「破滅フラグ確定の悪役貴族、転生スキルで「睡眠無双」した結果、国の英雄になりました」

ソコニ

文字の大きさ
20 / 25

第20話「帝国の切り札、悪夢の王」

しおりを挟む

「眠りの神殿」への帰還から三日後、一郎たちは勝利の余韻に浸る間もなく、新たな危機に直面していた。「永夜の城」での封印強化の知らせは喜ばしいものだったが、帝国の動きは止まっていなかった。

「使者が到着しました」マウリツィオ長老が大広間に駆け込んできた。「ナハトメア帝国が最後通告を送ってきました」

彼が手にした巻物を開くと、皇帝自らの印が押された公式文書だった。

「『これは宣戦布告である』」マウリツィオは文面を読み上げた。「『シュラーフェン公国とファルミア王国の連合軍による我が国の神聖な城への不法侵入は許されざる行為である。三日以内に、「星の集め手」と呼ばれる者を引き渡さなければ、全面戦争を開始する』」

部屋に重い沈黙が流れた。

「三日…」キースが眉をひそめた。「時間の猶予を与えないつもりだな」

「彼らは儀式の準備が狂ったことで焦っているのだろう」レオンは冷静に分析した。「満月まであと四日。それまでに何としても一郎を捕らえようとしている」

「引き渡すことなど論外だ」アイリスはきっぱりと言った。

「もちろん」一郎も同意した。「でも、戦争を避ける方法は?」

マウリツィオは悲しげな表情で首を振った。「恐れていたことが起きてしまいました。帝国は『夢を喰らう者』の影響をより強く受けているようです」

その時、神殿の外から騒がしい声が聞こえた。全員が窓に駆け寄ると、湖の向こうから大量の黒い霧が迫ってくるのが見えた。

「なんだあれは…」キースが目を凝らした。

「『悪夢の霧』」レオンが緊張した声で言った。「『夢を喰らう者』の力を直接用いた攻撃だ」

霧は急速に広がり、湖を越えて神殿の島に迫っていた。霧に触れた木々は枯れ、小動物たちは恐怖に駆られて逃げ惑っていた。

「警報を鳴らせ!」マウリツィオが命じた。「全員に避難と防御の準備をさせろ!」

神殿中に警鐘が鳴り響き、長老たちが急いで防御魔法の準備を始めた。

「アイリス王女、ファルミア王国に急報を」マウリツィオは続けた。「援軍を要請せよ!」

アイリスはすぐに行動に移ったが、窓の外を見て足を止めた。「遅すぎるわ…」

黒い霧の中から、一人の人物が歩み出てきた。高く、痩せた体格の男性で、漆黒の鎧を身にまとい、頭には棘のような冠を戴いていた。彼の周りには常に渦巻く闇があり、赤い目だけが鮮明に輝いていた。

