『転生商帝 〜金で戦争も王国も支配する最強商人〜』

ソコニ

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第18話「債券という武器、王室への接近」

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「北部の戦況はさらに悪化しています。アグラリア王国は『黒鷲傭兵団』に加え、新たに『赤竜騎士団』の雇い入れを決定したとの情報が…」

早朝のライアン商会会議室。情報担当のガルドが北部の最新情報を報告していた。ライアンは静かに聞き入り、時折地図上に印をつけながら情報を整理していく。

「魔鉱石の採掘可能地域が拡大していることも確認されました。予想よりも鉱脈が広がっているようです」

ソフィアが会計帳簿から目を上げた。

「北部投資ファンドの収益予測を上方修正すべきでしょうか?」

「いや、まだ早い」

ライアンは冷静に答えた。

「問題は王国財政だ。北部防衛の戦費は当初の予測を大きく上回っている。このままでは…」

エレナが資料を示した。

「王国財政局からの最新情報です。財政赤字は過去10年で最悪の水準に達しています。すでに各省庁への予算削減が始まり、貴族への補助金も削減される見込みです」

ライアンの目が鋭く光った。

「時が来たようだな」

彼は立ち上がり、窓から王宮の方向を見つめた。

「これは我々にとって千載一遇のチャンスだ。今こそ、戦時国債を王室に提案する時が来た」

***

数日後、ライアンはエドモンドとロイドを伴い、ブランデンブルク通りに建つ堂々たる石造りの建物の前に立っていた。サーディス王国財務省である。

「緊張しているのか?」

エドモンドが微笑みながら尋ねた。

「いいえ。むしろ興奮しています」

ライアンの顔には自信が満ちていた。

「財務大臣のセバスチャン卿は厳格な人物だ」

ロイドが忠告した。

「王国の財政を30年近く支えてきた古参で、新しいアイデアには警戒的だ。簡潔に、そして具体的な数字で説明することだ」

「アドバイスに感謝します」

三人は大きな扉をくぐり、財務省の中へと入っていった。

高い天井、古めかしい調度品、そして厳かな雰囲気の中を進み、彼らは最上階の財務大臣執務室へと案内された。セバスチャン・フォン・メルツ卿は70代の痩せた老人で、鋭い鷹のような目をしていた。長年の計算と数字との格闘が、彼の表情に深い刻印を残していた。

「ようこそ、エドモンド卿、ロイド殿」

彼は二人に軽く頭を下げた後、ライアンに視線を移した。

「こちらが噂の商人、ライアン殿ですな」

「お目にかかれて光栄です、セバスチャン卿」

ライアンは丁重に頭を下げた。

「早速ですが、用件を伺いましょう」

セバスチャン卿は冷ややかな表情で促した。

「私たちは王国財政の窮状を憂慮し、新たな資金調達方法を提案したいと思います」

ライアンは落ち着いた声で切り出した。

「北部の紛争長期化に伴い、通常の税収では戦費を賄えないことは明らかです。そこで提案したいのが『戦時国債』の発行です」

老財務大臣の眉が微かに動いた。

「国債?王国が債務を民間に負うということか?」

「はい。しかし、通常の借入とは性質が異なります」

ライアンは準備してきた資料を広げた。それは美しく装丁された革表紙の冊子で、詳細な図表と計算が記されていた。

「戦時国債とは、王国が発行する債券です。国民が購入し、一定期間後に利子と共に返済されます。つまり、王国民自身が戦争に投資する仕組みです」

セバスチャン卿は懐疑的な表情を崩さなかった。

「そのような例は聞いたことがない。なぜ国民が王国に金を貸すのだ?税として徴収すれば済む話だろう」

「増税には限界があります」

ライアンは冷静に反論した。

「特に戦時には商工業が停滞し、税収も減少します。さらに増税は民衆の不満を高める危険があります」

彼は資料の次のページを示した。それは詳細な収支予測だった。

「一方、戦時国債は『愛国的投資』という側面を持ちます。国民は王国を守る戦いに参加しながら、同時に利益も得られるのです」

セバスチャン卿は資料に目を通しながら、疑わしげに言った。

「利子の支払いが新たな財政負担になるのではないか?」

「確かにその側面はあります。しかし、通常の市場金利より低い利率で資金を調達できれば、短期的には財政の余裕が生まれます」

ライアンは次のページを示した。そこには複雑な利率計算と予測モデルが記されていた。

「さらに重要なのは、この資金で北部の魔鉱石鉱山開発を加速させれば、中長期的には大きな収入源になるということです。つまり、借金で投資を行い、その収益で借金を返済するという循環が成立します」

