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ACT 4 ジュリアンとエドガー
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ミドルトン男爵邸に着くまでのあいだ、男爵夫人はひっきりなしにしゃべり続けた。
「ほら、ここ。ロックウッド卿のお屋敷。ご存じ? ここの奥さん、この前、お抱えの御者と逃げちゃったんですって! それを旦那があわてて連れ戻しに行って、田舎の宿屋で御者と一緒にベッドに入ってた奥さんを、素っ裸のまんま馬車に押し込めたんだそうよ!」
「は、はあ……」
顔も知らない他人の噂ばかり聞かされても、どんな相づちをうてばいいのかわからない。
だが男爵夫人はひどくご満悦だ。
「こっちはスマイリー男爵が住んでますの。だけどね、毎晩この屋敷からメイドの悲鳴と鞭の音が聞こえてくるって話なの!」
たしかにね。そういう下ネタが好きな人間は多いよ。口を開けば助平な話ばかりというヤツは、社会の上層下層を問わず、必ずいるものだ。たぶんそれは人間の本能みたいなものなんだと思う。
だけど、嘘か本当か知らないが、こんなふうに悪趣味な噂を撒き散らされたんじゃ、この界隈の住人はたまったものじゃないだろう。
「ミスター・メリウェザーはまだ独身なんでしょ? どんな女性がお好み? わたし、こう見えてかなり顔が広いんですのよ。好みのお嬢さんを紹介してあげるわ。うっふっふっふ」
「は、はあ……。それはどうも」
「あ、それよりまだ遊んでいたいかしら? そうよね、まだ若いんだもの。ひとりの女に縛られたくないって気持ち、わかるわぁ。女だって、そういう気持ちはあるのよぉ? 特に、若いうちに結婚しちゃった女はね。ねーえ、年上の女性って、どう思いますぅ?」
「あ、いえ、いや、その、それは……」
なんかもう――いろんな意味で“勘弁してください”だ。
そして、初めて足を踏み入れた男爵邸は……なんというか、かなり悪趣味だった。
玄関ホールは三階までの高い吹き抜けになり、二階と三階部分はホールを囲むように回廊がめぐらされている。ホール天井にはまだ新しい巨大なシャンデリアが吊され、回廊へあがる螺旋階段の入り口には二体の彫像が飾られていた。しかもこれが、玄関に飾っていいのかよ、というような半裸のサテュロス像だ。
回廊部分にもびっしりと絵が飾られている。しかもこれが、ルネサンスもバロックもごちゃ混ぜで何の統一性も脈絡もなく、手当たり次第という感じで掛けられているものだから、眺めていると眩暈がしてくる。
応接間は、これまた息が詰まりそうだった。飾り戸棚に暖炉の上、これでもかこれでもかといわんばかりに物が飾られている。
宝石を使ったオブジェに燭台に、それらとは不釣り合いなクリスマスの記念絵皿――まさかあれ、サリーの家からかっぱらってきたものじゃないだろうな!? だとしたら、男爵夫人の強欲ぶりは地獄の悪魔も真っ青だ。
「さあどうぞ、ミスター・メリウェザー。お座りになって」
「ありがとうございます、レディ・ミドルトン」
「あらやだ、そんな、堅苦しい。どうぞマリオンとお呼びになって。わたしも、グレアムって呼んでいいでしょ?」
男爵夫人は小娘みたいにぱちぱちと目をしばたたかせた。前屈みになり、大きく開いたドレスの襟ぐりから、コルセットで寄せてあげた乳房が今にもこぼれ落ちそうだ。
そりゃね。ぼくだって男だ。ご婦人から熱烈にアピールされたら、悪い気はしないよ。
でも正直、相手による。自分の母親と同年代の、それも厚化粧で真っ黄色の巨大ケーキさながらにごてごて着飾ったおばはんに、べたべたまとわりつかれたいとは思わない。
「いや、その……。ああ! あれ、あの嗅ぎ煙草入れのコレクションは見事ですね。男爵閣下のご趣味ですか?」
「そんなことより、ほら、さっきの話の続きですけど。わたしも、そりゃもう、いろんな霊体験をしてますのよ! 子どもの頃から、すっごく霊感が強かったんですの!!」
「それはすばらしい。後学のため、ぜひお聞かせください。具体的にはどのような――」
「ええ、まあ……金縛りとか、……金縛りとか」
いや、それは――。ロンドンで金縛りを体験したことのない女性を捜すほうが難しいんじゃないのかな。
一言しゃべるごとに身を乗り出し、胸の谷間を見せつけようとする男爵夫人の濃い化粧の匂いに気分が悪くなりかけた時。
「失礼いたします、奥さま。お茶を持ってまいりました」
ようやく、家政婦のアン・メイザーが銀のワゴンを押して応接間に入ってきてくれた。
……助かった。これ以上男爵夫人に迫られたら、ぼくは放蕩者に言い寄られた処女のごとく悲鳴をあげて逃げ出していたかもしれない。
紳士とふたりきりのところを邪魔された夫人は、一目でわかるほど機嫌を悪くし、目を剥いて家政婦を睨んだ。だが、家政婦を同席させると言い出したのは彼女自身だ。今さら追い出すこともできず、ぎりぎりと歯噛みして悔しがる。
黒髪の家政婦は雇い主が言ったとおり、来客に一礼するとそのまま部屋の隅に控え、一言も口をきかなかった。
けれどその慎み深い沈黙が、かえって見る者の興味を引き、彼女から目をそらせなくさせてしまうのだ。こっちを見てくれないだろうか、もう一言、なにか喋ってくれないか、とね。だってそうだろ。誰だって、ぎゃんぎゃんやかましく吠え続ける雌犬より、いつ啼くかいつ歌うかと気を持たせる小鳥のさえずりのほうを聴きたいと願うものさ。
「もう、いやあねえ、なにそのドレス。まるでネズミじゃない! どうしてそんな恰好してるのよ。うちがろくに給料を払ってないみたいに思われるでしょ!」
……いや。男爵家の給金は薄給だろ。あれじゃあろくなドレスも買えないよ。
「ね、ほんとに陰気な女でしょう? おまけに、見て、あの眼鏡! 女が眼鏡なんて、みっともないったらないわよねえ!」
どうやら男爵夫人は、自分の魅力を具体的に説明できないかわりに、他人をこき下ろすことで自分のステータスを相対的に持ち上げるつもりらしい。しかもそれに、他人の同意を強引に求める。
これはけっこう上手いやり方だ。同意を求められた人間は、客の立場で「いいえ、それは違います」とはっきりした否定はしづらい。あいまいにごまかすと、今度は男爵夫人に完全に合意したことにされてしまうのだ。
おまけに男爵家のお茶は、雑巾を絞ったのかと思うほど不味かった。
ぼくとしては、自意識過剰で出しゃばりな男爵夫人なんか無視して、黒いかっちりしたドレスにモブキャップ、装飾品らしきものは腰に吊した鍵の束だけという、滅多に拝めない姉さんの姿を、この目に焼き付けておきたかったのだが。
だって、もう十日も姉さんの姿を見ていなかったんだ。まさか姉さんが失敗するなんては思っていないけど、男爵家でつらい思いをしていないかと、心配でたまらなかった。
姉さん、なんだか顔色が冴えないように見える。大丈夫なのかな。
けれど姉さんはかたくなに視線を伏せたまま、ぼくのほうを見ようともしない。
声をかけて様子を確かめたいけど、ここで男爵夫人の機嫌をさらに損ねて、あとで姉さんがいびられたり、万が一男爵家をクビにでもされたら、元も子もない。
「そういえば、男爵閣下はご在宅ですか? 一言ご挨拶させていただきたいのですが」
ぼくは愛想の良い笑顔を男爵夫人に向けた。
「うちの人は――いえ、ミドルトン卿は、病気で寝込んでますの。代わりに息子がご挨拶しますわ」
男爵が病気?
本当だろうか。本当だとしたら、彼はこの屋敷にいるってことか?
ぼくと姉さんは一瞬、視線を交わした。
眼鏡の奥で金色の瞳がきらりと光る。なにか情報がありそうだ。
男爵夫人は卓上鈴を鳴らし、メイドを呼んだ。
「ジュリアンを呼んできて。お客さまにご挨拶するように」
やがてメイドに案内されて入ってきたのは、ふたりの青年だった。
「こちらがわたしの息子、次のミドルトン男爵、ジュリアン・フランシス・ウェイクスリー・オブ・ミドルトン。隣はジュリアンの友人で、ダレストン子爵のご嫡男、エドガー・シンクレア卿」
ジュリアンは息を飲むほどの美青年だった。銀に近いプラチナブロンドにわすれなぐさ色の瞳。ふつう、こんな淡い色の金髪は大人になるにつれて色が濃くなり、茶色がかってくるものなのに、彼は奇跡的に天使のようなベイビーブロンドを保っている。
線が細く、彫刻のように整った容貌は人間くささをほとんど感じさせない。肌はやや青白いが、かえってそれが彼の高貴さを際だたせていた。
「ね、ハンサムでしょう? わたしの自慢の息子なの。こんなにハンサムな子は外国の王子さまにだっていやしないわ。ほんとに、誰に似たのかしら」
……奥さま、それはあなたです、と言うべきだろうか。少なくとも男爵夫人はそれを期待しているようだ。
だが本当に、男爵夫人のような母親からどうしてこんな息子が生まれたんだろう。ローレンス卿の血筋だろうか。
そして隣に並ぶエドガー・シンクレアに、ぼくは見覚えがあった。サリーの葬儀に来ていた男だ。
ややくせのある黒髪を肩につくほど長く伸ばして、彫りの深い顔立ちに暗いブルーの瞳。ジュリアンはあまりに美形すぎて近寄りがたささえ感じるが、こちらは世慣れた放蕩者の雰囲気を漂わせ、いかにも若い女にきゃあきゃあ言われそうなハンサムだ。
「シンクレア卿は、実はダレストン子爵から勘当されかかっているという噂です」
丸顔を精一杯のしかめっ面にして、ハーグリーヴス氏が言っていたことを、ぼくは思い出した。
「あまりにも賭博の借金がかさんで、面倒を見きれなくなった子爵家では、長男のシンクレア卿を廃嫡して、次男のクリスチャン氏を――まだ十二才ですが――爵位相続人として上院に届け出る準備をしているとか。子爵邸に帰れないシンクレア卿は、知人の屋敷を泊まり歩いているそうです」
で、今はここに居候というわけか。
「初めまして、サー・ジュリアン。ぼくはグレアム・S・メリウェザー、コーンウォール出身の地方地主です」
「……初めまして」
礼儀正しく握手しながら、その実、ジュリアンはひどく苛立った目をしてぼくを睨んだ。
「こちらへはどういうご用事で?」
「いやあ、その……。正直に話していいのかなあ」
もしかしてこのアドニスは、見かけによらず、心霊研究家とか霊媒師などという胡散臭い連中とは関わり合いたくない、という堅物なのかもしれない。
息子の反応を図りかね、ぼくはちらっと母親の様子を確かめた。
そのとたん、ジュリアンの表情がさらに険しくなった。ほとんど憎悪だ。
――ああ、なるほど。
どうやら彼は、ぼくが母親の新しいツバメじゃないかと疑っているらしい。たしかにぼくは男爵夫人好みの、ブロンドの色男だ。
そりゃ、息子としては嫌だよな。レディと呼ばれる身でありながら、母親が息子と同年代の若い男と人目もはばからずいちゃいちゃしてるなんて。
「ぼくは、心霊現象の実践的研究をするためにロンドンへやってきました」
ぼくはジュリアンの手を離さないまま、勢い込んで言った。
「心霊現象の、研究?」
「ええ! 言うまでもなくロンドンは亡霊の宝庫ですからね。この街で交霊術を行えば、ウィジャ盤のプランシェットが動かなかった試しはない。ウィジャ盤による霊との交信術は、ご存じですか?」
「ああ……。あの、アルファベットと数字が書いてあるボードですよね。……知ってます。試したことはありませんが」
「それはもったいない。あなたにはすぐれた霊感がありそうだ。こうして手を触れればわかります。ぜひ、守護霊との交信を試みるべきだ。サー・ジュリアン。あなたを守護する神霊は、必ずやあなたに光明を与えてくれるはずです!」
「は、はあ……。それは……どうも」
ジュリアンの表情が見る間に弛んだ。そして、どう応えればいいかわからないと、というような中途半端な笑みを浮かべる。屋敷の仲介をした不動産屋もこんな表情だった。
少なくとも彼は、ぼくが男爵夫人の新しい“可愛い人”でないことだけは理解してくれたようだ。
「すみません、ちょっと用事があるので、ぼくはこれで失礼します。研究の成果はまた今度、ゆっくり聞かせてください」
「あらまあ、失礼よ、ジュリアン」
男爵夫人は一応息子を咎めたが、それ以上無理に引き留めようとはしなかった。さすがに息子の見ている前で、若い男にしなだれかかる気にはなれないのだろう。
「ぼくは興味があるな。ぜひ詳しい話を聞かせてほしいよ」
そう言って、エドガー・シンクレアはソファーにゆったりと腰をおろした。いかにも育ちの良さが感じられる身のこなしだ。
「マダム。ぼくにもお茶をください」
「はいはい。今すぐ」
エドガーは姉さんに向かって言ったのに、はしゃいで返事をしてポットを手に取ったのは、なぜか男爵夫人だった。出しゃばりもここまで来ると、もはや滑稽だ。
「はいどうぞ、エドガー。うっふふふふっ」
「ありがとう、マリオン――あ、いや、レディ・ミドルトン」
エドガーはどうやらジュリアンの友人であるだけでなく、男爵夫人の“友人”でもあるらしい。ふーん、夫人は金髪碧眼だけでなく、黒髪の男もイケるのか。
このことをジュリアンは知っているんだろうか。
ぼくとエドガーと、ふたりの魅力的な若者を前に、男爵夫人は終始ご機嫌だった。控えめに目を伏せ、沈黙を守る家政婦の存在は、完全に頭から追い出したらしい。
夫人は初々しいデビュタントのようにハンカチで口元を隠してくすくす笑い、上目遣いにぼくたちを見上げる。それに対しエドガーが見え透いたお世辞を言うと、きゃーっと窓ガラスも割れそうな歓声をあげた。
「おいしいお茶をごちそうさまでした、レディ・ミドルトン。本当に楽しいひとときでした」
礼儀正しく挨拶をして応接間を出た時には、ぼくは男爵夫人の鶏のようにけたたましい声のせいで耳の奥がおかしくなりかけていた。
いくら居候させてもらうためとはいえ、この拷問のような笑い声に毎日耐えて、おべんちゃらが言えるエドガーは偉い、とまで思ったね。
「またいらしてくださいませね、ミスター・メリウェザー」
「はい。今度は男爵閣下にもお見舞いのご挨拶をさせていただければ、光栄です」
「あ、あら、それは……。うちの人は、そういうのが嫌いで……」
