3 / 30
第3話:「濡れ衣を着せられた少女」
しおりを挟むギルド・エクスチェンジでの調査を始めてから二週間、誠は毎日の業務を終えた後、必ず市場を訪れるようになっていた。彼は小さなノートを片手に、魔導株の値動き、投資家たちの反応、新規上場の研究内容などを詳細に記録していた。投資するほどの資金はまだないが、情報収集と分析は怠らなかった。
「やはり市場の動きには法則性がある」
今日も誠は、閉鎖間際のギルド・エクスチェンジを後にして、宿へと向かう途中だった。秋の夕暮れ、王都の街並みは温かみのある灯りで彩られている。
「そろそろ小さく投資を始めてみるか…」
手元にはシルバー30枚ほどの貯金ができていた。商人ギルドでの仕事ぶりが認められ、給料も少しずつ上がってきたおかげだ。ノートを閉じてポケットにしまい、誠は市場区域から宿のある区域へと向かった。
途中、彼はいつもと違う通りを通ることにした。市場の裏手にある路地は、小さな専門店が並ぶ通りで、魔法素材や珍しい道具を扱う店も多い。何か参考になるものがあるかもしれないと考えたのだ。
通りを曲がったとき、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
「泥棒!」
「許さん!」
「証拠は明らかだ!」
誠は声のする方へと足を向けた。通りの広場に着くと、そこには大きな人だかりができていた。人々は怒りに満ちた声を上げ、輪の中心にいる何者かを取り囲んでいる。
「何が起きているんだ?」
誠は背伸びをして中の様子を窺い知ろうとした。背の高い男性の間から覗き込むと、輪の中央にいたのは一人の少女だった。
いや、人間の少女ではない。頭の上には大きな猫のような耳があり、背後からは長い尻尾が伸びている。半獣人だ。
誠はこの世界に来てから、様々な種族の存在を知っていた。人間のほか、エルフやドワーフ、そして動物の特徴を持つ半獣人たちも存在する。しかし彼らは一般の社会では差別されることも多く、特に半獣人はしばしば下層労働や使用人としての仕事しか得られないと聞いていた。
「盗んでないわ!信じて!」
少女は必死に訴えていた。10代半ばほどに見える彼女は、身なりこそ質素だが、大きな琥珀色の瞳と銀色がかった髪が印象的だった。服は所々で繕われた痕があるが、清潔に保たれている。
彼女に向かって指を突きつける太った男性は、怒りに顔を赤くしていた。
「嘘をつくな!お前が私の店から高価な魔導石を盗んだのは明らかだ!」
「違います!私はただ店の前を通っただけです!」
「目撃者がいるんだ。この女、店の中をうろついていて、突然駆け出したって!」
群衆の中から、一人の痩せた男性が前に出てきた。「ああ、私が見ました。この半獣人が店から出てくるところを」
「見てください!この子の服のポケットを!」店主が叫んだ。
「でも…」少女は震える手でポケットを裏返した。「何も持ってません!」
確かに彼女のポケットからは何も出てこない。
「どこかに隠したに違いない!」店主は譲らない。「この魔導石は青い水晶でできた特別な品だ。価値はゴールド1枚以上する!」
「もう探しましたけど、何も出てきませんでした」広場の警備兵が言った。
「どこかに捨てたんだ!この獣め!」
状況は悪化するばかりだった。少女の周りには次第に人垣が狭まっていき、中には「半獣人は皆泥棒だ」「追い出せ」という声も上がり始めていた。
誠は眉をひそめた。これはあまりにも不当な状況だ。何の証拠もなく、少女が犯人だと決めつけているように見える。
彼は商人ギルドで培った観察眼を使って、状況を冷静に分析し始めた。
まず、少女。彼女は明らかに怯えているが、その目には真実を語っているという強い意志が見える。次に店主。怒りは本物だが、やや大げさな演技のようにも見える。そして「目撃者」の男。彼は何か落ち着きがない。視線が定まらず、いつでも逃げ出せるよう群衆の外側に位置している。
「あれは…」
誠はふと、目撃者の男の手の動きに注目した。彼は何かを袖口に隠そうとしているようだ。そして、より不自然なのは彼の立ち位置だ。普通なら、興味本位で集まった群衆は中心に向かって密集するものだが、この男だけは明らかに外周に位置取りし、逃げ道を確保している。
「あいつだ」
誠は確信した。本当の犯人は目撃者のふりをしているこの男だろう。おそらく、少女が通りかかったのを見て、彼女が半獣人であることを利用し、完全犯罪を企てたのだ。
