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4 それでもぼくは生きていく
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次の日も、その次の日も、光はあの歩道橋を通らなかった。
登校も下校もわざと遠回りして、信号のある大きな交差点を通った。歩道橋の見える場所までも近づかない。
ひかるに会いたくなかった。
会えばなにか言いたくなるけれど、なにを言えばいいのかもわからない。
ひかるのことを考えるだけで、どうしていいかわからなくなる。大声で叫びだしそうになってしまう。
逃げるしかなかったのだ。
だから、あの次の日、教室であったことを、ひかるに報告することはできなかった。
次の日、クラスの三分の一が欠席した。
森本も金子も休んでいた。きっと、怖かったのだろう。女子は半分近くの生徒が欠席していた。
出席した生徒も、みんなひどく顔色が悪くて、おちつきがなかった。まるで、みんな病人みたいだった。
全員、自分の席についたままうつむいて、顔をあげようともしない。
たまたま誰かと目があってしまうと、逃げるように顔をそむける。
たまに光を見る者もいるが、光と目が合うと、あわてて目をそらす。光が今もクラス中の話し声を録音しているとでも、思っているのだろうか。
インフルエンザでも流行してるみたいなクラスの様子に、相沢先生もとても驚いていた。
けれど、生徒たちに理由をたずねようとはしなかった。欠席した生徒の親からは「病気です」とかなんとか、連絡は入っていたのだろうし。
高倉は出席していたけれど、光と目が合うと、怒ったような顔をして、すぐにぷいっと横を向いてしまった。
――ま、あいつが女のくせに愛想悪いのは、もともとか。
教室はお葬式みたいに静まり返り、ものすごく居心地が悪かった。
みんな、ひかるのせいだ。光はそう思った。
――ひかるなんか、だいっきらいだ。エラそうなことばっか言って、結局、ぼくのクラスをめちゃくちゃにしただけじゃないか。
だいたい、ひかるなんて、ぼくのからだを乗っ取ろうとした、ずうずうしいヤツなんだ。
口ではぼくを助けたなんて言ってるけど、ほんとはなにを考えてるか、わかるもんか。
見ろよ、この教室。みんな休んじゃって、ガラガラで、こんなの見たことない。
こんなことになったのも、みんな、ひかるのせいなんだ。
言ってやるべきだろうか。ひかるに、これがあんたがやったことの結果だって。
もう一度ひかるを、この教室に連れてきて、見せてやるべきなんじゃないか。
――いいや、そんなことしたって、何の意味もないだろう。
光は小さく首をふり、自分の考えを否定した。
ひかるはきっと、こうなることもわかっていたはずだ。光が怒って、ひかるを許さないことも、最初からわかっていたと言ったのだから。
――そうだ。もう、ひかるに会う必要なんか、ない。
それよりは、これからどうするかを、考えなくちゃ。
……どうするかって、でも、いったいなにを?
六年B組の教室は、とても静かだった。
授業中によけいなおしゃべりをする生徒もいないし、休み時間にもなんのさわぎも起こらない。ケンカも、もちろん、いじめも。
教室の外から見れば、生徒たちはみんなおちついて、とてもいい子たちに見えるだろう。
給食当番はみんなに平等に給食をくばったし、放課後のそうじも、当番の生徒たちがきちんとやった。誰かひとりにむりやり押しつけるなんてことは、なかった。
理科の授業では、実験班を、今度は出席番号順に分けたので、光もふつうに顕微鏡をのぞくことができた。
ふつうに勉強して、トラブルなく一日をすごすこと。光のかわりに誰かがいじめられたりしないこと。
それはたしかに、光が望んだとおりの一日だった。
――ひかるはほんとうに、ぼくの願いをかなえてくれたんだ。
けして、うれしいとすなおによろこべはしない。
どんよりと沈んだ教室を見回すと、息が止まりそうに胸が苦しくなる。
怯えきったクラスメイトたちの目を見ると、光も泣きたいくらい、つらい。
……それでも。
やがて週末をすぎ、翌週の月曜になると、金子や福田、そして木島も登校してきた。
森本はまだ、休んでいた。
金子たちはふたりともひどく不安そうで、おちつきがなかった。
木島はひどくおどおどして、きょろきょろまわりを見回してばかりだ。顔色も悪く、今にも吐きそうだ。
光はあえて、彼らを無視した。
休み時間も一人ですごし、誰とも口をきかない。
そうやって、福田たちに態度で示してやろうと思ったのだ。ぼくはもう、おまえらなんかに興味はない、おまえらがぼくをほっといてくれるなら、ぼくもおまえらをほっといてやる、と。
おどおどきょろきょろが止まらない木島に、光の考えはつたわっていないのかもしれないが。
「ばかだな、木島。あんなにびくびくして、まるでニワトリみてえ。あれじゃ今度は、木島がいじめられるかもしんないぞ……」
「そこまであんたが心配する必要、ないんじゃない?」
「えっ!?」
突然の声に、光はびっくりして、思わず飛びあがりそうになってしまった。
木島について考えていたことが、つい声になっていたらしい。
「い、今のはべつに――!」
光はあわててまわりを見回した。
「気にすることないって。木島だって、いじめられたくなきゃ、井上のまねすればいいって、わかってるはずだもん」
妙にしらけた声で言ったのは、高倉だった。
「高倉……」
「ほら。あたしも持ってるし」
高倉は、メタリックピンクの小さな機械をポケットから取り出した。メーカーはちがうが、光のものと同じようなデジタルオーディオプレイヤーだった。
「イトコのお姉ちゃんにもらったの。新しいのに買い換えたって言うからさ、いらなくなった古いのをね」
「へえ……」
「もしかして、気がついてないの? 今、女子の半分は持ってるよ」
「――マジ?」
「だからみんな、前みたいにおしゃべりとか始めてんじゃん。ま、録音されても困んないように、天気の話くらいしかしないけどさ」
「天気の話、ね……」
光は小さく苦笑いした。
今日は寒いですね、ええ、そうですね、なんて、まるで知らない人どうしのあいさつみたいだ。
それでも、教室に少しずつ話し声が戻っていることに、光もようやく気がついた。
光と高倉がしゃべっているのが気になるのか、ちらちらこっちを見ている生徒もいる。
だが、ほとんどの生徒は関心なさそうな顔をしていた。よけいなことには首をつっこまないようにしているのだろう。
以前なら、男子と女子がちょっと口をきいただけで、すぐおおげさにさわぎたて、意地悪くからかうヤツがいたのに。
「でも考えたら、前だって、似たような話しかしてないしね。テレビのこととか、マンガのこととかさ。大事なことは、誰も話してなかったよ」
あまり感情のない声で、それこそお天気の話でもするみたいに、高倉は言った。
「このプレイヤーもらう時、あんたのやったこと、イトコに全部話したんだ。そしたらお姉ちゃん、『そいつ、すげーヤなヤツだね』って。『ヤなヤツ、マジ、友達になりたくないね。……でも、すげーアタマいいね』ってさ」
高倉は、まっすぐに光を見た。
「あたしもそう思う。井上、あんたって、マジで嫌なヤツだよね」
「……うん」
光はうなずいた。
――そうだ。ぼくはいやなヤツだ。
ひかるはぼくを守って、ぼくのために戦ってくれたのに。ぼくが望んでいたとおりの結果をもたらしてくれたのに。
ぼくはそれに、感謝することもできない。今もまだ、ひかるを許せないでいるんだ。
ぼくは……ひかるに守ってもらう価値なんて、きっと、なかったのに。
「でもあたし、あんたのしたことに、感謝してる」
はっきりと、高倉は言った。
「……え?」
「あたし……。ずっと、怖かった。あんたがいつか自殺するんじゃないかと思って」
するんじゃないか――じゃなくて、ほんとうに、しようと思ってたんだよ。その言葉を、光はぐっと飲み込んだ。
「そうなったらどうしようって、ずっと、怖かったんだ。いじめ自殺とかってなったら、きっとマスコミとかもいっぱい来て、大さわぎになっちゃう。そんな中で、クラス全員、顔隠しながら、あんたのお葬式とか行かされたりしてさ……。ほんとにそうなっちゃったらどうしようって、そんなことばっか、考えてたんだ。すげーヤなヤツだよね、あたしもさ。あんたがいじめられてるの、止めもしなかったくせに……!」
「高倉……」
