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洗礼名
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「――へぇ、スイートルームでなくても、わりあいこじゃれているのですねぇ」
「日当たりが良いからじゃないかな」
一般ピーポーがスイートルームなんて予約しないだろう。別にくつろぐための場所ではなく、たんに宿として用があるわけだし、普通のホテルの一室であればオッケーだ。荷物を置いたらいざ観光。
「明日の夜七時だったな」
「そうよ」
明日の朝にはここを出て、昼頃には首都のアンガージュに着く予定だ。そこでとある人物と落ち合うことになっている。
「では、いこうか」
ジャケットの裏に聖拳銃をしのばせて、彼女と手をつなぎ、部屋を出た。
――スペルピオーネの名所はやはり、かつての植民地時代の宗教的遺跡である。これらは保存され、観光資源として利用されている。
「はぁぁ……なんて美しいのかしら」
「うーん、美しいというか、ただただデカいというか」
こけの生えた神殿みたいなものの外周を川が流れていて、俺たちは普通のカップルとして舟に乗せてもらっていた。料金は3ゴールド。激安であーる。獣人の船頭さんが、その柴犬っぽい顔をめいっぱい笑顔にして、客たちに遺跡の紹介をする。
「ここはアンガス最古のシンゼル神殿でぃーっす! あとで中に入って、かるく探索しますんで、そのとき詳しく説明するんですけどぉ、とりあえず、アンガスの古い宗教に、エイリーン教ってのがありやして、それが地元でちょっぴりアレンジされたものが植民地時代に大流行したんすよ、お客さん知ってました? あ、知ってる! 物知りだなぁ。じゃ、カラスがウチの国のシンボルなのはなんで?……あ、知らない、ならお教えしましょー、それは大昔の国王様がカラス大好きだったんですねぇ、そいでエイリーン教と合体しまして、気づいたときにはカラスが神聖視されるというしっちゃかめっちゃかな展開に――」
俺とエリザはゲラゲラ笑いながら、妙な話し方をする柴犬さんの饒舌に聞き入っていた。
「あの人おかしいですわね!?」「あぁ、語尾がバグってるし、抑揚もめちゃくちゃだ!」などと言い合って、ただ単純に笑った。そして青い空と、アンコールワットみたいな遺跡をぼんやり見たり、パンフレットを読んで話し合ったり……
ふと、自分が肉体年齢18歳であることを忘れ、35歳の目線で彼女を見てしまうことがある。現世の若かりし頃はモテなくて、たいした青春もできなかったから、いま見ている風景が嘘なんじゃないかとさえ思える。
笑ったり、怒ったり忙しい彼女と、自分と、彼女の指に輝く指輪と。ただの会社員だったのに、こんな呑気にデートしていて良いのかな、と、よく分からない浮き足だった気分になるのだった。部長は元気にしているだろうか。
「――はぁい、それでは中へご案内ぃ!」
「キャーッ!」
USJのアトラクションみたいな、水路を一気に駆け下りる謎仕様で、神殿の地下水路に舟が突入した。調べが足りなかったせいで、他の人は防水対策をしていたが、俺たちはちょっと濡れてしまった。
エリザがむっとして、ここに連れてきた俺をにらむ。
「はっはっは! 面白いなぁ。いやぁ、おもしろいっ」
「ごまかさないでくださいまし」
「ごめん、あとでおいしいお店に連れて行ってあげるから……」
そんなこんなで、船頭は水路をぐるぐるして、様々な神殿内の部屋を見せた。
「ここがさっき言った、洗礼することでございやぁーす、意外と狭いっしょ!? 中央の台座にたいまつをばらまいて火をつけますとね、部屋にかかった魔法が反応して、記憶の中の国王が洗礼してくれるっす! あ、そこのお若いお客さん、どうっすか、やりません??」
