ドラゴンと始めるスローライフ農園 〜元勇者と魔竜の平和な田舎暮らし〜

ソコニ

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第16話「広がる評判、訪れる人々」

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「竜炎耕作機」の初めての本格運用から二週間が経ち、グリーンウッド村はかつてないほどの活気に包まれていた。村の入り口には新しい看板が立ち、「伝説の竜炎耕作機を見よ!」と大きく書かれている。村の中央広場には急ごしらえの宿や食堂が並び、商人たちは競うように土産物を売り始めていた。

朝の静けさを楽しみたいレインは、まだ誰も起きていない早朝に小屋を抜け出し、先日「竜炎耕作機」で耕した畑を見回っていた。種から芽吹いた小麦は、わずか二週間とは思えないほど立派に育っている。リーフィアのエルフ魔法の効果だろう。

「ここまで有名になるとは思わなかったな...」

レインは村の方向を見て溜息をついた。昨日も隣町から三台の馬車が到着し、好奇心旺盛な見物客が「竜と勇者の農園」に押し寄せた。彼らは「竜炎耕作機」を見たがり、フィリアの竜の姿を一目見ようと騒ぎ、リーフィアのエルフ魔法やガルムの力技にも興味津々だった。

「おはよう、レイン」

背後から聞こえた声に振り返ると、フィリアが朝露に濡れた草の上を歩いてきていた。彼女も静かな朝の時間を求めて、小屋を出てきたのだろう。

「フィリア、おはよう」レインは微笑んだ。「よく眠れた?」

「ええ、まあ」彼女は少し疲れた様子で答えた。「昨夜の訪問者が帰ったのは遅かったけど」

フィリアは畑を見渡し、成長した小麦に満足げな表情を浮かべた。彼女自身も農作物の成長を楽しめるようになっていた。

「この静けさがいいわね」彼女はつぶやいた。「人間たちの騒がしい声がない時間」

「ああ」レインも同意した。「平和な農園生活を夢見て隠居したはずだったのに...」

フィリアは意外な反応を示した。彼女は小さく笑い、首を振った。

「なんだか皮肉ね。私たちは平和を求めて、このグリーンウッド村に来た。でも結果的に、このどこにもない村を有名にしてしまった」

「まさにその通りだ」レインも苦笑した。「スローライフのつもりが、忙しくなる一方だ」

二人は朝の畑の中に立ち、しばらく黙って朝日を眺めていた。やがてフィリアが静かに言った。

「でも...悪いことばかりじゃないわ」

「どういう意味だ?」

「色々な種族に会えるのは...面白い」フィリアは少し照れたように視線を逸らした。「昨日は木妖精の一家が訪ねてきたわ。小さな子供たちが私の髪に花を編んでくれた」

レインは驚いて彼女を見た。フィリアが他の種族、特に見知らぬ訪問者と積極的に交流するようになったのは新しい変化だった。

「そうだったのか」彼は優しく微笑んだ。「確かに、多くの種族が平和に交流できる場になっているのは素晴らしいことだ」

フィリアは顔を赤らめながらも、小さく頷いた。「でも...あまりにも騒がしいのは困るわ。特に、私の竜の姿を見せろと騒ぐ人間たちは」

典型的なフィリアらしい反応に、レインは思わず笑った。彼女の「困る」という言葉の裏には、複雑な感情が隠されていることを彼は知っていた。認められることへの喜び、注目されることへの恥じらい、そして自分が「見世物」になることへの抵抗感。

「おはよう、二人とも」

新しい声に振り返ると、リーフィアが小屋から出てきたところだった。彼女の長い緑の髪は朝日に輝き、その姿はまるで森そのものが人の形を取ったかのようだ。

「おはよう、リーフィア」レインが挨拶を返した。

リーフィアは二人に近づくと、小さな袋を取り出した。「朝の儀式のために摘んできた花よ。精霊たちが今日も豊かな一日になるだろうと言っているわ」

彼女はそう言いながらも、少し疲れた表情を見せた。「ただ...今日も多くの訪問者が来るでしょうね」

三人の会話に、重い足音が加わった。振り返るとガルムが近づいてきた。彼は既に朝の狩りから戻ったようで、手には二羽の野鳥を持っていた。

「おはよう」彼はシンプルに挨拶した。「今朝の収穫だ。今日も人が来るなら、食料は多めに必要だろう」

「ありがとう、ガルム」レインは頷いた。「本当に助かるよ」

四人は朝の穏やかな空気の中、これからの一日について話し合った。昨日、村長から連絡があり、今日は隣国のブレイクウッドから商人の一団が訪問する予定だという。どうやら「竜炎耕作機」の評判は、国境を越えて広がり始めているようだ。