夫であるサー・ローレンスのことを持ち出すと、男爵夫人はとたんに目を逸らし、口ごもった。
だがここで深く突っ込んで、警戒感を持たれてはまずい。ぼくはなにも気づかないふりをした。
だいたい、言葉遣いもおかしいよ。貴族階級では、たとえ夫婦でも夫のことを他者に言う時は「男爵は」とか「子爵が」とかって称号で呼ぶべきなのに。「うちの人は」じゃ、ほんとに商人のおかみさんだ。
どうやら精肉業者のミスター・フレッチャーは、娘を貴族に嫁がせる時、多額の持参金は持たせても、貴族令夫人にふさわしい教養はまったく身につけさせなかったらしい。
玄関ホールで、禿げた執事からコートと帽子を受け取る。
男爵邸の人々は螺旋階段の下に並んで、ぼくを見送ってくれた。一度は立ち去ったジュリアンも、見送りには来てくれた。
「それでは、また」
軽く頭を下げながら、ぼくは確かに見届けた。
女主人の後ろに控え、まるで闇に溶け込んでいるかのように目立たない家政婦アン・メイザーが、行儀良く身体の前に揃えた手の指で、“三”と示しているのを。
三日後。姉さんとコンタクトが取れるのは、三日後だ。
使用人には一週間あるいは二週間に一度、半日から一日の休日が与えられる。おそらく姉さんの休日が三日後なんだろう。
ミドルトン男爵邸の玄関を出ながら、ぼくはその時が待ち遠しくてならなかった。
そして、三日後。
まだ朝靄も消えないうちから、ぼくはグロヴナースクエアの屋敷を留守にした。
辻馬車を二度ほど乗り換え、尾行がついていないことを一応確認する。そうやって用心しながら向かったのは、『王冠とアヒル』亭だった。
もっとも『王冠とアヒル』亭はこんな朝っぱらから営業はしていない。
ぼくは裏口へ回り、厨房へのドアをノックした。
「親爺さん、起きてるかい。ぼくだ、セディだ」
「おう、早かったな、坊主」
ドアが開き、ひげ面の親爺さんがぬうっと顔を出した。
「その、坊主っていうの、いい加減勘弁してくれないかな。ぼくはとっくに二十歳を過ぎてるんだよ」
「そうか。そりゃ悪かったな。なら、こっちだ、青二才」
……どっちもどっちだ。
親爺さんに案内されて、ぼくは二階の小部屋へあがった。
ここは『王冠とアヒル』亭で客を捕まえる娼婦が、仕事に使う部屋だ。親爺さんたちは娼婦から部屋代以外の金は受け取らない。けれど娼婦が身の危険を感じて悲鳴をあげれば、すぐに下の店から長い麺棒や肉切り包丁を持って駆けつけてくれるのだ。
薄い板で間仕切りしただけの小部屋は、狭いベッドがひとつあるきりだが、女将さんがきちんと管理しているのでシーツも床も清潔だ。
ぼくはベッドに腰を下ろした。
どのくらいそうやって、待っていただろう。やがて階下が急ににぎやかになった。『王冠とアヒル』亭が昼の営業を始めたのだ。
『王冠とアヒル』亭のランチは安くてボリュームたっぷり、汗水流して働く労働者たちの心強い味方だ。
空きっ腹に羊肉のシチューやうなぎのパイを詰め込む職人や行商人でいっぱいの店に、やがてひとりの若い女性が駆け込んでくる。
「ただいま、叔母さん! ベッシー叔母さん、アンよ!」
「おや、アン! お帰り、待っていたよ!」
地味なドレスにグレーのボンネット、冴えない眼鏡をかけて、黒髪をひとすじのほつれ毛もなくお団子にまとめたその女性を、『王冠とアヒル』亭の女将は両腕を広げて出迎え、大切そうに抱きしめる。
「ああ、アン。元気だったかい? 良く顔を見せておくれ。新しいお屋敷はどう? つらい目にあってないかい?」
アン・メイザーと女将は、本当の家族のように心のこもった抱擁を交わすのだ。
「疲れたろう? 二階へあがって少しおやすみ。あとでチキンパイを持っていってあげるから」
「ありがとう。おじさんのチキンパイ、大好きよ!」
もしも誰かがあの黒髪の女性について尋ねたら、女将はきっとこう答えるだろう。
「あの子は、あたしの従姉妹の娘なんだよ。可哀想に、親兄弟はみんな死んじまって、一番血が近い親類があたしなのさ」
そして女将は遠縁の娘のことをさんざん自慢するに違いない。まるで、自分でお腹を痛めて産んだ実の娘のように。
「アンは昔から頭が良くて、仕事のできる子でね。どんな大きなお城だって取り仕切れる、立派な家政婦なんだよ。ああ、本当に、もうちっと生まれが良けりゃあねえ……」
こん、こん、と小さくノックの音がした。
「セディ、ここか?」
ぼくは素早く立ち上がり、ドアを開けた。
「姉さん!」
ドアを閉めるのももどかしく、姉さんを抱きしめる。
ああ、もう。姉さんに会えたら話さなくてはならないことがいっぱいあったはずなのに。こうして腕に抱いてしまうと、なにひとつ思い出せない。
「姉さん、姉さん、リゼ……!」
ぼくは姉さんを抱きしめ、無我夢中で唇を重ねた。
はちみつみたいに甘い姉さんの唇。黒く染めた髪は、それでも花の香りがする。
こめかみ、まぶた、鼻のあたま。唇で触れられるところはどこにでも、ぼくはキスの雨を降らせた。
「こ、こら待て! 落ち着け、セディ!」
姉さんはぼくの額に手をかけて、ぐいと押しのけた。
それでもまだキスをねだろうとすると、今度は鼻の上をぱちんと爪先ではじかれる。
「いてっ!」
「おやめください。嫌がる女性にキスを無理強いするなんて、紳士のなさることではございませんわ」
勤勉な家政婦アン・メイザーの口調で、姉さんは言った。
「ぼくとキスするの、嫌なの?」
「オールドミスの家政婦は、軽々しく紳士とキスなどいたしませんの」
姉さんはチェリーピンクの唇にいたずらな笑みを浮かべ、ぼくを見上げた。
――なんだよ、それ。
これじゃあまるで、ぼくだけがリゼを好きすぎて、ひとりでのぼせ上がって空回りしてるみたいじゃないか。
今までの仕事でも、ぼくと姉さんはほとんど一緒に行動していた。こんなに長いあいだ姉さんと離れていたのは、初めてなんだ。しかも、ミドルトン男爵夫人みたいな底意地の悪い人間のところに、姉さんをひとり送り込まなきゃいけなかったし。
ぼくたちはいつも、互いが互いの居場所であり、帰り着く場所だった。少なくともぼくはそう思っている。
それともリゼは、ぼくと離ればなれになってもちっとも淋しくなかったってのかい?
ぼくは姉さんのことが気がかりで、夜も落ち着いて眠れなかった。いっそ闇に紛れてミドルトン男爵邸に忍び込もうかとまで思っていたのに。
姉さんは歪んでしまったボンネットを外し、ベッドの端に腰掛けた。眼鏡も外して、サイドボードの上に置く。
「あー、ラクになった。ずーっと眼鏡してると、頭痛くなってくんだよ」
そして自分の隣をぽんぽんと叩いて、ぼくにも座れとうながす。
「あんまり時間がねえ。六時までには男爵邸に戻らなきゃ。――それで、そっちはどうだ?」
「ばっちり。順調だよ」
ぼくは互いの膝が触れ合うほど近くに座り、姉さんの肩をそっと抱き寄せた。今度は姉さんも嫌がらなかった。
「あの界隈の家から、夜会に三回と晩餐会に一回、招かれてる。男爵夫人の予定を教えて。鉢合わせできるパーティーを選んで出席するから。姉さんのほうはどう?」
「サー・ローレンスにはまだ会えてない。男爵夫人が誰にも会わせようとしないんだ。サー・ローレンスはアルコール依存症が進んで、錯乱状態だって言ってな。主寝室は空っぽだし、書斎も使われた気配がない。屋敷の中、どこにいるかもわかんねえんだ。使用人たちにも、サー・ローレンスのことは口にするなって箝口令が布かれてる」
「まさか、それ……」
「ああ、間違いない。サー・ローレンスは男爵夫人に監禁されている」
金色の瞳を燃えるように輝かせ、姉さんは小さくうなずいた。
「おまえ、ジュリアンの髪を覚えてるだろ?」
「ああ。見事なプラチナブロンドだったね」
「男爵夫人の髪は赤茶けたダーティーブロンドだ。白髪隠しのために染めてるところを見た。そして男爵は、黒髪だ」
「えっ?」
「屋根裏に隠されてたサー・ローレンスの肖像画を見つけた。裏に日付と署名が入ってたから、おそらく間違いない。ウェイクスリー一族の肖像画らしいものも何枚かあったが、みんな黒髪だった」
ジムが「サー・ローレンスの髪は真っ白」と言っていたから、ジュリアンのプラチナブロンドは父親に似たんだとばかり思っていた。サー・ローレンスは本当にただの白髪だったのか。
「でも、それじゃあ……」
「十中八九、ジュリアンはサー・ローレンスの子どもじゃない」
「不義の子ってこと!?」
あの女……! 自分で不義の子を産んでおきながら、サリーとサー・ローレンスの赤ちゃんを汚い私生児とののしったのか。
「姉さん、仕掛けはできたの? ぼくのほうはいつでも始められるよ」
心霊研究家グレアム・S・メリウェザーのもとには、死んだ母と話がしたいとか、先祖代々屋敷に取り憑いた幽霊をどうにかしてほしいとか、近隣の悩める善良な人々からの相談が舞い込むようになっていた。あんまり具体的な返事をするとぺてんがばれるから、適当にお茶を濁しているが。
「こっちはもう少しかかる。ようやくメイドたちが騒ぎ出したところなんだ」
――姉さんの計画は、こうだ。
勤勉な家政婦アン・コレット・メイザーは、毎朝メイドたちを集めて訓辞を与える。
ある日、その朝礼の最中に彼女はこう言ってメイドたちを叱るのだ。
「仕事中に浮ついて歌っているのは誰ですか!? 私語も禁止なのに、歌を歌うなんて!」
「いいえ、ミセス・メイザー。あたしたち、そんなことしてません」
「嘘をついてはいけません。私はこの耳で聞きましたよ。ロンドンデリーの歌でした」
数日のうちに、今度はメイドたちが謎の歌声を聞くことになる。もちろんそれが、実はミセス・メイザーの声だなんて、誰が気づくだろう。
そして、家政婦はさらにおかしなことを言い出す。
「制服を着ないでお屋敷の中をうろうろしているのは誰? リネン室へ入っていくのを、私は見ましたよ。ほら、これが証拠です。リネン室で見つけました。今朝まではこんなもの、ありませんでしたからね」
彼女が広げてみせたのは、紳士用の絹のハンカチだ。頭文字をデザイン化した飾り文字、モノグラムが刺繍されている。
「まったく、これを刺繍したのは誰なの? 男爵閣下の頭文字はLで合っているけれど、レディ・ミドルトンのお名前はマリオンでしょう。頭文字はSではなくてMですよ」
それは、コテージに残されていたサリーのわずかな遺品の中から見つけだしたものだ。読み書きのできないサリーが、それでも一生懸命、サー・ローレンスのハンカチに彼と自分のイニシアルを並べて刺繍したのだ。
「あたしたち、ほんとになにも知りません!」
「わかりました。あなたがたは私を少しも信用してくれていないのね。なら私は、このハンカチを奥さまにお見せして、ご相談するしかありません」
サリーのハンカチを見せられた男爵夫人の顔は、それこそ見物だったと姉さんは言った。
「厚化粧の顔が赤紫のまだらに染まってさ。ぐえッ、なんて、カエルみたいな声で呻いてたぜ」
やがてミドルトン男爵邸には、夜ごと不気味なすすり泣きが聞こえるようになる。
「返して……。あたしとサー・ローレンスの赤ちゃんを、返してよ……」
これも、メリウェザー家の従僕がやったのと同じ手法だ。
そうなると、男爵邸の使用人たちの胸には恐怖と好奇が入り交じり、一気にふくれあがる。
あとは黙っていたってメイドたちが勝手に騒ぎ出し、中にはありもしないものを見たと証言する者まで現れるはずだ。怖い怖いと思って見れば、干しっぱなしのシーツだって幽霊に見えるからね。
恐怖に耐えかねて使用人たちがばたばた辞めていき、ミドルトン男爵邸の亡霊の噂がグロヴナースクエア全体に広く知れ渡った時。今度はぼくの出番だ。
若き心霊研究家グレアム・スペンス・メリウェザーが、男爵邸の謎を探るべく、近隣の人々を集めて大々的な降霊実験を執り行う。そして、満を持して現れたサラ・ホワイトの亡霊が、自らを無惨に殺害した犯人、ミドルトン男爵夫人マリオンを弾劾するというわけだ。
降霊会に現れた幽霊の証言じゃあ刑事裁判の証拠にはならないが、少なくとも社交界を揺るがす大スキャンダルにはなる。
人殺しだと噂が立ち、家名に泥を塗ったレディ・ミドルトンを、男爵家もそのままにしてはおけないだろう。良くて田舎の領地に幽閉するか、あるいはいっそ無一文で屋敷をたたき出し、男爵夫人は死んだと公表するか。
いくらミドルトン男爵家が夫人の実家の援助に頼っているとはいえ、歴史ある貴族の家柄なのだ。金はなくとも、誇り高い親類縁者は大勢いるに違いない。一族の名誉を守るため、彼らが男爵夫人に容赦ない報復をしてくれるだろう。
もちろんサー・ローレンスも、スキャンダルに巻き込まれた当事者としてロンドン社交界には戻れなくなってしまうが。
でも、たぶん彼はロンドンにもはや何の未練もないんじゃないだろうか。少なくともぼくがサー・ローレンスの立場なら、愛する人が惨い死を遂げた街でなど、もう二度と暮らしたくない。
「男爵夫人は、サリーをさらう時に連れてったごろつきどもを、また屋敷に呼び集めてる。警備のつもりなんだろう。あいつらのうちの誰かが、実際にサリーに手を下したのは間違いない」
「同じ連中なの?」
「ああ。しょっちゅう出入りするんで、メイドたちが顔を覚えてた」
現実的な警備に力を入れているってことは、男爵夫人はまだ半信半疑、ここで騒いで自分から罪を暴露してはならないっていう理性が働いているわけだ。
「もう一押しだな。使用人だけじゃなく、男爵夫人と同じ階級の人間にも、幽霊を見たのなんのって騒いでもらうのが一番なんだが」
「それはぼくがやってみるよ。あの近所の住人に、それとなく話を吹き込んでみる」
さらにいろいろと細かい打ち合わせをしている最中に、女将さんがチキンパイと珈琲を持ってきてくれた。モリス夫人のスコーンもある。
「ああ、これこれ! ミセス・モリスのスコーン、食べたかったんだ!」
姉さんは歓声をあげ、さっそくスコーンにかじりついた。
「男爵邸のメシ、不味くってさ。自分らはいいもんばっか食ってるくせに、使用人の食事はしなびたジャガイモと黒パンだけなんだぜ」
「それ、ほんと? 姉さんもそんなの食べてるの?」
