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火山は暑くていけない
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「――はぁっ、……どこだぁ、マグマリオンってのは……くそったれ……」
およそ貴族の口ぶりではなく、完全におっさんの心の声が漏れていた。それもそのはず、この日の実戦訓練は踏んだり蹴ったりだった。
「あっづい、ホントに暑い」
今日も防具フル装備で元気よく出てきたのは良いものの、巨大投影魔法が出現させたのはまさかの火山ステージ。噴火はしないものの、絶えずマグマが流れ出し、火山の黒々とした山肌を舐めて、夜の空をほんのり明るくさせている。
厚着の極みだった俺はあまりの暑さに全身が汗で蒸れて、しかし定期的に敵兵に襲われもするので、防具を脱ぐに脱げないというもどかしい状況だった。脱ぐと暑さがマシになるが、敵と出くわしときに身を守ってくれる物がない。
今日の訓練もすでに五回戦。これを切り抜ければ、このクソ暑い火山の仮想空間を提供する修練館とはおさらばできるのだが、いかんせんなかなか終わらない。今回はミッション制で、マグマリオンという特殊鉱物を確保することが目的の戦闘だった。
「――いいか、火山地帯はかなり広いし複雑だ。チームでまとまっているより、個別に分散してマグマリオンを探した方が良い。敵兵を見つければ通信魔法で情報を共有、できる限り戦闘を控えて、ミッションのクリアを優先する。いいな?」
「ラジャー、ミスターダン!」
四チームあった。例によってA~Dチームという簡素な区分けで、俺はBチームだ。今回はダンも一緒で、誰が指揮を執るかという話になったときに真っ先に皆はダンを指名した。ダンの強さと憎たらしいほどの優秀さは全員知っていたし、いずれ軍隊の花形である騎士団の一員となる以上、かつてなぎ倒された私怨をいったん忘れて優秀な仲間の指示に従うことに関しては心得があった。
「……あ、あれは、Cチームだな」
黒い岩肌の亀裂から、山の中にできた巨大な空洞地帯に敵兵の姿を見つけた。
俺は通信魔法で敵兵の座標をダンのいる敵兵殲滅部隊(精鋭五人組)に伝えた。Bチーム唯一の攻撃部隊であり、心細いサーチ要員ひとりひとりの心の味方である。
《――えー、敵兵小隊捕捉、Cチームの腕章あり、数は七名、座標は基準点より北緯17度、西経138度であります》
《了解、状況は》
《ステイ。ほかの部隊との合流を待っているものと推測されます》
《すぐに向かう。とどまらずにサーチを続けてくれ》
《了解》
動きがあればある程度見張って動向を伺うことを指示されるが、今回は敵小隊に動きが見られないため、俺の任務は続く。ここまで目立った活躍ができていないから、どうにかして力になりたいものだが、
「埒があかない、これもしかして地中にでも埋まってるんじゃないだろうな?」
テクニカルなミッションは多くの生徒にとって苦手とするものである。俺とて例外ではない。たいして頭がキレるわけでもないし、特殊鉱物の発生地帯に経験則が働くような人間でもない。
マグマリオンは繊細な鉱物のようで、どうやら火山地帯に実際に存在するものらしい。なんでもマグマリオンは超高温エリアの熱の原点に形成される代物で、その地帯の熱の運動を支配するとされる魔力結晶の一種だ。
それを手に入れればミッション成功というのは、ただのお遊び経験ではない。その土地の自然法則を司る特別な物質を手中に収めることは実戦において勝利を意味する。特に火山地帯ともなれば、マグマリオンを手に入れた者はマグマの流れを自由自在に操れることになり、マグマリオンの力の及ぶ範囲にいる敵兵ならば残らず焼き払うことができよう。
マグマリオンを壊すとミッション失敗になる。ゆえに、地中を掘り返して荒っぽく探すという反則技は御法度。特殊繊細鉱物の確保という難題に、どのチームも悪戦苦闘を強いられていた。
「この前みたいに霊力暴走を起こしたらステージが壊れるからな、慎重にいかねば……」