高倉はちょっと、泣いているのかもしれない。光はそう思った。
「でもさ。あんた、もう自殺なんかしないよね」
「うん」
「ほかのヤツもさ、不登校してる森本だって、そうやって家ん中に引きこもってりゃ、とりあえず安全だしさ。少なくとも自殺だけはしないよね。あんたが森本ん家までおっかけてって、いじめのしかえししないかぎり」
「しないよ、そんなこと。めんどくさい」
ちょっとだけ、高倉は笑った。
「井上なら、そう言うと思った」
その笑顔に、光もなんだかほっとした。
やがてチャイムが鳴り、次の授業が始まった。
光はあわてて自分の席についた。高倉も、窓ぎわの席に戻る。
六年B組の教室はあいかわらず静かで、体育の時間なども、まったく活気がなかった。
それでも大きなトラブルはなく、また平穏に一日が終わった。
――これで、良かったんだろうか。
また遠回りして家に帰りながら、光は考えた。
高倉が言ったことを、ひかるに教えてあげようか。
クラスの中にも一人は、ひかるに感謝している子がいるって。
何度か立ち止まり、あの歩道橋へ行こうとした。
でも、どんな顔をしてひかるに会えばいいのか、わからない。
ひかるに会う、勇気がない。
結局、光はそのまま家に帰った。
マンションの玄関を開けるとすぐ、スマホが鳴った。
「あ、もしもし、光? ごめんね、お母さん、帰るの少し遅くなりそうなの。晩ご飯は……」
「うん、いいよ。カップメンでも食べてる」
お母さんが残業で遅くなるのは、今までにも何度かあった。そのたびに、光は一人でずっと留守番をしていた。
光はゲームやマンガで時間をつぶし、夕方になると、お湯を沸かしてカップメンを作った。
宿題を終わらせて、お風呂の用意をしても、お母さんをまだ帰ってこなかった。
お母さんが帰ってきたのは、夜九時近くになってからだった。
「ごめんね、光。遅くなっちゃって。ごはん、どうした?」
「うん、カップラーメン食べたよ」
「それだけじゃ、おなかすくでしょ。なにか、夜食作ろうか。お母さんもおなかすいたし」
「お母さん……。いいよ、ぼくがやる」
光は立ち上がった。お母さんをキッチンの椅子に座らせる。
「て言っても、カップメンくらいしか作れないけどさ。あ、それとも、パンでも焼こうか」
「どうしたの、光。急に親切になっちゃって」
お母さんは優しく、くすくす笑った。
「うん……」
光は少し、ためらった。
でも、思いきってお母さんにたずねてみる。
「お母さん、仕事、たいへん?」
「光……。どうしたの、いきなり」
「お父さんがいたころは、お母さん、働いてなかったじゃん。毎日、家にいてさ。それが、離婚してから急に働かなくちゃいけなくなって、家に帰ってきても、ぼくしかいないし、ぼく、あんまり家のこととか手伝ってないし……。やっぱり、たいへんだよね」
「光――」
お母さんの表情がくもった。少し哀しそうな目をして、光を見る。
「光……。お父さんとお母さんが離婚しないほうが良かったって、そう思ってる?」
「ううん!」
光は強く首を横にふった。
「離婚する前、お父さんとお母さん、毎日ケンカばっかりしてたよね。ぼくの前じゃ、二人とも、できるだけふつうの顔してたけど……。知ってたよ、ぼくも。お母さん……良く泣いてたよね。そんなつらい思いするなら、むりしていっしょにいることなんかない。少しくらい淋しくても、別れちゃったほうが良かったって、思ってる」
お母さんはじっと光の顔を見ていた。そして、小さくうなずく。
「そうよ。お母さんも、そう思ったの」
「だからお父さんと別れたんだよね。それがお母さんの、選択だったんだね」
「そうよ」
お母さんはうなずいた。
「お母さんは、まちがってないよ。自分で決めたことの責任を、ちゃんと自分ではたしてる。だからお母さんは、まちがってないよ」
お母さんは、自分が選んだ結果をちゃんと受け入れている。お父さんと二人で背負っていた責任を、今はたった一人で背負い続けて、それでもけんめいにがんばっている。
それがお母さんの、覚悟だ。
「光……」
お母さんは指先で、そっと目元をぬぐった。そうして、涙まじりの笑顔で笑顔で、光を見る。
「ありがとう、光。お母さんも、離婚はまちがいじゃないって思ってる。でも……あんたにそう言ってもらうと、ほんとうにうれしいわ」
光はポケットから、あのデジタルオーディオプレイヤーを出した。
ひかるが録音してくれた、いじめの証拠を。
「お母さん。ぼく、学校でずっと、いじめられてたんだ」
あの日の会話が再生された。
森本の声、福田の声、そして光の――ひかるの、声。
お母さんは息を飲んだ。大きく目を見開き、叫び声をおさえつけるように、片手で口をふさいだ。
「ごめん、お母さん。ぼく、ずっと言えなかった――!!」
その夜、光はお母さんと、夜遅くまでいろんなことを話しあった。
これからどうするの、と質問されて、光は、今はまだ、なにもするつもりはないよ、と答えた。
「さっきも言ったけど、今はクラスん中、けっこうおちついてるんだよ。いじめのリーダーだった森本ってヤツは、ずっと学校休んでるし。このままなにも起きないなら、ぼくはそれでいいと思うんだ」
「そう……。光がそう決めたんなら、お母さんも、もうなにも言わないわ」
お母さんは光の両手をにぎって、力強く言った。
「でも、あんた一人の力ではどうにもならないと思ったら、今度はもう、隠さないで。必ずお母さんに言ってね。お母さん、光のためなら、なんだってする。警察でも裁判所でも、どこへだって行くからね」
「お母さん」
光も、お母さんの手をぎゅっとにぎりかえした。
「光が戦うなら、お母さんもいっしょに戦う。二人っきりの家族なんだもの」
「うん。ありがとう、お母さん」
こんなに長いあいだ、お母さんと話をしたのは、ひさしぶりだった。
お母さんに、すなおにありがとうと言えたのも。
「あ……」
――そうだ。やっぱり、言わなくちゃ。
ひかるにも、「ありがとう」って、言わなくちゃ。
「お母さん、ごめん。ぼく、ちょっと出かけてくる」
「えっ? こんな夜中に?」
いけません、と言いかけたお母さんを、光はまっすぐに見上げた。
「だめなんだ。今すぐ行かなくちゃ、だめなんだよ」
今なら言える。でも、明日になったらまた、勇気がなくなってしまうかもしれない。
言わなくちゃ。ひかるに、会わなくちゃ。
「ほんの少しだけ。用事がすんだら、すぐに帰ってくる。約束するよ。だからお願い、お母さん!」
真剣な光の表情に、やがてお母さんも、あきらめたようにため息をついた。
「すぐ帰ってくるのよ。ケータイは持っていきなさい」
「うん! ありがとう、お母さん!」
光はジージャンをつかんで、ぱっと玄関へ向かった。
「なにかあったら、かならず連絡するのよ。お母さんが迎えに行くから」
「うん、わかってる。すぐに帰ってくるよ!」
靴をはくのももどかしく、光はマンションを飛び出した。
まっくらな夜の街を、あの歩道橋に向かって走る。
風はひどく冷たかった。もう冬が近いのだ。
けれどそんなことも、光はまったく気にならなかった。
やがて、六車線の大通りが見えてくる。
深夜になっても、幹線道路の交通量はあまり減っていない。大きなトラックが、昼間以上のスピードでどんどん走っていく。
そして、あの歩道橋の上に、ひかるはいた。
ひかるはとてもきれいだった。
長い髪が風にふわりとまいあがる。次々と足元を通りすぎる自動車のライトに照らされて、それはまるでひかるの翼みたいだった。
ひかる、と、光は大きな声で呼びかけようとした。
けれど全速力で走ってきたせいで、ぜいぜい息が切れて、うまく声が出ない。
「光」
さきにひかるのほうが、光の名を呼んだ。
「どうして、来たの?」
「どうしてって――」
苦しい息をおさえながら、どうにか光は声を出した。
「……迎えに、来たんだよ」
ゆっくりと、ひかるへ手を差し出す。
そして、気がついた。
ひかるの姿が、薄くなっている。
半透明の幽霊の姿が、さらに薄く、透けてしまっている。黒っぽいかっこいいパンツスーツは、ほとんど暗闇に溶けて、輪郭もはっきりわからないくらいだ。
「ど、どうしたの、ひかる……」
ひかるはなにも答えなかった。
だまって、優しい笑顔で、光を見ている。
「ね、ねえ。帰ろう。いっしょに家へ帰ろうよ、ひかる」
光は言った。
でも、その声が、みっともなくふるえだす。うわずって、まるで自分の声じゃないみたいだ。
「光――」
