「捨て犬だと思ったら神狼の王子!? 最強もふもふに溺愛されながら異世界スローライフ」

ソコニ

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第5章:神獣の王の目覚め 第14話「神狼の王子」

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月見の里を出発してから丸一日が経った。レイン、ルーン、そしてクレイグの三人は険しい山道を登り続けていた。地図によれば、月光の祠はこの山の頂上近くにあるとされていた。

「ここから先は人が滅多に訪れない場所だ。気をつけて進もう」

クレイグは警戒しながら先頭を歩いていた。レインはルーンを抱き、険しい道を慎重に進んでいた。

「エリンさんが渡してくれた『月の砂』は、どのように使うのでしょうか?」

レインが尋ねると、クレイグは立ち止まって振り返った。

「おそらく祠の中で分かるだろう。古代の儀式には、特別な道具が必要とされることが多い」

道は次第に細くなり、両側には深い谷が広がっていた。遠くから水の流れる音が聞こえ、空気は冷たく、肌を刺すようだった。

突然、ルーンが身体を硬直させ、前方を凝視した。彼は小さく唸り始め、レインの腕から飛び出して先に走り出した。

「ルーン!」

レインが呼びかけると、ルーンは少し先で立ち止まり、振り返った。彼の目には焦りのような感情が見えた。何かを急かしているようだった。

「何か感じているんだ」

クレイグが言った。

「神獣は特別な感覚を持つ。われわれには分からない何かを察知しているのかもしれない」

二人はルーンの後を追った。道はさらに険しくなり、時には岩場を登るようになったが、ルーンは迷うことなく先へと進んでいった。

昼過ぎ、山の中腹にある小さな平地に出た時、突然目の前の景色が開けた。そこには古い石造りの建物が立っていた。屋根の一部は崩れ落ち、壁には苔が生え、長い年月を感じさせる様相だった。

「月光の祠…」

レインは息を呑んだ。建物の正面には大きな扉があり、その上部には月の紋様が刻まれていた。ルーンの額の紋様とそっくりだった。

「ついに来たか」

クレイグもまた感慨深げに祠を見つめていた。

「長い歴史を感じる場所だ」

ルーンは既に祠の入口に立っていた。彼は振り返り、二人を呼ぶように鳴いた。

祠に近づくと、扉は古びていたが、不思議なことに鍵はかかっていなかった。三人が扉に手をかけると、それは軋む音を立てて開いた。

内部は薄暗く、空気は冷たかった。しかし、どこからともなく淡い光が差し込み、中を照らしていた。

「驚くべき建築だ」

クレイグが呟いた。

「何百年も経っているはずなのに、内部はほとんど損傷がない」

確かに、祠の内部は古いながらもよく保存されていた。壁には様々な彫刻が施され、床には複雑な紋様が刻まれていた。中央には円形の台座があり、そこに何かの像が置かれていた形跡があったが、今は空っぽだった。