と、言っているそばから火山の一部が吹き飛ばされるのが見えた。
「うぉっ! なんだっ」
俺が見たのは一匹の狼だった。紫色の霊気がほとばしる獣、孤高のローンウルフの頭部が岩を突き破り、数名の兵士に噛みついて夜空に飛び去っていった。
――ぎゃぁあぁぁぁぁ……
狼に襲われた者たちの悲鳴が遠ざかって、やがて山々の向こうに消えた。俺はすぐに戻って、先ほどの亀裂からのぞき、誰の仕業か確かめた。そこでは我らがBチーム殲滅部隊が歓喜していた。
「イェーい、さっすがダン様! 俺たちは働くことないぜ~」
「異光さまさまだな、敵だと驚異だけど、味方だと楽だわ」
「おいおい、今のは敵の人数が少なかっただけだ。もっと大人数の時は手伝ってもらうからな。分かってるか」
「へいへい、分かってますよ隊長」
彼らの話し声にはあまり緊張感がなかった。こんな状況は彼らには慣れっこなのだろう。
「……そうか、あれはダンの術式だったか」
話には聞いていたが、これが例の技。ダンはふざけてけものシリーズとか言っていたけど、全然かわいくない威力だ。けものというより獣。くらった敵兵はどこまで飛んでいったか分からない。着地する前にあの狼に噛み砕かれているかもしれない。
ダンの持つ聖剣は紫に発光し、周囲に同じ色のニンフをはべらせている。この術式はおそらく彼のオリジナルだったのだろう。士官学校のエリートたちの中で常に一目置かれる異光組の一人、ダンの戦闘力の片鱗を垣間見た瞬間だった。
《――Dチームがマグマリオンの確保に成功。繰り返します、Dチームがマグマリオンの確保に成功。以上で五回戦の訓練を終了します》
脳内で訓練終了のアナウンスが響いた。千人規模の訓練になると、どこで誰が何をしているかは、自分のチーム以外だと分かったものじゃない。
「あぁー、くっそ、先を越されたか。Dチームやるなぁ……」
《――六回戦に引き続き参加なされますか》
《今日はここで降ります》
《……では、帰還プログラムを開始します……》
そうして俺は予定通り五回戦で切り上げ、修練館を後にした。館の正面玄関を出ると、待ち合わせていたチャーチルとリゼがこちらに手を振っていた。
およそ貴族の口ぶりではなく、完全におっさんの心の声が漏れていた。それもそのはず、この日の実戦訓練は踏んだり蹴ったりだった。
「あっづい、ホントに暑い」
今日も防具フル装備で元気よく出てきたのは良いものの、巨大投影魔法が出現させたのはまさかの火山ステージ。噴火はしないものの、絶えずマグマが流れ出し、火山の黒々とした山肌を舐めて、夜の空をほんのり明るくさせている。
厚着の極みだった俺はあまりの暑さに全身が汗で蒸れて、しかし定期的に敵兵に襲われもするので、防具を脱ぐに脱げないというもどかしい状況だった。脱ぐと暑さがマシになるが、敵と出くわしときに身を守ってくれる物がない。
今日の訓練もすでに五回戦。これを切り抜ければ、このクソ暑い火山の仮想空間を提供する修練館とはおさらばできるのだが、いかんせんなかなか終わらない。今回はミッション制で、マグマリオンという特殊鉱物を確保することが目的の戦闘だった。
「――いいか、火山地帯はかなり広いし複雑だ。チームでまとまっているより、個別に分散してマグマリオンを探した方が良い。敵兵を見つければ通信魔法で情報を共有、できる限り戦闘を控えて、ミッションのクリアを優先する。いいな?」
「ラジャー、ミスターダン!」
四チームあった。例によってA~Dチームという簡素な区分けで、俺はBチームだ。今回はダンも一緒で、誰が指揮を執るかという話になったときに真っ先に皆はダンを指名した。ダンの強さと憎たらしいほどの優秀さは全員知っていたし、いずれ軍隊の花形である騎士団の一員となる以上、かつてなぎ倒された私怨をいったん忘れて優秀な仲間の指示に従うことに関しては心得があった。
「……あ、あれは、Cチームだな」
黒い岩肌の亀裂から、山の中にできた巨大な空洞地帯に敵兵の姿を見つけた。
俺は通信魔法で敵兵の座標をダンのいる敵兵殲滅部隊(精鋭五人組)に伝えた。Bチーム唯一の攻撃部隊であり、心細いサーチ要員ひとりひとりの心の味方である。
