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第13話「月下の再会」
しおりを挟む図書館を出た真一の頭には、加藤から聞いた霧間村の忌まわしい歴史が渦巻いていた。「紅の游び」は村を救うための儀式だったこと。自分が生贄として選ばれていたこと。そして、自分が逃げた結果、健太たちが「紅い部屋」に吸い込まれたこと。
夜空には巨大な赤い月が浮かび、村全体が血に染まったように赤く照らされている。空気は重く、呼吸するたびに鉄の味がする。
「健太…皆…」
村の通りを歩いていると、遠くに赤い服を着た子どもの姿が見えた。
「待って!」
真一が駆け寄ると、子どもは一瞬こちらを見て、くすりと笑い、角を曲がって姿を消した。追いかけると、また別の子どもが道の先に立っている。まるで道案内をするかのように、子どもたちは次々と現れては消え、真一を村の中心から離れた場所へと導いていく。
通りを抜け、小道を進み、森の中の細い獣道を辿っていくと、やがて開けた場所に出た。そこは古い墓地だった。石塔が月明かりに照らされ、長い影を落としている。苔むした墓石の間には、赤い提灯が揺れていた。
墓地の中央、最も古い石塔の前に、一人の少年が立っていた。背が高く痩せた体格、短く刈り上げた髪。15年前と変わらぬ姿の健太だった。
「やっと来てくれたね、真一」
健太の声は穏やかで、風のようにかすかに響いた。月明かりに照らされた姿は半透明で、背後の墓石が透けて見える。
「健太…」真一は震える声で言った。「君は本当に…」
「死んだのか?」健太は優しく微笑んだ。「そうとも言えるし、違うとも言える。僕たちは『紅い部屋』に囚われている。それは死とも生とも違う場所だよ」
真一は一歩近づいた。「何故ここに?なぜ墓地に?」
「ここが始まりの場所だからさ」健太は石塔を指差した。「ここに眠っているのは、1850年に行方不明になった12人の子どもたち。最初の『紅の游び』の犠牲者たちだ」
真一は息を呑んだ。石塔には古い文字で「眠れる十二の魂」と刻まれていた。
「僕たちはずっと待っていたんだ」健太は続けた。「君が戻ってくるのを。『紅い月』の夜に」
健太の背後から、他の子どもたちも姿を現した。美香、剛志、理恵、純平、直樹、里美。全員が赤い服を着て、15年前と同じ姿のまま立っていた。
「みんな…」真一の目に涙が浮かんだ。「本当にごめん…あの日、僕が逃げたせいで…」
「謝らなくていいよ」健太は首を横に振った。「あれは運命だったんだ。そして今夜、全てが終わる」
「どういう意味だ?」
健太は他の子どもたちを見渡し、頷いた。「真相を教えよう。『紅の游び』は、単なる子どもの遊びではなかった。古くから続く村の秘儀だったんだ」
健太は墓石の間を歩きながら、語り始めた。
「200年前、霧間村を疫病が襲った時、村人たちは『紅い御子様』と契約を交わした。子どもたちの純粋な魂と、生贄の命を捧げる代わりに、村を守ってもらうという契約だ」
「図書館で読んだ…」真一は呟いた。
「でも、村人たちが知らなかったのは、『紅い御子様』の正体だ」健太の目が赤く光った。「それは神ではなく、悪魔だったんだ。そして『紅の游び』を通じて、子どもたちの魂を餌としていたんだよ」
真一は戦慄した。「悪魔?」
「そう」健太は続けた。「最初の『紅の游び』で12人の子どもが行方不明になったのは、彼らが儀式の最中に『紅い御子様』——悪魔に魂を奪われたからだ。村人たちは恐れて儀式を中止したが、代わりに『紅い部屋』を作り、子どもたちの霊を封印した」
「でも、それならなぜ君たちが『紅の游び』を始めたんだ?」
健太は悲しげに笑った。「僕たちは知らなかった。『紅い部屋』に囚われた子どもたちの声が、僕たちの夢に忍び込み、『紅の游び』をするように誘導したんだ。彼らは自分たちの代わりになる存在を求めていた」
美香が一歩前に出た。「最初は遊びだと思ってた。でも、次第に僕たちは『紅い御子様』の声を聞くようになった。力をくれると約束する、甘い囁き…」
「そして僕たちは最後の儀式の日を迎えた」健太の声が重くなった。「『本物の生贄』を用意することにしたんだ」
「旅行者の子ども…雄太くん?」
「それが当初の計画だった」健太は真一の目をまっすぐ見つめた。「でも、君が反対した。『そんなことはできない』って」
「だって、殺人になるじゃないか!」
「そうだね」健太は頷いた。「君は正しかった。でも、その時には僕たちはもう『紅い御子様』の声に支配されていた。誰かを生贄にしなければ、僕たちが代わりに取られるという恐怖に囚われていた」
「それで僕を…」
「そう、裏切り者の君を生贄にすることに決めたんだ」健太の目に哀しみが浮かんだ。「秘密基地で、僕たちは君を縛り、『紅の游び』の輪の中央に置いた」
