ドラゴンと始めるスローライフ農園 〜元勇者と魔竜の平和な田舎暮らし〜

ソコニ

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第9話「正体の発覚と村の危機」

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収穫祭の余韻が漂う夜、レインとフィリアの小さな祝宴は静かに続いていた。二人は納屋の中で、カボチャのスープを飲みながら、今日の出来事を語り合っていた。

「それで、みんなが『どうやってこんな立派なカボチャを育てたんだ』と聞くから、『毎日話しかけたんです』って答えたんだ」

レインの話にフィリアは小さく笑った。

「本当のことを言ったわけだな」

「嘘はついていないよ」レインも微笑んだ。「ただ、話しかけていたのが竜だとは言わなかっただけで」

月明かりが納屋の小窓から差し込み、二人の顔を柔らかく照らしていた。穏やかな時間が流れる。しかし、その平和は長くは続かなかった。

突然、外から大きな笑い声と足音が聞こえてきた。

「レイン!いるかー?」

フィリアは身を固くした。レインは素早く立ち上がり、窓から外を覗いた。収穫祭で酒に酔った村人たち、トモを含む数人の若者が小屋に向かって歩いてくるのが見えた。

「大丈夫」レインはフィリアを安心させようとした。「ただの酔っ払いだ。すぐに帰るよう説得する」

「でも…」フィリアは不安そうに辺りを見回した。納屋には隠れる場所もなく、逃げ道もない。

「人間の姿を保っていてくれ。私が対応する」

レインは納屋を出て、近づいてくる村人たちを出迎えた。

「おや、みんな。こんな夜遅くにどうしたんだ?」

「レイーン!」トモは上機嫌で腕を広げた。「祭りがまだ終わらないんだ!君も戻ってきてよ!」

「ありがとう、でも明日も早いからね」レインは優しく断った。「それに、フィリアも休んでいるんだ」

「フィリアちゃん?」別の若者が目を輝かせた。「彼女にも来てほしいな!祭りは村総出なんだから!」

「彼女は体調が…」

「元気づけてあげようよ!」

トモがそう言って、レインの横を通り抜け、納屋に向かって歩き始めた。

「待って、トモ!」

レインが止めようとするより早く、トモは納屋のドアを開けてしまった。

「フィリアちゃーん!元気ー?」

納屋の中に立っていたフィリアは、突然の来訪者に驚き、本能的に身を守ろうとした。その瞬間、彼女の目が竜特有の輝きを放ち、首元のスカーフがずれて鱗が露わになった。

「え…?」トモの笑顔が凍りついた。「君は…何者…?」

フィリアは一歩後ずさり、壁に背中をつけた。彼女の目は恐怖で見開かれ、体が微かに震えている。

「トモ、落ち着け」レインは彼の肩をつかんだ。「説明するから」

しかし、酔いが覚めたトモはパニックになり、納屋から飛び出した。

「みんな逃げろ!怪物だ!」

トモの叫び声に、他の村人たちも動揺して後ずさった。

「何だって?」
「何の冗談だ?」

「嘘じゃない!」トモは震える指で納屋を指さした。「あれは人間じゃない!目が…鱗が…!」

混乱が広がる中、レインはフィリアの元に戻った。彼女は納屋の奥に身を隠し、恐怖に満ちた目でレインを見つめていた。

「レイン…私は…」

「大丈夫だ」レインは彼女の手を取った。「逃げる必要はない。ここで説明しよう」

彼は慎重にフィリアを連れて外に出た。月明かりの下、村人たちはフィリアの首元の鱗を見て、恐怖と驚きの声を上げた。

「何なんだ、これは?」
「人間じゃない!」
「レインは何を隠していたんだ?」

混乱が頂点に達したとき、突然杖をつく音が聞こえ、ムラタ長老が人々の輪に割って入った。

「静かに!」老人の声は意外な力強さで夜の空気を切り裂いた。「何が起きているのか、レインに説明させよう」

村人たちは不安そうに見つめるが、ムラタの権威に従って静かになった。レインは深呼吸し、フィリアの手をしっかりと握りながら話し始めた。