「ここに何かを置くのだろうか…」

レインが懐から「月の遺物」の小さな銀色の狼の像を取り出し、台座に近づいた。ルーンも彼に寄り添い、台座を見つめていた。

「試してみましょう」

レインが像を台座に置くと、瞬時に祠全体が光に包まれた。壁に刻まれた紋様が青白い光を放ち始め、天井からは月明かりのような光が降り注いだ。

「なんということだ…」

クレイグは驚いて周囲を見回した。

光は次第に強まり、やがて中央の台座から一筋の光線が立ち上がった。その光の中に、一人の姿が浮かび上がった。

銀色の髪を持つ老人の姿だった。彼は透き通るような存在で、まるで幻影のようだった。

「来訪者よ、よく来た」

老人の声は直接彼らの心に響くようだった。

「これは…?」

「私は月光の祠の守護者。かつての神獣の時代から、この場所を見守ってきた」

老人はゆっくりと三人を見回し、特にルーンに視線を留めた。

「王の血を引く者よ。長い時を経て、ついに戻ってきたか」

ルーンは老人の前に進み出て、静かに頭を下げた。

「あなたはどなたですか?」

レインが尋ねると、老人は微笑んだ。

「私の名はアルダイン。かつて神狼の王家に仕えた人間の賢者だ」

「神狼の王家…」

「そうだ。そしてその子は…」

アルダインはルーンを指さした。

「神狼の王、シルバームーンの直系の子孫。つまり、神狼の王子なのだ」

レインは驚いて口を開けた。ルーンが神狼の血を引いていることは知っていたが、王家の直系、それも王子とは考えてもいなかった。

「王子…?」

「その通り。額の紋様はそれを示している。『銀月の紋』は王家だけが持つ印だ」

アルダインは深いため息をついた。

「長い物語だが、聞く準備はあるか?」

三人は頷き、アルダインの話に耳を傾けた。

「かつてこの世界には神獣の王国があった。多くの種族が共存し、人間とも共に暮らしていた。特に神狼たちは月の力を司り、世界の均衡を守る存在だった」

アルダインの手が動くと、祠の壁に映像が浮かび上がった。広大な草原と、そこに集う様々な獣たちの姿。中でも際立っていたのは、銀色に輝く狼たちだった。

「神狼の一族は、その中でも最も高貴で力のある種族。彼らの王、シルバームーンは全ての神獣たちから敬われる存在だった」

映像は変わり、一匹の大きな銀狼が丘の上に立つ姿が映し出された。その威厳ある姿に、レインは思わず息を呑んだ。

「しかし、約百年前、悲劇が起きた」

アルダインの表情が暗くなる。

「『闇の神獣』と呼ばれる存在が現れ、神獣たちの王国を脅かし始めた。闇の神獣はかつて太陽の力を司る神獣だったが、禁忌の力に手を染め、堕落してしまったのだ」

映像には暗い影のような獣が、神獣たちを襲う様子が映し出された。

「大きな戦いが起こり、多くの神獣たちが命を落とした。シルバームーンは全力で闇の神獣と戦い、最終的に彼を封印することに成功した。しかし、その代償は大きかった」

アルダインは悲しげに目を閉じた。

「神狼の王国は崩壊し、生き残った神獣たちも力を失い、姿を隠すことになった。シルバームーン自身も深手を負い、この世界から姿を消したのだ」

「では、ルーンは…?」

「シルバームーンには子がいた。若き神狼の王子。戦いの直前、王は予言を受け、その子を守るよう命じた。『闇が再び動き、世界が危機に瀕したとき、王家の血を引く者が再び現れる』と」

アルダインはルーンを見つめた。

「その子が生まれたばかりの王子を異世界へと送った。そこで成長し、力をつけ、時が来たら戻ってくるために」

「異世界…僕の世界ということですか?」

レインの問いにアルダインは頷いた。

「そう。しかし、計画には狂いが生じた。異世界での守護者が早世し、幼い王子は力も目覚めぬまま、一人取り残された。そして何らかの理由で、再びこの世界に戻ってきたのだ」

レインはルーンを見つめた。彼の小さな体、柔らかな毛並み、そして時に見せる威厳ある眼差し。全てが腑に落ちる思いだった。

「そして君が彼を見つけた」

アルダインはレインを見た。

「これも運命だろう。君もまた異世界から来た『選ばれし者』。神狼の王子と運命を共にする守護者として」

「でも、なぜ僕が…」

「君の魂には特別な光がある。それは古くから『守護者の資質』を持つ者に見られるものだ」

アルダインは微笑んだ。

「神狼の王子が幼く、力も目覚めていない今、彼を守り、導くことができるのは君だけだ」

レインはルーンを抱き上げた。ルーンも彼を見上げ、その金色の瞳には深い感情が宿っていた。

「しかし、時間は限られている」

アルダインの声が再び厳しさを帯びた。

「闇の神獣の封印が弱まりつつある。彼の力の一部は既に解放され、『闇の使徒』として人間の姿をとっている者たちもいる」

「王立魔獣調査団…」

クレイグが低い声で言った。

「彼らが本当に神獣の力を求めていたとすれば…」

「その通り。彼らは闇の神獣の復活を望む者たちだ。王子の力を利用して、封印を完全に解くことを目論んでいる」

アルダインは台座に近づいた。

「月光の祠は七つの試練の最初の場所。ここで王子の眠れる力の一部を目覚めさせねばならない」

「どうすれば…」

「月の砂を」

レインは思い出したように、エリンから渡された袋を取り出した。

「その砂を台座に撒き、王子をその上に立たせなさい」

レインはアルダインの言葉通りに砂を台座に撒き、ルーンをその上に立たせた。

「さあ、古の言葉を唱える」

アルダインは古代語で何かを唱え始めた。その言葉は不思議な響きを持ち、祠全体に反響した。

突然、月の砂が光り始め、その光がルーンの体を包み込んだ。ルーンの額の紋様が明るく輝き、全身から銀色の光が放たれる。

「力を解放せよ、神狼の王子よ!」

アルダインの声が祠中に響き渡った。

ルーンの体の光はさらに強まり、やがて彼の姿が変わり始めた。小さな犬の姿から、若い狼の姿へと。体は一回り大きくなり、毛並みは銀色に輝いた。額の紋様だけでなく、全身に神秘的な模様が浮かび上がっている。