「私は正直なところ、少し休息が欲しい」レインは本音を漏らした。「毎日の訪問者対応は疲れるし、農作業も疎かになりがちだ」

「私もだ」フィリアは素直に同意した。「特に、竜の姿を見せろという要求は鬱陶しい」

リーフィアは思案顔で言った。「週に何日かは『非公開日』として、訪問者を制限するというのはどうかしら?」

「それはいい考えだ」ガルムも頷いた。「我々にも休息は必要だ」

四人が話し合いを続けていると、村の方角から声が聞こえてきた。

「レインさーん!フィリアさーん!」

トモが走ってくるのが見えた。彼の表情には興奮と少しの焦りが混じっている。

「どうしたトモ?」レインは尋ねた。「まだ早朝だが」

トモは息を切らせながら言った。「もう...訪問者が来ているんです!しかも今回は...」

彼は一瞬言葉を詰まらせ、そして続けた。「ドワーフの一団です!彼らは『鍛冶師のグリムト』という有名な鍛冶マスターを連れてきていて、『竜炎耕作機』を見たいと言っているんです!」

「ドワーフ?」レインは驚いた。「こんな早朝に?」

「彼らは夜通し旅をしてきたようです」トモは説明した。「そして今、村の広場で待っています。かなり...熱心な様子です」

四人は顔を見合わせた。休息の話をしていた矢先だったが、ドワーフの訪問は無視できない。特に「鍛冶師のグリムト」という名前は、レインも勇者時代に聞いたことがあった。彼は最高級の武具を作る匠として知られている。

「行ってみよう」レインは決心した。「ドワーフと交流する機会はめったにないし」

フィリアは少し不満そうな表情を見せたが、反対はしなかった。リーフィアは興味津々といった様子で、ガルムも新しい種族との出会いに前向きだった。

---

グリーンウッド村の広場に到着すると、そこには確かに十人ほどのドワーフの一団が集まっていた。彼らは皆、頑丈な体格と長い髭を持ち、豪華な装飾が施された鎧や道具を身につけている。

一団の中心には、特に年配と思われるドワーフが立っていた。彼の白い長い髭は腰まで届き、額には複雑な紋様の刺青が施されている。両腕には無数の小さな火傷の跡があり、長年鍛冶炉の前で過ごしてきたことを物語っていた。

「あなたが噂の勇者レインか!」

白髭のドワーフが、レインたちが近づくなり、大きな声で呼びかけた。その声は年齢を感じさせない力強さを持っていた。

「はい、レインです」レインは頭を下げて答えた。「そして、あなたが鍛冶師のグリムトさんでしょうか」

「その通り!」グリムトは豪快に笑った。「わしの名を知っているとは、さすがは元勇者だ」

彼はレインたちの一行を見渡し、特にフィリアに長く視線を留めた。

「そしてこちらが噂の魔竜か」彼は敬意を込めた声で言った。「炎を操る者同士、ぜひ話を交わしたいと思っていた」

フィリアは少し驚いたような表情をしたが、丁寧に頭を下げた。「フィリアです。お会いできて光栄です」

グリムトはリーフィアとガルムにも挨拶し、全員と握手を交わすと、本題に入った。

「早速だが、その『竜炎耕作機』とやらを見せてもらいたい。わしは五十年以上、金属と炎に人生を捧げてきた。その目で、新しい炎の使い方を見たいのだ」

レインは頷いた。「もちろんです。納屋にありますので、ご案内します」

一行が「竜と勇者の農園」に向かう途中、村の入り口では別の一団が到着したところだった。見れば、獣人族の家族のようだ。子供を連れた若い夫婦が、緊張した面持ちで村に入ってくる。

