『紅い部屋の子どもたち——封印された約束、蘇る儀式—』

ソコニ

文字の大きさ
12 / 21

第12話「生贄の子ども」

しおりを挟む

井戸のある広場から逃げるように離れた真一は、頭の中が混乱していた。幻影は過去の記憶なのか、それとも霧間村の呪いが見せる幻なのか。いずれにせよ、「紅の游び」の正体はほぼ明らかになった。それは単なる子どもの遊びではなく、何かを生贄に捧げる忌まわしい儀式だったのだ。

しかし、まだ謎は残っている。なぜ健太たちは「紅の游び」をやっていたのか。誰が彼らにその儀式を教えたのか。そして「紅い御子様」とは何者なのか。

「もっと情報が必要だ…」

真一は霧に覆われた村を歩きながら考えた。この時間、開いている場所はないはずだが、一つだけ可能性があった。村の図書館。祖母から聞いた話では、霧間村の図書館は特別な場所で、緊急時には村人が避難する場所にもなっていたという。

赤い月の下、真一は中央広場に建つ石造りの図書館に向かった。建物は暗く、窓から漏れる明かりもない。しかし入口のドアが少し開いているのに気づいた。

「誰かいるのか?」

慎重に中に入ると、館内は薄暗く、ろうそくの灯りだけが一角を照らしていた。そこには一人の老人がいた。村の古文書係、加藤だった。

「高槻か」加藤は真一に気づいても驚いた様子はなかった。「来ると思っていたよ」

「加藤さん…こんな時間に何を?」

「今夜は特別な夜だからね」加藤は古い本を手に取った。「『紅い月』の夜には、古い記録を確認しておかねばならん。また間違いが起きないように」

「間違い?」

加藤は黙ってテーブルの上の本を指した。「自分で読むといい」

真一はろうそくの灯りを頼りに本を開いた。それは「霧間村秘史」と題された手書きの古文書だった。日付は1823年と記されている。

「これは…」

「霧間村の本当の歴史だ」加藤は静かに言った。「公式の記録には載っていない、村の闇の部分さ」

真一は震える手でページをめくり始めた。

最初のページには、かつて霧間村で起きた疫病の記録があった。1823年、原因不明の病が村を襲い、多くの命が失われた。特に子どもたちの死亡率が高く、村の存続が危ぶまれたという。

医師の治療も祈祷も効果がなく、村人たちは絶望していた。そんな中、村の外れに住む老婆が「紅い御子様」と呼ばれる存在に祈りを捧げれば、村は救われると告げた。

「紅い御子様」とは何か、本には詳しい記述はない。ただ「山の向こうから来た神」「赤い月の夜に現れる」などの表現があるのみだった。

村人たちは老婆の言葉に従い、「紅い御子様」への祈りを捧げることにした。その方法は残酷なものだった。生贄として子どもたちに「紅の游び」と呼ばれる儀式をさせたのだ。

儀式の内容は、子どもたちが輪になって手をつなぎ、中央に小動物を置く。そして「紅い御子様」に捧げるため、その血で体を赤く染めるというものだった。子どもたちの純粋な魂と生贄の命が、「紅い御子様」を喜ばせるとされていた。

「恐ろしい…」真一は呟いた。

しかし、さらに恐ろしい記述が続いていた。儀式が行われた後、確かに疫病は収まったという。村人たちは「紅い御子様」の力を信じ、以降、毎月の満月の夜に「紅の游び」を行わせるようになった。

そして1850年、儀式が暴走する事件が起きた。あまりにも長く儀式を続けたせいか、子どもたちの中に「紅い御子様」の声が聞こえるようになった者が現れたのだ。彼らは次第に常軌を逸した行動を取るようになり、ついには互いを生贄にしようとする事態に発展した。

村では12人の子どもが行方不明となり、捜索の末、森の中で発見されたのは血に染まった衣服のみだった。子どもたちの遺体は見つからなかった。

村人たちは恐れおののき、「紅い御子様」への儀式を禁止した。しかし、それから村では不幸な出来事が続いた。作物は不作となり、再び病が流行り始めた。そして満月の夜になると、行方不明になった子どもたちの泣き声が村中に響き渡ったという。

「子どもたちの霊を鎮めるため」と本には書かれている。村人たちは「紅い部屋」と呼ばれる社を建て、そこに子どもたちの霊を封印した。「紅い部屋」の中で子どもたちは永遠に「紅の游び」を続け、その代わりに村は「紅い御子様」の怒りから守られるという契約が結ばれたのだ。

以来、村では「紅の游び」は禁忌とされ、子どもたちには決して教えないことが村の掟となった。そして毎月、大人の代表が「紅い部屋」に入り、子どもたちに供物を捧げるようになったという。