家政婦や執事などの上級使用人は、食事の面でもほかの使用人たちとは差があり、優遇されるはずなのに。
「メイドや厩番がいつもお腹空かせて青い顔してるのに、オレだけマシなもん食ってるわけにいかないだろ。彼女たちと同じ食事にしてるさ」
「ほかの上級使用人たちもそうなの?」
「いや。料理人はオレと同じだけど、執事の爺さんは胃弱の上に総入れ歯なもんで、毎日お粥ばっかりだ。男爵夫人付きの小間使いは、ちゃんといいモン食ってるぜ。自分のためだけにデザートつきの特別メニューを料理人に作らせてる」
それで、男爵邸で見た姉さんはあんまり顔色が良くなかったのか。
女性使用人をすべて監督する家政婦が、一番下っ端の皿洗い女中と同じ食事をしてるなんて。ミセス・メイザーは優しすぎるよ。
「この小間使いがまた、ヤな女でさ。キツネみてえな顔して、なんでもかんでも『えーえ、奥さまのおっしゃるとおりでございますわっ!』しか言わねえの。そのくせ男爵夫人には、ほかの使用人のことをあることないこと告げ口ばっかしやがってさ。そうやって小間使いが告げ口するたびに、男爵夫人が小遣いくれてやってんだ」
それにしても、今日の姉さんはよく喋る。よっぽど鬱憤が溜まってるんだろう。
男爵邸でのことを喋りまくることで、少しでも姉さんの気持ちが晴れるなら、いいよ、いくらでもぼくが聞いてあげる。
ああ、もう。できるなら姉さんをこのまま男爵邸に帰したくない。
「ほら、姉さん。食べかすがついてるよ」
唇の横についたスコーンのクズを、指先で払い落とす。
姉さんの白くなめらかな肌。この手で触れるのはいったい何日ぶりだろう。食べかすをきれいに払っても、ぼくは姉さんのほほから手を離せず、指先でそうっと撫で続けた。
姉さんはちょっとくすぐったそうに眉をひそめたが、なんにも言わずにぼくが触れるがままにさせていた。
「あ、姉さん。髪の生え際、少し元の色が見えてるよ」
「え、ほんとか。どこ?」
「このへん」
ぼくは姉さんのやわらかな髪の生え際にキスをした。
そこからおでこ、まぶた、目元、耳朶、と、軽く触れるだけのキスを繰り返す。
腕の中で、姉さんが焦れったそうに身をよじった。あたたかくやわらかな身体が、ぼくの胸に押し当てられる。ぼくの腕の中で姉さんの体温が優しく融けて、ぼくの体温と混じり合っていくようだ。
ぼくはもう我慢できなくなった。
冴えないグレーのドレスに包まれた身体を、強く強く抱きしめる。
「あ……。ち、ちょっと待って、セディ――」
「やだ。待てない」
姉さんが小さな子どものようにいやいやをするのにもかまわず、ぼくは姉さんを抱きしめ、唇を重ねた。
背中に手を回し、そこにずらりと並ぶ釦をひとつひとつ外していく。途中で焦れったくなって、二つか三つ、引きちぎってしまったかもしれない。
「あ……もう。この服、ひとりで着るの、大変なんだぞ……」
「ぼくが手伝ってあげるよ。コルセットも着せてあげるから」
「髪……。髪、シニヨンが――」
「あとでちゃんと結い直してあげる。ぼくは男爵夫人の小間使いなんかより、ずっと上手だよ」
スモッグに包まれるロンドンの街がさらに薄暗くなり始める頃。
家政婦アン・メイザーは親類の訪問を終え、ミドルトン男爵邸へ戻っていった。
髪はいつものように後れ毛ひとすじもなくきっちりと結い、グレーのドレスは顎の下まで白い肌を覆い隠している。足取りもしっかりして、酔っ払いがうかつに声をかけようものなら、罪を咎める天使のような目で厳しく睨まれてしまうだろう。
ぼくとの情事の名残は、わずかに紅く染まって潤んだ目元だけだった。
ぼくも身体のそこここに残る姉さんの匂いを切なく感じながら、辻馬車を拾ってかりそめの我が家へ戻った。
「お帰りなさいませ、旦那さま。お手紙が届いております」
「ありがとう、ロールズ」
執事にコートと帽子を預け、代わりに数通の手紙を受け取ると、ぼくは書斎へ向かった。
書斎の暖炉には燠火がほの赤く光り、室内をほど良い暖かさに保っている。メリウェザー家の使用人はみんな真面目に仕事をしているようだ。
うん、この屋敷を閉める時には、みんなにボーナスをはずんでやらなくちゃな。
留守中に届けられた手紙は、すべて夜会や晩餐会へのお誘いだった。グロヴナースクエアの住民たちはみな、ミスター・メリウェザーが経験した世にも不思議な心霊体験を聞きたくてうずうずしているらしい。
「さて、どれに出席するべきかな」
ひとつひとつ丁寧に開封し、最後の一通でぼくは手を止めた。
深紅の封蝋にミドルトン男爵家の紋章がある。金刷りのバラ模様で縁取られ、濃厚な香水の匂いを漂わせるその手紙は、他の招待状を押しのけんばかりに目立っていた。
「おやおや。ずいぶん気が早いね。やっぱり黒髪のエドガーじゃ物足りなくて、好みのブロンドに乗り換えようって魂胆かい?」
それとも、ぼくとエドガーを同時に侍らせて、両手に花といきたいのか。あの男爵夫人ならやりかねない。
ともかくも、ぼくとしても願ったりだ。これをきっかけに、なんとしても夫人の口からミドルトン男爵邸で頻繁に起きる怪奇現象を語らせ、心霊研究家グレアム・メリウェザーによる降霊実験を承諾させなければ。
さっそく、喜んで伺う旨の返事を書き、従僕に持たせる。
同時に、洗濯女のルートを使って、ぼくは姉さんに伝言を届けた。
『五日後の夜会に招かれた。例の話、そろそろ持ちかけてみようか?』
姉さんからの返事は、運良くすぐに来た。
『話を振る程度でいい。あんまりごり押しすると、かえって警戒されるぞ。オレはたぶん、一晩中キッチンに詰めっきりで動けない』
そうだよな。屋敷でパーティーが開かれると、使用人たちはもう戦争だ。その指揮を執る家政婦がキッチンを離れられるわけがない。
それから五日後。ぼくはふたたびミドルトン男爵邸を訪れた。
黒絹の燕尾服にシャンパンカラーのズボン、ぴかぴかに磨き上げたヘシアンブーツと、正装したぼくのポケットには、大事な小道具である水晶の振り子が忍ばせてある。
夜会は大盛況だった。
三階まで吹き抜けの玄関ホールから晩餐がおこなわれる大食堂、パーティーのメイン会場である舞踏室、そこからバルコニーを通って降りる中庭まで、着飾った紳士淑女で埋め尽くされている。ミドルトン男爵夫人はグロヴナースクエアの住民ほぼ全員を招待したんじゃないだろうか。
中庭には無数の提灯が飾られ、昼間のように明るい。玄関ホールの高い天井には巨大なシャンデリアが吊され、百本以上の蝋燭の炎が揺れるクリスタルガラスに乱反射してまばゆい輝きを放っている。壁一面に大きな鏡が並ぶ舞踏室は、花束とリボンでケーキみたいに飾り立てられていた。
男爵家の財力を見せつけるのがこの夜会の目的だとしたら、一応成功していると言えるだろう。
だが、以前、仕事でもぐり込んだとある公爵夫人の夜会に較べると、やはり格が下がるというか、成金趣味が鼻につく。招待されている人々も、社交界のランクで言えば中の下というところだろう。パーティーは全体的に落ち着きがなく、どこか下世話な雰囲気があった。
雇われた楽団まで複雑なステップのカドリールなどは演奏せず、男女がぴったり抱き合って踊るワルツばかり演奏している。カードルームでは、すでに多額の現金を賭けた勝負が始まっているようだ。
客人たちのあいだを縫って、お仕着せの制服に身を包んだ従僕がシャンパンを配っている。
「お飲物をどうぞ」
「ありがとう」
グラスを受け取りながら、ぼくは周囲を見回した。
ジュリアンの姿は見えないが、黒髪のエドガー・シンクレアの姿はあった。男爵夫人をエスコートしている。
そして男爵夫人は、エドガーの腕につかまり、得意満面だった。彼女の財力と趣味の良さを褒め称える客人たちに囲まれ、例のけたたましい笑い声をさかんに響かせている。
――あれに捕まったら長そうだな。
ぼくは男爵夫人の視線を避け、人混みの中に紛れ込んだ。
気がつくと、姉さんの姿を捜している。同じ屋根の下にいるのだから、と。
逢えるはずがない。姉さんは今ごろ、パーティーの裏方を取り仕切るのでてんてこ舞いだ。
――ああ、もう。リゼと離ればなれになる“仕事”は二度とごめんだ。頭の中がすぐにリゼのことでいっぱいになって、集中できやしない。
だがぼくも、姉さんのことばかり考えているわけにもいかなかった。
「こちらにいらしたのね、ミスター・メリウェザー。よろしければ、お話を伺えませんこと? 欧州中を巡って、いろいろと神秘的な体験をなさったとうかがっていますわ」
にぎやかで愛想の良いご婦人の一団に取り巻かれてしまった。
「ぼくの体験は美しいものばかりではありませんよ。身の毛もよだつ怖ろしい思いをしたことも、何度もあります。そのような血腥い話をここで披露しても良いものか……」
ぼくが思わせぶりに声をひそめると、ご婦人方は一斉にきゃあっと声をあげ、かざした扇の陰から興味津々の目を向けてきた。
「じゃあ、今度うちへいらっしゃいません? うちの主人もそういうことに詳しくて、いろいろ集めたりしていますの。専門家のご意見をぜひお聞きしたいわ!」
と言い出したのは、ミセス・アメリア・シモンズだ。
夫は羊毛貿易で財を成した人物で、爵位はないが、近々下院選挙に立候補するのではないかという噂もある。アメリア夫人は没落貴族の出で、金で買われるように三十も年上の商人に嫁いだという話だが、ふくふくして楽しそうな顔を見ると、結婚のいきさつはどうあれ、今はそう不幸というわけでもないらしい。
「主人がエジプトの発掘品だとか言って、妙なモノを山ほど買い集めていますの。ミイラの手とか、ス……ス、スなんとかっていうお守りとか――」
「スカラベ?」
「そう、それ! ああいうのって、わたくし良くわからないんですけど、ほんとに大丈夫かしら? 持ってるだけで祟られたとかって話もあるでしょう? ちょっと心配で……」
うん、この話題に乗ればいけそうだな。話の流れを上手く持っていけば、“ミドルトン男爵邸に漂う悪しき気配”について、彼女たちの頭に吹き込めるかもしれない。
――それに、このご婦人方は皆さん、素直だ。好奇と憧れで瞳をきらきらさせて、みんな、なかなか可愛いじゃないか。こんなレディに取り巻かれるのは、正直、悪い気分じゃない。
「物体に怨念が宿るというのは、なにも古代文明の遺物だけではありません。たとえば美しい宝石にも、いろいろと怖ろしい逸話があるものです。ご存じですか? かのロシア帝国女帝エカテリーナ二世が所有していたという巨大なダイヤモンド。オルローフのダイヤと呼ばれるそれは……」
ご婦人方の期待に応え、ぼくが独り舞台を始めようとした時。
「あぁらっ! ごめんなさいっ!!」
赤ワインのグラスを手に、ミドルトン男爵夫人が突進してきた。
目に痛いピーコックブルーのドレスに身を包み、満艦飾のように全身装飾品だらけの男爵夫人は、そのままアメリア夫人に体当たりした。
「きゃっ!?」
「あらっ! あぁらまあ、わたしとしたことが、とんだ失礼をぉ!」
男爵夫人が持っていたグラスのワインは、アメリア夫人のドレスや手提げ袋にぶちまけられた。淡いオレンジ色のドレスに、赤紫の染みが拡がっていく。
「ごめんなさいねぇ、わたし、よろけちゃって。まあ大変、せっかくのドレスが台無しだわ!」
「えっ、あ、あの、わたくし……」
アメリア夫人は突然のことにどうしていいかわからない様子だった。
が、男爵夫人は強引にその手を取った。
「うちの小間使いに洗わせますわ。大丈夫、マリ・ルイーズはこういうの、とっても上手だから!」
「は、はい。……ありがとうございます」
アメリア夫人はそのまま、わけもわからず男爵夫人に連れていかれてしまった。
――なんだったんだ?
これだけ混み合うパーティー会場で、よろけたり人にぶつかったりして思わぬ粗相をしてしまうことは良くある。その結果、ご婦人のドレスの裾が破けたり、汚れたり、なんてのも珍しくない。それを他の客に悟られることなく、上手く修復してあげるのも女主人の力量だ。
でも、今回は失敗をしたのがあの男爵夫人だ。
なにか引っかかる。
場を白けさせないよう、適当に会話をつなげながら、ぼくはそれとなく男爵夫人の様子を観察した。
すると。
「奥さま」
やたら顎の尖った陰気な顔つきの小間使いが、すすっと男爵夫人に近づき、なにやら耳打ちをした。
すると、男爵夫人の目がぎらりと光った。口元に一瞬、してやったりという笑みが浮かんだのを、ぼくは見逃さなかった。
そして男爵夫人はにこやかに愛嬌を振りまきながら、舞踏室を急ぎ足で出ていった。
「ちょっと失礼」
人混みをかき分け、ぼくも後を追った。
男爵夫人と小間使いはまっしぐらに控えの間に向かっていた。貴婦人がちょっと休んだり、身だしなみを整えたりする小部屋だ。
ドレスを汚されたアメリア夫人も、おそらくそこにいるんだろう。
が。
「ちょっと! どういうことなの、これはっ!!」
男爵夫人と小間使いが控えの間に飛び込んだとたん、ドアも吹きとばしそうな金切り声が聞こえてきた。男爵夫人の声だ。
ぼくはドアのそばにはりつき、聞き耳を立てた。
「なんなの、これ! なんでわたしのブレスレットが、あなたの手提げ袋に入っているのよ!」
「わ、わかりません。わたくし、なにも……」
「私が見つけました、奥さま。ワインの染みを落とそうとミセス・シモンズの手提げ袋をお預かりしましたら、中から奥さまのブレスレットが――」
「そうよ。これ、夜会が始まった時には腕につけてたわ。ダンスの最中に落とすとまずいと思って、外して宝石箱にしまったのよ。そうよね、マリ・ルイーズ。それがどうして、ミセス・シモンズの手提げ袋に入ってるの!?」
「それは、たぶん……。私も、奥さまの衣装部屋から片時も離れずにいたというわけではございませんし――」
「だからわたくし、ほんとになにも……」
「じゃあなに!? ブレスレットに足が生えて、自分であんたの手提げ袋に飛び込んだとでも言うつもり!?」
……まったく、馬鹿げた話だ。
パーティーに招待されてやってきただけのアメリア夫人が、他の招待客に気づかれもせず、男爵夫人の衣装部屋に忍び込めるもんか。おまけに男爵夫人は、高価な宝石がぎっしりの宝石箱に鍵もかけてなかったのかい?
