15 / 20
第15話「最強農具、誕生」
しおりを挟む朝露が木々の葉から滴り落ちる早朝、「竜と勇者の農園」の納屋では、四人の異なる種族が最後の調整作業に取り組んでいた。
「竜炎耕作機」の試運転から一週間、彼らは発見された問題点を一つ一つ改善してきた。フィリアの炎を安定して受け止める炉の耐熱性強化、リーフィアの魔導回路の精度向上、ガルムが作り直した頑丈な車輪と操作レバー、そしてレインによる全体構造の最適化。
「これが最後の調整だ」
レインは額の汗を拭いながら、中央エンジン部の最後のネジを締めた。彼の顔には疲労の色が見えたが、同時に達成感に満ちた表情でもあった。
「今回こそ、完璧なものになるはずだ」
四人が見つめる「竜炎耕作機」は、初期の試作品とは比較にならないほど洗練されていた。木と金属が組み合わさった堅牢なフレーム、前方には土を掘り起こす鋭い爪、後部には種をまき、水を撒く複雑な機構。さらに今回の改良では、リーフィアの発案で土壌の状態を感知する「精霊結晶」が各所に埋め込まれていた。
「これで土の質に合わせて、自動的に耕す深さや水の量を調整できるはずよ」リーフィアは緑色に光る小さな結晶を指さした。
ガルムは機械の周りを歩き、最後の点検をしていた。彼の鋭い目は、わずかな歪みや緩みも見逃さない。
「構造的には問題ない」彼は満足そうに頷いた。「私の全力で作った部品だ。簡単には壊れないだろう」
フィリアはエンジン部の炉を見つめていた。先週の試験運転では、彼女の炎の温度管理が難しく、一時はオーバーヒートの危険もあった。しかし今回は、彼女自身の制御技術も向上している。
「私も準備はできている」彼女は静かに言った。「前回よりもずっと安定した炎を維持できるはず」
レインは立ち上がり、納屋の扉を開け放った。朝日が「竜炎耕作機」の金属部分に反射して輝いた。
「では、本格的な試運転を始めよう」彼は微笑んだ。「今日は広い北の区画を一気に耕し、種まきまで終わらせる」
四人は「竜炎耕作機」を納屋から外へと押し出した。その重量は相当なものだったが、ガルムの力があれば困難ではない。彼らが機械を北の区画に向かって移動させていると、早くも村の方から人影が見えてきた。
「あれ、村人たちが...」レインは驚いた表情で言った。
「噂を聞きつけたんだろう」フィリアは少し面白そうに言った。「人間の好奇心は尽きないね」
確かに、彼らが北区画に到着する頃には、すでに十人以上の村人たちが集まっていた。トモや村長を含め、老若男女が期待に満ちた表情で「竜炎耕作機」を見つめている。
「レインさん!」トモが駆け寄ってきた。「今日、本格的に動かすんですよね?見てもいいですか?」
レインは少し困った表情をしたが、すぐに微笑んだ。「もちろん。ただし、安全のために距離は保ってほしい」
村長が前に出てきた。「村の若者たちが、朝から興奮してな。『最強の勇者が作った魔法の農具』と聞いては、黙っていられないというわけだ」
「最強...」レインは苦笑した。「そんな大げさな」
「でも事実じゃないか?」村長は真剣な表情で言った。「魔王を倒した勇者が作った農具なら、最強に決まっている」
村人たちからどよめきと同意の声が上がった。レインは少し照れたような表情を見せたが、心の中では暖かいものを感じていた。かつての「勇者」という肩書きが、今は彼の新しい人生を祝福する言葉になっているのだ。
「では、始めましょう」レインは決意を固めて言った。「皆さんは安全のために、あの木の近くまで下がっていてください」
村人たちが指定された場所に移動する間に、四人は最後の準備を整えた。
「作業エリアは全長二百メートル、幅五十メートル」レインは指差しながら説明した。「この広さを一気に耕して、秋蒔き小麦の種をまく」
「一日がかりの作業だな」ガルムは広大な荒れ地を見渡した。
「いいえ」リーフィアは自信を持って言った。「私たちの『竜炎耕作機』なら、二時間もあれば終わるはず」
