?」
シルフは少し考え込んだ後、恐る恐る言った。
「もう一つあるんです…『言霊具現化』というバグが…」
「言霊…具現化?」
「はい…私の言葉が風に乗って、時々実体化してしまうんです。しかも完全にランダムで、制御できなくて…」
ルナが首を傾げた。
「どういうこと?」
「例えば…」
シルフは少し考えて、空に向かって「花」と言った。すると彼女の口から出た言葉が風に乗って輝き、突然周囲に花びらが舞い始めた。
「おおっ!」
みんなが驚いた顔をする中、花びらは本物のように触れることができた。
「これがその…言霊具現化です。でも何が具現化するかはランダムなんです。『花』と言えば普通は花が咲くんですが、たまに『花粉症』になったり…」
「なるほど…使い方によっては面白い能力かもな」
レインは顎に手を当てて考えた。
「他には何か言ってみて」
「えっと…『蝶』」
今度は蝶がいくつか現れ、周囲を舞った。
「『軽い』」
彼女が言うと、レインの体が急に軽くなり、風に少し浮き上がった。
「わっ!」
レインが驚いて地面を掴んだ。
「すみません! 言葉の効果が切れるまで少しかかるんです!」
「面白い能力だな」
効果が消えてレインが地面に戻ると、彼は興味津々だった。
「でも予想外のことになるから困るんです…一度『美味しい』って言ったら、一週間ずっと食べ物全部が甘くなって…」
レインはくすりと笑った。
「それぞれのバグを活かせば、意外な強みになるかもしれない」
***
緑風亭に戻ると、神々はレインの部屋で待機し、レインとシルビアは町の地図を見ながら今後の計画を立てていた。
「この先どうするの?」
シルビアが尋ねると、レインは考え込んだ。
「しばらくここで修行かな。四柱それぞれの力を安定させる方法を見つけないと」
「そうね。特にシルフはまだ制御が甘いし」
「うん。それと、フェルミアさんから聞いた『昇級』について、もっと調べたい」
二人が話している間、部屋では微妙な緊張感が漂っていた。
「あの、シルフさん」
ルナが切り出した。
「私たちにはそれぞれ役割があるの。私は回復と、それからレイン様の朝の目覚ましとお世話係」
「私は…地形操作と防御担当です」
ガイアが静かに言った。
「ぼ、ぼくは…敵を感知したり…戦意を高めたり…」
マルスは小さな声でモゴモゴと言った。
シルフはうなずきながら真剣に聞いていた。
「なるほど! じゃあ私は…移動手段と索敵、それから遠距離攻撃を担当すればいいんですね!」
「そ、そうね。でもね…」
ルナはちょっと不満そうな顔で、「レイン様の世話は私の仕事だからね?」と念を押した。
「はい、了解です!」
シルフが元気よく答える一方で、マルスはますます落ち込んでいるようだった。
「女神が増えて…ボクの居場所が…」
シルフはそんなマルスに気づき、彼の前に浮かんで笑顔を見せた。
「マルスさん、安心してください! 私、実は戦神の方々ってすごく尊敬してるんです!」
「え?」
「風は形がないし、目に見えづらい。でも戦の力は目に見えてカッコいいじゃないですか!」
マルスは驚いた表情で彼女を見つめた。
「ぼ、ぼくがカッコいい…?」
「はい! 戦の神の『戦意高揚』の力を風に乗せたら、もっと広範囲に効果があるんじゃないかって思ってました! 一緒に試してみませんか?」
マルスの表情が明るくなった。
「う、うん!」
その光景を見て、ガイアはほっとしたように微笑んだ。
「四柱…バランスが取れそうですね」
しかし、ルナだけはまだシルフを警戒するように見ていた。
***
夕方、レインとシルビアが戻ってきた。
「みんな、良いニュースがある」
レインが笑顔で言った。
「明日から町の風車小屋を借りられることになったんだ。そこなら人目につかずに、シルフの力を試せる」
「素晴らしい!」
シルフが喜んで回転すると、部屋中に風が吹き、紙が舞い上がった。
「あ、ごめんなさい!」
彼女が慌てて風を収めようとするが、今度は彼女自身の体が半透明になり始めた。
「シルフ! 落ち着いて!」
レインが彼女の肩に手を置くと、シルフの体が少しずつ戻ってきた。
「は、はい…ありがとうございます…」
シルフの頬が赤くなり、彼女の周りの風がさらに強くなった。
「あら…」
シルビアが意地悪そうに微笑む。
「シルフはレインに触られると反応するみたいね」
「そ、そんなことないですよ!」
シルフが慌てて否定すると、彼女の言葉「そんなことない」が風に乗って光り、突然部屋中のものが「ない」ように見えなくなった。テーブルや椅子が透明になったのだ。
「わあっ!」
みんなが驚いて叫ぶ中、ルナが不満そうな顔をした。
「もう! バグるなら一人でバグってよ!」
「す、すみません…」
床に座り込んだシルフを見て、レインはくすりと笑った。
「これからみんなで修行だ。シルフのバグも、みんなのバグも、上手く扱えるようにならないとね」
「レイン様…」
ルナがちょっと不満そうに言った。
「この子、制御できなさすぎじゃないですか? いつ暴走するかわからないし…」
シルフは落ち込んで、さらに透明になりかけた。
「ルナ、そんなこと言うなよ。君だって最初は過剰回復で大変だったじゃないか」
レインの優しい言葉にルナはしぶしぶ頷いた。
「…そうですよね。ごめんなさい、シルフ」
「いえ…私こそごめんなさい」
シルフが小さな声で言うと、彼女の「ごめんなさい」という言葉が実体化し、なぜか部屋中が林檎の香りで満たされた。
「あれ?」
「『ごめんなさい』が『林檎』になったみたい…」
レインが首を傾げた。
「ランダムなのね…」
シルビアが感心した様子だった。
「でもこの能力、使い方によっては面白いかも…」
「ぼ、ぼくも!」
マルスが急に元気よく言った。
「シルフの風に乗せてぼくの戦意高揚を広げたい!」
「私も地面を操作して、シルフの風の通り道を作れます」
ガイアも協力的だった。ルナはため息をついてから、小さく微笑んだ。
「わかったわ。私も手伝う。でも…」
彼女はシルフに近づき、小声で言った。
「レイン様は私のなんだからね?」
「え、えっと…」
シルフは困った表情を浮かべたが、風にさらわれないように慎重に頷いた。
レインはそんな神々の様子を見て笑顔になった。四柱揃った今、これからどんな冒険が待っているのだろう。そしてシルフのバグは一体どんな騒動を引き起こすのか…。
そんな心配をよそに、ベルデンの町では翌日から始まる「風祭り」の準備が進んでいた。レインたちはまだ知らなかったが、その祭りがシルフの能力を暴走させる引き金になるとは…。
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