『紅い部屋の子どもたち——封印された約束、蘇る儀式—』

ソコニ

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第10話「封印された写真」

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赤い月が昇り始めた村から、真一は必死に祖母の家へと走った。もう脱出するしかない。記憶が戻って、「紅の游び」の恐ろしさを思い出した今、「紅い部屋」に入る選択肢はない。東の山を越えて、この呪われた村から逃げるのだ。

家に辿り着いた真一は、脱出の準備をするため、祖母の遺言状にある地図を探した。しかし見つからない。確かに机の上に置いていたはずなのに、消えていた。

「誰かが持っていったのか?」

窓の外を見ると、赤い月が村を照らし、異様な光景が広がっていた。村人たちは神社に向かって行進し、その列が蛇のように長く連なっている。太鼓の音が響き、どこからか子どもたちの歌声が聞こえてくる。

「紅い紅い 紅いお部屋 誰が入るの 私が入るの みんな入ろう 紅いお部屋」

地図がなければ山道で迷ってしまう。真一は焦りながら、家の中を隅々まで探し始めた。祖母の部屋、納戸、台所、どこにも地図はなかった。

最後に、床下を確認してみようと思った。玄関近くの板の間を調べると、一枚だけ浮いている床板があった。持ち上げてみると、暗い床下空間が現れた。

「何かあるのか…」

懐中電灯を取り出し、床下を照らした。埃をかぶった古い箱や布団が積み重なっている。しかしその奥に、何か光るものが見えた。近づいてみると、それは金属の鍵のついた古いトランクケースだった。

真一はトランクを引きずり出した。鍵穴を見て、ハッとする。祖母からもらった桐箱に入っていた小さな鍵だ。急いでポケットから取り出し、鍵穴に差し込む。ぴったりとはまり、カチリと音を立てて開いた。

中には古いアルバムが何冊も入っていた。その中の一冊に「真一 思い出」と書かれたラベルが貼られている。真一はそれを手に取り、ページをめくり始めた。

最初のページには、赤ん坊の頃の真一の写真。続いて、幼稚園、小学校低学年と、成長の記録が並んでいる。どの写真も真一は笑顔だ。しかし、ページが進むにつれ、表情が変わっていく。9歳頃の写真では、どこか影のある表情になっていた。

そして最後のページに差し掛かると、真一は息を飲んだ。そこには「紅の游び」と書かれた一枚の写真があった。村の森の中、秘密基地の前で撮られたものだ。

写真には真一を含む8人の子どもたちが写っていた。皆、輪になって手をつないでいる。中央には何かが置かれているが、ぼんやりとしていて何なのか分からない。写真の日付は、真一が村を出る直前のものだった。

不思議なことに、写真の中の子どもたちの顔がぼやけていて見えない。まるで故意に焦点をずらしたかのように。しかし、写真の隅に写っている服装から、彼らが今、幽霊として現れる赤い服の子どもたちだと分かった。

「この写真、誰が撮ったんだろう…」

考えに耽っていると、突然玄関のドアをノックする音がした。真一は飛び上がるほど驚いた。誰も訪ねてくるはずがない。特に、この異様な赤い月の夜に。

恐る恐るドアを開けると、そこには村の郵便配達員・田中がいた。

「や、高槻くん」田中は屈託のない笑顔で挨拶した。「遅くに悪いね。今日、特別配達があってさ」

「田中さん…」真一は警戒しながらも応対した。「特別配達?」

「ああ、東京からの書留だ。ミヨさんあての手紙なんだが、受け取れるだろう?」

真一は不思議に思いながらも、書留を受け取った。宛名には確かに祖母の名前が書かれている。

「ありがとう…でも、こんな時間に?」

田中は肩をすくめた。「今日は特別な日だからね。紅い月の日は、時間が通常とは違うんだ」

その言葉に、真一は背筋に冷たいものを感じた。田中は村の異常を当然のことのように話している。

「ところで」田中は首を伸ばし、真一の手にあるアルバムを見た。「なんだい、それは?」

警戒しながらも、真一はアルバムを見せた。田中は「紅の游び」の写真をじっと見つめ、何か懐かしむように微笑んだ。

「あぁ、あの頃のことか。みんな元気だったねぇ」

「田中さんは、この写真のことを知っているんですか?」

「もちろんさ。村の子どもたちが『紅の游び』をしていたのは、みんな知っていたよ」田中は意外な事実を口にした。「でも、大人たちは見て見ぬふりをしていた。『紅い御子様』の言いつけだったからね」

