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ACT 3 ミドルトン男爵夫人マリオン
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自分で言ったとおり、ジムはすべてを見ていた。
一晩眠り、落ち着いたジムの口から、ぼくたちはあの夜のことを聞き出した。
あの夜――ぼくと姉さんがサリーのコテージを確かめに行った日の、前の晩。
姉弟ふたりきりでおだやかに眠りにつこうとしていた家の扉を、突然誰かが激しく叩いた。
ノックなんて生やさしいものではなく、あきらかに玄関の扉を壊し、無理やり家の中に侵入しようとしている者たちだった。
「サラ・ホワイト! いるんだろう、出ておいで、この阿婆擦れ!!」
コテージの前に大きな四頭立ての箱馬車が停められ、その後ろには黒っぽい布でマスクのように顔を覆った男たちが何人も付き従っていた。
紋章がついている部分を黒い布で覆い、見るからに怪しげな馬車から降りてきたのは、ベルベットのマントとフードで顔を隠した女だった。
けたたましい鶏のようなその声に、ジムはまったく聞き覚えがなかったが。
「ジム、二階へ――ううん、台所から外に逃げるのよ!」
異常を察したサリーは、弟に逃げるよう命じた。
「イーストエンドの『王冠とアヒル』亭、わかるね!? あそこの女将さんに頼んで、二階の部屋にかくまってもらうんだよ!」
「姉ちゃんは!?」
「あたしは大丈夫、すぐ後から行くから! ほら、早く!」
嫌がるジムを無理やり台所へ押しやると、サリーはひとりで玄関へ向かった。
素直な弟はその夜、初めて姉の言いつけに背いた。危険が迫っている家の中に姉をひとり残しておくことができず、台所のドアの陰にうずくまり、平穏だった我が家で起こったことを、姉の身に起きたことを、すべて見届けたのだ。
「さっさとこのドアを開けろ! 開けないか、泥棒猫、売女!」
玄関の扉を殴りつける音がさらに激しくなる。もう扉に穴が空きそうだ。
「ちょっと、うるさいよ! こんな夜中に、近所迷惑じゃない!!」
ありったけの勇気をかき集めて、サリーは怒鳴り返した。
その時にはおそらく、彼女には、家の外でわめいているのが誰なのか、見当がついていたのだろう。
「まったく、イノシシみたいな婆さんね。礼儀もなにもあったもんじゃない。レディが聞いて呆れるわ」
気丈に言い返しながら、玄関の鍵を開ける。
「これじゃあ、あの人に愛想尽かされるのも当然――」
そのとたん、サリーの顔面を鉄で補強した樫のステッキが襲った。
「きゃああっ!!」
小柄なサリーは一撃で床に打ち倒された。
その顔を、襲撃者が靴の踵で踏みにじった。やわらかい茶色の巻き毛を鷲掴みにし、サリーの体を無理やり引きずり起こす。
「このあたしに向かって、よくもそんな口が叩けるもんだね、この淫売女が!」
わずかなドアの隙間から、ジムはその女の顔をはっきりと見た。
年齢は五十代ぐらいだろうか。が、マントのフードの下から現れた赤茶色の髪は若い女優のように派手に結い上げ、化粧も濃い。手にも首元にも、ワインレッドのタフタのドレスにも、これでもかこれでもかと言わんばかりに大振りの宝石が飾られていた。しかもその派手な指輪は、平手打ちの威力を高める凶器にもなっていた。
ジムはその女に見覚えはなかった。ずんぐりと太った体つきは、それほど大柄というわけではなかったが、顎をあげ、唇をねじ曲げてサリーを見おろすその顔は、怒りと憎しみに赤黒く染まり、まるで地底から這いだしてきた醜悪な土鬼(ゴブリン)のようだった。
「あたしはね、男爵夫人なんだよ。貴族だ、レディなんだよ! てめえみたいな貧民街の汚ねえ淫売ごときとは、生まれも育ちもまるっきり違うんだよ!!」
「ちくしょう……っ!」
髪を掴まれ、無理やり引きずり起こされながら、サリーは呻いた。その顔面はすでに血まみれだった。
それでもサリーは気丈に女を見返し、叫んだ。
「あたしが淫売なら、あんたはなんだよ、腐れ婆ァ! あたしはね、あたしと寝るために男が金を払ってくれたけど、あんたはタダでも寝てくれる男がいなくて、結局、高い金払って亭主を買うしかなかったんじゃないか!! なにがレディだ、笑わせんな!!」
「な……なんだと、てめえ――ッ!!」
女はサリーを突き放すと、ふたたびステッキを振り上げた。背中でも腰でも、サリーの全身をめちゃくちゃに打ち据える。
「ちっと若いからって、いい気になるんじゃねえよ! 他人の亭主によくもあんな手紙を送りつけやがったね、この売女が! てめえがうちの人の赤ん坊を孕んでるだって? ふざけんじゃないよ、淫売のくせしやがって! 腹のガキだって、どこの馬の骨のタネだかわかるもんかい!」
ミドルトン男爵夫人であるその女は、スラム街のごろつきと変わらない汚いコックニー訛りでまくし立てた。頭に血が上り、つい育ちがあらわになってしまったのだろう。イーストエンドで育ったぼくや姉さんだって、もう少しましな言葉遣いをするのに。
「な、なんであんたがそのことを……!?」
「おや、知ってちゃ悪かったかい? 教えてくれたのさ、うちの人がね。一、二度ちょっかいかけただけのイーストエンドの娼婦に、ガキができたって強請られてるってね。大事な亭主に助けてくれって泣きつかれちゃあ、仕方ないさ。てめえのツラなんざ二度と見たくないって、あの人が言うからね。代わりにこうしてあたしが出向いてきたんだよ。小汚い私生児の始末をするためにね!」
そう言って男爵夫人は、わずかにふくらみが目立つようになっていたサリーの腹部を、容赦なく蹴り上げた。
「きゃあああっ!」
サリーは必死に身体を丸め、お腹をかばった。
「や、やめてっ! やめて、赤ちゃんだけは――!!」
「うるせえっ! 産ませるか、そんなガキ! 死ね! 死んじまえッ!!」
「お願い、助けて! 誰か――!」
姉の悲痛な叫びを、ジムはいったいどんな思いで聴いていただろう。
この賢い少年にはわかっていたのだ。もう姉が助からないということが。
男爵夫人が引き連れてきた男どもは、一目でまともな人間ではないとわかる連中だった。大振りなナイフやロープをこれ見よがしに取り出し、男爵夫人の命令があれば、何のためらいもなく即座にサリーの命を奪うだろう。人殺しなど、河にゴミを投げ捨てるのと同じくらいにしか感じない連中だ。
そして今、姉をかばうために飛び出していけば、自分も殺される。そうなったらいったい誰が、姉と、この世の光を見ずに殺される甥か姪の仇を討てるというのだ。
台所の扉の陰で必死に息を殺し、耐えながら、ジムはすべてを見届けた。一言一句ももらさず聞き届けた。
「う……、嘘だ……。嘘だ、サー・ローレンスが、そんな……っ!」
血の混じる泡を噴きながら、サリーは呻いた。力を失った手で、それでも懸命にお腹をかばいながら。
「だって、だって、あの人、あたしに、一緒に暮らそうって言ってくれたんだ。田舎へ行って、羊を飼って、あの人とあたしとジムと、生まれてくる赤ちゃんと――家族みんなで暮らそうって……!」
ごぼごぼと嫌な音の混じるサリーの言葉を、男爵夫人はがらがらと破鐘を叩くような笑い声でさえぎった。
「莫迦じゃねえのかい! そんなのは、女を騙す男の常套句だろうが! 騙されるてめえが間抜けなんだよ!」
「嘘だ、信じない! あの人がそんなこと言うもんか!!」
サリーは最期の力を振り絞り、叫んだ。
「サー・ローレンスの口からじかに聞くまでは、絶対に信じない!!」
もしかしたらそれは、隠れている弟に聞かせるためだったかもしれない。男爵夫人の言うことを鵜呑みにするな、どうにかして男爵本人に会い、彼の口から真実を聞き出せ、と。
「まったく、どこまで莫迦なんだ、この売女! ああそうかい、じゃあ望み通りにしてやろうじゃないか!」
男爵夫人は手下どもに向かって横柄に顎をしゃくった。
「おまえら! この汚ねえアマを馬車に乗せな! 屋敷に連れていくんだよ!!」
「へい、奥さん」
従順な手下の返事にも、男爵夫人はヒステリックに杖を振り回したそうだ。
「奥さんじゃねえよ! あたしを呼ぶ時は“レディ”と言いなって、何遍言ったら覚えるんだ、この愚図!」
男どもは杖で撲たれながら、サリーの身体を担ぎ上げた。サリーはもはや何の抵抗もしなかった。
「おお、いやだ。鼻血だらけじゃないか、汚いねえ。馬車を汚さないよう、麻袋に詰めるんだよ。背もたれのクッションを張り替えたばかりなんだ。こんな淫売の血で汚されてたまるもんか」
男爵夫人は無惨に腫れあがったサリーの顔に至極ご満悦で、舌なめずりせんばかりだった。
「屋敷に着いたら、おまえらにも褒美をやるからね。おまえら、孕み女とヤッたことはまだないんだろう? その女を好きにするといいさ。ああそうだ、うちの人にも見物させてやろうかねえ。さぞかし見ものだろうよ!」
まるで波止場で荷揚げされた荷物みたいに男どもの肩に担がれたサリーに、男爵夫人は言った。血に汚れたサリーの髪を掴み、無理やり顔をあげさせて。
「望みどおり、男爵に会わせてやるよ。こいつらに輪姦されてヒイヒイ泣きわめいてるところを、たっぷり見せつけてやりな!」
男爵夫人に従う男どもは、どいつもこいつも煤煙とヤニで真っ黒に汚れた、スラム街のごろつきばかりだ。アルコール依存と薬物の乱用で肌は黄ばみ、目は濁り、ほとんど歯がなくなってしまったヤツもいる。
「こいつらにさんざん可愛がってもらったら、どんな女だってあそこがびらびらに裂けて、二度と使い物にならなくなるさ! それでも男爵はおまえを囲っといてくれるかねえ? 元の商売に戻るのも無理だろうさ。なんたって、あそこががばがばだからねえ! それとも男娼みたいに、尻の穴でヤるかい!?」
その脅し文句に、サリーは何の反応も示さなかった。おそらく、もう意識はなかったのだろう。
「おまえとおまえは、家捜しして金目のものを洗いざらい持ってくるんだよ。元はと言えばみんなあたしの金で買ったものなんだ。返してもらうのが当然だ」
「へえ。ですが、俺らのヤる分もちゃんと残しといてくれやすかい、おく……その、レ、レディ・ミドルトン」
「おまえらふたりが手早く仕事を済ませりゃあね。さあ行くよ」
そしてサリーは連れ去られた。永遠に。
居残りを命じられたふたりの男は、コテージを徹底的に家捜しし、サリーが貯めていたへそくりも見つけだした。それから質素な食器や燭台、クリスマスの記念絵皿など、少しでも金になりそうなものを片端からかき集める。二階の箪笥にあったサリーの服や靴、サー・ローレンスのための室内着、産まれてくる赤ん坊のため、サリーが用意していた小さな産着まで。
「おい、ガキの服があるぜ」
やがて男のひとりが、ジムの衣類を見つけてしまった。
「ガキ? 赤ん坊のじゃなくてか」
「ああ。この家にゃもうひとり、ガキがいるんじゃねえのか? それも男だ」
男たちは腹を空かせた猟犬のように、あたりを見回した。
「もうちっと探したほうが良さそうだぜ」
彼らに見つかることを怖れたジムは、台所の勝手口から外へ出た。
見つかれば間違いなく殺される。
しかし裏口にも連中の馬車が1台残っているのを見つけ、その横をすり抜けて逃げ出すこともできず、最後の避難場所として半地下の物置に隠れたのだった。
両眼を真っ赤に泣き腫らし、時おりあふれ落ちる涙を拭おうともせず、それでもしっかりとした声で話し続けた少年の告白を、ぼくたちは身じろぎもせずに聞いていた。
そしてジムがすべてを語り終えても、誰ひとり口を開こうとしなかった。
竈で火が燃え続け、やかんがしゅんしゅん湯気をたてている、暖かなモリス夫人の台所。
けれどぼくたちはみな、身体の芯が凍るような怒りと哀しみに唇を噛みしめていた。
ジムの話を聞いていたのは、ぼくたちグレンフィールド兄弟と、家主のオルソン夫人、モリス夫人の四人だ。
「ミドルトン男爵が、おまえたちと一緒に田舎で暮らしたいと言ったっていうのは、本当なのかい?」
やがて、重苦しい沈黙を払いのけるように姉さんが言った。
「うん」
ジムは小さくうなずいた。
「手紙が来たんだ。少し前に。……姉ちゃんは読み書きができなかったから、サー・ローレンスからの手紙は全部おれが読んで聞かせてた。返事を出す時も、姉ちゃんが言うことをおれが書き留めてたんだ」
サー・ローレンスに身ごもった子どもの経過を知らせるサリーの手紙も、実際に書いたのはジムだったというわけだ。
「その手紙、今も持ってるかい?」
「ううん。サー・ローレンスの手紙は姉ちゃんがまとめて大事にしまってたけど……、あいつらが見つけて、全部燃やしちゃった」
そしてジムはうつむいた。
「本当……なのかな」
「え?」
「本当なのかな。あの婆さんが言ったこと。サー・ローレンスが、もう姉ちゃんの顔も見たくないって――」
少年のつぶやくような言葉に、ぼくたちは誰も答える言葉を持たなかった。
特権階級の紳士が貧民街出身の愛人に飽きて、手切れ金も払わずに囲っていた家から放り出すなんて、良くある話だ。
しかしその場合も、妻に知られないよう始末をつけるのが、紳士のたしなみというものじゃないだろうか。
夫の代わりに妻を愛人のもとへ乗り込ませるなんて、聞いたことがない。一歩間違えれば、社交界を揺るがす大スキャンダルになりかねない。
おまけに、自分の愛人がごろつきどもに輪姦されるところを見物するだって?