「彼女はフィリア。確かに人間ではありません。彼女は…魔竜です」

衝撃の告白に、村人たちからどよめきが起こった。

「嘘だ!」
「竜なんて伝説だろう!?」
「危険だ!」

「危険ではありません!」レインは声を張り上げた。「彼女は私の友人です。あの嵐の夜、怪我をして落ちてきたのを助けただけなんです」

ムラタはフィリアをじっと見つめた。

「あの隕石の正体は…竜だったのか」

「はい」レインは正直に答えた。「彼女を殺すことができなかったんです。そして…彼女には知性があり、心があります」

フィリアは村人たちを恐れながらも、レインの隣に立ち続けた。彼女の表情には恐怖と共に、決意も見えた。

「私は…村を害するつもりはありません」彼女は小さいながらも、はっきりとした声で言った。

その言葉に、一部の村人たちは驚いた表情を見せた。竜が人語を話すという事実に、彼らの恐怖は一瞬、好奇心に変わった。

しかし、その場の緊張は続いていた。トモが一歩前に出た。

「でも、伝説では竜は村を焼き尽くす恐ろしい存在だ!どうして信じられる?」

「すべての人間が同じではないように、すべての竜も同じではない」レインは静かに言った。「彼女は私たちの畑を育て、あの受賞したカボチャも彼女の力で育ったんだ」

この言葉に、村人たちの間に混乱が広がった。恐れる者、疑う者、好奇心を抱く者、様々な反応が入り混じる。

そんな中、遠くから急いでくる足音が聞こえた。年配の農夫が息を切らして駆けつけてきた。

「大変だ!盗賊だ!」

村人全員の注目が彼に集まった。

「何だって?」ムラタが尋ねた。

「村の東側から盗賊の一団が攻めてきている!」農夫は恐怖に震えながら言った。「祭りで疲れて警戒が緩んでいるのを狙ったんだ!」

村人たちはパニックに陥った。

「逃げるんだ!」
「子供と年寄りを守れ!」
「武器を持て!」

ムラタは冷静さを保とうとしながらも、明らかに動揺していた。

「急いで村に戻るんだ。できる者は武器を取れ」

混乱の中、村人たちはフィリアのことを一時的に忘れ、村を守るために急いで戻り始めた。レインとフィリアが取り残された。

「レイン…」フィリアは彼の腕をつかんだ。「どうする?」

レインの表情に苦悩が浮かんだ。彼は勇者として多くの戦いを経験してきた。しかし、それはもう過去のことだった。彼はその生活から逃れるために、この村に来たのだ。

「村を助けなければ」彼は低い声で言った。

「でも…」フィリアは彼の表情を見て理解した。「お前はもう戦いたくないんだろう?」

レインは黙って頷いた。しかし、彼の決意は固まっていた。

「それでも、見捨てるわけにはいかない」

フィリアは彼をじっと見つめた。そして、静かに言った。

「私が助けよう」

「何?」

「私の力があれば、戦わずとも盗賊どもを追い払える」

レインは驚いて彼女を見た。

「でも、それは村人たちに本当の姿を見せることになる。彼らはすでに君を恐れている」

「それでも」フィリアは強い口調で言った。「あなたがこの村を大切にしているなら、私も守りたい」

レインは言葉を失った。フィリアの目には強い決意が宿っていた。彼女は本気だった。

「行こう」彼は最終的に言った。「でも、できるだけ恐怖を与えないように」

二人は急いで村へ向かった。夜空には不吉な炎の光が見え始めていた。盗賊たちはすでに村の外れに到達し、数軒の家に火を放っていたのだ。

村の広場では、武器を持った男たちが集まり、防衛の準備をしていた。しかし、彼らは農夫であり、戦士ではない。盗賊たちに対抗できるとは思えなかった。

レインとフィリアが広場に到着すると、村人たちは一瞬彼らに警戒の目を向けた。しかし、差し迫った危険の前に、フィリアの正体への恐怖は二の次になっていた。

「レイン!」ムラタが彼らに駆け寄った。「あいつらは少なくとも二十人はいる。村人には対抗できない」

「わかりました」レインは状況を素早く把握した。「みんなを広場に集めてください。ここを守りましょう」

「だが、外れの家々は…」

