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第2章 第1話「深夜遊園地の笑顔」
しおりを挟む「──はい、怪異蒐集録の結城です。本日はとある噂の検証のため、この廃遊園地に来ています」
結城翔真は、暗闇に向けてカメラを構えた。LEDライトが照らし出す円錐形の光の中で、錆びついた遊具たちが不気味な影を落としている。
「今回の舞台は『夢の国ドリームランド』。1980年代に一世を風靡した遊園地ですが、バブル崩壊後の1995年に閉園。現在は完全な廃墟となっています」
カメラを大きく旋回させると、廃墟と化した遊園地の全景が映し出される。朽ちたチケットブース、色褪せた看板、雑草に覆われた遊歩道。かつての賑わいは、影も形もない。
「ご覧の通り、メインストリートにはメリーゴーランドと観覧車がまだ残っています。この二つの遊具にまつわる怪異について、これから検証していきたいと思います」
前回の廃病院配信から2週間。チャンネル登録者数は10万人を突破し、視聴者からの心霊スポット情報が日々寄せられていた。今回の場所も、視聴者から送られてきた情報の一つだ。
翔真は固定カメラの映像をスマートフォンで確認する。園内4カ所に設置したカメラは、それぞれ正常に作動していた。
「まずは寄せられた情報を整理します」
翔真は、事前に準備した報告書を取り出した。暗視カメラの画面には、白く浮かび上がる文字が映る。
『・閉園後の深夜、メリーゴーランドが突如動き出す
・観覧車の最上部のゴンドラに、子供の姿が見える
・園内から子供の笑い声と機械音が聞こえる
・写真を撮ると、来園客の笑顔が写り込む』
「これらの現象が本当なのか、24時間の定点観測と実地検証で確かめていきます。現在の時刻は午後11時45分。伝聞では、怪異現象は深夜0時前後に──」
その時だった。メリーゴーランドの方から、かすかな機械音が響いてきた。
「……今の音、聞こえましたか?」
翔真は立ち止まり、耳を澄ませる。風に乗って、子供の笑い声が微かに聞こえる。
「編集でいれた効果音ではありません。これは生音です」
配信画面のコメント欄に、視聴者の反応が流れ始める。
『音、確かに聞こえた!』
『子供の声だよね?』
『怖すぎ』
翔真はゆっくりとメリーゴーランドに近づく。かつては色鮮やかだったであろう木馬たちが、暗視カメラの中で無機質なシルエットとなって浮かび上がる。
その時、奇妙なコメントが混じり始めた。
『もう、乗せてあげたの?』
『私も、乗りたかったな』
『ママ、次は観覧車に乗ろう!』
「……何ですか、このコメント」
画面を確認しようと視線を落とした瞬間、異変が起きた。
軋むような音を立てて、メリーゴーランドが動き始めたのだ。
「え、嘘でしょ……電源は完全に止まってるはずなのに」
暗視カメラの映像には、ぎこちなく回転を始めたメリーゴーランドが映っている。そして、一頭の木馬の上に、おぼろげな人影が見えた。
「あれは……」
慌ててズームすると、木馬に乗った子供の姿が浮かび上がる。手を振っているその表情は、喜びに満ちていた。しかし──不自然なほどに。
「これは編集ではありません。スマートフォンでも同じものが見えています」
翔真はスマートフォンの画面を示す。確かに、同じ光景が映っていた。
コメント欄には、さらに奇妙な書き込みが続く。
『あの子も一緒に連れてってあげて』
『みんなで遊ぼう!』
『もうすぐ、閉園の時間だよ』
突如、固定カメラの映像が乱れ始めた。
「カメラ4の様子がおかしい。確認してきます」
翔真は観覧車近くに設置したカメラに向かって足を進める。懐中電灯の光が揺れるたびに、遊具の影が不気味に歪む。
かつて、この場所はどれほどの笑顔で溢れていただろう。家族との思い出、友人との語らい、恋人との約束。数え切れない幸せな瞬間が、この園内に詰まっていたはずだ。
それが今は──。
現場に着くと、カメラは上を向いていた。レンズは観覧車の最上部を捉えている。
「誰かが動かしたのか……」
その時、観覧車が大きく軋んだ。ゴンドラが、何かに引っ張られるように揺れ始める。
暗視カメラで最上部を覗き込むと、人影が見えた。手を振るその仕草は、誰かを招いているようだ。
『もうすぐ、みんなで遊べるよ』
『待ってたの』
『さあ、笑って!』
翔真の背後で、メリーゴーランドの回転が加速していく。木馬に乗った子供たちの笑顔が、次第に歪んでいく。その表情は、もはや人間のものとは思えなかった。
「これは、まずい」
撤収を決意した瞬間、全てのカメラの映像が乱れ始めた。暗視モードのノイズの中に、無数の笑顔が浮かび上がる。
それは、この遊園地で撮影された来場者たちの表情だった。歓喜に満ちた笑顔が、ノイズとなって画面を覆い尽くしていく。純粋な喜びの表情が、異形の恐怖へと変容していった。
カメラを通して見える光景が、現実の風景とずれ始める。観覧車のゴンドラには次々と人影が現れ、メリーゴーランドでは子供たちの姿が増殖していく。
かつて、妹を失った廃病院での出来事を思い出す。あの時も、映像の中に異形の笑顔が映り込んでいた。
「まさか、あの事件から──」
その時、チャットに最後のコメントが流れた。
『素敵な思い出を、永遠に』
翔真の目の前で、観覧車が大きく軋んだ。最上部のゴンドラに乗っていた人影が、首だけをくるりと180度回転させる。
「映像に残ることで、怪異は増殖していく……!」
歪んだ笑顔が、翔真を見つめていた。その表情は、妹が最後に見せた笑顔とそっくりだった。
「カット! カット!」
必死でカメラの電源を切ろうとする翔真。しかし、スイッチを切っても、カメラの赤いランプは点滅し続けていた。
録画は続いている。
永遠の思い出として──。
翔真のスマートフォンに、一通の通知が届く。見知らぬアカウントからのメッセージだった。
『結城さん、面白い配信でしたね。
でも、まだ序章です。
本当の恐怖は、これから──』
差出人の名前は、「玖堂レイ」。
(第1話 完)
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