かつてぼくたちが垣間見たミドルトン男爵の姿からは、想像もできない悪趣味ぶりだ。
だが反対に、ジムの話に登場した男爵夫人なら、そのくらいのことは平気でやりそうだ。自分の金で生活していながら自分を裏切った夫に、愛人共々復讐するために。
「それで、おまえはどうしたいんだ? ジム」
姉さんはジムの目を真っ直ぐに見つめ、訊ねた。
一人前の大人にするような真剣な質問に、ジムも精一杯の決意で答えた。
「サー・ローレンスと話がしたい。あの女が言ったことが本当なのか、本当に姉ちゃんとおれ……お腹の赤ん坊も嫌になっちゃったのか。サー・ローレンスの口から、本当のことが聞きたいんだ」
わかった、と姉さんはうなずいた。
「それから……。あの婆ァは絶対に許さない」
「もちろんです」
尼僧院長のように重々しく、オルソン夫人が言った。
「あなたのその思いは、神の御前でも正当ですよ、ジム」
オルソン夫人もモリス夫人も目が真っ赤だ。モリス夫人は今も嗚咽を堪えきれず、ハンカチに顔をうずめている。オルソン夫人は鷹のようにしゃんと顔をあげ、威厳に満ちた態度でジムを見つめていた。
「でもね、今のあなたはまだ病気も治ってない。このまま裸同然で男爵の屋敷に乗り込んでも、今度はあなたがテムズ河に放り込まれておしまいよ。それではサリーが哀しむわ」
そしてジムが警察などの国家権力にこの非道を訴えても、誰も取り合おうとはしないだろう。仮にも爵位を持つ特権階級のご婦人が、貧民街出身の元娼婦となど、袖擦りあうほどの関わりも持つはずがない、と。
下手をしたら、立派なレディによからぬ因縁をつけたとしてジムのほうが捕まえられ、強制労働送りになってしまうかもしれない。
「わかってる。わかってるよ、ミセス・オルソン。でもおれ……、おれ――!!」
「悔しいのは、みんな同じだ。ジム」
姉さんはジムの前に膝をつき、痩せた小さな手を取った。
「オレたちを信じてくれないか。オレたちグレンフィールド兄弟を」
「ミスター……」
ジムは姉さんを見つめ、そしてぼくを見上げた。
ぼくも無言で、ジムにうなずく。
「犯人には、オレたちが必ず罪をつぐなわせる。ミセス・オルソン、ミセス・モリス、『王冠とアヒル』亭のみんなにも力を貸してもらう。イーストエンド全体がおまえの味方だ」
法はサリーの無念を見捨てた。
権力はこの少年を救わない。
けれどぼくたちは、同じ貧民街で生きてきたぼくたちだけは、けして同胞を見捨てない。
少年は無言で、けれどしっかりと姉さんの手を握り返した。
イーストエンドきっての天才詐欺師、金色の眼のアーニー・グレンフィールドの手を。
翌日。
テムズ河沿いの小さな教会で、サラ・ホワイトの葬儀が行われた。
おんぼろ教会の酔いどれ牧師は、葬儀の説教にありがちな美辞麗句で死者の行跡を飾ったりせず、けれど訥々と、誰からも好かれたサリーの明るさ、優しさを語った。
本人を良く知らなければ語れない日常の、ありふれた、愛おしむべき思い出の数々は、この牧師もサリーの“客”だったのだろうと想像させるに充分だった。
無論、ぼくはそれを責めない。むしろ娼婦の葬式を出して教会や自分の評判がさらに悪くなるのもかまわず、サリーのために祈ってくれる牧師に感謝した。
参列者はサリーのかつての仕事仲間がほとんどだったが、サリーが暮らしていたコテージの隣人たちや、サリーに繕いものを頼んでいた宿屋や下宿屋の関係者なども顔を見せていた。『王冠とアヒル』亭の親爺さんと女将さんもいた。
オルソン夫人とモリス夫人は、遺族席でひとりぽっちになるジムを気遣い、牧師とも相談して、少年と一緒に遺族席に着いていた。
ほかに三、四人、他の参列者とできるだけ距離を取り、目深にかぶったシルクハットやマントの襟で顔を隠す紳士の姿もあった。おそらくサリーの上客だった男たちだろう。
「連中の様子を良く見とけ」
顔を伏せ、祈りを捧げながら、姉さんがぼくにささやいた。
「連中のなかに、サリーを殺したヤツが紛れてるかもしれない」
「うん、わかってるよ」
そしてサリーは深い悲しみと憤りの中、共同墓地の片隅に葬られた。
「ミセス・モリス。もう泣かないで。ミス・サリーは今頃、赤ちゃんと一緒に天国で幸せに暮らしてますよ」
「ああ、そうだね。そうだよね、メグ……」
モリス夫人は嘆きのあまり、メグに支えてもらわなければ馬車にも乗れないほどだった。
「家に戻ったら少し休むといいわ、ミセス・モリス。お茶の用意はメグ、あなたひとりでもできるわね?」
「はい。おまかせください、奥様」
「あなたもすぐにベッドに入るのですよ、ジム。まだ熱が下がりきったわけではないのだから」
まだ病の癒えないジムとモリス夫人をかばい、彼女たちが馬車に乗り込むのを見届けると、ぼくと姉さんも重い足取りで家路についた。
ひょうひょうとうなるテムズの川風も、まるでサリーの死を嘆いているかのようだった。
「葬儀に来ていたのはベルファスト卿にカヴェンディッシュ伯爵、ダレストン子爵のご嫡男エドガー・シンクレア卿、銀行家のランドック氏です。皆さん、ミス・ホワイトの、その……“ご友人”だったのでしょう」
そう教えてくれたのは、同じ下宿に住む弁護士のハーグリーヴス氏だ。
「言葉遣いに神経質になる必要はないだろ、ミスター・ハーグリーヴス。ここにいるのは男ばっかりだ。可愛いメグは卓上ベルを鳴らさない限り、この部屋にはもう入っちゃこないさ」
と言うのは、バイオリン教師のクィンシー・デイヴィス。ブルネットに暗いブルーの瞳のハンサムで、イタリアに留学して音楽を学んできたというふれこみだが、男ばかりの場になるとコックニー訛りで喋り出す。
実直な小男のハーグリーヴス氏はともかく、クィンシーのほうは、ぼくはどうも気に入らない。実際、こいつがメグにちょっかいを出そうとしてモリス夫人にフライパンで撃退されているところを目撃したこともある。
今のところ彼は、姉さんを男だと信じ切っているからまだいいが、もしもアネリーゼに同じ真似をしたら、フライパンどころか鉛の弾丸をお見舞いしてやる。
ともにサリーの葬儀にした参列したふたりを、ぼくたちは下宿の喫煙室に誘った。情報を得るためだ。
オルソン夫人の下宿では、各部屋での喫煙は家具や壁紙に臭いとヤニがつくからという理由で許可されていない。葉巻やパイプを楽しむ時は、専用の喫煙室に行くように言われている。
ぼくは、煙草は喫らないんだけどね。キスする時に姉さんが嫌がるから。
「ミドルトン男爵家の財務状況については、詳しいところはわかりません。ただ、先代の男爵は非常な浪費家で、破産寸前のところを息子の嫁――現男爵夫人の持参金でなんとか持ちこたえた、ともっぱらの噂です。現男爵が爵位を継いでからは堅実な領地経営がはかられ、領民の暮らしも少しは向上したようですが」
「だけどそのせいで、ミドルトン男爵はオールマックスへの出入りを許されていない。正確には男爵夫人マリオンがな」
音楽教師として貴顕のご婦人がたのサロンに出入りする――サロンだけではなく、寝室にもだが――クィンシーは、彼女たちが三度の飯より大好きなゴシップにも精通している。
「マリオン・F・ウェイクスリー。旧姓マリオン・フレッチャー。父親は精肉業で財を築いた人物だ」
もちろん精肉業はまっとうな仕事だ。けれどお偉い貴族サマというものは、精肉業だろうが製鉄業だろうが、額に汗して金を稼ぐ人間をとことん毛嫌いするのだ。労働自体を卑しむべきこととして見下している。
「商売の臭いは三代消えない、ですか。まったく莫迦な話です」
労働を軽蔑して博打や女遊びに精を出し、そのあげく破産した貴族どもの残務処理を多く手がけてきたハーグリーヴス氏は、やれやれというように首を振った。
「おかげで男爵夫人は、一人息子の嫁選びにそうとう苦労してるらしいぜ。ま、夫人の出自だけが問題ってわけでもねえだろうがな。マリオン夫人は金持ちのくせにひでぇしみったれだって話だ。使用人の給金もケチるんで、メイドがろくすっぽ居着かねえらしい。そのくせ、従僕はブロンドの色男ばっかりなんだとさ」
クィンシーは気取った仕草でティーカップを持ち上げた。
「前に一、二度、ハイドパークで見かけたことがあるが、俺が親でも、あんな女のところで娘を働かせようとは思わねえな。ありゃまるでブルドッグだ」
彼らがもたらしてくれた貴重な情報に礼を言い、自分たちの部屋へ戻ると、姉さんはさっそく貴族名鑑とここ数週間分のロンドンタイムズを引っ張り出した。
「で、どうするの、姉さん」
「まずはミドルトン男爵に会う。それがジムの希望でもあるからな。それに、男爵夫人の言ったことが全部でまかせなら、サリーの仇をとりたいと思っている人間がもうひとりいることになる」
「そうか。男爵本人だね」
逆に夫人の言葉が真実だったら、罪を償わせるべき相手のリストにもうひとり名前を書き加えなくてはならない。
「ああ。だけどここ数週間、男爵の名前は新聞の社交欄にまったく登場していない。領地に戻ったって記事もないのに、ほとんどロンドンで出歩いた様子がないんだ」
秋から冬にかけてのこの時期、ロンドンの社交界は静まりかえる。大貴族たちがみな自分の領地へ戻り、鴨撃ちや狐狩りに精を出すからだ。
そうやって田舎暮らしを満喫した彼らは、クリスマスあたりからぼつぼつロンドンへ戻り始め、やがて春の訪れとともに本格的な社交シーズンが始まるのだ。
「でもそれって、もともと彼は社交界が好きじゃないって話だったじゃないか。自由になる金も少ないんだろうしさ」
タイムスやガゼット紙の社交欄に名前が載るのは、それこそ特権階級だけの社交場、オールマックスの舞踏会に出入りが許される、ほんの一握りの人々だけだ。
「その話も、今となっちゃ、どうだろうって思うけどな。ともかく相手が屋敷に籠もりっ放しだから、公園や競馬場で偶然出会ってお近づきになるって方法が使えない」
そして、見ず知らずの人間がいきなり屋敷に押しかけても、会ってもらえるはずもないのが社交界のルールだ。
「たとえ商人出身でも、夫人本人に人望があれば、それなりの人付き合いはできる。なにもオールマックスだけが社交界じゃない。社交界だって何層にも分かれてるんだからな。クィンシーが言ってたろ、夫人はしみったれで、女中がちっとも居着かないって」
「ああ――うん」
あんな助平野郎の言うことなんか、ほとんど聞いてなかったけど。正直にそれを言ったら、また姉さんに大目玉だ。
「だから……、ほら。やっぱりあった」
姉さんは数日前の新聞に載った、小さな求人広告を示した。
「なにこれ。家政婦(ハウスキーパー)求む……ミドルトン男爵家?」
「貴族の屋敷で使用人を募集する場合は、縁故採用のほかに街の職業斡旋所に頼むのがふつうだ。だけど斡旋所だって、求職者と求人先、双方をある程度調べるもんさ。あまりにも評判の悪い屋敷には人を紹介しない」
「そうか。男爵家は待遇が悪いって評判なんだね」
「ああ。おそらく縁故採用もできないくらいな。で、最後の手段がこれだ。自腹を切って、新聞に求人広告を出す」
「まさか姉さん、これに応募するつもり?」
姉さんは満面の笑顔でうなずいた。
「ほんとは下っ端のメイドのほうが、動きやすくて良かったんだけどな。ま、この際家政婦でもかまわないさ。少なくとも、屋敷の様子を見に行く口実にはなる」
「うん、まあ、それはわかるけど……」
家政婦といえば、女主人に代わって屋敷の日常をすべて取り仕切る上級使用人だ。家事全般に精通し、女主人の相談役を務め、日々の献立から家計の管理、時には屋敷で催される夜会や舞踏会の準備までこなさなくてはならない。
「もしかしてセディ、オレにはできないとか思ってる?」
「えっ!? そ、そんなことないよ」
――いや、その、ちょっとは考えたけど。姉さんが料理の献立考えてるとこなんか、見たことないし。
「その……ほら、あんまり若いと、家政婦として信用されないんじゃないかと思ってさ」
「その心配はねえよ」
姉さんはにッと小生意気に笑ってみせた。
「ま、見てろって」
それから姉さんは、予備の小部屋へ向かった。
納戸のようなこの部屋には、ぼくたちの“仕事”の小道具がいろいろとしまってある。
その中から、姉さんは薬品や染料が詰まった鞄を引っ張り出した。
床に新聞紙とぼろ布を敷き、その上で鏡を見ながら、髪に染料を塗る。
姉さんのハニーブロンドがみるみるうちに真っ黒く染まっていった。
「うわっ! なんてことするんだよ、姉さん! もったいない!」
「セディ、うるさい! 石けんで洗えば落とせるんだから、いちいち騒ぐな!」
一時間後、石炭のような漆黒に染めた髪を地味なシニョンにまとめ、服も尼僧みたいなグレーのドレスに着替えた姉さんは、仕上げにただのガラスが入った伊達眼鏡をかけた。そうすると、あの印象的な金色の瞳も少しぼやけて、目立たなくなる。
「どうだ?」
「どうって言われても……」
髪を染め、身なりを変えた姉さんは、たしかにいつもより四、五才年上に見える。それでも家政婦にしては少々若いと思うけど。
背中に定規でも入れたみたいにぴんと背筋を伸ばして立つ姉さんは、家政婦というよりおっかない女性家庭教師(ガヴァネス)だ。
ああ……でも。
首までしっかり覆うハイネック、飾りは襟と袖口のわずかなレースだけという地味なドレスは、姉さんの身体のラインにぴたりと添い、普段は男装の下に隠している胸のふくらみや細くたおやかなウェスト、腰のまろやかなラインをくっきりと際だたせている。
冴えないグレーが禁欲的で、かえってこのドレスを剥ぎ取りたいという欲望をかき立てるのだ。
「姉さん。……リゼ。その――キスしていい?」
「な……! どこ見てんだ、助平!」
その時、廊下から控えめにノックの音がした。
「メグです、ミスター・グレンフィールド。お茶の道具を下げにまいりました」
うわ、まずい!