「帰ろう、ひかる! ゲーム、まだクリアしてないじゃんか! マンガだって――あれ、まだ連載中だよ。来週には、コミックスの最新刊が出るんだ。続きが読みたいって、ひかる、言ってたじゃんか!」
「ねえ、光」
「帰ろう、早く! また、ぼくのからだ、貸してあげるから!」
光は必死にしゃべり続けた。ひかるが口を開こうとするたびに、声をはりあげて、ひかるの言葉をかき消してしまう。
なにも聞きたくなかった。ひかるになにも言わせたくない。
聞いてしまったら――きっと、取り返しのつかないことになる。
「早く帰らないと、お母さんが心配する。だから、早くおいでよ、ひかる!」
ひかるは静かに、首を横にふった。
「家へは、あんたひとりで帰りなさい。あたしは……行けない」
「ど……どうして――。どうしてだよ、ひかる!」
今まで、ずっといっしょだったのに。
ひとつのからだを二人で使って、いっしょにゲームしたりマンガ読んだり、いろんなことを話したり。
とても楽しかった。
ひかるだって、とてもとても、楽しそうだったのに。
「ごめんよ、ひかる……。ぼくのこと、キライになっちゃったんだね。当然だよね。ぼく、ひかるにあんなひどいこと言っちゃって……」
光はこらえきれず、うつむいた。
そのほほに、すぅっと冷たい風のようなものがふれた。
ひかるの手だった。
「大好きよ。光」
光は顔をあげた。
ひかるが、光を見つめている。
今にも泣きそうな、けれどとてもきれいな笑顔で。
「じゃあ……、じゃあ、どうして――!」
「だってあたしは、もう死んじゃったんだもの」
透きとおったひかるの手は、たしかに光のほほにふれている。
けれど光は、それを感じることはできない。ただかすかに、冷たい風を感じるだけだ。
「あたしはもう、この世界のどこにもいないの。あんたが見てるあたしは、ただのまぼろしなのよ」
「う――うそだ!」
光は叫んだ。
「うそだ! そんなの、うそだ!!」
「いいえ。本当よ。光」
だって、ひかるはここにいるのに。
いろんなことを光に教えてくれて、今もこうして光と話をしているのに。
ひかるがまぼろしだと言うなら、どうしてこんなに苦しいんだ。胸の奥から熱い鋭い痛みがこみあげてきて、息もできないくらい、哀しいんだ。
「そんなこと、言わないでよ。ひかる……」
ぼろぼろと涙があふれてきた。
それでも光は、けんめいに笑おうとした。
なんでもないふりをして、笑って、そうして全部じょうだんだと思い込もうとした。
「そうだ、ひかる。ぼくのからだ、ひかるにあげるよ」
「――光!」
「言ってたじゃないか、ひかる。ぼくのからだがほしいって。だから、このからだをあげるよ。ぼくが幽霊になって、ひかるは生き返ればいい。そうすれば――」
「光」
静かに、ひかるは光の言葉をさえぎった。
「そんなこと、言っちゃだめだよ」
「どうして!? だって、ぼくはそれでいいんだ! ひかる……ひかる、あんなに楽しそうだったじゃないか。走ったり、ジャンプしたり、サッカーだって――! ぼくは、それを見てるだけで良かったんだ。ひかるが楽しいなら、ぼくだって楽しい。ぼく……ぼくは――!」
ひかるに、笑っていてもらいたいんだ。
ひかるが笑ってくれるなら、どんなことだって、できるよ。
「ぼくが、ひかるのためにしてあげられること……これしか、ないからさ。だから、ひかる――」
ひかるはもう一度、静かに首を横にふった。
「あんたに教えなきゃいけないことが、もうひとつ、残ってたね」
「ひかる……」
「ねえ、光。人はね、誰かの命を奪うことだけは、絶対にしちゃいけない。人の命を奪う権利は、この世の誰にも、ないんだよ」
ひかるは泣いていた。
涙が、すうっと銀の糸みたいに、ひかるのほほをこぼれていった。
「この世に生まれてきた以上、その命をむだにすることは、誰にも許されない。自分自身にもね。あんたの命を奪うことは、あたしにも、あんた自身にも、絶対に許されないの」
「だって……だって、ひかる――!」
ひかるの命は、奪われてしまったじゃないか。脇見運転していた、無責任なドライバーに。
「どうしてだか、わかる? 一度奪われた命は、もう二度と戻らないからだよ。あたしの命は、もう、誰にも取り戻せないの」
ひかるの姿が、ますます薄くなっていく。
声が遠ざかる。
「光。あたしのことなんか、もう、忘れちゃいな」
そんなこと、できない。光はそう叫ぼうとした。
どうして、ひかるのことを忘れられるだろう。
けれど。
「いいんだよ。忘れちゃいな。だってあたしは、もう死んじゃったんだから」
いやだよ、ひかる。
どうしてそんなことを言うの。
ぼくはまだ、ひかるといっしょにいたいよ。
もっともっと、ひかるといっしょに過ごしたい。二人でいろんなことを話して、いっぱい遊んで、いっぱい笑って。
そうだよ――ぼくは、ぼくは……!!
「あたしは、消えなきゃいけない。死んだ人間は死んだ人間、もうこの世界のどこにもいないの。あんたの目に、映っていちゃいけないんだよ」
もう、声が出ない。ひかるの名前が呼べない。
ひかるの姿が見えない。
行かないで、ひかる。
ぼくのそばから、いなくならないで。
「大好きよ、光」
ひかるは優しくささやいた。
冷たいひかるの手が、光のほほを包む。
くちびるがふれた。
その瞬間、光はたしかに、ひかるのぬくもりを感じた。
あたたかく、やさしい、ひかるのくちびるを感じた。
そしてひかるは消えてしまった。
それから、季節はあっという間に過ぎていった。
光の住む街にも、何度か雪が降り、冷たい冬が駆け抜けていった。
気がつけば、南のほうからちらほらと桜のたよりが届くようになり、そして、市立明京小学校も卒業式の日を迎えていた。
光は、四月から進学する市内の公立中学の制服を着て、卒業式に出席した。
六年B組38人全員が、なんとか無事にこの日を迎えることができた。
三学期もほとんど不登校だった森本も、卒業式にだけは出てきた。足りない出席日数をおぎなうために、春休み、特別に補習授業を受けるらしい。
出席番号順に名前を呼ばれ、ひとりひとり校長先生から卒業証書を受け取る。
光は胸をはって、どうどうと証書を受け取った。
保護者席にいるお母さんも、誇らしそうに光の姿を見つめていた。
式が終わると、今度は教室で、小学生最後の通信簿を受け取る。
ふつうならそのあと、担任の先生から、一年間の総まとめや、中学生になるにあたってのこころがまえなど、いろんなお話があるのだろう。
けれど相沢先生はほとんどなにも言わず、さっさと最後のホームルームを切り上げた。
「それじゃあみんな、春休みもじゅうぶんからだに気をつけてね。中学へ行っても、がんばってください」
先生のあいさつが終わると、生徒たちも自分の荷物をまとめ、次々に教室を出ていく。
光も早く帰ろうとした。
この教室にいたって、楽しい思い出がうかんでくるわけでもない。
――むしろ、ロクでもないことばっか、思い出すよな。
結局、卒業まで友達はできなかったし、福田や金子は、今でも光を怖がって、怪物でも見るかのような目で見る。森本なんか、不登校で卒業すらあぶなかった。
それでも、いい。
いやなことは、終わったんだ。もう思い出さなければいい。
教室を出ようとした時、ドアのそばに高倉が立っているのに気がついた。
高倉は、ほとんどの女子が着ている公立中学の制服ではなかった。見慣れない、ちょっとおしゃれなセーラー服を着ている。
「そっか。高倉、私立中学、受験したんだっけ。合格おめでとう」
高倉はあいかわらず素っ気なく、ぼそっと「ありがと」と言った。
「あたしが合格できたの、半分はあんたのおかげでもあるんだけどね」
「え、ぼくの?」
高倉はうなずいた。
「あたしさ、最初は受験するの、迷ってたんだ。勉強、めんどくさいし、受かる自信もなかったし。でも――公立中学に行ったら、またこいつらと三年間、いっしょじゃん」
二人は教室を見回した。
同じ小学校の出身者は、たいがい中学の学区も同じだ。
クラスは替わり、ほかの小学校出身者もおおぜいくわわるが、大半の生徒が同じ学校に顔をそろえることになる。
「絶対、いやだったの。こんなヤツらとまた三年間、つきあわなきゃいけないなんて。だからあたし、めちゃめちゃ勉強したよ。なにがなんでも、私立に合格してやるって。公立よりお金かかってたいへんだけど、親にもいっしょうけんめい頼んだ。あんたがあの時、さわぎを起こさなきゃ、あたし、きっと覚悟が決まらなかった。ずっと迷って、もしかしたら受験もしなかったかもしれない。あんたがあれだけのことやったから、あたしも思いきって受験決めたの。井上があれだけやったんだから、あたしにも絶対できるって、思って」
