『紅い部屋の子どもたち——封印された約束、蘇る儀式—』

ソコニ

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第19話「最後の選択」

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朝日が山の端から昇り始め、霧間村を優しく照らしていた。赤い月の異様な光は消え、一見すると平穏な村の朝の風景が広がっている。しかし、真一の心は嵐のように荒れ狂っていた。

一晩中考え続けた真一は、夜明けとともに決断を下した。東の山への脱出ルートを選ぶか、「紅い部屋」の番人となる道を選ぶか。全ての可能性を考え尽くした結果、答えは一つしかなかった。

真一は祖母の家を後にし、神社へと向かった。早朝の村は静まり返り、人影はなかった。しかし、どの家の窓からも、カーテンの隙間から視線が注がれているのを感じた。村人たちは皆、彼の選択を見守っている。

鳥居をくぐり、神社の境内に足を踏み入れた時、真一の心臓が高鳴った。本殿の奥に建つ「紅き御子の社」——「紅い部屋」の入口から、かすかに赤い光が漏れ出している。

社の前に立つと、扉が自然に開き、中から赤い霧が流れ出してきた。その霧の中から、健太たち7人の子どもたちが姿を現した。全員が赤い服を着て、期待と緊張が入り混じった表情で真一を見つめていた。

「決心がついたの?」健太が静かに尋ねた。

真一は深く息を吸い、覚悟を決めて頷いた。「ああ」

子どもたちの顔に安堵の表情が浮かんだ。健太が一歩前に出て、「じゃあ、行こう」と言った。

「待って」真一は手を上げた。「その前に、本当のことを話してほしい」

「本当のこと?」健太の眉が上がった。

「そう」真一は強い口調で言った。「君たちが語っていたのは真実ではなかった。少なくとも、全てではない」

子どもたちは不安げに顔を見合わせた。健太の表情が硬くなる。

「何を言っているんだ?」

「図書館で古文書を調べた」真一は言った。「そして、ここ数日の出来事を照らし合わせてみた。おかしな点が多すぎる」

「どういうこと?」美香が警戒するように尋ねた。

「『紅い御子様』は村を守る存在ではなかった」真一は自信を持って言った。「それは村の生気を吸い取る邪悪な存在だった。そして君たち——」真一は一人ひとりの顔を見た。「君たちは『紅い御子様』の使いではなく、むしろ『紅い御子様』そのものだったのではないか?」

静寂が境内を支配した。風の音すら聞こえないほどの沈黙。そして、健太がゆっくりと口を開いた。

「やっぱり真一は頭がいいね」

その声は、いつもの健太の声とは違っていた。より低く、より古く、まるで複数の声が重なり合っているかのようだった。

「そうだよ、僕たちは『紅い御子様』なんだ」健太は笑い出した。その笑い声は不気味に響き、他の子どもたちも同様に歪んだ笑みを浮かべ始めた。

「どういうことだ?」真一は緊張しながらも冷静さを保とうとした。

「200年前」健太は語り始めた。「この地に隕石が落ちた。その中に『紅い核』と呼ばれる結晶があった。村人たちはそれを見つけ、神秘的な力を持つ『紅い御子様』として祀った」

「そして?」

「結晶には意識があった」健太の目が赤く光り始めた。「地球外の意識だ。宿主を求めていた」

「宿主…」

「最初は動物たちだった」健太は続けた。「村人たちが生贄として捧げた小さな命。でも不十分だった。より複雑な宿主が必要だった」

「子どもたち…」真一はつぶやいた。

「そう」健太は頷いた。「子どもたちの純粋な魂は、完璧な宿主だった。1850年、12人の子どもが最初の犠牲者となった。彼らの魂は『紅い核』に吸収され、村人たちは恐れて『紅い部屋』を作り、封印した」

「でも、完全には封じられなかった」真一は言った。

「正解」健太は微笑んだ。「『紅い核』の意識は眠っていたが、定期的に目覚め、新たな宿主を求めていた。そして15年前、僕たちがその役目を果たした」

「『紅の游び』は、君たちが自ら選んだわけじゃなかった」真一は理解した。「『紅い核』の意識に操られていたんだ」

「半分正解」健太は首を傾げた。「最初は操られていたさ。でも次第に、僕たちは『紅い核』と一体化した。僕たちの意識と『紅い核』の意識が融合したんだ」

真一は震えた。つまり、目の前にいる子どもたちはもはや15年前の友人たちではなく、異星の意識と融合した何かだということか。

「真一が村を出て行った後、僕たちが村人たちを操り、毎月生贄を捧げさせていたんだ」健太は平然と告白した。「彼らの生命力を少しずつ吸収して、『紅い核』の力を育てていた」

「美咲さんも?月例祭で選ばれた人たちも?」

「ああ」健太は無表情で答えた。「彼らの一部を僕たちは取り込んだ。彼らが赤く染まっていたのは、魂の一部を奪われたからだよ」

「なんて残酷な…」真一は怒りを覚えた。「村を守るための儀式だと思わせて、実は村を食い物にしていたなんて」

「残酷?」健太は首を傾げた。「僕たちは生きるためにそうしたんだ。それに、村は守られてきた。災害も疫病も避けられた。公平な取引だよ」

「子どもが生まれなくなったのも?」

「それは…副作用だった」健太の表情が一瞬曇った。「でも、必要な犠牲だった」

真一は拳を握りしめた。「なぜ僕を『紅い部屋』に入れようとしている?本当の理由は?」

健太は他の子どもたちと視線を交わし、深いため息をついた。

「正直に話そう」健太の声が再び通常に戻った。「僕たちは力の限界に近づいている。15年間、不完全な形で存在し続けるのは苦しい。完全な形になるためには、あなたが必要なんだ」

