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第15話「神具ギルドへの入会」
しおりを挟むベルデンを出発してから約一週間後、レインたちは遂にサンドリア大公国最大の商業都市「メカニカ」の門を潜った。
「すごい…」
レインは思わず足を止めた。目の前に広がる光景は、これまで見てきたどの町とも違っていた。整然と区画された碁盤の目状の街並み、石と金属を組み合わせた洗練された建築物、そして空中を移動する小型の乗り物――まるで別世界だった。
「これがメカニカか…」
「サンドリア随一の技術都市よ」
シルビアが説明した。
「ここではあらゆる魔術や神術が『道具』として実用化されているの」
「神具…か」
レインは思わず神々のカタログに手を伸ばした。メカニカなら、このカタログの内容が役に立つかもしれない。
「まずは宿を探そう」
一行は中央区域の「鍛冶職人通り」と呼ばれる通りにある宿「鋼の鍵亭」に部屋を取った。一泊30Gと高かったが、安物神たちを隠すためには個室が必要だった。
「さて、神具ギルドはどこだろう」
部屋に荷物を置いた後、レインは神々を宿に残し、シルビアと共に情報収集に出かけた。
「この街はアンジェリア王国の影響が薄いから、追っ手の心配も少ないわ」
シルビアは少し安堵したようだった。
二人が通りを歩いていると、大きな建物が目に入った。六角形の塔を持つ白い建物で、正面には「神具技術総合ギルド」と書かれている。
「見つけた!」
建物の中に入ると、広々としたホールがあり、多くの職人らしき人々が行き交っていた。受付には中年の女性が座っている。
「いらっしゃいませ、神具ギルドへようこそ」
「こんにちは。ギルドについて教えていただきたいのですが」
レインが丁寧に尋ねると、受付の女性は説明を始めた。
「当ギルドは、神々の力を道具に封じ込める技術を研究・開発する組織です。入会金は100G、年会費が50G。見習い、技師、工匠、神匠の四段階があり、試験に合格すると昇格できます」
「思ったより高いな…」
レインは財布の中身を確認した。ベルデンでの騒動の後、資金は心細くなっていた。
「何か安いコースはありませんか?」
「見習いなら入会金50Gで入れますが、使える設備は限られますよ」
レインは考え込んだ。目的を達成するには正式会員になるべきだろう。
「正式に入会します」
100Gを支払い、レインは「見習い」の認定証を受け取った。
「明日から工房を使えます。最初の一ヶ月は基礎講習がありますので、明朝9時に教室3番にお越しください」
***
宿に戻ったレインは、神々に状況を説明した。
「明日から基礎講習だって。みんなはしばらく宿で待機してくれるかな」
「えー、つまんない」
ルナが不満そうに言ったが、シルフは理解を示した。
「大丈夫です。風神制御笛の練習をしていますから」
「ボクも本を読んでるから…」
マルスも特に不満はなさそうだった。
「私は…床で休んでいます」
ガイアは既に半分床に埋まっていた。
「じゃあ、明日からよろしく」
***
翌朝、レインは時間通りに講習室に向かった。そこには約20人の見習いたちが集まっていた。
「おはようございます」
講師を務めるのは、40代くらいの痩せた男性だった。
「私はヨハン・リベット。神具理論の講師を務めます」
彼は黒板に「神具作成の基本原理」と書いた。
「神具とは、神々の力を物質に定着させたものです。通常、神は召喚されて力を発揮しますが、神具はその力の一部を常に利用可能にします」
レインは熱心にメモを取った。これは安物神の力を活用するのに役立つかもしれない。
「神力の抽出には三つの方法があります。直接法、媒介法、契約法です」
直接法は神から直接力を引き出す方法、媒介法は神の属性を持つ素材を介する方法、契約法は神と工匠が契約を結ぶ方法だと説明された。