真一の脳裏に、封印していた恐ろしい記憶が甦った。秘密基地の中、自分は縄で縛られ、床に描かれた赤い円の中央に座らされていた。周りには健太たち7人が輪になって立ち、赤い服を着て、不気味な歌を歌っている。
「紅い紅い 紅いお部屋 誰が入るの 私が入るの みんな入ろう 紅いお部屋」
健太がナイフを手に持ち、真一に近づいてくる。その目は赤く光り、もはや友人の目ではなかった。
「でも、その時…」健太の声が現実の真一を引き戻した。
「地震が起きた」真一は記憶を辿った。「突然、地面が揺れて…」
「そう」健太は頷いた。「あれは地震ではなかった。『紅い御子様』が現れたんだ。床から赤い霧が立ち上り、部屋全体を覆った」
「僕は…その混乱に乗じて逃げた」真一の声が震えた。
「そして扉を閉め、外から鍵をかけた」健太の声に非難はなかった。「君は正しかった。危険を感じて逃げたんだ。でも、僕たちは閉じ込められた」
真一の目から涙がこぼれた。「本当にごめん…」
「謝らなくていい」健太は再び言った。「結局、僕たちは『紅い御子様』に魂を奪われ、『紅い部屋』に閉じ込められることになった。でも、それは完全ではなかった」
「どういう意味だ?」
「君が逃げたことで、儀式は未完了だった」美香が説明した。「『紅い御子様』は8人全員の魂を求めていた。でも、君は逃げた。だから、僕たちは完全に消えることができなかったんだ」
「僕たちは『紅い部屋』と現世の間に囚われている」健太は続けた。「生きてもいないし、死んでもいない。そして、『紅い御子様』も完全に解放されなかった」
健太は墓地の奥を指差した。そこには小さな社が建っていた。「あれが最初の『紅い部屋』だ。村の中心にある社が建てられる前、封印はここにあった。そして今夜、『紅い月』の夜に、全てが元の場所に戻ってきたんだ」
真一は混乱していた。「じゃあ、村で毎月行われている月例祭は?」
「『紅い御子様』を鎮めるための儀式だ」健太の声が冷たくなった。「大人たちは自分たちの罪を隠すために、毎月一人ずつ『紅い部屋』に入れ、僕たちと同じ運命を強いている」
「美咲さんも…」真一は思い出した。
「そう」健太は頷いた。「彼女も今は半分、『紅い部屋』に囚われている。でも、今夜それが変わる」
「どう変わるんだ?」
健太は真一に近づき、手を伸ばした。透明な手は、触れることなく真一の頬の上を漂った。
「今夜、『紅い月』の下で、最後の儀式を完成させるんだ」健太の声は優しかった。「そうすれば、僕たちは自由になれる。そして村も『紅い御子様』の呪いから解放される」
「どうやって?」
「君が『紅い部屋』に入るんだ」健太はまっすぐに真一の目を見た。「最後の一人として、儀式を完成させるんだ」
真一は身震いした。「それって…僕が死ぬということ?」
「死ぬとは限らない」健太は微笑んだ。「君は特別だ。『紅い御子様』に選ばれた子。君なら、『紅い部屋』の中で『紅い御子様』と直接対峙できるかもしれない」
「でも、それは…」
「怖いよね」健太は理解を示すように頷いた。「でも、考えてみて。君が逃げたせいで、15年間、僕たちは囚われ続けた。そしてその間、村では多くの大人が犠牲になった。これ以上、犠牲者を増やしたいのか?」
その言葉に、真一は答えられなかった。確かに、自分が逃げたことで多くの人が犠牲になった。もし自分が「紅い部屋」に入れば、それは終わるのか?
「時間がない」健太は空を見上げた。「『紅い月』が頂点に達する前に、決断しなければならない」
真一も赤い月を見上げた。月は異様に大きく、まるで村全体を飲み込もうとするかのように低く垂れ下がっている。
「わかった」真一は覚悟を決めた。「どうすればいい?」
健太は安堵の表情を浮かべ、他の子どもたちも微笑んだ。
「僕たちについてきて」健太は墓地から出る道を指差した。「神社に行こう。『紅い部屋』で、待っている人がいるんだ」
「待っている人?」
「君の祖母だよ」健太は意味深に言った。「ミヨさんは全てを知っていた。そして、君のために道を準備してくれたんだ」
真一は困惑したが、子どもたちに従って墓地を後にした。赤い月の下、彼らは村の中心へと向かって歩き始めた。子どもたちの体は月明かりに照らされて赤く輝き、その足跡には赤い霧が漂っていた。
真一は振り返り、墓地を最後に見た。古い石塔が月明かりに浮かび上がり、長い影を落としている。そして不思議なことに、石塔の影が人の形に見え、12人の子どもたちが手をつないで立っているように見えた。
「全ては始まりの場所に戻る」健太の声が風に乗って響いた。「そして今夜、『紅の游び』は最後を迎える」
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