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第14話「最後の儀式」
しおりを挟む赤い月が頭上に迫る中、真一は健太たちに導かれるまま神社へと向かっていた。子どもたちは時に実体を持ち、時に霧のように姿を消しながら進む。彼らの足音は地面に届かず、残るのは赤い靄の軌跡だけだった。
「健太」真一は歩きながら声をかけた。「あの日、本当は何があったんだ?全部教えてくれ」
健太は立ち止まり、真一を振り返った。その目には15年分の孤独と悲しみが宿っていた。
「全てを話そう」健太は静かに言った。「真実を知る権利がある」
村の小道を進みながら、健太は15年前の出来事を語り始めた。
「全ては、僕が祖父の蔵で古い本を見つけたことから始まった」健太の声は遠くから聞こえるようだった。「『霧間村秘儀書』と書かれた古い本。そこには『紅の游び』の儀式が詳しく記されていた」
「なぜそんな本を?」
「好奇心だったんだ、最初は」健太は続けた。「僕は他の子たちに見せて、『呪術ごっこ』として『紅の游び』を始めた。最初は小さなカエルや虫を使って」
道はだんだん細くなり、森の中へと続いていく。月明かりが木々の間から差し込み、幾重にも重なる影を作り出していた。
「でも、ある日変化が起きた」健太の表情が暗くなった。「『紅の游び』をした翌日、僕の願いが叶ったんだ。欲しかったゲームを親が突然買ってくれた。偶然だと思ったけど、美香も同じ経験をした」
美香が頷き、「私は苦手な先生が学校を休んだの。『紅の游び』で願ったその日に」と付け加えた。
「僕たちは力を感じたんだ」健太は続けた。「願いを叶える力。だから、もっと大きな生贄を使うようになった。ネズミ、野良猫、そして…」
「犬」真一は思い出した。「誰かの飼い犬を盗んだんだよね」
「そう」健太は罪悪感に満ちた表情で頷いた。「力は強くなった。でも、欲望も大きくなっていった。僕たちは『紅い御子様』の声を聞くようになった。『もっと大きな生贄を』と」
森を抜けると、彼らは小川のほとりに出た。かつて子どもたちが遊んだ場所だ。水面には赤い月が映り、まるで血の川のように見えた。
「ある日、村に旅行者が来た」健太は続けた。「両親と一緒に来た雄太という男の子。僕たちと同じくらいの年齢だった」
「君たちは彼を誘拐しようとした」真一の声が震えた。
「そう」健太の目に涙が浮かんだ。「『本物の力を得るため』に。本に書いてあった最上級の儀式には、人間の生贄が必要だと」
「でも、それは殺人だ!」
「わかってる」健太は首を垂れた。「でも、あの頃の僕たちは理性を失っていた。『紅い御子様』の声に操られて、正常な判断ができなかったんだ」
小川を越え、彼らは再び村の通りに出た。遠くには神社の赤い鳥居が見えている。
「僕たちは計画を立てた」健太は続けた。「雄太をおびき出し、秘密基地に連れて行って『紅の游び』をする予定だった。でも、実行直前に…」
「僕が反対した」真一が言った。
「そう」健太は頷いた。「君は最初から反対していた。『そんなことをしたら、殺人になる』と。そして、計画を大人たちに話すと言い出した」
真一の記憶が鮮明に蘇ってきた。健太たちと口論し、怒って秘密基地を飛び出したこと。村の駐在所に向かおうとしたこと。そして、途中で健太たちに取り押さえられたこと。
「君は僕たちにとって『裏切り者』になった」健太の声に恨みはなかった。「でも今わかるよ。君は正しかった」
「それで、僕を…」
「『紅い御子様』の生贄にすることにした」健太は重い声で言った。「本には書いてあった。『裏切り者の血は、最も強力な力を呼び覚ます』と」
真一は立ち止まった。恐ろしい記憶が完全に甦ってきた。
「君たちは僕を秘密基地に連れて行った」真一の声が震えた。「縛り上げて、床に描いた赤い円の中央に座らせた」
「そう」健太は頷いた。「僕たちは『紅の游び』の準備をした。赤い服を着て、輪になって…」
「紅い紅い 紅いお部屋 誰が入るの 私が入るの みんな入ろう 紅いお部屋」美香が小さく歌った。
真一の脳裏に、あの日の恐怖が鮮明に蘇った。自分は床に座らされ、健太がナイフを手に近づいてくる。子どもたちの目が全て赤く染まっている。そして、自分の恐怖と絶望。