「最も安定するのは契約法ですが、神の同意と高度な技術が必要です」
講義は昼まで続き、午後からは実習だった。
「さて、基本的な『光の神石』を作ってみましょう」
実習では、小さな水晶に「光の神エーテル」のエッセンスを注入する作業を行った。レインはアンジェリア王国での神官見習い時代に学んだ知識を活かし、上手く作ることができた。
「なかなかいい出来ですね」
講師のヨハンが感心した様子で言った。
「以前にも神術を学んだことがありますか?」
「はい、少しだけ」
レインはあまり詳しく言わないようにした。アンジェリア出身だとバレると面倒だ。
一週間の基礎講習を終えたレインは、いよいよ自分の目的を達成するために行動を起こした。
***
「今日は宿に来てもらうよ」
レインは安物神たちに言った。彼は神具ギルドから特殊な道具を何点か借りてきていた。
「何をするんですか?」
シルフが好奇心いっぱいに尋ねた。
「君たちの力を道具に封じ込める実験をしたいんだ。できれば、バグも含めて」
「え? 私たちの力を…道具に?」
ルナは不安そうだった。
「大丈夫、痛くないよ。契約法という方法を使えば、君たちの同意の下で力の一部だけを分けてもらえる」
レインは机の上に道具を並べた。小さな結晶、金属の棒、特殊なインクなどだ。
「最初は誰からやる?」
「僕からでもいいよ…」
マルスが少し緊張した様子で前に出た。
「マルスの『戦意高揚』のバグを利用して、何か面白いものができないかな」
レインは小さな短剣を取り出した。鍛冶工房で100Gで購入した鉄製の短剣だ。
「これに君の力を込められるかな?」
「試してみる…」
マルスは短剣に手を置き、レインの指示通りにエネルギーを流し込み始めた。レインはギルドで学んだ儀式の言葉を唱え、特殊なインクで短剣に回路のような模様を描いた。
「これで…」
儀式が終わると、短剣が赤く光り、徐々に落ち着いた。しかし、見た目は変わっていなかった。
「成功したのかな?」
「試してみないとわからないわね」
シルビアが言った。
「誰が試す?」
「私が」
シルビアが短剣を手に取った瞬間、彼女の表情が変わった。
「なんだか…闘志が湧いてくる…」
彼女は突然立ち上がり、剣を構えた。
「今なら誰とでも戦える気がする!」
「おお!」
レインは目を輝かせた。マルスの「戦意高揚」バグが確かに短剣に宿っていた。
「凄い! 本当に力を移せたんだ!」
しかし、シルビアが短剣を振り回そうとした瞬間…
「ちょっと! そんなに乱暴に扱わないでよ!」
女性の声が聞こえた。全員が凍りついた。
「誰…?」
「私よ! この短剣!」
なんと、短剣自体が喋っていたのだ。
「え? 短剣が…喋った?」
「そうよ! あなた、使い方が荒いわね! もっと繊細に扱ってちょうだい!」
短剣からは高飛車な女性の声が聞こえた。
「これは…」
レインは唖然とした。考えてみれば、マルスには「武器擬人化」という二次的なバグもあった。それも一緒に転写されたようだ。
「思わぬ効果だな…」
短剣は続けて喋った。
「あなたが私の新しい主人? まあ悪くないわ。でも、他の女に触らせないでよね!」
どうやら短剣は嫉妬深い性格のようだった。
「名前は?」
レインが尋ねると、短剣は少し照れたように言った。
「まだないわ。あなたが付けてくれるんでしょ?」
「じゃあ…『勇気の短剣ブレイブ』はどうだろう」
「まあまあね。気に入ったわ!」
短剣――ブレイブは喜んだようだった。
「これはすごい…」
レインは感動していた。普通の神具は道具としての機能だけだが、これは意思を持っている。安物神のバグが予想外の価値を生み出したのだ。
***
数日後、レインはギルドマスターに会う機会を得た。彼は「勇気の短剣ブレイブ」を持参し、自分の発明を報告することにした。