「ち、ちょっと待って、メグ、まだ――」
ぼくが止めるヒマもなく、忙しいメグはドアを開けてぼくたちの居間へ入ってきてしまった。
「失礼しま……あらっ!?」
そして、居間にいた見知らぬ黒髪の女性に、目を丸くする。
「お客様だったんですか!? し、失礼いたしました!」
「いいえ、大丈夫。もう用事は済みましたのよ」
姉さんはにこやかに微笑み、上品な年輩女性の口振りで言った。
「わたくしは『聖母と羊飼いの慈善事業協会』の者です。恵まれない子どもたちのため、こちらの紳士に寄付をお願いに参ったところですの」
「まあ、チャリティ協会の方だったんですか」
「ええ」
疑うことを知らないメイドににっこりと笑いかけ、姉さんはさらにぼくへ向かって言った。
「ありがとうございます、ミスター・グレンフィールド。あなたのご寄付のおかげで、今年も貧民街の子どもたちが学校へ通えますわ」
「いいえ、どういたしまして」
「まあ、ミスター・セオドア……」
尊敬を込めてぼくを見上げるメグのまなざしが、照れくさいやらこそばゆいやらで、ぼくは笑いを噛み殺すのに精一杯だった。
「それでは失礼いたします、ミスター・グレンフィールド。あなたに神のご加護がありますように」
ごく当たり前のように部屋を出ていく姉さんに、ぼくも紳士らしくドアを開けてさしあげた。
なかばうっとりとご婦人を見送っていたメグが、やがてはっと気づいた。
「あれっ!? あの人、いったいいついらしてたんですか? 玄関のノッカー、鳴った覚えがないんですけど……」
「それは、そのう……。ぼくがちょうど散歩に出ようとした時に、彼女と玄関で鉢合わせしたんだ。それで話を聞いてみたら、とても有意義な活動をしてるご婦人だったのでね。お茶を飲みながら詳しいことを聞かせてもらってたんだよ」
「そうだったんですか」
ぼくの口からでまかせの説明に、メグは一応納得した様子を見せた。
が、すぐにきゅっと眉をつりあげ、ぼくをにらんだ。
「あ、わかりました! また良くないことを考えてたんでしょう、ミスター・セオドア! あの人があんまり奇麗なもんだから!」
「えっ? なんの話だい、メグ」
「いけません! あんな真面目なレディに失礼です! あの人は街の娼婦なんかとは違うんですよ! 部屋に引っ張り込んでお手軽な遊び相手にできるなんて思ったら、大間違いですからね! 今度同じことをしてたら、あたし、すぐにミセス・モリスに言いつけちゃいますからね!」
日ごろからアーノルド・グレンフィールドを見慣れているメグの目もごまかせるほど、姉さんの変装は完璧だ。
姉さんはさっそくミドルトン男爵家に手紙を出し、面接を申し込んだ。
黒髪に勤勉の象徴みたいな眼鏡の家政婦、ミセス・アン・コレット・メイザーは侯爵夫人だの伯爵夫人だのの署名が入った推薦状を何枚も持っており――全部、ぼくが偽造したものだが――、きびきびした話し方からもその有能さがうかがえる。ミドルトン男爵家では即座に採用を決めた。
「ていうより、他に応募者がいなかったんだろうな」
明日からすぐ屋敷に住み込んで働くよう言われたため、小さなボストンバッグに当座の必要なものを詰め込みながら、姉さんは言った。
「新聞の求人広告、もう一度よく見てみろ」
「え? これ……?」
家政婦募集の広告に、特に不審な点は見あたらない。
「雇い主は書いてあるけど、待遇がほとんど書かれてないだろ。給金の目安とか、休日とか」
「ああ……、そう言えばそうだね」
「広告に載せないってことは、載せられないほどひでえってことだよ。家政婦が勤まるほどの有能な女性なら、みんなすぐにわかる。だから誰も応募しなかったのさ」
姉さんが教えてくれた家政婦の給金は、一般市民の下宿屋で家政婦兼料理人をしているモリス夫人の半分程度でしかなかった。仮にも爵位を持っている屋敷での給金とは思えない。
「それで、ぼくはなにをすればいいの? 従僕として男爵家にもぐりこめばいいのかな」
クィンシーの話では、男爵家の従僕はブロンドの色男ばかりだそうだし。自慢じゃないが、ぼくは条件にぴったりだ。
「いや、おまえには別のルートから男爵家に接触してもらう」
そう言って姉さんは、数枚の不動産広告を広げた。
「もう目星はつけてあるから、明日、この不動産屋に行ってこい」
そしてちょっと、ためらうように眼を伏せた。
「かなり……金がかかっちまうけど。ごめん。何の儲けも出ないのに、手元にある資金、ほとんど使っちまうことになるかもしれない」
「なんだ、そんなこと気にしてるの?」
ぼくは姉さんを抱き寄せた。
黒く染めた髪に、軽くキスして。
「使ってしまったら、また稼げばいい。そうだろ?」
「セディ」
「当座の生活に必要な分くらいは、信託投資の利益でどうにかなるしさ。心配いらないよ」
まったく、困った人だな。たかが金のことでぼくが姉さんの頼みを断るなんて、どうして考えるんだろう。
サリーの無念、ジムの悔しさを晴らすためになら、持てるものすべて吐き出してもいいと思う、あなたのその誇り高いまでの優しさを、どうしてぼくが拒めると思うんだ。
姉さんの望みはぼくの望み。ぼくの手も脚も、すべてあなたのものだ。あなたの思うままに使っていいんだよ。
「ごめん……。ごめん、セディ」
それでも姉さんは顔をあげようとしなかった。
「リゼ」
「だって、ほんとは……。おまえにこんなことさせちゃ、いけないんだよ。オレひとりでやればいいはずなのに、いつもおまえを巻き込んで……」
姉さんはぼくの胸元をきゅっと掴んだ。白い小さな手が、かすかにふるえている。
「いいか、セディ。これは全部オレが考えたことだ。おまえはただ、オレに命じられてやってるだけなんだからな」
ああ、本当に。
このひとはなにも変わってない。あの寒いテムズの川岸で初めて出会った時から。
目的がどうであれ、誰かを騙すことに罪の意識を感じ、不法な手段でしか目的を果たせない自分を責めている。
リゼのつく嘘は、けしてリゼ自身のためじゃない。
彼女よりももっと弱い、彼女の助けを必要としている、誰かのためなんだ。
それでも。
彼女はけして、自分に罪はないとは、思わない。
誰かを救うためだからとか、騙す相手が最低の悪党だからとか、そんな言い訳はしない。自分の嘘は自分の罪だと、自分は罪人だと、ちゃんと知っている。
いつか誰かが――たとえば神さまが、リゼの罪を罰しようとする時に、誰も、ぼくをも巻き添えにはできないと、思ってる。自分ひとりだけですべての罰を受けたいと願っているんだ。
「忘れんな、セディ! これは――!!」
「ああ。……わかってるよ」
だから……ぼくは、リゼを独りにできないんだ。
あなたの罪は、ぼくの罪。ぼくたちはふたりでひとつの運命を生きる、ひとつの命なんだよ。
「なんでも言って。リゼの言うことは、どんなことでも完璧にやってみせるよ」
リゼは黙ってぼくを見上げた。金色の瞳がわずかにうるんで、琥珀色にけぶっている。
ああ、なんて言えばいいだろう。どれだけ言葉を尽くせば、ぼくの気持ちがリゼに伝わるんだろう。
――あなたを守りたい。
そばにいたい。抱きしめたい。あなたが哀しむところを、見たくない。
それだけが、ぼくのたったひとつの願いなんだ。
「ぼくを、信じて」
「セオドア」
そうして、やっとぼくのアネリーゼは、小さくうなずいてくれた。
「ありがとう、セディ。じゃあ頼む」
「任せて。姉さんも気をつけて」
それでもまだうつむきそうになるほほに手を添えて、ぼくはリゼの唇にそっとキスをした。
やわらかな唇をぼくの唇で撫でるようにそっと触れあわせ、わずかに開いた隙間から濡れた内側を舌先でくすぐる。かすかに感じる切なそうな吐息が、身がふるえるほどいとおしかった。
「しばらくは、この甘い唇もお預けだな」
「……莫迦」
姉さんは明日から男爵家に住み込むわけだから、当分同じベッドに入ることもできない。
せめてもの名残に、今夜は夜が明けるまでたっぷりと愛し合いたかったけれど。
「そんなことしたら、明日の朝起きらんなくなるだろ! おまえは自分のベッドに行け!」
と、追っ払われてしまった。
翌日、グレーのドレスに喪服みたいな黒のケープ、時代遅れの冴えないボンネットを身につけて、アン・メイザーになった姉さんは、早朝の霧にまぎれるようにしてオルソン夫人の下宿を離れた。
ぼくは二階の窓から、しゃんと背筋を伸ばした黒っぽい姿が霧の中に消えていくのを見送った。言葉にできない不安を押し殺しながら。
陽が高くなり、霧が晴れると、今度はぼくの番だ。
「また数週間部屋を空けることになると思うけど、よろしく。ミセス・オルソン、ミセス・モリス」
「いってらっしゃいませ」
「また田舎の親戚のお宅をご訪問ですか、ミスター・セオドア」
無邪気なメグは、ぼくたちが“仕事”で留守にする時の口実を信じてくれている。
「ああ。お土産を楽しみにしててくれよ、メグ」
そしてぼくはその足で、ウェストエンドの不動産屋を訊ねた。
金持ちや特権階級の人々が多く暮らすウェストエンド、なかでもグロヴナースクエアの一角は高級住宅街として特に人気がある。
街は奇麗に整備され、道を歩く人々はみな金のかかった身なりをしている。空気の匂いまで、イーストエンドとはまるで違う。
建ち並ぶの石造りの屋敷はみな、貴族たちがロンドンでの社交生活を楽しむために滞在するタウンハウスだ。
二階建て、三階建ての豪壮な建物。窓ガラスはぴかぴかに磨き上げられ、レースとゴブラン織りのカーテンが二重にかけられている。厩には名馬がぎっしり、ドアには真鍮のノッカー、そして玄関にあがる御影石の階段には見習いメイドが這いつくばって必死に石を磨いている。
車道は石畳が敷き詰められ、街灯も整備されている。歩道を散策する人々はお供のメイドや従僕を引き連れて、その顔には「わたくしたちは一握りの選ばれた人間です」という傲りがでかでかと印刷されているかのようだ。
もちろん、歩道いっぱいに鱈の切り身やうなぎの煮込みを売る屋台が出張っているなんてことは、けしてない。しおれた花を籠に入れ、「お花はいかが」のかけ声で道行く男たちを呼び止め、花のかわりに自分の身体を売る娼婦もいない。
そのかわり、建ち並ぶ豪華な屋敷の中には、クビになりたくなければ言うことを聞けと、自分の屋敷で働くメイドに好き放題する変態のど助平や、自分の息子ほどの若いツバメを囲ってご満悦の真っ白いお肉の塊なんぞがうごめいているのだ。
そんな界隈で、毛皮の裏打ちのあるフロックコートにシルクハット、磨き込まれた柔らかな革のブーツという出で立ちのぼくは、地味で目立たず、ごく自然に街の風景にとけ込んでいると思う。
やがてぼくは目当ての不動産屋に到着した。
「失礼。クリスマスから社交シーズンを過ごすための借家を捜しているんだが」
「いらっしゃいませ、サー。サー、ええと……」
「グレアム・スペンス・メリウェザー。サーはいりません。ぼくは爵位を持たない地方地主です。どうぞ、ミスターで」
まん丸な太鼓腹でベストの釦がはじけ飛びそうになっている不動産屋に、ぼくはあらかじめ考えていた偽名を名乗った。
上流階級の紳士に化ける時、ぼくはよく、顔も知らない実父の名字を使う。母とぼくを棄てた父へのささやかな復讐のつもりだ。
