『紅い部屋の子どもたち——封印された約束、蘇る儀式—』

ソコニ

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第9話「封印された記憶」

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道を塞ぐ子どもたちと河合宮司の前で、真一は逃げ場を失っていた。東への山道は霧に包まれ、その先には不確かな脱出ルート。しかし、祖母の遺言を信じれば、それが唯一の希望だった。

「紅い部屋には行きません」真一は強く言い放った。

子どもたちはくすくす笑い、河合は悲しげな表情を浮かべた。

「そうか。ならば、あなた自身の記憶を取り戻すまで、待ちましょう」河合は子どもたちに目配せした。「彼らがあなたを案内します」

一瞬の隙をついて、真一は子どもたちの横を駆け抜けた。振り返ると、彼らは追ってこず、ただ無言で微笑んでいた。不気味だった。まるで、真一がどこに行こうとも意味がないと言わんばかりの笑顔。

霧の中、真一は村に引き返した。脱出を諦めたわけではない。ただ、別のルートを探すために。そして何より、自分の封印された記憶を取り戻さなければ、逃げても永遠に子どもたちに追われる気がしていた。

「まずは神社だ」

真一は足早に神社へと向かった。境内に入ると、朝の静寂が漂い、鳥居の向こうに「紅き御子の社」の姿が見えた。社は朝日を浴びて赤く輝いていた。その光景に、真一はかつて見た景色を思い出した。子どもの頃、友達と神社で遊んだ記憶。

「あれは…」

神社の裏手に小さな道が見えた。もう雑草に覆われているが、かつてはよく通った小道のようだ。記憶を辿るように歩き始めると、足が自然と進む方向を覚えていた。

小道はしばらく森の中を続き、やがて小さな丘の上に出た。そこには古びた小屋があった。壁板は風雨に晒され色あせ、屋根の一部は崩れ落ちていたが、建物自体は健在だった。入口の上には手書きの看板があり、「秘密基地」と子どもの字で書かれている。

「ここか…」

心臓が早鐘を打つのを感じながら、真一は小屋の扉を開けた。軋む音とともに、15年間誰も入っていなかった暗い内部が現れた。窓から差し込む光を頼りに中を見渡すと、ほこりをかぶった子どもの遊び道具——ボール、野球グローブ、漫画本——が散乱していた。まるで時間が止まったように、15年前のまま残されていた。

しかし真一の目を引いたのは、壁一面に描かれた無数の赤い手形だった。子どもの手のひらサイズの手形が、壁いっぱいに広がっている。その中央には「紅い約束」と赤い絵具で大きく書かれていた。

手形に近づき、真一は恐る恐る指で触れた。すると、頭に鋭い痛みが走った。

_閃光。子どもたちの笑い声。「紅の游び、始めよう!」_

記憶が断片的に蘇ってくる。ここは自分と村の子どもたちの秘密基地だった。健太を中心に、8人でよく遊んでいた場所。そして「紅の游び」を行った場所。

「紅の游び…」

その言葉を口にした瞬間、真一の脳裏に映像が浮かび上がった。子どもたちが輪になり、手をつないでいる。中央には小さな動物——最初はカエルや虫、後にはネズミや野良猫——が置かれている。

真一は壁にもたれかかり、記憶の洪水に耐えようとした。「紅の游び」は単なる遊びではなかった。健太が村で見つけた古い本に書かれていた儀式を真似たものだった。動物を生贄にして「紅い御子様」を呼び出す儀式。最初は遊び半分だったが、次第にエスカレートしていった。

_「もっと大きいのをやろうよ」健太の声。「そうしたら、もっと強い力が手に入るって」_

真一の視線が壁の隅に向けられた。そこにはくぼみがあり、何かが隠されているようだった。手を伸ばして触れると、板が外れ、中から古ぼけたノートが出てきた。「紅の游び 記録」と表紙に書かれている。

震える手でページをめくると、子どもの走り書きで「紅の游び」の記録が克明に書かれていた。日付、天気、生贄にした動物の種類、そして「効果」の欄まであった。

_「5月3日 晴れ カエル3匹 効果:なし」_
_「5月10日 曇り 野良猫1匹 効果:壁に赤い手形が出た」_
_「5月17日 雨 犬1匹 効果:紅い御子様の声が聞こえた」_

ページが進むにつれ、生贄は大きくなり、「効果」の欄の記述も不穏になっていった。

_「7月7日 霧 ??? 効果:紅い御子様が現れた。約束を交わした」_

最後のページには大きく「最終儀式」と書かれ、日付は真一が村を出る前日だった。そして「生贄」の欄には……

真一はノートを床に落とした。手が震えて握れなくなったのだ。記憶が次々と甦ってくる。

あの日、健太は「最終儀式」をやると言った。これまでの生贄とは違う、もっと強い力を得るための儀式。それは……

「いや……」真一は頭を抱えた。「そんなことをするはずがない……」

しかし記憶は容赦なく流れ込んできた。健太たちが連れてきたのは、村に遊びに来ていた旅行者の子ども。名前を雄太という少年だった。彼を縛り、秘密基地に連れてきた。そして、「紅い御子様」に捧げようとした。

_「やめろ!」自分が叫ぶ声。「こんなことしたら、殺人だぞ!」_
_「黙れ!」健太の怒りの声。「最後までやらないと、紅い御子様が怒るんだ!」_

その時、真一は村の大人たちに知らせようとした。しかし健太たちはそれを「裏切り」と呼び、真一をその場に縛り付けた。

_「お前が代わりに生贄になれ」健太の目が異様に光っていた。_

その後の記憶は曖昧だ。真一は必死に逃げ出そうとし、縄をほどいた。そして混乱の中、秘密基地で何かが起きた。火事だったのか、それとも別の何かだったのか。記憶の中では、秘密基地が赤い光に包まれ、子どもたちの悲鳴が響いている。

そして自分は必死に逃げた。村の大人たちが駆けつけた時には、秘密基地は紅い炎に包まれていた。雄太少年は無事に保護されたが、健太たち7人の姿はなかった。

「私は……逃げたんだ」

真一は壁に描かれた手形を見つめた。これは友達の手形だ。「紅の游び」の最中、皆で壁に手形をつけていった。その中に、自分の手形もある。

真実を思い出した衝撃で、真一はその場に膝をついた。子どもたちが赤い服の姿で現れるのは、あの日、秘密基地で命を落としたからなのか。そして自分だけが逃げ出したから、彼らは恨んでいるのか。

「違う……」真一は首を横に振った。「あれは事故だった。俺のせいじゃない」

秘密基地から出ようとした時、真一は足を止めた。出口に一人の少年が立っていたのだ。赤い服を着た健太だった。しかし、その姿は半透明で、背後の木々が透けて見えた。

「真一くん、約束破ったね」健太は悲しげに言った。その声は風のように薄く、それでいて心に突き刺さるような冷たさがあった。

「健太くん、あの日、何があったんだ?」

「覚えてないの?」健太の目が真っ赤に光った。「あなたが私たちを殺したのに」

「違う!」真一は叫んだ。「あれは事故だった!」

「嘘つき」健太はゆっくりと歩み寄った。「あなたは私たちを『紅い御子様』に捧げたんだ。裏切り者の罰として」

真一は後ずさった。そんなはずはない。自分は生贄にされそうになった被害者だ。健太たちこそ、雄太少年を人身御供にしようとした加害者だ。

「じゃあなぜ、あなただけが生き残ったの?」健太が問いかけた。「なぜ、私たちは『紅い部屋』に閉じ込められたの?」

「わからない…」真一の声が震えた。記憶に欠落がある。秘密基地で火事が起きた後、自分はどうやって脱出したのか。なぜ無傷だったのか。そして何より、「紅い部屋」と「秘密基地」はどう関係しているのか。

健太はさらに近づいてきた。その体から赤い霧のようなものが立ち上り、基地内に広がっていく。

「思い出して。あの日、あなたが最後に言った言葉を」

真一の頭に激痛が走った。記憶の最後の断片が甦る。燃え盛る秘密基地から逃げ出した自分。そして振り返り、叫んだ言葉。

_「紅い御子様!この子たちを受け取ってください!私の代わりに!」_

恐怖と罪悪感で身体が震えた。自分が言ったのか、その言葉を。自分の命と引き換えに友達を差し出したのか。

「覚えたね」健太が微笑んだ。「だから、あなたは契約を完遂しなければならないんだ」

「どういう意味だ?」

「あの日、あなたは私たちを『紅い御子様』に捧げると約束した。しかし、本当の生贄は最後の一人も含めた八人全員のはずだった」健太の目が赤く光った。「最後の一人、それはあなたなんだよ、真一くん」

真一は震えながら、秘密基地から逃げ出した。背後から健太の声が追いかけてくる。

「逃げても無駄だよ。今日、あなたは『紅い部屋』に入る。そして私たちと一緒になるんだ。永遠に」

息を切らせながら、真一は村へと走った。頭の中では記憶の欠片が完全な絵を結ぼうとしている。あの日、自分は友達を裏切った。そして逃げた。健太たち7人は命を落とし、「紅い部屋」に閉じ込められたという。

村に戻ると、空が赤く染まっていることに気がついた。満月の日だというのに、まだ昼間だ。しかし空は夕暮れのように赤く、霧が赤い靄となって村を覆っていた。

村人たちは家から出て、皆一様に神社の方向を見ていた。彼らの表情には恐怖と期待が入り混じっている。

「何が起きているんだ?」真一は通りすがりの村人に尋ねた。

「紅い月の昇る日だ」老人は答えた。「今日、『紅い御子様』が新たな器を迎える」

村の中心から、太鼓の音が響き渡った。月例祭の時と同じ音色だ。村人たちは一斉に神社へと向かい始めた。

真一は混乱していた。祖母の遺言に従って村を出るべきか。それとも、15年前の「紅い約束」を果たすべきか。逃げても、健太たちが言うように無駄なのか。

腕時計を見ると、針が12時を指していた。真っ昼間なのに。そして針は動いていない。時間が止まったかのように。

「時間がない…」

真一は決断を迫られていた。東の山道か、それとも「紅い部屋」か。

そして村の上空に、異様に大きく赤い月が昇り始めた。
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