だがアメリア夫人は、男爵夫人と小間使いのふたりに左右から息つく暇もなく責め立てられ、可哀想にパニック状態に陥ってしまったようだ。
「わ、わたくし、わたくし……っ。すみません、ほんとに――」
「謝ったって許しませんッ!!」
男爵夫人の怒号が響いた。
「そんな、レディ・ミドルトン。お願いです、わたくしの話を聞いて――」
「さわらないで! こんな身近に泥棒がいるなんて、怖いんです!! 見て、あなたのせいでわたし、ふるえが止まらないのよ!! ほら見て! こんなにふるえてる!!」
「すみません、すみません、わたくし……」
「近寄らないでください! 下がってください! もっと離れてっ!! こんなひどい目に遭わされたのは初めてです!! ああ、あなたを見るだけで怖くてたまらないわ! どうしてくれるんですか!」
男爵夫人は一切の反論を許さない。廊下にまで聞こえるような声で叫び続ける。
「だって……だって、それは……。わたくしは――」
「あんた、ばかじゃないの!? こっちにはちゃんと証拠があるのよ! こういうのは、証拠があればいいんだからね、証拠さえあれば!」
すでに男爵邸の使用人たちが異変に気づき、廊下の端から様子を窺っている。放っておけば、彼らの口からアメリア夫人がブレスレットを盗んだと言いふらされてしまうだろう。
「償ってもらいますからね! あたしはこんなに傷ついたんですから! 慰謝料を払ってくださいっ!! 当然でしょ!!」
「お、お金……。お金って、いくら支払えば――」
「五十ポンドでいいです。本当なら裁判に訴えてもいいくらいだけど、あたしはレディですからね。そこまで酷いことはしたくないですから。五十ポンドで許してあげますから!」
これは……相当やり慣れてるな。
おそらく男爵夫人は同じような手段で、何度も他人を脅迫してきたに違いない。スラム街の住人ならともかく、荒っぽいことに不慣れな上流階級の人々なら、これは対抗することもできないだろう。しかも金額は五十ポンド。けして安くはないが、上流階級のご婦人なら、自分の小遣いや服飾費をやりくりすればなんとか都合がつく金額だ。
まったく、なんて女だ。ここまであくどい女は、さすがのぼくも見たことがない。
ふと気づくと、廊下の奥にジュリアンの姿があった。
「また……ですか」
うめくようにジュリアンは言った。
ぼくは控え室の前を離れ、彼に駆け寄った。
「サー・ジュリアン」
「いつも……、いつもそうなんです。母はいつもああやって、気に入らない人間にぬれぎぬを着せて、金を脅し取ったり、思い通りに命令したり――!!」
ジュリアンは唇をわななかせ、真っ青な顔をして、今にも気絶しそうだった。
「ミセス・シモンズはなにか……」
「彼女には……今年、社交界にデビューしたばかりの妹がいます。彼女自身は平民に嫁いで貴族の身分を失いましたが、実家は歴史のある子爵家です」
「つまり、きみの花嫁に彼女の妹を望んでいたと?」
「母は認めないのです。ぼくの縁談がまとまらないのは、母の出自が卑しいからではなく、母の人格そのものが否定されているからなのに……!」
天使のような容貌の青年は、耐えきれず低く嗚咽を漏らし始めた。
可哀想に。この青年も、言ってみればミドルトン男爵夫人の被害者だ。
「ジュリアン。聞いてくれ」
ぼくは彼の手を取った。
「ぼくに考えがある」
「考え……?」
「ミセス・シモンズの名誉にも、もちろんミドルトン男爵家の名にも傷をつけずに、この場を収める方法だ。だがぼくひとりでは手が足りない。協力してくれるか?」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、もちろん」
ぼくはにやっと笑い、ジュリアンに軽くウィンクしてみせた。
「きみ、お芝居は好きかい?」
そしてぼくたちは連れ立って舞踏室へ戻った。
ちまたでうわさの心霊研究家と美貌の次代男爵がふたり並んでいれば、当然ながらパーティー会場の視線を一気に集める。
そこでぼくはおもむろに胸元を押さえ、苦しみだした。
「どうしました、ミスター・メリウェザー」
「息苦しい。感じる……。感じるんだ、この場に漂う、強い霊の存在を――!」
心霊研究家のこの一言で、招待客たちは一斉にざわめき立った。
ぼくたちはたちまち客らに取り囲まれた。
「く、苦しい……っ! 霊が、霊が……!」
「しっかりしてください、ミスター・メリウェザー!」
ジュリアンの腕にすがりながら、ぼくはうつろな視線で中空を見上げ、指さした。
「頭が痛い……! 彼が、なにか訴えようとしているんだ……!」
「彼!? 彼って、霊魂のことですか!? 訴えるって、どうすればいいんですか。ここにはハイテーブルもウィジャ盤もありません」
「か、紙――。紙と、ペンを。自動筆記に挑戦してみます」
ぼくは右手を高くあげ、がくがくとふるわせてみせた。
「わかりました、ミスター・メリウェザー。気をしっかり持って!」
ジュリアンはすぐに使用人を呼び、筆記用具を用意させた。
――なかなかやるじゃないか。
このあたりになると、パーティー会場は水を打ったように静まりかえる。人々はみな、固唾を呑んで心霊研究家グレアム・メリウェザーを見守っている。
なかにはぼくの芝居に影響されたのか、
「寒い……。なんだかここ、寒いわ」
と、異様な悪寒を訴える女性まで現れた。いやあ、みんな怪奇現象が大好きだねえ。
テーブルにつき、右手で羽根ペンを握って、ぼくは精神統一を始めた。
「霊よ……。さまよえる霊よ。言いたいことがあるのなら、ここに書き記すといい……」
ペンを握った手が、やがて不可思議な動きを始める。
最初は小刻みにふるえ、やがて紙の上をぐるぐると動き出す。
「きゃっ!?」
ご婦人の誰かが小さく悲鳴をあげた。
「静かに! 今、霊魂が彼に憑依しました!」
抑えた声でジュリアンがみなを制する。
そのあいだに、霊に憑かれたぼくの手は不思議な文字を書き始めた。
“アメリア、アメリア、アメリア――”
しかもそれは今風の筆記体ではなく、中世の写本のような角張った古くさい文字だ。
「アメリア……? 誰のことだ?」
「ミセス・シモンズじゃない? 彼女、たしか名前はアメリアよ」
ひそひそとささやかれる言葉に答えるように、ぼくの右手に憑依した霊は綴る。
“アメリア、花の乙女よ。高き塔に住む、我が永遠の姫君よ……”
「アメリア――。それはきみの恋人の名か? きみは誰だ!?」
みなを代表するように、ジュリアンが問いかけた。
自動筆記がそれに答える。
“我は騎士ゴドフリー。誇り高き獅子心王に仕えし、求道の騎士なり”
「リチャード獅子心王か!? あの、十字軍の!?」
“アメリア、我が天使よ。そが髪は金の羽根。そが瞳は二粒の宝石。嗚呼、なれど惨きかな、病の黒き翼が汝を連れ去れり――”
ジュリアンの質問に答え、自動筆記は十字軍の騎士と姫君の悲恋を美しい雅文体で綴っていく。
“遠きイェルサレムより帰りつけば、汝はすでに冷たく白き墓石の下。汝に捧げんと誓いし宝玉も今は虚しく、我が魂は誓いを破りし無念に天の御園へ旅立つもあたわず……”
やがて周囲のご婦人の中からもらい泣きすら聞こえ始めた。
“おお、アメリア。アメリア。今ふたたび、我は汝を見つけたり”
「まさか……。ミセス・シモンズがあなたの恋人の生まれ変わりだというのか……」
「誰か! 誰か、ミセス・シモンズを呼んでいらして!」
こうなっては男爵夫人も控え室にアメリア夫人を閉じこめておくことはできない。男爵夫人とアメリア夫人、ついでに小間使いも舞踏室に顔を揃えた。
“今こそ捧げん、我が誓いの宝玉を。受け取り給え、我が姫君よ”
「ミセス・シモンズ。我が家に入ってから、なにか不思議なことは起きませんでしたか?」
いきなりの質問にアメリア夫人は目を白黒させていたが、やがておずおずと言った。
「え、ええ……。それが、全然知らないうちに、わたしの手提げ袋にレディ・ミドルトンのブレスレットが……」
「それだ!」
ジュリアンは小間使いが持っていたブレスレットをひったくり、高々と差し上げた。
「騎士ゴドフリーよ! きみが恋人に約束した宝石とは、これか!?」
“いかにも、いかにも。おお、我が愛しきアメリア。今こそ、そは汝がものなり。我は誓いを果たせり――”
最後の一文を書き終え、ぼくはばったりとテーブルに突っ伏した。
「離れた! 霊魂がミスター・メリウェザーの身体を離れ、昇天したんだ!」
「な、なんなの。これはいったい何の騒ぎなの、ジュリアン!」
「お母さん」
脂汗をにじませる男爵夫人に、ジュリアンは落ち着いた口調でことの経緯を説明した。
「騎士ゴドフリーが恋人のためにエルサレムで手に入れた宝石が、巡り巡って母のもとへ来たのでしょう。そして今夜、恋人の生まれ変わりであるミセス・アメリア・シモンズと約束の宝石とが揃い、騎士ゴドフリーの魂を呼び寄せたのです」
うんうん、上手いじゃないか、ジュリアン。これならぼくが補足しなくても良さそうだ。
「このブレスレットは、騎士ゴドフリーが貴女に捧げたのです、ミセス・シモンズ」
「え、まあ……」
「そんなばかな! だってそれは――」
「それは、なんですか? お母さん」
息子の冷たい一言に、男爵夫人は二の句が継げなくなってしまった。
そりゃあ言えないよな。そのブレスレットはアメリア夫人を脅迫するために自分が仕組んだ罠だ、なんて。
男爵夫人は憎々しげに唇を歪め、目を剥いて、鬼の形相でアメリア夫人を睨んだ。まるで彼女がこの茶番を仕組んだ張本人だとでも言いたげに。ぎりぎりと歯ぎしりの音まで聞こえてきそうだ。
そんな母親を完全に無視して、ジュリアンはアメリア夫人の手を取り、ブレスレットを握らせた。
「受け取ってください、ミセス・シモンズ。いえ、レディ・アメリア」
「えっ!? で、でも……」
「これは貴女のものです。騎士ゴドフリーの愛とともに、どうぞ大切になさってください」
数世紀の時を超えた恋の成就に、はからずも大きな拍手がわき起こった。
うん、いい結末じゃないか。存在するはずもない騎士ゴドフリーとレディ・アメリアも、きっと喜んでくれるよ。
ロマンティックな恋物語とともに、ミドルトン男爵家の夜会は無事に終わった。
さまよえる騎士の魂に気づき、彼の想いを成就させた心霊研究家グレアム・S・メリウェザーの評判は、これでさらにあがることだろう。
「ありがとう、ミスター・メリウェザー。あなたのおかげで、誰も傷つけずにすみました」
帰り際、ジュリアンがそっと声をかけてきた。
「実はさっきのこと……。ミセス・メイザーが――うちの家政婦が、報せてくれたんです」
「家政婦が?」
――姉さんが!?
「気を遣って、遠回しな言い方をしてましたけど。男爵夫人が困ってらっしゃる、あなたの助言を必要とされてらっしゃるのではないか、なんて」
ジュリアンは少し困ったように、諦めにも似た笑みを浮かべた。
そうだったのか。タイミング良くジュリアンが駆けつけたのは、姉さんの助言があったからなのか。
ぼくひとりで上手く立ち回ったつもりだったけど、やっぱり姉さんの力がないとだめなんだなあ。
「良い主人のもとには、誠実な使用人が集まるものさ」
「そうでしょうか。……ありがとう」
彫像のようだった青年の顔に、初めて人間らしいぬくもりの赤みがさしてきた。
「これからも……相談に乗ってもらっていいですか? ミスター・メリウェザー」
「もちろんさ。きみもいろいろ大変だな」
男爵夫人の姿が近くにないことを素早く確認し、ぼくはうなずいた。
本来なら夜会の主催者は、客が帰る時は最後まで見送るものだが、自分の目論見をつぶされて機嫌が悪い男爵夫人は、上流階級の儀礼も忘れてさっさと自分の部屋に閉じこもってしまった。代わりに夜会には途中からしか参加しなかったジュリアンが招待客を見送り、挨拶をしていたのだ。
「また遊びにいらしてください。いつでも歓迎します」
「ありがとう、ジュリアン。おやすみ、良い夢を」
当主の息子が協力者になってくれるなら、これからの仕事はさらにやりやすくなる。
――あ、せっかくの振り子、結局使わなかったな。まあいいか。
ぼくは意気揚々と男爵邸を後にしようとした。
が。
「いい気になるなよ、ぺてん師」
玄関脇の植え込みが作る暗がりから、低い声がした。
「その顔に見覚えがある。サリー・ホワイトの葬式に来ていたな」
――この声……!
エドガー・シンクレアだ!
ぼくは車寄せの短い階段を降り、植え込みのそばで立ち止まった。
屋敷の中から届く灯りも、そこまでは照らしてくれない。車寄せを飾るギリシア彫刻のレプリカが不気味なシルエットとなって浮かび上がるだけだ。
その肌もあらわな女神像の陰に、エドガーは立っていた。
黒髪に黒い礼服、白いハイカラーシャツを袖で覆い隠す彼は、闇の中に沈み、その輪郭すらはっきりと捉えられない。
だけど、居る。わかる。闇の中から目を光らせて、ぼくの様子を窺っている。
――そうか。やっぱり気がついていたのか。ただの甘ったれた莫迦貴族じゃないというわけだ。
懐中時計で時刻を確かめるふりをしながら、ぼくは植え込みに背を向けて立った。
「サリーはぼくの大切な友人だった。その葬儀に出るのは、当然だろう。そっちこそどうなんだ。娼婦の葬式に行ったりしたら、大事な金蔓に嫌がられるんじゃないのか?」
「よけいな世話だ。男爵夫人は、あれでけっこうしたたかな女だ。裏でいろいろと怖い連中ともつながっている。お前のようなぺてん師ひとりくらい、テムズに沈めるのは簡単だぞ」
その言葉に、ぼくは思わず笑ってしまいそうになった。
怖い連中だって? ぼくはその怖い連中の巣窟イーストエンドで育ったんだ。
「ご忠告ありがとう。だけどか弱いご婦人が窮地に立たされているのを見たら、手を貸さずにいられないのが紳士というものだろう?」
「違うね」
エドガーは低く、けれど即座に断言した。
「自分より身分の劣る人間など、道ばたの馬糞より汚らわしいと考えるのが、本当の紳士というものさ」
「そいつは……、ずいぶん穿った物の見方じゃないか?」
「事実だ」
植え込みががさりと揺れた。
背中に、エドガーの視線を感じる。
「俺自身が、そういう階級で生まれ育ってきたからな」
その言葉には一片の嘘偽りも感じられなかった。
こいつ、本気だ。本気で、自分以外の人間をすべて見下している。
「じゃあ、きさまはなんで、男爵夫人のベッドに入り込んでる? 彼女の出自を知らないわけじゃないだろう」
「あの雌豚の生まれが肉屋だろうが魚屋だろうが、関係ない。金は金だ」
エドガーは冷酷にあざ笑った。
「俺が口説いたわけじゃない。向こうが勝手に俺のベッドに飛び込んでくるのさ。俺は何もしない。あんな雌豚のためになぞ、指一本動かすものか。あの婆が自分から股開いて、勝手に悦がって腰振ってるのさ。俺の足の指まで舐め回して、ヒイヒイわめきながらな!」
やはり、男爵夫人とエドガーはそういう関係だったのか。夫人は自分の夫を監禁し、同じ屋根の下で若い男をくわえ込んでいるわけだ。想像するだけで吐き気がする。
「これ以上よけいな真似はするな。さもないと、今度はおまえ自身の葬式が出ることになるぞ。それとも――あの可愛い顔をした“兄貴”の葬式が先か」
「なんだと!?」
「サリーの葬式に一緒に来ていたじゃないか。ハニーブロンドに黄金色の瞳の――。あんな見事な“魔女の瞳”は、めったにあるものじゃない」
全身の血が一気に音をたてて逆流した。目の前が真っ赤に染まる。
「あのひとに指一本でも触れてみろ……。おまえを殺してやる」
「人を殺したことがあるのか? 坊や」
暗がりから低い嘲笑が聞こえた。
群青色の眼が、ぼくを見据えている。まるでその視線だけでぼくの全身を押しつぶそうとするかのように。
確かにぼくは、人を殺めたことはない。子どものころ、すんでのところで殺しそうになった時も、姉さんが止めてくれた。
けれどこいつは――本当に人を殺したことがあるっていうのか!?
「サリー・ホワイトは可愛かったよ。死体になる時もな」
「――きさまッ!!」
ついに声を荒げ、ぼくは振り返ってしまった。
だがその時には、植え込みの暗がりにはもう誰の気配もなかった。
「どうかなさいましたか、ミスター・メリウェザー」
玄関を閉めようとしていた男爵邸の執事が、入れ歯をかたかた鳴らしながら近寄ってきた。
「あ、いや。何でもないよ。猫……そう、猫がね」
「野良猫でございますか。もうしわけございません。この頃、敷地内に入り込んでいますようで」
執事に悟られないよう、ぼくは深く息を吸い込み、呼吸を整えた。
心臓の鼓動がまだ鎮まらない。背中に冷たい汗がつたっている。
――あいつ。エドガー・シンクレア。
あれは間違いなく、人の生命など何とも思っていない声だ。眼だ。
まさか……、まさかあいつが、サリーを手にかけたのか!?