「今は人命が第一です」

ムラタは重々しく頷き、指示を出し始めた。村人たちは子供や老人を広場の中央に集め、周囲を囲むように立った。

盗賊たちの叫び声が近づいてきた。彼らは村の通りを進み、略奪と破壊の限りを尽くしていた。

「レイン…」フィリアが彼の耳元で囁いた。「今だ」

彼女は広場の中央に歩み出た。村人たちが不安そうに見守る中、フィリアはスカーフを取り、髪を振り乱した。彼女の角が月明かりに照らされ、青紫色の髪が風になびいた。

「皆さん、私を信じてください」彼女は村人たちに向かって言った。「怖がらせるつもりはありません」

そう言うと、彼女の体が光に包まれ始めた。村人たちから驚きの声が上がり、数人が後ずさった。光の中でフィリアの姿が変化していき、やがて輝きが収まると、そこには青紫色の鱗を持つ巨大な竜が立っていた。

恐怖の叫び声が広場を満たした。子供たちは親の後ろに隠れ、大人たちも震えながら後退した。

「落ち着いてください!」レインは村人たちの前に立ちはだかった。「彼女は味方です!村を守るために力を貸してくれるんです!」

フィリアは竜の姿で頭を低く下げ、村人たちを脅かさないよう努めた。彼女の黄金の瞳には強い決意が宿っていた。

そのとき、盗賊たちが広場に姿を現した。粗暴な顔つきの男たちが、松明と武器を手に、村人たちを取り囲み始めた。

「おい、祭りはもう終わりだ!」盗賊のリーダーらしき大男が嘲笑した。「さっさと金目のものを出せ。さもないと命はないぞ!」

しかし、その瞬間、彼らはフィリアの姿に気づいた。松明の光に照らされた巨大な竜の姿に、盗賊たちの表情が凍りついた。

「な…何だあれは!?」
「怪物だ!」
「馬鹿な、竜なんて実在するはずが…!」

フィリアはゆっくりと前に進み出た。彼女は低い唸り声を上げ、翼を広げた。その姿は月明かりの下で幻想的でありながらも、圧倒的な威圧感を放っていた。

盗賊たちは恐怖に震え、一歩、また一歩と後退していった。

「逃げろ!」リーダーが叫び、盗賊たちは一斉に広場から逃げ出した。

フィリアは大きく息を吸い込むと、彼らの頭上に向かって炎を吐き出した。炎は盗賊たちに届かない高さで燃え上がり、夜空を赤く染めた。この威嚇にさらに恐怖した盗賊たちは、悲鳴を上げながら村から逃げ出していった。

広場には奇妙な静寂が訪れた。村人たちは恐怖と畏怖の入り混じった表情で、目の前の竜を見つめていた。フィリアは静かに頭を下げ、体を小さく丸めるようにして、威圧感を和らげようとした。

「見てください」レインは村人たちに向かって言った。「彼女は私たちを守ったんです。彼女は敵ではない」

ムラタが恐る恐る一歩前に出た。彼はフィリアの目をじっと見つめ、そこに宿る知性と優しさを感じ取ったようだった。

「竜よ…フィリアよ」老人は震える声で言った。「私たちを守ってくれて、ありがとう」

その言葉を合図に、少しずつ村人たちの緊張が解けていった。彼らは依然として恐れていたが、フィリアが敵ではないことを理解し始めていた。

フィリアは人間の姿に戻り、疲れた表情でレインの傍に立った。彼女の顔には緊張の色が残っていたが、それと同時に、安堵の表情も見えた。

「私は…受け入れられるだろうか」彼女は小さな声でレインに尋ねた。

レインは彼女の肩に手を置いた。

「時間はかかるかもしれない。でも、最初の一歩は踏み出せたと思う」

村の東側ではまだ数軒の家が燃えており、村人たちは急いで消火活動を始めた。レインとフィリアも手伝いに加わり、一緒に村を守る姿を見せることで、少しずつ村人たちとの距離を縮めていった。

その夜、グリーンウッド村は大きな変化を迎えていた。恐れられていた伝説の生き物が、実は彼らの守護者になりうること。そして、かつての勇者とその竜が、この小さな村の新しい仲間になる可能性が開けたのだ。

村の危機と魔竜の正体の発覚は、思いがけない形で新たな絆の始まりとなった。
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