「ようこそ、ミスター・メリウェザー。タウンハウスをお捜しですか? ですが……この時期になりますと、もう人気のある地域の物件はあまり残っておりませんよ。社交界の皆さまは、夏のバカンスが終わるとすぐに、来年の社交シーズン用の借家を抑えてしまわれますからねえ」
「ああ、それはわかっているんだが、ぼくは大陸旅行から戻ってきたばかりなんだ。本当は今年の社交シーズンに間に合うよう帰国するつもりだったんだが、その……パリが、とても楽しくてね」
「それはもう、わかります。戦争が終わって、パリは今、一番楽しゅうございますからねえ」
パリでご婦人の楽しみと言えばファッションと買い物、男は――推して知るべし、だ。
陰気なメイドが運んできたお茶を礼儀正しく受け取り、ぼくはしばし不動産屋の主人と談笑した。
「それで、どのような物件をお捜しで? お若い紳士のためのアパートメントなら、今、ちょうど良い空き物件が――」
「いや、実はもう目星をつけてあるんだ」
不動産屋が広げたウェストエンドの詳細な地図を眺め、ぼくはある一点を指さした。
「ここへ来る途中で見かけたんだけどね、この屋敷、『貸家』の札がかかっていた」
実はそこは、ミドルトン男爵の屋敷の斜め後ろの物件だった。それぞれの正面玄関は別の通りに面しているが、裏口は細い路地を挟んではす向かいになっている。ぼくたちは前もって、男爵邸にもっとも近い空き物件をチェックしておいたのだ。
「ああ! ええ、ここは良い物件ですよ。グロヴナースクエアの、ええまあ、少々外れですが、その分、馬車道からも少し離れて、朝も夜も静かでございますし。周囲にお住まいの方々も、気さくでお付き合いのしやすい方々ばかりで」
この場合の“お付き合いがしやすい”というのは、上流階級に属してはいてもそれほど身分が高くない、金はあるが歴史の浅い新興貴族、あるいは社交シーズンのみ田舎から出てくる地方貴族、という意味だ。
上院に世襲の議席を持ち、普段からウィンザー宮殿に出入りが許されるような大貴族は、借家住まいなんかしない。領地には歴史ある城を、ロンドンには自前の大邸宅をそれぞれ構えているものだ。
「うん、外観も気に入ったよ。ジョージ王朝様式だったね」
ぼくは二ヶ月分の家賃を即金で支払う用意があると、不動産屋に告げた。実直に働く人間にはけして損をさせない、というのが、ぼくたちグレンフィールド兄弟の信条だからね。
「ところで、この屋敷には地下室はあるのかな?」
「地下室でございますか? たしかワイン貯蔵庫がございます。もちろん、今は空っぽですが」
「ワイン蔵か。それでも、まあいいか」
ぼくはにやりと意味ありげに笑ってみせた。
「ぼくの研究には、暗く静かな閉鎖空間が必要不可欠なものでね。――実は、ぼくは心霊現象を研究しているんだよ」
「心霊現象……ですか?」
不動産屋はとたんに胡乱そうな目を向けた。
「人が空中に浮かんだり、なにもないところからパッと花束を取り出したりする、アレですか?」
「それは単なる手品だよ」
ぼくはおもむろに身を乗り出した。
「ぼくが研究しているのは、人間の生命と魂の関係だ。古代エジプトでは、人の魂は不滅だと信じられていた。肉体は滅んでも魂は滅びない。必ず再生する。天空の太陽ですら、死と再生を繰り返す、と。彼らの思想は真実なのか? ならば“死”とはいったい何だ?肉体から離れた魂はどこへ行く? 聖書に預言された天国とは実在するものなのか!? 魂の救済とはいったいなんなのか。これは人の存在の哲学的追求において、永遠のテーマさ」
「は、はあ……」
わけのわからないことをまくしたてられ、不動産屋は目を白黒させるばかりだ。
「そのう、私は浅学でして。そういった難しい学問的な話には、どうも疎いものですから……」
「無理もないよ。人はみな、自分の目で見たものしか理解できない。目に見えぬものの存在を信じるのは、難しいものさ」
だがロンドンでは、心霊研究が大流行している。幽体離脱実験、ハイテーブルやウィジャ盤を使った霊との交信、あるいはきよらかな処女に神霊を降ろす憑依実験など、毎日どこかしらで心霊関係の催しが行われている。
そういった研究会に参加するのは、上流階級の人々がほとんどだ。
毎日懸命に働いている労働者には、こんなお遊びに参加する余裕などあるわけがない。その日一日を生き抜くだけで精一杯の人間は、死んだあとのことをあれこれ夢想するヒマなんかない。
金とヒマをもてあます連中だけが、こんな、それこそ幽霊のスカしっ屁みたいな莫迦な話に夢中になるのだ。
もっとも、彼らのロマンティックな幻想趣味があるからこそ、ぼくらのようなぺてん師が登場する余地もあるのだが。それこそ、我らが敬愛するウルリッヒ・フォン・ファルケンシュタイン師のような、ね。
ともかくも、心霊かぶれの金持ちボンボンに得体の知れないサバトや黒ミサもどきを開催され、屋敷で火事を出される危険と、一等地にある借家がこのまま丸々一年空いてしまう損失と、どちらがより大きな痛手になるか素早く天秤に掛けた不動産屋は、やがてすっくと立ち上がり、ぼくに握手を求めた。
「よろしく、ミスター・メリウェザー。今後とも良いお付き合いができることを願います」
「こちらこそよろしく」
そしてぼくは、ロンドンの高級住宅街グロヴナー・スクエアの住人となった。
引っ越しだって、こういったタウンハウスはすべて家具附きだ。身の回りのものをトランクに詰めてくるだけでいい。
最低限の使用人もすぐに揃った。執事に家政婦兼料理人、従僕二人にメイドが四人。ミドルトン男爵家と違って、地方地主のメリウェザー家は使用人の給金をケチるなんて真似はしないからね。
あとはこまめに外出し、近隣の人々と挨拶を交わして、“心霊研究家グレアム・メリウェザー”を覚えてもらわなくてはならない。
「こんにちわ、良いお天気ですね。ぼくはグレアム・メリウェザーといいます。先日、そこの屋敷に引っ越して参りました。ロンドンには不慣れな田舎者ですが、どうぞよろしくお願いします」
愛想の良い挨拶と笑顔を武器に、一瞬で相手のふところに飛び込むのは、ぺてん師の真骨頂というものさ。
グレアム・メリウェザー氏が近隣の屋敷のお茶に順番に招かれ、ひととおり名刺を配り終えたころには、彼の屋敷で働くメイドたちも、近所の屋敷の使用人たちと仲良くなっているはずだ。
ヒバリみたいにおしゃべりが大好きな彼女たちは、すぐさま自分の雇い主について噂するだろう。
「うちの旦那さまは、まだ若いけどすっごい霊能力者なのよ。こないだも、執事のミスター・ロールズがなくした予備の眼鏡を、水晶の振り子を使ってピタッと探し当てたの! リネン室の棚の陰に落ちててね、旦那さまが捜してくれなきゃ、きっと誰にも見つけられなかったわ!!」
……タネは簡単。従僕のひとりとメイドのひとりが、街の職業斡旋所ではなく『王冠とアヒル』亭から紹介されてきたのだ。
メイドのファニーの専門はスリと枕探し、従僕のウィルは表向き煙突掃除職人だが、錠前破りの腕は天下一品だ。今までにも何度か協力を頼んだことがある。
今回のヤマでぼくの相棒になっている黒髪の家政婦に引きあわされたふたりは、目を丸くしていた。
「アーニーさんは? どうしたんすか、いつだって兄弟一緒だったのに」
「兄さんは別のヤマでロンドンを離れてるんだ。今回は彼女が手伝ってくれる。名前は……」
「アン・メイザー。仕事用の偽名だけど、これひとつを覚えてたほうが、間違えなくていいでしょ?」
姉さんははなやかな笑みを浮かべ、ファニーとウィルと順番に握手した。
メリウェザー家に戻り、男ふたりきりになると、ウィルはさっそくぼくに訊いてきた。
「ありゃいい女だなあ。セディのコレかい?」
「さあな。どうだろう」
下手なことは言わないほうがいい。アン・メイザーがウィルたちの前に現れるのは、今回が最初で最後になるだろうから。
「あの女性(ひと)によけいなちょっかい出してみろ、ロンドン橋の欄干から吊してやる」
「な、なんもしねえよ。おっかねえなあ……」
ほかにも、夜な夜な不気味なうなり声が聞こえていたのが、ぼくが十字を切ってお祓いするとぴたりと止んだり。ウィルが使われていない部屋の暖炉にもぐりこみ、煙突に向かってうぉううぉうと吠えて屋敷中に反響させていただけなんだが。こういう大きな屋敷の煙突は、たいがい壁の中で全部つながっているからね。
ともあれ、十日も経たないうちに若き心霊研究家グレアム・スペンス・メリウェザーの名は、グロヴナー・スクエア界隈に広く知られることとなった。
そして。
「これは……どうも、初めまして」
散歩の帰り道、ぼくは偶然出くわしたミドルトン男爵夫人マリオン・F・ウェイクスリーに、礼儀正しく挨拶をした。
――もちろん、本当は偶然じゃない。ここ数日で男爵夫人の行動パターンを正確に把握した有能な家政婦アン・メイザーが、男爵夫人の外出時間を前もって報せてくれていたのだ。
姉さんからのメモは男爵家に出入りする洗濯女に託され、そこからメリウェザー家のメイドへ、そしてぼくへと渡された。ぼくからの連絡も、基本はこのルートだ。
ぼくとしては頻繁に手紙のやりとりをして、姉さんの様子をつぶさに知りたいのだが、そんなことしてアシがついたらどうすると、姉さんには釘を刺されている。お互い、連絡は必要最小限にとどめること、と。
直線距離にしてわずか数十メートルしか離れていないのに、姉さんの様子がまったくわからないというのは、もどかしいことこの上ないが。
男爵夫人は派手なカナリアイエローのドレスに毛皮の縁取りのついたドルマンを重ね、花やらリボンやらでごてごて飾り立てたボンネットをかぶっていた。まるで頭の上で花屋の屋台が営業しているみたいだ。
後ろには、メイドが山のような買い物の荷物を抱えて付き従っている。可哀想にメイドは、ろくに前も見えずによたよたしている。
「あら。これは、まあ……」
「自己紹介させてください。先だって引っ越してきた、グレアム・S・メリウェザーです。コーンウォール出身のジェントリです」
シルクハットをとり、優雅に一礼する。
男爵夫人は耳元を赤く染め、嬉しそうに口をぱくぱくさせた。
「あら。あら。まあ。あ、ああ、わたくしは――」
「存じています、レディ・ミドルトン。この街でもっとも魅力的なご婦人だと、もっぱらの噂ですから」
「あらやだ、そんな……ほほほほほッ!」
男爵夫人は気取ったわざとらしい笑い声をあげた。
「あなたのことも伺ってますわ、ミスター・メリウェザー。大陸で修行したすばらしい霊能者だって」
おやおや。いつの間にか噂に尾ひれがついたらしい。
「ぼくは研究者です。科学者の立場から、霊魂と生命の関係について研究している者です」
「まああ、すごい!」
男爵夫人ははしゃいで、ぱちんと手を叩いた。
いやはや、なにが凄いんだか。初々しい少女がやれば可愛いしぐさだが、正直、五十過ぎのおばさまに似合うものじゃない。
が、男爵夫人はそれがとても魅力的だと思っているのだろう。顎を引き、上目遣いにちらちらとぼくを見上げてきた。
「こんなところで立ち話もなんですから。ねえ、うちの屋敷にいらっしゃいません? お茶をご一緒にいかが?」
――やった!
