ドラゴンと始めるスローライフ農園 〜元勇者と魔竜の平和な田舎暮らし〜

ソコニ

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第10話「魔竜と勇者、共に立つ」

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夜明け前のグリーンウッド村は、静けさを取り戻しつつあった。盗賊団の突然の襲撃に揺れた村人たちは疲れた表情で、損傷した家々や畑の被害を確認していた。フィリアの竜としての姿を目の当たりにした衝撃も、まだ完全には収まっていない。

村の広場に集まった村人たちの前で、ムラタ長老が話していた。

「盗賊たちはまだ近くにいる。逃げただけで、あきらめてはいないだろう」

不安の声が広がる中、レインが一歩前に出た。彼の表情は穏やかでありながらも、かつての勇者としての決意に満ちていた。

「みなさん、盗賊たちはきっと再び攻めてくるでしょう。しかし、恐れる必要はありません。私たちには彼らを撃退する力があります」

「レインさん…」トモが恐る恐る言った。「フィリアさんのことを言っているんですか?あの…竜の姿の…」

レインは頷いた。

「そうです。フィリアは魔竜です。しかし、彼女は私たちの味方であり、友人です」

村人たちの間でさざ波のようにつぶやきが広がった。恐怖と不信、しかし同時に、昨夜の危機からの救出への感謝も混ざっていた。

「私は元勇者として、そしてフィリアは魔竜として、村を守ります。しかし、そのためには皆さんの協力が必要です」

レインの言葉に、村人たちは次第に耳を傾け始めた。フィリアは少し離れた場所で、人間の姿のまま静かに立っていた。彼女の表情には不安と孤独が見えたが、レインを信じる強い意志も感じられた。

---

「作戦はこうだ」

小屋に戻ったレインは、フィリアとムラタ、そして数人の村の若者たちに向かって説明を始めた。テーブルの上には、村と周辺の簡単な地図が広げられていた。

「盗賊たちは恐らく今夜、より大きな力で戻ってくる。しかし、私たちには彼らにはない二つの強みがある」

レインは二本の指を立てた。

「一つは、この土地を知り尽くしていること。もう一つは…」

彼はフィリアを見た。

「魔竜の力だ」

フィリアは小さく頷いた。

「しかし、私はただ村を焼き尽くすようなことはしたくない」レインは続けた。「必要以上の流血も避けたい。だから、知恵と工夫で彼らを撃退する」

彼は地図上の特定のポイントを指した。

「彼らはこの東の道から来るだろう。ここに私たちの最初の防衛線を張る。フィリア、君は空から彼らの動きを監視してほしい」

「分かった」フィリアは真剣な表情で応えた。

「トモ、君たちは村の若者と共に、この位置で待機してほしい。合図があったら…」

レインは詳細な指示を続けた。作戦は複雑ではなかったが、村人たちとフィリアの力を最大限に活かす工夫が凝らされていた。それは、命を奪うための戦術ではなく、敵を混乱させ、撃退するための知恵の結晶だった。

