『紅い部屋の子どもたち——封印された約束、蘇る儀式—』

ソコニ

文字の大きさ
15 / 21

第15話「紅い部屋の誘い」

しおりを挟む

「あなたが『紅い御子様』の器となるのです」

河合宮司の言葉が耳に残ったまま、真一は神社から逃げ出していた。村人たちが赤く染まった目で自分を見つめ、「紅き御子の社」から赤い霧が漏れ出す恐ろしい光景から必死に逃げた。

頭の中では健太の言葉と河合の言葉が交錯していた。健太は「最後の儀式を完了させれば全てが終わる」と言い、河合は「あなたが器になる」と言った。その意味するところは同じなのか、それとも誰かが嘘をついているのか。

祖母の家に着いた真一は、玄関のドアを閉め、重い鍵をかけた。窓にはカーテンを引き、部屋の明かりをつけ、椅子に座り込んだ。肩で息をしながら、頭の中を整理しようとする。

「僕は裏切ったのか?それとも正しいことをしたのか?」

頭の中で混乱する思考を手で払うように、真一は額を押さえた。図書館で読んだ古文書、健太との対話、そして鷹野や河合の言葉。全てが矛盾しているようで、しかし一つの恐ろしい真実に収束しようとしている。

「紅の游び」は村を守るための儀式だった。しかしそれは同時に、「紅い御子様」と呼ばれる存在に子どもたちの魂を捧げる悪魔的な儀式でもあった。そして15年前、自分が逃げ出したことで、健太たち7人が犠牲になり、「紅い部屋」に閉じ込められた。その結果、村に呪いがかかり、子どもが生まれなくなった。

「じゃあ、僕は…」

真一は自分の手を見つめた。15年前、友人たちを見捨てて逃げた手。しかし同時に、恐ろしい儀式を止めようとした手でもある。村人たちは自分を「最後の一人」、「紅い御子様の器」と呼ぶ。それはどういう意味なのか。

疲労感が押し寄せ、真一は椅子に深く沈み込んだ。時計を見ると、午前2時を回っていた。赤い月はまだ高く、窓のカーテンの隙間からも赤い光が漏れ込んでいる。

「少し休もう…」

真一は目を閉じた。意識が薄れていく中で、かすかに子どもたちの歌声が聞こえてきた。

「紅い紅い 紅いお部屋 誰が入るの 私が入るの みんな入ろう 紅いお部屋」

* * *

目を開けると、真一は見知らぬ場所にいた。いや、見知らぬではない。ここは秘密基地だ。しかし、15年前の秘密基地。壁には子どもたちの手形が並び、床には赤い円が描かれている。

自分の体を見ると、10歳の姿に戻っていた。赤いTシャツに短パン、膝に絆創膏。子どもの体だ。

「やっと来たね、真一」

声のする方を見ると、健太が立っていた。その背後には美香たち6人の子どもたち。全員が赤い服を着て、瞳が赤く光っている。

「何が始まるの?」真一は子どもの声で尋ねた。

「最後の『紅の游び』だよ」健太は笑顔で答えた。「今日は特別な日。本物の生贄を用意したんだ」

健太が指さす先を見ると、床の赤い円の中央に一人の少年が縛られていた。見知らぬ顔だ。10歳くらいの男の子で、恐怖に震えていた。

「これは雄太くん」健太が説明した。「村に遊びに来ていた子。『紅い御子様』に捧げるんだ」

「そんなことできないよ!」真一は叫んだ。「それじゃ殺人だ!」

「殺すわけじゃない」健太は首を横に振った。「ただ『紅い御子様』に捧げるだけ。そうすれば、僕たちは強い力を手に入れられる」

「そんなの間違ってる!」真一は拒絶した。「大人に言いつけるよ!」

子どもたちの表情が一変した。皆の目が怒りに満ち、健太の顔が歪んだ。

「裏切り者!」健太は叫んだ。「それなら、お前が代わりに生贄になれ!」

子どもたちが一斉に真一に飛びかかってきた。恐怖に駆られ、真一は秘密基地の扉へと駆け出した。外に出ると、森の中へと逃げ込む。背後からは子どもたちの怒号が聞こえてくる。

「捕まえろ!」「逃がすな!」「裏切り者!」

息を切らして森の中を走り、真一は村の外れへと向かった。このまま村を出れば安全だと思った。振り返ると、健太たちがまだ追いかけてくる。彼らの体からは赤い霧が立ち上り、目は異様に赤く光っていた。