レインは操作席に座り、レバーやハンドルを最終確認した。フィリアは機械の前方、炉の開口部に向かって立った。彼女の青い髪が朝風にそよいでいる。
「準備はいいか?」レインが三人に声をかけた。
三人は揃って頷いた。リーフィアとガルムはレインの横に立ち、機械の状態を監視する役割だ。
「フィリア、頼む」
フィリアは深く息を吸い込んだ。彼女は目を閉じ、精神を集中させる。そして両手を炉に向けて伸ばし、安定した赤い炎を放った。
炎が炉に吸い込まれると、魔導回路が青白く光り始めた。機械内部からは力強い唸り声が聞こえ、「竜炎耕作機」全体が震えるように始動した。
「エンジン出力安定」リーフィアは魔導回路の輝きを確認した。
「構造に問題なし」ガルムも報告した。
レインは満足げに頷き、前進レバーを慎重に押し下げた。「竜炎耕作機」が徐々に動き出し、荒れ地へと進んでいく。
村人たちからどよめきと拍手が湧き起こった。
前方の爪が地面に食い込むと、「竜炎耕作機」から低い唸り声が響いた。爪は驚くべき効率で硬い土を掘り起こし、肥沃な表土を露出させていく。マシンの通過した後には、完璧に耕された畝が残された。
「すごい...」トモは目を見開いて呟いた。「人が何日もかけてやる作業が、あっという間に...」
「竜炎耕作機」は着実に速度を上げ、やがて人間の歩く速さをはるかに超えた。レインは操作に集中し、時折レバーを調整して進路や耕す深さを制御する。
フィリアは炉に向かって炎を維持しながら、機械と同じ速度で移動していた。彼女の表情は厳しく集中したものだったが、その目には明らかな誇りが宿っていた。
機械が荒れ地の端まで到達すると、レインは大きくハンドルを切り、方向転換した。今度は種まき機構を作動させるレバーを引いた。
「種まき開始」リーフィアが報告した。
機械の後部から、均等な間隔で種が地面に落とされていく。同時に、適量の水が噴霧され、蒔かれたばかりの種を湿らせた。すべてが一連の動作で行われ、その効率の良さは見ているものを驚嘆させた。
村人たちは息を呑み、静かに見守っていた。彼らの目の前で、農業の常識が覆されていくのを目撃しているのだ。
「竜炎耕作機」は整然とした列を描きながら、次々と荒れ地を肥沃な農地へと変えていった。その速度は人力の十倍以上。しかも、精霊結晶のおかげで土壌の状態に応じて作業が最適化されるため、品質も均一だ。
一時間半後、レインは「竜炎耕作機」を最後の区画に導いた。機械はエネルギーが尽きることなく、最初と同じ効率で作業を続けている。
「フィリア、大丈夫か?」レインは心配そうに彼女を見た。
フィリアは汗を流していたが、力強く頷いた。「問題ない。まだまだ続けられる」
ついに最後の一列が終わり、レインは「竜炎耕作機」を停止させた。フィリアも炎を収め、深く息を吸い込んだ。
四人は完成した畑を見渡した。そこにはかつての荒れ地の面影はなく、整然と耕された黒い土と、規則正しく植えられた種の列が広がっていた。
「私たちは...やり遂げた」リーフィアは感動したように言った。
「これは奇跡だ」ガルムも畑を見つめながら呟いた。
村人たちが歓声を上げながら近づいてきた。彼らの顔には純粋な驚きと興奮の色が浮かんでいた。
「信じられない!」
「魔法のようだ!」
「一日かかる作業が、たった二時間で!」
村長は頭を振りながら、レインに近づいてきた。「これは...革命だよ、レイン。農業の歴史を変えるものだ」
レインは照れくさそうに頭をかいた。「みんなの協力があってこそだよ」
「最強の勇者が作ると、農具も最強になるんだな!」トモが興奮して言った。
その言葉に、村人たちが笑い声を上げた。レインも思わず笑った。
「勇者の力ではなく、四つの種族の知恵と力の結集なんだ」彼は仲間たちを見渡した。「フィリアの炎、リーフィアの精霊魔法、ガルムの技術と力...それぞれがなければ、この『竜炎耕作機』は完成しなかった」
フィリアは少し恥ずかしそうな表情をしていたが、心の奥底では大きな誇りを感じていた。彼女の炎が、かつては破壊と恐怖の象徴だったが、今は創造と繁栄をもたらすものになったのだ。
