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第7話「師匠との再会」
しおりを挟む花都の繁華街に佇む「糸見裁縫店」は、かつての小さな店とは比べものにならないほど栄えていた。正式な神職人として認められた織姫の評判は都中に広がり、連日貴族や商人たちが訪れ、神具衣装の依頼が絶えなかった。
「先生、また新しい依頼が三件!」
弟子の蓮が興奮した様子で報告する。彼は商人の息子らしい商才と、意外な図案の才能を見せ始めていた。蓮の隣には、同じく「糸見の目」を持つ雫の姿もある。彼女は織姫より遥かに洗練された和裁の基礎技術を持っており、二人は良い相乗効果を生み出していた。
「ありがとう、蓮。今日中の依頼はどれくらい残ってる?」
織姫は裁断台で最高級の絹を扱いながら訊ねた。その手元では、「糸見の目」で見える霊力の流れに沿って、布を正確に裁断していく。
「侍従長様の『疾風陣羽織』と、千代様の『月光の帯留め』が今日の締め切りです」
「了解。雫、千代様の帯留めの仕上げをお願いできる?」
「はい、織姫先生」
雫は丁寧に頭を下げ、作業に戻った。かつて自分の力を恐れていた少女が、今では自信に満ちた表情で針を走らせている。
店の隅では睦月が静かに座り、来客を観察していた。用心棒として店を守るのが彼女の役目だが、最近では織姫の作る神具衣装の着用感や実戦での使い勝手についてアドバイスすることも増えていた。
「織姫、その侍従長というのはどんな人物だ?」
「幕府の高官で、将軍様の側近です。なぜ?」
「気になるだけだ。最近、幕府内で動きがあるという噂を聞いてな」
織姫は一瞬手を止め、思案する表情を見せた。神職人試験に合格してから一か月、彼女の作る神具衣装は貴族や武家からも高い評価を受けていた。特に「風神の袖」の評判は高く、これは「十二神衣」の現代における再現第一号として、神職人の間でも話題になっていた。
その評判が幕府の耳にも入り、裏では様々な思惑が渦巻いているのかもしれない。
「注意しておきます。でも、仕事は断れませんから」
織姫が言い終わるか否か、店の扉が開き、一人の老女が入ってきた。質素な身なりながらも、凛とした佇まいには何か特別なものを感じさせる。
「いらっし…」
織姫の挨拶の言葉が途中で止まった。老女の姿を見た途端、彼女の「糸見の目」が反応したのだ。老女の周りには、淡く青白い光の糸が漂っている。それは織姫や雫と同じような、「糸見の目」の持ち主特有の霊力の現れだった。
「久しぶりじゃのう、織姫。立派になったのう」
老女の声に、店内が静まり返った。織姫はゆっくりと裁断台から離れ、老女の前に進み出る。
「あなたは…私を知っているんですか?」
「わしは月代(つきしろ)。お前の祖母・翁女の古い友人じゃ」
「ばあ様の…!」
織姫の驚きの声に、睦月が素早く老女の側に移動し、警戒の姿勢を取った。
「心配せんでも良い。わしは敵ではない」と月代は穏やかに微笑んだ。「お前が都で神職人として認められたという噂を聞き、わざわざ遠方から会いに来たのじゃ」
蓮が急いでお茶を用意し、一行は店の奥の応接間に移った。そこで月代は驚くべき事実を語り始めた。
「お前の祖母は、かつて幕府御用達の裁縫師じゃった」
「幕府御用達…?」織姫は息を呑む。「ばあ様がそんな地位にあったなんて…」
「そうじゃ。翁女は『十二神衣』の秘密を知る、数少ない裁縫師の一人じゃった。しかし、ある事件をきっかけに都を去らねばならなくなった」
月代は事件の詳細を語らなかったが、代わりに織姫に重要な遺品を差し出した。それは古びた桐箱で、中には織姫がすでに持っている図案帳よりもさらに詳細な完全版の図案集が収められていた。
「これを…」
「お前の祖母がわしに預けていたものじゃ。お前が都で認められたら渡すようにと言われていた」
織姫は震える手で図案集を開いた。そこには「十二神衣」についての詳細な記述があったが、多くは複雑な符号で暗号化されていた。
「この図案集を解読できれば、『十二神衣』の秘密が分かる。かつてお前の祖母は、『風神の袖』を完成させた。残りの十一着は、お前が作り上げねばならぬ」
「残り十一着…」
