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第17話:「民衆投資連合の誕生」
しおりを挟むフェニックス・インベストメントの事務所は、かつてない活気に包まれていた。誠とミラ、トビアスは朝から徹夜での勢いで魔法契約書の草案作成に取り組んでいた。壁一面には図表と数字が並び、床には参考資料が積み上げられている。
「これでどうだろう?」
誠は最後の文言を書き加え、契約書案を二人に示した。
「民衆投資連合(MPU)—個々では小さな力でも、結集すれば大きな力となる」
ミラは契約書に目を通しながら感心の声を上げた。
「素晴らしいわ。魔法契約の抜け穴も考慮されているし、資金管理の透明性も確保されている」彼女の猫耳が興奮で小刻みに動いた。「でも、投資家たちは本当に自分のお金を預けてくれるかしら?」
「それが最大の課題だな」誠は窓から市場区域を見渡した。「信頼を勝ち取らなければならない」
トビアスが明るい声で提案した。「説明会を開きましょう。誠さんの経済知識があれば、きっと皆さんを納得させられます!」
誠は少し考え込んだ後、決断を下した。「よし、今週末に大規模な説明会を開こう。市場広場を借りられるか交渉してくれ、トビアス」
「はい!任せてください!」
トビアスが飛び出していくと、ミラは真剣な眼差しで誠を見つめた。
「私たち、本当に成功できるのかしら。失敗したら、多くの人の希望を砕くことになるわ」
誠は彼女の手を優しく握った。
「成功する。必ず」彼の瞳に確信の光が宿っていた。「このシステムは、前世では『投資信託』と呼ばれていた。小さな資金を集めて大きな力にする仕組みだ。しかもこの世界には魔法契約という確実な保証がある。これは必ず機能する」
「でも、ヴァンダーウッド家は…」
「もちろん妨害してくるだろう」誠は冷静に言った。「だが、それこそが彼らの弱点になる。権力を持つ者が弱者を公然と攻撃すれば、それは新たな支持を生み出す。私たちはその流れを利用するんだ」
---
週末、市場広場は人で溢れていた。二百人以上の小規模投資家や商人たちが集まり、誠の説明を聞くために集まっていた。簡素な演台の上に立った誠は、まるで前世の投資セミナーのように、明瞭な言葉で「民衆投資連合」の仕組みを説明し始めた。
「MPUの核心は、皆さんの力を結集することにあります。単独では10万ゴールドの壁を超えられなくても、共同なら可能になる」
誠は一枚の大きな羊皮紙を掲げた。「これがMPUの契約書です。魔法契約によって、皆さんの資金は厳格に管理され、不正な使用は物理的に不可能となります」
聴衆の中から懐疑的な声が上がった。
「どうして君たちを信じられる?誰もが『利益』を約束するが、結局は騙されるだけだろう」
「当然の疑問です」誠は冷静に応じた。「ではお尋ねします。皆さんはどうやって投資先を選びますか?」
「噂や評判を聞いて…」「直感で…」様々な声が返ってきた。
「つまり、不確かな情報に基づいて投資している。では、もし未来の市場動向が見えたらどうでしょう?」
誠はミラに目配せした。彼女は事前に準備していた五つの魔導株のサンプルを聴衆に示した。
「この中から一つ選んでください」誠は告げた。「私がどの株が翌日上昇するか予測します」
懐疑的な笑いが起きる中、一人の老商人が「青い龍印の株を見てみろ」と声を上げた。
誠はその株券を手に取ると、目を閉じた。彼の特殊能力「市場予知」が働き始める。株を取り巻く「気流」が見え始めた—それは弱々しい青い上昇流だった。
「この株は明日、わずかながら上昇するでしょう。しかし翌日には下落する可能性が高い。理由は、この企業の新製品が期待ほど売れていないからです」
老商人は目を丸くした。「そんな情報、どこで…」
「次は赤い鷹印を」別の声が上がった。
誠は次々と株の未来を予測していった。彼の「市場予知」能力はこの数か月で格段に成長しており、より詳細な予測が可能になっていた。
五つ目の予測を終えると、会場は静まり返っていた。誠は群衆を見渡した。
「これが私の能力です。市場の動きを『気流』として視覚化できる力を持っています。もちろん100%正確ではありませんが、MPUのメンバーになれば、この能力の恩恵を共有できます」
「明日、その予測が当たったらどうして信じられる?」誰かが疑問を投げかけた。
「明日、市場がオープンする前に、もう一度ここに集まりましょう」誠は提案した。「そして結果を確認してください」
---
翌朝、前日よりも多くの人々が広場に集まっていた。市場がオープンすると、誠の予測がほぼ完璧に的中したことが明らかになった。青い龍印はわずかに上昇し、赤い鷹印は大幅に下落。他の三つの予測も現実となった。
噂は瞬く間に広がり、三日後に予定されていたMPU結成式の準備は加速した。トビアスとミラは連日、参加申し込みの対応に追われていた。
「信じられないわ」ミラはため息をついた。「すでに百五十人が参加を表明しているわ」
「これは想定以上だ」誠も驚いていた。「彼らが本当に資金を出してくれれば、目標の60万ゴールドに近づける」
準備に忙殺される中、アルフレッドが緊急の訪問をしてきた。彼の表情は暗く沈んでいた。
