ドラゴンと始めるスローライフ農園 〜元勇者と魔竜の平和な田舎暮らし〜

ソコニ

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第15話「最強農具、誕生」

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朝露が木々の葉から滴り落ちる早朝、「竜と勇者の農園」の納屋では、四人の異なる種族が最後の調整作業に取り組んでいた。

「竜炎耕作機」の試運転から一週間、彼らは発見された問題点を一つ一つ改善してきた。フィリアの炎を安定して受け止める炉の耐熱性強化、リーフィアの魔導回路の精度向上、ガルムが作り直した頑丈な車輪と操作レバー、そしてレインによる全体構造の最適化。

「これが最後の調整だ」

レインは額の汗を拭いながら、中央エンジン部の最後のネジを締めた。彼の顔には疲労の色が見えたが、同時に達成感に満ちた表情でもあった。

「今回こそ、完璧なものになるはずだ」

四人が見つめる「竜炎耕作機」は、初期の試作品とは比較にならないほど洗練されていた。木と金属が組み合わさった堅牢なフレーム、前方には土を掘り起こす鋭い爪、後部には種をまき、水を撒く複雑な機構。さらに今回の改良では、リーフィアの発案で土壌の状態を感知する「精霊結晶」が各所に埋め込まれていた。

「これで土の質に合わせて、自動的に耕す深さや水の量を調整できるはずよ」リーフィアは緑色に光る小さな結晶を指さした。

ガルムは機械の周りを歩き、最後の点検をしていた。彼の鋭い目は、わずかな歪みや緩みも見逃さない。

「構造的には問題ない」彼は満足そうに頷いた。「私の全力で作った部品だ。簡単には壊れないだろう」

フィリアはエンジン部の炉を見つめていた。先週の試験運転では、彼女の炎の温度管理が難しく、一時はオーバーヒートの危険もあった。しかし今回は、彼女自身の制御技術も向上している。

「私も準備はできている」彼女は静かに言った。「前回よりもずっと安定した炎を維持できるはず」

レインは立ち上がり、納屋の扉を開け放った。朝日が「竜炎耕作機」の金属部分に反射して輝いた。

「では、本格的な試運転を始めよう」彼は微笑んだ。「今日は広い北の区画を一気に耕し、種まきまで終わらせる」

四人は「竜炎耕作機」を納屋から外へと押し出した。その重量は相当なものだったが、ガルムの力があれば困難ではない。彼らが機械を北の区画に向かって移動させていると、早くも村の方から人影が見えてきた。

「あれ、村人たちが...」レインは驚いた表情で言った。

「噂を聞きつけたんだろう」フィリアは少し面白そうに言った。「人間の好奇心は尽きないね」

確かに、彼らが北区画に到着する頃には、すでに十人以上の村人たちが集まっていた。トモや村長を含め、老若男女が期待に満ちた表情で「竜炎耕作機」を見つめている。

「レインさん!」トモが駆け寄ってきた。「今日、本格的に動かすんですよね?見てもいいですか?」

レインは少し困った表情をしたが、すぐに微笑んだ。「もちろん。ただし、安全のために距離は保ってほしい」

村長が前に出てきた。「村の若者たちが、朝から興奮してな。『最強の勇者が作った魔法の農具』と聞いては、黙っていられないというわけだ」

「最強...」レインは苦笑した。「そんな大げさな」

「でも事実じゃないか?」村長は真剣な表情で言った。「魔王を倒した勇者が作った農具なら、最強に決まっている」

村人たちからどよめきと同意の声が上がった。レインは少し照れたような表情を見せたが、心の中では暖かいものを感じていた。かつての「勇者」という肩書きが、今は彼の新しい人生を祝福する言葉になっているのだ。