ぼくは内心、喝采した。
この誘いが来るまで、あと二、三週間はかかると踏んでいたんだが。
「よろしいのですか? ぼくは田舎者で、社交界のルールには詳しくないものですから……」
「あぁら、かまいませんわよ。わたくしは既婚婦人ですし、ほかにも、うちの屋敷に滞在してるお客さまもおりますの。なんなら、うちの家政婦を同席させますわ」
上級使用人の家政婦は、プライベートの場では貴婦人と紳士の懇談に同席し、貴婦人の名誉を守る付き添い役の役割を果たすことができるのだ。
もっとも、付き添い役が必要とされるのは若い貴婦人だけであって、成人した息子がいるような年輩の女性は、そんな気遣いをする必要もない。男爵夫人は、いまだに自分が付き添い役を必要とするうら若いレディだと思っているのだろうか。
「まあ、つまらない女ですけどね。ミセスと言ってますけど、あれは絶対オールドミスですわ。墓石みたいに無口なのだけが取り柄ですの。居たって邪魔にはなりませんわ。さあ、ミスター・メリウェザー。どうぞどうぞ」
男爵夫人はぼくの手をひっぱらんばかりだった。人目のある道ばたでなければ、手を握って離さなかったかもしれない。
これは、クィンシーの言っていたことは混じりけない事実だな。男爵夫人はブロンドの若い色男が大好物ってわけだ。
「きみ、大変そうだね。少し持ってあげようか」
顔色の悪いメイドにそう声をかけると、
「まーあ、ミスター・メリウェザー。ご親切にどうもぉ。でもそういうのは良くありませんわ。これはメイドの仕事ですから!」
すぐに男爵夫人が割り込んできた。どうやら自分以外の女が男から親切にされるのが、絶対に許せないらしい。
「甘やかすと、すぐつけあがるんですよ。使用人なんて、いつも仕事を言いつけて忙しくさせておかなきゃ、なにをするかわかったもんじゃありませんからね!」
まるでこのメイドが、目を離すとすぐに盗みを働くとでも言いたげだ。その底意地の悪い態度は、ジムから聞いたとおりだった。
まったく、度し難い女だ。
この女が相手なら、破産させるのも、醜聞を巻き起こして国内にいられなくなるよう仕向けるのも、ぼくは少しも胸が痛まない。むしろ、やるなら徹底的に、だ。少しでも余力が残っていたら、必ず仕返しをたくらむだろうから。最後の一ペニーまでむしりとってやる。
「ほら、さっさと歩きなさい! もう、いやらしい! ちょっと若い男を見ると、色目ばっかり使うんだから!!」
可哀想にメイドは、土気色の顔をさらに青ざめさせていた。この子が本当に銀食器を盗んで屋敷から逃げ出すのも近いかもしれないな。
一晩眠り、落ち着いたジムの口から、ぼくたちはあの夜のことを聞き出した。
あの夜――ぼくと姉さんがサリーのコテージを確かめに行った日の、前の晩。
姉弟ふたりきりでおだやかに眠りにつこうとしていた家の扉を、突然誰かが激しく叩いた。
ノックなんて生やさしいものではなく、あきらかに玄関の扉を壊し、無理やり家の中に侵入しようとしている者たちだった。
「サラ・ホワイト! いるんだろう、出ておいで、この阿婆擦れ!!」
コテージの前に大きな四頭立ての箱馬車が停められ、その後ろには黒っぽい布でマスクのように顔を覆った男たちが何人も付き従っていた。
紋章がついている部分を黒い布で覆い、見るからに怪しげな馬車から降りてきたのは、ベルベットのマントとフードで顔を隠した女だった。
けたたましい鶏のようなその声に、ジムはまったく聞き覚えがなかったが。
「ジム、二階へ――ううん、台所から外に逃げるのよ!」
異常を察したサリーは、弟に逃げるよう命じた。
「イーストエンドの『王冠とアヒル』亭、わかるね!? あそこの女将さんに頼んで、二階の部屋にかくまってもらうんだよ!」
「姉ちゃんは!?」
「あたしは大丈夫、すぐ後から行くから! ほら、早く!」
嫌がるジムを無理やり台所へ押しやると、サリーはひとりで玄関へ向かった。
素直な弟はその夜、初めて姉の言いつけに背いた。危険が迫っている家の中に姉をひとり残しておくことができず、台所のドアの陰にうずくまり、平穏だった我が家で起こったことを、姉の身に起きたことを、すべて見届けたのだ。
「さっさとこのドアを開けろ! 開けないか、泥棒猫、売女!」
玄関の扉を殴りつける音がさらに激しくなる。もう扉に穴が空きそうだ。
「ちょっと、うるさいよ! こんな夜中に、近所迷惑じゃない!!」
ありったけの勇気をかき集めて、サリーは怒鳴り返した。
その時にはおそらく、彼女には、家の外でわめいているのが誰なのか、見当がついていたのだろう。
「まったく、イノシシみたいな婆さんね。礼儀もなにもあったもんじゃない。レディが聞いて呆れるわ」
気丈に言い返しながら、玄関の鍵を開ける。
「これじゃあ、あの人に愛想尽かされるのも当然――」
そのとたん、サリーの顔面を鉄で補強した樫のステッキが襲った。
「きゃああっ!!」
小柄なサリーは一撃で床に打ち倒された。
その顔を、襲撃者が靴の踵で踏みにじった。やわらかい茶色の巻き毛を鷲掴みにし、サリーの体を無理やり引きずり起こす。
「このあたしに向かって、よくもそんな口が叩けるもんだね、この淫売女が!」
わずかなドアの隙間から、ジムはその女の顔をはっきりと見た。
年齢は五十代ぐらいだろうか。が、マントのフードの下から現れた赤茶色の髪は若い女優のように派手に結い上げ、化粧も濃い。手にも首元にも、ワインレッドのタフタのドレスにも、これでもかこれでもかと言わんばかりに大振りの宝石が飾られていた。しかもその派手な指輪は、平手打ちの威力を高める凶器にもなっていた。
ジムはその女に見覚えはなかった。ずんぐりと太った体つきは、それほど大柄というわけではなかったが、顎をあげ、唇をねじ曲げてサリーを見おろすその顔は、怒りと憎しみに赤黒く染まり、まるで地底から這いだしてきた醜悪な土鬼(ゴブリン)のようだった。
「あたしはね、男爵夫人なんだよ。貴族だ、レディなんだよ! てめえみたいな貧民街の汚ねえ淫売ごときとは、生まれも育ちもまるっきり違うんだよ!!」
「ちくしょう……っ!」
髪を掴まれ、無理やり引きずり起こされながら、サリーは呻いた。その顔面はすでに血まみれだった。
それでもサリーは気丈に女を見返し、叫んだ。
「あたしが淫売なら、あんたはなんだよ、腐れ婆ァ! あたしはね、あたしと寝るために男が金を払ってくれたけど、あんたはタダでも寝てくれる男がいなくて、結局、高い金払って亭主を買うしかなかったんじゃないか!! なにがレディだ、笑わせんな!!」
「な……なんだと、てめえ――ッ!!」
女はサリーを突き放すと、ふたたびステッキを振り上げた。背中でも腰でも、サリーの全身をめちゃくちゃに打ち据える。
「ちっと若いからって、いい気になるんじゃねえよ! 他人の亭主によくもあんな手紙を送りつけやがったね、この売女が! てめえがうちの人の赤ん坊を孕んでるだって? ふざけんじゃないよ、淫売のくせしやがって! 腹のガキだって、どこの馬の骨のタネだかわかるもんかい!」
ミドルトン男爵夫人であるその女は、スラム街のごろつきと変わらない汚いコックニー訛りでまくし立てた。頭に血が上り、つい育ちがあらわになってしまったのだろう。イーストエンドで育ったぼくや姉さんだって、もう少しましな言葉遣いをするのに。
「な、なんであんたがそのことを……!?」
「おや、知ってちゃ悪かったかい? 教えてくれたのさ、うちの人がね。一、二度ちょっかいかけただけのイーストエンドの娼婦に、ガキができたって強請られてるってね。大事な亭主に助けてくれって泣きつかれちゃあ、仕方ないさ。てめえのツラなんざ二度と見たくないって、あの人が言うからね。代わりにこうしてあたしが出向いてきたんだよ。小汚い私生児の始末をするためにね!」
そう言って男爵夫人は、わずかにふくらみが目立つようになっていたサリーの腹部を、容赦なく蹴り上げた。
「きゃあああっ!」
サリーは必死に身体を丸め、お腹をかばった。
「や、やめてっ! やめて、赤ちゃんだけは――!!」
「うるせえっ! 産ませるか、そんなガキ! 死ね! 死んじまえッ!!」
「お願い、助けて! 誰か――!」
姉の悲痛な叫びを、ジムはいったいどんな思いで聴いていただろう。
この賢い少年にはわかっていたのだ。もう姉が助からないということが。
男爵夫人が引き連れてきた男どもは、一目でまともな人間ではないとわかる連中だった。大振りなナイフやロープをこれ見よがしに取り出し、男爵夫人の命令があれば、何のためらいもなく即座にサリーの命を奪うだろう。人殺しなど、河にゴミを投げ捨てるのと同じくらいにしか感じない連中だ。
そして今、姉をかばうために飛び出していけば、自分も殺される。そうなったらいったい誰が、姉と、この世の光を見ずに殺される甥か姪の仇を討てるというのだ。
台所の扉の陰で必死に息を殺し、耐えながら、ジムはすべてを見届けた。一言一句ももらさず聞き届けた。
「う……、嘘だ……。嘘だ、サー・ローレンスが、そんな……っ!」
血の混じる泡を噴きながら、サリーは呻いた。力を失った手で、それでも懸命にお腹をかばいながら。
「だって、だって、あの人、あたしに、一緒に暮らそうって言ってくれたんだ。田舎へ行って、羊を飼って、あの人とあたしとジムと、生まれてくる赤ちゃんと――家族みんなで暮らそうって……!」
ごぼごぼと嫌な音の混じるサリーの言葉を、男爵夫人はがらがらと破鐘を叩くような笑い声でさえぎった。
「莫迦じゃねえのかい! そんなのは、女を騙す男の常套句だろうが! 騙されるてめえが間抜けなんだよ!」
「嘘だ、信じない! あの人がそんなこと言うもんか!!」
サリーは最期の力を振り絞り、叫んだ。
「サー・ローレンスの口からじかに聞くまでは、絶対に信じない!!」
もしかしたらそれは、隠れている弟に聞かせるためだったかもしれない。男爵夫人の言うことを鵜呑みにするな、どうにかして男爵本人に会い、彼の口から真実を聞き出せ、と。
「まったく、どこまで莫迦なんだ、この売女! ああそうかい、じゃあ望み通りにしてやろうじゃないか!」
男爵夫人は手下どもに向かって横柄に顎をしゃくった。
「おまえら! この汚ねえアマを馬車に乗せな! 屋敷に連れていくんだよ!!」
「へい、奥さん」
従順な手下の返事にも、男爵夫人はヒステリックに杖を振り回したそうだ。
「奥さんじゃねえよ! あたしを呼ぶ時は“レディ”と言いなって、何遍言ったら覚えるんだ、この愚図!」
男どもは杖で撲たれながら、サリーの身体を担ぎ上げた。サリーはもはや何の抵抗もしなかった。
「おお、いやだ。鼻血だらけじゃないか、汚いねえ。馬車を汚さないよう、麻袋に詰めるんだよ。背もたれのクッションを張り替えたばかりなんだ。こんな淫売の血で汚されてたまるもんか」
男爵夫人は無惨に腫れあがったサリーの顔に至極ご満悦で、舌なめずりせんばかりだった。
「屋敷に着いたら、おまえらにも褒美をやるからね。おまえら、孕み女とヤッたことはまだないんだろう? その女を好きにするといいさ。ああそうだ、うちの人にも見物させてやろうかねえ。さぞかし見ものだろうよ!」
まるで波止場で荷揚げされた荷物みたいに男どもの肩に担がれたサリーに、男爵夫人は言った。血に汚れたサリーの髪を掴み、無理やり顔をあげさせて。
「望みどおり、男爵に会わせてやるよ。こいつらに輪姦されてヒイヒイ泣きわめいてるところを、たっぷり見せつけてやりな!」
男爵夫人に従う男どもは、どいつもこいつも煤煙とヤニで真っ黒に汚れた、スラム街のごろつきばかりだ。アルコール依存と薬物の乱用で肌は黄ばみ、目は濁り、ほとんど歯がなくなってしまったヤツもいる。
「こいつらにさんざん可愛がってもらったら、どんな女だってあそこがびらびらに裂けて、二度と使い物にならなくなるさ! それでも男爵はおまえを囲っといてくれるかねえ? 元の商売に戻るのも無理だろうさ。なんたって、あそこががばがばだからねえ! それとも男娼みたいに、尻の穴でヤるかい!?」
その脅し文句に、サリーは何の反応も示さなかった。おそらく、もう意識はなかったのだろう。
「おまえとおまえは、家捜しして金目のものを洗いざらい持ってくるんだよ。元はと言えばみんなあたしの金で買ったものなんだ。返してもらうのが当然だ」
「へえ。ですが、俺らのヤる分もちゃんと残しといてくれやすかい、おく……その、レ、レディ・ミドルトン」
「おまえらふたりが手早く仕事を済ませりゃあね。さあ行くよ」
そしてサリーは連れ去られた。永遠に。
居残りを命じられたふたりの男は、コテージを徹底的に家捜しし、サリーが貯めていたへそくりも見つけだした。それから質素な食器や燭台、クリスマスの記念絵皿など、少しでも金になりそうなものを片端からかき集める。二階の箪笥にあったサリーの服や靴、サー・ローレンスのための室内着、産まれてくる赤ん坊のため、サリーが用意していた小さな産着まで。
「おい、ガキの服があるぜ」
やがて男のひとりが、ジムの衣類を見つけてしまった。
「ガキ? 赤ん坊のじゃなくてか」
「ああ。この家にゃもうひとり、ガキがいるんじゃねえのか? それも男だ」
男たちは腹を空かせた猟犬のように、あたりを見回した。
「もうちっと探したほうが良さそうだぜ」
彼らに見つかることを怖れたジムは、台所の勝手口から外へ出た。
見つかれば間違いなく殺される。
しかし裏口にも連中の馬車が1台残っているのを見つけ、その横をすり抜けて逃げ出すこともできず、最後の避難場所として半地下の物置に隠れたのだった。
両眼を真っ赤に泣き腫らし、時おりあふれ落ちる涙を拭おうともせず、それでもしっかりとした声で話し続けた少年の告白を、ぼくたちは身じろぎもせずに聞いていた。
そしてジムがすべてを語り終えても、誰ひとり口を開こうとしなかった。
竈で火が燃え続け、やかんがしゅんしゅん湯気をたてている、暖かなモリス夫人の台所。
けれどぼくたちはみな、身体の芯が凍るような怒りと哀しみに唇を噛みしめていた。
ジムの話を聞いていたのは、ぼくたちグレンフィールド兄弟と、家主のオルソン夫人、モリス夫人の四人だ。
「ミドルトン男爵が、おまえたちと一緒に田舎で暮らしたいと言ったっていうのは、本当なのかい?」
やがて、重苦しい沈黙を払いのけるように姉さんが言った。
「うん」
ジムは小さくうなずいた。
「手紙が来たんだ。少し前に。……姉ちゃんは読み書きができなかったから、サー・ローレンスからの手紙は全部おれが読んで聞かせてた。返事を出す時も、姉ちゃんが言うことをおれが書き留めてたんだ」
サー・ローレンスに身ごもった子どもの経過を知らせるサリーの手紙も、実際に書いたのはジムだったというわけだ。
「その手紙、今も持ってるかい?」
「ううん。サー・ローレンスの手紙は姉ちゃんがまとめて大事にしまってたけど……、あいつらが見つけて、全部燃やしちゃった」
そしてジムはうつむいた。
「本当……なのかな」
「え?」
「本当なのかな。あの婆さんが言ったこと。サー・ローレンスが、もう姉ちゃんの顔も見たくないって――」
少年のつぶやくような言葉に、ぼくたちは誰も答える言葉を持たなかった。
特権階級の紳士が貧民街出身の愛人に飽きて、手切れ金も払わずに囲っていた家から放り出すなんて、良くある話だ。
しかしその場合も、妻に知られないよう始末をつけるのが、紳士のたしなみというものじゃないだろうか。
夫の代わりに妻を愛人のもとへ乗り込ませるなんて、聞いたことがない。一歩間違えれば、社交界を揺るがす大スキャンダルになりかねない。
おまけに、自分の愛人がごろつきどもに輪姦されるところを見物するだって?