「あれは…」マウリツィオの顔から血の気が引いた。「『悪夢の王』…」

「『悪夢の王』?」一郎は驚いてたずねた。

「帝国最強の将軍」キースが説明した。「その存在自体が伝説と言われていた。実際に姿を見る者はほとんどいない」

「彼は『夢を喰らう者』の力を直接宿している」レオンが補足した。「いわば『夢を喰らう者』の化身だ」

「悪夢の王」の後ろには、黒いローブを着た信者たちと、黒い鎧を着た精鋭兵士たちが続いていた。彼らは神殿の島に渡る橋に向かって進んでいた。

「正面から攻めてくるつもりか」キースは剣を抜いた。「防衛態勢を整えろ!」

神殿の騎士たちが橋の前に集結し、防衛線を形成した。長老たちも魔法の障壁を築き始めた。

「四人の守護者、私と共に」一郎は決意を固めた。「『星の集め手』の力で彼らを押し返そう」

彼らは神殿の入り口に立ち、「悪夢の王」の軍勢を見据えた。

「来るぞ!」キースが警告した。

黒い軍勢が橋を渡り始めたその時、突然空から白い光が降り注いだ。それは矢のように敵兵を襲い、混乱させた。

「あれは…」アイリスが空を指さした。

空から降下してきたのは、白銀の鎧を着た騎士団だった。彼らは翼のような装置を背負い、急降下しながら敵兵を攻撃していた。

「ファルミア王国の『飛空騎士団』!」キースは喜びの声を上げた。「てっきりもっと遅れると思っていた」

騎士団の先頭には見覚えのある姿があった。国王アルバート自らが指揮を執っていたのだ。

「父上!」アイリスは驚きの声を上げた。

飛空騎士団の参戦により、橋での戦いは拮抗し始めた。しかし、「悪夢の王」自身は騎士たちの攻撃を易々と払いのけ、ゆっくりと前進を続けていた。

「このままでは…」キースが懸念を示した。

一郎は決断した。「僕が相手をする」

「無謀だ!」レオンが遮った。「あれは『夢を喰らう者』の化身だぞ。簡単には勝てない」

「だからこそ、『星の集め手』である僕が対峙すべきなんだ」一郎は静かに言った。「それが運命だから」

彼は前に踏み出し、青い光を発し始めた。星のペンダントが強く輝き、彼の全身を包み込む。「みんなは騎士たちを援護して」

「一人では行かせない」アイリスが彼の手を取った。「私たちは『四人の守護者』。あなたと共にいるべきよ」

「その通りだ」キースも同意した。「一人では『悪夢の王』に太刀打ちできないだろう」

レオンとミラも頷き、五人は共に前進した。彼らはそれぞれの光を放ち、橋の中央で「悪夢の王」と対峙した。

「『星の集め手』よ」「悪夢の王」の声は不自然に響いた。まるで複数の声が重なっているようだった。「ついに会えたな」

「あなたは…『夢を喰らう者』?」一郎は問いかけた。

「その通り」彼は答えた。「この肉体を借りて、直接会いに来た。なぜなら、お前が我が封印を強化したからだ」

「我々の儀式を妨害したことは許さん」彼は続けた。「だが、お前の力に興味がある。我々と共に来れば、世界を支配する力を与えよう」

「断る」一郎はきっぱりと言った。「僕は『星の集め手』として、『夢を喰らう者』と戦うために選ばれた」

「愚かな選択だ」「悪夢の王」は冷笑した。「では、力ずくでも連れていく!」

彼が手を上げると、黒い霧が渦を巻き、五人に向かって押し寄せた。アイリスの紫の光、キースの赤い光、レオンの紺色の光、ミラの水色の光、そして一郎の青い光—五色の光が防壁となり、霧を押し返す。

