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悲しい街のロックンロール
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「ここだ」
カイたちが案内してくれたのは高くて厚い城壁の一部で、士官学校の校舎の外れにあり、城の正門とは反対方向の位置していた。
カイが合い言葉を発すると、壁が半透明になって、その向こうの城下町の風景が垣間見えた。
「さぁ、急げ。この壁が自分の存在を忘れている間にな!」
それはずいぶん前の先代から士官学校の生徒たちに受け継がれてきた、「自由への壁面」と呼ばれる外への連絡口だった。かつて訓練ばかりで外に出られなかった士官学校の生徒が教官の目を盗んで作成したとされる忘却石(特定の音に反応し、一時的に存在しなくなる)でできた城壁の一部は、もともとの城壁を破壊して、そこに忘却石を埋め合わせ、土魔法で補修して周りの壁と同化させたものらしい。
グレナダが先頭を切って進み、半透明になってしまった壁の中を歩いて向こうの壁外へ出た。最後に出てきたカイが少し待つと、向こうからダンが走ってきて、壁が再び存在を取り戻す寸前でこちらに飛び込んできた。
「――あっぶない、ぎりぎり!」
「もうちょっとで生き埋めだったな、ダン」
「ねー、それより、これからどこ行こっか。リゼはどこか行きたいところある?」
「第一図書館……などでしょうか」
「えぇ! 図書館にご飯はないよぉ!」
「そうだぞリゼ、チャーチルはいちおう伯爵なのだから、子爵である君の知識欲と、伯爵の食欲を天秤にかけたらどちらが重いかは自明だ。ちなみに俺も腹が減った」
「セラフィムは勝手に一人で訓練に励んでいたから腹が空いているのです。私としては……」
「まあまあ、ここは俺様に名案があるから、それを先に聞いてくれたもう!」
カイが言うには、王都にお住まいのベルフェゴール公爵が主催するパーティが連日行われているとかで、なんでも当家の三番目のご令嬢が王家の男に見初められて婚約なさったらしい。いつまで大規模祝賀パーティをやるのかは定かではないが、よく外に出て羽を伸ばしている不良生徒の聞き込み調査に寄れば、とりあえず週末まではどんちゃん騒ぎをするのだという。
「もう夕暮れ時だからな、各地で夜のイベントが始まりつつある。なんでもいいけど、ひとまず酒でも飲みながら街を散策して、どこで楽しむか決めようぜ」
「そうね、そうしましょ」
「お、向こうで酒がただで振る舞われてるぞ。大盤振る舞いだ」
「軽食も無料みたいだね、なくなっちゃう前に、早くもらいに行こう!」
「そうだな」
みんなが軽食を片手に思い思いの視線を巡らしている中、俺はフランクフルトに似た食べ物をついばみながら歩いて、街並みを眺めていた。辺りは暗くなり、道に等間隔に並んだ街灯が足下を照らしている。王都の建築物には景観のためにビルなどの商業施設の建築は制限されていて、昔ながらの白い西洋風の建物が並んでいて、街の人々が様々な衣装を着てところせましと闊歩している。
飲食街から漂う肉の匂いが香辛料の焦げる香りと立ち上る湯気に紛れて鼻腔をくすぐる。店先では客引きが懸命に道行く人を勧誘して声を張り上げ、道中は人々の喧噪がやまなかった。そんなせわしない街を、緩い坂の上に構える大富豪や高位の貴族たちの住まいが見下ろしていて、そこだけは恐ろしいほど静かだった。
ぼんやりと、自分の領土と重ね合わせて懐かしい思いでいると、ふいにどこかで歓声が上がった。次いでドラムとギターの音が鳴り響く。
「どこかでライブでもやってんな、これ」
「見に行こうか、どうする」
「俺、見に行きたいな」
「いいね、そうこなくっちゃ」
音のする方に行くと、広場のステージが人であふれかえっていた。踊り狂う聴衆と、その向こうでパフォーマンスをする四人組のバンド。ギター、ドラム、ボーカル、ピアノ、それぞれが旋律を奏でている。明らかにロックンロールだ。
「ジャイアントキリングだ!」
今はやりのバンド名を叫んだダンは目を煌めかせて聴衆の中に突っ込み、周りに合わせて頭を振って踊り始めた。カイもそれに続いて、飲み残しの酒は紙コップごと聴衆の向こうに放り投げた。チャーチルはのんきにそばのベンチに座って、追加購入した肉まんのごとき異郷の料理を食べるのに夢中で、グレナダはいい男でも目に入ったのか、リゼをつれて女同士でバーに入っていった。
俺はバンドの演奏風景が見やすいところまで移動して、ちょうどそこにあった街灯にもたれてボーカルの声に耳を澄ませた。
――王様は、どうしちまった、裕福な暮らしに貪欲かい、税金はどこに使ってる? 俺たちの金はどぶに捨てたのかい? 貴族の女はおめかしで、俺たちは、下町で叫ぶだけさ、景気の悪いこの世界にくそったれってな! Oh Yeah!!! (間奏) Toooo Bad! (歓声) パーティなんて嘘っぱちさ、俺たちの金でやってんだぁ、気にせずに今夜は叫んでいけよ、しみったれた迷惑なクソガキども! (ステージに観客乱入) おう、おめえさん、どうしたんだい、顔真っ赤にして飲み過ぎたのかっ、マイクが欲しい、そらやった、「はやく卒業してえええええええ!!!」 (マイク取り返す) どこの学校のがきんちょかい? おう、士官学校の不良か! 名前はカイ、素敵な名前だあ、はっはっっは!