「最も大切なのは、皆が無事であること。そして…」レインは一瞬言葉を詰まらせた。「畑を守ることだ」

トモが不思議そうな顔をした。

「畑ですか?人命の次に?」

レインは静かに微笑んだ。

「畑は私たちの命そのものだ。食料であり、生活の糧だ。特に…」

彼はフィリアを見た。

「私たちが共に育てた畑には、特別な意味がある」

フィリアの目が微かに輝いた。彼女にとって、レインとの農園は初めて何かを育み、創り出した場所だった。戦いではなく、生命を育む喜びを知った大切な土地。

「分かりました」トモが頷いた。「畑も、村も、皆も守りましょう」

ムラタ長老は黙って二人を見つめていた。彼の目には、何か深い理解の色が浮かんでいた。

---

その日の夕方、村は異様な静けさに包まれていた。子供たちや老人は安全な場所に避難し、戦える者たちはレインの指示に従って配置についていた。

東の丘の上、レインとフィリアは夕焼けの空を見上げていた。

「もうすぐだな」レインは呟いた。

「ああ」フィリアは頷き、東の森を見つめた。「彼らの気配を感じる。少なくとも昨日の倍はいる」

「恐いか?」

フィリアは小さく笑った。

「私は魔竜だぞ。恐れるものなどない」

しかし、その声には微かな緊張が混じっていた。レインは彼女の肩に手を置いた。

「私もだ。かつての勇者として、多くの戦いを経験してきた。だが…」

彼は一瞬言葉を切った。

「今日は違う。守るために戦う。誰かを殺すためではなく、命を守るために」

フィリアはレインの目をじっと見つめた。

「変わったな、人間」

「君も変わった、魔竜」

二人は静かに笑い合った。かつては敵対するはずの種族、勇者と魔竜が共に立つという不思議な光景。しかし今、二人の間には深い信頼と絆があった。

「行こう」

フィリアの体が光に包まれ、竜の姿へと変わっていく。雄大な青紫色の鱗、力強い翼、黄金の瞳。彼女は低く唸り、レインを背に乗せた。

「作戦開始だ」レインは彼女の鱗に手を添えた。「でも、命を奪わないように」

フィリアは小さく頷き、大きな翼を広げて空へと舞い上がった。

---

「来たぞ!」

村の東の見張りが声を上げた。松明の光が森の中から見え始め、盗賊たちの荒々しい声が夜の静けさを破る。

前夜よりも明らかに数が増えていた。五十人はいるだろうか。彼らは前回の恐怖を怒りに変え、今度こそ村を制圧しようという決意に満ちていた。

「あの化け物も恐れることはない!奴らは少数だ!」

盗賊のリーダーが剣を振りかざして叫んだ。

しかし、彼らが村への道を半分ほど進んだとき、不思議なことが起こった。前方の畑から、突如として青白い光が立ち上った。

「何だあれは?」

次の瞬間、畑全体が揺れ動き始めた。作物が波のように揺れ、土が盛り上がる。盗賊たちが困惑している隙に、空から巨大な影が降下してきた。

「竜だ!」

フィリアは盗賊たちの頭上すれすれを飛び、強烈な風を巻き起こした。松明が消え、盗賊たちは混乱に陥る。しかし、これは始まりに過ぎなかった。

フィリアが飛び去ると、畑の中から村人たちが飛び出してきた。彼らは武器ではなく、農具を手にしていた。鍬、熊手、シャベル。日々の農作業に使うものだが、今夜は防衛の道具となっていた。

「今だ!」レインの声が夜空に響いた。

村人たちは一斉に、あらかじめ用意していた仕掛けを作動させた。事前に張り巡らせた紐が引かれ、盗賊たちの足元から土嚢が転がり出る。同時に、別の場所からは、フィリアの火で熱せられた水が細い樋を伝って流れ出し、蒸気の壁を作り出した。

「何が起きている!?」
「見えない!」

混乱する盗賊たちの周りで、さらなる仕掛けが発動する。レインの指示で作られた簡易な罠が次々と作動し、盗賊たちの前進を妨げた。足を取られ、視界を奪われ、方向感覚を失う。

そして最後の一手。フィリアが天高く舞い上がり、息を大きく吸い込んだ。彼女が吐き出したのは、通常の炎ではなく、青白い光を帯びた特殊な炎だった。それは盗賊たちに直接向けられたものではなく、空中で炸裂し、夜空全体を青白い光で照らし出した。

「魔物の力だ!逃げろ!」

恐怖に駆られた盗賊たちは、互いに押し合いへし合いしながら逃げ出し始めた。しかし、撤退の道にもまた別の仕掛けが待っていた。

「今だ、トモ!」

トモと若者たちは、あらかじめ用意していた重い樽を丘の上から転がした。中には石や水が入っており、それが猛スピードで転がり下りてくる様子は、恐ろしい破壊力を持った凶器のようだった。