「ほら、ここ。ロックウッド卿のお屋敷。ご存じ? ここの奥さん、この前、お抱えの御者と逃げちゃったんですって! それを旦那があわてて連れ戻しに行って、田舎の宿屋で御者と一緒にベッドに入ってた奥さんを、素っ裸のまんま馬車に押し込めたんだそうよ!」
「は、はあ……」
顔も知らない他人の噂ばかり聞かされても、どんな相づちをうてばいいのかわからない。
だが男爵夫人はひどくご満悦だ。
「こっちはスマイリー男爵が住んでますの。だけどね、毎晩この屋敷からメイドの悲鳴と鞭の音が聞こえてくるって話なの!」
たしかにね。そういう下ネタが好きな人間は多いよ。口を開けば助平な話ばかりというヤツは、社会の上層下層を問わず、必ずいるものだ。たぶんそれは人間の本能みたいなものなんだと思う。
だけど、嘘か本当か知らないが、こんなふうに悪趣味な噂を撒き散らされたんじゃ、この界隈の住人はたまったものじゃないだろう。
「ミスター・メリウェザーはまだ独身なんでしょ? どんな女性がお好み? わたし、こう見えてかなり顔が広いんですのよ。好みのお嬢さんを紹介してあげるわ。うっふっふっふ」
「は、はあ……。それはどうも」
「あ、それよりまだ遊んでいたいかしら? そうよね、まだ若いんだもの。ひとりの女に縛られたくないって気持ち、わかるわぁ。女だって、そういう気持ちはあるのよぉ? 特に、若いうちに結婚しちゃった女はね。ねーえ、年上の女性って、どう思いますぅ?」
「あ、いえ、いや、その、それは……」
なんかもう――いろんな意味で“勘弁してください”だ。
そして、初めて足を踏み入れた男爵邸は……なんというか、かなり悪趣味だった。
玄関ホールは三階までの高い吹き抜けになり、二階と三階部分はホールを囲むように回廊がめぐらされている。ホール天井にはまだ新しい巨大なシャンデリアが吊され、回廊へあがる螺旋階段の入り口には二体の彫像が飾られていた。しかもこれが、玄関に飾っていいのかよ、というような半裸のサテュロス像だ。
回廊部分にもびっしりと絵が飾られている。しかもこれが、ルネサンスもバロックもごちゃ混ぜで何の統一性も脈絡もなく、手当たり次第という感じで掛けられているものだから、眺めていると眩暈がしてくる。
応接間は、これまた息が詰まりそうだった。飾り戸棚に暖炉の上、これでもかこれでもかといわんばかりに物が飾られている。
宝石を使ったオブジェに燭台に、それらとは不釣り合いなクリスマスの記念絵皿――まさかあれ、サリーの家からかっぱらってきたものじゃないだろうな!? だとしたら、男爵夫人の強欲ぶりは地獄の悪魔も真っ青だ。
「さあどうぞ、ミスター・メリウェザー。お座りになって」
「ありがとうございます、レディ・ミドルトン」
「あらやだ、そんな、堅苦しい。どうぞマリオンとお呼びになって。わたしも、グレアムって呼んでいいでしょ?」
男爵夫人は小娘みたいにぱちぱちと目をしばたたかせた。前屈みになり、大きく開いたドレスの襟ぐりから、コルセットで寄せてあげた乳房が今にもこぼれ落ちそうだ。
そりゃね。ぼくだって男だ。ご婦人から熱烈にアピールされたら、悪い気はしないよ。
でも正直、相手による。自分の母親と同年代の、それも厚化粧で真っ黄色の巨大ケーキさながらにごてごて着飾ったおばはんに、べたべたまとわりつかれたいとは思わない。
「いや、その……。ああ! あれ、あの嗅ぎ煙草入れのコレクションは見事ですね。男爵閣下のご趣味ですか?」
「そんなことより、ほら、さっきの話の続きですけど。わたしも、そりゃもう、いろんな霊体験をしてますのよ! 子どもの頃から、すっごく霊感が強かったんですの!!」
「それはすばらしい。後学のため、ぜひお聞かせください。具体的にはどのような――」
「ええ、まあ……金縛りとか、……金縛りとか」
いや、それは――。ロンドンで金縛りを体験したことのない女性を捜すほうが難しいんじゃないのかな。
一言しゃべるごとに身を乗り出し、胸の谷間を見せつけようとする男爵夫人の濃い化粧の匂いに気分が悪くなりかけた時。
「失礼いたします、奥さま。お茶を持ってまいりました」
ようやく、家政婦のアン・メイザーが銀のワゴンを押して応接間に入ってきてくれた。
……助かった。これ以上男爵夫人に迫られたら、ぼくは放蕩者に言い寄られた処女のごとく悲鳴をあげて逃げ出していたかもしれない。
紳士とふたりきりのところを邪魔された夫人は、一目でわかるほど機嫌を悪くし、目を剥いて家政婦を睨んだ。だが、家政婦を同席させると言い出したのは彼女自身だ。今さら追い出すこともできず、ぎりぎりと歯噛みして悔しがる。
黒髪の家政婦は雇い主が言ったとおり、来客に一礼するとそのまま部屋の隅に控え、一言も口をきかなかった。
けれどその慎み深い沈黙が、かえって見る者の興味を引き、彼女から目をそらせなくさせてしまうのだ。こっちを見てくれないだろうか、もう一言、なにか喋ってくれないか、とね。だってそうだろ。誰だって、ぎゃんぎゃんやかましく吠え続ける雌犬より、いつ啼くかいつ歌うかと気を持たせる小鳥のさえずりのほうを聴きたいと願うものさ。
「もう、いやあねえ、なにそのドレス。まるでネズミじゃない! どうしてそんな恰好してるのよ。うちがろくに給料を払ってないみたいに思われるでしょ!」
……いや。男爵家の給金は薄給だろ。あれじゃあろくなドレスも買えないよ。
「ね、ほんとに陰気な女でしょう? おまけに、見て、あの眼鏡! 女が眼鏡なんて、みっともないったらないわよねえ!」
どうやら男爵夫人は、自分の魅力を具体的に説明できないかわりに、他人をこき下ろすことで自分のステータスを相対的に持ち上げるつもりらしい。しかもそれに、他人の同意を強引に求める。
これはけっこう上手いやり方だ。同意を求められた人間は、客の立場で「いいえ、それは違います」とはっきりした否定はしづらい。あいまいにごまかすと、今度は男爵夫人に完全に合意したことにされてしまうのだ。
おまけに男爵家のお茶は、雑巾を絞ったのかと思うほど不味かった。
ぼくとしては、自意識過剰で出しゃばりな男爵夫人なんか無視して、黒いかっちりしたドレスにモブキャップ、装飾品らしきものは腰に吊した鍵の束だけという、滅多に拝めない姉さんの姿を、この目に焼き付けておきたかったのだが。
だって、もう十日も姉さんの姿を見ていなかったんだ。まさか姉さんが失敗するなんては思っていないけど、男爵家でつらい思いをしていないかと、心配でたまらなかった。
姉さん、なんだか顔色が冴えないように見える。大丈夫なのかな。
けれど姉さんはかたくなに視線を伏せたまま、ぼくのほうを見ようともしない。
声をかけて様子を確かめたいけど、ここで男爵夫人の機嫌をさらに損ねて、あとで姉さんがいびられたり、万が一男爵家をクビにでもされたら、元も子もない。
「そういえば、男爵閣下はご在宅ですか? 一言ご挨拶させていただきたいのですが」
ぼくは愛想の良い笑顔を男爵夫人に向けた。
「うちの人は――いえ、ミドルトン卿は、病気で寝込んでますの。代わりに息子がご挨拶しますわ」
男爵が病気?
本当だろうか。本当だとしたら、彼はこの屋敷にいるってことか?
ぼくと姉さんは一瞬、視線を交わした。
眼鏡の奥で金色の瞳がきらりと光る。なにか情報がありそうだ。
男爵夫人は卓上鈴を鳴らし、メイドを呼んだ。
「ジュリアンを呼んできて。お客さまにご挨拶するように」
やがてメイドに案内されて入ってきたのは、ふたりの青年だった。
「こちらがわたしの息子、次のミドルトン男爵、ジュリアン・フランシス・ウェイクスリー・オブ・ミドルトン。隣はジュリアンの友人で、ダレストン子爵のご嫡男、エドガー・シンクレア卿」
ジュリアンは息を飲むほどの美青年だった。銀に近いプラチナブロンドにわすれなぐさ色の瞳。ふつう、こんな淡い色の金髪は大人になるにつれて色が濃くなり、茶色がかってくるものなのに、彼は奇跡的に天使のようなベイビーブロンドを保っている。
線が細く、彫刻のように整った容貌は人間くささをほとんど感じさせない。肌はやや青白いが、かえってそれが彼の高貴さを際だたせていた。
「ね、ハンサムでしょう? わたしの自慢の息子なの。こんなにハンサムな子は外国の王子さまにだっていやしないわ。ほんとに、誰に似たのかしら」
……奥さま、それはあなたです、と言うべきだろうか。少なくとも男爵夫人はそれを期待しているようだ。
だが本当に、男爵夫人のような母親からどうしてこんな息子が生まれたんだろう。ローレンス卿の血筋だろうか。
そして隣に並ぶエドガー・シンクレアに、ぼくは見覚えがあった。サリーの葬儀に来ていた男だ。
ややくせのある黒髪を肩につくほど長く伸ばして、彫りの深い顔立ちに暗いブルーの瞳。ジュリアンはあまりに美形すぎて近寄りがたささえ感じるが、こちらは世慣れた放蕩者の雰囲気を漂わせ、いかにも若い女にきゃあきゃあ言われそうなハンサムだ。
「シンクレア卿は、実はダレストン子爵から勘当されかかっているという噂です」
丸顔を精一杯のしかめっ面にして、ハーグリーヴス氏が言っていたことを、ぼくは思い出した。
「あまりにも賭博の借金がかさんで、面倒を見きれなくなった子爵家では、長男のシンクレア卿を廃嫡して、次男のクリスチャン氏を――まだ十二才ですが――爵位相続人として上院に届け出る準備をしているとか。子爵邸に帰れないシンクレア卿は、知人の屋敷を泊まり歩いているそうです」
で、今はここに居候というわけか。
「初めまして、サー・ジュリアン。ぼくはグレアム・S・メリウェザー、コーンウォール出身の地方地主です」
「……初めまして」
礼儀正しく握手しながら、その実、ジュリアンはひどく苛立った目をしてぼくを睨んだ。
「こちらへはどういうご用事で?」
「いやあ、その……。正直に話していいのかなあ」
もしかしてこのアドニスは、見かけによらず、心霊研究家とか霊媒師などという胡散臭い連中とは関わり合いたくない、という堅物なのかもしれない。
息子の反応を図りかね、ぼくはちらっと母親の様子を確かめた。
そのとたん、ジュリアンの表情がさらに険しくなった。ほとんど憎悪だ。
――ああ、なるほど。
どうやら彼は、ぼくが母親の新しいツバメじゃないかと疑っているらしい。たしかにぼくは男爵夫人好みの、ブロンドの色男だ。
そりゃ、息子としては嫌だよな。レディと呼ばれる身でありながら、母親が息子と同年代の若い男と人目もはばからずいちゃいちゃしてるなんて。
「ぼくは、心霊現象の実践的研究をするためにロンドンへやってきました」
ぼくはジュリアンの手を離さないまま、勢い込んで言った。
「心霊現象の、研究?」
「ええ! 言うまでもなくロンドンは亡霊の宝庫ですからね。この街で交霊術を行えば、ウィジャ盤のプランシェットが動かなかった試しはない。ウィジャ盤による霊との交信術は、ご存じですか?」
「ああ……。あの、アルファベットと数字が書いてあるボードですよね。……知ってます。試したことはありませんが」
「それはもったいない。あなたにはすぐれた霊感がありそうだ。こうして手を触れればわかります。ぜひ、守護霊との交信を試みるべきだ。サー・ジュリアン。あなたを守護する神霊は、必ずやあなたに光明を与えてくれるはずです!」
「は、はあ……。それは……どうも」
ジュリアンの表情が見る間に弛んだ。そして、どう応えればいいかわからないと、というような中途半端な笑みを浮かべる。屋敷の仲介をした不動産屋もこんな表情だった。
少なくとも彼は、ぼくが男爵夫人の新しい“可愛い人”でないことだけは理解してくれたようだ。
「すみません、ちょっと用事があるので、ぼくはこれで失礼します。研究の成果はまた今度、ゆっくり聞かせてください」
「あらまあ、失礼よ、ジュリアン」
男爵夫人は一応息子を咎めたが、それ以上無理に引き留めようとはしなかった。さすがに息子の見ている前で、若い男にしなだれかかる気にはなれないのだろう。
「ぼくは興味があるな。ぜひ詳しい話を聞かせてほしいよ」
そう言って、エドガー・シンクレアはソファーにゆったりと腰をおろした。いかにも育ちの良さが感じられる身のこなしだ。
「マダム。ぼくにもお茶をください」
「はいはい。今すぐ」
エドガーは姉さんに向かって言ったのに、はしゃいで返事をしてポットを手に取ったのは、なぜか男爵夫人だった。出しゃばりもここまで来ると、もはや滑稽だ。
「はいどうぞ、エドガー。うっふふふふっ」
「ありがとう、マリオン――あ、いや、レディ・ミドルトン」
エドガーはどうやらジュリアンの友人であるだけでなく、男爵夫人の“友人”でもあるらしい。ふーん、夫人は金髪碧眼だけでなく、黒髪の男もイケるのか。
このことをジュリアンは知っているんだろうか。
ぼくとエドガーと、ふたりの魅力的な若者を前に、男爵夫人は終始ご機嫌だった。控えめに目を伏せ、沈黙を守る家政婦の存在は、完全に頭から追い出したらしい。
夫人は初々しいデビュタントのようにハンカチで口元を隠してくすくす笑い、上目遣いにぼくたちを見上げる。それに対しエドガーが見え透いたお世辞を言うと、きゃーっと窓ガラスも割れそうな歓声をあげた。
「おいしいお茶をごちそうさまでした、レディ・ミドルトン。本当に楽しいひとときでした」
礼儀正しく挨拶をして応接間を出た時には、ぼくは男爵夫人の鶏のようにけたたましい声のせいで耳の奥がおかしくなりかけていた。
いくら居候させてもらうためとはいえ、この拷問のような笑い声に毎日耐えて、おべんちゃらが言えるエドガーは偉い、とまで思ったね。
「またいらしてくださいませね、ミスター・メリウェザー」
「はい。今度は男爵閣下にもお見舞いのご挨拶をさせていただければ、光栄です」
「あ、あら、それは……。うちの人は、そういうのが嫌いで……」
夫であるサー・ローレンスのことを持ち出すと、男爵夫人はとたんに目を逸らし、口ごもった。
だがここで深く突っ込んで、警戒感を持たれてはまずい。ぼくはなにも気づかないふりをした。