「え、俺たちのことですか? ……どうするエリザ?」
「やりますわ、またとない機会ですもの」
「あ、カップルっすか!? いやぁ、たまげたなぁ、美男美女だぁ。この辺じゃお見かけしない顔立ちだし、外国の方ですかいねぇ?」
「リティアからきました」
「ほおっ! 我らが友好国のリティアから! 非宗教国家の人だとやりやすいねぇ!」
船頭は舟を遺跡の端につけ、うきうきしながら部屋に出た。舟の中の客たちは俺たちを見守っている。船頭が部屋に常備してある(観光客用に据え置きしてあったのだろう)たいまつを持ってきて、台座に撒き、簡単な火魔法で火をつけた。たいまつから吹く火の粉は台座に掘られた細い溝を満たし、瞬く間に映像魔法で、当時のアンガス公国国王が現れた。
「――なんじに、洗礼を授けよう、名は何という」
過去の記録映像に答えても仕方ないが、いちおう、
「あ、セラフィムとエリザです」
「――ほう、ボンボヤージュか」
「はぁ!? 違いますわよ! セラフィムとエリザですわ、なにを寝ぼけたことを!!!」
「こらこらっ、怒っちゃだめだ、これ過去の映像だから!」
舟から見ていた客が爆笑した。俺はなんだか恥ずかしい思いで顔を赤くしたが、エリザはなぜこんなおっさんに名前を間違えられないといけないのかと憤然としていた。
どこぞのペリー提督みたいな、黒船で来ちゃいそうなおっさんが、妙な宗教的呪文と動作で洗礼してくださった。あまりありがたい感じはしないが。
「――これよりなんじは、洗礼名を加味し、ボンボヤージュ・アルセー・ガウスピオーネ・ジスフェリー・ドナルド・ボボボーボ・デス・ミュージアム・ラ・コバンザメと名乗りなさい」
「長すぎる!!」
こんなシーンは何度も見ただろうに、船頭は大笑いしていて、仕舞い目には詰め寄ったエリザにすねを蹴飛ばされて悶絶する羽目になっていた。舟の観光客はよけい笑っていて、俺は頭を抱えた。
「日当たりが良いからじゃないかな」
一般ピーポーがスイートルームなんて予約しないだろう。別にくつろぐための場所ではなく、たんに宿として用があるわけだし、普通のホテルの一室であればオッケーだ。荷物を置いたらいざ観光。
「明日の夜七時だったな」
「そうよ」
明日の朝にはここを出て、昼頃には首都のアンガージュに着く予定だ。そこでとある人物と落ち合うことになっている。
「では、いこうか」
ジャケットの裏に聖拳銃をしのばせて、彼女と手をつなぎ、部屋を出た。
――スペルピオーネの名所はやはり、かつての植民地時代の宗教的遺跡である。これらは保存され、観光資源として利用されている。
「はぁぁ……なんて美しいのかしら」
「うーん、美しいというか、ただただデカいというか」
こけの生えた神殿みたいなものの外周を川が流れていて、俺たちは普通のカップルとして舟に乗せてもらっていた。料金は3ゴールド。激安であーる。獣人の船頭さんが、その柴犬っぽい顔をめいっぱい笑顔にして、客たちに遺跡の紹介をする。
「ここはアンガス最古のシンゼル神殿でぃーっす! あとで中に入って、かるく探索しますんで、そのとき詳しく説明するんですけどぉ、とりあえず、アンガスの古い宗教に、エイリーン教ってのがありやして、それが地元でちょっぴりアレンジされたものが植民地時代に大流行したんすよ、お客さん知ってました? あ、知ってる! 物知りだなぁ。じゃ、カラスがウチの国のシンボルなのはなんで?……あ、知らない、ならお教えしましょー、それは大昔の国王様がカラス大好きだったんですねぇ、そいでエイリーン教と合体しまして、気づいたときにはカラスが神聖視されるというしっちゃかめっちゃかな展開に――」
