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第4話:「数字の才能」
しおりを挟む約束の日、誠は昼食を早めに済ませ、待ち合わせ場所の噴水広場へと向かった。少し緊張しながらも、ミラから聞ける市場の情報に期待を膨らませていた。
噴水広場に到着すると、ミラはすでにそこで待っていた。昨日とは違い、彼女は清潔な服に身を包み、銀色がかった髪もきちんと整えていた。猫のような耳はわずかに動き、周囲の音に敏感に反応している。
「お待たせしました」誠が声をかけると、ミラは少し驚いたように振り返った。
「あ、誠さん。いいえ、私が早く来すぎたの」
彼女は少し緊張した様子で微笑んだ。昨日の恐怖や緊張は影を潜め、今日は少し明るい表情をしている。
「今日はよろしくお願いします。市場のことを教えてください」
「うん、できる限りのことをするわ」ミラは頷いた。「まずは通常の商業区から案内するね」
ミラの先導で、二人は市場区域へと歩き始めた。王都ロイヤルクレストの市場は広大で、通常の商店街、露店が並ぶ広場、そして魔法アイテムを専門に扱う通りなど、様々なエリアに分かれていた。
「ここが一般の食料品や日用品が売られている区域よ」
通りを歩きながら、ミラは様々な情報を教えてくれた。
「あの野菜売りの仕入れ値は、言っている価格の半分以下。でも、彼は七人の子どもを養っているから、少し高めの値段でも仕方ないの」
「あの肉屋は王城への納品権を持っているから、品質は確かだけど、価格は相応に高いわ」
「このパン屋は午後の閉店前になると、半額になることが多いから、その時間を狙うといいわよ」
誠は驚いた。ミラは単に市場を知っているだけでなく、各店の商品の仕入れ価格や品質、さらには店主の個人的事情まで把握していた。
「ミラさん、すごいですね。こんなに詳しいなんて」
「ええ、私はここで長いこと働いてるから」彼女は淡々と答えた。「小さいころからずっと市場にいるの」
次に二人は露店が並ぶ広場に移動した。そこではより活発な取引が行われており、売り手と買い手の駆け引きが飛び交っていた。
「ここでの値段交渉は、最初の提示価格の7掛けが基本よ。でも、この羊飼いだけは正直者だから、最初から適正価格を言うの」
ミラは次々と情報を提供してくれる。それぞれの露店の特徴、品質の見分け方、時間帯による価格変動まで。誠は彼女の知識の幅広さに感心した。
「ミラさんはどうやってこれらの情報を集めているんですか?」
「私は…」彼女は少し躊躇ったが、やがて言葉を続けた。「数字を見るのが得意なの。仕入れの伝票や取引の記録を見ると、すぐに覚えてしまうし、価格の計算も簡単にできるの」
「それはすごい才能ですね」
「才能…かもしれないね」ミラは少し寂しげに微笑んだ。「でも、半獣人の私がそんな能力を持っていることを、多くの人は信じてくれないわ」
その言葉に、誠は胸が締め付けられる思いがした。ミラの才能は明らかに並外れているのに、種族的偏見のためにその価値を認められていないのだ。
「ねえ、次はギルド・エクスチェンジに行ってみない?誠さんが興味を持っていた場所でしょう?」
ミラの提案に、誠は喜んで頷いた。
---
ギルド・エクスチェンジに着くと、今日も多くの投資家や魔法使いたちで賑わっていた。前回よりも人が多く、何か特別なことがあるようだった。
「今日は新しい魔導株の上場日なの」ミラが説明してくれた。「あそこの掲示板を見て」
彼女が指さす方向を見ると、「防御魔法障壁研究」という新しいプロジェクト名が掲示されていた。研究者の名前はエリオット・ライトシールド。
「王立魔法学院の若い研究者よ。彼の研究は王国の防衛に関わる重要なものだと噂されているわ」
人々が掲示板の周りに集まり、熱心に議論している様子が見える。
「面白そうですね」誠は関心を持って言った。「具体的にどんな研究なんですか?」