「このぐらいの力で我を止められると思うか?」「悪夢の王」は嘲笑った。彼の力がさらに強まり、黒い霧が五人の防壁を押し始めた。

「くっ…」キースは歯を食いしばった。「強い…」

レオンも苦しげな表情を見せた。「『夢食い』を使っても、彼の力は吸収しきれない」

ミラの「安眠の祝福」も徐々に押し返され、アイリスの「夢見の力」も霧を貫くことができなかった。

一郎は全力で「星の力」を放出していたが、それでも「悪夢の王」の圧倒的な力には抗えなかった。

「どうすれば…」一郎は必死に考えた。

その時、予想外の援軍が現れた。国王アルバートが飛空騎士団を引き連れ、「悪夢の王」に横合いから攻撃を仕掛けたのだ。

「リヒター伯爵!今だ!」国王が叫んだ。

一郎はこの隙を逃さず、星のエネルギーを集中させた。「みんな、力を一点に集中させよう!」

五人の光が一つになり、強烈な光の柱となって「悪夢の王」に向かって放たれた。光が彼を直撃し、彼は悲鳴を上げて後退した。

「やった!」アイリスが喜んだ。

しかし、その喜びは束の間だった。「悪夢の王」は傷ついたものの、まだ立っていた。彼の黒い鎧には亀裂が入り、その隙間から漆黒の霧が漏れ出していた。

「なかなかやるな…」彼はうめき声を上げた。「だが、これでも足りない」

「悪夢の王」が再び力を溜め始めたとき、橋の下の湖面が激しく揺れ始めた。水面が盛り上がり、そこから巨大な水柱が立ち上がった。

「なんだ!?」キースが驚きの声を上げた。

水柱は「悪夢の王」に向かって倒れ込み、彼を飲み込んだ。水が引くと、「悪夢の王」の姿はなく、橋には黒い鎧の破片だけが残されていた。

「消えた…?」ミラが周囲を見回した。

「いや、まだだ」レオンが警告した。「あれは本体ではない。肉体を失っただけだ」

果たして、空中に黒い霧が集まり始め、次第に人型を形成していった。それは半透明だが、確かに「悪夢の王」の姿をしていた。

「肉体など、単なる器に過ぎん」霧の中から声が響いた。「我の本質は『悪夢』そのものだ」

この展開に、一同は絶望的な表情を浮かべた。しかし、一郎は諦めなかった。

「みんな、僕に力を」彼は仲間たちに呼びかけた。「最後の力を振り絞ろう」

四人は残された力を一郎に注ぎ込んだ。彼の体は五色の光に包まれ、まるで星空そのものが彼の中に宿ったかのようだった。

「星の力よ」一郎は両手を上げた。「眠れる者たちの名において、悪夢を終わらせる!」

彼の体から放たれた光は、これまでのどんな力よりも強く、純粋だった。それは虹のような輝きを放ちながら、霧の「悪夢の王」を包み込んだ。

「な、何だこの力は!?」「悪夢の王」が驚愕の声を上げた。「これが『星の集め手』の真の力…!?」

光に包まれた「悪夢の王」の姿が徐々に薄れていく。彼は最後の抵抗を試みたが、光の前には無力だった。

「我は消えぬ…」彼の声は遠ざかっていった。「『夢を喰らう者』は永遠なり…必ず戻る…」

最後の言葉と共に、「悪夢の王」の姿は完全に消え去った。橋の上に残されたのは、黒い鎧の破片と、紫色の結晶だけだった。

「勝った…のか?」キースが息を切らしながら言った。

「いいえ」レオンが結晶を指差した。「あれは『夢を喰らう者』の核の一部。彼の力の源だ。完全に倒したわけではない」

一郎は力を使い果たし、膝をついた。「でも、一時的にでも撃退できた…これは大きな前進だ」

国王アルバートが彼らに近づいてきた。「リヒター伯爵、そして諸君。見事な戦いだった」

「父上」アイリスは父親に駆け寄った。「なぜここに?」

「私の娘と、この国の未来がかかっているのだから」国王は優しく微笑んだ。「手遅れになる前に来たかったのだ」

彼は一郎に向き直った。「『星の集め手』、あなたの力は本物だ。今日の戦いを見て、それを確信した」

「ありがとうございます、陛下」一郎は頭を下げた。「でも、これはみんなの力があってこそです」

国王は黒い鎧の破片と紫色の結晶を見て、深刻な表情になった。「『悪夢の王』は一時的に退いたが、帝国はまだ諦めていない。彼らは次の手を打ってくるだろう」

「次は何をしてくるでしょうか?」マウリツィオが尋ねた。

「わからん」国王は首を振った。「だが、満月まであと四日。彼らは儀式を何としても成功させようとするだろう」

一郎たちは神殿に戻り、状況を分析し始めた。彼らは「悪夢の王」との戦いで多くの力を消耗していたが、時間は待ってくれない。

「『永夜の城』の封印を強化したとしても、彼らは別の方法で儀式を行おうとしているようだ」レオンが紫色の結晶を調べながら言った。

「この結晶」マウリツィオ長老が注目した。「これは『悪夢の種』と呼ばれるものかもしれない。『夢を喰らう者』の力の一部が結晶化したもの」

「儀式に使われる可能性がある?」キースが鋭く質問した。

