「転生織姫の神具仕立て~針一本で最弱スキルから最強へ~」

ソコニ

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第8話「十二神衣の謎」

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夜の帳が下りた糸見裁縫店。営業を終えた店内には、月代から託された図案集を囲む織姫たちの姿があった。

「ここの符号は…」蓮が眉をひそめながら指差す。「商人の間で使われる価格暗号に似ているけど、微妙に違う」

「こっちの模様は、雨宮家の古文書にも似たものがあります」と雫が静かに言った。

織姫は「糸見の目」で図案集のページを凝視していた。通常の視界では単なる複雑な模様や符号に見えるが、「糸見の目」を通すと、その線と線の交わりから微かな霊力が漏れ出ているのが分かる。

「これは…糸の道…?」

織姫のつぶやきに、糸車がくるりと回って応える。「その通り。これは『糸の道』の記録じゃ。針と糸が通るべき霊力の流れを示している」

織姫は「糸見遡り」の力を試してみることにした。月代から教わったばかりの技術だが、図案集の過去に触れれば何か手がかりが得られるかもしれない。

彼女は目を閉じ、図案集に手を置く。集中して霊力を過去へと向けると、ぼんやりとした映像が脳裏に浮かび上がった。

そこには若き日の祖母・翁女の姿が。彼女は図案集に向かって筆を走らせている。その手元には「風神の袖」が広げられ、完成したばかりのようだ。

「これが…祖母が『風神の袖』を完成させた時の記憶…?」

映像は断片的で、明確な言葉は聞こえないが、翁女の仕草や表情から、彼女が「十二神衣」に込めた思いが伝わってくる。そして、翁女の背後には月代らしき若い女性の姿も。

「糸見遡り」の力が尽きると、織姫は現実に引き戻された。額には汗が浮かび、呼吸が乱れている。

「織姫!大丈夫か?」睦月が駆け寄る。

「ええ、大丈夫…ただ、まだこの力をうまく使いこなせないだけ」

織姫は見たものを仲間たちに説明した。彼女の話を聞きながら、紅葉が図案集の一ページを指差す。

「ここに書かれているのは、『十二神衣』の一覧だな」

そのページには十二の衣装の名前と簡単なスケッチが描かれていた。

「風神の袖」「雷神の帯」「水神の袴」「火神の襦袢」「土神の羽織」「山神の帯留め」「海神の手袋」「月神の眼帯」「日神の冠」「星神の足袋」「闇神の襟巻」「霊神の下帯」

それぞれが異なる神の力を宿し、特別な能力を持つという。織姫はすでに「風神の袖」を完成させているが、残り十一着はまだ謎に包まれている。

「次は『雷神の帯』を作るべきかしら」と織姫。

「適切な判断だ」と糸車。「『雷神の帯』は、『風神の袖』と相性が良い。両方を身につければ、より強力な力を発揮できるだろう」

「雷神の帯」の図案を詳しく調べ始める織姫。それは着用者に稲妻の如き俊敏さと、電撃の力を与える神具衣装だった。しかし材料として「雷雲の絹糸」という特殊な素材が必要とされている。

「雷雲の絹糸…一体どこで…」

織姫の言葉に、雫が思わず声を上げた。「あっ!」

全員の視線が雫に集まる。彼女は少し照れながらも、真剣な表情で言った。

「雷雲の絹糸なら、私の家…雨宮家に代々伝わっています」

「本当?」

「はい。私の家は古くからの織物の名門で、特殊な絹糸を作る秘伝があるんです。雷雲の絹糸も、年に一度だけ特別な儀式で作られます」

織姫の目が輝いた。思いがけない場所から重要な手がかりが見つかったのだ。

「雫、その絹糸を見せてもらえないかしら」

「はい、明日にでも家に戻って持ってきます」

蓮は別の角度から図案集の解読を進めていた。彼は商人の息子として、様々な暗号や記録方法に詳しかった。

「先生、ここの部分は禁忌についての警告みたいです」彼が指差したのは、図案集の最後のページ。「『禍織師』が『十二神衣』の力を悪用しようとした記録があります」

蓮の解読によれば、「禍織師」たちは元々正統な神職人だったが、「十二神衣」の力を私利私欲のために使おうとして追放された集団とのこと。彼らは「十二神衣」を歪めた「冥衣(めいい)」を作り出し、人々に災いをもたらしたという。