「詳しくは知らないけど、敵対国の攻撃魔法を無効化する障壁を作る研究らしいわ。成功すれば国家の安全保障に大きく貢献するけれど、若すぎるという理由で長老たちからの支援が得られず、魔導株で資金を集めているの」
二人は人混みをかき分け、近くで様子を見ることにした。壇上では若い魔法使い—おそらくエリオット本人—が自分の研究について熱心に説明していた。
「初期価格は10ゴールド、発行株数は100株です。成功すれば、投資額の3倍相当の魔力リターンと、王国からの報奨金の一部を配当として…」
彼の説明を聞きながら、誠は周囲の投資家たちの反応を観察していた。半数は興味を示しているようだが、残りの半数は懐疑的な様子だ。
「あいつは若すぎる。そんな重要な研究ができるとは思えん」
「だが、才能があるという噂もある。チャンスかもしれんぞ」
「そもそも防衛技術に価値はあるのか?平和な時代だろう」
「バカを言うな。北のイムペリアル帝国が攻めてくる可能性は常にあるのだぞ」
様々な議論が飛び交う中、ミラが小声で誠に囁いた。
「実はね、エリオットの研究は本当に革新的なものだと思うの。私は彼が学院の書庫で研究していたときの資料を見たことがあるわ。理論的には十分可能性がある」
「ミラさんは魔法の理論も理解できるんですか?」
「簡単な計算式なら。数式は数式だから」
誠は再びミラの能力に驚かされた。それは単なる暗記力や計算能力ではなく、複雑な魔法理論までも理解できる真の知性だ。
「ねえ、もっと詳しく説明するわ。あっちの休憩所で話しましょう」
二人は少し離れた場所の席に座った。ミラは小さな声で話し始めた。
「私は幼いころから数字に強い特異体質なの。どんな複雑な計算も瞬時にできるし、一度見た数値や公式は決して忘れない」
「それは天才的な能力ですね」
「でも、この能力のせいで…」彼女は少し俯いた。「私は何度も騙されたり、利用されたりしてきたわ。『半獣人のくせに生意気だ』って」
「酷い話です」
「今は市場の雑用係として働いています。伝票の確認や計算などをするだけ。給料は最低限…」
誠は憤りを感じた。こんな才能が無駄にされているなんて。
「でも」ミラは明るい声に切り替えた。「私は市場が好きよ。数字の流れを見るのは楽しいし、情報を集めるのも面白い」
彼女は誠の方をじっと見た。
「誠さんも数字に関わる仕事をしていたんですよね?昨日、私を助けてくれた時の観察力といい、ノートに書いていた分析といい、普通の人ではないわ」
「そうですね」誠は少し迷ったが、正直に答えることにした。「私は以前、別の世界で資産運用の仕事をしていました。投資や市場分析が専門です」
「やっぱり!」ミラは目を輝かせた。「私にはすぐわかったわ。あなたがノートに書いていた分析手法は、この世界では見たことがないものだった」
二人は市場について語り合った。誠は前世での知識を、ミラは自分の天才的な計算能力と市場観察から得た情報を共有し合う。会話は驚くほど噛み合い、互いの知識を補完していくようだった。
「ミラさん、あなたの能力は本当に素晴らしい。正当に評価されるべきだと思います」
「ありがとう」彼女は照れくさそうに耳をピクピクさせた。「誠さんは初めて私の能力を認めてくれた人よ」
そう言って彼女は立ち上がった。「さあ、もっと市場を見て回りましょう。貴族の取引動向についても教えられるわ」
---
夕方近く、二人は魔法素材を扱う専門店が並ぶ通りを歩いていた。ミラは各店の品質や価格の違い、さらには裏取引の情報まで詳しく教えてくれた。
「あの店の魔導石は品質が良いけど、価格が30%ほど高い。でも、素材の純度を考えれば妥当な価格よ」
「この店は表向きは普通だけど、裏では貴族専用の高級素材を扱っているの。特に、ヴァンダーウッド家がよく利用している」
「ヴァンダーウッド家?」