「十分考えられる」長老は頷いた。「特に、次の満月の夜には」

「では、この結晶を安全に保管する必要があります」ミラが提案した。

彼らは結晶を「眠りの神殿」の最も安全な場所、「星の間」の奥にある金庫に保管することにした。

「今夜は全員、休息を取るべきだろう」国王が言った。「明日、両国の連合軍で今後の戦略を練る」

全員が同意し、それぞれの部屋へと向かった。一郎は疲労で足を引きずりながら自室に戻った。

「大丈夫?」アイリスが彼に寄り添った。

「ああ、ただ疲れただけだよ」一郎は微笑んだ。「でも、まだ終わっていないんだね」

「そうね」彼女は静かに言った。「でも、今日の戦いで私たちは証明したわ。『星の集め手』と『四人の守護者』が力を合わせれば、『夢を喰らう者』にも対抗できることを」

「それが救いだね」一郎は言った。「僕一人では絶対に無理だった」

彼の部屋の前で二人は立ち止まった。

「明日、また」アイリスは別れ際に彼の手を軽く握った。

「うん、おやすみ」一郎は微笑み返した。

彼が部屋に入ると、窓からは満月が近づきつつある夜空が見えた。まだ四日の猶予がある。それまでに、彼らは次の戦いに備えなければならなかった。

彼はベッドに横になりながら考えた。「『星の集め手』として、自分は何ができるのか?」

彼が疲労で眠りに落ちる直前、不思議な光景が脳裏に浮かんだ。それは星空の中に立つ前代の「星の集め手」の姿だった。

「決戦は近い…準備をせよ…」

その言葉が彼の心に響き、やがて深い眠りに落ちていった。

---

翌朝、神殿では両国の指導者たちによる緊急会議が開かれていた。国王アルバート、マウリツィオ長老、キース将軍、そして一郎たちが参加していた。

「帝国は一時的に撤退したが、次の攻撃に備えなければならない」国王が会議を始めた。「特に、満月の夜には何かを仕掛けてくるだろう」

「我々の選択肢は限られている」キースが地図を広げた。「防衛を固めるか、先制攻撃を仕掛けるか」

「先制攻撃?」マウリツィオが驚いた声で言った。「『永夜の城』に?」

「その可能性も検討すべきだ」キースは頷いた。「敵の本拠地で儀式を阻止する」

「しかし、前回の侵入はかろうじて成功しただけだ」レオンが指摘した。「今や彼らは警戒を強化しているだろう」

議論が続く中、一郎はやや離れた場所で黙って考え込んでいた。昨晩見た夢のことを思い出していたのだ。

「エドガー?」アイリスが彼の異変に気づいた。「何か思いついたの?」

「ああ」一郎は頷き、全員の注目を集めた。「昨晩、僕は夢で前代の『星の集め手』と会った気がする」

「夢の中で?」マウリツィオが身を乗り出した。

「うん」一郎は説明した。「彼は『決戦は近い』と言っていた。そして…『眠りの力の真髄』について示してくれた」

「真髄?」ミラが興味を示した。

「『星の集め手』の本当の力は、直接『夢を喰らう者』と対抗することじゃない」一郎は静かに言った。「彼らの『悪夢』に対し、『良い夢』をもたらすこと。恐怖に対し、希望を」

「それは哲学的な話に聞こえるが」キースがやや混乱した様子で言った。「実際の戦略としては?」

「僕たちは防御でも攻撃でもない、第三の道を選ぶべきなんだ」一郎は答えた。「彼らが儀式を行うなら、私たちも儀式を行う」

「対抗儀式?」レオンが理解し始めた。「『夢を喰らう者』の解放に対し、彼らを封じる儀式を」

「その通り」一郎は頷いた。「しかも、彼らが儀式を行うのと同じ満月の夜に」

部屋には重い沈黙が流れた。これは大胆な提案だった。

「実現可能なのか?」国王が尋ねた。

「『眠りの神殿』には古代からの儀式の記録がある」マウリツィオが言った。「『星の集め手』と『四人の守護者』による封印儀式…やれない話ではない」

「しかし、問題がある」レオンが指摘した。「この儀式を成功させるには、『夢を喰らう者』の核がいる。それは今、『永夜の城』にある」

「いいえ」マウリツィオは首を振った。「我々は既に一部を持っている。あの紫の結晶だ」

「一部で十分なのか?」キースが疑問を呈した。

「通常なら不十分だろう」長老は認めた。「だが、『星の集め手』の力が強大なら可能かもしれない」

全員の視線が一郎に注がれた。彼は深呼吸し、決意を示した。

「やってみよう」彼は言った。「成功する可能性があるなら」

「私たちも賛成よ」アイリスが「四人の守護者」を代表して言った。

国王は考え込んだ後、頷いた。「ならば、その方向で準備を進めよう。同時に、防衛も怠らないようにする」

会議は新たな方針で進み、封印儀式の準備が始まった。マウリツィオと長老たちは古代の文献を調査し、必要な材料や手順を確認していく。一方、キースは両国の軍を率いて神殿の防衛体制を強化した。