「これからどうするの?」村の若い農夫の一人が尋ねた。「他の畑もこの機械で耕すの?」
「もちろん」レインは頷いた。「『竜と勇者の農園』の全ての区画を、この機械で効率化していくつもりだ。そして...」
彼は少し躊躇ったが、続けた。
「将来的には、この技術を村全体で共有できればと思っている。もちろん、フィリアの炎の代わりとなる動力源を見つける必要があるけどね」
その言葉に、村人たちの間でさらに大きな興奮が広がった。もしこの技術が村全体で使えるようになれば、グリーンウッド村は周辺で最も豊かな農村になるかもしれない。
「さて」リーフィアが言った。「『竜炎耕作機』を納屋に戻しましょう。フィリアさんも休息が必要です」
確かに、フィリアは疲れた様子だった。長時間にわたって安定した炎を維持するのは、並大抵の集中力ではない。
村人たちは自発的に手伝いを申し出て、「竜炎耕作機」を納屋まで運ぶのを手伝った。彼らの顔には畏敬の念と期待が混ざった表情が浮かんでいた。
---
その日の夕方、「竜と勇者の農園」の小屋では祝賀会が開かれていた。テーブルには村人たちが持ち寄った料理が並び、村長も特別に葡萄酒を持参していた。
「乾杯!」村長はカップを掲げた。「『竜炎耕作機』の完成と、私たちの村の新たな未来に!」
「乾杯!」
レイン、フィリア、リーフィア、ガルム、そして集まった村人たちのカップが空中で触れ合い、小さな音を響かせた。
休息を取って元気を取り戻したフィリアは、人間たちの集まりにも少しずつ慣れてきた様子だった。彼女は静かにリーフィアの隣に座り、時折話に加わっている。
「フィリアさんの炎がなければ、あの機械は動かなかった」ある村人が敬意を込めて言った。「本当にありがとう」
フィリアは少し驚いたような表情をしたが、すぐに落ち着いて頷いた。「私も...役に立てて嬉しい」
村人たちとの会話が盛り上がる中、レインは小屋の外に出た。星空の下、新しく耕された畑を眺めていると、ガルムが近づいてきた。
「素晴らしい夜だな」ガルムは星空を見上げて言った。
「ああ」レインは頷いた。「信じられないよ。こんな日が来るなんて」
「どんな日だ?」
「魔竜と獣人とエルフと人間が、同じ屋根の下で笑い合う日がね」レインは静かに言った。「それも、私たちが一緒に作った『竜炎耕作機』という誇りのもとに」
ガルムは黙って頷いた。彼も同じことを感じていたのだろう。
「私たちが作ったものは、単なる農具ではない」レインは続けた。「これは新しい時代の象徴かもしれない。種族の壁を越えた協力が、どれだけ素晴らしいものを生み出せるかを示す証だ」
「その通りだ」静かな声がした。
振り返ると、フィリアとリーフィアが立っていた。二人も小屋を出て、夜風に当たっていたようだ。
「私たちが一緒にいれば、どんなことでもできる気がする」リーフィアは微笑んだ。
フィリアも静かに頷いた。「私は長い間、一人で生きてきた。他者を信じることも、力を合わせることも知らなかった。でも今は...」
彼女は言葉を詰まらせたが、その目には深い感情が浮かんでいた。
「私たちは家族だ」ガルムが彼女の言葉を続けた。「血のつながりはなくても、絆でつながった家族だ」
四人は静かに夜空を見上げた。彼らの上には、無数の星が煌めいていた。どれほど異なる種族でも、同じ空の下で暮らしているのだ。
レインは心の中で誓った。「竜炎耕作機」は彼らの冒険の始まりに過ぎない。これからも彼らは力を合わせて、新しい奇跡を生み出していくだろう。
「さあ、中に戻ろう」リーフィアが言った。「村人たちが待っているわ」
四人は小屋に戻り、祝賀会に加わった。窓の外では、新しく生まれ変わった畑が月明かりに照らされ、静かに眠っていた。そして納屋には、彼らの結束の象徴である「竜炎耕作機」が次の出番を待っていた。
翌朝、この畑に最初の芽が出るまで、もう長くはないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
小さな貴族は色々最強!?