光はだまって、ちょっと横を向いてしまった。
あらためてそんなことを言われると、なんだかとても照れくさい。
――言わなきゃ、いけないかな。高倉に、私立に行ってもがんばれよって。
「井上は、地元の中学に行くの?」
「うん。ぼくん家、私立に通えるほど、お金ないしさ」
「そう。でも、今の井上なら、どこに行ってもきっと大丈夫だね」
小声でそんなことを話しているうちに、教室に残っている生徒の数は、どんどん減っていった。
ふと気がつくと、相沢先生が光たちのそばに来ていた。
「相沢先生……」
「ごめんなさいね、井上くん。きみには、本当に迷惑かけちゃって」
あいかわらず誰の目も見ないようにしながら、相沢先生は言った。
言葉のひとつひとつが聞き取りにくいくらいの早口だった。ほんとうは光となんか話もしたくない、という気持ちが見え見えだ。
「いいえ――」
どう返事していいかわからず、光はつい、ぶすっと答えてしまった。
「でもね、もう二度と、こんなことないから。あなたたちとも、これっきり会うこともなくなると思うわ」
「え? どういうことですか?」
「先生ね、この三月で学校、辞めることにしたの。――教師を辞めるの」
まるで同じ大人に話すみたいに、相沢先生は言った。
「無理だったみたい、わたしには。やりたいこととできることは違うって、よくわかったわ」
「教師を辞めて、どうするんですか?」
「親元に帰って、お見合いでもして、結婚するわ。それくらいしか、ないもの」
相沢先生はむりやり笑顔を作ろうとした。
けれどその笑いはとてもぎこちなくて、口元がひくひくしている。
「どうせこんなクラス、何年経ったって、同窓会やろうなんて思う子はひとりもいないだろうし。あなたたちとも、ほんとにもう、これっきりね。ごめんなさいね、一年間、なんの力にもなってあげられなくて。でも井上くんなら、わたしの手助けなんて、きっと必要なかったわよね?」
ええ、そうですね、と答えるのすら、腹が立って、光はもうなにも言わなかった。
「二人とも、ご家族が待ってらっしゃるわよ。急ぎなさい」
相沢先生は、窓の外を見下ろした。
校庭には保護者たちが立ち、それぞれの子供たちが出てくるのを待っている。
「はい、先生」
「さようなら、相沢先生」
二人のあいさつに、相沢先生も小さくお辞儀を返した。そして逃げるように、早足で教室から出ていった。
「――なに、あれ」
相沢先生が出ていくとすぐに、我慢できなくなったみたいに、高倉が言った。
「先生を辞めるって……結局、逃げるんじゃん! この一年、なんにもしなかったくせに。自分がなんにもできなかったの、まるで井上のせいみたいに言って……!」
光もうなずいた。
「そうだよ。先生は、逃げるんだ」
相沢先生が出ていったドアをにらみながら、光は言った。まるで、まだそこに先生がいるかのように。
「でも、これから先生は、『自分は逃げたんだ』っていう負い目を、一生せおっていくことになる。自分の負い目と戦うのは、他人と戦うより、ずっとつらくて、むずかしいんだ。先生はまだ、そのことを知らない」
「井上……」
びっくりした顔で、高倉が光を見上げる。
「あ――、いや……。その……前に、ぼくにそう教えてくれた人がいるんだ」
「そう……」
高倉は少し、とまどうような表情になった。
「じゃあその人、あたしにも言うかな。……おまえだって、逃げたんだろうって」
「どうして、高倉が?」
「だってあたし、このクラスの連中と同じ学校に行きたくなくて、中学受験したんだもん。一人だけ別の学校に行こうと思ってさ」
「それは違うよ」
すぐに、光は言い切った。
「新しい学校に行ったからって、うまく行くとは限らないだろ。どこにだって嫌なヤツはいるし、新しい友達作ってくのだって、いろいろ努力しなきゃだしさ。前からの仲間とつきあってくほうが、楽なことだってあるじゃん。でも高倉は、楽な道を選ばないで、思いきって全部新しい道を選んだんだ。この先、どんなつらいことがあるかわからないけど、それでも、自分で全部作り直すことを選んだんだろ。だからそれは、逃げたんじゃない。うまく言えないけど――高倉は、チャレンジして、戦うことのほうを選んだんだ」
「井上」
今度は高倉が、少し照れくさそうな顔をした。
そして、にっこりと笑う。
「うん」
――高倉がこんなふうに笑うの、初めて、見た。
笑うと、高倉はとても可愛い。
「井上にそう言ってもらうと、なんか、ちょっと安心する。自分に、自信持てる気がする」
「うん。高倉なら大丈夫だよ」
高倉は持っていたショルダーバッグの中から、パールブルーのスマートフォンを取りだした。
「スマホ、新しいの買ってもらったの。受験に合格したお祝いにって。今までのクラスの連絡網とか、全部消したし」
あんたもスマホ出してよ、と、高倉は光にせっついた。
「こわしたとかっていうのも、どうせうそなんでしょ」
「うん、まあ……」
高倉は慣れた手つきでスマホを操作した。
光のスマホが赤外線で情報を受信して、ヴーッと短くバイブする。
「今、新しいIDと電話番号、送ったから。このID教えたの、あんただけだし。なんかヘンなメッセージとか来たら、井上からだってすぐにわかるからね!」
「し、しないよ、そんなこと!」
そして二人は、いっしょに昇降口へ向かって歩き出した。
「連絡するよ」
「うん。あたしも」
靴を履き替え、上履きシューズはそのまま手に持って、外へ出る。
「あ、ママだ! じゃあね、井上! またね!」
先に、高倉が走りだした。その先には、着物を着たきれいな女の人が立っている。高倉のお母さんだろう。
光は手を振って、高倉を見送った。
そして気がつけば、光のお母さんも、光のすぐそばに来ていた。
「光。卒業おめでとう」
「ありがとう、お母さん」
光はお母さんと並んで、明京小学校の校門を出た。
「光、ずいぶん背が高くなったね。その詰め襟、買う時にも思ったけど。もうすぐ、お母さん、追い越されちゃうね」
「え、そうかな」
六年間、通い慣れた通学路を、お母さんと二人で歩く。
もう二度と、通うことはないだろう道を。
「お母さん。ごめん……、先に帰っててくれるかな」
「どうかしたの?」
「うん。――どうしても、一人で寄りたい場所があるんだ」
光は立ち止まった。
お母さんも立ち止まり、光の顔をじっと見る。
そして、小さくうなずいた。
「わかったわ。じゃあ、家で待ってるね」
「ごめん、お母さん。わがままばっか言って」
ううん、と、お母さんは首を横にふった。
「早く帰っておいで。お祝いのごちそう作って、待ってるから」
マンションへ向かうお母さんと別れて、光は今来た道を戻り始めた。
大型車が行き交う、六車線の幹線道路。三月になって交通量はさらに増え、空気はひどく埃っぽい。
その上にかかる歩道橋を、光は駆け上がる。
ここで、ひかると出逢った。
あの時は、手がかじかむほど冷たい風が吹いていた。けれど今は、あったかい春のひざしがいっぱいにふりそそいでいる。
光も変わった。
ぼろぼろにされたリュックをかかえ、うつむいて泣いていた光が、今はこうして、新しい制服に身を包んで、しっかりと両脚を踏みしめて立っている。
――ひかる。今日、ぼく、小学校を卒業したよ。四月からは、中学生だ。
胸の中で、光はひかるに話しかけた。
ひかるに初めて会った時には、こんな日が来るなんて、想像もできなかった。
あれは、たった数ヶ月前のことなのに。
ひかるに、いろんなことを教わった。
いっしょに過ごした時間は、とても短かったけれど。
あの時、ひかるに出逢わなければ、きっと、ここにこうして立っていることはできなかっただろう。
――ありがとう、ひかる。
ひかるのおかげだ。
もう、ぼくは迷わないよ。苦しくても、つらくても、もう逃げないよ。
みんな、ひかるが教えてくれたんだ。
ひかるが教えてくれた言葉は、今も、ひとつ残らず、この胸の中にある。
――でも。
ひかる。
きみがいない。
今のぼくを、きみに見せたいと思っても。この気持ちを、どんなにきみにつたえたいと思っても。
ひかる。きみがいないんだ。
この世界中、どこを探しても、きみがいない。きみの名前をどんなに叫んでも、きみに届かない。
きみに逢いたい。ひかるに逢いたい。
でも、どこにもきみはいないんだ!
