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第25話:「民衆投資連合の戦略」
しおりを挟む市場区域の追跡劇から三日後、フェニックス・インベストメントの事務所は再び活気を取り戻していた。ミラの怪我も回復傾向にあり、彼女は算盤と帳簿を前に、いつもの鋭い計算を進めていた。
窓際の大きな机では、誠が書類の山に囲まれて作業していた。ドライフィールド村での経験と、その後のヴァンダーウッド家との対立から得た教訓を、投資戦略に落とし込む作業だ。
「誠、この計算結果を見てみて」
ミラが一枚の羊皮紙を差し出した。そこには「水源浄化魔導株の価値予測」と題された詳細な数値分析があった。
「これは…」誠は目を見開いた。「本当にこれだけの価値上昇が見込めるのか?」
「ええ」ミラは自信を持って頷いた。「村で学んだ民間浄化術と現代魔法を組み合わせた手法が実用化されれば、従来の3分の1のコストで2倍の効果を得られる可能性があるわ」
「つまり、理論上は株価が3倍以上になりうる…」誠は計算書を見つめながら呟いた。
部屋の隅では、ソフィアがエズラ長老から贈られた古い魔法書と、王立魔法学院の資料を見比べていた。
「誠さん、驚くべき発見があります」彼女が興奮した様子で近づいてきた。「民間浄化術で使われる七種の鉱石の配置は、実は古代魔法理論の『七星魔法増幅陣』と一致しているんです!」
「七星魔法増幅陣?」誠は興味を示した。
「はい。これは千年以上前の失われた魔法理論です」ソフィアは資料を広げた。「魔法学院では『非科学的』として無視されていましたが、この村の民間浄化術は、その理論を実践で証明しているんです」
三人は互いの発見を共有しながら、新たな投資戦略の枠組みを固めていった。トビアスも加わり、議論は夜遅くまで続いた。
---
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
翌日の午後、黄金の竜亭の大広間には、民衆投資連合(MPU)の代表メンバー30名が集まっていた。商人、職人、学者など、様々な背景を持つ投資家たちだ。
誠は全員の前に立ち、新たな投資戦略の発表を始めた。
「私たちMPUは設立以来、単なる利益追求ではなく、『より良い社会のための投資』を目指してきました」
彼は一歩前に進み、声に力を込めた。
「今日、私たちは投資の本質に立ち返る新しい戦略を提案します—『実用価値評価法』です」
会場にはざわめきが起きた。誠は大きな羊皮紙に書かれた図表を示した。
「これまでの魔導株投資は、魔法の派手さや理論的可能性に重きを置いてきました。しかし、私たちが重視すべきは、その魔法が実生活にどれだけの価値をもたらすかということです」
彼は続けた。「南部のドライフィールド村で、私たちは重要な教訓を学びました。最先端の浄化魔法が高額すぎて村人たちの役に立たない一方で、古い民間浄化術と現代魔法の組み合わせが、実用的な解決策になりうること」
聴衆の一人が手を上げた。「それはどういう意味ですか?具体的な投資先はどうなるのでしょう?」
「具体的には」誠は答えた。「私たちは『水源浄化の魔導株』に集中投資し、そこに村で学んだ民間術の知恵を組み合わせる研究プロジェクトを立ち上げたいと考えています」
「水源浄化?」別の投資家が疑問を呈した。「それはヴァンダーウッド家が既に市場を支配している分野ではないですか?」
会場に不安の声が広がり始めた。誠は一歩下がり、ミラに目配せした。ミラは前に進み、落ち着いた声で話し始めた。
「確かにヴァンダーウッド家は水源浄化の魔導株の多くを保有しています」彼女の声には説得力があった。「しかし、彼らは保有しているだけで、実際に技術を発展させていません。むしろ、高額な魔法使いだけが使える複雑な術式に固執することで、浄化コストを意図的に高く保っているのです」
彼女は自らの怪我の痕が少し見える袖を少し上げた。「私たちはドライフィールド村で、実際に村人たちが苦しむ姿を見てきました。水源が汚染され、飲み水すらままならない状況で、彼らに提示されたのは『土地を売れば水をやる』という屈辱的な取引だけでした」
