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第16話「選ばれし者」
しおりを挟む赤い光が真一を包み込み、一瞬、視界が真っ赤に染まった。目が慣れてくると、自分が「紅い部屋」の入口に立っていることに気づく。背後では扉が音もなく閉まり、前方には真っ赤な空間が広がっていた。
「ここが『紅い部屋』…」
真一の声が、不思議なほど響かなかった。音が吸い込まれるかのような感覚。部屋は思ったより広く、天井が見えないほど高い。壁も床も天井も全てが赤く、まるで血で塗られたような鮮やかな赤だった。空気は生温かく、かすかに鉄の匂いがする。
健太が先導し、他の子どもたちも続いて部屋の奥へと歩き始めた。真一も震える足でそれに従う。
「村人たちには、僕たちが見えないの?」真一は健太に尋ねた。途中で出会った村人たちが、まるで透明人間のように彼らを無視していたことが不思議だった。
「大人には僕たちは見えないんだ」健太は肩をすくめた。「でも、あなたは特別。あなただけが僕たちを見ることができる」
真一は首を傾げた。「なぜ?」
「あなたが『選ばれし者』だからさ」健太は意味深に答えた。
部屋の奥へと進むにつれ、真一は壁に無数の写真が貼られていることに気づいた。近づいてみると、それらは全て子どもたちの写真だった。古いセピア色の写真から最近のカラー写真まで、様々な時代の子どもたちが写っている。そして衝撃的なことに、写真の中の子どもたちは全て赤い服を着ていた。
「これは…」
「『紅の游び』をした子どもたちの記録だよ」美香が説明した。「200年分の記録。彼らはみんな、いつかあなたのような『選ばれし者』が現れることを待っていたの」
写真をよく見ると、中には見覚えのある顔もあった。1850年に行方不明になったという12人の子どもたちの写真。そして現代の写真には、健太たち7人と、10歳の頃の自分が写っていた。
「ここは僕たちの家だよ」健太は言った。「僕たちが囚われてきた場所であり、守ってきた場所」
部屋の中央に、一段高くなった祭壇のような場所があった。その上には小さな台座があり、赤い布に包まれた何かが置かれている。
「あれは…」
「『紅い御子様』だよ」健太は厳かな声で言った。「全ての始まりであり、終わり」
祭壇に近づくと、赤い布の下から人形のような形が見えた。健太が布を取り除くと、そこには小さな木彫りの人形が現れた。人間の形をしているが、顔の部分は磨り減って特徴が失われている。全身が赤く塗られ、目の部分だけが黒く塗られていた。
「これが『紅い御子様』?」真一は拍子抜けした様子で尋ねた。「ただの人形じゃないか」
「見かけは人形」健太は静かに答えた。「でも、中には『それ』が宿っている」
「それ?」
「名前のない存在」健太の声が震えた。「人でも神でもない、何か別のもの」
子どもたちが円陣を組み、祭壇を囲んだ。全員の目が赤く光り始め、部屋の空気が震えるように感じられた。
「真一、お前は特別だ」健太は突然、厳かな口調で言った。「『紅い御子様』はお前を選んだ」
「どういう意味だ?」
「他の子どもたちは生贄として選ばれた」健太は説明した。「でも、お前は違う。お前は『器』として選ばれたんだ」
「器?」
「『紅い御子様』が宿る器」健太の瞳が鋭く光った。「200年前、最初の『紅の游び』で『紅い御子様』は目覚めた。しかし、完全に力を得るためには、特別な器が必要だった。そして長い時を経て、ようやく見つけたんだ。お前という器を」
真一は後ずさった。「そんなこと、信じられない」
「信じなくても構わない」健太は手を差し伸べた。「祭壇の前に立ってごらん。そうすれば、全てがわかる」
恐怖と混乱が入り混じる中、真一はゆっくりと祭壇に近づいた。他に選択肢はないように思えた。そして、祭壇の前に立った。
「人形を手に取るんだ」健太が促した。
「本当に?」
「恐れることはないよ」健太は優しく微笑んだ。「これが全ての終わりであり、始まりなんだ」
震える手で、真一は赤い人形を手に取った。冷たい木の感触。しかし徐々に温かくなっていく。そして、その瞬間—
頭に激痛が走った。
「あああっ!」
真一は悲鳴を上げ、頭を抱えた。人形を落とさないように必死に握りしめながら、膝をつく。視界が真っ赤に染まり、耳鳴りがする。そして、15年前の記憶が洪水のように流れ込んできた。
—秘密基地。「紅の游び」の儀式。自分は床の赤い円の中央に座らされ、縄で縛られている。健太がナイフを持ち、「紅い御子様、この生贄をお受け取りください」と唱える。他の子どもたちも同じ言葉を復唱する。
「やめて!」幼い真一が叫ぶ。「僕は友達じゃなかったの?」
「友達だよ」健太の目が赤く染まる。「だからこそ、お前は特別な役目を与えられた。『紅い御子様』の器になる栄誉を」
「嫌だ!誰か助けて!」