かつてぼくたちが垣間見たミドルトン男爵の姿からは、想像もできない悪趣味ぶりだ。
だが反対に、ジムの話に登場した男爵夫人なら、そのくらいのことは平気でやりそうだ。自分の金で生活していながら自分を裏切った夫に、愛人共々復讐するために。
「それで、おまえはどうしたいんだ? ジム」
姉さんはジムの目を真っ直ぐに見つめ、訊ねた。
一人前の大人にするような真剣な質問に、ジムも精一杯の決意で答えた。
「サー・ローレンスと話がしたい。あの女が言ったことが本当なのか、本当に姉ちゃんとおれ……お腹の赤ん坊も嫌になっちゃったのか。サー・ローレンスの口から、本当のことが聞きたいんだ」
わかった、と姉さんはうなずいた。
「それから……。あの婆ァは絶対に許さない」
「もちろんです」
尼僧院長のように重々しく、オルソン夫人が言った。
「あなたのその思いは、神の御前でも正当ですよ、ジム」
オルソン夫人もモリス夫人も目が真っ赤だ。モリス夫人は今も嗚咽を堪えきれず、ハンカチに顔をうずめている。オルソン夫人は鷹のようにしゃんと顔をあげ、威厳に満ちた態度でジムを見つめていた。
「でもね、今のあなたはまだ病気も治ってない。このまま裸同然で男爵の屋敷に乗り込んでも、今度はあなたがテムズ河に放り込まれておしまいよ。それではサリーが哀しむわ」
そしてジムが警察などの国家権力にこの非道を訴えても、誰も取り合おうとはしないだろう。仮にも爵位を持つ特権階級のご婦人が、貧民街出身の元娼婦となど、袖擦りあうほどの関わりも持つはずがない、と。
下手をしたら、立派なレディによからぬ因縁をつけたとしてジムのほうが捕まえられ、強制労働送りになってしまうかもしれない。
「わかってる。わかってるよ、ミセス・オルソン。でもおれ……、おれ――!!」
「悔しいのは、みんな同じだ。ジム」
姉さんはジムの前に膝をつき、痩せた小さな手を取った。
「オレたちを信じてくれないか。オレたちグレンフィールド兄弟を」
「ミスター……」
ジムは姉さんを見つめ、そしてぼくを見上げた。
ぼくも無言で、ジムにうなずく。
「犯人には、オレたちが必ず罪をつぐなわせる。ミセス・オルソン、ミセス・モリス、『王冠とアヒル』亭のみんなにも力を貸してもらう。イーストエンド全体がおまえの味方だ」
法はサリーの無念を見捨てた。
権力はこの少年を救わない。
けれどぼくたちは、同じ貧民街で生きてきたぼくたちだけは、けして同胞を見捨てない。
少年は無言で、けれどしっかりと姉さんの手を握り返した。
イーストエンドきっての天才詐欺師、金色の眼のアーニー・グレンフィールドの手を。
翌日。
テムズ河沿いの小さな教会で、サラ・ホワイトの葬儀が行われた。
おんぼろ教会の酔いどれ牧師は、葬儀の説教にありがちな美辞麗句で死者の行跡を飾ったりせず、けれど訥々と、誰からも好かれたサリーの明るさ、優しさを語った。
本人を良く知らなければ語れない日常の、ありふれた、愛おしむべき思い出の数々は、この牧師もサリーの“客”だったのだろうと想像させるに充分だった。
無論、ぼくはそれを責めない。むしろ娼婦の葬式を出して教会や自分の評判がさらに悪くなるのもかまわず、サリーのために祈ってくれる牧師に感謝した。
参列者はサリーのかつての仕事仲間がほとんどだったが、サリーが暮らしていたコテージの隣人たちや、サリーに繕いものを頼んでいた宿屋や下宿屋の関係者なども顔を見せていた。『王冠とアヒル』亭の親爺さんと女将さんもいた。
オルソン夫人とモリス夫人は、遺族席でひとりぽっちになるジムを気遣い、牧師とも相談して、少年と一緒に遺族席に着いていた。
ほかに三、四人、他の参列者とできるだけ距離を取り、目深にかぶったシルクハットやマントの襟で顔を隠す紳士の姿もあった。おそらくサリーの上客だった男たちだろう。
「連中の様子を良く見とけ」
顔を伏せ、祈りを捧げながら、姉さんがぼくにささやいた。
「連中のなかに、サリーを殺したヤツが紛れてるかもしれない」
「うん、わかってるよ」
そしてサリーは深い悲しみと憤りの中、共同墓地の片隅に葬られた。
「ミセス・モリス。もう泣かないで。ミス・サリーは今頃、赤ちゃんと一緒に天国で幸せに暮らしてますよ」
「ああ、そうだね。そうだよね、メグ……」
モリス夫人は嘆きのあまり、メグに支えてもらわなければ馬車にも乗れないほどだった。
「家に戻ったら少し休むといいわ、ミセス・モリス。お茶の用意はメグ、あなたひとりでもできるわね?」
「はい。おまかせください、奥様」
「あなたもすぐにベッドに入るのですよ、ジム。まだ熱が下がりきったわけではないのだから」
まだ病の癒えないジムとモリス夫人をかばい、彼女たちが馬車に乗り込むのを見届けると、ぼくと姉さんも重い足取りで家路についた。
ひょうひょうとうなるテムズの川風も、まるでサリーの死を嘆いているかのようだった。
「葬儀に来ていたのはベルファスト卿にカヴェンディッシュ伯爵、ダレストン子爵のご嫡男エドガー・シンクレア卿、銀行家のランドック氏です。皆さん、ミス・ホワイトの、その……“ご友人”だったのでしょう」
そう教えてくれたのは、同じ下宿に住む弁護士のハーグリーヴス氏だ。
「言葉遣いに神経質になる必要はないだろ、ミスター・ハーグリーヴス。ここにいるのは男ばっかりだ。可愛いメグは卓上ベルを鳴らさない限り、この部屋にはもう入っちゃこないさ」
と言うのは、バイオリン教師のクィンシー・デイヴィス。ブルネットに暗いブルーの瞳のハンサムで、イタリアに留学して音楽を学んできたというふれこみだが、男ばかりの場になるとコックニー訛りで喋り出す。
実直な小男のハーグリーヴス氏はともかく、クィンシーのほうは、ぼくはどうも気に入らない。実際、こいつがメグにちょっかいを出そうとしてモリス夫人にフライパンで撃退されているところを目撃したこともある。
今のところ彼は、姉さんを男だと信じ切っているからまだいいが、もしもアネリーゼに同じ真似をしたら、フライパンどころか鉛の弾丸をお見舞いしてやる。
ともにサリーの葬儀にした参列したふたりを、ぼくたちは下宿の喫煙室に誘った。情報を得るためだ。
オルソン夫人の下宿では、各部屋での喫煙は家具や壁紙に臭いとヤニがつくからという理由で許可されていない。葉巻やパイプを楽しむ時は、専用の喫煙室に行くように言われている。
ぼくは、煙草は喫らないんだけどね。キスする時に姉さんが嫌がるから。
「ミドルトン男爵家の財務状況については、詳しいところはわかりません。ただ、先代の男爵は非常な浪費家で、破産寸前のところを息子の嫁――現男爵夫人の持参金でなんとか持ちこたえた、ともっぱらの噂です。現男爵が爵位を継いでからは堅実な領地経営がはかられ、領民の暮らしも少しは向上したようですが」
「だけどそのせいで、ミドルトン男爵はオールマックスへの出入りを許されていない。正確には男爵夫人マリオンがな」
音楽教師として貴顕のご婦人がたのサロンに出入りする――サロンだけではなく、寝室にもだが――クィンシーは、彼女たちが三度の飯より大好きなゴシップにも精通している。
「マリオン・F・ウェイクスリー。旧姓マリオン・フレッチャー。父親は精肉業で財を築いた人物だ」
もちろん精肉業はまっとうな仕事だ。けれどお偉い貴族サマというものは、精肉業だろうが製鉄業だろうが、額に汗して金を稼ぐ人間をとことん毛嫌いするのだ。労働自体を卑しむべきこととして見下している。
「商売の臭いは三代消えない、ですか。まったく莫迦な話です」
労働を軽蔑して博打や女遊びに精を出し、そのあげく破産した貴族どもの残務処理を多く手がけてきたハーグリーヴス氏は、やれやれというように首を振った。
「おかげで男爵夫人は、一人息子の嫁選びにそうとう苦労してるらしいぜ。ま、夫人の出自だけが問題ってわけでもねえだろうがな。マリオン夫人は金持ちのくせにひでぇしみったれだって話だ。使用人の給金もケチるんで、メイドがろくすっぽ居着かねえらしい。そのくせ、従僕はブロンドの色男ばっかりなんだとさ」
クィンシーは気取った仕草でティーカップを持ち上げた。
「前に一、二度、ハイドパークで見かけたことがあるが、俺が親でも、あんな女のところで娘を働かせようとは思わねえな。ありゃまるでブルドッグだ」
彼らがもたらしてくれた貴重な情報に礼を言い、自分たちの部屋へ戻ると、姉さんはさっそく貴族名鑑とここ数週間分のロンドンタイムズを引っ張り出した。
「で、どうするの、姉さん」
「まずはミドルトン男爵に会う。それがジムの希望でもあるからな。それに、男爵夫人の言ったことが全部でまかせなら、サリーの仇をとりたいと思っている人間がもうひとりいることになる」
「そうか。男爵本人だね」
逆に夫人の言葉が真実だったら、罪を償わせるべき相手のリストにもうひとり名前を書き加えなくてはならない。
「ああ。だけどここ数週間、男爵の名前は新聞の社交欄にまったく登場していない。領地に戻ったって記事もないのに、ほとんどロンドンで出歩いた様子がないんだ」
秋から冬にかけてのこの時期、ロンドンの社交界は静まりかえる。大貴族たちがみな自分の領地へ戻り、鴨撃ちや狐狩りに精を出すからだ。
そうやって田舎暮らしを満喫した彼らは、クリスマスあたりからぼつぼつロンドンへ戻り始め、やがて春の訪れとともに本格的な社交シーズンが始まるのだ。
「でもそれって、もともと彼は社交界が好きじゃないって話だったじゃないか。自由になる金も少ないんだろうしさ」
タイムスやガゼット紙の社交欄に名前が載るのは、それこそ特権階級だけの社交場、オールマックスの舞踏会に出入りが許される、ほんの一握りの人々だけだ。
「その話も、今となっちゃ、どうだろうって思うけどな。ともかく相手が屋敷に籠もりっ放しだから、公園や競馬場で偶然出会ってお近づきになるって方法が使えない」
そして、見ず知らずの人間がいきなり屋敷に押しかけても、会ってもらえるはずもないのが社交界のルールだ。
「たとえ商人出身でも、夫人本人に人望があれば、それなりの人付き合いはできる。なにもオールマックスだけが社交界じゃない。社交界だって何層にも分かれてるんだからな。クィンシーが言ってたろ、夫人はしみったれで、女中がちっとも居着かないって」
「ああ――うん」
あんな助平野郎の言うことなんか、ほとんど聞いてなかったけど。正直にそれを言ったら、また姉さんに大目玉だ。
「だから……、ほら。やっぱりあった」
姉さんは数日前の新聞に載った、小さな求人広告を示した。
「なにこれ。家政婦(ハウスキーパー)求む……ミドルトン男爵家?」
「貴族の屋敷で使用人を募集する場合は、縁故採用のほかに街の職業斡旋所に頼むのがふつうだ。だけど斡旋所だって、求職者と求人先、双方をある程度調べるもんさ。あまりにも評判の悪い屋敷には人を紹介しない」
「そうか。男爵家は待遇が悪いって評判なんだね」
「ああ。おそらく縁故採用もできないくらいな。で、最後の手段がこれだ。自腹を切って、新聞に求人広告を出す」
「まさか姉さん、これに応募するつもり?」
姉さんは満面の笑顔でうなずいた。
「ほんとは下っ端のメイドのほうが、動きやすくて良かったんだけどな。ま、この際家政婦でもかまわないさ。少なくとも、屋敷の様子を見に行く口実にはなる」
「うん、まあ、それはわかるけど……」
家政婦といえば、女主人に代わって屋敷の日常をすべて取り仕切る上級使用人だ。家事全般に精通し、女主人の相談役を務め、日々の献立から家計の管理、時には屋敷で催される夜会や舞踏会の準備までこなさなくてはならない。
「もしかしてセディ、オレにはできないとか思ってる?」
「えっ!? そ、そんなことないよ」
――いや、その、ちょっとは考えたけど。姉さんが料理の献立考えてるとこなんか、見たことないし。
「その……ほら、あんまり若いと、家政婦として信用されないんじゃないかと思ってさ」
「その心配はねえよ」
姉さんはにッと小生意気に笑ってみせた。
「ま、見てろって」
それから姉さんは、予備の小部屋へ向かった。
納戸のようなこの部屋には、ぼくたちの“仕事”の小道具がいろいろとしまってある。
その中から、姉さんは薬品や染料が詰まった鞄を引っ張り出した。
床に新聞紙とぼろ布を敷き、その上で鏡を見ながら、髪に染料を塗る。
姉さんのハニーブロンドがみるみるうちに真っ黒く染まっていった。
「うわっ! なんてことするんだよ、姉さん! もったいない!」
「セディ、うるさい! 石けんで洗えば落とせるんだから、いちいち騒ぐな!」
一時間後、石炭のような漆黒に染めた髪を地味なシニョンにまとめ、服も尼僧みたいなグレーのドレスに着替えた姉さんは、仕上げにただのガラスが入った伊達眼鏡をかけた。そうすると、あの印象的な金色の瞳も少しぼやけて、目立たなくなる。
「どうだ?」
「どうって言われても……」
髪を染め、身なりを変えた姉さんは、たしかにいつもより四、五才年上に見える。それでも家政婦にしては少々若いと思うけど。
背中に定規でも入れたみたいにぴんと背筋を伸ばして立つ姉さんは、家政婦というよりおっかない女性家庭教師(ガヴァネス)だ。
ああ……でも。
首までしっかり覆うハイネック、飾りは襟と袖口のわずかなレースだけという地味なドレスは、姉さんの身体のラインにぴたりと添い、普段は男装の下に隠している胸のふくらみや細くたおやかなウェスト、腰のまろやかなラインをくっきりと際だたせている。
冴えないグレーが禁欲的で、かえってこのドレスを剥ぎ取りたいという欲望をかき立てるのだ。
「姉さん。……リゼ。その――キスしていい?」
「な……! どこ見てんだ、助平!」
その時、廊下から控えめにノックの音がした。
「メグです、ミスター・グレンフィールド。お茶の道具を下げにまいりました」
うわ、まずい!