「ええ、王国で最も裕福な貴族よ。市場にも大きな影響力を持っていて、彼らが動けば株価が変動することもあるわ」
興味深い会話を続けながら歩いていると、突然、誠の視界に異変が起きた。
周囲の人々から、奇妙な「気流」のようなものが立ち上り始めたのだ。
「何だこれは…?」
誠は足を止め、目を擦った。しかし、光景は変わらない。人々からは様々な色合いの気流が立ち上り、空中で渦を巻いている。青い上昇気流、赤い下降気流、そして様々な色合いの混合気流。
「誠さん?どうしたの?」
ミラの声が遠くから聞こえてくるようだった。誠の意識は完全にこの不思議な現象に捕らわれていた。
よく見ると、気流の色や動きは人々の表情や行動と連動しているようだ。値段交渉で興奮している商人からは赤い激しい気流が、良い買い物ができて満足している客からは青い穏やかな上昇気流が出ていた。
「これは…感情?」
誠は呟いた。彼はポケットの中の魔導石が強く脈打っているのを感じた。石を取り出すと、「誠運を司る者」と刻まれた青い石は、かつてないほど明るく輝いていた。
「誠さん!大丈夫?」
ミラが心配そうに彼の肩を揺さぶる。その接触で、誠はようやく現実に引き戻された。
「あ、すみません。ちょっと…目眩がしたもので」
「顔色が悪いわ。休憩しましょうか」
「いえ、大丈夫です」
誠は魔導石をポケットに戻した。しかし、気流の視覚現象は続いていた。むしろ、より鮮明になっている。
「少し休憩しましょう」
ミラの提案に従い、二人は近くのベンチに腰掛けた。誠はこの新たな視覚現象に混乱しながらも、それが何かの能力なのではないかと考え始めていた。
「ミラさん、質問があります」
「なあに?」
「もし…人々の感情や思惑が目に見えるとしたら、それは魔法の一種でしょうか?」
ミラは少し驚いた表情を見せたが、真剣に考え始めた。
「そうね…感情を視覚化する魔法はあるけど、とても高度で、強力な魔導具が必要とされるわ。それに、特定の才能がある人しか使えないと聞いているわ」
彼女は誠をじっと見つめた。
「もしかして、誠さんは何か見えているの?」
誠は少し躊躇ったが、ミラは自分の特殊能力を打ち明けてくれた。彼も正直に話すべきだろう。
「はい。さっきから人々から奇妙な気流のようなものが見えます。色や動きは、その人の感情や意図と関連しているようです」
ミラは目を見開いた。
「それは…『市場予知』の能力かもしれない!」
「市場予知?」
「伝説的な能力よ。市場や人々の心理を視覚化して、未来の動向を予測できるという…でも、それを持つ人はほとんどいないと言われている」
誠は驚いた。自分がそんな特殊能力を持っているなんて。しかし、考えてみれば、前世での彼の投資センスの良さは、単なる分析能力だけではなかったのかもしれない。
「これが本当なら、誠さんは魔導株市場で大きな優位性を持てるわ」ミラは興奮気味に言った。
「そうかもしれませんね…」
二人は再び歩き始めた。夕暮れの市場は徐々に静かになりつつあった。
「今日は本当にありがとう、ミラさん。とても勉強になりました」
「いいえ、私こそ感謝してるわ。誠さんは私の話をちゃんと聞いてくれた」
別れ際、ミラは少し恥ずかしそうに言った。
「もし…また市場のことを知りたければ、いつでも案内するわ。私、毎日市場にいるから」
「ぜひお願いします。また会いましょう」
誠は笑顔で答えた。彼女との出会いは、この異世界での彼の道を大きく変えるものになりそうだった。
宿に戻る道すがら、誠は今日の発見について考えを巡らせた。ミラの天才的な数字能力、そして自分の「市場予知」の能力。これらを活かせば、魔導株市場で成功できるかもしれない。
しかし、まだ解明すべき謎も多い。この能力の正体は何なのか。どのように活用すべきなのか。
ポケットの魔導石は、まだ暖かく脈打っていた。
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