「その時だった」健太の声が真一を現実に引き戻した。「秘密基地の床から赤い霧が立ち上がり始めた。まるで生き物のように蠢き、部屋中に広がった」
「『紅い御子様』が現れた」直樹が続けた。「床に描いた赤い円が光を放ち、その中から何かが這い出してきた」
「それは…人の形をしていたけど、人ではなかった」美香の声が震えた。「赤い霧で作られた姿。目だけが黒く、こちらを見つめていた」
「混乱の中、君は縄をほどいた」健太は言った。「そして逃げ出した」
「僕は…扉を閉めて、外から鍵をかけた」真一は自分の残酷な行為を思い出し、顔を覆った。「君たちを閉じ込めて、逃げたんだ」
「君は正しかった」健太は再び言った。「恐怖に駆られて逃げたんだ。誰だってそうする」
「でも、君たちは…」
「僕たちは『紅い御子様』に飲み込まれた」健太は続けた。「赤い霧が僕たちを包み込み、魂を引き剥がしていった。でも、完全ではなかった」
「どういう意味だ?」
「儀式は未完了だった」健太は説明した。「『紅の游び』の本来の目的は、8人全員の魂を『紅い御子様』に捧げること。でも、君は逃げた。だから、僕たちは完全に死ぬことも、完全に生きることもできなくなった」
「『紅い部屋』に閉じ込められたんだね」
「そう」健太は頷いた。「あの日以来、僕たちは『紅い部屋』と現世の間に囚われている。生きてもいないし、死んでもいない。そして『紅い御子様』も完全に力を得ることができず、中途半端に目覚めた状態になった」
神社の鳥居が近づいてきた。赤い月の光に照らされ、鳥居は血のように赤く輝いている。
「君が村から出た後、大変なことになった」健太は続けた。「秘密基地は炎に包まれ、僕たちの遺体は見つからなかった。村人たちは『紅い御子様』の怒りを恐れ、新たな『紅い部屋』を神社に建てた」
「そして、僕たちの霊を封印した」理恵が付け加えた。「でも、封印は不完全だった。僕たちは『紅い部屋』の中から、時々外の世界を見ることができた」
「村では子どもが生まれなくなった」健太は重要な事実を告げた。「『紅い御子様』の呪いだ。そして村人たちは新たな契約を結んだ。毎月一人ずつ大人が『紅い部屋』に入り、僕たちに供物を捧げる。その代わりに村は存続を許される」
「美咲さんも…」
「そう、彼女も犠牲者の一人だ」健太は悲しげに言った。「彼女の魂の一部は今、『紅い部屋』にある」
鳥居をくぐり、彼らは神社の境内に入った。太鼓の音が聞こえ、参道の両側には赤い提灯が並んでいる。本殿の前には村人たちが集まり、何かの儀式を行っているようだった。
「お前が戻ってきたのは偶然じゃない」健太は本殿の奥に建つ「紅き御子の社」を指差した。「今夜、『紅い月』の下で最後の儀式を完了させるためだ」
「僕が『紅い部屋』に入れば、君たちは自由になれるの?」
「そう」健太は頷いた。「そして村も呪いから解放される。子どもが再び生まれるようになる」
真一は「紅き御子の社」を見つめた。小さな社の扉は閉ざされ、周囲には赤い糸が張り巡らされている。扉の隙間からは赤い光が漏れ出していた。
「僕が入れば、全てが終わる?」
「全てが始まる」健太の目が赤く光った。「君は特別だ、真一。15年前、『紅い御子様』に選ばれた子」
「どういう意味だ?」
健太は答えなかった。代わりに、本殿の方を指差した。村人たちが一斉に真一の方を向き、無言で見つめていた。その目は全て赤く、まるで別の存在に操られているかのようだった。
「時間だ」健太は言った。「儀式を完了させる時が来た」
村人たちが静かに道を開け、真一を「紅き御子の社」へと導く。その列の先頭に立っていたのは河合宮司だった。
「高槻さん」河合は厳かな声で言った。「あなたの帰りを待っていました」
「宮司さん…」
「今夜、全てが終わります」河合は「紅き御子の社」の方を見た。「そして、新たな始まりが訪れる」
真一は困惑し、健太の方を見た。しかし健太たちの姿は既になく、代わりに赤い霧が社の周りを漂っていた。
「何が起きるんだ?」真一は恐怖に震えながら尋ねた。
河合は微笑んだ。その目が赤く染まり、「あなたが『紅い御子様』の器となるのです」と答えた。
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