セバスチャン卿は資料を精査しながら、少しずつ表情を和らげていった。ロイドとエドモンドは時折補足説明を加えたが、主導権はあくまでライアンにあった。

一時間に及ぶ説明と質疑の後、老財務大臣は椅子に深く腰掛け、ため息をついた。

「理論上は興味深い提案だ。しかし…」

彼は窓の外を見つめた。

「これは単なる財政問題ではない。王室の威信に関わる問題でもある。王国が民に金を借りるというのは、前例のないことだ」

「前例のないことが、必ずしも間違いとは限りません」

ライアンは静かに言った。

「この危機的状況こそ、革新的な解決策が必要な時ではないでしょうか」

老人は長い沈黙の後、ようやく口を開いた。

「国債の発行には王室の許可が必要だ。そして、貴族会議の承認も」

彼はライアンをじっと見つめた。

「君の提案を国王陛下に伝えよう。聞き入れられるかどうかはわからないが…」

「それだけで十分です。機会をいただけることに感謝します」

会談を終え、財務省を後にした三人。エドモンドがライアンの肩を叩いた。

「見事だった。あのセバスチャン卿を動かすとは」

ロイドも頷いた。

「彼が国王に報告するなら、謁見の機会はほぼ確実だろう」

ライアンは静かに微笑んだ。

「これはほんの始まりに過ぎない。真の戦いはこれからだ」

***

予想通り、一週間後にライアンのもとに王宮からの使者が訪れた。テラモン3世国王が謁見を許可したという知らせだった。

「国王陛下との謁見だって?」

ガルドが驚きの声を上げた。

「信じられない。元奴隷が王と直接会うなんて」

「身分ではなく、必要性だよ」

ライアンは冷静に答えた。

「今、王国に必要なのは金だ。そして私には、その金を集める方法がある」

謁見の準備は入念に行われた。エレナの指導の下、宮廷マナーが繰り返し練習され、プレゼンテーション資料は何度も改訂された。国王に対する説明は、財務大臣へのものよりさらに簡潔で、かつ説得力のあるものでなければならなかった。

「陛下は賢明な方ですが、細かい数字よりも大局的なビジョンに興味をお持ちです」

エレナがアドバイスした。

「また、優柔不断な面もあります。明確な決断を促すような提案が効果的でしょう」

ライアンは頷いた。

「理解した。国の将来と王室の威信を守るという大義を強調しよう」

***

謁見の日、ライアンはエドモンドと共に王宮へと向かった。エドモンドは王室御用達の商人として宮廷に出入りする資格を持っていたため、ライアンの後見人という立場で同行したのだ。

白亜の王宮は朝の光を浴びて輝いていた。高い塔、優美なアーチ、壮麗な装飾。その美しさは圧倒的だったが、同時に王国の財政難を考えると皮肉にも感じられた。

「王宮の維持費だけでも年間10万ゴールドはかかるだろうな」

ライアンが小声で言った。

「その通り。しかし、それは王室の威厳を示すために必要な出費と考えられている」

エドモンドは答えた。

「だからこそ、財政問題は繊細なテーマなのだ」

彼らは宮廷官吏に導かれ、複数の回廊と広間を通り抜け、ついに小謁見室の前に到着した。そこではセバスチャン財務大臣が待っていた。

「来たか。準備はいいな?」

「はい、万全です」

「国王陛下の御機嫌は良い。しかし、長話は避けよ。要点を簡潔に」

扉が開かれ、彼らは小謁見室へと案内された。

部屋は豪華ながらも比較的小さく、親密な雰囲気があった。中央に座るテラモン3世は50代半ばの男性で、かつての勇壮さを思わせる体格と、賢明さを感じさせる温和な表情を持っていた。彼の傍らには王室顧問官が数名控えていた。

「陛下、ライアン・ミラー殿とエドモンド・ラグナー殿が参りました」

セバスチャン卿が告げた。

ライアンは宮廷作法通りに深く跪いた。

「お目にかかれて光栄です、陛下」

「立ちなさい、ライアン殿」

国王の声は予想外に優しく、温かみがあった。

「セバスチャン卿から君の興味深い提案を聞いた。『戦時国債』とやらについて、直接説明してほしい」

「恐れながら」

ライアンは丁寧に説明を始めた。財務大臣への説明よりもさらに簡潔に、視覚的な資料を用いながら、戦時国債の概念と利点を説明していく。特に強調したのは、国民一人一人が戦争に参加する意識を高める効果と、魔鉱石鉱山の開発による将来的な利益だった。

「つまり、陛下。この戦時国債は単なる財政手段ではなく、国を守る民の意志を結集するものなのです」

国王は興味を示し、時折質問を投げかけた。その質問は鋭く、論理的で、彼の賢明さを物語っていた。

「しかし、もし戦争が長引き、返済が困難になったらどうする?」

「その場合は『借り換え』という方法があります。満期を迎えた国債の一部を新たな国債発行で返済するのです」

「それは単に問題を先送りにしているだけではないのか?」

「いいえ、陛下。重要なのは、その間に魔鉱石鉱山からの収益が本格化することです。北部の資源開発が進めば、返済の原資は確保できます」

国王はさらに考え込み、顧問官たちと小声で会話した後、再びライアンに向き直った。

「君の提案は理にかなっている。しかし、これは王室だけでは決められない重大事だ」

彼は真剣な表情で続けた。

「貴族会議の承認が必要だろう。彼らは伝統を重んじ、新しい考えには警戒的だ。特に、王国が民に負債を負うという概念は…」

「陛下」

ライアンは恐れながらも、一歩踏み込んだ。

「この危機的状況では、伝統にとらわれない決断も必要ではないでしょうか。北部の戦況は悪化し、通常の手段では資金が足りません。戦時国債は短期的な財政問題を解決し、長期的には新たな収入源を確保する唯一の道なのです」