「では、始めましょう」レインは決意を固めて言った。「皆さんは安全のために、あの木の近くまで下がっていてください」

村人たちが指定された場所に移動する間に、四人は最後の準備を整えた。

「作業エリアは全長二百メートル、幅五十メートル」レインは指差しながら説明した。「この広さを一気に耕して、秋蒔き小麦の種をまく」

「一日がかりの作業だな」ガルムは広大な荒れ地を見渡した。

「いいえ」リーフィアは自信を持って言った。「私たちの『竜炎耕作機』なら、二時間もあれば終わるはず」

レインは操作席に座り、レバーやハンドルを最終確認した。フィリアは機械の前方、炉の開口部に向かって立った。彼女の青い髪が朝風にそよいでいる。

「準備はいいか?」レインが三人に声をかけた。

三人は揃って頷いた。リーフィアとガルムはレインの横に立ち、機械の状態を監視する役割だ。

「フィリア、頼む」

フィリアは深く息を吸い込んだ。彼女は目を閉じ、精神を集中させる。そして両手を炉に向けて伸ばし、安定した赤い炎を放った。

炎が炉に吸い込まれると、魔導回路が青白く光り始めた。機械内部からは力強い唸り声が聞こえ、「竜炎耕作機」全体が震えるように始動した。

「エンジン出力安定」リーフィアは魔導回路の輝きを確認した。

「構造に問題なし」ガルムも報告した。

レインは満足げに頷き、前進レバーを慎重に押し下げた。「竜炎耕作機」が徐々に動き出し、荒れ地へと進んでいく。

村人たちからどよめきと拍手が湧き起こった。

前方の爪が地面に食い込むと、「竜炎耕作機」から低い唸り声が響いた。爪は驚くべき効率で硬い土を掘り起こし、肥沃な表土を露出させていく。マシンの通過した後には、完璧に耕された畝が残された。

「すごい...」トモは目を見開いて呟いた。「人が何日もかけてやる作業が、あっという間に...」

「竜炎耕作機」は着実に速度を上げ、やがて人間の歩く速さをはるかに超えた。レインは操作に集中し、時折レバーを調整して進路や耕す深さを制御する。

フィリアは炉に向かって炎を維持しながら、機械と同じ速度で移動していた。彼女の表情は厳しく集中したものだったが、その目には明らかな誇りが宿っていた。

機械が荒れ地の端まで到達すると、レインは大きくハンドルを切り、方向転換した。今度は種まき機構を作動させるレバーを引いた。

「種まき開始」リーフィアが報告した。

機械の後部から、均等な間隔で種が地面に落とされていく。同時に、適量の水が噴霧され、蒔かれたばかりの種を湿らせた。すべてが一連の動作で行われ、その効率の良さは見ているものを驚嘆させた。

村人たちは息を呑み、静かに見守っていた。彼らの目の前で、農業の常識が覆されていくのを目撃しているのだ。

「竜炎耕作機」は整然とした列を描きながら、次々と荒れ地を肥沃な農地へと変えていった。その速度は人力の十倍以上。しかも、精霊結晶のおかげで土壌の状態に応じて作業が最適化されるため、品質も均一だ。

一時間半後、レインは「竜炎耕作機」を最後の区画に導いた。機械はエネルギーが尽きることなく、最初と同じ効率で作業を続けている。

「フィリア、大丈夫か?」レインは心配そうに彼女を見た。

フィリアは汗を流していたが、力強く頷いた。「問題ない。まだまだ続けられる」

ついに最後の一列が終わり、レインは「竜炎耕作機」を停止させた。フィリアも炎を収め、深く息を吸い込んだ。

四人は完成した畑を見渡した。そこにはかつての荒れ地の面影はなく、整然と耕された黒い土と、規則正しく植えられた種の列が広がっていた。

「私たちは...やり遂げた」リーフィアは感動したように言った。

「これは奇跡だ」ガルムも畑を見つめながら呟いた。

村人たちが歓声を上げながら近づいてきた。彼らの顔には純粋な驚きと興奮の色が浮かんでいた。

「信じられない!」
「魔法のようだ!」
「一日かかる作業が、たった二時間で!」

村長は頭を振りながら、レインに近づいてきた。「これは...革命だよ、レイン。農業の歴史を変えるものだ」

レインは照れくさそうに頭をかいた。「みんなの協力があってこそだよ」

「最強の勇者が作ると、農具も最強になるんだな!」トモが興奮して言った。

その言葉に、村人たちが笑い声を上げた。レインも思わず笑った。

「勇者の力ではなく、四つの種族の知恵と力の結集なんだ」彼は仲間たちを見渡した。「フィリアの炎、リーフィアの精霊魔法、ガルムの技術と力...それぞれがなければ、この『竜炎耕作機』は完成しなかった」