谷 優
ファンタジー
神様の手違いによって、別の世界の人間として生まれた清水 尊。
本来存在しない世界の異物を排除しようと見えざる者の手が働き、不運にも9歳という若さで息を引き取った。
神様はお詫びとして、記憶を持ったままの転生、そして加護を授けることを約束した。
その結果、異世界の貴族、侯爵家ウィリアム・ヴェスターとして生まれ変ることに。
転生先は優しい両親と、ちょっぴり愛の強い兄のいるとっても幸せな家庭であった。
魔法属性検査の日、ウィリアムは自分の属性に驚愕して__。
ウィリアムは、もふもふな友達と共に神様から貰った加護で皆を癒していく。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
神様の人選ミスで死んじゃった!? 異世界で授けられた万能ボックスでいざスローライフ冒険!
さかき原枝都は
ファンタジー
光と影が交錯する世界で、希望と調和を求めて進む冒険者たちの物語
会社員として平凡な日々を送っていた七樹陽介は、神様のミスによって突然の死を迎える。そして異世界で新たな人生を送ることを提案された彼は、万能アイテムボックスという特別な力を手に冒険を始める。 平穏な村で新たな絆を築きながら、自分の居場所を見つける陽介。しかし、彼の前には隠された力や使命、そして未知なる冒険が待ち受ける! 「万能ボックス」の謎と仲間たちとの絆が交差するこの物語は、笑いあり、感動ありの異世界スローライフファンタジー。陽介が紡ぐ第二の人生、その行く先には何が待っているのか——?
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情され、異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
追放された荷物持ちですが、実は滅んだ竜族の末裔でした。今さら戻れと言われても、もうスローライフ始めちゃったんで
ソラリアル
ファンタジー
目が覚めたら、俺は孤児だった。
家族も、家も、居場所もない。
そんな俺を拾ってくれたのは、
優しいSランク冒険者のパーティだった。
「荷物持ちでもいい、仲間になれ」
その言葉を信じて、
俺は必死に、置いていかれないようについていった。
自分には何もできないと思っていた。
それでも、少しでも役に立ちたくて、
誰にも迷惑をかけないようにと、
夜な夜な一人でダンジョンに潜り、力を磨いた。
仲間を護れるなら…
そう思って使った支援魔法や探知魔法も、
気づかれないよう、そっと重ねていただけだった。
だけどある日、告げられた。
『ここからは危険だ。荷物持ちは、もう必要ない』
それは、優しさからの判断だった。
俺も分かっていた。だから、何も言えなかった。
こうして俺は、静かにパーティを離れた。
これからは一人で、穏やかに生きていこう。
そう思っていたし、そのはずだった。
…だけど、ダンジョンの地下で古代竜の魂と出会って、
また少し、世界が騒がしくなってきたようです。
◇小説家になろう・カクヨムでも同時連載中です◇
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた
秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。
しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて……
テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる