「追放された神官見習い、迷宮で運命を書き換える~選択次第で未来が変わる因果律能力で神々に挑む~」

ソコニ

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第1章:「運命の目を持つ少年」 第1話

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冷たい石造りの床が膝を痛めた。

「すみません、すみません!」

リューク・アスターは慌てて雑巾を握り締め、水溜りを拭いていく。たった今、運んでいた水桶をひっくり返してしまったのだ。

「また見えたのか?」

見下ろす神官の声には苛立ちが滲んでいた。灰色の長い髭を蓄えた初級神官マークスは、冷ややかな目でリュークを見つめている。

「い、いえ…その…」

言葉を濁すリュークの青い瞳が、一瞬だけ金色に輝いた。彼の運命の目が、また暴走しそうになっていた。

***

「光輝く七神よ、我らに運命の導きを」

神殿の大広間で行われる朝の祈りの時間。巨大な円形ホールに集まった百人余りの神官たちは、揃って祈りの言葉を唱えていた。

リュークだけが、最後列の隅で体を小さくしている。神官見習いの白い制服に袖を通して三年。だが、他の同期たちが既に中央列に昇格している中、彼だけがまだ最後列だった。

「次に、今日の宿舎清掃担当を発表する」

祈りが終わり、神殿の管理を担当する神官クラウディウスが名前を読み上げる。

「地下書庫の整理当番は…リューク・アスター」

またか。リュークは小さく溜息をついた。地下書庫は神殿で最も埃っぽく、湿気の多い場所だ。そして最も人目につかない場所でもある。

他の見習いたちからは、あからさまな安堵のため息と、ちらりとこちらを見る視線が感じられた。

「あいつに任せておけば安心だよな」
「奇妙な目のヤツは、人前に出さないほうがいい」

小声の囁きは、耳をふさいでも聞こえてきた。

***

地下書庫は、神殿の地下三層に位置する広大な空間だ。何百年も前から集められた聖典や記録書が、天井まで届く本棚に所狭しと並んでいる。

リュークは梯子を登り、上段の本を取り出しては埃を払い、元に戻す単調な作業を続けていた。

「運命神エクロートの系譜…か」

手に取った古い羊皮紙の本は、七神の一人である運命を司る神について書かれたものだった。表紙をめくると、黄ばんだページには古代文字で記された内容が、かすかに読み取れる。

「運命の分岐点に立つ者には、神の眼が宿る—」

その瞬間だった。

視界が急に歪み、目の前の景色が水彩画のように流れ始めた。とっさに本棚につかまるリューク。また始まる。彼の「運命の目」が勝手に未来を捉えようとしていた。

「や、やめろ…」

歯を食いしばり、意識を保とうとするが、視界は次々と未来の断片を映し出す。

—梯子から落ちるリューク自身の姿。
—床に散らばる古文書。
—走り寄る神官の怒りの表情。

「うっ…!」

強烈な頭痛とともに、彼はついに梯子から足を滑らせた。落下する瞬間、彼の体は無意識に先ほど見た未来に反応し、とっさに身体をひねる。床に転がりはしたものの、危険な頭部の打撲は避けられた。

古文書は床に散らばり、予見通りの光景が広がる。

「何をしているんだ、リューク!」

走り寄ってきたのは図書管理の神官ヤマトだった。怒りに顔を赤らめている。

「すみません…また、目が…」

「またか!何度言えばわかるんだ。君のその『運命の目』とやらは、神殿では使ってはならないと」

神殿では、神から授かった能力は神事のためだけに使うべきとされている。神官の許可なく能力を使うことは厳しく戒められていた。だが、リュークの場合は違う。彼の能力は勝手に発動し、制御できないのだ。