フィリアは少し恥ずかしそうな表情をしていたが、心の奥底では大きな誇りを感じていた。彼女の炎が、かつては破壊と恐怖の象徴だったが、今は創造と繁栄をもたらすものになったのだ。

「これからどうするの?」村の若い農夫の一人が尋ねた。「他の畑もこの機械で耕すの?」

「もちろん」レインは頷いた。「『竜と勇者の農園』の全ての区画を、この機械で効率化していくつもりだ。そして...」

彼は少し躊躇ったが、続けた。

「将来的には、この技術を村全体で共有できればと思っている。もちろん、フィリアの炎の代わりとなる動力源を見つける必要があるけどね」

その言葉に、村人たちの間でさらに大きな興奮が広がった。もしこの技術が村全体で使えるようになれば、グリーンウッド村は周辺で最も豊かな農村になるかもしれない。

「さて」リーフィアが言った。「『竜炎耕作機』を納屋に戻しましょう。フィリアさんも休息が必要です」

確かに、フィリアは疲れた様子だった。長時間にわたって安定した炎を維持するのは、並大抵の集中力ではない。

村人たちは自発的に手伝いを申し出て、「竜炎耕作機」を納屋まで運ぶのを手伝った。彼らの顔には畏敬の念と期待が混ざった表情が浮かんでいた。

---

その日の夕方、「竜と勇者の農園」の小屋では祝賀会が開かれていた。テーブルには村人たちが持ち寄った料理が並び、村長も特別に葡萄酒を持参していた。

「乾杯!」村長はカップを掲げた。「『竜炎耕作機』の完成と、私たちの村の新たな未来に!」

「乾杯!」

レイン、フィリア、リーフィア、ガルム、そして集まった村人たちのカップが空中で触れ合い、小さな音を響かせた。

休息を取って元気を取り戻したフィリアは、人間たちの集まりにも少しずつ慣れてきた様子だった。彼女は静かにリーフィアの隣に座り、時折話に加わっている。

「フィリアさんの炎がなければ、あの機械は動かなかった」ある村人が敬意を込めて言った。「本当にありがとう」

フィリアは少し驚いたような表情をしたが、すぐに落ち着いて頷いた。「私も...役に立てて嬉しい」

村人たちとの会話が盛り上がる中、レインは小屋の外に出た。星空の下、新しく耕された畑を眺めていると、ガルムが近づいてきた。

「素晴らしい夜だな」ガルムは星空を見上げて言った。

「ああ」レインは頷いた。「信じられないよ。こんな日が来るなんて」

「どんな日だ?」

「魔竜と獣人とエルフと人間が、同じ屋根の下で笑い合う日がね」レインは静かに言った。「それも、私たちが一緒に作った『竜炎耕作機』という誇りのもとに」

ガルムは黙って頷いた。彼も同じことを感じていたのだろう。

「私たちが作ったものは、単なる農具ではない」レインは続けた。「これは新しい時代の象徴かもしれない。種族の壁を越えた協力が、どれだけ素晴らしいものを生み出せるかを示す証だ」

「その通りだ」静かな声がした。

振り返ると、フィリアとリーフィアが立っていた。二人も小屋を出て、夜風に当たっていたようだ。

「私たちが一緒にいれば、どんなことでもできる気がする」リーフィアは微笑んだ。

フィリアも静かに頷いた。「私は長い間、一人で生きてきた。他者を信じることも、力を合わせることも知らなかった。でも今は...」

彼女は言葉を詰まらせたが、その目には深い感情が浮かんでいた。

「私たちは家族だ」ガルムが彼女の言葉を続けた。「血のつながりはなくても、絆でつながった家族だ」

四人は静かに夜空を見上げた。彼らの上には、無数の星が煌めいていた。どれほど異なる種族でも、同じ空の下で暮らしているのだ。

レインは心の中で誓った。「竜炎耕作機」は彼らの冒険の始まりに過ぎない。これからも彼らは力を合わせて、新しい奇跡を生み出していくだろう。

「さあ、中に戻ろう」リーフィアが言った。「村人たちが待っているわ」

四人は小屋に戻り、祝賀会に加わった。窓の外では、新しく生まれ変わった畑が月明かりに照らされ、静かに眠っていた。そして納屋には、彼らの結束の象徴である「竜炎耕作機」が次の出番を待っていた。

翌朝、この畑に最初の芽が出るまで、もう長くはないだろう。
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