「ち、ちょっと待って、メグ、まだ――」
ぼくが止めるヒマもなく、忙しいメグはドアを開けてぼくたちの居間へ入ってきてしまった。
「失礼しま……あらっ!?」
そして、居間にいた見知らぬ黒髪の女性に、目を丸くする。
「お客様だったんですか!? し、失礼いたしました!」
「いいえ、大丈夫。もう用事は済みましたのよ」
姉さんはにこやかに微笑み、上品な年輩女性の口振りで言った。
「わたくしは『聖母と羊飼いの慈善事業協会』の者です。恵まれない子どもたちのため、こちらの紳士に寄付をお願いに参ったところですの」
「まあ、チャリティ協会の方だったんですか」
「ええ」
疑うことを知らないメイドににっこりと笑いかけ、姉さんはさらにぼくへ向かって言った。
「ありがとうございます、ミスター・グレンフィールド。あなたのご寄付のおかげで、今年も貧民街の子どもたちが学校へ通えますわ」
「いいえ、どういたしまして」
「まあ、ミスター・セオドア……」
尊敬を込めてぼくを見上げるメグのまなざしが、照れくさいやらこそばゆいやらで、ぼくは笑いを噛み殺すのに精一杯だった。
「それでは失礼いたします、ミスター・グレンフィールド。あなたに神のご加護がありますように」
ごく当たり前のように部屋を出ていく姉さんに、ぼくも紳士らしくドアを開けてさしあげた。
なかばうっとりとご婦人を見送っていたメグが、やがてはっと気づいた。
「あれっ!? あの人、いったいいついらしてたんですか? 玄関のノッカー、鳴った覚えがないんですけど……」
「それは、そのう……。ぼくがちょうど散歩に出ようとした時に、彼女と玄関で鉢合わせしたんだ。それで話を聞いてみたら、とても有意義な活動をしてるご婦人だったのでね。お茶を飲みながら詳しいことを聞かせてもらってたんだよ」
「そうだったんですか」
ぼくの口からでまかせの説明に、メグは一応納得した様子を見せた。
が、すぐにきゅっと眉をつりあげ、ぼくをにらんだ。
「あ、わかりました! また良くないことを考えてたんでしょう、ミスター・セオドア! あの人があんまり奇麗なもんだから!」
「えっ? なんの話だい、メグ」
「いけません! あんな真面目なレディに失礼です! あの人は街の娼婦なんかとは違うんですよ! 部屋に引っ張り込んでお手軽な遊び相手にできるなんて思ったら、大間違いですからね! 今度同じことをしてたら、あたし、すぐにミセス・モリスに言いつけちゃいますからね!」
日ごろからアーノルド・グレンフィールドを見慣れているメグの目もごまかせるほど、姉さんの変装は完璧だ。
姉さんはさっそくミドルトン男爵家に手紙を出し、面接を申し込んだ。
黒髪に勤勉の象徴みたいな眼鏡の家政婦、ミセス・アン・コレット・メイザーは侯爵夫人だの伯爵夫人だのの署名が入った推薦状を何枚も持っており――全部、ぼくが偽造したものだが――、きびきびした話し方からもその有能さがうかがえる。ミドルトン男爵家では即座に採用を決めた。
「ていうより、他に応募者がいなかったんだろうな」
明日からすぐ屋敷に住み込んで働くよう言われたため、小さなボストンバッグに当座の必要なものを詰め込みながら、姉さんは言った。
「新聞の求人広告、もう一度よく見てみろ」
「え? これ……?」
家政婦募集の広告に、特に不審な点は見あたらない。
「雇い主は書いてあるけど、待遇がほとんど書かれてないだろ。給金の目安とか、休日とか」
「ああ……、そう言えばそうだね」
「広告に載せないってことは、載せられないほどひでえってことだよ。家政婦が勤まるほどの有能な女性なら、みんなすぐにわかる。だから誰も応募しなかったのさ」
姉さんが教えてくれた家政婦の給金は、一般市民の下宿屋で家政婦兼料理人をしているモリス夫人の半分程度でしかなかった。仮にも爵位を持っている屋敷での給金とは思えない。
「それで、ぼくはなにをすればいいの? 従僕として男爵家にもぐりこめばいいのかな」
クィンシーの話では、男爵家の従僕はブロンドの色男ばかりだそうだし。自慢じゃないが、ぼくは条件にぴったりだ。
「いや、おまえには別のルートから男爵家に接触してもらう」
そう言って姉さんは、数枚の不動産広告を広げた。
「もう目星はつけてあるから、明日、この不動産屋に行ってこい」
そしてちょっと、ためらうように眼を伏せた。
「かなり……金がかかっちまうけど。ごめん。何の儲けも出ないのに、手元にある資金、ほとんど使っちまうことになるかもしれない」
「なんだ、そんなこと気にしてるの?」
ぼくは姉さんを抱き寄せた。
黒く染めた髪に、軽くキスして。
「使ってしまったら、また稼げばいい。そうだろ?」
「セディ」
「当座の生活に必要な分くらいは、信託投資の利益でどうにかなるしさ。心配いらないよ」
まったく、困った人だな。たかが金のことでぼくが姉さんの頼みを断るなんて、どうして考えるんだろう。
サリーの無念、ジムの悔しさを晴らすためになら、持てるものすべて吐き出してもいいと思う、あなたのその誇り高いまでの優しさを、どうしてぼくが拒めると思うんだ。
姉さんの望みはぼくの望み。ぼくの手も脚も、すべてあなたのものだ。あなたの思うままに使っていいんだよ。
「ごめん……。ごめん、セディ」
それでも姉さんは顔をあげようとしなかった。
「リゼ」
「だって、ほんとは……。おまえにこんなことさせちゃ、いけないんだよ。オレひとりでやればいいはずなのに、いつもおまえを巻き込んで……」
姉さんはぼくの胸元をきゅっと掴んだ。白い小さな手が、かすかにふるえている。
「いいか、セディ。これは全部オレが考えたことだ。おまえはただ、オレに命じられてやってるだけなんだからな」
ああ、本当に。
このひとはなにも変わってない。あの寒いテムズの川岸で初めて出会った時から。
目的がどうであれ、誰かを騙すことに罪の意識を感じ、不法な手段でしか目的を果たせない自分を責めている。
リゼのつく嘘は、けしてリゼ自身のためじゃない。
彼女よりももっと弱い、彼女の助けを必要としている、誰かのためなんだ。
それでも。
彼女はけして、自分に罪はないとは、思わない。
誰かを救うためだからとか、騙す相手が最低の悪党だからとか、そんな言い訳はしない。自分の嘘は自分の罪だと、自分は罪人だと、ちゃんと知っている。
いつか誰かが――たとえば神さまが、リゼの罪を罰しようとする時に、誰も、ぼくをも巻き添えにはできないと、思ってる。自分ひとりだけですべての罰を受けたいと願っているんだ。
「忘れんな、セディ! これは――!!」
「ああ。……わかってるよ」
だから……ぼくは、リゼを独りにできないんだ。
あなたの罪は、ぼくの罪。ぼくたちはふたりでひとつの運命を生きる、ひとつの命なんだよ。
「なんでも言って。リゼの言うことは、どんなことでも完璧にやってみせるよ」
リゼは黙ってぼくを見上げた。金色の瞳がわずかにうるんで、琥珀色にけぶっている。
ああ、なんて言えばいいだろう。どれだけ言葉を尽くせば、ぼくの気持ちがリゼに伝わるんだろう。
――あなたを守りたい。
そばにいたい。抱きしめたい。あなたが哀しむところを、見たくない。
それだけが、ぼくのたったひとつの願いなんだ。
「ぼくを、信じて」
「セオドア」
そうして、やっとぼくのアネリーゼは、小さくうなずいてくれた。
「ありがとう、セディ。じゃあ頼む」
「任せて。姉さんも気をつけて」
それでもまだうつむきそうになるほほに手を添えて、ぼくはリゼの唇にそっとキスをした。
やわらかな唇をぼくの唇で撫でるようにそっと触れあわせ、わずかに開いた隙間から濡れた内側を舌先でくすぐる。かすかに感じる切なそうな吐息が、身がふるえるほどいとおしかった。
「しばらくは、この甘い唇もお預けだな」
「……莫迦」
姉さんは明日から男爵家に住み込むわけだから、当分同じベッドに入ることもできない。
せめてもの名残に、今夜は夜が明けるまでたっぷりと愛し合いたかったけれど。
「そんなことしたら、明日の朝起きらんなくなるだろ! おまえは自分のベッドに行け!」
と、追っ払われてしまった。
翌日、グレーのドレスに喪服みたいな黒のケープ、時代遅れの冴えないボンネットを身につけて、アン・メイザーになった姉さんは、早朝の霧にまぎれるようにしてオルソン夫人の下宿を離れた。
ぼくは二階の窓から、しゃんと背筋を伸ばした黒っぽい姿が霧の中に消えていくのを見送った。言葉にできない不安を押し殺しながら。
陽が高くなり、霧が晴れると、今度はぼくの番だ。
「また数週間部屋を空けることになると思うけど、よろしく。ミセス・オルソン、ミセス・モリス」
「いってらっしゃいませ」
「また田舎の親戚のお宅をご訪問ですか、ミスター・セオドア」
無邪気なメグは、ぼくたちが“仕事”で留守にする時の口実を信じてくれている。
「ああ。お土産を楽しみにしててくれよ、メグ」
そしてぼくはその足で、ウェストエンドの不動産屋を訊ねた。
金持ちや特権階級の人々が多く暮らすウェストエンド、なかでもグロヴナースクエアの一角は高級住宅街として特に人気がある。
街は奇麗に整備され、道を歩く人々はみな金のかかった身なりをしている。空気の匂いまで、イーストエンドとはまるで違う。
建ち並ぶの石造りの屋敷はみな、貴族たちがロンドンでの社交生活を楽しむために滞在するタウンハウスだ。
二階建て、三階建ての豪壮な建物。窓ガラスはぴかぴかに磨き上げられ、レースとゴブラン織りのカーテンが二重にかけられている。厩には名馬がぎっしり、ドアには真鍮のノッカー、そして玄関にあがる御影石の階段には見習いメイドが這いつくばって必死に石を磨いている。
車道は石畳が敷き詰められ、街灯も整備されている。歩道を散策する人々はお供のメイドや従僕を引き連れて、その顔には「わたくしたちは一握りの選ばれた人間です」という傲りがでかでかと印刷されているかのようだ。
もちろん、歩道いっぱいに鱈の切り身やうなぎの煮込みを売る屋台が出張っているなんてことは、けしてない。しおれた花を籠に入れ、「お花はいかが」のかけ声で道行く男たちを呼び止め、花のかわりに自分の身体を売る娼婦もいない。
そのかわり、建ち並ぶ豪華な屋敷の中には、クビになりたくなければ言うことを聞けと、自分の屋敷で働くメイドに好き放題する変態のど助平や、自分の息子ほどの若いツバメを囲ってご満悦の真っ白いお肉の塊なんぞがうごめいているのだ。
そんな界隈で、毛皮の裏打ちのあるフロックコートにシルクハット、磨き込まれた柔らかな革のブーツという出で立ちのぼくは、地味で目立たず、ごく自然に街の風景にとけ込んでいると思う。
やがてぼくは目当ての不動産屋に到着した。
「失礼。クリスマスから社交シーズンを過ごすための借家を捜しているんだが」
「いらっしゃいませ、サー。サー、ええと……」
「グレアム・スペンス・メリウェザー。サーはいりません。ぼくは爵位を持たない地方地主です。どうぞ、ミスターで」
まん丸な太鼓腹でベストの釦がはじけ飛びそうになっている不動産屋に、ぼくはあらかじめ考えていた偽名を名乗った。
上流階級の紳士に化ける時、ぼくはよく、顔も知らない実父の名字を使う。母とぼくを棄てた父へのささやかな復讐のつもりだ。
「ようこそ、ミスター・メリウェザー。タウンハウスをお捜しですか? ですが……この時期になりますと、もう人気のある地域の物件はあまり残っておりませんよ。社交界の皆さまは、夏のバカンスが終わるとすぐに、来年の社交シーズン用の借家を抑えてしまわれますからねえ」
「ああ、それはわかっているんだが、ぼくは大陸旅行から戻ってきたばかりなんだ。本当は今年の社交シーズンに間に合うよう帰国するつもりだったんだが、その……パリが、とても楽しくてね」
「それはもう、わかります。戦争が終わって、パリは今、一番楽しゅうございますからねえ」
パリでご婦人の楽しみと言えばファッションと買い物、男は――推して知るべし、だ。
陰気なメイドが運んできたお茶を礼儀正しく受け取り、ぼくはしばし不動産屋の主人と談笑した。
「それで、どのような物件をお捜しで? お若い紳士のためのアパートメントなら、今、ちょうど良い空き物件が――」
「いや、実はもう目星をつけてあるんだ」
不動産屋が広げたウェストエンドの詳細な地図を眺め、ぼくはある一点を指さした。
「ここへ来る途中で見かけたんだけどね、この屋敷、『貸家』の札がかかっていた」
実はそこは、ミドルトン男爵の屋敷の斜め後ろの物件だった。それぞれの正面玄関は別の通りに面しているが、裏口は細い路地を挟んではす向かいになっている。ぼくたちは前もって、男爵邸にもっとも近い空き物件をチェックしておいたのだ。
