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第10話:旅立ち!言霊学園へ
しおりを挟む「あの景色が懐かしい...」
天音は街を見下ろす小高い丘に立っていた。一月前、ことだまハンターに追われ、仙人に連れられてこの場所を後にした日のことを思い出す。それから数々の修行と試練を経て、今、彼は一人前のことだま戦士として戻ってきたのだ。
「さあ、天音。お前の新たな旅の始まりじゃ」
仙人は天音の隣に立ち、杖で街の方を指した。
「倉田を見守っていたワシの弟子からの連絡では、彼女に危険は及んでいないという。だが、油断はならん。ことだまハンターはまだお前を狙っているはずじゃ」
「はい。気をつけます」
天音は頷いた。腰に下げた小さな巻物——言霊学園への招待状を確かめる。
「この招待状、学校に戻ったらすぐに開くのですね?」
「そうじゃ。だが、周囲に人がいないことを確認してからにするのじゃぞ」
仙人は真剣な表情で言った。
「さて、ワシはここまでじゃ。これからはお前一人で歩んでいかねばならん」
「仙人さん...本当にありがとうございました」
天音は深々と頭を下げた。短い期間だったが、この老人から学んだことは計り知れない。
「感謝など不要じゃ。お前自身の才能と努力の賜物じゃよ」
仙人は微笑むと、天音の肩に手を置いた。
「だが一つだけ、最後の忠告を」
「はい」
「言霊学園では、様々な力を持つ者たちと出会うことになる。中にはお前より強い者もいるじゃろう。だが、力の強さだけが全てではない。『響け、言霊』を手に入れたお前は、すでにそれを知っているはずじゃ」
天音は頷いた。カゲロウとの戦いで、力だけでなく知恵と戦略の大切さを学んだ。
「そして...」
仙人の表情が一瞬曇った。
「言霊学園にも様々な思惑を持つ者がいる。全てを信じてはならんぞ」
「何か危険があるのですか?」
「それは...お前自身で判断せよ」
仙人はそれ以上語らず、天音の背中を軽く押した。
「さあ、行くがよい。お前の運命が待っておる」
天音は一度だけ振り返り、仙人に深く頭を下げた。そして決意を胸に、丘を下り始めた。
---
学校に向かう道すがら、天音は緊張していた。一ヶ月ぶりに学校に戻るのだ。何より、倉田との再会を心待ちにしていた。彼女は無事だろうか。
校門に近づくと、ちょうど授業が終わる時間帯で、生徒たちが下校し始めていた。天音は人混みに紛れながら、倉田の姿を探した。
「天音くん...?」
声の方を振り向くと、そこには驚きの表情を浮かべた倉田が立っていた。
「倉田さん!」
天音は思わず駆け寄った。
「本当に...戻ってきたんだね」
倉田の目には涙が浮かんでいた。
「ごめん、心配かけて。でも約束通り、戻ってきたよ」
二人は校庭の端にある木陰に移動した。周囲に人がいないことを確認してから、天音は自分の修行の話を簡単に説明した。言霊の力を制御できるようになったこと、カゲロウとの戦いのこと...ただし詳細は省略した。
「すごい...」
倉田は感嘆の眼差しで天音を見つめた。
「私の方は...特に変わったことはなかったよ。でも、時々変な人が学校の周りをうろついてるのを見かけたの」
「変な人?」
「うん。黒いコートを着た人...」
天音は緊張した。ことだまハンターだ。やはり彼らはまだ活動していたのだ。
「倉田さん、気をつけて。彼らは言霊の力を持つ人を狙ってる」
「でも私の力なんて、小さな光を出すだけ...」
「それでも危険だよ。これからは僕が守るから」
天音が真剣に言うと、倉田は照れたように頬を赤らめた。
「それで...これからどうするの?」
この質問に、天音は巻物のことを思い出した。
「実は...」
彼は懐から巻物を取り出した。
「これを開いてみる必要があるんだ。仙人さんから言われて...」
「何が書いてあるの?」
「言霊学園...という場所からの招待状らしいんだ」