最後のページには警告文があった。「紅い部屋の封印が解かれれば、紅い御子様が現れる。そして新たな生贄を求めるだろう」

真一はページをめくり終え、加藤を見た。「これが本当の歴史なのですか?」

加藤は重く頷いた。「残念ながらな。そして歴史は繰り返す。15年前、君たち子どもが『紅の游び』を再開させてしまった」

「でも、どうして僕たちはその儀式を知っていたんですか?誰も教えなかったはず」

「それが問題なんだ」加藤は不安そうに窓の外を見た。「誰かが教えたのではない。『紅い部屋』に封印された子どもたちが、君たちに語りかけたのだ」

「幽霊が?」

「『紅い部屋』の封印は完全ではなかった。子どもたちの霊は、時に外の世界に干渉することができた。特に、感受性の強い子どもたちには」

真一は、子どもの頃に聞いた囁き声、夢の中の赤い服の子どもたちのことを思い出した。あれは幻覚ではなく、本当に封印された子どもたちの声だったのだ。

「そして君たちは『紅の游び』を始めた」加藤は続けた。「最初は小さな生贄から。しかし、次第にエスカレートしていった。そして最後に…」

「あの日のことですか?」真一の声が震えた。

「あの日、君たちは『紅の游び』の最終段階に至った。人間の生贄を捧げようとした」加藤の目が真一を貫いた。「君が逃げ出したことで、儀式は未完了となった。しかし、他の7人の子どもたちは『紅い部屋』に吸い込まれてしまった」

「そんな…」

「彼らが今、赤い服の姿で現れるのは、『紅い部屋』に囚われた魂だからだ。彼らは君を呼んでいる。儀式を完了させるために」

真一は頭を抱えた。記憶の欠片が次々とつながっていく。秘密基地での出来事、健太たちの変貌、そして自分が村から逃げ出した理由。

「ということは、僕が村を出た後…」

「村では再び不幸が始まった」加藤は窓の外を指差した。「子どもが生まれなくなり、毎月の月例祭で大人が『紅い部屋』に入ることで、かろうじて村は存続している。しかし今夜、『紅い月』の夜に君が戻ってきたことで、全てが変わろうとしている」

「紅い月?」

「150年に一度訪れる特別な満月だ。この夜、『紅い部屋』の封印は最も弱まる。そして『紅い御子様』は新たな生贄を求める」

真一の背筋に冷たいものが走った。「僕が生贄になるということですか?」

加藤は答えなかった。代わりに、ろうそくを消し始めた。「もう時間がない。儀式が始まる」

突然、図書館の窓が全て開いた。赤い月の光が室内に差し込み、書棚の影が不気味に伸びた。真一が加藤を見ると、老人の姿は消えていた。代わりに、窓の外に赤い服を着た子どもたちが立っているのが見えた。

彼らは無言で真一を見つめていた。そして一斉に口を開いた。

「真一くん、もう全部思い出した?」

真一は震える声で答えた。「まだ…全部は…」

「本当に?」健太が一歩前に出た。「あの日、秘密基地で何があったか、覚えていないの?」

その瞬間、真一の頭に衝撃的な記憶が甦った。秘密基地で健太たちが囲んでいたのは、村に来ていた旅行者の子ども・雄太ではなかった。中央に座っていたのは…自分自身だった。

「僕が…生贄だったのか?」

「そう」健太は悲しげに頷いた。「君は裏切り者だから、私たちの代わりに『紅い御子様』に捧げられることになった。でも、最後の瞬間、君は逃げた」

「そして私たちが代わりに吸い込まれた」美香が続けた。「でも、それは間違いだった。本当の生贄は君のはずだった」

「だから私たちは君を待っていたんだ」健太は窓から顔を覗かせた。「今夜、全てを正すために」

子どもたちは一斉に手を伸ばし、真一を招いた。「紅い部屋で待ってるよ」

そして彼らは風のように消えた。窓の外には赤い月だけが残り、その光は血のように赤く、村全体を染め上げていた。

加藤の姿も消え、図書館には真一一人だけが残された。しかし、彼の脳裏には新たな記憶が鮮明に浮かんでいた。秘密基地での最後の「紅の游び」。自分が生贄として選ばれた理由。そして健太たちが赤い光に飲み込まれていく恐怖の瞬間。

「全て僕のせいだったのか…」

窓の外からは、神社の方角から太鼓の音が強く響いてきた。儀式が始まろうとしているのだ。

真一は震える足で図書館を後にした。行くべき場所は明確だった。全ての始まりであり、終わりでもある場所——「紅い部屋」へ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...