一郎たちも準備を始めた。「四人の守護者」はそれぞれの力を高めるための修行を行い、一郎は「星の集め手」としての力を極限まで引き出す訓練を続けた。

「このようにして儀式を行います」マウリツィオは古い羊皮紙に描かれた図を広げた。「五人は星型に配置につき、『夢を喰らう者』の核を中心に置きます」

「私たちの力を通して、核に封印をかけるのね」アイリスが理解した。

「そう」長老は頷いた。「しかし、難しいのは『夢を喰らう者』が抵抗すること。特に満月の夜には彼らの力が最も強まる」

「だからこそ、私たちも満月の力を利用するんだ」一郎が言った。「星のエネルギーと月の光を借りて」

「その通り」マウリツィオは彼を見て微笑んだ。「あなたはまさに本物の『星の集め手』だ」

準備は急ピッチで進められ、神殿の中央広間には大きな魔法陣が描かれた。五人の立ち位置が示され、中心には紫の結晶を置くための台座が設置された。
周囲には護衛の騎士たちが配置され、万が一の侵入者に備えた。ファルミア王国とシュラーフェン公国の連合軍が神殿の島全体を守り、水上艦隊が湖を巡回していた。

そして満月の前日、最後の準備が整えられつつあった時、思いがけない来訪者があった。

「グスタフ・フォン・ナハト伯爵が到着しました」衛兵が報告した。「一人で来たようです」

「グスタフ伯爵?」一郎は驚いた。「帝国の?」

「和平派の指導者だ」キースが説明した。「一時期失脚していたが、復帰したとの噂があった」

国王アルバートが決断した。「会おう。彼が単身で来たのなら、話し合う価値はある」

グスタフ伯爵は会議室に案内された。白髪の貴族紳士で、疲れた様子だったが、気品は失っていなかった。

「お目にかかれて光栄です」彼は丁寧に礼をした。「このような時に受け入れていただき、感謝します」

「何の用件かね?」国王は直接的に尋ねた。

「警告と協力を申し出るためです」グスタフは真摯に答えた。「帝国は明日の満月の夜、『夢を喰らう者』を解放する儀式を行います。これを阻止するため、私は亡命してきました」

「亡命?」アイリスが驚いた声を上げた。

「皇帝は完全に『夢を喰らう者』の影響下にあります」伯爵は悲しげに説明した。「和平派は粛清され、私も命からがら逃げてきたのです」

彼は内ポケットから古い巻物を取り出した。「これは『夢を喰らう者』の儀式の真の手順です。彼らの計画を阻止するのに役立つでしょう」

マウリツィオが巻物を受け取り、素早く目を通した。「これは…非常に貴重な情報です」

「なぜ協力してくれるんだ?」キースは依然として疑わしげだった。

「私は帝国を愛しています」グスタフは静かに答えた。「だからこそ、『夢を喰らう者』の支配から救いたい。これは帝国のためでもあるのです」

一郎はグスタフの目を見つめた。そこに嘘や策略の色は見えなかった。「彼は本当のことを言っている」

「あの…」グスタフは少し躊躇いながら一郎に向き直った。「あなたが『星の集め手』ですか?」

「はい」一郎は頷いた。

「伝説通りの力の持ち主」グスタフは敬意を込めて頭を下げた。「あなたにお会いできて光栄です。実は私の先祖も『星の集め手』に仕えた一人だったと言われています」

「あなたの協力は大いに助かります」国王アルバートは決断した。「グスタフ伯爵、明日の儀式の準備に加わっていただけますか?」

「喜んで」グスタフは安堵の表情を見せた。

彼の提供した情報により、儀式の詳細がより明確になった。「夢を喰らう者」の側も同様の儀式を準備しており、どちらが先に力を集中させるかが勝負の分かれ目になると思われた。

満月の朝、神殿は緊張に包まれていた。一郎は早くから目覚め、湖を見つめていた。空は晴れ渡り、夜には満月が美しく輝くことだろう。

「準備はできた?」

アイリスが彼の部屋を訪ねてきた。彼女も緊張している様子だったが、目には決意の色が宿っていた。

「うん」一郎は星型のペンダントを握りしめた。「『星の集め手』として、できることを全てやるよ」

「私たち五人なら、きっと成功するわ」アイリスは彼に微笑みかけた。

日中、最終確認が行われ、全ての準備が整えられた。夕方になると、全員が中央広間に集まり、儀式の開始を待った。

「満月が昇り始めました」マウリツィオが窓の外を指差した。

「では、始めよう」一郎は決意を固めた。

彼らは魔法陣の指定された位置につき、中央には紫の結晶「悪夢の種」が置かれた。一郎は北の位置、アイリスは東、キースは南、レオンは西、ミラは北東という配置だった。

「満月の光を取り込む」マウリツィオが儀式の手順を読み上げた。「『星の集め手』が光を集め、『四人の守護者』がそれを増幅する」

天窓から差し込む月の光が、魔法陣を照らし始めた。一郎は深く呼吸し、「星の集め手」の力を呼び覚ました。彼の体から青い光が溢れ出し、魔法陣の線をたどって中央の結晶に向かう。

