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第17話:「天才商人アリア・フェルナンド」
しおりを挟む橘交渉商会の開業から一週間が過ぎた。直樹は毎日早朝から深夜まで働き、商会の基盤固めに奔走していた。レオナルド・クラインとの契約を守るため、各地に連絡を取り、白狐の毛皮の確保に努めていた。ネイル村からは15枚の確保が約束され、周辺の村々からも少しずつ集まる見込みだった。
「あと20枚...」直樹は地図を広げ、まだ連絡を取っていない村を探していた。
事務所のドアが開き、若い女性が颯爽と入ってきた。彼女は20代前半で、長い黒髪を背中で一つに結び、知的な眼差しと凛とした佇まいを持っていた。上質な旅行服を身にまとい、その立ち振る舞いには教養の高さが感じられた。
「橘交渉商会の直樹様でしょうか?」彼女は堂々とした声で尋ねた。
「はい、私が橘直樹です」直樹は立ち上がって応えた。「どのようなご用件でしょうか?」
「はじめまして」女性は丁寧に頭を下げた。「私はアリア・フェルナンド。西の諸島から来た商人です」
直樹は驚いた。西の諸島といえば、カレイド市からかなり離れた富裕な貿易地域だ。そこから来た商人が、開業したばかりの小さな商会を訪れるとは意外だった。
「西の諸島からですか。遠路はるばるありがとうございます」直樹は商談室に案内した。「どのようなご用件でしょうか?」
アリアは席に着くと、直接本題に入った。「白狐の毛皮を探しています。上質なものを30枚ほど」
直樹は思わず息を呑んだ。白狐の毛皮30枚。これはレオナルドが求めている残りの数とほぼ同じだ。
「白狐の毛皮ですか...」直樹は慎重に言葉を選んだ。「確かに当商会では取り扱っておりますが、現在は大口の予約で在庫が不足しております」
アリアは鋭い目で直樹を見た。「レオナルド・クラインの注文ですね」
直樹は驚きを隠せなかった。「どうしてそれを?」
「商人の情報網です」アリアは微笑んだ。「私も同じ白狐の毛皮を探していて、カレイド市場を調べていたところ、あなたの商会とクラインの契約を知りました」
直樹は【最強の値切り】スキルを発動させた。アリア・フェルナンドの周囲が金色に輝き、情報が浮かび上がる。彼女は確かに西の諸島の名家フェルナンド家の一人娘で、若くして家業を継いでいた。才気と冷静な判断力で知られ、「西の若き女帝」と呼ばれることもあるらしい。そして何より、彼女もレオナルド・クラインの過去の行為を知っており、警戒していた。
「フェルナンドさん」直樹は真摯に言った。「率直に申し上げますが、私はレオナルド氏の契約に縛られています。彼が白狐の毛皮50枚を注文し、既に前金を受け取っています」
「そして彼が契約破棄を狙っていることも知っているのでしょう?」アリアは直球で言った。
直樹は驚いた表情を隠せなかった。「なぜそこまで...」
「彼は私の父とも同じことをしました」アリアの表情が曇った。「5年前、父の商会が西の諸島からカレイド市に進出しようとした時、レオナルドは同様の手口で大きな損害を与えたのです」
直樹は事態の重大さを理解した。アリアはただの競合相手ではなく、レオナルドの被害者の家族でもあったのだ。
「それで、私に何を提案されるのでしょうか?」直樹は慎重に尋ねた。
アリアはビジネスライクに答えた。「協力です。私たちで白狐の毛皮をすべて確保し、レオナルドの計画を挫折させましょう」
「それは契約違反になります」直樹は即座に答えた。「私のビジネスの信条に反します」
アリアは少し意外そうに直樹を見た。「彼が悪意を持っていることを知っていても、契約を守るのですか?」
「はい」直樹は迷いなく答えた。「私は商人として、交わした約束は守ります。それが私の商会の理念です。しかし...」彼は言葉を続けた。「レオナルド氏が契約破棄を試みるなら、私はそれに対抗する手段を講じるでしょう」
アリアは暫く直樹を観察し、やがて微笑んだ。「興味深い。あなたは評判通りの人物ですね」