混乱の中、真一は縄をほどき、立ち上がる。健太がナイフを振りかざして近づいてくる。真一は咄嗟に健太を突き飛ばし、扉へと走る。後ろから子どもたちが追いかけてくる。
扉を開け、外に出ようとした瞬間、背後から「真一、待って!」という健太の悲痛な叫び声。振り返ると、床から赤い霧が立ち上り、子どもたちの体を包み込み始めていた。
「健太!」
手を伸ばしたが、間に合わない。赤い霧が渦巻き、子どもたちが次々と霧の中に吸い込まれていく。最後に健太の顔だけが見え、「逃げて…」と言ったように見えた。
恐怖に駆られ、真一は扉を閉め、外から鍵をかけた。そして森の中へと逃げ出した—
「覚えたね」現在の健太の声が真一を現実に引き戻した。
真一は涙を流しながら、「あの日、俺は…」と言葉を絞り出した。
「そう」健太は頷いた。「あの日、『紅い御子様』は初めてあなたを器として選んだ。でも、あなたは逃げた。その結果、僕たちは不完全な形で『紅い部屋』に囚われることになった」
「あんたたちは…僕を殺そうとしたんじゃ…」
「違う」健太は首を横に振った。「殺すつもりはなかった。あなたの体を『紅い御子様』の器にしようとしていただけ。僕たちの意識は『紅い御子様』に操られていた」
真一は混乱していた。自分は生贄ではなく「器」だったのか。だが、結局は命を狙われていたことに変わりはない。
「でも、あなたが逃げたおかげで、今がある」健太は続けた。「あの日、あなたが逃げなければ、『紅い御子様』は完全に目覚め、村全体を飲み込んでいただろう。あなたの行動は正しかったんだ」
「じゃあ、なぜ今、僕をここに連れてきた?」真一は怒りと困惑を込めて尋ねた。「また『器』にするため?」
「今は違う」健太の目に決意の色が浮かんだ。「今夜、『紅い月』の下で、『紅い御子様』を永遠に封印するために」
「封印?」
「そう」健太は頷いた。「『紅い御子様』を倒すためには、『選ばれし者』が必要なんだ。それがあなた」
混乱する真一に、健太は赤い人形を指差した。「もう一度、人形を見て」
真一が人形を見ると、それが変化し始めた。木彫りだった表面が溶け、中から別の物体が現れてきた。それは石でできた小さな人形。さらにその中からは骨のような物体、そして最後に、黒く輝く小さな結晶が現れた。
「これが『紅い御子様』の正体」健太は言った。「200年前、村人たちがこの地で発掘した禁忌の結晶。それが人々の恐怖と希望を吸収して成長し、意思を持つようになったんだ」
「結晶?」
「僕たちはこう呼んでいる」健太は静かに言った。「『紅い核』」
結晶は黒く、しかし内側から赤い光を放っていた。見つめていると、中で何かが動いているような錯覚を覚える。
「この結晶が、子どもたちの魂を餌にしてきたのか?」
「そう」健太は悲しげに頷いた。「そして今夜、『紅い月』の下で、この結晶は完全な力を得て、村全体を飲み込もうとしている」
「どうやって止めるんだ?」
「あなたが『選ばれし者』だから、できることがある」健太は真一の目をまっすぐ見つめた。「あなたの中にだけ、『紅い核』を破壊する力がある」
「僕の中に?」
「そう」健太は真一の胸を指差した。「あなたの心の中に」
真一は混乱していたが、健太の言葉に真実味を感じた。この15年間、夢に出てきた子どもたち。赤い服、赤い部屋。全ては自分に何かを伝えようとしていたのかもしれない。
「どうすればいいんだ?」真一は決意を固めた。
「まず、もう一度『紅い核』を手に取って」健太が促した。
真一は恐怖を押し殺し、黒い結晶を手に取った。すると、再び頭に激痛が走り、しかし今度は違う映像が浮かび上がった。
幼い頃の自分が祖母と一緒にいる光景。祖母が何かを教えている。「真一、いつか『紅い御子様』と向き合う日が来たら、この言葉を唱えなさい」
そして祖母が囁いた言葉が、真一の記憶の中で蘇った。
「わかった」真一は目を開けた。「僕がすべきことがわかったよ」
子どもたちが安堵の表情を浮かべる中、真一は結晶を掲げた。そして、祖母から教わった言葉を唱え始めた。
「紅き闇より来たる者よ、今、光の名において汝を封じる」
その瞬間、結晶が激しく震え、赤い光を放ち始めた。部屋全体が揺れ、壁がひび割れる。
「続けて!」健太が叫んだ。
「我が血と魂をもって、永遠の眠りへと誘う」
結晶がさらに強く発光し、真一の手が赤く染まり始めた。痛みはなかったが、結晶が自分の体内に侵入してくるような感覚がある。
「最後だ!」健太たちが一斉に叫んだ。
真一は最後の言葉を絞り出した。「さらば、紅い御子様。真の安息を得よ」
閃光が部屋中を満たし、真一の意識が遠のいていった。最後に見たのは、微笑む健太たちの顔。そして彼らの体が光に変わり、天井へと昇っていく光景だった。
「ありがとう、真一」健太の声が響く。「やっと自由になれる」
真一は床に倒れ、意識を失った。
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