「ああ! ええ、ここは良い物件ですよ。グロヴナースクエアの、ええまあ、少々外れですが、その分、馬車道からも少し離れて、朝も夜も静かでございますし。周囲にお住まいの方々も、気さくでお付き合いのしやすい方々ばかりで」
この場合の“お付き合いがしやすい”というのは、上流階級に属してはいてもそれほど身分が高くない、金はあるが歴史の浅い新興貴族、あるいは社交シーズンのみ田舎から出てくる地方貴族、という意味だ。
上院に世襲の議席を持ち、普段からウィンザー宮殿に出入りが許されるような大貴族は、借家住まいなんかしない。領地には歴史ある城を、ロンドンには自前の大邸宅をそれぞれ構えているものだ。
「うん、外観も気に入ったよ。ジョージ王朝様式だったね」
ぼくは二ヶ月分の家賃を即金で支払う用意があると、不動産屋に告げた。実直に働く人間にはけして損をさせない、というのが、ぼくたちグレンフィールド兄弟の信条だからね。
「ところで、この屋敷には地下室はあるのかな?」
「地下室でございますか? たしかワイン貯蔵庫がございます。もちろん、今は空っぽですが」
「ワイン蔵か。それでも、まあいいか」
ぼくはにやりと意味ありげに笑ってみせた。
「ぼくの研究には、暗く静かな閉鎖空間が必要不可欠なものでね。――実は、ぼくは心霊現象を研究しているんだよ」
「心霊現象……ですか?」
不動産屋はとたんに胡乱そうな目を向けた。
「人が空中に浮かんだり、なにもないところからパッと花束を取り出したりする、アレですか?」
「それは単なる手品だよ」
ぼくはおもむろに身を乗り出した。
「ぼくが研究しているのは、人間の生命と魂の関係だ。古代エジプトでは、人の魂は不滅だと信じられていた。肉体は滅んでも魂は滅びない。必ず再生する。天空の太陽ですら、死と再生を繰り返す、と。彼らの思想は真実なのか? ならば“死”とはいったい何だ?肉体から離れた魂はどこへ行く? 聖書に預言された天国とは実在するものなのか!? 魂の救済とはいったいなんなのか。これは人の存在の哲学的追求において、永遠のテーマさ」
「は、はあ……」
わけのわからないことをまくしたてられ、不動産屋は目を白黒させるばかりだ。
「そのう、私は浅学でして。そういった難しい学問的な話には、どうも疎いものですから……」
「無理もないよ。人はみな、自分の目で見たものしか理解できない。目に見えぬものの存在を信じるのは、難しいものさ」
だがロンドンでは、心霊研究が大流行している。幽体離脱実験、ハイテーブルやウィジャ盤を使った霊との交信、あるいはきよらかな処女に神霊を降ろす憑依実験など、毎日どこかしらで心霊関係の催しが行われている。
そういった研究会に参加するのは、上流階級の人々がほとんどだ。
毎日懸命に働いている労働者には、こんなお遊びに参加する余裕などあるわけがない。その日一日を生き抜くだけで精一杯の人間は、死んだあとのことをあれこれ夢想するヒマなんかない。
金とヒマをもてあます連中だけが、こんな、それこそ幽霊のスカしっ屁みたいな莫迦な話に夢中になるのだ。
もっとも、彼らのロマンティックな幻想趣味があるからこそ、ぼくらのようなぺてん師が登場する余地もあるのだが。それこそ、我らが敬愛するウルリッヒ・フォン・ファルケンシュタイン師のような、ね。
ともかくも、心霊かぶれの金持ちボンボンに得体の知れないサバトや黒ミサもどきを開催され、屋敷で火事を出される危険と、一等地にある借家がこのまま丸々一年空いてしまう損失と、どちらがより大きな痛手になるか素早く天秤に掛けた不動産屋は、やがてすっくと立ち上がり、ぼくに握手を求めた。
「よろしく、ミスター・メリウェザー。今後とも良いお付き合いができることを願います」
「こちらこそよろしく」
そしてぼくは、ロンドンの高級住宅街グロヴナー・スクエアの住人となった。
引っ越しだって、こういったタウンハウスはすべて家具附きだ。身の回りのものをトランクに詰めてくるだけでいい。
最低限の使用人もすぐに揃った。執事に家政婦兼料理人、従僕二人にメイドが四人。ミドルトン男爵家と違って、地方地主のメリウェザー家は使用人の給金をケチるなんて真似はしないからね。
あとはこまめに外出し、近隣の人々と挨拶を交わして、“心霊研究家グレアム・メリウェザー”を覚えてもらわなくてはならない。
「こんにちわ、良いお天気ですね。ぼくはグレアム・メリウェザーといいます。先日、そこの屋敷に引っ越して参りました。ロンドンには不慣れな田舎者ですが、どうぞよろしくお願いします」
愛想の良い挨拶と笑顔を武器に、一瞬で相手のふところに飛び込むのは、ぺてん師の真骨頂というものさ。
グレアム・メリウェザー氏が近隣の屋敷のお茶に順番に招かれ、ひととおり名刺を配り終えたころには、彼の屋敷で働くメイドたちも、近所の屋敷の使用人たちと仲良くなっているはずだ。
ヒバリみたいにおしゃべりが大好きな彼女たちは、すぐさま自分の雇い主について噂するだろう。
「うちの旦那さまは、まだ若いけどすっごい霊能力者なのよ。こないだも、執事のミスター・ロールズがなくした予備の眼鏡を、水晶の振り子を使ってピタッと探し当てたの! リネン室の棚の陰に落ちててね、旦那さまが捜してくれなきゃ、きっと誰にも見つけられなかったわ!!」
……タネは簡単。従僕のひとりとメイドのひとりが、街の職業斡旋所ではなく『王冠とアヒル』亭から紹介されてきたのだ。
メイドのファニーの専門はスリと枕探し、従僕のウィルは表向き煙突掃除職人だが、錠前破りの腕は天下一品だ。今までにも何度か協力を頼んだことがある。
今回のヤマでぼくの相棒になっている黒髪の家政婦に引きあわされたふたりは、目を丸くしていた。
「アーニーさんは? どうしたんすか、いつだって兄弟一緒だったのに」
「兄さんは別のヤマでロンドンを離れてるんだ。今回は彼女が手伝ってくれる。名前は……」
「アン・メイザー。仕事用の偽名だけど、これひとつを覚えてたほうが、間違えなくていいでしょ?」
姉さんははなやかな笑みを浮かべ、ファニーとウィルと順番に握手した。
メリウェザー家に戻り、男ふたりきりになると、ウィルはさっそくぼくに訊いてきた。
「ありゃいい女だなあ。セディのコレかい?」
「さあな。どうだろう」
下手なことは言わないほうがいい。アン・メイザーがウィルたちの前に現れるのは、今回が最初で最後になるだろうから。
「あの女性(ひと)によけいなちょっかい出してみろ、ロンドン橋の欄干から吊してやる」
「な、なんもしねえよ。おっかねえなあ……」
ほかにも、夜な夜な不気味なうなり声が聞こえていたのが、ぼくが十字を切ってお祓いするとぴたりと止んだり。ウィルが使われていない部屋の暖炉にもぐりこみ、煙突に向かってうぉううぉうと吠えて屋敷中に反響させていただけなんだが。こういう大きな屋敷の煙突は、たいがい壁の中で全部つながっているからね。
ともあれ、十日も経たないうちに若き心霊研究家グレアム・スペンス・メリウェザーの名は、グロヴナー・スクエア界隈に広く知られることとなった。
そして。
「これは……どうも、初めまして」
散歩の帰り道、ぼくは偶然出くわしたミドルトン男爵夫人マリオン・F・ウェイクスリーに、礼儀正しく挨拶をした。
――もちろん、本当は偶然じゃない。ここ数日で男爵夫人の行動パターンを正確に把握した有能な家政婦アン・メイザーが、男爵夫人の外出時間を前もって報せてくれていたのだ。
姉さんからのメモは男爵家に出入りする洗濯女に託され、そこからメリウェザー家のメイドへ、そしてぼくへと渡された。ぼくからの連絡も、基本はこのルートだ。
ぼくとしては頻繁に手紙のやりとりをして、姉さんの様子をつぶさに知りたいのだが、そんなことしてアシがついたらどうすると、姉さんには釘を刺されている。お互い、連絡は必要最小限にとどめること、と。
直線距離にしてわずか数十メートルしか離れていないのに、姉さんの様子がまったくわからないというのは、もどかしいことこの上ないが。
男爵夫人は派手なカナリアイエローのドレスに毛皮の縁取りのついたドルマンを重ね、花やらリボンやらでごてごて飾り立てたボンネットをかぶっていた。まるで頭の上で花屋の屋台が営業しているみたいだ。
後ろには、メイドが山のような買い物の荷物を抱えて付き従っている。可哀想にメイドは、ろくに前も見えずによたよたしている。
「あら。これは、まあ……」
「自己紹介させてください。先だって引っ越してきた、グレアム・S・メリウェザーです。コーンウォール出身のジェントリです」
シルクハットをとり、優雅に一礼する。
男爵夫人は耳元を赤く染め、嬉しそうに口をぱくぱくさせた。
「あら。あら。まあ。あ、ああ、わたくしは――」
「存じています、レディ・ミドルトン。この街でもっとも魅力的なご婦人だと、もっぱらの噂ですから」
「あらやだ、そんな……ほほほほほッ!」
男爵夫人は気取ったわざとらしい笑い声をあげた。
「あなたのことも伺ってますわ、ミスター・メリウェザー。大陸で修行したすばらしい霊能者だって」
おやおや。いつの間にか噂に尾ひれがついたらしい。
「ぼくは研究者です。科学者の立場から、霊魂と生命の関係について研究している者です」
「まああ、すごい!」
男爵夫人ははしゃいで、ぱちんと手を叩いた。
いやはや、なにが凄いんだか。初々しい少女がやれば可愛いしぐさだが、正直、五十過ぎのおばさまに似合うものじゃない。
が、男爵夫人はそれがとても魅力的だと思っているのだろう。顎を引き、上目遣いにちらちらとぼくを見上げてきた。
「こんなところで立ち話もなんですから。ねえ、うちの屋敷にいらっしゃいません? お茶をご一緒にいかが?」
――やった!
ぼくは内心、喝采した。
この誘いが来るまで、あと二、三週間はかかると踏んでいたんだが。
「よろしいのですか? ぼくは田舎者で、社交界のルールには詳しくないものですから……」
「あぁら、かまいませんわよ。わたくしは既婚婦人ですし、ほかにも、うちの屋敷に滞在してるお客さまもおりますの。なんなら、うちの家政婦を同席させますわ」
上級使用人の家政婦は、プライベートの場では貴婦人と紳士の懇談に同席し、貴婦人の名誉を守る付き添い役の役割を果たすことができるのだ。
もっとも、付き添い役が必要とされるのは若い貴婦人だけであって、成人した息子がいるような年輩の女性は、そんな気遣いをする必要もない。男爵夫人は、いまだに自分が付き添い役を必要とするうら若いレディだと思っているのだろうか。
「まあ、つまらない女ですけどね。ミセスと言ってますけど、あれは絶対オールドミスですわ。墓石みたいに無口なのだけが取り柄ですの。居たって邪魔にはなりませんわ。さあ、ミスター・メリウェザー。どうぞどうぞ」
男爵夫人はぼくの手をひっぱらんばかりだった。人目のある道ばたでなければ、手を握って離さなかったかもしれない。
これは、クィンシーの言っていたことは混じりけない事実だな。男爵夫人はブロンドの若い色男が大好物ってわけだ。
「きみ、大変そうだね。少し持ってあげようか」
顔色の悪いメイドにそう声をかけると、
「まーあ、ミスター・メリウェザー。ご親切にどうもぉ。でもそういうのは良くありませんわ。これはメイドの仕事ですから!」
すぐに男爵夫人が割り込んできた。どうやら自分以外の女が男から親切にされるのが、絶対に許せないらしい。
「甘やかすと、すぐつけあがるんですよ。使用人なんて、いつも仕事を言いつけて忙しくさせておかなきゃ、なにをするかわかったもんじゃありませんからね!」
まるでこのメイドが、目を離すとすぐに盗みを働くとでも言いたげだ。その底意地の悪い態度は、ジムから聞いたとおりだった。
まったく、度し難い女だ。
この女が相手なら、破産させるのも、醜聞を巻き起こして国内にいられなくなるよう仕向けるのも、ぼくは少しも胸が痛まない。むしろ、やるなら徹底的に、だ。少しでも余力が残っていたら、必ず仕返しをたくらむだろうから。最後の一ペニーまでむしりとってやる。
「ほら、さっさと歩きなさい! もう、いやらしい! ちょっと若い男を見ると、色目ばっかり使うんだから!!」
可哀想にメイドは、土気色の顔をさらに青ざめさせていた。この子が本当に銀食器を盗んで屋敷から逃げ出すのも近いかもしれないな。
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