「評判?」
「ええ」アリアは頷いた。「南方での絹商人組合との交渉や、東街道の山賊問題の解決など、あなたの交渉術は商人の間で話題になっています」
直樹は少し照れた様子で頭を掻いた。「そこまで大げさな...」
「ところで」アリアは話題を変えた。「私も白狐の毛皮が必要なのは事実です。レオナルドへの対抗心だけではなく、西の諸島の高級衣料市場向けに本当に必要としています」
「現状では難しいですが...」直樹は考え込んだ。「もし可能であれば、別の解決策を考えてみましょう」
二人は午前中いっぱいかけて話し合った。アリアは商業に関する深い知識と洞察力を持ち、直樹は彼女との会話から多くの刺激を受けた。特に西の諸島の市場事情や、最新の商業トレンドについての情報は非常に価値があった。
昼食時、直樹はアリアを「マザーの食堂」に案内した。
「こちらは私が最初に仕事をもらった場所なんです」直樹は少し懐かしそうに説明した。「今でも特別な場所です」
マーサはアリアを見るなり、直樹に意味深な視線を送った。「まあ、素敵なお嬢さんね」
「彼女はアリア・フェルナンドさん、西の諸島からの商人です」直樹は紹介した。「アリアさん、こちらがマーサさん。私の恩人です」
「はじめまして」アリアは礼儀正しく挨拶した。「素敵なお店ですね」
食事をしながら、二人は引き続きビジネスについて語り合った。そして、白狐の毛皮問題についてついに妥協点を見出した。
「では、こういう案はいかがでしょう」直樹が提案した。「私はレオナルド氏との契約を守るため、50枚の白狐の毛皮を集めます。同時に、あなたのために別の高級毛皮、例えば銀狐や青狐の確保を優先的に行います。また、私の知る限り、特殊な染色技術を使えば、白狐に似た風合いを出すことも可能です」
アリアは考え込んだ。「それは興味深い提案ですね。私の目的は高級感のある毛皮製品ですから、必ずしも白狐である必要はないかもしれません」
「それに」直樹は続けた。「もしレオナルド氏が本当に契約破棄を試みるなら、その時は改めて相談しましょう。不測の事態に備えて、お互いに連絡を取り合いましょう」
アリアは満足げに頷いた。「良い提案です。それでは、銀狐の毛皮20枚と青狐10枚を注文します。そして...」彼女は少し言葉を選んで続けた。「もしあなたがレオナルドの策略を見破り、対応できるなら、私も協力します」
「ありがとうございます」直樹は真摯に答えた。「必ずあなたの期待に応えます」
食事を終え、二人は商会に戻った。正式な契約書が作成され、アリアは前金として銀貨200枚を支払った。彼女が帰る前、最後に興味深い提案をしてきた。
「橘さん、実は私はカレイド市に支店を出す計画を立てています」アリアは言った。「この街は西の諸島と東の村々を結ぶ重要な交易点です。もし私が支店を開いたら、あなたとは競争相手になりますが...同時に協力できる分野もあるでしょう」
直樹は興味を示した。「競争と協力...それは健全なビジネス関係だと思います」
「この街で成功するのは私かあなたか...それとも両方か」アリアは微笑んだ。「いずれにせよ、また会いましょう、橘直樹さん」
アリアが去った後、直樹は窓際に立ち、彼女の後姿を見送った。西の諸島の才女、アリア・フェルナンド。彼女との出会いは、直樹に新たな刺激と挑戦をもたらした。
---
翌日、直樹は早速アリアとの契約を履行するための準備を始めた。銀狐と青狐の毛皮を探すため、東の村々に連絡を取る。同時に、白狐の毛皮の収集も進める必要がある。
午前中、ガルド・バロンが商会を訪れた。
「調子はどうだ?」ガルドは直樹の忙しそうな様子を見て尋ねた。
「おかげさまで」直樹は笑顔で答えた。「新しい顧客も増えてきました」
直樹はアリア・フェルナンドとの出会いと契約について説明した。ガルドは興味深そうに聞いていた。
「アリア・フェルナンド...」ガルドは思い出すように言った。「彼女の父親は西の諸島で名の知れた商人だった。数年前に引退し、娘に商会を託したと聞いている」