盗賊たちは悲鳴を上げて散り散りに逃げた。樽は彼らを直撃する手前で別の方向に逸らされるよう設計されていたが、盗賊たちにはそれが分からない。彼らは純粋な恐怖に駆られて逃走を続けた。

リーダーは怒りと屈辱に顔を歪めながらも、撤退の号令を出した。

「戻れ!こんな魔物の村など、奪う価値はない!」

あっという間に、盗賊たちの姿は夜の闇に消えていった。

---

「やった!」

村人たちは歓声を上げた。計画は完璧に成功した。一滴の血も流さず、村を守ることができたのだ。

フィリアは村の広場に降り立ち、レインを背から降ろした。彼女は疲れた様子だったが、目には達成感が輝いていた。

「見事だったぞ、レイン」彼女は竜の姿のまま言った。

村人たちは少し距離を置いて彼女を見ていたが、以前のような恐怖は薄れつつあった。代わりに、好奇心と敬意が混じった表情で見つめる者が増えていた。

ムラタ長老が歩み寄った。

「魔竜よ…いや、フィリアよ」老人は彼女に向かって頭を下げた。「我が村を救ってくれて感謝する」

フィリアは少し戸惑ったように首を傾げた。彼女は人間から感謝されることに慣れていなかった。

「私は…レインの友人として行動しただけだ」

「それでも、あなたの力がなければ、今夜の勝利はなかった」ムラタは真摯に言った。

他の村人たちも、少しずつ近づいてきた。トモが大胆にも一歩前に出た。

「フィリアさん、すごかったです!あの青い光、空から見た景色はどんな感じでしたか?」

トモの素直な好奇心に、フィリアは少し驚いた表情を見せたが、すぐに応えた。

「星々が近く見える。そして、村全体が小さな宝石のように輝いて見えた」

「すごい!」

トモの反応に、他の村人たちも徐々に警戒を解いていった。子供たちは両親の制止を振り切って、興味津々でフィリアに近づこうとする者もいた。

レインはこの光景を穏やかな表情で見守っていた。恐怖は理解によって薄れていく。そして理解は、交流から生まれる。

「皆さん」レインは村人たちに向かって言った。「フィリアと私は、この村で平和に暮らしたいと思っています。彼女は危険な存在ではなく、私たちの仲間です」

村長が前に出た。彼は長い間フィリアを見つめ、そして深く頷いた。

「レイン、あなたがこの村に来た時、私たちは元勇者を歓迎した。今、私たちはもう一人の新しい住民を受け入れよう。魔竜であっても、彼女が示した勇気と優しさは、人間以上のものだ」