「四人の守護者、力を注げ」マウリツィオが続けた。

アイリスの紫の光、キースの赤い光、レオンの紺色の光、ミラの水色の光—四色の光が一郎の青い光と交わり、結晶を包み込んでいく。

「古の封印よ、再び目覚めよ」彼らは声を揃えて詠唱した。「星と月の名において、悪夢を封じる」

結晶が輝き始め、中の紫色の渦が激しく回転する。光が強まるにつれ、結晶から抵抗の波動が放たれ始めた。

「彼らも儀式を始めている」グスタフが警告した。「帝国側からの干渉を感じる」

確かに、結晶からは黒い霧のようなものが漏れ出し、魔法陣を侵食しようとしていた。

「皆、さらに力を」一郎が呼びかけた。彼の青い光が強まり、黒い霧を押し返す。

儀式は一時間、二時間と続いた。全員が疲労の色を見せ始めたが、諦めなかった。

「このままでは持たない」キースが息を切らせながら言った。「力が足りない」

「もう一つの方法がある」レオンが提案した。「『悪夢の種』の中核に直接働きかける。それには、誰かの意識が結晶の中に入る必要がある」

「それは危険すぎる」マウリツィオが反対した。「意識が結晶に取り込まれれば、二度と戻れなくなるかもしれない」

「僕が行く」一郎が即座に言った。

「エドガー、だめよ!」アイリスが必死に反対した。

「『星の集め手』である僕しかできない」一郎は静かに言った。「前代の『星の集め手』も同じように封印したんだ」

彼は決断を下し、力を変化させた。青い光が彼の体から離れ、結晶に向かって流れ込んでいく。一郎の意識が身体から離れ、結晶の中へと入っていった。

結晶の中は無限の闇のような空間だった。そこには渦巻く紫の霧が存在し、その中心には「夢を喰らう者」の核—小さな赤い光の球体があった。

「ここが『夢を喰らう者』の本質か」一郎は理解した。

彼は手を伸ばし、その球体に触れようとした。しかし、紫の霧が激しく抵抗し、彼を押し戻そうとする。

「星の力よ」一郎は祈りを捧げた。「力を貸して」

外の世界では、一郎の体が青い光に包まれ、床から数センチ浮かび上がっていた。四人の守護者たちは彼に力を送り続けていた。

「頑張って、エドガー」アイリスは涙を浮かべながら祈った。

結晶の中で、一郎は星々の力を感じた。外の世界から送られる四色の光が彼に力を与える。彼は紫の霧を押し分け、ついに赤い球体に到達した。

「封印する」彼は球体に手を当てた。

途端、恐ろしい悲鳴が空間中に響き渡った。「夢を喰らう者」の抵抗だった。彼の意識が激しく揺さぶられ、記憶が混乱し始める。前世の記憶、現世の記憶、そして星の記憶が渦を巻いた。

「俺は…誰だ?」彼は混乱した。

その時、懐かしい声が聞こえた。「星の集め手よ、迷うなかれ」

前代の「星の集め手」の声だった。彼の姿が闇の中に現れる。

「私は千年前にも同じ戦いをした」彼は静かに言った。「そして封印した。しかし、完全には消滅させられなかった。今、あなたにその機会がある」

「どうすれば?」一郎は尋ねた。

「『夢を喰らう者』はただの悪ではない」前代の「星の集め手」は説明した。「彼らは人々の恐怖と不安の具現化。完全に消し去ることはできないが、バランスを取り戻すことはできる」