「彼女は非常に優秀な方でした」直樹は素直に評価した。「若いですが、商業に関する知識は深く、判断も的確です」
「注意しなさい」ガルドは少し心配そうに言った。「彼女は『西の若き女帝』と呼ばれるほどの商才の持ち主だ。協力者として素晴らしいが、競争相手としては手強いぞ」
「はい」直樹は頷いた。「彼女も近々カレイド市に支店を出すと言っていました」
「そうか...」ガルドは考え込んだ。「カレイド市の商業界は活気づくな」
直樹はレオナルド・クラインとの件についても、ガルドに相談した。アリアが提供した新たな情報と、それに対する自分の戦略について説明する。
「確かにクラインの手口としては典型的だ」ガルドは頷いた。「白狐の毛皮50枚という無理な要求をして、それが集まらないことを見越している。集まったとしても、何か別の難癖をつけるだろうな」
「私は契約を守るつもりです」直樹は決意を示した。「そして、彼が契約破棄を試みるなら、それに対抗する準備もしています」
「どんな対策だ?」
直樹は自分の計画を説明した。単に白狐の毛皮を集めるだけでなく、南方の特殊な絹と組み合わせた独自のデザイン、そして「限定品」としての付加価値を創出する戦略だ。
「彼の真の目的は上流階級向けの特別な商品です」直樹は言った。「私が提供するのは単なる素材ではなく、彼が断れないような商品価値です」
ガルドは感心した様子で頷いた。「なるほど。相手の真の目的を見抜き、それに応える戦略か。さすがは値切りの達人だな」
「ありがとうございます」直樹は謙虚に答えた。「まだ道半ばですが」
ガルドが帰った後、直樹は再び仕事に戻った。毛皮の調達先との連絡、南方の絹商人組合への特殊注文、そして独自のデザイン案の作成...やるべきことは山積みだった。
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その日の夕方、直樹が事務所で仕事をしていると、突然の来訪者があった。東街道警備隊のガストンだった。
「橘!大変だ!」ガストンは息を切らして飛び込んできた。
「どうしたんだ?」直樹は驚いて立ち上がった。
「東街道で商隊が襲われた」ガストンは急いで報告した。「我々の管轄外の区域だが、聞いた話では毛皮を運んでいた商隊らしい」
「毛皮?」直樹は緊張した。「ネイル村からの?」
「いや、西からの商隊だ」ガストンは答えた。「しかし、襲った山賊は俺たちの元仲間らしい。我々が街道警備に転向した後、新たに結成された山賊団だ」
直樹は事態の深刻さを理解した。「負傷者は?」
「数人の軽傷者と聞いている。幸い死者はいない」ガストンは報告した。「だが、毛皮のほとんどが奪われたらしい」
「なぜ私に知らせに来てくれた?」直樹は尋ねた。
「お前が街道の安全に関わっていると知っているからだ」ガストンは答えた。「それに...噂では、その商隊はフェルナンド商会のものだと聞いた」
「アリアの?!」直樹は驚いた。「詳細をもっと教えてくれ」
ガストンから得た情報によると、フェルナンド商会の商隊は西から珍しい毛皮を運んでいたという。それが山賊に襲われ、貴重な毛皮の多くを奪われたのだ。
「今すぐ現場に行かなければ」直樹は決意した。「ガストン、協力してくれないか?」
「もちろんだ」ガストンは力強く頷いた。「俺たちの街道警備隊の名誉にかけても、元仲間の不始末は許せない」
直樹は急いで必要な装備を整え、ガストンと共に東街道へと向かった。アリア・フェルナンドと協力関係を結んだばかりの直樹にとって、この事件は看過できないものだった。
「アリアの商隊が襲われたということは...白狐の毛皮問題にも影響するかもしれない」
直樹は馬を駆りながら、状況の把握と最適な解決策を考えていた。彼の商人としての力量が、再び試される時が来たのだ。
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