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スラムへ
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ふらふら街を歩いているうちに、何人か知り合いに会った気がする。たとえばさっき俺の横を若い女を連れて過ぎ去ったやつはいつぞやの酔っ払い教官だった気がするし、ほかにも上着の下に士官学校の制服を着てうろついている輩が何人かいたように思ったが、さてどうだろう。
《ドンっ――……》
地響きのような音がして、腹の底に重たい気分がたまった。俺はそのとき王都を流れるシンフィエール川の暗い川面を眺めて酒をすすり飲みしていたところだった。
「……なんだ、今の音」
地下からだと直感した。周囲に人はほとんどいず、どちらかといえば都心から離れた郊外まで来ていたのだった。おそらくパーティの余興による騒ぎではない。
河川敷から何人かの浮浪者が出てきて、それがみんな獣人だった。うさぎみたいな女もいれば、猫のような男が、それぞれ違う長さのしっぽを振り立てて必死に階段を上がってきて、川沿いの鉄柵にもたれていた俺のそばを走り抜けていった。
「……何かあったな」
俺は獣人が通った道を逆に行ってみた。河川敷に下りてみると、その側壁に大きな穴が開けられていて、地下につながっているらしかった。俺は簡単な火魔法で明かりを灯し、その暗い穴に入っていった。
湿っぽい空気とむさ苦しい匂いが鼻をつついていた。スラムはこんなところからも入れるようになっているんだなと思った。時々足音があったが、誰にも巡り合わせはなく、しばらくするとほかの明かりが灯っているのが見えた。たいまつに火をつけて壁に掛けているだけだが、それが等間隔に続いて、内部の構造を明らかにしていた。
近づいてみると、さらに鮮明に状況が暴き出される。奥の方へ続く人工の通路があって、その両脇にたくさんの牢屋が並んでいる。牢屋はことごとく破壊されていて、どうやら切断系統の攻撃を外から受けて壊されたらしかった。
「おいっ、そこにだれかいるのかっ」
しわがれた老人の声が聞こえた。向こうから近づいてくる。足音は一人分。
「――おまえ、誰だ?」
汚いタンクトップに短パン姿をした、禿げの老人が俺の顔を見て怪訝な表情を見せた。俺は貴族であることを伏せ、騒ぎを聞きつけた一般人であると言い、何があったか尋ねた。
「ただで教えてもらおうなんて、ここじゃ通用しないがね」
そういうので、いくらか金を握らせてやると、老人は歯の抜けた笑顔を見せて説明してくれた。
「俺ぁ、ここの牢屋の管理人さ、おまえも知ってるだろうけど、スラムで牢屋っていったら奴隷をぶち込んでいるに決まっている。何が起こったかっていやぁ、「牢屋破りの獣」が荒らしに来たんだよ。知らねぇか、あの女獣人のことを」
「知らないな。ここに来るのは初めてだ」
「あぁ、そうかい、だったら、この話が終われば俺のことは忘れてくれよな。俺は責任なんてとらされたかないから、これからとんずらこくつもりでいるんだ」
「そうか、つまり貴様はスラムの支配者層に雇われているんだな。それで、その牢屋破りの獣とやらがこれをやったと」
「そうさぁ、ひでぇもんだよ、俺がちょっと目を離した隙に忍び込んで、全部逃がしちまいやがった。それも高値で売買される獣人用の牢屋ばっかり狙い撃ちでさ。明らかに同胞を逃がしてやるための行動なんだ、こっちはいい迷惑だよ」
「へぇ、そうかい、よくわかったよ、どうもありがとう……ふんっ!」
「ぐへぇっ!……」
俺は老人のみぞおちに一発けりを入れ、気絶させた。人一人を目的の場所まで転移魔法で送りつけるには正確な転移コードが必要だが、魔法警察署はそういうときのために、現代でいう110番のような要領で特定の転移コードが存在する。俺は老人に罪を償わせるために魔力を行使した。
「さてと、これからどうするかな。俺はこういう役目は趣味じゃないんだが……」
《――ドンっ……》
離れたところでまた音がして、足下の水たまりがかすかに揺れた。まだ牢屋破りは続いているのだろうか。