だいたい、言葉遣いもおかしいよ。貴族階級では、たとえ夫婦でも夫のことを他者に言う時は「男爵は」とか「子爵が」とかって称号で呼ぶべきなのに。「うちの人は」じゃ、ほんとに商人のおかみさんだ。
どうやら精肉業者のミスター・フレッチャーは、娘を貴族に嫁がせる時、多額の持参金は持たせても、貴族令夫人にふさわしい教養はまったく身につけさせなかったらしい。
玄関ホールで、禿げた執事からコートと帽子を受け取る。
男爵邸の人々は螺旋階段の下に並んで、ぼくを見送ってくれた。一度は立ち去ったジュリアンも、見送りには来てくれた。
「それでは、また」
軽く頭を下げながら、ぼくは確かに見届けた。
女主人の後ろに控え、まるで闇に溶け込んでいるかのように目立たない家政婦アン・メイザーが、行儀良く身体の前に揃えた手の指で、“三”と示しているのを。
三日後。姉さんとコンタクトが取れるのは、三日後だ。
使用人には一週間あるいは二週間に一度、半日から一日の休日が与えられる。おそらく姉さんの休日が三日後なんだろう。
ミドルトン男爵邸の玄関を出ながら、ぼくはその時が待ち遠しくてならなかった。
そして、三日後。
まだ朝靄も消えないうちから、ぼくはグロヴナースクエアの屋敷を留守にした。
辻馬車を二度ほど乗り換え、尾行がついていないことを一応確認する。そうやって用心しながら向かったのは、『王冠とアヒル』亭だった。
もっとも『王冠とアヒル』亭はこんな朝っぱらから営業はしていない。
ぼくは裏口へ回り、厨房へのドアをノックした。
「親爺さん、起きてるかい。ぼくだ、セディだ」
「おう、早かったな、坊主」
ドアが開き、ひげ面の親爺さんがぬうっと顔を出した。
「その、坊主っていうの、いい加減勘弁してくれないかな。ぼくはとっくに二十歳を過ぎてるんだよ」
「そうか。そりゃ悪かったな。なら、こっちだ、青二才」
……どっちもどっちだ。
親爺さんに案内されて、ぼくは二階の小部屋へあがった。
ここは『王冠とアヒル』亭で客を捕まえる娼婦が、仕事に使う部屋だ。親爺さんたちは娼婦から部屋代以外の金は受け取らない。けれど娼婦が身の危険を感じて悲鳴をあげれば、すぐに下の店から長い麺棒や肉切り包丁を持って駆けつけてくれるのだ。
薄い板で間仕切りしただけの小部屋は、狭いベッドがひとつあるきりだが、女将さんがきちんと管理しているのでシーツも床も清潔だ。
ぼくはベッドに腰を下ろした。
どのくらいそうやって、待っていただろう。やがて階下が急ににぎやかになった。『王冠とアヒル』亭が昼の営業を始めたのだ。
『王冠とアヒル』亭のランチは安くてボリュームたっぷり、汗水流して働く労働者たちの心強い味方だ。
空きっ腹に羊肉のシチューやうなぎのパイを詰め込む職人や行商人でいっぱいの店に、やがてひとりの若い女性が駆け込んでくる。
「ただいま、叔母さん! ベッシー叔母さん、アンよ!」
「おや、アン! お帰り、待っていたよ!」
地味なドレスにグレーのボンネット、冴えない眼鏡をかけて、黒髪をひとすじのほつれ毛もなくお団子にまとめたその女性を、『王冠とアヒル』亭の女将は両腕を広げて出迎え、大切そうに抱きしめる。
「ああ、アン。元気だったかい? 良く顔を見せておくれ。新しいお屋敷はどう? つらい目にあってないかい?」
アン・メイザーと女将は、本当の家族のように心のこもった抱擁を交わすのだ。
「疲れたろう? 二階へあがって少しおやすみ。あとでチキンパイを持っていってあげるから」
「ありがとう。おじさんのチキンパイ、大好きよ!」
もしも誰かがあの黒髪の女性について尋ねたら、女将はきっとこう答えるだろう。
「あの子は、あたしの従姉妹の娘なんだよ。可哀想に、親兄弟はみんな死んじまって、一番血が近い親類があたしなのさ」
そして女将は遠縁の娘のことをさんざん自慢するに違いない。まるで、自分でお腹を痛めて産んだ実の娘のように。
「アンは昔から頭が良くて、仕事のできる子でね。どんな大きなお城だって取り仕切れる、立派な家政婦なんだよ。ああ、本当に、もうちっと生まれが良けりゃあねえ……」
こん、こん、と小さくノックの音がした。
「セディ、ここか?」
ぼくは素早く立ち上がり、ドアを開けた。
「姉さん!」
ドアを閉めるのももどかしく、姉さんを抱きしめる。
ああ、もう。姉さんに会えたら話さなくてはならないことがいっぱいあったはずなのに。こうして腕に抱いてしまうと、なにひとつ思い出せない。
「姉さん、姉さん、リゼ……!」
ぼくは姉さんを抱きしめ、無我夢中で唇を重ねた。
はちみつみたいに甘い姉さんの唇。黒く染めた髪は、それでも花の香りがする。
こめかみ、まぶた、鼻のあたま。唇で触れられるところはどこにでも、ぼくはキスの雨を降らせた。
「こ、こら待て! 落ち着け、セディ!」
姉さんはぼくの額に手をかけて、ぐいと押しのけた。
それでもまだキスをねだろうとすると、今度は鼻の上をぱちんと爪先ではじかれる。
「いてっ!」
「おやめください。嫌がる女性にキスを無理強いするなんて、紳士のなさることではございませんわ」
勤勉な家政婦アン・メイザーの口調で、姉さんは言った。
「ぼくとキスするの、嫌なの?」
「オールドミスの家政婦は、軽々しく紳士とキスなどいたしませんの」
姉さんはチェリーピンクの唇にいたずらな笑みを浮かべ、ぼくを見上げた。
――なんだよ、それ。
これじゃあまるで、ぼくだけがリゼを好きすぎて、ひとりでのぼせ上がって空回りしてるみたいじゃないか。
今までの仕事でも、ぼくと姉さんはほとんど一緒に行動していた。こんなに長いあいだ姉さんと離れていたのは、初めてなんだ。しかも、ミドルトン男爵夫人みたいな底意地の悪い人間のところに、姉さんをひとり送り込まなきゃいけなかったし。
ぼくたちはいつも、互いが互いの居場所であり、帰り着く場所だった。少なくともぼくはそう思っている。
それともリゼは、ぼくと離ればなれになってもちっとも淋しくなかったってのかい?
ぼくは姉さんのことが気がかりで、夜も落ち着いて眠れなかった。いっそ闇に紛れてミドルトン男爵邸に忍び込もうかとまで思っていたのに。
姉さんは歪んでしまったボンネットを外し、ベッドの端に腰掛けた。眼鏡も外して、サイドボードの上に置く。
「あー、ラクになった。ずーっと眼鏡してると、頭痛くなってくんだよ」
そして自分の隣をぽんぽんと叩いて、ぼくにも座れとうながす。
「あんまり時間がねえ。六時までには男爵邸に戻らなきゃ。――それで、そっちはどうだ?」
「ばっちり。順調だよ」
ぼくは互いの膝が触れ合うほど近くに座り、姉さんの肩をそっと抱き寄せた。今度は姉さんも嫌がらなかった。
「あの界隈の家から、夜会に三回と晩餐会に一回、招かれてる。男爵夫人の予定を教えて。鉢合わせできるパーティーを選んで出席するから。姉さんのほうはどう?」
「サー・ローレンスにはまだ会えてない。男爵夫人が誰にも会わせようとしないんだ。サー・ローレンスはアルコール依存症が進んで、錯乱状態だって言ってな。主寝室は空っぽだし、書斎も使われた気配がない。屋敷の中、どこにいるかもわかんねえんだ。使用人たちにも、サー・ローレンスのことは口にするなって箝口令が布かれてる」
「まさか、それ……」
「ああ、間違いない。サー・ローレンスは男爵夫人に監禁されている」
金色の瞳を燃えるように輝かせ、姉さんは小さくうなずいた。
「おまえ、ジュリアンの髪を覚えてるだろ?」
「ああ。見事なプラチナブロンドだったね」
「男爵夫人の髪は赤茶けたダーティーブロンドだ。白髪隠しのために染めてるところを見た。そして男爵は、黒髪だ」
「えっ?」
「屋根裏に隠されてたサー・ローレンスの肖像画を見つけた。裏に日付と署名が入ってたから、おそらく間違いない。ウェイクスリー一族の肖像画らしいものも何枚かあったが、みんな黒髪だった」
ジムが「サー・ローレンスの髪は真っ白」と言っていたから、ジュリアンのプラチナブロンドは父親に似たんだとばかり思っていた。サー・ローレンスは本当にただの白髪だったのか。
「でも、それじゃあ……」
「十中八九、ジュリアンはサー・ローレンスの子どもじゃない」
「不義の子ってこと!?」
あの女……! 自分で不義の子を産んでおきながら、サリーとサー・ローレンスの赤ちゃんを汚い私生児とののしったのか。
「姉さん、仕掛けはできたの? ぼくのほうはいつでも始められるよ」
心霊研究家グレアム・S・メリウェザーのもとには、死んだ母と話がしたいとか、先祖代々屋敷に取り憑いた幽霊をどうにかしてほしいとか、近隣の悩める善良な人々からの相談が舞い込むようになっていた。あんまり具体的な返事をするとぺてんがばれるから、適当にお茶を濁しているが。
「こっちはもう少しかかる。ようやくメイドたちが騒ぎ出したところなんだ」
――姉さんの計画は、こうだ。
勤勉な家政婦アン・コレット・メイザーは、毎朝メイドたちを集めて訓辞を与える。
ある日、その朝礼の最中に彼女はこう言ってメイドたちを叱るのだ。
「仕事中に浮ついて歌っているのは誰ですか!? 私語も禁止なのに、歌を歌うなんて!」
「いいえ、ミセス・メイザー。あたしたち、そんなことしてません」
「嘘をついてはいけません。私はこの耳で聞きましたよ。ロンドンデリーの歌でした」
数日のうちに、今度はメイドたちが謎の歌声を聞くことになる。もちろんそれが、実はミセス・メイザーの声だなんて、誰が気づくだろう。
そして、家政婦はさらにおかしなことを言い出す。
「制服を着ないでお屋敷の中をうろうろしているのは誰? リネン室へ入っていくのを、私は見ましたよ。ほら、これが証拠です。リネン室で見つけました。今朝まではこんなもの、ありませんでしたからね」
彼女が広げてみせたのは、紳士用の絹のハンカチだ。頭文字をデザイン化した飾り文字、モノグラムが刺繍されている。
「まったく、これを刺繍したのは誰なの? 男爵閣下の頭文字はLで合っているけれど、レディ・ミドルトンのお名前はマリオンでしょう。頭文字はSではなくてMですよ」
それは、コテージに残されていたサリーのわずかな遺品の中から見つけだしたものだ。読み書きのできないサリーが、それでも一生懸命、サー・ローレンスのハンカチに彼と自分のイニシアルを並べて刺繍したのだ。
「あたしたち、ほんとになにも知りません!」
「わかりました。あなたがたは私を少しも信用してくれていないのね。なら私は、このハンカチを奥さまにお見せして、ご相談するしかありません」
サリーのハンカチを見せられた男爵夫人の顔は、それこそ見物だったと姉さんは言った。
「厚化粧の顔が赤紫のまだらに染まってさ。ぐえッ、なんて、カエルみたいな声で呻いてたぜ」
やがてミドルトン男爵邸には、夜ごと不気味なすすり泣きが聞こえるようになる。
「返して……。あたしとサー・ローレンスの赤ちゃんを、返してよ……」
これも、メリウェザー家の従僕がやったのと同じ手法だ。
そうなると、男爵邸の使用人たちの胸には恐怖と好奇が入り交じり、一気にふくれあがる。
あとは黙っていたってメイドたちが勝手に騒ぎ出し、中にはありもしないものを見たと証言する者まで現れるはずだ。怖い怖いと思って見れば、干しっぱなしのシーツだって幽霊に見えるからね。
恐怖に耐えかねて使用人たちがばたばた辞めていき、ミドルトン男爵邸の亡霊の噂がグロヴナースクエア全体に広く知れ渡った時。今度はぼくの出番だ。
若き心霊研究家グレアム・スペンス・メリウェザーが、男爵邸の謎を探るべく、近隣の人々を集めて大々的な降霊実験を執り行う。そして、満を持して現れたサラ・ホワイトの亡霊が、自らを無惨に殺害した犯人、ミドルトン男爵夫人マリオンを弾劾するというわけだ。
降霊会に現れた幽霊の証言じゃあ刑事裁判の証拠にはならないが、少なくとも社交界を揺るがす大スキャンダルにはなる。
人殺しだと噂が立ち、家名に泥を塗ったレディ・ミドルトンを、男爵家もそのままにしてはおけないだろう。良くて田舎の領地に幽閉するか、あるいはいっそ無一文で屋敷をたたき出し、男爵夫人は死んだと公表するか。
いくらミドルトン男爵家が夫人の実家の援助に頼っているとはいえ、歴史ある貴族の家柄なのだ。金はなくとも、誇り高い親類縁者は大勢いるに違いない。一族の名誉を守るため、彼らが男爵夫人に容赦ない報復をしてくれるだろう。
もちろんサー・ローレンスも、スキャンダルに巻き込まれた当事者としてロンドン社交界には戻れなくなってしまうが。
でも、たぶん彼はロンドンにもはや何の未練もないんじゃないだろうか。少なくともぼくがサー・ローレンスの立場なら、愛する人が惨い死を遂げた街でなど、もう二度と暮らしたくない。
「男爵夫人は、サリーをさらう時に連れてったごろつきどもを、また屋敷に呼び集めてる。警備のつもりなんだろう。あいつらのうちの誰かが、実際にサリーに手を下したのは間違いない」
「同じ連中なの?」
「ああ。しょっちゅう出入りするんで、メイドたちが顔を覚えてた」
現実的な警備に力を入れているってことは、男爵夫人はまだ半信半疑、ここで騒いで自分から罪を暴露してはならないっていう理性が働いているわけだ。
「もう一押しだな。使用人だけじゃなく、男爵夫人と同じ階級の人間にも、幽霊を見たのなんのって騒いでもらうのが一番なんだが」
「それはぼくがやってみるよ。あの近所の住人に、それとなく話を吹き込んでみる」
さらにいろいろと細かい打ち合わせをしている最中に、女将さんがチキンパイと珈琲を持ってきてくれた。モリス夫人のスコーンもある。
「ああ、これこれ! ミセス・モリスのスコーン、食べたかったんだ!」
姉さんは歓声をあげ、さっそくスコーンにかじりついた。
「男爵邸のメシ、不味くってさ。自分らはいいもんばっか食ってるくせに、使用人の食事はしなびたジャガイモと黒パンだけなんだぜ」
「それ、ほんと? 姉さんもそんなの食べてるの?」
家政婦や執事などの上級使用人は、食事の面でもほかの使用人たちとは差があり、優遇されるはずなのに。