「ひかる――っ!!」
吹き抜ける風に向かって、光は思いきり、ひかるの名前を叫んだ。
涙があふれる。
こんなぼくを、きみはまた、泣き虫だと言って笑うだろうか。
それでも、いいよね。
泣いても、ころんでも、いい。泥だらけになって、傷ついて、それでも。
ぼくはまた、立ち上がるよ。
逃げないこと。戦うこと。そして生きること。みんなひかるが教えてくれた。
だから、ぼくは生きていく。
ひかる。もう二度と、きみに逢えないけれど。
それでもぼくは、生きていく。きみに守ってもらったこの命を、絶対にむだにしないために。
「好きだよ、ひかる」
光は、つぶやいた。
届くはずのない、告白。
それでも。
「大好きだよ。ずっとずっと、きみが大好きだよ、ひかる――!!」
光の声は、風に乗って、大空の向こうへ消えていった。
END
登校も下校もわざと遠回りして、信号のある大きな交差点を通った。歩道橋の見える場所までも近づかない。
ひかるに会いたくなかった。
会えばなにか言いたくなるけれど、なにを言えばいいのかもわからない。
ひかるのことを考えるだけで、どうしていいかわからなくなる。大声で叫びだしそうになってしまう。
逃げるしかなかったのだ。
だから、あの次の日、教室であったことを、ひかるに報告することはできなかった。
次の日、クラスの三分の一が欠席した。
森本も金子も休んでいた。きっと、怖かったのだろう。女子は半分近くの生徒が欠席していた。
出席した生徒も、みんなひどく顔色が悪くて、おちつきがなかった。まるで、みんな病人みたいだった。
全員、自分の席についたままうつむいて、顔をあげようともしない。
たまたま誰かと目があってしまうと、逃げるように顔をそむける。
たまに光を見る者もいるが、光と目が合うと、あわてて目をそらす。光が今もクラス中の話し声を録音しているとでも、思っているのだろうか。
インフルエンザでも流行してるみたいなクラスの様子に、相沢先生もとても驚いていた。
けれど、生徒たちに理由をたずねようとはしなかった。欠席した生徒の親からは「病気です」とかなんとか、連絡は入っていたのだろうし。
高倉は出席していたけれど、光と目が合うと、怒ったような顔をして、すぐにぷいっと横を向いてしまった。
――ま、あいつが女のくせに愛想悪いのは、もともとか。
教室はお葬式みたいに静まり返り、ものすごく居心地が悪かった。
みんな、ひかるのせいだ。光はそう思った。
――ひかるなんか、だいっきらいだ。エラそうなことばっか言って、結局、ぼくのクラスをめちゃくちゃにしただけじゃないか。
だいたい、ひかるなんて、ぼくのからだを乗っ取ろうとした、ずうずうしいヤツなんだ。
口ではぼくを助けたなんて言ってるけど、ほんとはなにを考えてるか、わかるもんか。
見ろよ、この教室。みんな休んじゃって、ガラガラで、こんなの見たことない。
こんなことになったのも、みんな、ひかるのせいなんだ。
言ってやるべきだろうか。ひかるに、これがあんたがやったことの結果だって。
もう一度ひかるを、この教室に連れてきて、見せてやるべきなんじゃないか。
――いいや、そんなことしたって、何の意味もないだろう。
光は小さく首をふり、自分の考えを否定した。
ひかるはきっと、こうなることもわかっていたはずだ。光が怒って、ひかるを許さないことも、最初からわかっていたと言ったのだから。
――そうだ。もう、ひかるに会う必要なんか、ない。
それよりは、これからどうするかを、考えなくちゃ。
……どうするかって、でも、いったいなにを?
六年B組の教室は、とても静かだった。
授業中によけいなおしゃべりをする生徒もいないし、休み時間にもなんのさわぎも起こらない。ケンカも、もちろん、いじめも。
教室の外から見れば、生徒たちはみんなおちついて、とてもいい子たちに見えるだろう。
給食当番はみんなに平等に給食をくばったし、放課後のそうじも、当番の生徒たちがきちんとやった。誰かひとりにむりやり押しつけるなんてことは、なかった。
理科の授業では、実験班を、今度は出席番号順に分けたので、光もふつうに顕微鏡をのぞくことができた。
ふつうに勉強して、トラブルなく一日をすごすこと。光のかわりに誰かがいじめられたりしないこと。
それはたしかに、光が望んだとおりの一日だった。
――ひかるはほんとうに、ぼくの願いをかなえてくれたんだ。
けして、うれしいとすなおによろこべはしない。
どんよりと沈んだ教室を見回すと、息が止まりそうに胸が苦しくなる。
怯えきったクラスメイトたちの目を見ると、光も泣きたいくらい、つらい。
……それでも。
やがて週末をすぎ、翌週の月曜になると、金子や福田、そして木島も登校してきた。
森本はまだ、休んでいた。
金子たちはふたりともひどく不安そうで、おちつきがなかった。
木島はひどくおどおどして、きょろきょろまわりを見回してばかりだ。顔色も悪く、今にも吐きそうだ。
光はあえて、彼らを無視した。
休み時間も一人ですごし、誰とも口をきかない。
そうやって、福田たちに態度で示してやろうと思ったのだ。ぼくはもう、おまえらなんかに興味はない、おまえらがぼくをほっといてくれるなら、ぼくもおまえらをほっといてやる、と。
おどおどきょろきょろが止まらない木島に、光の考えはつたわっていないのかもしれないが。
「ばかだな、木島。あんなにびくびくして、まるでニワトリみてえ。あれじゃ今度は、木島がいじめられるかもしんないぞ……」
「そこまであんたが心配する必要、ないんじゃない?」
「えっ!?」
突然の声に、光はびっくりして、思わず飛びあがりそうになってしまった。
木島について考えていたことが、つい声になっていたらしい。
「い、今のはべつに――!」
光はあわててまわりを見回した。
「気にすることないって。木島だって、いじめられたくなきゃ、井上のまねすればいいって、わかってるはずだもん」
妙にしらけた声で言ったのは、高倉だった。
「高倉……」
「ほら。あたしも持ってるし」
高倉は、メタリックピンクの小さな機械をポケットから取り出した。メーカーはちがうが、光のものと同じようなデジタルオーディオプレイヤーだった。
「イトコのお姉ちゃんにもらったの。新しいのに買い換えたって言うからさ、いらなくなった古いのをね」
「へえ……」
「もしかして、気がついてないの? 今、女子の半分は持ってるよ」
「――マジ?」
「だからみんな、前みたいにおしゃべりとか始めてんじゃん。ま、録音されても困んないように、天気の話くらいしかしないけどさ」
「天気の話、ね……」
光は小さく苦笑いした。
今日は寒いですね、ええ、そうですね、なんて、まるで知らない人どうしのあいさつみたいだ。
それでも、教室に少しずつ話し声が戻っていることに、光もようやく気がついた。
光と高倉がしゃべっているのが気になるのか、ちらちらこっちを見ている生徒もいる。
だが、ほとんどの生徒は関心なさそうな顔をしていた。よけいなことには首をつっこまないようにしているのだろう。
以前なら、男子と女子がちょっと口をきいただけで、すぐおおげさにさわぎたて、意地悪くからかうヤツがいたのに。
「でも考えたら、前だって、似たような話しかしてないしね。テレビのこととか、マンガのこととかさ。大事なことは、誰も話してなかったよ」
あまり感情のない声で、それこそお天気の話でもするみたいに、高倉は言った。
「このプレイヤーもらう時、あんたのやったこと、イトコに全部話したんだ。そしたらお姉ちゃん、『そいつ、すげーヤなヤツだね』って。『ヤなヤツ、マジ、友達になりたくないね。……でも、すげーアタマいいね』ってさ」
高倉は、まっすぐに光を見た。
「あたしもそう思う。井上、あんたって、マジで嫌なヤツだよね」
「……うん」
光はうなずいた。
――そうだ。ぼくはいやなヤツだ。
ひかるはぼくを守って、ぼくのために戦ってくれたのに。ぼくが望んでいたとおりの結果をもたらしてくれたのに。
ぼくはそれに、感謝することもできない。今もまだ、ひかるを許せないでいるんだ。
ぼくは……ひかるに守ってもらう価値なんて、きっと、なかったのに。
「でもあたし、あんたのしたことに、感謝してる」
はっきりと、高倉は言った。
「……え?」
「あたし……。ずっと、怖かった。あんたがいつか自殺するんじゃないかと思って」
するんじゃないか――じゃなくて、ほんとうに、しようと思ってたんだよ。その言葉を、光はぐっと飲み込んだ。
「そうなったらどうしようって、ずっと、怖かったんだ。いじめ自殺とかってなったら、きっとマスコミとかもいっぱい来て、大さわぎになっちゃう。そんな中で、クラス全員、顔隠しながら、あんたのお葬式とか行かされたりしてさ……。ほんとにそうなっちゃったらどうしようって、そんなことばっか、考えてたんだ。すげーヤなヤツだよね、あたしもさ。あんたがいじめられてるの、止めもしなかったくせに……!」