「彼らの目的は『天衣無縫の術』。これは十二の神の力を一つに集め、布と糸だけで現実を改変する禁断の術だ」と糸車が説明した。

「現実を改変する…?そんなことができるの?」と紅葉が訝しげに問う。

「理論上は可能だ」と糸車。「針と糸は創造の象徴。世界そのものが巨大な布であるならば、それを縫い直すことで現実を変えられる…とされている」

「そんな力、危険すぎる」と睦月が眉をひそめた。

「だからこそ、『十二神衣』の秘密は厳重に守られてきたのです」と雫。「各神衣は個別には強力ですが、害を為すほどではない。しかし全てが揃えば…」

沈黙が室内を支配した。ついに「禍織師」の真の目的が見えてきたのだ。彼らが「十二神衣」を狙う理由、そして織姫を追う理由も明らかになった。

「私たちは『十二神衣』を完成させねば」と織姫が決意を語る。「そして『禍織師』から守らなければならない」

「だが、それは諸刃の剣でもある」と睦月が警告する。「『十二神衣』を集めることは、『禍織師』の目的を手助けすることにもなりかねない」

織姫は深く考え込んだ。確かに睦月の言う通りだが、かといって手をこまぬいているわけにもいかない。「禍織師」たちは「十二神衣」の情報を求めて暗躍しているのだ。

「…でも、『十二神衣』は本来、人々を守るために作られたもの。それを正しく使うことが大切なのでは?」

織姫の言葉に、仲間たちは静かに頷いた。

「『雷神の帯』から始めよう」と織姫は決断した。「一つずつ、確実に作り上げていく。そして『十二神衣』の真の目的を解き明かしていくの」

***

翌日、雫は約束通り雨宮家から「雷雲の絹糸」を持ち帰った。それは細い木箱に丁寧に納められ、開けた途端、部屋中に雷のような青白い光が広がった。

「これは…!」

織姫が「糸見の目」で覗くと、糸からは強烈な電気のような霊力が放たれているのが見える。この糸に触れただけで指先がぴりぴりと痺れた。

「雨宮家では毎年、夏の雷雨の夜に絹糸を特殊な染料に浸し、実際の雷に打たせる儀式を行っています」と雫が説明する。「この儀式を『雷招き』と呼び、代々家長だけが執り行えるものです」

「素晴らしい…」織姫は感嘆の声を上げた。「これなら『雷神の帯』が作れる」

しかし作業は想像以上に難航した。「雷雲の絹糸」は通常の糸より遥かに扱いが難しく、少しでも集中が途切れると糸が暴れ出す。何度も失敗を繰り返し、織姫の手には小さな火傷のような痕が増えていった。

「この糸は、まるで生きているみたい」と雫。

「前世でも、こんな素材は扱ったことがないわ」と織姫。

何度目かの失敗の後、織姫は一度作業を中断し、深く考え込んだ。従来の方法では「雷雲の絹糸」をうまく操れない。ならば、新しいアプローチが必要だ。

「糸車、『雷神の帯』は祖母の時代とは違うやり方で作れないかしら?」

「どういうことだ?」

「前世の技術と、新たに習得した『糸見遡り』を組み合わせた独自の方法で」

織姫は前世で学んだファッションデザインの知識を思い出す。現代の織物には、電気を通す特殊な繊維が使われることもあった。それを応用すれば…。

「祖母の時代とは違う、私なりの『雷神の帯』を作ります」

織姫の決断と新しい手法は功を奏した。彼女は「雷雲の絹糸」を中心に据えながらも、周囲を普通の絹糸で包み込み、その間を精密に縫い合わせる方法を考案した。前世の多層織物の技術と、祖母から学んだ「霊力の結び目」を組み合わせたのだ。

「糸見の目」で霊力の流れを見ながら、一針一針丁寧に縫い進める。時には「糸見遡り」を使って、雷の記憶を持つ糸に語りかけるように。

「雷の力よ、私の針に従って…」

三日三晩、ほとんど眠らずに作業を続けた織姫の前に、ついに「雷神の帯」が姿を現した。青と金を基調とした見事な帯は、まるで本物の稲妻が固められたように光り輝いている。

「これが…私の作った『雷神の帯』」

完成した「雷神の帯」を手に取ると、その重みと力強さに織姫自身も驚いた。祖母の図案よりも洗練され、現代的なデザインを取り入れつつも、伝統的な美しさを備えていた。

「試してみるか?」と紅葉が促す。

織姫は恐る恐る「雷神の帯」を腰に巻いた。すると彼女の体が微かな電光に包まれ、動きが驚くほど俊敏になった。指先からは小さな稲妻すら放たれる。

「すごい!」蓮が目を丸くして叫んだ。「先生が動くと、残像が見えるみたいです!」

織姫は部屋の中を素早く移動してみせた。まるで瞬間移動したかのような速さだ。

「この力を使えば、禍織師の『死糸』も焼き切れるかもしれない」と織姫。

皆が「雷神の帯」の完成を祝う中、突然店に睦月が飛び込んできた。彼女は何日か都の情報収集に出かけていたのだ。

「織姫!重大な知らせだ」

睦月の表情は緊迫していた。

「北方の辺境で『神具暴走事件』が発生している。神具を持つ者が突然暴走し、周囲を攻撃する事件が相次いでいるんだ」

「禍織師の仕業?」と紅葉が身を乗り出す。

「間違いないだろう。さらに、幕府からお前に調査の依頼が来ている」

「私に?」織姫は驚いた。

「ああ。千代の婚約者・信明が推薦したようだ。『十二神衣』の研究者として、そして『糸見の目』の力で神具の異常を見抜けると」

織姫は新たに完成させた「雷神の帯」を見つめた。まるで運命のように、帯の完成と北方の事件が重なったのだ。

「行くべきね」織姫は静かに決意を固めた。「この『雷神の帯』も、きっと役に立つはず」

「私も同行します」と紅葉。「私の刀と、お前の神具衣装で、この謎を解き明かそう」

「私も!」と蓮。
「私も行きます」と雫。

織姫は仲間たちの顔を見回し、微笑んだ。かつての孤独な村娘は、今や多くの仲間に恵まれている。この絆こそが、彼女の最大の強みだ。

「みんな、ありがとう。北方への調査、一緒に行きましょう」

糸車も静かに言った。「『十二神衣』の謎は、まだ始まったばかりじゃ。お前の旅も、これからが本番だ」

織姫は新たな旅立ちの準備を始めた。北方での調査、そして「十二神衣」の次なるピースの発見。彼女の物語は、新たな章へと進もうとしていた。

そして、彼女はまだ知らない。北方の地で待ち受ける運命と、「十二神衣」が秘める更なる謎を。

針と糸が紡ぐ物語は、さらなる高みへと上っていく。
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