月代はさらに驚くべき事実を告げた。「『禍織師』たちは、かつて正統な神職人だったのじゃ。彼らは『十二神衣』の力を悪用しようとして追放された裁縫師集団なのだ」
蓮と雫が息を呑み、睦月は眉をひそめた。織姫は真剣な面持ちで月代の言葉に耳を傾ける。
「彼らは『十二神衣』を全て集め、『天衣無縫の術』を完成させようとしている。それが成れば、織絵国は闇に包まれるであろう」
「天衣無縫の術…?」
「詳しくは図案集を解読するのじゃ。お前なら、できるはずじゃ」
月代は微笑みながら立ち上がり、織姫の前に膝をついた。そして彼女の両手を取り、真剣な眼差しで見つめる。
「織姫、わしはお前に『糸見の目』の新たな使い方を教えたい。『糸見遡り』の技じゃ」
「糸見遡り…?」
「それは、布や糸の過去に触れる技。『糸見遡り』を使えば、布に残された記憶を読み取ることができる。お前の祖母も使いこなしていた」
月代の指導の下、織姫は初めて「糸見遡り」を試みた。古い着物の切れ端に触れ、「糸見の目」の力を過去へと向ける。すると、かつてその着物を着ていた人物の断片的な記憶が見えてきた。
「これは…!」
「見えたか?これが『糸見遡り』じゃ。お前の力はまだ眠っておる。真の可能性を引き出せば、禍織師たちにも負けることはない」
月代は一晩だけ滞在し、織姫に様々な技術と知識を伝授した。「糸見遡り」の基本から、図案集の解読法、さらには「十二神衣」についての口伝まで。
翌朝、月代は突然の訪問と同じように、唐突に去っていった。残されたのは完全版の図案集と、「糸見遡り」の技術、そして織姫の心に芽生えた新たな使命感だった。
***
「十二神衣…それが私の目指すべき道なのね」
織姫は店の窓辺に立ち、遠くを見つめていた。日が傾き始め、花都の街並みが夕陽に染まっている。
「先生、この図案集は複雑ですね」と蓮が言う。彼は早速図案集の解読に挑戦していた。「でも、商家の暗号とよく似た部分があります。少しずつ解読できそうです」
「ありがとう、蓮」
織姫が振り返ると、そこには睦月、蓮、雫、そして糸車が集まっていた。彼女の仲間たち。もはや孤独な村娘ではなく、多くの絆に支えられている。
「月代殿の話、すべて真実とは限らない」と睦月が警告する。「だが、禍織師の脅威は確かだ。用心に越したことはない」
「私も慎重に進めるつもりよ」と織姫。「でも、『十二神衣』の秘密を解き明かさなければ、禍織師たちの真の目的も分からないわ」
「織姫、お前の祖母も同じ道を歩んだ」と糸車が言った。「しかし彼女は途中で挫折した。お前は祖母の遺志を継ぎ、最後まで成し遂げられるか?」
「ええ、必ず」織姫は強い決意を込めて答えた。「針一本で最弱から最強へ。そして『十二神衣』の謎を解き明かします」
その時、店の扉が勢いよく開き、紅葉が入ってきた。かつてのライバルは、今や織姫の良き理解者となっていた。
「織姫!大変だ、聞いてくれ!」
紅葉の表情には焦りが見えた。彼女は鞘に収めた愛刀「霜月」を強く握りしめている。
「どうしたの、紅葉さん?」
「北方の辺境で、『神具暴走事件』が発生しているんだ。神具を持つ者が突然暴走し、周囲を攻撃する事件が相次いでいる」
「それは…禍織師の仕業?」
「おそらくな。さらに、幕府からお前に調査の依頼が来るらしい」
織姫は窓の外を見つめ直した。夕陽はすっかり沈み、闇が街を包み始めていた。しかし彼女の決意は揺るがない。
「新たな戦いが始まるのね」
「俺も一緒に行くぞ」と紅葉。「お前の神具衣装と、私の刀で、この謎を解き明かそう」
織姫は頷き、仲間たちを見渡した。
「みんな、ありがとう。これからは『十二神衣』の完成と、禍織師との戦いが私たちの課題になります。力を貸してください」
「もちろんだ!」と蓮。
「お役に立ちます」と雫。
「任せておけ」と睦月。
「お前となら、どこまでも」と紅葉。
織姫の周りに集う仲間たち。その絆が、彼女の新たな力となる。
祖母の遺志を継ぎ、「十二神衣」の謎を解き明かし、禍織師と対峙する。織姫の真の旅は、ここから始まるのだった。
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