「ヴァンダーウッド家が動き始めた」彼は低い声で告げた。「彼らは王国富裕令の前倒し可決を画策すると同時に、MPUの妨害も計画している」
「どんな妨害だ?」誠が尋ねた。
「詳細はわからないが、結成式を狙っているようだ」アルフレッドは心配そうに続けた。「式を延期すべきかもしれない」
誠は頭を振った。「いいや、むしろ前倒しにしよう。明日だ」
「明日?」ミラとアルフレッドが同時に声を上げた。
「準備には相当な無理がある」誠は認めた。「しかし、相手の不意を突くことが重要だ。ヴァンダーウッド家は次の動きを予測できないはずだ」
「わかったわ」ミラは決意を固めた。「徹夜でも準備するわ」
---
翌日、王立魔法学院の大講堂は早朝から人で溢れかえっていた。アルフレッドの助力で借りることができた会場だ。予想を遥かに超える三百人以上の投資家たちが参加していた。
壇上では、誠が厳かな表情で魔法契約書の最終確認を行っていた。ミラは参加者の資金を記録し、トビアスは秩序維持に奔走していた。
「これより、民衆投資連合の結成式を始めます」
誠の宣言で会場が静まり返った。彼は契約書を掲げ、その内容を詳細に説明した。
「この契約により、皆さんの資金は厳格に管理され、運用されます。利益の95%は出資比率に応じて皆さんに還元され、5%のみが運営費としてフェニックス・インベストメントに入ります」
参加者たちは真剣な表情で聞き入っていた。誠は続けた。
「最低出資額は100ゴールド、上限は5000ゴールドです。これにより、一人の大口投資家がMPUを支配することを防ぎます」
説明が終わると、誠は契約書に魔法の印を押し、最初の署名者となった。続いてミラ、トビアス、そして待ちきれない様子で参加者たちが次々と署名していった。
署名と出資が進む中、突然、会場の照明が消え、不気味な闇に包まれた。
「魔法障壁が発動した!」誰かが叫んだ。
暗闇の中で恐怖の声が上がり始める。誠は冷静さを保ちながら、市場予知能力で異変の源を探った。会場内の「気流」が示す通り、入り口付近に異様な渦があった。
「ミラ、照明を!」誠が指示を出した。
ミラは即座に反応し、事前に準備していた緊急魔導ランプを灯した。微かな光の中、黒装束の数人が入り口から侵入しようとしているのが見えた。
「皆さん、慌てないでください!」誠は声を張り上げた。「これは妨害工作です。しかし、私たちはすでに契約の大半を完了しています」
パニックになりかけていた参加者たちに冷静さが戻り始めた。
「トビアス、第二の出口を開けてくれ」誠は指示した。「ミラ、契約書と資金を確保して」
黒装束の男たちが近づいてくる中、トビアスは素早く行動し、事前に用意していた裏口を開放した。参加者たちは整然と避難を始め、混乱は最小限に抑えられた。
誠は最後まで壇上に残り、契約の完了を見届けた。黒装束の男たちが彼に接近したとき、アルフレッドが率いる守衛たちが到着し、侵入者たちは撤退を余儀なくされた。
「全員無事か?」アルフレッドが尋ねた。
「ああ」誠は頷いた。「そして、民衆投資連合は誕生した」
---
夕暮れ時、フェニックス・インベストメントの事務所では、疲れた面持ちながらも喜びに満ちた三人が最終集計を行っていた。
「信じられないわ」ミラの目が輝いていた。「総額58万7千ゴールド。目標にほぼ達成したわ」
「参加者は287名」トビアスが報告した。「ほとんどが小規模商人や職人たちです」
誠は満足げに頷いた。「これで私たちは市場での存在感を示せる。たとえヴァンダーウッド家の資産には遠く及ばなくても、もはや無視できない存在だ」
「あの妨害、やはりヴァンダーウッド家の仕業だったの?」ミラが尋ねた。
「間違いないだろう」誠は窓の外に目をやった。「彼らは私たちの団結を恐れている。だが皮肉なことに、あの妨害は逆効果だった」
「どういうこと?」トビアスが不思議そうに尋ねた。
「あの混乱のおかげで、参加者たちの団結はさらに強まった」誠は説明した。「彼らは単なる投資家の集まりではなく、共通の敵に立ち向かう同志になったんだ」
ミラは誠の洞察力に感心した様子で、小さく頷いた。「それにしても、明日からMPUをどう運営していくの?」
「まずは『実用価値評価法』を取り入れた投資戦略を構築する」誠は真剣な表情で答えた。「派手さよりも実用性を重視した投資先を探し、長期的かつ安定した成長を目指す」
「具体的な投資先は?」
「それが次の課題だ」誠は言った。「明日からギルド・エクスチェンジで徹底的な調査を始めよう。真に価値のある魔導株を見つけ出すんだ」
三人は疲れた体にムチ打って明日からの戦略を話し合った。窓の外では、市場区域に夕日が沈み、新たな時代の夜明けを予感させていた。
「MPUの誕生は、ただの投資組織の結成ではない」誠は静かに語った。「これは投資の民主化の始まりだ。私たちは経済の力を少数の特権階級から、多くの人々の手に取り戻すための第一歩を踏み出したんだ」
ミラとトビアスの目に決意の光が宿った。三人は黙って夕焼けを見つめながら、明日からの挑戦に向けて心を新たにしていた。
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