「最近は毎日こんな感じなんです」トモはレインに説明した。「朝から晩まで、様々な種族が訪れて...」

レインは黙って頷いた。彼らの農園が、種族間交流の場になっていることは素晴らしいことだ。しかし同時に、本来の目的だった「平和な農業生活」からは、どんどん遠ざかっているようにも感じられた。

納屋に到着すると、グリムトは「竜炎耕作機」を前に、しばらく言葉を失ったように立ち尽くした。

「素晴らしい...」彼はついに言葉を絞り出した。「見事な金属加工と木工の技術。そして...」

彼は炉の部分に近づき、丁寧に手で触れた。「これが竜の炎を受け止める部分か」

「はい」レインは答えた。「フィリアの炎をエネルギーに変換し、機械全体を動かします」

グリムトはさらに機械の各部を詳しく調べ始めた。彼の目は職人特有の鋭さで、細部まで見逃さない。時折、メモを取ったり、他のドワーフと専門的な用語で会話を交わしたりしている。

「これは革命的だ」グリムトは最終的に宣言した。「単なる農具ではない。これは魔法と科学、そして異なる種族の知恵が融合した傑作だ」

彼はレインたちを見渡し、真剣な表情で言った。「この技術は広めるべきだ。ドワーフの王国でも、鉱山作業や鍛冶作業にこの原理を応用できる。協力してもらえないだろうか?」

レインは少し考え込んだ。「竜炎耕作機」の技術を共有することで、より多くの人々の役に立つかもしれない。しかし同時に、それはさらなる注目と責任をもたらすことになる。

「少し検討させてください」彼は丁寧に答えた。「私たちはまだこの技術を完全に理解し切れていませんし」

グリムトは理解を示すように頷いた。「もちろんだ。急ぐ必要はない。ただ、わしらドワーフとしても、この技術発展に協力したいと思っている」

その後、グリムトたちは「竜炎耕作機」の実演を見せてもらい、大いに感動した様子だった。特にフィリアの炎の制御技術に深い関心を示し、ドワーフの伝統的な鍛冶炎との比較について熱心に質問した。

午後になると、さらに訪問者が増えた。エルフの旅人たちはリーフィアと故郷の話で盛り上がり、獣人の家族はガルムに子供たちを遊ばせてもらっていた。半人半魚のマーマンの商人までもが、海の産物を持って訪れた。

レインはそのすべてに応対しながらも、次第に疲労感を覚えていた。村の若者たちが手伝いに来てくれているとはいえ、訪問者の数は日に日に増えている。

日が傾き始めた頃、フィリアがレインの腕を引いて、人々から少し離れた場所に連れ出した。

「もう限界よ」彼女は疲れた表情で言った。「こんなに人が来るなら、私はもう竜の姿は見せられない」

「わかっている」レインも同意した。「みんな好意で来てくれているんだが...」

フィリアは突然、視線を固定した。「あの人...」

レインが彼女の視線の先を見ると、人混みの中に一人の男性がいた。黒いローブを身にまとい、フードで顔を半分隠している。彼は「竜炎耕作機」を熱心に観察しながらも、周囲の人々とは一切交流せず、時折何かをメモしているようだった。

「何か変だわ」フィリアは小声で言った。「あの人、普通の見物客とは違う」

レインも同意した。「確かに...何か目的を持っているようだ」

彼らが見ている間に、黒いローブの男は素早く納屋を出て、人混みに紛れて去っていった。

「追いかけるべき?」フィリアが尋ねた。

レインは少し考えてから首を振った。「今は無理だ。それに証拠もない。ただ、警戒はしておこう」

二人が立ち話をしていると、リーフィアが近づいてきた。彼女の表情にも疲労の色が見えた。

「レイン、フィリア」彼女は少し声を落として言った。「私も同じことを考えていたの。このままでは疲れてしまう。それに...」

彼女は周囲を見回して、さらに声を落とした。

「精霊たちが警告してるの。『気をつけよ、悪意が忍び寄る』って」

「精霊の警告?」レインは眉をひそめた。「黒いローブの男と関係があるかもしれない」

三人が話している間にも、新たな訪問者が農園に到着していた。彼らは興奮した様子で「竜炎耕作機」を見せてほしいと騒いでいる。

「限界だ」レインは決断した。「明日からは受け入れ態勢を整えよう。誰でも自由に来れるというのは終わりにしなければ」

「具体的には?」リーフィアが尋ねた。

「まず、見学日を限定する。週に三日だけにして、残りは農作業に集中できるようにしよう」レインは案を出した。「それから、見学の時間帯も決めるべきだ」

「それと」フィリアが付け加えた。「私の竜の姿は、特別な時だけにする。毎日見せるのは...嫌だわ」

彼女の言葉には少しツンデレな響きがあったが、本心であることはレインにもわかっていた。

「ガルムにも相談して、村長とも話し合おう」レインは言った。「これからは少し秩序立てていく必要がある」

三人は納屋に戻り、ガルムも呼んで四人で今後について話し合った。ガルムも疲れを感じていたが、彼は異種族との交流そのものは楽しんでいるようだった。しかし、彼も農園本来の目的が疎かになることへの懸念は共有していた。

---

その夜、最後の訪問者たちが村に戻り、「竜と勇者の農園」にようやく静けさが戻ってきた。四人は小屋のテーブルを囲み、一日の疲れを癒す夕食をとっていた。

「まさか、ここまで有名になるとは」レインはパンをちぎりながら言った。「『竜炎耕作機』が各国の関心を集めるなんて」

「有名になって困るわ」フィリアは少し不機嫌そうに言った。しかし、その表情からは、複雑な感情が読み取れた。彼女は注目されることに抵抗を感じつつも、自分の力が認められることに密かな誇りも感じているようだった。

「でも、多くの種族が平和に交流できる場になったのは素晴らしいことよ」リーフィアは前向きに言った。「今日だけでも、五つの異なる種族が集まっていた」

「その通りだ」ガルムも頷いた。「私が子供の頃は、種族間の対立がもっと深刻だった。こうして平和に語り合える日が来るとは」

話題は自然と、彼らが作り上げた「竜炎耕作機」の今後へと移った。グリムトからの提案、技術の共有、そして改良の可能性。四人の間では様々なアイデアが飛び交った。

「しかし」レインは真剣な表情で言った。「あの黒いローブの男のことが気になる。彼の目的は何だろう」

「悪意を感じたわ」フィリアはきっぱりと言った。「何か企んでいる」

リーフィアとガルムも同意し、四人はしばらく黙り込んでしまった。

「いずれにせよ、警戒は怠らないようにしよう」レインは最終的に言った。「そして明日からは、訪問規制を始める。私たちも休息が必要だ」

夕食後、四人はそれぞれの寝床に向かった。フィリアは窓辺に立ち、星空を見上げていた。レインが近づいてきても、彼女は振り向かなかった。

「どうした?」レインは優しく尋ねた。

「考えていたの」フィリアは静かに答えた。「私たちが求めていたのは、平和な農園生活だった。でも今は...」

「忙しすぎるよな」レインは苦笑した。「スローライフが忙しくなるという皮肉」

フィリアも小さく笑った。「そうね。でも...悪くはないわ」

彼女はようやくレインの方を向いた。その瞳には、かつてない柔らかな光が宿っていた。

「色々な種族が訪れて、私を恐れないで接してくれる。それは...新しい経験だわ」

レインは優しく微笑んだ。「それが君の望みだったんだろう?認められること、恐れられるのではなく」

フィリアは小さく頷いた。「ただ、時々は静かな時間も必要ね」

「そのためにも、明日からの新ルールが役立つはずだ」レインは言った。「バランスが大切だからね」

彼らが話している間にも、村の方からは賑やかな音楽や笑い声が聞こえてきた。訪問者たちによって、静かだったグリーンウッド村は一変していた。

それは彼らの「竜炎耕作機」がもたらした変化だった。良い面も悪い面も含めて。そして彼らは、その変化の中で新たなバランスを見つける必要があった。

窓の外では、満天の星が彼らを見下ろしている。そして村の方向からは、ほんのりと灯りが見えていた。平和な夜だが、どこか予感めいたものも漂っていた。

黒いローブの男の正体と目的。精霊たちの警告。そして、ますます広がる「竜炎耕作機」の評判。

彼らの前には、新たな試練が待ち受けているのかもしれない。
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