「高倉……」
高倉はちょっと、泣いているのかもしれない。光はそう思った。
「でもさ。あんた、もう自殺なんかしないよね」
「うん」
「ほかのヤツもさ、不登校してる森本だって、そうやって家ん中に引きこもってりゃ、とりあえず安全だしさ。少なくとも自殺だけはしないよね。あんたが森本ん家までおっかけてって、いじめのしかえししないかぎり」
「しないよ、そんなこと。めんどくさい」
ちょっとだけ、高倉は笑った。
「井上なら、そう言うと思った」
その笑顔に、光もなんだかほっとした。
やがてチャイムが鳴り、次の授業が始まった。
光はあわてて自分の席についた。高倉も、窓ぎわの席に戻る。
六年B組の教室はあいかわらず静かで、体育の時間なども、まったく活気がなかった。
それでも大きなトラブルはなく、また平穏に一日が終わった。
――これで、良かったんだろうか。
また遠回りして家に帰りながら、光は考えた。
高倉が言ったことを、ひかるに教えてあげようか。
クラスの中にも一人は、ひかるに感謝している子がいるって。
何度か立ち止まり、あの歩道橋へ行こうとした。
でも、どんな顔をしてひかるに会えばいいのか、わからない。
ひかるに会う、勇気がない。
結局、光はそのまま家に帰った。
マンションの玄関を開けるとすぐ、スマホが鳴った。
「あ、もしもし、光? ごめんね、お母さん、帰るの少し遅くなりそうなの。晩ご飯は……」
「うん、いいよ。カップメンでも食べてる」
お母さんが残業で遅くなるのは、今までにも何度かあった。そのたびに、光は一人でずっと留守番をしていた。
光はゲームやマンガで時間をつぶし、夕方になると、お湯を沸かしてカップメンを作った。
宿題を終わらせて、お風呂の用意をしても、お母さんをまだ帰ってこなかった。
お母さんが帰ってきたのは、夜九時近くになってからだった。
「ごめんね、光。遅くなっちゃって。ごはん、どうした?」
「うん、カップラーメン食べたよ」
「それだけじゃ、おなかすくでしょ。なにか、夜食作ろうか。お母さんもおなかすいたし」
「お母さん……。いいよ、ぼくがやる」
光は立ち上がった。お母さんをキッチンの椅子に座らせる。
「て言っても、カップメンくらいしか作れないけどさ。あ、それとも、パンでも焼こうか」
「どうしたの、光。急に親切になっちゃって」
お母さんは優しく、くすくす笑った。
「うん……」
光は少し、ためらった。
でも、思いきってお母さんにたずねてみる。
「お母さん、仕事、たいへん?」
「光……。どうしたの、いきなり」
「お父さんがいたころは、お母さん、働いてなかったじゃん。毎日、家にいてさ。それが、離婚してから急に働かなくちゃいけなくなって、家に帰ってきても、ぼくしかいないし、ぼく、あんまり家のこととか手伝ってないし……。やっぱり、たいへんだよね」
「光――」
お母さんの表情がくもった。少し哀しそうな目をして、光を見る。
「光……。お父さんとお母さんが離婚しないほうが良かったって、そう思ってる?」
「ううん!」
光は強く首を横にふった。
「離婚する前、お父さんとお母さん、毎日ケンカばっかりしてたよね。ぼくの前じゃ、二人とも、できるだけふつうの顔してたけど……。知ってたよ、ぼくも。お母さん……良く泣いてたよね。そんなつらい思いするなら、むりしていっしょにいることなんかない。少しくらい淋しくても、別れちゃったほうが良かったって、思ってる」
お母さんはじっと光の顔を見ていた。そして、小さくうなずく。
「そうよ。お母さんも、そう思ったの」
「だからお父さんと別れたんだよね。それがお母さんの、選択だったんだね」
「そうよ」
お母さんはうなずいた。
「お母さんは、まちがってないよ。自分で決めたことの責任を、ちゃんと自分ではたしてる。だからお母さんは、まちがってないよ」
お母さんは、自分が選んだ結果をちゃんと受け入れている。お父さんと二人で背負っていた責任を、今はたった一人で背負い続けて、それでもけんめいにがんばっている。
それがお母さんの、覚悟だ。
「光……」
お母さんは指先で、そっと目元をぬぐった。そうして、涙まじりの笑顔で笑顔で、光を見る。
「ありがとう、光。お母さんも、離婚はまちがいじゃないって思ってる。でも……あんたにそう言ってもらうと、ほんとうにうれしいわ」
光はポケットから、あのデジタルオーディオプレイヤーを出した。
ひかるが録音してくれた、いじめの証拠を。
「お母さん。ぼく、学校でずっと、いじめられてたんだ」
あの日の会話が再生された。
森本の声、福田の声、そして光の――ひかるの、声。
お母さんは息を飲んだ。大きく目を見開き、叫び声をおさえつけるように、片手で口をふさいだ。
「ごめん、お母さん。ぼく、ずっと言えなかった――!!」
その夜、光はお母さんと、夜遅くまでいろんなことを話しあった。
これからどうするの、と質問されて、光は、今はまだ、なにもするつもりはないよ、と答えた。
「さっきも言ったけど、今はクラスん中、けっこうおちついてるんだよ。いじめのリーダーだった森本ってヤツは、ずっと学校休んでるし。このままなにも起きないなら、ぼくはそれでいいと思うんだ」
「そう……。光がそう決めたんなら、お母さんも、もうなにも言わないわ」
お母さんは光の両手をにぎって、力強く言った。
「でも、あんた一人の力ではどうにもならないと思ったら、今度はもう、隠さないで。必ずお母さんに言ってね。お母さん、光のためなら、なんだってする。警察でも裁判所でも、どこへだって行くからね」
「お母さん」
光も、お母さんの手をぎゅっとにぎりかえした。
「光が戦うなら、お母さんもいっしょに戦う。二人っきりの家族なんだもの」
「うん。ありがとう、お母さん」
こんなに長いあいだ、お母さんと話をしたのは、ひさしぶりだった。
お母さんに、すなおにありがとうと言えたのも。
「あ……」
――そうだ。やっぱり、言わなくちゃ。
ひかるにも、「ありがとう」って、言わなくちゃ。
「お母さん、ごめん。ぼく、ちょっと出かけてくる」
「えっ? こんな夜中に?」
いけません、と言いかけたお母さんを、光はまっすぐに見上げた。
「だめなんだ。今すぐ行かなくちゃ、だめなんだよ」
今なら言える。でも、明日になったらまた、勇気がなくなってしまうかもしれない。
言わなくちゃ。ひかるに、会わなくちゃ。
「ほんの少しだけ。用事がすんだら、すぐに帰ってくる。約束するよ。だからお願い、お母さん!」
真剣な光の表情に、やがてお母さんも、あきらめたようにため息をついた。
「すぐ帰ってくるのよ。ケータイは持っていきなさい」
「うん! ありがとう、お母さん!」
光はジージャンをつかんで、ぱっと玄関へ向かった。
「なにかあったら、かならず連絡するのよ。お母さんが迎えに行くから」
「うん、わかってる。すぐに帰ってくるよ!」
靴をはくのももどかしく、光はマンションを飛び出した。
まっくらな夜の街を、あの歩道橋に向かって走る。
風はひどく冷たかった。もう冬が近いのだ。
けれどそんなことも、光はまったく気にならなかった。
やがて、六車線の大通りが見えてくる。
深夜になっても、幹線道路の交通量はあまり減っていない。大きなトラックが、昼間以上のスピードでどんどん走っていく。
そして、あの歩道橋の上に、ひかるはいた。
ひかるはとてもきれいだった。
長い髪が風にふわりとまいあがる。次々と足元を通りすぎる自動車のライトに照らされて、それはまるでひかるの翼みたいだった。
ひかる、と、光は大きな声で呼びかけようとした。
けれど全速力で走ってきたせいで、ぜいぜい息が切れて、うまく声が出ない。
「光」
さきにひかるのほうが、光の名を呼んだ。
「どうして、来たの?」
「どうしてって――」
苦しい息をおさえながら、どうにか光は声を出した。
「……迎えに、来たんだよ」
ゆっくりと、ひかるへ手を差し出す。
そして、気がついた。
ひかるの姿が、薄くなっている。
半透明の幽霊の姿が、さらに薄く、透けてしまっている。黒っぽいかっこいいパンツスーツは、ほとんど暗闇に溶けて、輪郭もはっきりわからないくらいだ。
「ど、どうしたの、ひかる……」
ひかるはなにも答えなかった。
だまって、優しい笑顔で、光を見ている。
「ね、ねえ。帰ろう。いっしょに家へ帰ろうよ、ひかる」
光は言った。
でも、その声が、みっともなくふるえだす。うわずって、まるで自分の声じゃないみたいだ。
「光――」
「帰ろう、ひかる! ゲーム、まだクリアしてないじゃんか! マンガだって――あれ、まだ連載中だよ。来週には、コミックスの最新刊が出るんだ。続きが読みたいって、ひかる、言ってたじゃんか!」
「ねえ、光」
「帰ろう、早く! また、ぼくのからだ、貸してあげるから!」
