『紅い部屋の子どもたち——封印された約束、蘇る儀式—』

ソコニ

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第18話「選択の時」

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赤い光に包まれた「紅い部屋」の中で、真一は静かに立ち尽くしていた。壁には無数の子どもたちの写真が貼られ、中央の祭壇には「紅い核」の残骸が置かれている。健太たちの言葉が頭の中で反響していた。

「真一、お前が儀式を完了させれば、僕たちは自由になれる。でも、その代わりにお前は僕たちの代わりに『紅い部屋』に永遠に封印される」

永遠に「紅い部屋」の番人として存在する。それは死よりも重い運命かもしれない。しかし、自分が逃げたせいで15年間、友人たちが苦しみ、村が呪われたという事実も重くのしかかっている。

「少し、考える時間が欲しい」真一は静かに言った。「最後に村を歩き、考えたい」

健太は理解を示すように頷いた。「わかった。一晩の猶予をあげよう」

「本当に?」

「ああ」健太の目は優しかった。「強制はしない。最終的な選択はあなた自身がするべきことだ」

「明日の朝日が昇る前に」美香が付け加えた。「決断してね」

7人の子どもたちは赤い霧に包まれ、「明日、また会おう」という言葉を残して消えていった。真一は一人、部屋に残された。

天井から落ちる赤い光が弱まり、部屋の雰囲気が変わった。扉が自然に開き、外に出るよう促しているかのようだ。真一は深呼吸し、「紅い部屋」を後にした。

外は夜明け前。赤い月はようやく沈みかけ、東の空がわずかに明るくなり始めていた。境内には誰もおらず、静寂が支配している。昨夜の月例祭の痕跡だけが、散らかった提灯や赤い札の形で残されていた。

真一はゆっくりと神社を出て、村を歩き始めた。頭の中では様々な思いが交錯していた。

「永遠に『紅い部屋』の番人になるか、それとも村を出るか…」

村は静まり返っていた。家々の窓は閉ざされ、誰も外に出ていない。しかし、真一には感じられた。窓の隙間から覗く村人たちの視線。皆、自分の選択を見守っているのだろう。

真一は祖母の家に向かった。そこには祖母が遺した脱出ルートの地図がある。東の山を越えれば、この呪われた村から逃げ出せるかもしれない。しかし、それは正しい選択なのだろうか。

「高槻さん」

突然、背後から声がした。振り返ると、そこには河合宮司が立っていた。朝靄の中、その姿はどこか幽霊のようにぼんやりとしていた。

「宮司さん…」

「あなたは全て思い出しましたね」河合は静かに言った。「15年前の出来事を」

真一は頷いた。「ええ、全て」

「実は私も、あなたの帰還を予期していました」河合は打ち明けた。「子どもたちの存在も知っています」

「知っていたんですか?」真一は驚いた。「では、月例祭は…」

「ええ、彼らを鎮めるための儀式です」河合は悲しげな表情で頷いた。「毎月、村人の一人が『紅い部屋』に入り、子どもたちの霊を慰め、村を守るための生贄となる」

「あなたは知っていて、それを続けさせたんですか?」真一の声には怒りが混じっていた。

「選択肢がなかったのです」河合は肩をすくめた。「あなたが村を出た後、子どもたちの霊は『紅い部屋』に封印されましたが、その力は村全体に及びました。子どもが生まれなくなり、作物は不作となり、病が流行り始めた」

「だから美咲さんたちを…」

「生贄として捧げる以外に、村を守る方法はありませんでした」河合の目に決意の色が浮かんだ。「しかし今、あなたの帰還によって、すべてが変わろうとしています」

河合は真一の目をまっすぐ見つめ、「あなたには選択肢があります」と言った。

「選択肢?」

「一つは、健太たちの言う通り、自らを生贄に捧げること」河合は厳かに言った。「『紅い部屋』の新たな番人となり、子どもたちの魂を解放する」

「もう一つは?」

「祖母が残した脱出ルートで村を出ること」河合は東の山を指差した。「あなたはミヨさんの血を引いている。『紅い御子様』の呪いから逃れる力を持っているかもしれない」

真一は驚いた。「祖母の脱出ルートを知っているんですか?」

「ミヨさんは私の親友でした」河合は懐かしむように微笑んだ。「あなたを村から連れ出した時、私も手伝ったのです」

「でも、村を出れば…」

「村は完全に呪いに飲み込まれるでしょう」河合の表情が暗くなった。「『紅い御子様』の力は、あなたが儀式を拒否すれば、より強大になる。村は滅び、そして呪いは周辺にも広がるかもしれない」