「メイドや厩番がいつもお腹空かせて青い顔してるのに、オレだけマシなもん食ってるわけにいかないだろ。彼女たちと同じ食事にしてるさ」
「ほかの上級使用人たちもそうなの?」
「いや。料理人はオレと同じだけど、執事の爺さんは胃弱の上に総入れ歯なもんで、毎日お粥ばっかりだ。男爵夫人付きの小間使いは、ちゃんといいモン食ってるぜ。自分のためだけにデザートつきの特別メニューを料理人に作らせてる」
それで、男爵邸で見た姉さんはあんまり顔色が良くなかったのか。
女性使用人をすべて監督する家政婦が、一番下っ端の皿洗い女中と同じ食事をしてるなんて。ミセス・メイザーは優しすぎるよ。
「この小間使いがまた、ヤな女でさ。キツネみてえな顔して、なんでもかんでも『えーえ、奥さまのおっしゃるとおりでございますわっ!』しか言わねえの。そのくせ男爵夫人には、ほかの使用人のことをあることないこと告げ口ばっかしやがってさ。そうやって小間使いが告げ口するたびに、男爵夫人が小遣いくれてやってんだ」
それにしても、今日の姉さんはよく喋る。よっぽど鬱憤が溜まってるんだろう。
男爵邸でのことを喋りまくることで、少しでも姉さんの気持ちが晴れるなら、いいよ、いくらでもぼくが聞いてあげる。
ああ、もう。できるなら姉さんをこのまま男爵邸に帰したくない。
「ほら、姉さん。食べかすがついてるよ」
唇の横についたスコーンのクズを、指先で払い落とす。
姉さんの白くなめらかな肌。この手で触れるのはいったい何日ぶりだろう。食べかすをきれいに払っても、ぼくは姉さんのほほから手を離せず、指先でそうっと撫で続けた。
姉さんはちょっとくすぐったそうに眉をひそめたが、なんにも言わずにぼくが触れるがままにさせていた。
「あ、姉さん。髪の生え際、少し元の色が見えてるよ」
「え、ほんとか。どこ?」
「このへん」
ぼくは姉さんのやわらかな髪の生え際にキスをした。
そこからおでこ、まぶた、目元、耳朶、と、軽く触れるだけのキスを繰り返す。
腕の中で、姉さんが焦れったそうに身をよじった。あたたかくやわらかな身体が、ぼくの胸に押し当てられる。ぼくの腕の中で姉さんの体温が優しく融けて、ぼくの体温と混じり合っていくようだ。
ぼくはもう我慢できなくなった。
冴えないグレーのドレスに包まれた身体を、強く強く抱きしめる。
「あ……。ち、ちょっと待って、セディ――」
「やだ。待てない」
姉さんが小さな子どものようにいやいやをするのにもかまわず、ぼくは姉さんを抱きしめ、唇を重ねた。
背中に手を回し、そこにずらりと並ぶ釦をひとつひとつ外していく。途中で焦れったくなって、二つか三つ、引きちぎってしまったかもしれない。
「あ……もう。この服、ひとりで着るの、大変なんだぞ……」
「ぼくが手伝ってあげるよ。コルセットも着せてあげるから」
「髪……。髪、シニヨンが――」
「あとでちゃんと結い直してあげる。ぼくは男爵夫人の小間使いなんかより、ずっと上手だよ」
スモッグに包まれるロンドンの街がさらに薄暗くなり始める頃。
家政婦アン・メイザーは親類の訪問を終え、ミドルトン男爵邸へ戻っていった。
髪はいつものように後れ毛ひとすじもなくきっちりと結い、グレーのドレスは顎の下まで白い肌を覆い隠している。足取りもしっかりして、酔っ払いがうかつに声をかけようものなら、罪を咎める天使のような目で厳しく睨まれてしまうだろう。
ぼくとの情事の名残は、わずかに紅く染まって潤んだ目元だけだった。
ぼくも身体のそこここに残る姉さんの匂いを切なく感じながら、辻馬車を拾ってかりそめの我が家へ戻った。
「お帰りなさいませ、旦那さま。お手紙が届いております」
「ありがとう、ロールズ」
執事にコートと帽子を預け、代わりに数通の手紙を受け取ると、ぼくは書斎へ向かった。
書斎の暖炉には燠火がほの赤く光り、室内をほど良い暖かさに保っている。メリウェザー家の使用人はみんな真面目に仕事をしているようだ。
うん、この屋敷を閉める時には、みんなにボーナスをはずんでやらなくちゃな。
留守中に届けられた手紙は、すべて夜会や晩餐会へのお誘いだった。グロヴナースクエアの住民たちはみな、ミスター・メリウェザーが経験した世にも不思議な心霊体験を聞きたくてうずうずしているらしい。
「さて、どれに出席するべきかな」
ひとつひとつ丁寧に開封し、最後の一通でぼくは手を止めた。
深紅の封蝋にミドルトン男爵家の紋章がある。金刷りのバラ模様で縁取られ、濃厚な香水の匂いを漂わせるその手紙は、他の招待状を押しのけんばかりに目立っていた。
「おやおや。ずいぶん気が早いね。やっぱり黒髪のエドガーじゃ物足りなくて、好みのブロンドに乗り換えようって魂胆かい?」
それとも、ぼくとエドガーを同時に侍らせて、両手に花といきたいのか。あの男爵夫人ならやりかねない。
ともかくも、ぼくとしても願ったりだ。これをきっかけに、なんとしても夫人の口からミドルトン男爵邸で頻繁に起きる怪奇現象を語らせ、心霊研究家グレアム・メリウェザーによる降霊実験を承諾させなければ。
さっそく、喜んで伺う旨の返事を書き、従僕に持たせる。
同時に、洗濯女のルートを使って、ぼくは姉さんに伝言を届けた。
『五日後の夜会に招かれた。例の話、そろそろ持ちかけてみようか?』
姉さんからの返事は、運良くすぐに来た。
『話を振る程度でいい。あんまりごり押しすると、かえって警戒されるぞ。オレはたぶん、一晩中キッチンに詰めっきりで動けない』
そうだよな。屋敷でパーティーが開かれると、使用人たちはもう戦争だ。その指揮を執る家政婦がキッチンを離れられるわけがない。
それから五日後。ぼくはふたたびミドルトン男爵邸を訪れた。
黒絹の燕尾服にシャンパンカラーのズボン、ぴかぴかに磨き上げたヘシアンブーツと、正装したぼくのポケットには、大事な小道具である水晶の振り子が忍ばせてある。
夜会は大盛況だった。
三階まで吹き抜けの玄関ホールから晩餐がおこなわれる大食堂、パーティーのメイン会場である舞踏室、そこからバルコニーを通って降りる中庭まで、着飾った紳士淑女で埋め尽くされている。ミドルトン男爵夫人はグロヴナースクエアの住民ほぼ全員を招待したんじゃないだろうか。
中庭には無数の提灯が飾られ、昼間のように明るい。玄関ホールの高い天井には巨大なシャンデリアが吊され、百本以上の蝋燭の炎が揺れるクリスタルガラスに乱反射してまばゆい輝きを放っている。壁一面に大きな鏡が並ぶ舞踏室は、花束とリボンでケーキみたいに飾り立てられていた。
男爵家の財力を見せつけるのがこの夜会の目的だとしたら、一応成功していると言えるだろう。
だが、以前、仕事でもぐり込んだとある公爵夫人の夜会に較べると、やはり格が下がるというか、成金趣味が鼻につく。招待されている人々も、社交界のランクで言えば中の下というところだろう。パーティーは全体的に落ち着きがなく、どこか下世話な雰囲気があった。
雇われた楽団まで複雑なステップのカドリールなどは演奏せず、男女がぴったり抱き合って踊るワルツばかり演奏している。カードルームでは、すでに多額の現金を賭けた勝負が始まっているようだ。
客人たちのあいだを縫って、お仕着せの制服に身を包んだ従僕がシャンパンを配っている。
「お飲物をどうぞ」
「ありがとう」
グラスを受け取りながら、ぼくは周囲を見回した。
ジュリアンの姿は見えないが、黒髪のエドガー・シンクレアの姿はあった。男爵夫人をエスコートしている。
そして男爵夫人は、エドガーの腕につかまり、得意満面だった。彼女の財力と趣味の良さを褒め称える客人たちに囲まれ、例のけたたましい笑い声をさかんに響かせている。
――あれに捕まったら長そうだな。
ぼくは男爵夫人の視線を避け、人混みの中に紛れ込んだ。
気がつくと、姉さんの姿を捜している。同じ屋根の下にいるのだから、と。
逢えるはずがない。姉さんは今ごろ、パーティーの裏方を取り仕切るのでてんてこ舞いだ。
――ああ、もう。リゼと離ればなれになる“仕事”は二度とごめんだ。頭の中がすぐにリゼのことでいっぱいになって、集中できやしない。
だがぼくも、姉さんのことばかり考えているわけにもいかなかった。
「こちらにいらしたのね、ミスター・メリウェザー。よろしければ、お話を伺えませんこと? 欧州中を巡って、いろいろと神秘的な体験をなさったとうかがっていますわ」
にぎやかで愛想の良いご婦人の一団に取り巻かれてしまった。
「ぼくの体験は美しいものばかりではありませんよ。身の毛もよだつ怖ろしい思いをしたことも、何度もあります。そのような血腥い話をここで披露しても良いものか……」
ぼくが思わせぶりに声をひそめると、ご婦人方は一斉にきゃあっと声をあげ、かざした扇の陰から興味津々の目を向けてきた。
「じゃあ、今度うちへいらっしゃいません? うちの主人もそういうことに詳しくて、いろいろ集めたりしていますの。専門家のご意見をぜひお聞きしたいわ!」
と言い出したのは、ミセス・アメリア・シモンズだ。
夫は羊毛貿易で財を成した人物で、爵位はないが、近々下院選挙に立候補するのではないかという噂もある。アメリア夫人は没落貴族の出で、金で買われるように三十も年上の商人に嫁いだという話だが、ふくふくして楽しそうな顔を見ると、結婚のいきさつはどうあれ、今はそう不幸というわけでもないらしい。
「主人がエジプトの発掘品だとか言って、妙なモノを山ほど買い集めていますの。ミイラの手とか、ス……ス、スなんとかっていうお守りとか――」
「スカラベ?」
「そう、それ! ああいうのって、わたくし良くわからないんですけど、ほんとに大丈夫かしら? 持ってるだけで祟られたとかって話もあるでしょう? ちょっと心配で……」
うん、この話題に乗ればいけそうだな。話の流れを上手く持っていけば、“ミドルトン男爵邸に漂う悪しき気配”について、彼女たちの頭に吹き込めるかもしれない。
――それに、このご婦人方は皆さん、素直だ。好奇と憧れで瞳をきらきらさせて、みんな、なかなか可愛いじゃないか。こんなレディに取り巻かれるのは、正直、悪い気分じゃない。
「物体に怨念が宿るというのは、なにも古代文明の遺物だけではありません。たとえば美しい宝石にも、いろいろと怖ろしい逸話があるものです。ご存じですか? かのロシア帝国女帝エカテリーナ二世が所有していたという巨大なダイヤモンド。オルローフのダイヤと呼ばれるそれは……」
ご婦人方の期待に応え、ぼくが独り舞台を始めようとした時。
「あぁらっ! ごめんなさいっ!!」
赤ワインのグラスを手に、ミドルトン男爵夫人が突進してきた。
目に痛いピーコックブルーのドレスに身を包み、満艦飾のように全身装飾品だらけの男爵夫人は、そのままアメリア夫人に体当たりした。
「きゃっ!?」
「あらっ! あぁらまあ、わたしとしたことが、とんだ失礼をぉ!」
男爵夫人が持っていたグラスのワインは、アメリア夫人のドレスや手提げ袋にぶちまけられた。淡いオレンジ色のドレスに、赤紫の染みが拡がっていく。
「ごめんなさいねぇ、わたし、よろけちゃって。まあ大変、せっかくのドレスが台無しだわ!」
「えっ、あ、あの、わたくし……」
アメリア夫人は突然のことにどうしていいかわからない様子だった。
が、男爵夫人は強引にその手を取った。
「うちの小間使いに洗わせますわ。大丈夫、マリ・ルイーズはこういうの、とっても上手だから!」
「は、はい。……ありがとうございます」
アメリア夫人はそのまま、わけもわからず男爵夫人に連れていかれてしまった。
――なんだったんだ?
これだけ混み合うパーティー会場で、よろけたり人にぶつかったりして思わぬ粗相をしてしまうことは良くある。その結果、ご婦人のドレスの裾が破けたり、汚れたり、なんてのも珍しくない。それを他の客に悟られることなく、上手く修復してあげるのも女主人の力量だ。
でも、今回は失敗をしたのがあの男爵夫人だ。
なにか引っかかる。
場を白けさせないよう、適当に会話をつなげながら、ぼくはそれとなく男爵夫人の様子を観察した。
すると。
「奥さま」
やたら顎の尖った陰気な顔つきの小間使いが、すすっと男爵夫人に近づき、なにやら耳打ちをした。
すると、男爵夫人の目がぎらりと光った。口元に一瞬、してやったりという笑みが浮かんだのを、ぼくは見逃さなかった。
そして男爵夫人はにこやかに愛嬌を振りまきながら、舞踏室を急ぎ足で出ていった。
「ちょっと失礼」
人混みをかき分け、ぼくも後を追った。
男爵夫人と小間使いはまっしぐらに控えの間に向かっていた。貴婦人がちょっと休んだり、身だしなみを整えたりする小部屋だ。
ドレスを汚されたアメリア夫人も、おそらくそこにいるんだろう。
が。
「ちょっと! どういうことなの、これはっ!!」
男爵夫人と小間使いが控えの間に飛び込んだとたん、ドアも吹きとばしそうな金切り声が聞こえてきた。男爵夫人の声だ。
ぼくはドアのそばにはりつき、聞き耳を立てた。
「なんなの、これ! なんでわたしのブレスレットが、あなたの手提げ袋に入っているのよ!」
「わ、わかりません。わたくし、なにも……」
「私が見つけました、奥さま。ワインの染みを落とそうとミセス・シモンズの手提げ袋をお預かりしましたら、中から奥さまのブレスレットが――」
「そうよ。これ、夜会が始まった時には腕につけてたわ。ダンスの最中に落とすとまずいと思って、外して宝石箱にしまったのよ。そうよね、マリ・ルイーズ。それがどうして、ミセス・シモンズの手提げ袋に入ってるの!?」
「それは、たぶん……。私も、奥さまの衣装部屋から片時も離れずにいたというわけではございませんし――」
「だからわたくし、ほんとになにも……」
「じゃあなに!? ブレスレットに足が生えて、自分であんたの手提げ袋に飛び込んだとでも言うつもり!?」
……まったく、馬鹿げた話だ。
パーティーに招待されてやってきただけのアメリア夫人が、他の招待客に気づかれもせず、男爵夫人の衣装部屋に忍び込めるもんか。おまけに男爵夫人は、高価な宝石がぎっしりの宝石箱に鍵もかけてなかったのかい?