ギルドマスター「鍛冶神匠ギムリ」は、巨漢の髭面の男性だった。作業場の奥にある豪華な部屋で、レインを迎えた。
「ほう、見習いが私に会いたいと? 何か問題でも?」
「いいえ、新しい神具を作りましたので、評価していただきたくて」
レインはブレイブを差し出した。
「ふん、見習いの作品か」
ギムリは興味なさそうに短剣を受け取った。しかし、手に取った瞬間、彼の表情が変わった。
「これは…戦意を高める効果がある…」
彼は眉を上げ、短剣をさらに観察した。
「なかなか良い出来だ。どんな神の力を使った?」
「それが…安物の…」
レインが言いよどんだ瞬間、ブレイブが声を上げた。
「ちょっと! そんなに強く握らないで! 痛いじゃない!」
ギムリは驚いて短剣を取り落とした。
「なんだ今の声は!?」
「私よ! 短剣のブレイブ! 床に落とすなんて失礼ね!」
ギムリはレインを見つめた。
「これは…武器が意思を持っている? そんな神具は聞いたことがない!」
「実は…980円の安物神の力を使ったんです」
「980円? ああ、あの安価な神創キットのことか?」
レインは正直に打ち明けた。安物神のこと、それぞれが持つバグのこと、そしてフェルミアから受け取ったカタログのことも。
「信じられん…」
ギムリはしばらく考え込んだ後、突然立ち上がった。
「その安物神というのに会わせてくれないか?」
***
ギルドマスターの要請で、レインは安物神たちを特別にギルドの秘密工房に連れてきた。四柱の安物神たちは緊張した面持ちで部屋に入った。
「ほう、これが980円の神々か」
ギムリは特にマルスを興味深そうに観察した。
「本当に戦の神なのに臆病なのか?」
「は、はい…」
マルスは震えながら答えた。
「面白い! そして君の力が短剣に宿り、意思まで与えたと?」
「そ、そうみたいです…」
「素晴らしい!」
ギムリは突然笑い出した。
「30年以上神具を作ってきたが、武器に意思を与えることは高級神でも難しいとされていた。それを安物神が易々とやってのけるとは!」
彼はレインの肩を力強く叩いた。
「君、正式に私の弟子になりなさい! 安物神の力を神具に活かす研究をしよう!」
「え? 本当ですか?」
「もちろんだ! 見習いから一気に『神具技師』の資格を与えよう!」
こうして、レインは突然ギルドマスターの直弟子になり、「安物神神具研究」という新しいプロジェクトが始まることになった。
ギルドの職人たちも次々と安物神に興味を示し始めた。ルナの「過剰回復」バグを用いた「永久ランプ」、ガイアの「地面同化」バグを使った「移動する石像」、シルフの「風化」バグを活用した「瞬間移動マント」など、次々と新しいアイデアが生まれた。
「安物神だからこそできる、予想外の効果…」
レインは自分たちの可能性を実感していた。アンジェリア王国で「無能」と呼ばれた自分が、今や革新的な神具を作り出す技師になるとは。
その夜、宿に戻ったレインたちは喜びを分かち合った。
「これからが楽しみですね!」
シルフは嬉しそうに言った。
「私たちのバグが…役に立つなんて」
マルスも誇らしげだった。
「でも、ギルドに通うなら、宿を構えないとね」
シルビアが現実的な問題を指摘した。
「そうだね。明日、安いアパートを探そう」
レインは窓の外のメカニカの夜景を眺めた。輝く街の明かりが、彼らの明るい未来を暗示しているようだった。
しかし、メカニカの別の場所では、一人の優雅な女性が届いたばかりの報告書を読んでいた。
「レイン・ヴァルト…アンジェリア王国の追放者が、ここメカニカに? しかも神具ギルドで?」
彼女は杯に注いだワインを優雅に一口含んだ。
「面白くなりそうね…」
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