みんな笑えっ、飲めっ、そして笑えっ、王の城に向かってがなり立てろよぉ怒りをさぁ!
無法地帯さながらの様相を呈していて、途中からライブとは言いがたい感じだったが、みんな酔っ払って、俺のそばでよろめいていた黒髪に青い目のおっさんが働きたくねぇよぉ、などと世迷い言を言いながらベンチに座り、そしてこの爆音の中、すぐにいびきをかいて眠りについてしまった。仕事か何かで相当疲れていたのだろう。かわいそうに……
王都は景観だけが保たれていると、そのとき俺は思った。内情は、厳しい税と、宰相の強いた悪政によって抑圧された市民のストレスが街にはびこっていて、ときどき行われる催し事を怒りのはけ口にするしかないような状態だった。
景観、つまり見かけだけは諸外国の人から見て美しく健全に見えるように整えること。それこそ最大の問題だった。俺はそのことを思うと憂鬱になって、騒ぎ立てる広場から外に出た。俺は気の向くままに静かな場所を求めて歩いて行った。
カイたちが案内してくれたのは高くて厚い城壁の一部で、士官学校の校舎の外れにあり、城の正門とは反対方向の位置していた。
カイが合い言葉を発すると、壁が半透明になって、その向こうの城下町の風景が垣間見えた。
「さぁ、急げ。この壁が自分の存在を忘れている間にな!」
それはずいぶん前の先代から士官学校の生徒たちに受け継がれてきた、「自由への壁面」と呼ばれる外への連絡口だった。かつて訓練ばかりで外に出られなかった士官学校の生徒が教官の目を盗んで作成したとされる忘却石(特定の音に反応し、一時的に存在しなくなる)でできた城壁の一部は、もともとの城壁を破壊して、そこに忘却石を埋め合わせ、土魔法で補修して周りの壁と同化させたものらしい。
グレナダが先頭を切って進み、半透明になってしまった壁の中を歩いて向こうの壁外へ出た。最後に出てきたカイが少し待つと、向こうからダンが走ってきて、壁が再び存在を取り戻す寸前でこちらに飛び込んできた。
「――あっぶない、ぎりぎり!」
「もうちょっとで生き埋めだったな、ダン」
「ねー、それより、これからどこ行こっか。リゼはどこか行きたいところある?」
「第一図書館……などでしょうか」
「えぇ! 図書館にご飯はないよぉ!」
「そうだぞリゼ、チャーチルはいちおう伯爵なのだから、子爵である君の知識欲と、伯爵の食欲を天秤にかけたらどちらが重いかは自明だ。ちなみに俺も腹が減った」
「セラフィムは勝手に一人で訓練に励んでいたから腹が空いているのです。私としては……」
「まあまあ、ここは俺様に名案があるから、それを先に聞いてくれたもう!」
カイが言うには、王都にお住まいのベルフェゴール公爵が主催するパーティが連日行われているとかで、なんでも当家の三番目のご令嬢が王家の男に見初められて婚約なさったらしい。いつまで大規模祝賀パーティをやるのかは定かではないが、よく外に出て羽を伸ばしている不良生徒の聞き込み調査に寄れば、とりあえず週末まではどんちゃん騒ぎをするのだという。
「もう夕暮れ時だからな、各地で夜のイベントが始まりつつある。なんでもいいけど、ひとまず酒でも飲みながら街を散策して、どこで楽しむか決めようぜ」
「そうね、そうしましょ」
「お、向こうで酒がただで振る舞われてるぞ。大盤振る舞いだ」
「軽食も無料みたいだね、なくなっちゃう前に、早くもらいに行こう!」
「そうだな」
みんなが軽食を片手に思い思いの視線を巡らしている中、俺はフランクフルトに似た食べ物をついばみながら歩いて、街並みを眺めていた。辺りは暗くなり、道に等間隔に並んだ街灯が足下を照らしている。王都の建築物には景観のためにビルなどの商業施設の建築は制限されていて、昔ながらの白い西洋風の建物が並んでいて、街の人々が様々な衣装を着てところせましと闊歩している。