《――えー、敵兵小隊捕捉、Cチームの腕章あり、数は七名、座標は基準点より北緯17度、西経138度であります》
《了解、状況は》
《ステイ。ほかの部隊との合流を待っているものと推測されます》
《すぐに向かう。とどまらずにサーチを続けてくれ》
《了解》
動きがあればある程度見張って動向を伺うことを指示されるが、今回は敵小隊に動きが見られないため、俺の任務は続く。ここまで目立った活躍ができていないから、どうにかして力になりたいものだが、
「埒があかない、これもしかして地中にでも埋まってるんじゃないだろうな?」
テクニカルなミッションは多くの生徒にとって苦手とするものである。俺とて例外ではない。たいして頭がキレるわけでもないし、特殊鉱物の発生地帯に経験則が働くような人間でもない。
マグマリオンは繊細な鉱物のようで、どうやら火山地帯に実際に存在するものらしい。なんでもマグマリオンは超高温エリアの熱の原点に形成される代物で、その地帯の熱の運動を支配するとされる魔力結晶の一種だ。
それを手に入れればミッション成功というのは、ただのお遊び経験ではない。その土地の自然法則を司る特別な物質を手中に収めることは実戦において勝利を意味する。特に火山地帯ともなれば、マグマリオンを手に入れた者はマグマの流れを自由自在に操れることになり、マグマリオンの力の及ぶ範囲にいる敵兵ならば残らず焼き払うことができよう。
マグマリオンを壊すとミッション失敗になる。ゆえに、地中を掘り返して荒っぽく探すという反則技は御法度。特殊繊細鉱物の確保という難題に、どのチームも悪戦苦闘を強いられていた。
「この前みたいに霊力暴走を起こしたらステージが壊れるからな、慎重にいかねば……」
と、言っているそばから火山の一部が吹き飛ばされるのが見えた。
「うぉっ! なんだっ」
俺が見たのは一匹の狼だった。紫色の霊気がほとばしる獣、孤高のローンウルフの頭部が岩を突き破り、数名の兵士に噛みついて夜空に飛び去っていった。
――ぎゃぁあぁぁぁぁ……
狼に襲われた者たちの悲鳴が遠ざかって、やがて山々の向こうに消えた。俺はすぐに戻って、先ほどの亀裂からのぞき、誰の仕業か確かめた。そこでは我らがBチーム殲滅部隊が歓喜していた。
「イェーい、さっすがダン様! 俺たちは働くことないぜ~」
「異光さまさまだな、敵だと驚異だけど、味方だと楽だわ」
「おいおい、今のは敵の人数が少なかっただけだ。もっと大人数の時は手伝ってもらうからな。分かってるか」
「へいへい、分かってますよ隊長」
彼らの話し声にはあまり緊張感がなかった。こんな状況は彼らには慣れっこなのだろう。
「……そうか、あれはダンの術式だったか」
話には聞いていたが、これが例の技。ダンはふざけてけものシリーズとか言っていたけど、全然かわいくない威力だ。けものというより獣。くらった敵兵はどこまで飛んでいったか分からない。着地する前にあの狼に噛み砕かれているかもしれない。
ダンの持つ聖剣は紫に発光し、周囲に同じ色のニンフをはべらせている。この術式はおそらく彼のオリジナルだったのだろう。士官学校のエリートたちの中で常に一目置かれる異光組の一人、ダンの戦闘力の片鱗を垣間見た瞬間だった。
《――Dチームがマグマリオンの確保に成功。繰り返します、Dチームがマグマリオンの確保に成功。以上で五回戦の訓練を終了します》
脳内で訓練終了のアナウンスが響いた。千人規模の訓練になると、どこで誰が何をしているかは、自分のチーム以外だと分かったものじゃない。
「あぁー、くっそ、先を越されたか。Dチームやるなぁ……」
《――六回戦に引き続き参加なされますか》
《今日はここで降ります》
《……では、帰還プログラムを開始します……》
そうして俺は予定通り五回戦で切り上げ、修練館を後にした。館の正面玄関を出ると、待ち合わせていたチャーチルとリゼがこちらに手を振っていた。
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