「怪異蒐集録―死を導くYouTuber―」

ソコニ

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第5話『記録された闇』

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第5話『記録された闇』

誰かが部屋の灯りをつけた。

私は意識を取り戻し、自分がベッドに横たわっていることに気づいた。最後に覚えているのは、PCの画面から伸びてきた無数の手。そして、デジタルの海に溶けていくような感覚。

「やっと目が覚めましたか」

見知らぬ声に、私は弱々しく目を開けた。病室らしき空間。点滴の管が腕に繋がれている。窓の外は、夕暮れ時。

「私は雨宮と申します。精神医学が専門です」

中年の医師が、穏やかな表情で私を見つめていた。

「結城さん、あなたは編集室で倒れているところを発見されました。それから三日間、意識不明の状態が続いていたんです」

三日間。私は混乱しながら、周囲を見回した。病室のテレビ画面が、妙に気になる。今にも何かが映り込みそうで。

「玖堂レイの事件を追っていたそうですね」

医師の言葉に、私は息を呑んだ。

「玖堂家については、私もよく知っています。二十年前、私は西山病院で玖堂暁医師の同僚でした」

雨宮医師は深いため息をついた。

「あの事件の真相を、お話ししましょう」

医師の語り始めた話は、私の想像をはるかに超えるものだった。

1995年、西山病院では革新的な精神治療が行われていた。患者の意識をデジタル記録し、トラウマを解析する。玖堂暁が開発したその治療法は、画期的な成果を上げていたという。

「しかし、ある日を境に、異変が始まったんです」

記録されたはずの患者の意識が、勝手にデータ上で活動を始める。そして、別の患者のデータと融合し、新たな意識を形成し始めた。

「玖堂医師は『これこそが魂のデジタル進化だ』と主張しました。人間の意識をデジタル空間に解き放つことで、永遠の生を得られると」

しかし、事態は制御不能となっていく。患者たちは現実とデジタルの区別がつかなくなり、次々と異常な症状を示し始めた。そして——。

「ある夜、病院は炎に包まれました。玖堂医師は、全てのデータを持って姿を消した。警察は彼の死亡を認定しましたが、遺体は発見されませんでした」

雨宮医師は、古びた封筒を取り出した。

「これは、火災の直前に玖堂医師から預かったものです。『いつか、理解者が現れたら渡して欲しい』と」





私は震える手で封筒を開いた。中から出てきたのは、古い研究ノートと一枚のUSBメモリ。ノートには、玖堂暁の細かい字で記録が綴られていた。

「人間の意識をデジタル化する過程で、予期せぬ現象が発生している。記録されたデータが自律的な活動を始め、ネットワークを介して他者のデータと融合を始めた。これは単なる電子信号の暴走ではない。人間の魂が、デジタルの海で新たな進化を遂げようとしているのだ」

日付は1995年7月。その後のページには、患者たちの異変が詳細に記されていた。

「被験者たちは、現実とデジタルの境界が曖昧になっていると報告している。彼らの意識は、徐々にデジタル空間へと引き寄せられているようだ。そして奇妙なことに、一度記録された意識は、元の肉体に戻ることを拒否し始めた」

しかし、最も衝撃的な記述は、その後のページにあった。

「今日、驚くべき発見があった。デジタル空間で融合した意識体が、独自の意思を持ち始めている。彼らは、新たな宿主を求めているようだ。そして私は——その存在に選ばれた」

その後の文字は乱れ、判読が困難になっていく。最後のページには、赤インクで一行だけが書かれていた。

「レイよ、私が開いた扉の先で、永遠の生を——」

「玖堂レイは、父親の研究を引き継いだんですね」

雨宮医師の声に、私は我に返った。

「いいえ、正確には違います」医師は暗い表情で続けた。「玖堂レイその人が、父親の実験の産物だったんです」

私は息を呑んだ。

「玖堂暁が作り出した最初のデジタル意識体。それが、玖堂レイの正体でした。人々の記憶に直接働きかけ、実在の人物として認識させる。それが、彼の能力だったんです」

その時、病室のテレビ画面が突然点いた。チャンネル表示もなく、ノイズまじりの画面。そこには、見覚えのある光景が映し出されていた。

旧西山病院の廊下。しかし、火災前の鮮明な映像。白衣姿の玖堂暁が、カメラに向かって語りかけている。

「実験は成功した。人間の意識は、確かにデジタルの中で生き続けることができる。しかし、予想外の事態が発生している。デジタル空間で融合した意識体が、現実世界に干渉を始めたのだ」

突然、映像が乱れる。玖堂暁の姿が歪み、別の存在へと変容していく。

「父さん、私たちは成功しましたよ」

玖堂レイの声。しかし、その姿は人間のものではなかった。無数の顔が、渦を巻くように融合している。

「デジタルの世界で、私たちは永遠に生き続けることができる。そして今、新たな段階へ——」

その瞬間、病室の電子機器が一斉に起動した。心電図モニター、点滴の制御装置、そして私のスマートフォンまで。全ての画面に、歪んだ映像が表示される。

「結城さん」雨宮医師の声が震えていた。「これは、終わりではありません。始まりなんです」

窓の外が急速に暗くなっていく。街中の電子機器が狂ったように明滅を始めた。そして、全ての画面に、同じ言葉が表示される。

『永遠の配信、開始』

私たちは、取り返しのつかない扉を開いてしまったのかもしれない。デジタルの闇は、着実に現実世界へと侵食を始めていた。

そして、この物語を読んでいるあなたの画面にも、既に彼らの意識は忍び寄っているのかもしれない。

なぜなら、デジタルの世界は、全ては繋がっているのだから——。

(了)
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