しかし、どうやって証明すればいいのか。誠は考えを巡らせた。直接男に詰め寄るのは危険だ。彼は逃げるか、証拠を捨てるかもしれない。
その時、彼は少女の嘆きを聞いた。
「私を信じて…」
彼女の声は震え、目には涙が浮かんでいた。その姿に、誠は決心した。
「待ってください!」
誠は大きな声で叫び、群衆をかき分けて中央へと進み出た。全ての目が彼に向けられる。
「この少女は無実です!本当の犯人は—」
彼は指を「目撃者」の男に向けた。
「あの男です!」
群衆から驚きの声が上がる。店主も、少女も、そして指をさされた男も、一瞬固まった。
「な、何を言ってるんだ!」男は声を荒げた。「私は目撃者だぞ!」
「あなたが本当の犯人です」誠は冷静に言い放った。「袖の中に何か隠していますね?」
「馬鹿な!証拠もなく…」
「では、袖をめくってみせてください」
男の顔が一瞬青ざめた。それを見逃さなかった誠は、さらに畳みかける。
「あなたは群衆の中でも外側にいて、いつでも逃げられるよう準備している。それに、右手で何か小さなものを隠すような動きを何度もしている」
興味を持った警備兵が男に近づいた。「念のため、確認させてもらおう」
「く、来るな!」
男は突然、警備兵を押しのけ、群衆の隙間から逃げ出そうとした。しかし、誠の警告で警戒していた群衆が彼を取り囲み、すぐに取り押さえられた。
「放せ!俺は何もしていない!」
男が暴れる中、警備兵が彼の袖をまくり上げた。そこには小さな布切れに包まれた何かが隠されていた。警備兵がそれを開くと、中から青い輝きを放つ水晶が現れた。
「私の魔導石だ!」店主が叫んだ。
群衆からどよめきが起こる。男の顔は怒りと恐怖で歪んだ。
「これはどういうことだ?」警備兵が男を厳しく問いただす。
「…そいつが悪いんだ!」男は半獣人の少女を指差した。「こんな獣に仕事を奪われるなんて…」
彼の言葉から、この犯行が単なる窃盗ではなく、少女への嫌がらせだったことが明らかになった。警備兵は男を連行し、店主は慌てて謝罪の言葉を述べた。
「すまない…早とちりだった…」
群衆も次第に散り始め、広場には誠と半獣人の少女、そして数人の見物人だけが残った。
「…ありがとう」
少女は小さな声で誠に礼を言った。彼女の目には涙が光っていた。
「いいえ、当然のことをしただけです」誠は微笑みながら答えた。
「でも、あなたはなぜ私を信じてくれたの?他の人は皆…」
「あなたの目を見たんです。嘘をついている人の目じゃなかった」
少女は少し驚いた様子で誠を見つめ、やがて顔を赤らめた。
「あなたは…初めて私の言葉を信じてくれた人だわ」
「私は田中誠です。あなたの名前は?」
「ミラ…ミラ・シルバーテイル」
彼女は少し戸惑いながらも、自分の名を名乗った。
「ミラさん、もう大丈夫です。でも、こんな時間に一人で大丈夫ですか?送りましょうか?」
「ううん、大丈夫。私の住処はすぐ近くだから」
ミラは少し考え込む様子を見せた後、決心したように言った。
「もし良かったら…何かお礼がしたいの。私にできることは多くないけど…」
誠は首を振った。「お礼なんて必要ありませんよ」
「でも…」ミラは躊躇いながらも続けた。「私、市場のことをよく知ってるの。いつもあなたが市場で調査しているのを見かけるから…何か役に立てるかもしれない」
誠は驚いた。この少女は彼の行動を観察していたのか。
「では、お願いしようかな。実は魔導株のことをもっと詳しく知りたいと思っていたんです」
ミラの表情が明るくなった。「私、明日の午後は仕事が休みなの。もし良かったら、市場案内をさせて?」
「ぜひお願いします」
二人は明日の待ち合わせ場所と時間を決め、別れた。帰り道、誠は今日の出来事を振り返った。
半獣人の少女、ミラ。彼女は市場に詳しいようだ。彼が探していた情報源になるかもしれない。それに、あの眼差し—鋭く、何かを見抜くような目。彼女は通常の人よりも観察力が優れているのかもしれない。
「明日が楽しみだな」
誠はポケットの中の魔導石を握りしめた。石は温かく脈打っていた。まるで、ミラとの出会いを祝福しているかのように。
翌日への期待を胸に、誠は宿へと足を向けた。王都の空には、満天の星が瞬いていた。
2
あなたにおすすめの小説
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる