2 / 30
第2話:「王都の市場通り」
しおりを挟む巨大な城門をくぐると、そこには誠の想像をはるかに超える活気あふれる都市が広がっていた。石畳の道路、整然と並ぶ石造りの建物、そして何より、溢れんばかりの人々。
「ここがロイヤルクレストか…」
誠は馬車から降り、グスタフたち騎士団に見送られながら、初めて王都の地を踏みしめた。
「しばらくは宿を探して、この街に慣れることだな」
ポケットを探ると、グスタフたちがくれた銀貨が5枚。これでしばらくは食いつなげるだろうか。前世の円からこの世界の通貨への換算感覚はまだ掴めていなかった。
「誠殿、こちらの宿がお勧めだ」
アルベリク卿が一枚の木札を手渡してくれた。「銀の月」と刻まれている。
「ここは清潔で、料金も手頃だ。私の知り合いのマルタが経営している。私からの紹介と言えば、特別扱いしてくれるだろう」
「ありがとうございます」
誠は深々と頭を下げた。思いがけない幸運に感謝しつつ、彼は街の中へと歩を進めた。
---
「銀の月」は城壁近くの比較的静かな地区にある、三階建ての小ぢんまりとした宿だった。入口の看板には三日月の絵が描かれている。
「あの、マルタさんはいらっしゃいますか?アルベリク卿の紹介で…」
カウンターで声をかけると、後ろから温かみのある声が返ってきた。
「アルベリクからの紹介ですって?」
振り返ると、そこには白髪交じりの髪を簡素なまとめ髪にした、年配の女性が立っていた。穏やかな笑顔と知性の光る瞳が印象的だ。
「はい、これをいただきました」
誠が木札を差し出すと、マルタはそれを見て満面の笑みを浮かべた。
「まあ、あの堅物が!珍しいことをするわね」
彼女は親しげに笑った。
「あなたが誠さんね。聞いたわよ、異界から来た方だって」
「え?どうして…」
「今朝、使いの者が来てね。あなたのことを知らせてくれたの」
マルタは誠を案内しながら説明した。「最上階の小さな部屋だけど、清潔で景色もいいわ。一晩シルバー1枚、長期なら割引もあるわよ」
案内された部屋は確かに小さいが、清潔で必要な家具は揃っていた。窓からは王都の屋根越しに王城が見える。
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
「どういたしまして。それと、仕事を探しているなら、私から紹介できるところがあるわ」
誠は目を見開いた。「本当ですか?」
「ええ、商人ギルドの事務所で使い走りと帳簿係を探しているの。明日、話を聞いてみる?」
「ぜひお願いします!」
これもまた、思いがけない幸運だった。誠は心の中で、ポケットの魔導石に感謝した。「誠運を司る者」—その名に恥じない働きをしているようだ。
---
翌朝、マルタの紹介で商人ギルドの事務所を訪れた誠は、あっさりと仕事を得ることができた。職務内容は主に伝票の整理や届け物、時には帳簿のチェックなど。前世で証券マンとして培った几帳面さと数字への感覚が、面接の際に評価されたようだ。
「給料は日当でシルバー2枚。慣れてきたらもう少し上げてもいいかもしれんな」
ギルドの事務長ヘクターは、太った体に似合わず機敏な動きで仕事をこなす男だった。
「ありがとうございます。精一杯頑張ります」
そうして誠の王都での生活が始まった。
朝は早起きして宿を出発。商人ギルドの事務所に向かい、ヘクターの指示で様々な仕事をこなす。昼食は近くの食堂で簡単に済ませ、午後も働き、日が落ちる頃に宿に戻る。
仕事自体は単調だったが、誠にとっては異世界の経済システムを学ぶ絶好の機会だった。伝票を整理しながら、彼は商品の種類や価格、取引先、運送費などを頭に入れていった。
「この価格差は…輸送コストと需要の差だな」
「季節変動を考慮していないな…」
「この商人は在庫回転率が悪い…」
彼の呟きを聞いたヘクターは、最初は怪訝な顔をしていたが、次第に誠の分析力に感心するようになった。
「誠、君はどこで商業を学んだんだ?」
「以前、別の…国で、資産運用の仕事をしていました」
誠は本当のことを言うわけにもいかず、曖昧に答えた。
「なるほど。だからあんなに数字に敏感なんだな。実は困っていることがあってね…」
ヘクターは誠に、取引記録の不一致という問題を相談した。いくつかの伝票と実際の在庫数が合わないというのだ。
「確認してみましょうか」
誠は三日かけて全ての伝票と帳簿を丹念に調べ上げた。そして、いくつかの単純な計算ミスと、一人の商人による不正を発見した。
「見事だ!」
ヘクターは大喜びし、誠の給料をシルバー3枚に上げた。さらに、より重要な業務も任せるようになった。