光は必死にしゃべり続けた。ひかるが口を開こうとするたびに、声をはりあげて、ひかるの言葉をかき消してしまう。
なにも聞きたくなかった。ひかるになにも言わせたくない。
聞いてしまったら――きっと、取り返しのつかないことになる。
「早く帰らないと、お母さんが心配する。だから、早くおいでよ、ひかる!」
ひかるは静かに、首を横にふった。
「家へは、あんたひとりで帰りなさい。あたしは……行けない」
「ど……どうして――。どうしてだよ、ひかる!」
今まで、ずっといっしょだったのに。
ひとつのからだを二人で使って、いっしょにゲームしたりマンガ読んだり、いろんなことを話したり。
とても楽しかった。
ひかるだって、とてもとても、楽しそうだったのに。
「ごめんよ、ひかる……。ぼくのこと、キライになっちゃったんだね。当然だよね。ぼく、ひかるにあんなひどいこと言っちゃって……」
光はこらえきれず、うつむいた。
そのほほに、すぅっと冷たい風のようなものがふれた。
ひかるの手だった。
「大好きよ。光」
光は顔をあげた。
ひかるが、光を見つめている。
今にも泣きそうな、けれどとてもきれいな笑顔で。
「じゃあ……、じゃあ、どうして――!」
「だってあたしは、もう死んじゃったんだもの」
透きとおったひかるの手は、たしかに光のほほにふれている。
けれど光は、それを感じることはできない。ただかすかに、冷たい風を感じるだけだ。
「あたしはもう、この世界のどこにもいないの。あんたが見てるあたしは、ただのまぼろしなのよ」
「う――うそだ!」
光は叫んだ。
「うそだ! そんなの、うそだ!!」
「いいえ。本当よ。光」
だって、ひかるはここにいるのに。
いろんなことを光に教えてくれて、今もこうして光と話をしているのに。
ひかるがまぼろしだと言うなら、どうしてこんなに苦しいんだ。胸の奥から熱い鋭い痛みがこみあげてきて、息もできないくらい、哀しいんだ。
「そんなこと、言わないでよ。ひかる……」
ぼろぼろと涙があふれてきた。
それでも光は、けんめいに笑おうとした。
なんでもないふりをして、笑って、そうして全部じょうだんだと思い込もうとした。
「そうだ、ひかる。ぼくのからだ、ひかるにあげるよ」
「――光!」
「言ってたじゃないか、ひかる。ぼくのからだがほしいって。だから、このからだをあげるよ。ぼくが幽霊になって、ひかるは生き返ればいい。そうすれば――」
「光」
静かに、ひかるは光の言葉をさえぎった。
「そんなこと、言っちゃだめだよ」
「どうして!? だって、ぼくはそれでいいんだ! ひかる……ひかる、あんなに楽しそうだったじゃないか。走ったり、ジャンプしたり、サッカーだって――! ぼくは、それを見てるだけで良かったんだ。ひかるが楽しいなら、ぼくだって楽しい。ぼく……ぼくは――!」
ひかるに、笑っていてもらいたいんだ。
ひかるが笑ってくれるなら、どんなことだって、できるよ。
「ぼくが、ひかるのためにしてあげられること……これしか、ないからさ。だから、ひかる――」
ひかるはもう一度、静かに首を横にふった。
「あんたに教えなきゃいけないことが、もうひとつ、残ってたね」
「ひかる……」
「ねえ、光。人はね、誰かの命を奪うことだけは、絶対にしちゃいけない。人の命を奪う権利は、この世の誰にも、ないんだよ」
ひかるは泣いていた。
涙が、すうっと銀の糸みたいに、ひかるのほほをこぼれていった。
「この世に生まれてきた以上、その命をむだにすることは、誰にも許されない。自分自身にもね。あんたの命を奪うことは、あたしにも、あんた自身にも、絶対に許されないの」
「だって……だって、ひかる――!」
ひかるの命は、奪われてしまったじゃないか。脇見運転していた、無責任なドライバーに。
「どうしてだか、わかる? 一度奪われた命は、もう二度と戻らないからだよ。あたしの命は、もう、誰にも取り戻せないの」
ひかるの姿が、ますます薄くなっていく。
声が遠ざかる。
「光。あたしのことなんか、もう、忘れちゃいな」
そんなこと、できない。光はそう叫ぼうとした。
どうして、ひかるのことを忘れられるだろう。
けれど。
「いいんだよ。忘れちゃいな。だってあたしは、もう死んじゃったんだから」
いやだよ、ひかる。
どうしてそんなことを言うの。
ぼくはまだ、ひかるといっしょにいたいよ。
もっともっと、ひかるといっしょに過ごしたい。二人でいろんなことを話して、いっぱい遊んで、いっぱい笑って。
そうだよ――ぼくは、ぼくは……!!
「あたしは、消えなきゃいけない。死んだ人間は死んだ人間、もうこの世界のどこにもいないの。あんたの目に、映っていちゃいけないんだよ」
もう、声が出ない。ひかるの名前が呼べない。
ひかるの姿が見えない。
行かないで、ひかる。
ぼくのそばから、いなくならないで。
「大好きよ、光」
ひかるは優しくささやいた。
冷たいひかるの手が、光のほほを包む。
くちびるがふれた。
その瞬間、光はたしかに、ひかるのぬくもりを感じた。
あたたかく、やさしい、ひかるのくちびるを感じた。
そしてひかるは消えてしまった。
それから、季節はあっという間に過ぎていった。
光の住む街にも、何度か雪が降り、冷たい冬が駆け抜けていった。
気がつけば、南のほうからちらほらと桜のたよりが届くようになり、そして、市立明京小学校も卒業式の日を迎えていた。
光は、四月から進学する市内の公立中学の制服を着て、卒業式に出席した。
六年B組38人全員が、なんとか無事にこの日を迎えることができた。
三学期もほとんど不登校だった森本も、卒業式にだけは出てきた。足りない出席日数をおぎなうために、春休み、特別に補習授業を受けるらしい。
出席番号順に名前を呼ばれ、ひとりひとり校長先生から卒業証書を受け取る。
光は胸をはって、どうどうと証書を受け取った。
保護者席にいるお母さんも、誇らしそうに光の姿を見つめていた。
式が終わると、今度は教室で、小学生最後の通信簿を受け取る。
ふつうならそのあと、担任の先生から、一年間の総まとめや、中学生になるにあたってのこころがまえなど、いろんなお話があるのだろう。
けれど相沢先生はほとんどなにも言わず、さっさと最後のホームルームを切り上げた。
「それじゃあみんな、春休みもじゅうぶんからだに気をつけてね。中学へ行っても、がんばってください」
先生のあいさつが終わると、生徒たちも自分の荷物をまとめ、次々に教室を出ていく。
光も早く帰ろうとした。
この教室にいたって、楽しい思い出がうかんでくるわけでもない。
――むしろ、ロクでもないことばっか、思い出すよな。
結局、卒業まで友達はできなかったし、福田や金子は、今でも光を怖がって、怪物でも見るかのような目で見る。森本なんか、不登校で卒業すらあぶなかった。
それでも、いい。
いやなことは、終わったんだ。もう思い出さなければいい。
教室を出ようとした時、ドアのそばに高倉が立っているのに気がついた。
高倉は、ほとんどの女子が着ている公立中学の制服ではなかった。見慣れない、ちょっとおしゃれなセーラー服を着ている。
「そっか。高倉、私立中学、受験したんだっけ。合格おめでとう」
高倉はあいかわらず素っ気なく、ぼそっと「ありがと」と言った。
「あたしが合格できたの、半分はあんたのおかげでもあるんだけどね」
「え、ぼくの?」
高倉はうなずいた。
「あたしさ、最初は受験するの、迷ってたんだ。勉強、めんどくさいし、受かる自信もなかったし。でも――公立中学に行ったら、またこいつらと三年間、いっしょじゃん」
二人は教室を見回した。
同じ小学校の出身者は、たいがい中学の学区も同じだ。
クラスは替わり、ほかの小学校出身者もおおぜいくわわるが、大半の生徒が同じ学校に顔をそろえることになる。
「絶対、いやだったの。こんなヤツらとまた三年間、つきあわなきゃいけないなんて。だからあたし、めちゃめちゃ勉強したよ。なにがなんでも、私立に合格してやるって。公立よりお金かかってたいへんだけど、親にもいっしょうけんめい頼んだ。あんたがあの時、さわぎを起こさなきゃ、あたし、きっと覚悟が決まらなかった。ずっと迷って、もしかしたら受験もしなかったかもしれない。あんたがあれだけのことやったから、あたしも思いきって受験決めたの。井上があれだけやったんだから、あたしにも絶対できるって、思って」
光はだまって、ちょっと横を向いてしまった。
あらためてそんなことを言われると、なんだかとても照れくさい。
――言わなきゃ、いけないかな。高倉に、私立に行ってもがんばれよって。
「井上は、地元の中学に行くの?」
「うん。ぼくん家、私立に通えるほど、お金ないしさ」
「そう。でも、今の井上なら、どこに行ってもきっと大丈夫だね」