俺はいやな予感がして、そちらに向かってみることにしてみた。幸い、今日は実践訓練がなかったから、自主練だけしかしておらず、体力は温存されていたのだった。
《ドンっ――……》
地響きのような音がして、腹の底に重たい気分がたまった。俺はそのとき王都を流れるシンフィエール川の暗い川面を眺めて酒をすすり飲みしていたところだった。
「……なんだ、今の音」
地下からだと直感した。周囲に人はほとんどいず、どちらかといえば都心から離れた郊外まで来ていたのだった。おそらくパーティの余興による騒ぎではない。
河川敷から何人かの浮浪者が出てきて、それがみんな獣人だった。うさぎみたいな女もいれば、猫のような男が、それぞれ違う長さのしっぽを振り立てて必死に階段を上がってきて、川沿いの鉄柵にもたれていた俺のそばを走り抜けていった。
「……何かあったな」
俺は獣人が通った道を逆に行ってみた。河川敷に下りてみると、その側壁に大きな穴が開けられていて、地下につながっているらしかった。俺は簡単な火魔法で明かりを灯し、その暗い穴に入っていった。
湿っぽい空気とむさ苦しい匂いが鼻をつついていた。スラムはこんなところからも入れるようになっているんだなと思った。時々足音があったが、誰にも巡り合わせはなく、しばらくするとほかの明かりが灯っているのが見えた。たいまつに火をつけて壁に掛けているだけだが、それが等間隔に続いて、内部の構造を明らかにしていた。
近づいてみると、さらに鮮明に状況が暴き出される。奥の方へ続く人工の通路があって、その両脇にたくさんの牢屋が並んでいる。牢屋はことごとく破壊されていて、どうやら切断系統の攻撃を外から受けて壊されたらしかった。
「おいっ、そこにだれかいるのかっ」
しわがれた老人の声が聞こえた。向こうから近づいてくる。足音は一人分。
「――おまえ、誰だ?」
汚いタンクトップに短パン姿をした、禿げの老人が俺の顔を見て怪訝な表情を見せた。俺は貴族であることを伏せ、騒ぎを聞きつけた一般人であると言い、何があったか尋ねた。
「ただで教えてもらおうなんて、ここじゃ通用しないがね」
そういうので、いくらか金を握らせてやると、老人は歯の抜けた笑顔を見せて説明してくれた。
「俺ぁ、ここの牢屋の管理人さ、おまえも知ってるだろうけど、スラムで牢屋っていったら奴隷をぶち込んでいるに決まっている。何が起こったかっていやぁ、「牢屋破りの獣」が荒らしに来たんだよ。知らねぇか、あの女獣人のことを」
「知らないな。ここに来るのは初めてだ」
「あぁ、そうかい、だったら、この話が終われば俺のことは忘れてくれよな。俺は責任なんてとらされたかないから、これからとんずらこくつもりでいるんだ」
「そうか、つまり貴様はスラムの支配者層に雇われているんだな。それで、その牢屋破りの獣とやらがこれをやったと」
「そうさぁ、ひでぇもんだよ、俺がちょっと目を離した隙に忍び込んで、全部逃がしちまいやがった。それも高値で売買される獣人用の牢屋ばっかり狙い撃ちでさ。明らかに同胞を逃がしてやるための行動なんだ、こっちはいい迷惑だよ」
「へぇ、そうかい、よくわかったよ、どうもありがとう……ふんっ!」
「ぐへぇっ!……」
俺は老人のみぞおちに一発けりを入れ、気絶させた。人一人を目的の場所まで転移魔法で送りつけるには正確な転移コードが必要だが、魔法警察署はそういうときのために、現代でいう110番のような要領で特定の転移コードが存在する。俺は老人に罪を償わせるために魔力を行使した。
「さてと、これからどうするかな。俺はこういう役目は趣味じゃないんだが……」
《――ドンっ……》
離れたところでまた音がして、足下の水たまりがかすかに揺れた。まだ牢屋破りは続いているのだろうか。
俺はいやな予感がして、そちらに向かってみることにしてみた。幸い、今日は実践訓練がなかったから、自主練だけしかしておらず、体力は温存されていたのだった。
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