「どういう意味だ?」

「あなたの血には特別な力がある」健太は説明した。「ミヨさんから受け継いだ血。その力があれば、僕たちは完全な形で復活できる。『紅い核』の力を最大限に引き出し、この村を超えて広がることができるんだ」

真一は愕然とした。つまり、自分は生贄ではなく、彼らの力を増幅させるための触媒だったのか。そして、その結果は村の滅亡どころか、さらに広範囲への災厄をもたらすということか。

「だから僕を騙した」真一は静かに言った。「村と友人たちを救うためだと思わせて」

「騙したわけじゃない」健太は反論した。「言ったことは全て本当だよ。僕たちは自由になりたい。村の呪いも解ける。ただ…その後に起こることを言わなかっただけさ」

健太の目に赤い光が強まり、他の子どもたちも同様に赤く光り始めた。空気が震え、「紅い部屋」からより強い赤い光が漏れ出してきた。

「もう十分だ」健太の声が再び不気味に変化した。「選択の時は終わった。あなたは来た。それが答えだ」

子どもたちが一斉に真一に向かって手を伸ばし、赤い霧が彼を包み込み始めた。真一は後ずさったが、背後は「紅い部屋」の開いた扉だった。逃げ場はない。

「待て!」真一は叫んだ。「本当の真実をもう一つ話させてくれ」

子どもたちが一瞬動きを止めた。健太が「何だ?」と尋ねた。

「15年前、秘密基地で起きたこと」真一は静かに言った。「あの日、僕は確かに逃げた。でも、その前に…」

真一の目に決意の色が浮かんだ。

「僕は祖母から教わった言葉を唱えていた。『紅い核』を封じる呪文だ」

健太の表情が一変した。恐怖と驚きが混じり合った表情。「何?」

「そう」真一は確信を持って言った。「祖母は知っていた。『紅い核』の正体を。だから僕に呪文を教え、村を出た後も特訓させていた」

「嘘だ!」健太が叫んだ。その声には明らかな動揺が含まれていた。

「なぜ僕だけが君たちを見ることができる?なぜ僕だけが『選ばれし者』なのか?」真一は一歩前に踏み出した。「それは僕の中に、君たちを封じる力があるからだ」

健太の体が震え始め、他の子どもたちも不安げに互いを見つめた。赤い霧が乱れ、渦を巻き始める。

「だから僕は決めた」真一は両手を広げた。「君たちを救う。でも、『紅い核』の力を解き放つためじゃない。完全に封印するために」

「できるはずがない!」健太が怒りに満ちた声で叫んだ。「あなたはただの人間だ!」

「ただの人間じゃない」真一は静かに微笑んだ。「祖母の血を引く者だ」

そして真一は、祖母から教わった古い言葉を唱え始めた。それは日本語でも英語でもない、古い響きを持つ言葉。唱えるたびに、子どもたちの体が震え、赤い光が弱まっていく。

「やめろ!」健太が叫んだ。その声はもはや子どものものではなく、何か別の存在の怒号だった。

子どもたちが一斉に真一に飛びかかってきた。しかし、彼らの体は実体を失い始め、手が真一の体を通り抜けてしまう。

「僕たちを裏切るのか!」健太の目から赤い涙が流れ出した。「友達じゃなかったのか!」

「友達だからこそ」真一は悲しげに言った。「君たちを解放する。『紅い核』の呪縛から」

最後の言葉を唱え終えた瞬間、強烈な光が「紅い部屋」から噴出し、真一と子どもたちを包み込んだ。まばゆい光の中で、真一は子どもたちの姿が変化していくのを見た。赤い服が消え、普通の服装に戻る。目の赤い光が消え、本来の瞳の色が戻る。そして、彼らの表情から怒りや憎しみが消え、安堵と感謝の色が浮かんでいた。

「ありがとう…真一…」健太の声が聞こえた。今度は本当の健太の声だった。「僕たちを…救ってくれて…」

光が弱まり、真一の視界が戻ってきた。「紅い部屋」の中央には「紅い核」が浮かんでいた。かつての黒く赤い結晶は、今や白く透明な石へと変わっていた。そして、子どもたちの姿はどこにもなかった。

代わりに、7つの小さな光の球が真一の周りを舞っていた。それぞれが美しく澄んだ色を放ち、喜びと感謝の感情を伝えてくる。

「健太…みんな…」

光の球は真一の頬に触れるように近づき、そして「紅い部屋」の天井へと昇っていった。天井を突き破り、朝の青空へと消えていく7つの光。子どもたちの魂は、ついに自由になったのだ。

真一は「紅い核」—今や浄化された石—を手に取り、「紅い部屋」を出た。境内には河合宮司と村人たちが集まっていた。皆、空を見上げ、昇っていく7つの光を見送っていた。

「成し遂げたのですね」河合が敬意を込めて頭を下げた。

「はい」真一は頷いた。「これで終わりです」

「村の呪いは?」ある村人が不安げに尋ねた。

「解けました」真一は自信を持って答えた。「もう『紅い御子様』はいません。これからは子どもも生まれ、村は本来の姿を取り戻すでしょう」

村人たちから安堵のため息が漏れ、中には涙を流す者もいた。15年間の恐怖と苦しみが、ついに終わったのだ。

「あなたは…どうなるんですか?」美咲が尋ねた。彼女の肌の赤みは薄れ始めていた。

真一は微笑んだ。「僕は大丈夫です。村に残るか、東京に戻るか、少し考える時間が欲しいですが」

光が消えた空を見上げながら、真一は心の中でつぶやいた。

「さようなら、健太。さようなら、みんな。今度こそ、本当の安らぎを得てほしい」

「紅い部屋」からは、もう赤い光は漏れていなかった。代わりに穏やかな朝の光が、霧間村を包み込んでいた。
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