彼は赤い球体を指差した。「その核を二つに分ける。片方は封印し、もう片方は浄化して世界に返す。恐怖と希望のバランスを保つために」

一郎は理解した。彼は両手で赤い球体を包み込み、星のエネルギーを注ぎ込んだ。球体はゆっくりと二つに分かれ始めた。

「一方は闇に」彼は左手の球体を固く握った。「一方は光に」

右手の球体が青く輝き始め、それは紫から青へ、そして純白の光へと変わっていった。

「これで終わりだ」一郎は左手の球体を強力な光で包み込み、完全に封印した。右手の球体は解き放たれ、光となって四方八方に散っていった。

外の世界では、結晶が突然強烈な光を放ち、その後二つに分かれた。一方は漆黒の結晶に、もう一方は透明な水晶に変化した。

「何が起きたの?」ミラが驚いて尋ねた。

「彼がやった…」マウリツィオは驚嘆の声を上げた。「『夢を喰らう者』の力を分割して、バランスを取り戻した」

一郎の体が静かに床に降り立ち、彼は目を開けた。疲れ切っていたが、満足げな表情を浮かべていた。

「成功した…」彼は弱々しく微笑んだ。

アイリスが駆け寄り、彼を抱きしめた。「戻ってきてくれて良かった」

「おかげで無事だよ」一郎は彼女の手を握った。「みんなの力があったから」

「で、結局何をしたんだ?」キースが困惑した表情で二つの結晶を見つめた。

「『夢を喰らう者』のバランスを取り戻したんだ」一郎は説明した。「完全に消し去ることはできないけど、害のない形に変えることができた」

「素晴らしい」グスタフ伯爵が感嘆した。「千年前の封印よりも完璧な解決法です」

黒い結晶は安全に封印され、「眠りの神殿」の最深部に保管されることになった。透明な水晶は「良き夢の源」として、世界に希望をもたらす力となるだろう。

「これで『夢を喰らう者』の脅威は去ったのか?」キースが尋ねた。

「完全には」一郎は正直に答えた。「黒い結晶の封印は千年持つはず。でもいつか、また新たな『星の集め手』が現れる時まで」

「それが『星の集め手』と『四人の守護者』の宿命なのね」アイリスは理解した。

「そうみたいだね」一郎は疲れた微笑みを浮かべた。

彼らは儀式を終え、それぞれ休息を取ることにした。長い戦いの後、ようやく平和の時間が訪れたのだった。

―― 第20話 「帝国の切り札、悪夢の王」 終 ――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。

グミ食べたい
ファンタジー
 かつて「緑の公国」で英雄と称された若き魔導士キッド。しかし、権謀術数渦巻く宮廷の陰謀により、彼はすべてを奪われ、国を追放されることとなる。それから二年――彼は山奥に身を潜め、己の才を封じて静かに生きていた。  だが、その平穏は、一人の少女の訪れによって破られる。 「キッド様、どうかそのお力で我が国を救ってください!」  現れたのは、「紺の王国」の若き王女ルルー。迫りくる滅亡の危機に抗うため、彼女は最後の希望としてキッドを頼り、軍師としての助力を求めてきたのだった。  かつて忠誠を誓った国に裏切られ、すべてを失ったキッドは、王族や貴族の争いに関わることを拒む。しかし、何度断られても諦めず、必死に懇願するルルーの純粋な信念と覚悟が、彼の凍りついた時間を再び動かしていく。  ――俺にはまだ、戦う理由があるのかもしれない。  やがてキッドは決意する。軍師として戦場に舞い戻り、知略と魔法を尽くして、この小さな王女を救うことを。  だが、「紺の王国」は周囲を強大な国家に囲まれた小国。隣国「紫の王国」は侵略の機をうかがい、かつてキッドを追放した「緑の公国」は彼を取り戻そうと画策する。そして、最大の脅威は、圧倒的な軍事力を誇る「黒の帝国」。その影はすでに、紺の王国の目前に迫っていた。  絶望的な状況の中、キッドはかつて敵として刃を交えた伝説の女暗殺者、共に戦った誇り高き女騎士、そして王女ルルーの力を借りて、立ち向かう。  兵力差は歴然、それでも彼は諦めない。知力と魔法を武器に、わずかな希望を手繰り寄せていく。  これは、戦場を駆ける軍師と、彼を支える三人の女性たちが織りなす壮絶な戦記。  覇権を争う群雄割拠の世界で、仲間と共に生き抜く物語。  命を賭けた戦いの果てに、キッドが選ぶ未来とは――?

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...