だがアメリア夫人は、男爵夫人と小間使いのふたりに左右から息つく暇もなく責め立てられ、可哀想にパニック状態に陥ってしまったようだ。
「わ、わたくし、わたくし……っ。すみません、ほんとに――」
「謝ったって許しませんッ!!」
男爵夫人の怒号が響いた。
「そんな、レディ・ミドルトン。お願いです、わたくしの話を聞いて――」
「さわらないで! こんな身近に泥棒がいるなんて、怖いんです!! 見て、あなたのせいでわたし、ふるえが止まらないのよ!! ほら見て! こんなにふるえてる!!」
「すみません、すみません、わたくし……」
「近寄らないでください! 下がってください! もっと離れてっ!! こんなひどい目に遭わされたのは初めてです!! ああ、あなたを見るだけで怖くてたまらないわ! どうしてくれるんですか!」
男爵夫人は一切の反論を許さない。廊下にまで聞こえるような声で叫び続ける。
「だって……だって、それは……。わたくしは――」
「あんた、ばかじゃないの!? こっちにはちゃんと証拠があるのよ! こういうのは、証拠があればいいんだからね、証拠さえあれば!」
すでに男爵邸の使用人たちが異変に気づき、廊下の端から様子を窺っている。放っておけば、彼らの口からアメリア夫人がブレスレットを盗んだと言いふらされてしまうだろう。
「償ってもらいますからね! あたしはこんなに傷ついたんですから! 慰謝料を払ってくださいっ!! 当然でしょ!!」
「お、お金……。お金って、いくら支払えば――」
「五十ポンドでいいです。本当なら裁判に訴えてもいいくらいだけど、あたしはレディですからね。そこまで酷いことはしたくないですから。五十ポンドで許してあげますから!」
これは……相当やり慣れてるな。
おそらく男爵夫人は同じような手段で、何度も他人を脅迫してきたに違いない。スラム街の住人ならともかく、荒っぽいことに不慣れな上流階級の人々なら、これは対抗することもできないだろう。しかも金額は五十ポンド。けして安くはないが、上流階級のご婦人なら、自分の小遣いや服飾費をやりくりすればなんとか都合がつく金額だ。
まったく、なんて女だ。ここまであくどい女は、さすがのぼくも見たことがない。
ふと気づくと、廊下の奥にジュリアンの姿があった。
「また……ですか」
うめくようにジュリアンは言った。
ぼくは控え室の前を離れ、彼に駆け寄った。
「サー・ジュリアン」
「いつも……、いつもそうなんです。母はいつもああやって、気に入らない人間にぬれぎぬを着せて、金を脅し取ったり、思い通りに命令したり――!!」
ジュリアンは唇をわななかせ、真っ青な顔をして、今にも気絶しそうだった。
「ミセス・シモンズはなにか……」
「彼女には……今年、社交界にデビューしたばかりの妹がいます。彼女自身は平民に嫁いで貴族の身分を失いましたが、実家は歴史のある子爵家です」
「つまり、きみの花嫁に彼女の妹を望んでいたと?」
「母は認めないのです。ぼくの縁談がまとまらないのは、母の出自が卑しいからではなく、母の人格そのものが否定されているからなのに……!」
天使のような容貌の青年は、耐えきれず低く嗚咽を漏らし始めた。
可哀想に。この青年も、言ってみればミドルトン男爵夫人の被害者だ。
「ジュリアン。聞いてくれ」
ぼくは彼の手を取った。
「ぼくに考えがある」
「考え……?」
「ミセス・シモンズの名誉にも、もちろんミドルトン男爵家の名にも傷をつけずに、この場を収める方法だ。だがぼくひとりでは手が足りない。協力してくれるか?」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、もちろん」
ぼくはにやっと笑い、ジュリアンに軽くウィンクしてみせた。
「きみ、お芝居は好きかい?」
そしてぼくたちは連れ立って舞踏室へ戻った。
ちまたでうわさの心霊研究家と美貌の次代男爵がふたり並んでいれば、当然ながらパーティー会場の視線を一気に集める。
そこでぼくはおもむろに胸元を押さえ、苦しみだした。
「どうしました、ミスター・メリウェザー」
「息苦しい。感じる……。感じるんだ、この場に漂う、強い霊の存在を――!」
心霊研究家のこの一言で、招待客たちは一斉にざわめき立った。
ぼくたちはたちまち客らに取り囲まれた。
「く、苦しい……っ! 霊が、霊が……!」
「しっかりしてください、ミスター・メリウェザー!」
ジュリアンの腕にすがりながら、ぼくはうつろな視線で中空を見上げ、指さした。
「頭が痛い……! 彼が、なにか訴えようとしているんだ……!」
「彼!? 彼って、霊魂のことですか!? 訴えるって、どうすればいいんですか。ここにはハイテーブルもウィジャ盤もありません」
「か、紙――。紙と、ペンを。自動筆記に挑戦してみます」
ぼくは右手を高くあげ、がくがくとふるわせてみせた。
「わかりました、ミスター・メリウェザー。気をしっかり持って!」
ジュリアンはすぐに使用人を呼び、筆記用具を用意させた。
――なかなかやるじゃないか。
このあたりになると、パーティー会場は水を打ったように静まりかえる。人々はみな、固唾を呑んで心霊研究家グレアム・メリウェザーを見守っている。
なかにはぼくの芝居に影響されたのか、
「寒い……。なんだかここ、寒いわ」
と、異様な悪寒を訴える女性まで現れた。いやあ、みんな怪奇現象が大好きだねえ。
テーブルにつき、右手で羽根ペンを握って、ぼくは精神統一を始めた。
「霊よ……。さまよえる霊よ。言いたいことがあるのなら、ここに書き記すといい……」
ペンを握った手が、やがて不可思議な動きを始める。
最初は小刻みにふるえ、やがて紙の上をぐるぐると動き出す。
「きゃっ!?」
ご婦人の誰かが小さく悲鳴をあげた。
「静かに! 今、霊魂が彼に憑依しました!」
抑えた声でジュリアンがみなを制する。
そのあいだに、霊に憑かれたぼくの手は不思議な文字を書き始めた。
“アメリア、アメリア、アメリア――”
しかもそれは今風の筆記体ではなく、中世の写本のような角張った古くさい文字だ。
「アメリア……? 誰のことだ?」
「ミセス・シモンズじゃない? 彼女、たしか名前はアメリアよ」
ひそひそとささやかれる言葉に答えるように、ぼくの右手に憑依した霊は綴る。
“アメリア、花の乙女よ。高き塔に住む、我が永遠の姫君よ……”
「アメリア――。それはきみの恋人の名か? きみは誰だ!?」
みなを代表するように、ジュリアンが問いかけた。
自動筆記がそれに答える。
“我は騎士ゴドフリー。誇り高き獅子心王に仕えし、求道の騎士なり”
「リチャード獅子心王か!? あの、十字軍の!?」
“アメリア、我が天使よ。そが髪は金の羽根。そが瞳は二粒の宝石。嗚呼、なれど惨きかな、病の黒き翼が汝を連れ去れり――”
ジュリアンの質問に答え、自動筆記は十字軍の騎士と姫君の悲恋を美しい雅文体で綴っていく。
“遠きイェルサレムより帰りつけば、汝はすでに冷たく白き墓石の下。汝に捧げんと誓いし宝玉も今は虚しく、我が魂は誓いを破りし無念に天の御園へ旅立つもあたわず……”
やがて周囲のご婦人の中からもらい泣きすら聞こえ始めた。
“おお、アメリア。アメリア。今ふたたび、我は汝を見つけたり”
「まさか……。ミセス・シモンズがあなたの恋人の生まれ変わりだというのか……」
「誰か! 誰か、ミセス・シモンズを呼んでいらして!」
こうなっては男爵夫人も控え室にアメリア夫人を閉じこめておくことはできない。男爵夫人とアメリア夫人、ついでに小間使いも舞踏室に顔を揃えた。
“今こそ捧げん、我が誓いの宝玉を。受け取り給え、我が姫君よ”
「ミセス・シモンズ。我が家に入ってから、なにか不思議なことは起きませんでしたか?」
いきなりの質問にアメリア夫人は目を白黒させていたが、やがておずおずと言った。
「え、ええ……。それが、全然知らないうちに、わたしの手提げ袋にレディ・ミドルトンのブレスレットが……」
「それだ!」
ジュリアンは小間使いが持っていたブレスレットをひったくり、高々と差し上げた。
「騎士ゴドフリーよ! きみが恋人に約束した宝石とは、これか!?」
“いかにも、いかにも。おお、我が愛しきアメリア。今こそ、そは汝がものなり。我は誓いを果たせり――”
最後の一文を書き終え、ぼくはばったりとテーブルに突っ伏した。
「離れた! 霊魂がミスター・メリウェザーの身体を離れ、昇天したんだ!」
「な、なんなの。これはいったい何の騒ぎなの、ジュリアン!」
「お母さん」
脂汗をにじませる男爵夫人に、ジュリアンは落ち着いた口調でことの経緯を説明した。
「騎士ゴドフリーが恋人のためにエルサレムで手に入れた宝石が、巡り巡って母のもとへ来たのでしょう。そして今夜、恋人の生まれ変わりであるミセス・アメリア・シモンズと約束の宝石とが揃い、騎士ゴドフリーの魂を呼び寄せたのです」
うんうん、上手いじゃないか、ジュリアン。これならぼくが補足しなくても良さそうだ。
「このブレスレットは、騎士ゴドフリーが貴女に捧げたのです、ミセス・シモンズ」
「え、まあ……」
「そんなばかな! だってそれは――」
「それは、なんですか? お母さん」
息子の冷たい一言に、男爵夫人は二の句が継げなくなってしまった。
そりゃあ言えないよな。そのブレスレットはアメリア夫人を脅迫するために自分が仕組んだ罠だ、なんて。
男爵夫人は憎々しげに唇を歪め、目を剥いて、鬼の形相でアメリア夫人を睨んだ。まるで彼女がこの茶番を仕組んだ張本人だとでも言いたげに。ぎりぎりと歯ぎしりの音まで聞こえてきそうだ。
そんな母親を完全に無視して、ジュリアンはアメリア夫人の手を取り、ブレスレットを握らせた。
「受け取ってください、ミセス・シモンズ。いえ、レディ・アメリア」
「えっ!? で、でも……」
「これは貴女のものです。騎士ゴドフリーの愛とともに、どうぞ大切になさってください」
数世紀の時を超えた恋の成就に、はからずも大きな拍手がわき起こった。
うん、いい結末じゃないか。存在するはずもない騎士ゴドフリーとレディ・アメリアも、きっと喜んでくれるよ。
ロマンティックな恋物語とともに、ミドルトン男爵家の夜会は無事に終わった。
さまよえる騎士の魂に気づき、彼の想いを成就させた心霊研究家グレアム・S・メリウェザーの評判は、これでさらにあがることだろう。
「ありがとう、ミスター・メリウェザー。あなたのおかげで、誰も傷つけずにすみました」
帰り際、ジュリアンがそっと声をかけてきた。
「実はさっきのこと……。ミセス・メイザーが――うちの家政婦が、報せてくれたんです」
「家政婦が?」
――姉さんが!?
「気を遣って、遠回しな言い方をしてましたけど。男爵夫人が困ってらっしゃる、あなたの助言を必要とされてらっしゃるのではないか、なんて」
ジュリアンは少し困ったように、諦めにも似た笑みを浮かべた。
そうだったのか。タイミング良くジュリアンが駆けつけたのは、姉さんの助言があったからなのか。
ぼくひとりで上手く立ち回ったつもりだったけど、やっぱり姉さんの力がないとだめなんだなあ。
「良い主人のもとには、誠実な使用人が集まるものさ」
「そうでしょうか。……ありがとう」
彫像のようだった青年の顔に、初めて人間らしいぬくもりの赤みがさしてきた。
「これからも……相談に乗ってもらっていいですか? ミスター・メリウェザー」
「もちろんさ。きみもいろいろ大変だな」
男爵夫人の姿が近くにないことを素早く確認し、ぼくはうなずいた。
本来なら夜会の主催者は、客が帰る時は最後まで見送るものだが、自分の目論見をつぶされて機嫌が悪い男爵夫人は、上流階級の儀礼も忘れてさっさと自分の部屋に閉じこもってしまった。代わりに夜会には途中からしか参加しなかったジュリアンが招待客を見送り、挨拶をしていたのだ。
「また遊びにいらしてください。いつでも歓迎します」
「ありがとう、ジュリアン。おやすみ、良い夢を」
当主の息子が協力者になってくれるなら、これからの仕事はさらにやりやすくなる。
――あ、せっかくの振り子、結局使わなかったな。まあいいか。
ぼくは意気揚々と男爵邸を後にしようとした。
が。
「いい気になるなよ、ぺてん師」
玄関脇の植え込みが作る暗がりから、低い声がした。
「その顔に見覚えがある。サリー・ホワイトの葬式に来ていたな」
――この声……!
エドガー・シンクレアだ!
ぼくは車寄せの短い階段を降り、植え込みのそばで立ち止まった。
屋敷の中から届く灯りも、そこまでは照らしてくれない。車寄せを飾るギリシア彫刻のレプリカが不気味なシルエットとなって浮かび上がるだけだ。
その肌もあらわな女神像の陰に、エドガーは立っていた。
黒髪に黒い礼服、白いハイカラーシャツを袖で覆い隠す彼は、闇の中に沈み、その輪郭すらはっきりと捉えられない。
だけど、居る。わかる。闇の中から目を光らせて、ぼくの様子を窺っている。
――そうか。やっぱり気がついていたのか。ただの甘ったれた莫迦貴族じゃないというわけだ。
懐中時計で時刻を確かめるふりをしながら、ぼくは植え込みに背を向けて立った。
「サリーはぼくの大切な友人だった。その葬儀に出るのは、当然だろう。そっちこそどうなんだ。娼婦の葬式に行ったりしたら、大事な金蔓に嫌がられるんじゃないのか?」
「よけいな世話だ。男爵夫人は、あれでけっこうしたたかな女だ。裏でいろいろと怖い連中ともつながっている。お前のようなぺてん師ひとりくらい、テムズに沈めるのは簡単だぞ」
その言葉に、ぼくは思わず笑ってしまいそうになった。
怖い連中だって? ぼくはその怖い連中の巣窟イーストエンドで育ったんだ。
「ご忠告ありがとう。だけどか弱いご婦人が窮地に立たされているのを見たら、手を貸さずにいられないのが紳士というものだろう?」
「違うね」
エドガーは低く、けれど即座に断言した。
「自分より身分の劣る人間など、道ばたの馬糞より汚らわしいと考えるのが、本当の紳士というものさ」
「そいつは……、ずいぶん穿った物の見方じゃないか?」
「事実だ」
植え込みががさりと揺れた。
背中に、エドガーの視線を感じる。
「俺自身が、そういう階級で生まれ育ってきたからな」
その言葉には一片の嘘偽りも感じられなかった。
こいつ、本気だ。本気で、自分以外の人間をすべて見下している。
「じゃあ、きさまはなんで、男爵夫人のベッドに入り込んでる? 彼女の出自を知らないわけじゃないだろう」
「あの雌豚の生まれが肉屋だろうが魚屋だろうが、関係ない。金は金だ」
エドガーは冷酷にあざ笑った。
「俺が口説いたわけじゃない。向こうが勝手に俺のベッドに飛び込んでくるのさ。俺は何もしない。あんな雌豚のためになぞ、指一本動かすものか。あの婆が自分から股開いて、勝手に悦がって腰振ってるのさ。俺の足の指まで舐め回して、ヒイヒイわめきながらな!」
やはり、男爵夫人とエドガーはそういう関係だったのか。夫人は自分の夫を監禁し、同じ屋根の下で若い男をくわえ込んでいるわけだ。想像するだけで吐き気がする。
「これ以上よけいな真似はするな。さもないと、今度はおまえ自身の葬式が出ることになるぞ。それとも――あの可愛い顔をした“兄貴”の葬式が先か」
「なんだと!?」
「サリーの葬式に一緒に来ていたじゃないか。ハニーブロンドに黄金色の瞳の――。あんな見事な“魔女の瞳”は、めったにあるものじゃない」
全身の血が一気に音をたてて逆流した。目の前が真っ赤に染まる。
「あのひとに指一本でも触れてみろ……。おまえを殺してやる」
「人を殺したことがあるのか? 坊や」
暗がりから低い嘲笑が聞こえた。
群青色の眼が、ぼくを見据えている。まるでその視線だけでぼくの全身を押しつぶそうとするかのように。
確かにぼくは、人を殺めたことはない。子どものころ、すんでのところで殺しそうになった時も、姉さんが止めてくれた。
けれどこいつは――本当に人を殺したことがあるっていうのか!?
「サリー・ホワイトは可愛かったよ。死体になる時もな」
「――きさまッ!!」
ついに声を荒げ、ぼくは振り返ってしまった。
だがその時には、植え込みの暗がりにはもう誰の気配もなかった。
「どうかなさいましたか、ミスター・メリウェザー」
玄関を閉めようとしていた男爵邸の執事が、入れ歯をかたかた鳴らしながら近寄ってきた。
「あ、いや。何でもないよ。猫……そう、猫がね」
「野良猫でございますか。もうしわけございません。この頃、敷地内に入り込んでいますようで」
執事に悟られないよう、ぼくは深く息を吸い込み、呼吸を整えた。
心臓の鼓動がまだ鎮まらない。背中に冷たい汗がつたっている。
――あいつ。エドガー・シンクレア。
あれは間違いなく、人の生命など何とも思っていない声だ。眼だ。
まさか……、まさかあいつが、サリーを手にかけたのか!?
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