小声でそんなことを話しているうちに、教室に残っている生徒の数は、どんどん減っていった。
ふと気がつくと、相沢先生が光たちのそばに来ていた。
「相沢先生……」
「ごめんなさいね、井上くん。きみには、本当に迷惑かけちゃって」
あいかわらず誰の目も見ないようにしながら、相沢先生は言った。
言葉のひとつひとつが聞き取りにくいくらいの早口だった。ほんとうは光となんか話もしたくない、という気持ちが見え見えだ。
「いいえ――」
どう返事していいかわからず、光はつい、ぶすっと答えてしまった。
「でもね、もう二度と、こんなことないから。あなたたちとも、これっきり会うこともなくなると思うわ」
「え? どういうことですか?」
「先生ね、この三月で学校、辞めることにしたの。――教師を辞めるの」
まるで同じ大人に話すみたいに、相沢先生は言った。
「無理だったみたい、わたしには。やりたいこととできることは違うって、よくわかったわ」
「教師を辞めて、どうするんですか?」
「親元に帰って、お見合いでもして、結婚するわ。それくらいしか、ないもの」
相沢先生はむりやり笑顔を作ろうとした。
けれどその笑いはとてもぎこちなくて、口元がひくひくしている。
「どうせこんなクラス、何年経ったって、同窓会やろうなんて思う子はひとりもいないだろうし。あなたたちとも、ほんとにもう、これっきりね。ごめんなさいね、一年間、なんの力にもなってあげられなくて。でも井上くんなら、わたしの手助けなんて、きっと必要なかったわよね?」
ええ、そうですね、と答えるのすら、腹が立って、光はもうなにも言わなかった。
「二人とも、ご家族が待ってらっしゃるわよ。急ぎなさい」
相沢先生は、窓の外を見下ろした。
校庭には保護者たちが立ち、それぞれの子供たちが出てくるのを待っている。
「はい、先生」
「さようなら、相沢先生」
二人のあいさつに、相沢先生も小さくお辞儀を返した。そして逃げるように、早足で教室から出ていった。
「――なに、あれ」
相沢先生が出ていくとすぐに、我慢できなくなったみたいに、高倉が言った。
「先生を辞めるって……結局、逃げるんじゃん! この一年、なんにもしなかったくせに。自分がなんにもできなかったの、まるで井上のせいみたいに言って……!」
光もうなずいた。
「そうだよ。先生は、逃げるんだ」
相沢先生が出ていったドアをにらみながら、光は言った。まるで、まだそこに先生がいるかのように。
「でも、これから先生は、『自分は逃げたんだ』っていう負い目を、一生せおっていくことになる。自分の負い目と戦うのは、他人と戦うより、ずっとつらくて、むずかしいんだ。先生はまだ、そのことを知らない」
「井上……」
びっくりした顔で、高倉が光を見上げる。
「あ――、いや……。その……前に、ぼくにそう教えてくれた人がいるんだ」
「そう……」
高倉は少し、とまどうような表情になった。
「じゃあその人、あたしにも言うかな。……おまえだって、逃げたんだろうって」
「どうして、高倉が?」
「だってあたし、このクラスの連中と同じ学校に行きたくなくて、中学受験したんだもん。一人だけ別の学校に行こうと思ってさ」
「それは違うよ」
すぐに、光は言い切った。
「新しい学校に行ったからって、うまく行くとは限らないだろ。どこにだって嫌なヤツはいるし、新しい友達作ってくのだって、いろいろ努力しなきゃだしさ。前からの仲間とつきあってくほうが、楽なことだってあるじゃん。でも高倉は、楽な道を選ばないで、思いきって全部新しい道を選んだんだ。この先、どんなつらいことがあるかわからないけど、それでも、自分で全部作り直すことを選んだんだろ。だからそれは、逃げたんじゃない。うまく言えないけど――高倉は、チャレンジして、戦うことのほうを選んだんだ」
「井上」
今度は高倉が、少し照れくさそうな顔をした。
そして、にっこりと笑う。
「うん」
――高倉がこんなふうに笑うの、初めて、見た。
笑うと、高倉はとても可愛い。
「井上にそう言ってもらうと、なんか、ちょっと安心する。自分に、自信持てる気がする」
「うん。高倉なら大丈夫だよ」
高倉は持っていたショルダーバッグの中から、パールブルーのスマートフォンを取りだした。
「スマホ、新しいの買ってもらったの。受験に合格したお祝いにって。今までのクラスの連絡網とか、全部消したし」
あんたもスマホ出してよ、と、高倉は光にせっついた。
「こわしたとかっていうのも、どうせうそなんでしょ」
「うん、まあ……」
高倉は慣れた手つきでスマホを操作した。
光のスマホが赤外線で情報を受信して、ヴーッと短くバイブする。
「今、新しいIDと電話番号、送ったから。このID教えたの、あんただけだし。なんかヘンなメッセージとか来たら、井上からだってすぐにわかるからね!」
「し、しないよ、そんなこと!」
そして二人は、いっしょに昇降口へ向かって歩き出した。
「連絡するよ」
「うん。あたしも」
靴を履き替え、上履きシューズはそのまま手に持って、外へ出る。
「あ、ママだ! じゃあね、井上! またね!」
先に、高倉が走りだした。その先には、着物を着たきれいな女の人が立っている。高倉のお母さんだろう。
光は手を振って、高倉を見送った。
そして気がつけば、光のお母さんも、光のすぐそばに来ていた。
「光。卒業おめでとう」
「ありがとう、お母さん」
光はお母さんと並んで、明京小学校の校門を出た。
「光、ずいぶん背が高くなったね。その詰め襟、買う時にも思ったけど。もうすぐ、お母さん、追い越されちゃうね」
「え、そうかな」
六年間、通い慣れた通学路を、お母さんと二人で歩く。
もう二度と、通うことはないだろう道を。
「お母さん。ごめん……、先に帰っててくれるかな」
「どうかしたの?」
「うん。――どうしても、一人で寄りたい場所があるんだ」
光は立ち止まった。
お母さんも立ち止まり、光の顔をじっと見る。
そして、小さくうなずいた。
「わかったわ。じゃあ、家で待ってるね」
「ごめん、お母さん。わがままばっか言って」
ううん、と、お母さんは首を横にふった。
「早く帰っておいで。お祝いのごちそう作って、待ってるから」
マンションへ向かうお母さんと別れて、光は今来た道を戻り始めた。
大型車が行き交う、六車線の幹線道路。三月になって交通量はさらに増え、空気はひどく埃っぽい。
その上にかかる歩道橋を、光は駆け上がる。
ここで、ひかると出逢った。
あの時は、手がかじかむほど冷たい風が吹いていた。けれど今は、あったかい春のひざしがいっぱいにふりそそいでいる。
光も変わった。
ぼろぼろにされたリュックをかかえ、うつむいて泣いていた光が、今はこうして、新しい制服に身を包んで、しっかりと両脚を踏みしめて立っている。
――ひかる。今日、ぼく、小学校を卒業したよ。四月からは、中学生だ。
胸の中で、光はひかるに話しかけた。
ひかるに初めて会った時には、こんな日が来るなんて、想像もできなかった。
あれは、たった数ヶ月前のことなのに。
ひかるに、いろんなことを教わった。
いっしょに過ごした時間は、とても短かったけれど。
あの時、ひかるに出逢わなければ、きっと、ここにこうして立っていることはできなかっただろう。
――ありがとう、ひかる。
ひかるのおかげだ。
もう、ぼくは迷わないよ。苦しくても、つらくても、もう逃げないよ。
みんな、ひかるが教えてくれたんだ。
ひかるが教えてくれた言葉は、今も、ひとつ残らず、この胸の中にある。
――でも。
ひかる。
きみがいない。
今のぼくを、きみに見せたいと思っても。この気持ちを、どんなにきみにつたえたいと思っても。
ひかる。きみがいないんだ。
この世界中、どこを探しても、きみがいない。きみの名前をどんなに叫んでも、きみに届かない。
きみに逢いたい。ひかるに逢いたい。
でも、どこにもきみはいないんだ!
「ひかる――っ!!」
吹き抜ける風に向かって、光は思いきり、ひかるの名前を叫んだ。
涙があふれる。
こんなぼくを、きみはまた、泣き虫だと言って笑うだろうか。
それでも、いいよね。
泣いても、ころんでも、いい。泥だらけになって、傷ついて、それでも。
ぼくはまた、立ち上がるよ。
逃げないこと。戦うこと。そして生きること。みんなひかるが教えてくれた。
だから、ぼくは生きていく。
ひかる。もう二度と、きみに逢えないけれど。
それでもぼくは、生きていく。きみに守ってもらったこの命を、絶対にむだにしないために。
「好きだよ、ひかる」
光は、つぶやいた。
届くはずのない、告白。
それでも。
「大好きだよ。ずっとずっと、きみが大好きだよ、ひかる――!!」
光の声は、風に乗って、大空の向こうへ消えていった。
END
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