「これが…」

レインは驚きに言葉を失った。ルーンの変化は、以前に見たものよりも明確で長く続いていた。

「王子の姿だ。まだ完全ではないが、少しずつ本来の力が目覚めている」

変化したルーンは台座から降り、レインの前に立った。その姿は威厳に満ちていたが、目に宿る優しさと信頼は変わらなかった。

「レイン…」

声が聞こえた。しかし、それはルーンの口から発せられたものではなく、まるで心に直接語りかけるものだった。

「ルーン…?君の声が…」

「まだ完全ではないが、心と心で通じ合うことはできるようになった」

アルダインが説明した。

「神狼は言葉を話すことができる。しかし、それには時間がかかる。今は心を通わせることから始まる」

ルーンはレインに近づき、彼の手に鼻先を寄せた。心の中で再び声が聞こえた。

「ありがとう…守ってくれて…」

その声は若く、少し不安定だったが、確かにルーンのものだった。レインは胸が熱くなるのを感じた。

「これからも一緒だよ、ルーン」

レインはルーンの頭を優しく撫でた。その毛並みは以前よりも柔らかく、月の光のような輝きを放っていた。

しかし、その変化は長く続かなかった。やがて光が弱まり、ルーンは再び元の小さな姿に戻った。

「まだ力を維持することはできないか」

アルダインは少し残念そうに言った。

「しかし、これは始まりに過ぎない。残りの六つの祠を巡り、試練を乗り越えていけば、王子の力はさらに目覚めていくだろう」

「次の祠はどこにあるのでしょうか?」

レインが尋ねると、アルダインは壁に浮かび上がった地図を指差した。

「『風の谷』にある第二の祠、『疾風の祠』だ。そこでは神狼の速さの力が試される」

クレイグが地図を見て頷いた。

「ここから五日ほどの距離だ」

アルダインはレインの肩に手を置いた…というよりは、光の手が彼の肩を通り抜けるような感覚だった。

「若き守護者よ、王子を信じ、自分自身も信じなさい。君たちの絆こそが、闇を打ち破る力となる」

アルダインの姿が次第に薄れ始めた。

「私の力も限界だ…最後に一つ、重要なことを」

彼の声も弱まりつつあった。

「王子は異世界で長い時を過ごした。そのため、この世界での記憶や力のほとんどを失っている。七つの試練を通じて、それらを取り戻す必要がある」

「分かりました。必ず七つの試練を乗り越えます」

「そして警告を…闇の使徒たちは既に動き始めている。彼らもまた、王子を探している。用心するように」

アルダインの姿はさらに薄れ、最後にこう言い残した。

「王子の運命は、この世界の運命と共にある。守り抜くのだ、レイン・カザマよ…」

そして彼の姿は完全に消え、祠内は再び静けさに包まれた。

「神狼の王子…」

クレイグが感嘆の声を上げた。

「こんな重大な秘密が明らかになるとは」

レインはルーンを抱き上げ、その金色の瞳を見つめた。

「君は神狼の王子だったんだね」

ルーンは小さく鳴き、レインの胸に顔をすり寄せた。彼の心の中に、かすかな声が響いた。

「一緒に…いてくれる?」

「もちろんだよ」

レインは微笑んだ。

「これからも君と一緒だ。何があっても」

三人は祠を後にし、外に出た。空は既に夕暮れ時を迎え、最初の星が輝き始めていた。

「今夜はここで野営し、明日から風の谷を目指そう」

クレイグの提案に、レインは頷いた。

キャンプの準備をしながら、レインは今日明らかになった事実について考えていた。ルーンが単なる特別な犬ではなく、神狼の王子だったこと。異世界—レインの世界—に送られ、その後再びこの世界に戻ってきたこと。そして、彼自身もまた「選ばれし守護者」として運命づけられていたこと。

全てが不思議な巡り合わせに思えたが、同時に必然のようにも感じられた。

夜、焚き火の前で休んでいる時、ルーンは再びレインの心に語りかけてきた。

「怖い…でも、あなたがいれば…」

その幼い声には不安と希望が混じっていた。レインはルーンを抱きしめ、優しく撫でた。

「大丈夫だよ、ルーン。一人じゃない。僕がいるから」

ルーンは安心したように目を閉じ、レインの腕の中で眠りについた。

月が高く昇り、その光がルーンの銀灰色の毛を照らした。レインはふと、最初に森で出会ったあの小さく傷ついた姿を思い出した。雨の中で震えていた子犬が、実は神狼の王子だったとは。

運命とは不思議なものだと、レインは思った。しかし、その運命が彼をルーンへと導いてくれたことに、心から感謝していた。

「守り抜くよ、ルーン」

レインは眠るルーンに囁きながら、自らも目を閉じた。

明日からは新たな旅が始まる。風の谷への道のりは長く、危険も多いだろう。しかし、彼らの絆はさらに強くなり、試練を乗り越える力となるはずだった。

神狼の王子と異世界からの守護者—二人の運命は、これからもっと深く絡み合っていくのだろう。
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