「意図的に使ったわけでは…」

「言い訳はいい。さっさと片付けろ」

ヤマトは冷たく言い放ち、かかとを返して階段を上っていった。

リュークは黙って床に散らばった書物を拾い集め始めた。自分の能力が厄介なものだということは、誰よりも自分がよく知っている。

未来の断片を見る能力。物事の結末を予知できるはずの貴重な能力のはずだったが、リュークのそれは制御不能で、断片的で、役に立たない幻影ばかり。

しかも発動するたびに激しい頭痛に襲われる。

***

地下書庫の掃除を終え、リュークは神殿の共同食堂へと向かった。午後の日差しが窓から差し込み、白い大理石の床を黄金色に染めている。

食堂に入ると、既に多くの席が埋まっていた。神官見習いたちは数人ずつ固まって座り、楽しげに会話している。リュークの姿を見ると、彼らの声は少しだけ小さくなった。

「あいつ、また目が変になったらしいぜ」
「近寄るなよ、厄病神だ」

小声の噂話が、リュークの耳に届く。トレイを手に取り、配膳台に並ぶ。今日の昼食はパンと野菜スープ、それに少量の干し肉。

「リューク君、大丈夫?」

声をかけてきたのは、同期の見習い神官エマだった。やさしい笑顔の少女は、数少ないリュークに親切にしてくれる人間の一人だった。

「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」

「さっき地下書庫で何かあったって?」

「ちょっと転んだだけさ。いつものことだよ」

リュークは苦笑いを浮かべた。自分の能力について詳しく話したところで、理解してもらえるとは思えなかった。

「あら、エマちゃん。こんなところにいたの」

声の主は、神殿長の実子エルガス・セントフィールドだった。神官見習いながら、すでに上級クラスの紫色の帯を腰に巻いている。父親の地位のおかげだ、とささやかれている。

「一緒に食事しようよ。上級クラスの席があいてるから」

エルガスはリュークを一瞥し、嫌悪感をあからさまに表した。

「リューク君も一緒にどう?」エマが誘う。

「彼は結構だ。下級見習いは相応の場所で食べるべきだろう」

エルガスの言葉に、周囲からクスクスと笑い声が漏れる。

「大丈夫、エマ。いつも通り一人で食べるよ」

リュークは微笑んで答えた。実際、一人で食べる方が気が楽だった。

エマに引っ張られるように去っていくエルガスが、最後にリュークを振り返る。その瞳に浮かぶ軽蔑の色は隠しようもなかった。

***

食事を終え、リュークは神殿の裏手にある小さな中庭に向かった。ここはほとんど人が来ない場所で、彼のお気に入りの隠れ家だった。

石のベンチに腰掛け、小さなノートを取り出す。その中には、彼が見た「未来の断片」を記録していた。今日も新たに見た光景を、細部まで書き留める。

「もし制御できれば…」

リュークはため息をついた。運命の目の能力が制御できれば、きっと役に立つはずなのに。

遠くで鐘の音が鳴り響く。午後の祈りの時間を告げる鐘だ。リュークはノートをしまい、立ち上がる。

そのとき、突然強烈な頭痛が彼を襲った。

「うっ…!」

今日二度目の予知。しかし、今回はいつもと違った。視界が真っ赤に染まり、耳をつんざくような悲鳴が聞こえる。

—炎に包まれる神殿。
—床に転がる無数の人影。
—中央祭壇に立つ見覚えのある人物の背中。

「や、やめろ…!」

リュークは頭を抱え、膝をつく。まるで全身が燃えるような痛みに襲われる。そして、最後の光景。

—彼自身が、血に染まった床に横たわっている。

「リューク!大丈夫か!」

意識が遠のく直前、誰かが彼の肩をつかんでいるのを感じた。顔を上げると、そこには神殿で唯一、彼の能力を理解してくれていた老神官ガレスの心配そうな顔があった。

「先生…」

「また見えたのか?今回はひどいようだな」

ガレスは静かにリュークの横に腰を下ろし、肩に手を置いた。

「炎…神殿が、炎に包まれていました」

「未来か?それとも過去か?」

「わかりません…でも、恐ろしいものでした」

ガレスは眉をひそめた。80歳を超える老神官は、かつて神殿の預言者だった。神々の声を聞く能力は既に失われているが、その知識は健在だ。

「リューク、君の能力は厄介なものかもしれないが、神からの贈り物だ。慣れるまで時間がかかるだろうが、きっと意味がある」

リュークは弱々しく微笑んだ。ガレス以外、誰もそんな風に彼の能力を肯定してくれる人はいなかった。

「さあ、午後の祈りに行こう。遅れてはならん」

二人が中庭を出ようとした時、廊下の向こうから声が響いた。

「リューク・アスター!」

呼ばれて振り返ると、そこには神殿の執事長が立っていた。厳しい表情で、リュークを見つめている。

「はい!」

「すぐに神殿長の執務室へ来るように。神殿長があなたに会いたいとのことだ」

リュークは驚きに目を見開いた。神殿長が自分に?それも直接執務室に?下級見習いが神殿長に直接会うことなど、ほとんどなかった。

ガレスも同じく驚いた様子だった。

「何か、問題でも?」リュークは恐る恐る尋ねた。

「詳しいことは知らない。ただ、すぐに来るようにとのことだ」

執事長はそれだけ言うと、かかとを返して去っていった。

「どうしたのだろう…」

リュークは不安げにガレスを見た。老神官は眉をひそめたまま、考え込んでいる。

「わからんな。だが、恐れることはない。神殿長は厳しいが公正な方だ」

リュークはうなずいたが、胸の内の不安は消えなかった。先ほどの予知—炎に包まれる神殿の光景が、脳裏によみがえる。

「行ってこい。祈りは私が弁明しておこう」

老神官に背中を押され、リュークは重い足取りで神殿長の執務室へと向かった。廊下を歩きながら、彼は自分に言い聞かせるように呟いた。

「大丈夫、きっと大したことじゃない」

だが心の奥では、何か大きな運命の歯車が動き出したことを、彼の運命の目が感じ取っていた。
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