真一は言葉を失った。自分の命か、村の命か。究極の選択を迫られている。

「どちらを選ぶかはあなた次第です」河合はそう言い残し、朝霧の中に消えるように去っていった。

真一はしばらくその場に立ちすくんでいた。頭の中が混乱し、心臓が早鐘を打っている。

「どうすればいいんだ…」

真一は歩き続けた。村の景色が少しずつ明るくなり始め、色が戻ってきている。赤い月の異様な光が消え、通常の風景に戻りつつあった。しかし、村の空気には依然として重苦しさが漂っている。

村の中央広場に差し掛かったとき、真一は一人の女性が木のベンチに座っているのに気づいた。近づいてみると、それは美咲だった。月例祭で「紅い部屋」に入った女性だ。

美咲の姿は、以前とは大きく変わっていた。肌は赤みを帯び、目は虚ろで、まるで魂の一部を失ったかのようだった。しかし、彼女は真一を見ると、穏やかな笑顔を浮かべた。

「高槻さん、おはよう」

「美咲さん…」真一は彼女の隣に座った。「大丈夫ですか?」

「ええ」美咲は頷いた。「『紅い部屋』で過ごした3日間は、私の人生を変えました。でも、後悔はしていません」

「何があったんですか、部屋の中で?」

美咲は空を見上げた。「最初は恐怖でした。壁から聞こえる子どもたちの声、赤い光に包まれる感覚。でも次第に、彼らの悲しみを感じるようになったんです」

「悲しみ?」

「ええ」美咲は真一の目を見つめた。「彼らは悪い子じゃないんです。ただ、間違った選択をして、閉じ込められてしまった。彼らが本当に望んでいるのは、自由なんです」

「でも、自分が代わりに封印される恐怖はなかったんですか?」

「私は完全には封印されていません」美咲は自分の赤い肌を見つめた。「私たち大人は、彼らの一部を引き受けているだけ。本当に『紅い部屋』を封印できるのは、あなただけなんです」

「僕だけ?なぜ?」

「あなたが選ばれたのは、きっと理由があるの」美咲の目に強い光が宿った。「あなたの血には、『紅い御子様』を封じる力がある。祖母さんから受け継いだ特別な力」

「それでも、僕は怖いんです」真一は正直に告白した。「永遠に『紅い部屋』に閉じ込められるなんて…」

「恐怖は当然です」美咲は優しく言った。「でも、考えてみてください。15年間、子どもたちが感じてきた恐怖と絶望を。そして、これからも続く村人たちの苦しみを」

その言葉に、真一は沈黙した。15年前、自分が逃げたことで生じた代償の大きさを改めて実感した。

「美咲さん、もし僕が村を出たら…」

「村は滅びるでしょう」美咲は冷静に答えた。「そして、呪いはあなたを追いかけます。『紅い御子様』はあなたを決して忘れない」

「祖母は僕に逃げるよう言ったんです」

「ミヨさんはあなたを守りたかったのでしょう」美咲は微笑んだ。「母親として、祖母として当然の思いです。でも、あなた自身はどうしたいですか?」

真一は深く考え込んだ。自分の命を守るために村を見捨てることができるだろうか。健太たちの魂を永遠に閉じ込めたままにすることができるだろうか。そして、たとえ村を出たとしても、「紅い御子様」の呪いから本当に逃れられるのだろうか。

東の空が明るくなり、朝日が山の端から顔を覗かせ始めた。時間が迫っている。

「決断の時が来たようですね」美咲は立ち上がった。「私は神社に戻ります。あなたがどんな選択をしても、村人たちは理解するでしょう」

美咲は真一の肩を軽く叩き、「ありがとう、高槻さん。あなたが来てくれて良かった」と言って去っていった。

真一は一人残され、朝日に照らされる村を見渡した。この静かな村。祖母が愛し、友人たちが囚われ、村人たちが犠牲を払って守ってきた場所。

真一は立ち上がり、東の山と神社の方向を交互に見た。逃げるか、残るか。最後の選択を迫られていた。

深呼吸した真一は、決意を固め、一歩を踏み出した。
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