---
就職から三週間が経ったある日の午後、誠は届け物を済ませた帰り道、今まで通ったことのない通りに迷い込んだ。
「ここは…」
その通りには、通常の店舗とは違う雰囲気の建物が並んでいた。大きな石造りの建物の前には、「ギルド・エクスチェンジ」と書かれた看板が掲げられている。
好奇心に駆られた誠は、建物の中に足を踏み入れた。
内部は大きな広間になっており、多くの人々が行き交っていた。壁には様々な掲示板があり、そこには魔法や研究のプロジェクト名と数字の一覧が掲示されている。
中央には円形の台があり、その周りで人々が活発に議論したり、何かを記入したりしていた。
「これは…まるで取引所じゃないか」
誠は目を見開いた。そこはまさに、株式市場の原始的な形態のように見えた。
「初めて来たのか?」
横から声をかけられて振り返ると、魔法使いの服装をした中年の男性が立っていた。
「はい、ここは何をする場所なんですか?」
「ここは『ギルド・エクスチェンジ』、魔導株の取引所だよ。魔法研究者たちが資金を集めるために株を発行し、投資家がそれを買う場所さ」
「魔導株…」
前世の知識が一気に頭に浮かんだ。これはまさに株式そのものではないか。
「興味があるなら、あそこの案内所で基本を教えてもらうといい」
魔法使いの男性はそう言って立ち去った。
誠は案内所へ向かい、若い女性係員から魔導株の基本について説明を受けた。
「魔導株とは、魔法研究者が自分の研究や事業のために魔導石に契約内容を刻み、それを株式として発行するものです。株主は研究成果の一部を魔法の恩恵として受ける権利を得ます」
「魔導石に契約を刻む…?」
「はい、魔法契約は絶対的なものです。一度魔導石に刻まれた契約は、魔法の効力で強制的に履行されます。それがギルド・エクスチェンジで取引が成立する理由です」
証券市場と似ているが、魔法によって契約の履行が保証されているという点が大きく異なる。誠は興味津々で話を聞き続けた。
「投資するには、まず投資家登録をして、自分の名義の口座を開設します。その後、興味のある魔導株を購入できます。株価は需要と供給で変動します」
「これは…本格的な市場だな」
誠は心の中で興奮を抑えきれなかった。これは自分の前世の知識が直接活かせる場所ではないか。
「詳しく知りたい方には、この資料をどうぞ」
女性が差し出した羊皮紙の束を受け取り、誠は礼を言って外に出た。
空を見上げると、日が傾き始めていた。今日は遅くなるが、この資料を徹底的に研究してみよう。
---
宿に戻った誠は、マルタから熱いスープと焼きたてのパンをもらい、自室で魔導株の資料を読み込んだ。
基本的な仕組みは株式と同じだが、いくつかの重要な違いもある。例えば、魔導株の価値は単なる金銭的リターンだけでなく、研究成果による魔法の恩恵も含まれる。成功すれば投資額以上の魔力や特殊能力を得られることもあるが、失敗すれば何も得られない。
また、魔導株には「魔法観測値」というものがあり、これが研究の進捗や成功確率を示す指標になっているようだ。
「これは投資判断の重要な材料になるな…」
誠は資料の隅々まで読み込み、メモを取り続けた。彼の証券マンとしての知識と経験が、この異世界でも有用であることに、彼は密かな喜びを感じていた。
「よし、明日からもっと詳しく調査するぞ」
翌日から誠は、仕事の合間を縫ってギルド・エクスチェンジを訪れるようになった。様々な魔導株の動向を観察し、取引の様子を記録し、時には投資家や魔法使いたちと会話して情報を集めた。
ある晩、彼は自室で集めたデータを分析していた。魔導株の価格変動には、前世の株式市場と同じようなパターンがある。初期の高騰、その後の調整、そして研究の進捗に応じた変動。
「これは…予測できる」
誠は自信を持って呟いた。彼の分析力と市場感覚があれば、魔導株市場でも十分に勝負できるはずだ。
ただ問題は資金だ。今の給料では大きな投資はできない。小額から始めて、徐々に資金を増やす必要がある。
「まずは情報収集と分析に集中しよう。チャンスは必ず来る」
誠はノートを閉じ、窓から見える王城を見つめた。ここに来てから一ヶ月。彼は少しずつだが着実に、この世界での足場を固めつつあった。
ポケットの魔導石が、かすかに温かく脈打っている。
「これから先、どんな展開が待っているんだろう…」
誠の新たな挑戦は、まだ始まったばかりだった。
0
あなたにおすすめの小説
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる