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第11話「犠牲の儀式」
しおりを挟むアルバムの写真が変化する恐怖に凍りついていた真一だったが、時計の針が午前3時を指した時、ふと決意が固まった。このまま震えているだけでは何も解決しない。「紅の游び」の正体を完全に理解し、この呪いから逃れる方法を見つけなければ。そのためには、より多くの情報が必要だった。
真一は懐中電灯と祖母の遺言状を持ち、赤い月に照らされた村へと踏み出した。村は静まり返り、通りには誰の姿もない。かすかに聞こえる太鼓の音が、神社の方角から響いてくる。
「まず健太の家を見つけないと」
15年の時を経て記憶は薄れていたが、村の配置は昔と変わっていない。西の丘の方向に進めば、健太の家があるはずだ。
真一が西へ向かう途中、赤い月の光が垂れ込める通りを歩いていると、突然、老婆と鉢合わせた。村のお茶屋を営む桜井だった。
「桜井さん」真一は声をかけた。「すみません、高岡健太くんの家はどこですか?」
老婆は真一をじっと見つめた。その目は月光で赤く輝いている。
「高岡?そんな家は知らないよ」
「15年前に住んでいた家族です。僕の友達だった…」
「この村に高岡という家はなかったよ」桜井は首を横に振った。「それに、15年前からこの村に子どもはいないんだから、あんたに友達がいるはずがない」
「でも、僕は…」
「さあ、お帰り」桜井は真一の言葉を遮った。「今夜は特別な夜。部外者は家にいるべきだ」
そう言って桜井は立ち去った。しかし歩き去る背中から、かすかにつぶやく声が聞こえた。
「間に合わなければいいのに…」
混乱する真一だったが、記憶を頼りに西へと進み続けた。村の道は霧が濃くなり、視界が悪くなっていく。懐中電灯の光も霧に散乱して、ほとんど役に立たない。
「ここだったはず…」
真一が立ち止まったのは、古びた二階建ての家の前だった。窓は板で打ち付けられ、庭は雑草に覆われている。長年放置された廃屋のようだ。表札は見当たらない。
玄関に近づこうとした時、真一の足が何かに引っかかった。かがんで見ると、それは土に埋もれかけた石の欠片だった。掘り起こしてみると、表札の破片だった。「高岡」と書かれている。
「嘘じゃなかった…」
何かの手がかりを求め、真一は廃屋に足を踏み入れた。内部は荒らされ、家具は倒れ、壁には落書きがある。まるで暴力的に放棄されたような痕跡が残っていた。
階段を上がると、かつて健太の部屋だったであろう場所に辿り着いた。扉には落書きがある。「紅の游び禁止」と赤い塗料で大きく書かれていた。
部屋の中は荒れ果てていたが、一箇所だけ、壁紙が剥がされ、その下に何かが書かれていた。真一は懐中電灯で照らした。
「村を守るために、我々は子どもを捧げる。紅い御子様の怒りを鎮めるために」
真一はその文字を指でなぞった。その瞬間、目の前の景色がぼやけ始めた。まるで霧の中を歩いているかのように視界が白く染まる。そして、霧が晴れると、目の前の景色が一変していた。
部屋は綺麗に片付けられ、壁には野球選手のポスターが貼られている。机の上には学校の教科書とノート。そこは15年前の健太の部屋だった。
「何が…」
窓の外から子どもたちの声が聞こえてきた。真一は窓に近づき、外を見た。庭では数人の子どもたちが輪になって何かをしている。真一はその中に幼い頃の自分を見つけた。10歳の自分だ。
これは15年前の光景だった。目の前で起きているのは、過去の一場面。幻影なのか、それとも時間が歪んでいるのか。
「これは…」
真一は部屋を出て、階段を下り、幻影の世界の中を庭へと向かった。そこでは子どもたちが輪になって踊っていた。健太、美香、そして他の子どもたち。真一は息を飲んだ。彼らの服装は、今、幽霊として現れる赤い服と同じだった。
子どもたちの中央には、幼い真一もいた。震えながらも、他の子どもたちと手をつないでいる。
「そろそろ始めよう」健太が言った。「今日は特別だ。『紅の游び』の最高の形をやるんだ」
子どもたちは輪になったまま、中央に何かを置いた。真一は息を飲んだ。それは小さな猫だった。猫は怯えた様子で、動けないように縛られている。
「紅い御子様、どうか村を守ってください」健太が唱え、他の子どもたちもそれに倣った。「私たちの捧げものをお受け取りください」
そして恐ろしいことに、健太はポケットから小さなナイフを取り出した。
「待って!」幼い真一が叫んだ。「そんなことしちゃダメだよ!」
「黙れ」健太の目が怒りで光った。「これが『紅の游び』の本当の姿なんだ。昔の子どもたちもこうやって村を守ってきたんだ」
「嘘だ!」幼い真一は輪から抜け出そうとした。「大人に言いつけるよ!」
「お前も約束したんだろう?」健太が責めた。「『紅の游び』を一緒にやると」
他の子どもたちも真一を非難する目で見つめた。
「僕は…こんなの知らなかった…」幼い真一は震えながら言った。
健太はナイフを猫に向け、「紅い御子様、この生贄をお受け取りください」と唱えた。
その瞬間、幼い真一は健太に飛びかかり、ナイフを奪おうとした。混乱の中、二人は揉み合い、ナイフは草むらに落ちた。怒った健太は真一を強く押し倒した。
「裏切り者!」健太は叫んだ。「お前は『紅の游び』を裏切った。罰を受けるべきだ!」
他の子どもたちも真一を取り囲み、「裏切り者、裏切り者」と口々に言った。縛られていた猫は、混乱に乗じて逃げ出した。
幼い真一は恐怖に震えながらも、立ち上がり、「これは間違ってる!こんなのは遊びじゃない!」と叫んだ。
健太の目が変わった。まるで別の何かが憑依したかのように、その瞳が赤く染まった。
「次は何を生贄にするか、決めようか」健太はゆっくりと言った。「裏切り者にはそれだけの価値がある」
幼い真一は血相を変えて逃げ出した。しかし、他の子どもたちが追いかけてくる。森の中を走り抜け、真一は村外れの古い井戸のある広場に辿り着いた。そこで息を切らして立ち止まったとき、背後から健太の声が聞こえた。
「逃げられないよ」
振り返ると、そこには健太だけでなく、すべての子どもたちが立っていた。彼らの目は全て赤く、表情は歪んでいた。
「約束は守らなきゃ」健太は言った。「『紅の游び』は、最後までやり遂げなければならない」
その時、幼い真一は井戸に向かって走った。「僕はやらない!こんな約束、守らないよ!」
子どもたちが一斉に真一に飛びかかろうとした瞬間、幻影が霧のように消えた。真一は現実に引き戻された。
荒れ果てた健太の部屋に立っている自分がいた。しかし、壁に何かが書かれているのに気づいた。さっきまでなかった文字だ。真新しい赤い塗料で、「約束は守れ」と書かれていた。
真一は震える足で部屋を出た。階段を下り、玄関に向かう途中、壁に掛かっていた古い鏡に目が留まった。映るのは、10歳の頃の自分の姿だった。赤い服を着て、恐怖に震えている。
「何が起きているんだ…」
鏡の中の自分が口を開いた。「約束を守らなきゃ」
真一は悲鳴を上げ、家から飛び出した。しかし、外の景色も変貌していた。村全体が赤い靄に包まれ、空には異常に大きな赤い月。そして通りには、赤い服を着た子どもたちが列をなして歩いていた。皆、神社の方向へと向かっている。
赤い月の光が照らす中、真一はかつて「紅の游び」をしていた場所——井戸のある広場に足を運んだ。そこには今、何もなかった。しかし地面には、新しく描かれた赤い円があった。まるで誰かが「紅の游び」のために準備したかのように。
そして円の中央には、真新しい赤い印が付けられていた。「生贄」と書かれている。
真一は震える手でその文字に触れた。まだ乾ききっていない。誰かが今、ここに描いたのだ。それとも自分自身が…?
遠くから太鼓の音が強くなり、子どもたちの歌声が風に乗って聞こえてきた。
「紅い紅い 紅いお部屋 誰が入るの 私が入るの みんな入ろう 紅いお部屋」
真一は決断を迫られていた。過去の幻影が見せたものは何だったのか。「紅の游び」の正体は何なのか。そして自分は一体、何と約束したのか。
赤い月が頭上で脈打つように輝いている。村の何処かで、儀式が始まろうとしているようだった。
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