俺とエリザはゲラゲラ笑いながら、妙な話し方をする柴犬さんの饒舌に聞き入っていた。
「あの人おかしいですわね!?」「あぁ、語尾がバグってるし、抑揚もめちゃくちゃだ!」などと言い合って、ただ単純に笑った。そして青い空と、アンコールワットみたいな遺跡をぼんやり見たり、パンフレットを読んで話し合ったり……
ふと、自分が肉体年齢18歳であることを忘れ、35歳の目線で彼女を見てしまうことがある。現世の若かりし頃はモテなくて、たいした青春もできなかったから、いま見ている風景が嘘なんじゃないかとさえ思える。
笑ったり、怒ったり忙しい彼女と、自分と、彼女の指に輝く指輪と。ただの会社員だったのに、こんな呑気にデートしていて良いのかな、と、よく分からない浮き足だった気分になるのだった。部長は元気にしているだろうか。
「――はぁい、それでは中へご案内ぃ!」
「キャーッ!」
USJのアトラクションみたいな、水路を一気に駆け下りる謎仕様で、神殿の地下水路に舟が突入した。調べが足りなかったせいで、他の人は防水対策をしていたが、俺たちはちょっと濡れてしまった。
エリザがむっとして、ここに連れてきた俺をにらむ。
「はっはっは! 面白いなぁ。いやぁ、おもしろいっ」
「ごまかさないでくださいまし」
「ごめん、あとでおいしいお店に連れて行ってあげるから……」
そんなこんなで、船頭は水路をぐるぐるして、様々な神殿内の部屋を見せた。
「ここがさっき言った、洗礼することでございやぁーす、意外と狭いっしょ!? 中央の台座にたいまつをばらまいて火をつけますとね、部屋にかかった魔法が反応して、記憶の中の国王が洗礼してくれるっす! あ、そこのお若いお客さん、どうっすか、やりません??」
「え、俺たちのことですか? ……どうするエリザ?」
「やりますわ、またとない機会ですもの」
「あ、カップルっすか!? いやぁ、たまげたなぁ、美男美女だぁ。この辺じゃお見かけしない顔立ちだし、外国の方ですかいねぇ?」
「リティアからきました」
「ほおっ! 我らが友好国のリティアから! 非宗教国家の人だとやりやすいねぇ!」
船頭は舟を遺跡の端につけ、うきうきしながら部屋に出た。舟の中の客たちは俺たちを見守っている。船頭が部屋に常備してある(観光客用に据え置きしてあったのだろう)たいまつを持ってきて、台座に撒き、簡単な火魔法で火をつけた。たいまつから吹く火の粉は台座に掘られた細い溝を満たし、瞬く間に映像魔法で、当時のアンガス公国国王が現れた。
「――なんじに、洗礼を授けよう、名は何という」
過去の記録映像に答えても仕方ないが、いちおう、
「あ、セラフィムとエリザです」
「――ほう、ボンボヤージュか」
「はぁ!? 違いますわよ! セラフィムとエリザですわ、なにを寝ぼけたことを!!!」
「こらこらっ、怒っちゃだめだ、これ過去の映像だから!」
舟から見ていた客が爆笑した。俺はなんだか恥ずかしい思いで顔を赤くしたが、エリザはなぜこんなおっさんに名前を間違えられないといけないのかと憤然としていた。
どこぞのペリー提督みたいな、黒船で来ちゃいそうなおっさんが、妙な宗教的呪文と動作で洗礼してくださった。あまりありがたい感じはしないが。
「――これよりなんじは、洗礼名を加味し、ボンボヤージュ・アルセー・ガウスピオーネ・ジスフェリー・ドナルド・ボボボーボ・デス・ミュージアム・ラ・コバンザメと名乗りなさい」
「長すぎる!!」
こんなシーンは何度も見ただろうに、船頭は大笑いしていて、仕舞い目には詰め寄ったエリザにすねを蹴飛ばされて悶絶する羽目になっていた。舟の観光客はよけい笑っていて、俺は頭を抱えた。
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