天音は巻物の封を解いた。すると、金色の文字が浮かび上がり、空中に漂い始めた。
倉田が小さな悲鳴を上げる。
「これは...」
文字が渦を巻き、天音と倉田の周りを回り始めた。そして、二人の目の前に小さな門のような光の輪が形成された。
「招待状...というか、入口?」
天音は驚きながらも、門に手を伸ばした。
「待って!」
倉田が天音の腕をつかんだ。
「危険じゃないの?」
「大丈夫。仙人さんが渡してくれた物だから」
天音は自信なさげに笑った。正直なところ、彼自身も不安だった。しかし、この先に何があるのか、知りたい気持ちの方が強かった。
「僕は行くよ。でも倉田さんは無理しなくていい」
「わ、私も行く!」
倉田は天音の腕を離さなかった。
「一人で行かせるなんて...」
天音は一瞬驚いたが、すぐに微笑んだ。
「じゃあ、一緒に行こう」
二人は互いに頷き、同時に光の門に足を踏み入れた。
---
眩い光に包まれた後、二人の目の前に広がったのは、想像を絶する光景だった。
「これが...言霊学園?」
天に向かって伸びる七つの塔。それらは星形の配置で立ち並び、中央には巨大な広場がある。塔と塔の間には、まるで虹のような光の橋が架かり、人々が行き来している。
広場には多くの学生たちが集まり、中には明らかに言霊を使っている者もいた。水を操る少年、火を灯す少女...様々な力を持つ者たちが、自由に能力を使っている。
「信じられない...」
倉田が息を呑む。天音も同じ気持ちだった。ここは言霊の力が公然と使われる、全く別の世界だったのだ。
「おや、新入りかな?」
優しげな声に振り返ると、二十代半ばくらいの若い女性教師が立っていた。
「私は水織(みおり)。言霊学園の案内役よ」
彼女は微笑みながら、二人に手を差し伸べた。
「天音くんと倉田さん、でしょ?待ってたのよ」
「僕たちのこと、知ってるんですか?」
「もちろん。仙人様から連絡があったわ。特に天音くん、『響け、言霊』の使い手だって聞いてるわ」
水織は二人を中央広場に案内しながら説明した。
「ここ言霊学園は、言霊の力を持つ者たちが集い、学ぶ場所。世界中から才能ある者たちが集まってるの」
広場では様々な年齢の学生たちが談笑したり、時には言霊を使った小さな競争をしたりしていた。
「言霊の力は隠すべきものじゃない。だからこそ、ここでは自由に力を使い、高め合える環境を作っているの」
天音は感嘆しながらも、仙人の言葉を思い出していた。「様々な思惑を持つ者がいる」...何を警告していたのだろう。
「あの、入学するには何か試験があるんですか?」
天音が尋ねると、水織は少し考え込むような表情をした。
「そうね...通常なら入学試験があるけど、天音くんの場合は特別ね。仙人様から推薦があったから」
「僕だけ特別...?」
「ええ。『響け、言霊』は稀有な力だから」
水織の言葉に、天音は複雑な気持ちになった。自分の力が特別だと言われることに、まだ慣れていなかった。
「それじゃあ、倉田さんは...?」
天音が心配そうに倉田を見ると、水織は微笑んだ。
「倉田さんも入学できるわ。力はまだ小さいけど、才能はある。それに...」
水織は二人に近づき、小声で続けた。
「貴方達二人は特別な絆で結ばれているもの。言霊の世界では、そういった絆も大切にするの」
倉田は照れながらも嬉しそうに微笑んだ。
水織は二人を大きな塔の一つへと案内した。入り口には「鳳凰の塔」と書かれている。
「ここが新入生の寮よ。今日はここで休んで、明日から正式なオリエンテーションを始めましょう」
塔の内部は想像以上に広く、螺旋階段が上へと続いていた。天音と倉田はそれぞれ個室を与えられ、明日の準備をするよう言われた。
---
その夜、天音は自分の部屋の窓から学園の夜景を眺めていた。七つの塔はそれぞれ違う色に輝き、夜空に星座のような模様を描いていた。