真一は混乱した。「大人たちは知っていたんですか?健太たちが…していたことを?」

「ああ」田中は頷いた。「あんたが戻ってきて、子どもたちも喜んでるよ。長い間待っていたからね」

「子どもたち?」真一は困惑した。「村に子どもはいないでしょう?」

田中の表情が一瞬、虚ろになった。まるで別の人格が顔をのぞかせたかのように。「そうだったね、子どもはいないんだったね」と不自然に笑った。

「田中さん、大丈夫ですか?」

田中は首を振り、再び普通の表情に戻った。「ああ、大丈夫だよ。じゃあ、もう行くね。今夜は特別な夜だから、早く寝たほうがいいぞ」

そう言い残し、田中は立ち去った。しかし、玄関を出る前に振り返り、「真一くん、『紅い部屋』での再会を楽しみにしているよ」と意味深な言葉を残した。

ドアを閉め、真一は震える手で書留を開けた。送り主は東京の弁護士事務所だった。中身は祖母の遺言状に関する法的書類だった。しかし、その内容は既に読んだ遺言状とは異なる。祖母は公式に、真一に村の土地と「紅き御子の社」の所有権を譲渡していたのだ。

「なぜ祖母が…」

さらに、書類の間に一枚のメモが挟まれていた。祖母の筆跡で「真実は紅い部屋の中に」と書かれている。

混乱する真一は、再びアルバムを手に取った。「紅の游び」の写真をじっと見つめると、何か奇妙なことに気づいた。まるで写真が呼吸しているかのように、わずかに揺れているように見える。

アルバムを閉じ、真一はしばらく考え込んだ。今夜、何が起きているのか。なぜ村人たちは神社に集まっているのか。そして祖母は何を伝えようとしていたのか。

夜が更けていく。外の赤い月はさらに大きくなり、部屋の中にまで赤い光が差し込んでくる。真一は疲れ果て、アルバムを抱えたまま、ソファで目を閉じた。

不安な夢を見ながら、数時間が経過した。

真一が目を覚ましたのは、深夜2時だった。部屋は赤い月明かりで照らされ、異様な雰囲気に包まれている。何かに促されるように、真一はアルバムを開いた。

そして息を呑んだ。

「紅の游び」の写真が変わっていたのだ。先ほどまでぼやけていた子どもたちの顔が、今ははっきりと見えるようになっていた。健太、美香、そして他の5人の子どもたち。全員が真一をじっと見つめていた。まるで写真の中から、現実の真一を見ているかのように。

恐怖に震える真一は、写真の中央に置かれたものにも気づいた。それは以前はぼやけていて見えなかったが、今ははっきりと見える。小さな人形だった。赤い布で作られた、人間の形をした人形。

そして写真の下部には、以前は見えなかった文字が浮かび上がっていた。「最後の生贄」と赤い文字で書かれている。

「これは…」

さらに驚くべきことに、写真の背景が変化していた。以前は森の中の秘密基地だったが、今は明らかに「紅き御子の社」の内部だった。赤い壁に囲まれた空間で、子どもたちが輪になっている。

真一はアルバムを床に落とした。足が震えて立てないほどの恐怖を感じた。写真が変わるなんて、あり得ない。しかし、目の前で起きている現実だった。

勇気を出して再びアルバムを拾い上げると、今度は写真の子どもたちの表情が変わっていた。全員が笑っている。不気味な、歪んだ笑顔で。そして健太が指差す先には、真一自身の姿があった。赤い服を着て、子どもの姿で、輪の中に立っている。

「これは未来なのか…それとも過去?」

真一の思考が混乱する中、窓の外から物音がした。カーテンを少しだけ開けて外を見ると、赤い服を着た子どもたちが家の周りを囲み、手をつないで踊っていた。月明かりに照らされた彼らの姿は、写真の中と同じポーズ、同じ表情だった。

そして不意に、全員が一斉に顔を上げ、真一を見つめた。彼らの目は真っ赤に光り、口は同時に動いた。

「時間だよ、真一くん。紅い部屋で待ってるね」

子どもたちは霧の中に溶けるように消えていった。しかし、彼らの言葉は真一の頭の中に残り続けた。

アルバムを再び見ると、今度は写真が完全に変わっていた。そこには紅い部屋の中央に、祭壇のようなものが置かれ、その上に横たわる人影があった。顔は見えないが、大人の男性のようだ。

そして祭壇の周りには、赤い服の子どもたちが立っていた。彼らの手には何かが握られている。小さな赤い人形。写真の下部には「今夜、紅い御子様が復活する」と書かれていた。

真一は恐怖に震えながらも、決断を迫られていた。このまま村を出るか、それとも「紅い部屋」へ向かい、真実を知るか。

窓の外では、赤い月がまるで村を飲み込もうとするかのように大きく、そして今までで最も赤く輝いていた。
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