会場は静まり返った。ミラの真摯な言葉が、投資家たちの心に届いていた。
「私たちの提案は」彼女は続けた。「効果的でありながら手頃な価格の浄化方法を開発することです。これにより、ヴァンダーウッド家の独占状態を打破し、同時に投資家としての利益も得られるのです」
「具体的な数字で説明します」ミラは詳細な計算書を示した。「従来の浄化魔法と民間術を組み合わせることで、コストを3分の1に削減しながら効果を2倍にできると試算しています」
投資家たちは計算書に見入った。数字の専門家であるミラの分析は、彼らにとって説得力があった。
続いてソフィアが前に進み、学術的な観点から補足した。
「民間浄化術の中に隠された古代魔法の知恵は、現代魔法理論では見落とされてきました」彼女は学者のような口調で説明した。「しかし、私たちの調査では、この組み合わせが魔法効率を劇的に向上させることが確認されています」
彼女は実際に村での実験で撮影された魔導結晶の映像を見せた。そこには、通常の魔法よりはるかに効率的に水を浄化する様子が記録されていた。
「つまり、これは単なる理論ではなく、実証済みの技術なのです」
三人の説明が終わった後も、会場には疑問や懸念の声が上がった。特に、ヴァンダーウッド家との直接対立を懸念する声が強かった。
「彼らは既に私たちを標的にしています」ある商人が不安げに言った。「これ以上挑発すれば、もっと危険な報復があるのでは?」
誠は冷静に応じた。「確かにリスクはあります。しかし、私たちがただ身を潜めれば、ヴァンダーウッド家の力はさらに強まるでしょう」
彼は情熱を込めて続けた。「私たちMPUは単なる投資組織ではありません。私たちは経済を通じて社会を変える力を持っています。水源浄化プロジェクトは、その第一歩なのです」
トビアスが立ち上がった。「僕は実際に村で毒水蛇の毒を浴びました」彼は腕の傷跡を見せた。「そして村人たちの苦しみも見ました。彼らは私たちの助けを必要としています。これは利益だけの問題ではないのです」
会場の空気が変わり始めた。懐疑的だった表情が、次第に興味と決意に変わっていく。
アルフレッドも立ち上がり、政治的観点から支援を表明した。「この取り組みは王国全体の利益になります。私も全面的に支援します」
長時間の議論の末、最終的に投票が行われた。結果は賛成27票、反対3票。圧倒的多数でMPUの新戦略が承認された。
「皆さん、ありがとうございます」誠は心からの感謝を述べた。「これから詳細な実行計画を策定し、それぞれの役割を明確にしていきます」
---
会議が終わり、フェニックス・インベストメントに戻った誠たちは、疲れながらも充実感に満ちていた。
「見事だったわ」ミラは誠に微笑んだ。「特に『実用価値評価法』の説明は説得力があったわ」
「君たちの助けがあってこそだよ」誠は二人に感謝した。「ミラの現場の声とソフィアの学術的補足がなければ、承認は得られなかっただろう」
ソフィアは少し照れた様子で言った。「私も多くを学びました。王立魔法学院では決して教えてもらえなかったことを」
誠は窓から夕暮れの市場区域を見渡した。今日の決定は、彼らとヴァンダーウッド家との対立をさらに深めることになるだろう。しかし同時に、それは王国の経済と人々の生活を変える可能性を秘めていた。
「さて」誠は振り返った。「今夜は祝杯を上げよう。明日からは本格的な実行段階だ」
「乾杯!」トビアスがお茶の入った杯を掲げた。「民衆投資連合の新たな挑戦に!」
四人は杯を合わせ、これからの戦いに向けて決意を新たにした。窓の外では、市場区域の灯りが一つ一つ点り始め、新たな時代の到来を告げるかのようだった。
しかし、彼らはまだ知らなかった。この決断がもたらす波紋と、ヴァンダーウッド家が既に準備している次の一手を。
遠く北の丘にあるヴァンダーウッド家の邸宅では、レオンハルト・ヴァンダーウッドが冷たい微笑みを浮かべながら、「魔導デリバティブ」と書かれた書類に目を通していた。彼は小さく呟いた。
「民衆投資連合か…私の新しい金融商品の良い実験台になるだろう」
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