国王は長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。

「わかった。私から貴族会議に提案しよう。しかし、君自身も出席し、説明する必要があるだろう」

「光栄です、陛下」

「会議は一週間後だ。準備をしなさい」

謁見は予想以上に長く続いたが、最終的には成功だった。国王はライアンの提案に関心を示し、次のステップへと進む道を開いたのだ。

***

王宮を後にしたライアンとエドモンド。二人は王宮の庭園を通り抜けながら、静かに会話していた。

「見事だった。国王陛下が直接貴族会議に提案するとは」

エドモンドが感心した様子で言った。

「しかし、貴族会議はもっと難しい相手だ。保守派の貴族たちは伝統にこだわり、新しい金融概念には懐疑的だろう」

「その通りです」

ライアンは冷静に答えた。

「だからこそ、今から準備が必要だ」

「具体的には?」

「貴族会議の構成を詳しく教えてください。誰が保守派で、誰が革新派か。また、どの貴族がどのような経済的利害を持っているのか」

エドモンドは理解したように頷いた。

「なるほど。一人一人に合わせた戦略を立てるわけだな」

「その通りです。説得には論理だけでなく、心理も重要です」

王宮の門を出た二人は、待機していた馬車に乗り込んだ。行き先はライアン商会だった。

「商会に戻ったら、すぐに準備を始めましょう。エレナに貴族の調査を、ソフィアに財政データの分析を指示します」

ライアンの目には冷徹な計算の光が宿っていた。

***

ライアン商会に戻ると、ガルド、ソフィア、エレナが結果を聞くために集まっていた。

「無事、国王陛下との謁見を終えました」

ライアンが報告した。

「陛下は戦時国債の提案に関心を示され、一週間後の貴族会議で正式に議論されることになりました」

「素晴らしい!」

ソフィアが喜んだ。

「しかし、本当の戦いはこれからです」

ライアンは会議室の大テーブルに向かい、全員を招き入れた。

「貴族会議の承認を得るには、綿密な準備が必要だ。今から作戦会議を始めよう」

彼は全員に役割を割り振っていった。

「エレナ、君には貴族一人一人の詳細な情報が必要だ。家系、財産状況、政治的立場、そして何より『弱点と欲望』を調べてほしい」

エレナは優雅に頷いた。

「わかりました。父の人脈を使えば、かなりの情報が集められるでしょう」

「ソフィア、北部紛争の経済的影響と、戦時国債がもたらす利益の詳細な分析を頼む。特に各貴族の領地にどのような経済効果があるかを明確にしてほしい」

「はい、すぐに取りかかります!」

「ガルド、君には貴族の非公式な集まりや、彼らの間の噂を探ってほしい。誰が誰と同盟関係にあるか、誰が誰を敵視しているかなど、表には出ない人間関係だ」

ガルドは自信を持って頷いた。

「私の情報網をフル活用します」

テーブルには王国の地図と貴族の領地を示す図が広げられた。そこにエドモンドが主要な貴族の名前と、その政治的立場を書き込んでいく。

「保守派の中心はドラクロワ公爵だ。彼は先の王都商業連合での会合でも、クレメンスを支持していた」

ライアンは慎重に頷いた。

「ドラクロワ公爵は我々の最大の障壁になるだろう。彼についての詳細な情報を集めることが最優先だ」

エレナが思案げに言った。

「ドラクロワ家は古い貴族で、伝統を重んじますが…最近、彼らの財政状況はあまり良くないという噂があります。領地からの収入が減少しているとか」

ライアンの目が鋭く光った。

「それは重要な情報だ。彼の『公的な反対』と『私的な利益』の間に矛盾を作り出せるかもしれない」

彼はさらに質問を続けた。

「貴族会議で過半数を得るには、何人の支持が必要か?」

エドモンドが答えた。

「貴族会議は全32人。過半数なら17人だが、重要案件では3分の2、つまり22人の支持が望ましい」

「わかった。では全員の詳細なプロファイルを作成し、どのようにアプローチするかを検討しよう」

会議は夜遅くまで続いた。各貴族の情報が集められ、分析され、説得戦略が練られていった。壁には貴族会議のメンバー全員の名前が書かれ、それぞれに対する戦略が記されていった。

***

数日後、ライアン商会の地下室には驚くべき光景が広がっていた。壁一面に貴族たちの情報が貼られ、彼らの関係を示す線が複雑に絡み合っていた。まるで巨大な蜘蛛の巣のようだった。

「情報収集は順調です」

エレナが報告した。

「32人の貴族のうち、28人の詳細なプロファイルが完成しました。特に重要なのは、ドラクロワ公爵の秘密です」

彼女は公爵の肖像画を指さした。

「彼は表向き保守的な伝統主義者を装っていますが、実は領地の再開発に莫大な投資をしています。問題は、その資金が底をつきかけていること。彼は密かに融資先を探しているのです」

ライアンは冷笑した。

「なるほど。公の場では伝統を守る守護者を演じながら、裏では新しい事業に手を出している。興味深い矛盾だ」

ガルドも新たな情報を加えた。

「さらに、ドラクロワ公爵とバルト伯爵の間には古い確執があります。先代の時代からの領地争いが原因のようです」

「バルト伯爵は…」

エドモンドが地図を指した。

「北部地域に広大な領地を持つ有力貴族だ。彼が我々の味方になれば大きい」

議論はさらに続き、一人一人の貴族に対する戦略が固まっていった。財政的利益、個人的野心、家系の名誉、領民の福祉…それぞれの貴族が重視するポイントに合わせた説得材料が準備された。

「貴族会議までもう3日しかありません」

ソフィアが心配そうに言った。

「間に合うでしょうか?」

ライアンは自信に満ちた表情で答えた。

「十分だ。むしろ予想以上に順調に進んでいる」

彼は壁に貼られた国王の肖像を見つめた。

「我々の目的は単なる戦時国債の発行許可に留まらない。これは王国の経済システムそのものを変革する第一歩なのだ」

エレナが興味深そうに尋ねた。

「その先には何があるのですか?」

ライアンは静かに、しかし確信を持って答えた。

「中央銀行だ。国債発行の成功は、やがて中央銀行設立への道を開く」

部屋は静まり返った。彼の言葉には壮大な野望が込められていた。かつて奴隷だった男が、今や王国の経済システムを根本から変えようとしていたのだ。

「それが実現すれば…」

エドモンドが思わず呟いた。

「王国の通貨と金融を実質的に支配することになる」

「その通りだ」

ライアンは冷静に頷いた。

「戦争と財政危機は、変革の最大のチャンスとなる。そして我々は、その波に乗るのだ」

彼の目には冷徹な計算と共に、揺るぎない決意が宿っていた。貴族会議は単なる一戦に過ぎない。その先には、さらに大きな野望が待ち受けていたのだ。

「さあ、最終準備を始めよう。すべての貴族に対する戦略を完璧にすることだ」

彼らは再び作業に戻った。ライアンの頭の中では、すでに貴族会議での駆け引きのシナリオが何十通りも描かれていた。そして、どんな展開が起きても勝利へと導く戦略が練り上げられていたのだ。

(第18話 完)
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