村長の言葉に、村人たちから賛同の声が上がった。不安と恐れは完全には消えていないが、少なくとも受け入れようとする意志が芽生えていた。

フィリアは人間の姿に戻り、少し照れたように頭を下げた。

「ありがとう…皆さん」

彼女の声は小さかったが、そこには確かな感謝と安堵が込められていた。

---

翌朝、村は復興作業に忙しく動いていた。盗賊の襲撃で被害を受けた家々を修理し、踏み荒らされた畑を整える作業が始まっていた。

レインとフィリアも早朝から自分たちの畑の修復に取り掛かっていた。罠として使った部分は土が掘り返され、作物も一部損傷していたが、幸いなことに大部分は無事だった。

「思ったよりも被害は少なかったな」レインは安堵して言った。

「ああ」フィリアは頷き、傷ついた野菜の葉を優しく撫でた。「また元気に育つだろう」

二人が作業を続けていると、村からの来訪者が次々と訪れ始めた。彼らは修理の手伝いを申し出たり、食料や飲み物を持ってきたりしていた。

ついこの前まで恐れられていたフィリアに対しても、村人たちは徐々に距離を縮めていた。特に子供たちは純粋な好奇心から彼女に近づき、質問を投げかけていた。

「本当に火を吐けるの?」
「翼はどれくらい大きいの?」
「空を飛ぶのはどんな感じ?」

フィリアは最初は戸惑っていたが、次第に子供たちの質問に答えるようになった。彼女の表情は少しずつ柔らかくなり、時には小さな笑みさえ浮かべていた。

レインはその光景を見て、心から安堵した。フィリアが村に受け入れられる日が来ると信じていたが、こんなに早く実現するとは思っていなかった。

「レイン」

ムラタ長老が、杖をつきながら近づいてきた。

「おはようございます、ムラタさん」

「村の会議で決まったことを伝えに来た」老人は静かに言った。「村は正式に、フィリアを新しい住民として受け入れることにした」

レインの顔に笑みが広がった。

「それは素晴らしい!」

「ただし、一つ条件がある」

レインは表情を引き締めた。

「何でしょう?」

「彼女の力を、村のために使ってほしい」ムラタは穏やかに続けた。「戦いのためではない。農業のためだ」

「農業のため?」レインは少し驚いた。

「そうだ。あの青い霧のような息が、植物の成長を促進すると聞いた。それに風を起こす力も、灌漑や種まきに役立つだろう」

レインは思わず笑い出した。村人たちは、フィリアの力を暴力ではなく、創造のために用いることを望んでいたのだ。これ以上の理解はないだろう。

「フィリア、聞いたか?」レインは彼女に向かって言った。

子供たちに囲まれていたフィリアは、話を聞いて驚きの表情を見せた。

「私の力を…農業に?」

「そうだ」ムラタは微笑んだ。「君と竜の力で、この村はより豊かになるだろう」

フィリアは言葉を失ったように立ち尽くした。彼女の目には、信じられないという表情と共に、喜びの色が浮かんでいた。

「受け入れよう」レインは彼女に微笑みかけた。「私たちの本格的なスローライフ農園の始まりだ」

フィリアはゆっくりと頷いた。彼女の表情には、新たな希望と決意が浮かんでいた。

---

数週間後、レインとフィリアの農園は大きく変わっていた。畑は拡張され、新しい作物が植えられていた。村人たちの協力もあり、灌漑システムも整備された。

そして最も大きな変化は、納屋の隣に建てられた新しい小屋だった。フィリアの住居として、村人たちが協力して建てたものだ。小屋は人間用でありながらも、一部は竜の姿になったときのために特別な設計がされていた。

夕暮れ時、レインとフィリアは畑の前のベンチに座り、一日の労働を終えて休んでいた。

「考えてもみろ」レインは静かに言った。「数ヶ月前、私は戦いから逃れるためにここに来た。そして君は傷ついて落ちてきた」

「奇妙な運命だな」フィリアは空を見上げた。「竜と勇者が、敵同士ではなく友として出会うとは」

「単なる友人以上だと思うがね」レインはにっこりと笑った。「私たちは最高のパートナーだ」

フィリアは恥ずかしそうに視線を逸らした。彼女はまだ素直に感情を表現することに慣れていなかった。

「次はどんな野菜を育てる?」話題を変えるように彼女は尋ねた。

「そうだな」レインは畑を見渡した。「カボチャは成功したし、次はどうだろう…白菜はどうだろう?冬に向けて良い作物だ」

「白菜…食べたことがない」

「また新しい味の発見だね」レインは優しく微笑んだ。

二人の会話は自然に続き、夕日が地平線に沈んでいった。畑には新しい命が芽吹き、小屋からは暖かな光が漏れている。村との関係も深まり、時折村人たちが訪ねてくるようになっていた。

かつての勇者と魔竜による、世界でも類を見ない農園の物語は、こうして本格的に始まったのだった。剣を鍬に、炎を育みの力に変えて。

二人の新しい冒険は、まだ始まったばかりだった。
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