「ここから新しい旅が始まるんだ...」
彼は懐から小さな石を取り出した。仙人からの別れの品だ。「心が迷った時に使うがよい」と言われたものだった。
突然、軽いノックの音が聞こえた。
「入って」
ドアが開くと、倉田が顔を覗かせた。
「眠れなくて...」
「僕も」
天音は窓辺から離れ、倉田をソファに招いた。
「信じられないよね、こんな場所があるなんて」
倉田は興奮した様子で言った。
「うん...でも、仙人さんが言ってたんだ。『全てを信じてはならない』って」
「どういう意味だろう?」
「わからない。でも、注意しておいた方がいいと思う」
二人は窓の外を眺めながら、これからの生活について話し合った。言霊の授業はどんなものなのか、どんな仲間と出会えるのか...不安と期待が入り混じる気持ちだった。
「天音くん...私、ついていけるかな」
倉田が不安そうに呟いた。
「大丈夫だよ。僕たちは一緒だから」
天音は彼女を励ました。そして、自分自身にも言い聞かせるように続けた。
「それに、ここで僕はもっと強くなる。もっと多くのことを学んで、言霊の真実に近づく...そして、倉田さんも含めて、大切な人たちを守れるようになる」
彼の目には強い決意が宿っていた。
---
翌朝、天音と倉田は水織に連れられ、中央広場を横切っていた。今日から正式な学園生活が始まるのだ。
「まずは学園長に挨拶しましょう」
水織がそう言って立ち止まったとき、突然、空気が震えるような違和感が広がった。
「これは...」
天音が警戒の表情を浮かべる。「響け、言霊」の力が反応していた。危険が近づいているのだ。
「天音くん?」
倉田が不安そうに天音を見る。
その時、広場の中央に突如として黒い渦が現れた。学生たちが驚いて後ずさる。
渦の中から、一人の男が姿を現した。黒いロングコートに身を包み、顔半分を覆う仮面を付けていた。
「ついに見つけたぞ...『響け、言霊』の使い手」
男の声は冷たく、空間に響き渡った。
「ことだまハンター!?」
天音は倉田を守るように前に立った。
水織が天音の腕をつかみ、小声で言った。
「逃げて!彼は『言葉喰らい』の異名を持つハンターよ!」
「でも...」
「心配しないで。教師陣が対応するから!」
確かに、広場の各所から教師たちが集まり始めていた。
「いいや...」
天音は一歩前に出た。
「僕はもう逃げない。言霊の力を持つことから逃げない」
彼は「響け、言霊」の力を呼び起こし、周囲の状況を感知する。ハンターの持つ言霊の力は強大だったが、恐れる気持ちはなかった。
「それに...これが『言霊学園』への、本当の入学試験なんじゃないかな」
天音は静かな確信を持って言った。
「なるほど...賢い子だ」
水織の表情が変わった。彼女は微笑みながら、天音の肩に手を置いた。
「その通り。これはあなたへの最初の試練。言霊学園では、言葉だけでなく、行動で示すことも求められるのよ」
天音は頷いた。カゲロウとの戦いで学んだことを、ここで活かすときが来たのだ。
「倉田さん、少し下がっていて」
倉田は不安そうな顔をしながらも頷き、水織の側に移動した。
天音は黒装束のハンターと向き合った。周囲の学生たちは、興味深そうに二人を取り囲み始めた。
「『響け、言霊』の力...見せてもらおうか」
ハンターが挑発的に言った。
天音は深く呼吸し、心を整えた。「響け、言霊」の力を全身に巡らせ、ハンターの動きを感知する準備を整える。
こうして、天音の言霊学園での最初の試練が始まろうとしていた。新たな冒険の第一歩。未知の敵との戦い。そして、言霊の真実に近づくための長い旅路の始まり。
そこには不安も恐れもあったが、それ以上に、未来への大きな希望と期待があった。
天音の言霊の冒険は、ここから本格的に幕を開ける。
(第1巻完)
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