飲食街から漂う肉の匂いが香辛料の焦げる香りと立ち上る湯気に紛れて鼻腔をくすぐる。店先では客引きが懸命に道行く人を勧誘して声を張り上げ、道中は人々の喧噪がやまなかった。そんなせわしない街を、緩い坂の上に構える大富豪や高位の貴族たちの住まいが見下ろしていて、そこだけは恐ろしいほど静かだった。
ぼんやりと、自分の領土と重ね合わせて懐かしい思いでいると、ふいにどこかで歓声が上がった。次いでドラムとギターの音が鳴り響く。
「どこかでライブでもやってんな、これ」
「見に行こうか、どうする」
「俺、見に行きたいな」
「いいね、そうこなくっちゃ」
音のする方に行くと、広場のステージが人であふれかえっていた。踊り狂う聴衆と、その向こうでパフォーマンスをする四人組のバンド。ギター、ドラム、ボーカル、ピアノ、それぞれが旋律を奏でている。明らかにロックンロールだ。
「ジャイアントキリングだ!」
今はやりのバンド名を叫んだダンは目を煌めかせて聴衆の中に突っ込み、周りに合わせて頭を振って踊り始めた。カイもそれに続いて、飲み残しの酒は紙コップごと聴衆の向こうに放り投げた。チャーチルはのんきにそばのベンチに座って、追加購入した肉まんのごとき異郷の料理を食べるのに夢中で、グレナダはいい男でも目に入ったのか、リゼをつれて女同士でバーに入っていった。
俺はバンドの演奏風景が見やすいところまで移動して、ちょうどそこにあった街灯にもたれてボーカルの声に耳を澄ませた。
――王様は、どうしちまった、裕福な暮らしに貪欲かい、税金はどこに使ってる? 俺たちの金はどぶに捨てたのかい? 貴族の女はおめかしで、俺たちは、下町で叫ぶだけさ、景気の悪いこの世界にくそったれってな! Oh Yeah!!! (間奏) Toooo Bad! (歓声) パーティなんて嘘っぱちさ、俺たちの金でやってんだぁ、気にせずに今夜は叫んでいけよ、しみったれた迷惑なクソガキども! (ステージに観客乱入) おう、おめえさん、どうしたんだい、顔真っ赤にして飲み過ぎたのかっ、マイクが欲しい、そらやった、「はやく卒業してえええええええ!!!」 (マイク取り返す) どこの学校のがきんちょかい? おう、士官学校の不良か! 名前はカイ、素敵な名前だあ、はっはっっは!
みんな笑えっ、飲めっ、そして笑えっ、王の城に向かってがなり立てろよぉ怒りをさぁ!
無法地帯さながらの様相を呈していて、途中からライブとは言いがたい感じだったが、みんな酔っ払って、俺のそばでよろめいていた黒髪に青い目のおっさんが働きたくねぇよぉ、などと世迷い言を言いながらベンチに座り、そしてこの爆音の中、すぐにいびきをかいて眠りについてしまった。仕事か何かで相当疲れていたのだろう。かわいそうに……
王都は景観だけが保たれていると、そのとき俺は思った。内情は、厳しい税と、宰相の強いた悪政によって抑圧された市民のストレスが街にはびこっていて、ときどき行われる催し事を怒りのはけ口にするしかないような状態だった。
景観、つまり見かけだけは諸外国の人から見て美しく健全に見えるように整えること。それこそ最大の問題だった。俺はそのことを思うと憂鬱になって、騒ぎ立てる広場から外に出た。俺は気の向くままに静かな場所を求めて歩いて行った。
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