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出会い
どんな時も、癒やされる『冬人』
しおりを挟む「そういうことだから。桜井、風紀委員長よろしくな」
人を騙しておきながら平然と伝えてくる男に、俺は不快感を募らせた。
「風紀委員長おめでとう」
態とらしく笑ってみせる、緒方 忍(おがた しのぶ)。
その表情と言葉に眉根を寄せた。
「何を言っている。俺は風紀副委員長だろう」
「いや、桜井は委員長だって。副委員長は、俺」
一般的に爽やかと評されるであろう笑みを浮かべながら、緒方は言う。
…どこが爽やかな好青年なんだ。腹黒い男の間違いだ。
教師や生徒、大多数の人間が、事実を誤認している。
こいつの本質は爽やかとは程遠い。ましてや好青年など、有り得ない。
苦々しい気持ちになり、眉間に皺が寄る。
腹立たしいな。
…仕組まれたこともそうだが、まんまと罠に掛かったことが、一番腹立たしい。
流石に、入学式の二日前に就任させられるとは、予想外だった。
桜乃学園の生徒会と風紀委員会は特殊だ。
生徒会は『学園の運営及び行事執行』を、風紀は『学園の保安維持及び生徒の管理』を、それぞれ担っている。
当然仕事は激務だが、相応の特権が与えられる。
中でも、多忙を極めるのが役職持ちだ。
―生徒会は全員、風紀委員会は風紀委員長と風紀副委員長。
役職持ちは仕事量が増える。その代わり、更なる特権も与えられ、優遇される。
俺は諸事情により、風紀副委員長になる必要があった。
委員長でも構わないが…何かと不都合だ。
「ちなみに、柏木先輩にサインしてもらって、書類は提出してあるからな」
つまり、変更も拒否も不可能な決定事項である、と言いたいらしい。
柏木先輩は前年度の風紀委員長だ。
生徒会長・風紀委員長に就任する為には、前年度の会長や委員長に任命されなくてはならない。
無論、本人の意思が尊重されるよう、辞退も出来る。
…俺は辞退したはずだが、無理矢理就任させられた理由は分かっている。
「柏木先輩から、伝言。桜井、騙して悪かった。だが、緒方には風紀委員長を任せられない。ブラックカードを渡すのも不安でな。悪いが、後は頼んだ」
やはり、そうか。
この男に風紀委員長を任せられない気持ちは分かる。ただ、それは俺や他の風紀委員がフォローすればいい。
問題はブラックカードだ。
生徒会長と風紀委員長、そして理事長だけが持つカードには、寮を含む、全ての部屋に出入り可能となっている。
…確かに、緒方にブラックカードを渡すのは不安だ。出来れば渡したくない。
悪用するとまでは思わないが、必要以上にカードを使用し、利用するだろうことは、容易に予測できる。
「そういうことだから。桜井、風紀委員長よろしくな」
平然としたまま告げる男に、苛立つ気持ちを抑える。
…俺は緒方と相性が悪い。一々言動が癇に障るくらいには。
不意に、携帯が無音で振動した。恐らく、メールを受信したのだろう。
確認すると、弟―春人からだった。
委員会頑張って。
文面を見ると同時に、笑顔を思い出す。
春人…。
その瞬間、怒りは霧散し、心が安らいだ。
どんな時も、春人には癒やされる。
笑顔を思い出しただけで、気分が安らぎ、落ち着く。
俺の変化に目敏く気付いた緒方が、爽やかな笑顔―俺には、そう思えず、見えない―で話しかけてくる。
「うわ、桜井のそんな顔初めて見た」
「……」
返事をする気にもなれず、視線で問う。
「優しいっていうか、柔らかいっていうか…いつもは無表情で冷徹で、人間味の欠片もないのに」
「……」
事実ではあるが、言いたい放題だな。
まあ、どうでもいいことだ。
「そういや、桜井の弟…春人くんだっけ?」
「何故知っている」
おかしい。
春人の名前は、理事長、担任、寮長、案内を頼んだ七瀬、この四人しか知らないはずだ。
何故、お前が知っている。
「秘密。で、今日入寮だろ」
「それがどうした」
そんなことまで、知っているのか。
「ピリピリすんなって。―相当可愛がってるのは本当なんだな」
「何が言いたい」
予想は出来ていたが、一応聞いてみる。
「別に、言いたいことはないけど。ああ、でも…」
緒方は俺を一瞥し、
「完全無欠な桜井冬人の弱点は弟、か」
にやりと笑う。
「…面白いな」
呟かれた最後の言葉に、
「弟に何かしたら許さない。お前の人生、無事で済むと思うなよ」
間髪を容れず言っていた。
「ははっ、そんな恐い顔すんなって。何もしねぇよ」
今、自分がどんな顔をしているか、自覚はしている。
…絶対に春人には見せられないようなものだ。
昔から、弟―特に春人―のことになると、俺は感情的になってしまう。
「……」
冷ややかな目で、黙って男を見る。
「信じてねーな」
緒方は両方の手のひらを上に向け、両肩をあげた。
「本当だって。桜井敵に回して、いいことないし。つーか、時間と労力が惜しい」
「……」
今のは本心だろう。
視線を外し、携帯を閉じる。
そして、風紀委員長の席に向かった。
机上に置かれている、書類を確認する。
…量は多いが、どれもサインと一部記入するだけだ。
これなら、昼に終わる。
「俺の仕事は「昨日終わった」ないみたいだな。じゃ、お先」
緒方は上機嫌で退室した。
決して少なくない量の仕事を渡されたが、ほとんど処理済みだ。
すぐに終わらせて、春人と秋人に会おう。
一人になった俺は―他の風紀委員は、昨日の時点で仕事が終了しており、元々いない―書類を処理し始めた。
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