ようやく村の出口に辿り着いた真一。しかし前方には、濃密な赤い靄がかかっていた。壁のように立ちはだかる赤い霧。抜けられそうにない。

「逃げられないよ」健太の声が背後から聞こえた。

振り返ると、彼と他の子どもたちが円陣を組み、真一を取り囲んでいた。彼らの体は半透明になり、赤い霧に包まれている。

「お前は『紅い御子様』の生贄になるんだ」健太が言った。「それが裏切り者の末路だ」

子どもたちが一斉に歌い始めた。

「紅い紅い 紅いお部屋 誰が入るの 私が入るの みんな入ろう 紅いお部屋」

そして、足元から赤い霧が立ち上り、真一の体を包み込み始めた。息ができない。体が溶けていくような感覚。そして、暗闇へと引きずり込まれていく恐怖。

「嫌だ!」真一は全力で叫んだ。「誰か助けて!」

* * *

「誰か助けて!」

自分の叫び声で目を覚ました真一は、椅子の上で身体を起こした。冷や汗で服が濡れている。心臓が激しく鼓動し、呼吸が荒い。

「夢か…」

しかし部屋の空気が妙に冷たいことに気づいた。そして、背後に誰かがいる気配がした。

ゆっくりと振り返ると、そこには赤い服を着た子どもたちが円陣を組んで立っていた。7人全員が、無言で真一を見つめている。夢ではなく、現実だった。

「健太…皆…」真一は震える声で言った。

健太が一歩前に出た。「もう逃げられないよ、真一くん」

子どもたちが一斉に手を差し伸べた。「さあ、僕たちと一緒に来て」

恐怖に凍りついた真一だったが、何かが違うことに気づいた。健太たちの目は、さっきの夢の中のような怒りや憎しみに満ちてはいない。むしろ悲しみと諦めの色だった。

「どこへ連れて行くんだ?」辛うじて声を絞り出した。

「もちろん、『紅い部屋』だよ」と子どもたちは一斉に笑った。しかしその笑顔には悪意がなく、どこか解放されたような明るさがあった。

「行かなきゃいけないの?」

「そうだよ」健太は優しく言った。「君が最後の一人。『紅の游び』を完成させる人。そうすれば、僕たちは自由になれる」

「でも…」真一は躊躇した。「河合宮司は僕が『紅い御子様』の器になると言った。それはどういう意味だ?」

子どもたちの表情が曇った。「彼らは本当のことを知らない」美香が言った。「村人たちは『紅い御子様』から逃れるために、毎月生贄を捧げてきた。でも、それは真実ではないの」

「真実とは?」

「『紅い部屋』で待っている」健太は窓の外を指差した。「今夜、赤い月が沈む前に行かなければ」

窓の外を見ると、赤い月がかなり傾いていた。夜明けが近い。

「時間がない」健太は急かした。「決めなくちゃ。僕たちについてくるか、それとも…」

「それとも?」

「永遠に逃げ続けるか」健太の目が赤く光った。「でも、逃げ切れるとは思わない。『紅い御子様』はもう目覚めている。君を求めている」

真一は窓の外の村を見渡した。赤い月の下、家々が赤く染まり、通りには赤い霧が立ち込めている。神社の方角からは、かすかに太鼓の音が聞こえた。

「祖母の遺言には、村を出るように書いてあった」真一は言った。「東の山を越えれば…」

「もう遅い」健太は首を横に振った。「見てごらん」

真一が窓から身を乗り出すと、村の全方角が赤い霧に囲まれていた。まるで結界のように、村全体を赤い壁が取り囲んでいる。

「今夜だけなんだ」健太は説明した。「『紅い月』の夜。どこにも逃げられない。選択肢は一つだけ」

真一は深く息を吸い、子どもたちを見つめた。15年前の友人たち。自分が逃げたせいで、「紅い部屋」に閉じ込められた魂たち。彼らを見捨てることはもうできない。

「わかった」真一は決意を固めた。「行こう、『紅い部屋』へ」

子どもたちの顔に安堵の表情が浮かんだ。健太が手を差し出し、「一緒に行こう」と言った。

真一がその手を取ろうとした時、一瞬躊躇した。しかし健太の目には純粋な信頼があり、友情があった。かつての親友の目だ。

手が触れると、健太の体が実体化したように感じた。他の子どもたちも同様に、半透明だった体が徐々に実体を帯び始めた。

「何が起きてるの?」

「始まったんだ」健太は微笑んだ。「最後の儀式が」

扉が開き、子どもたちは真一を連れて外へ出た。赤い月が村を照らし、通りには赤い霧が渦巻いている。しかし不思議なことに、恐怖は感じなかった。むしろ奇妙な懐かしさと安心感があった。

健太が先導し、7人の子どもたちと真一は神社へと向かって歩き始めた。時折、家々の窓から村人たちが顔を覗かせるが、誰も彼らを止めようとはしなかった。皆、無言で見送るだけだった。

神社の鳥居が見えてきた。その向こうには「紅き御子の社」があり、そこが「紅い部屋」へと続いている。真一の心臓が早鐘を打ち始めた。

「怖い?」健太が尋ねた。

「ああ」真一は正直に答えた。「でも、もう逃げない」

健太は微笑んだ。「良かった。じゃあ、行こう」

鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れた彼らを、村人たちが静かに迎えた。河合宮司が本殿の前に立ち、厳かに頭を下げる。

「紅い部屋」への扉が近づいてくる。真一の心臓は今にも飛び出しそうなほど激しく鼓動していた。しかし最早、恐怖よりも覚悟が勝っていた。自分がどうなるかはわからない。だが、友人たちを救い、村の呪いを解くためなら、「紅い部屋」に入る価値はある。

扉の前で立ち止まった一行。健太が真一を見つめ、「準備はいい?」と尋ねた。

真一は深呼吸し、「ああ」と答えた。

健太の手が扉に触れると、それは音もなく開いた。中からは赤い光が溢れ出し、真一の体を包み込んだ。

「さあ、行こう」健太が言った。「紅の游びを、最後まで」

そして、真一は赤い光の中へと足を踏み入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...